アクセルの街から北へ歩いた先に、何の変哲もないひとつの洞窟があった。
冒険者達は『洞窟あるところにお宝あり』の信条をもとに、我先にと向かっていき──『修羅の洞窟』と呼ばれる、どこまでも深い地下へと繋がるダンジョンを発見した。
四人までしか同時に入ることができず、誰かが中で朽ち果てるか脱出するかしない限り入れない。最初は低レベルのモンスターとしか遭遇しないが、奥へ進むにつれて敵のレベルも上昇。最深部に現れるモンスターはとりわけ強力で、特別指定モンスターにあたる敵も確認されていた。
そして、このダンジョンの最大の特徴──モンスターが絶滅しない。しばらく時間が経つと、突破した階層のモンスターが復活しているのだ。
これに目をつけた冒険者──特に、駆け出しでありながらステータス診断の時点で高い能力を持つ者、強力な武器を持つ者、見たこともないスキルを使う者──主に黒髪か茶髪の冒険者達は「経験値美味しいです」と口を揃え、修羅の洞窟へ向かった。
そこらの雑魚モンスターなら一撃で倒すことができる冒険者達。きっと彼等は、格段にレベルを上げて戻ってくるのだろう。
しかし、一番最初に修羅の洞窟をクリアして戻ってきた者達は、酷く怒っていた。
入った者は「騙された」と怒りの声を放ち、二度と修羅の洞窟に入ろうとしなくなった。後に続いた者達も同じだった。
それから約十年の時が経ち、誰も最深部の探索を目指そうとする者がいなくなった頃──人知れず洞窟の最深部を目指す、一人の盗賊がいた。
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「──っと」
高い崖をゆっくりと、縄を使って降りていく一人の少女。無事に底まで辿り着いた彼女は、ピョンと跳ねて地面に足をつける。
銀色の髪に、白く透き通った肌。右頬にはモンスターとの戦いで負ったであろう傷跡が一つ。上半身は胸元しか隠していない黒のインナーに緑色のマントと浅葱色のマフラー、下半身は膝下にも届かないスパッツとホットパンツのみという、少々……いや、かなり露出度の高いラフな格好。
彼女の名はクリス。アクセルの街に住む冒険者。職業は『盗賊』──隠密行動に長けたクラス。洞窟の最深部にあるお宝を求めて、地道に探索を続けている最中だ。
「まだ続くのかな……この先が最深部だったらいいんだけど」
あまりの長さに、彼女は独り不満を呟く。しかし、ここまで来て後に退こうとは思わない。彼女はよしと意気込んで足を進めた。
クリスは、アクセルの街に住む冒険者の中ではレベルは高く、実力も折り紙付き。しかし、修羅の洞窟下層を探索する目標レベルには達していない。そんな彼女が、何故ここまで生き延びているのか。それには彼女の持つ盗賊スキル『潜伏』が大きく関わっていた。
『潜伏』──周囲から気配を断つスキル。これを使い、ほぼ全てのモンスターとの戦闘を回避してきた。故に、体力も気力もまだ十分に残っている。
だがもうひとつ──彼女自身も怪しんでいる要因も絡んでいた。
「(またモンスターの死体……やっぱり、私以外に誰かいる?)」
自分の行く先にいるモンスターが全て、既に倒されていたのだ。
不眠不休で洞窟を進むのは流石に骨が折れるので、彼女は『特別な方法』で数日ダンジョンを離れ、つい先程戻ってきて探索を再開させたのだが……以降、彼女を阻むモンスターが現れなくなった。見つけたとしても、既に地面でのびている状態だった。
モンスターの死体には何かで殴られたような跡と、鋭利な刃物で刺されたような跡が。モンスターか冒険者か不明だが、何者かが自分より先に進みつつ、モンスターを倒しているのは確かだ。
「(おかげで探索が楽になってるからありがたいけど……一体誰が?)」
奥まで光の届かない洞窟を、彼女は松明をつけて歩く。現在、彼女は『潜伏』を解いているのだが、それでも敵は襲ってこない。
もしかしたら今日、どこかの誰かさんのおかげで最深部に辿り着き、最終目標のお宝回収もやり遂げられるかもしれない。クリスは期待に胸をふくらませつつも、緊張は解かずに歩き続ける。
と──その時だった。
「グォオオオオオオオッ!」
「ッ!」
突然、謎の咆哮が聞こえたと同時に、地面が激しく揺れ動いた。思わずバランスを崩してクリスは尻餅をつく。何事かと思い顔を上げると、先程まで暗闇一色だった道の先から、眩い光が差し込んでいた。
この先に何があるのか。怖くないといえば嘘になるが、それ以上に知りたかった。クリスは息を呑み立ち上がる。『潜伏』を使い、壁に手を伝いながら慎重に足を進めていった。
歩みを進めるごとに、奥から差し込む光が強く輝く。クリスは松明を消してから、目を細めて進み続け、光の先にあった光景を見て──言葉を失った。
「……えっ?」
道を抜けた先に広がったのは、広大な円形の空洞。彼女の立つ場所から先は道が続いておらず、数十メートルはありそうな崖の下に地面が。まるでダンジョンのボスが待ち受けていそうな空間。
否、まさにその通りだった。先程の咆哮を上げたであろうボスが、そこにいた。
体長はおよそ20メートル以上。禍々しい両角と天色の鱗に純白の翼膜を持つ、青白く神々しい光を放つ怪物──特別指定モンスターであろう『ライトニングドラゴン』が、翼をはためかせて飛んでいた。
対面しただけでも肌で感じる、圧倒的な威圧感。相対する者全てを一瞬で滅ぼしかねない満ち溢れた魔力。よほど力と経験を身につけた冒険者でない限り、かの者を見ただけで足がすくみ、恐怖で身体が動かなくなるだろう。
しかし、クリスが驚いたのは『それ』ではなかった。
「嘘!? ソロの冒険者!?」
彼女の視線の先にいたのは、高レベルの冒険者が束になっても勝てないと言われていた怪物に、たった一人で戦っている、青いコートを身にまとい、白く光る籠手と具足という見たこともない武器を装備して戦う、銀髪の男。
恐らく彼が、この洞窟にいる道中のモンスターを狩ってくれたどこかの誰かさんだろう。自分よりも早く最深部へ辿り着き、特別指定モンスターと一戦交えているのだと。
「(あの人は……)」
特別指定モンスターにソロで挑むなんて、命知らずだと皆は言うだろう。何もできずに瞬殺されるのがオチだと。
だが彼女は、ドラゴンと真正面から対峙している彼の戦いを、静かに見守った。
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「ギュオオオオオオオッ!」
「──フッ!」
空気が揺れるほどの大咆哮をドラゴンが上げると、地面にいくつもの青白い光がうっすらと映し出された。次の瞬間、そこへ大きな音を立てて青白い雷が。ドラゴンと対峙していた銀髪青コートの男──バージルは、華麗な身のこなしでそれを避ける。
絶え間なく放たれる雷に気を取られていると思ったのか、ドラゴンは翼を二度はためかせてから、バージルに突撃した。ドラゴンは口を開き、彼を噛み砕こうと鋭い牙を向ける。
「ハァッ!」
しかしバージルはそれを許さない。ドラゴンが背後に迫ってきた瞬間、彼はベオウルフによる右回し蹴りを繰り出し、ドラゴンの顔面にぶつけた。手痛い反撃をもらい、ドラゴンはバージルの左方向に吹き飛ばされる。そこへ、バージルは自身の周りにドラゴンへ剣先を向けた『急襲幻影剣』を出現させ、同時に地面を蹴り、ドラゴンめがけて飛びかかった。
幻影剣はドラゴンに向かって真っ直ぐ飛んでいったが、全て敵の雷によって砕け散る。バージルはベオウルフで更なる追撃を仕掛けようとするが──。
「グォオオオオオオオオオオオオッ!」
「ヌゥ……ッ!」
ドラゴンは再び吠えると、自身を包み隠すように円球の光を身体から放った。防御と攻撃を兼ね備えた技を食らい、バージルは咄嗟に防御するも地面へ吹き飛ばされる。
彼は空中で体勢を立て直し地面に着地したが、仕返しとばかりにドラゴンが追撃を繰り出した。
突如、バージルの立つ場所から半径10メートル範囲の地面が光り──雷を纏う光の中に彼は飲まれた。
どんなに強いモンスターであろうと、大勢で攻められようとも、以前現れた人間達も、この技で全て葬り去った。ドラゴンは勝利を確信したのか、追撃をせずに光が弱まるのを待つ。
しかし、光の中から現れたのは丸焦げの死体ではなかった。
「
光に飲まれた筈の男は平然と立っており、あまつさえ楽しそうに笑っていた。
これまで戦ってきたモンスター、人間とも違う。得体の知れない敵を見て恐怖を覚えたのか、はたまた久々に骨のある奴だと感じて楽しくなってきたのか。ドラゴンは再び大咆哮をあげた。
──鍛治屋から去った後、バージルは冒険者ギルドにて洞窟採取クエストを受注。彼は洞窟内を進み、ゲイリーの言っていたダンジョン『修羅の洞窟』を見つけると、迷うことなく中に入った。武器も防具も装備せず、ピッケルを背負って修羅の洞窟に入る姿は、冒険者からしたら自殺志願者にしか見えなかったことだろう。
バージルは採掘そっちのけで、修羅の洞窟を猛スピードで攻略し始めた。序盤の低レベルモンスターは瞬殺。高レベルモンスターも難なく殴り倒してきた。そうして辿り着いた最深部であったが──。
「(まさか、空想の存在と相まみえるとはな)」
待ち受けていたのは、彼が元いた世界でも空想の種族でしかなかったドラゴン。思ってもみなかった展開に、バージルは珍しく心を躍らせていた。
相手もドラゴンと呼ぶに相応しき力を持っており、道中にいたモンスター達とは一線を画す。元いた世界の上級悪魔にも引けを取らないかもしれない。
だからこそ狩ってみたい。バージルはドラゴンに幻影剣を放ちつつ、雷の攻撃をかわしながら、冷静に勝つための手段を考える。
ドラゴンは先程まで宙を舞って飛び道具を放ち、隙を見て突撃をしてきた。が、先程の回し蹴りによる反撃を食らったからか、ドラゴンは近づくのを警戒し、雷でしか攻撃してこない。バージルも対抗して幻影剣を飛ばしているのたが、ドラゴンの身体に刺さる前に、幻影剣は雷によって壊されていた。
「(刀と剣があればいくらでも近づく手段はあるが、今の武器はベオウルフのみ。幻影剣は奴に届かない……ふむ)」
今持ち合わせている力でどう立ち回るか。どう攻撃を与えるか。戦いながらバージルは考え続ける。そして彼は、ひとつの策を思いついた。
「(『奴』にできるのであれば、俺ができない道理はない)」
それは、修羅の洞窟でベオウルフを使い続けている内に考え始めていたこと。実践するのは初めてだが、やる価値はある。バージルはやるべきことを決め、空中で雷を放ち続けているドラゴンを睨みつけた。
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何度も雷を放っているのに、全て避けられてしまう。このままではこちらの力が尽きてしまう。そう考えたドラゴンは、一気にケリをつけることにした。
ドラゴンは雷を放つのをやめ、口の中に己の魔力を溜め始める。何かが来ると感じたのか、相対する男は攻撃の手を止め、様子を伺っている。
魔力を溜めに溜めた後、ドラゴンは地上に向けて超圧縮された雷弾を放った。男を狙わず、真下に放たれた雷弾は猛スピードで飛び、地面に当たる。
瞬間──地面は青白い光で包まれた。陸に立つ者全てを一撃で葬り去る、ドラゴンの超範囲技。地面に足をつけている者は例外なく、雷を浴び丸焦げにされる。
しかし男はすぐさま地面を蹴り、飛び上がってこれを回避。そして空中で右手を後ろに下げると、彼の右手が輝き出した。
「フンッ!」
彼が右手を前に突き出した途端、先程の雷弾に匹敵する弾速で、光の弾が飛んできた。ドラゴンは避けられず顔に直撃。しかし、大したダメージではなかった。ドラゴンは顔を振ると、目を開けて前方を確認する。
──ブスリと、何かが突き刺さる音がした。
「──ッ!? ギュオオオオオオオッ!?」
痛々しい音が聞こえたと同時に、ドラゴンの左目は視力を失った。刺さっていたのは──金色に輝く採掘道具。
バージルは、ベオウルフによる
いくらドラゴンといえども、目を攻撃されるのは痛手だった。
「ハァッ!」
怯んだドラゴンを見たバージルは『トリックアップ』でドラゴンより高い位置に移動し『流星脚』を繰り出した。ドラゴンは目に負ったダメージに気を取られ回避することができず、顔面に一発食らう。だが、まだ終わらない。彼は蹴りを当てると同時にドラゴンの頭を踏みつけて飛び上がり、再び『流星脚』を繰り出した。何度も何度も何度も何度も──『エネミーステップ』による連続流星脚を、容赦なくドラゴンに浴びせた。
数発食らわせたところで、彼はドラゴンの目に突き刺さっていたピッケルを抜き取り──。
「
空中で『月輪脚』を繰り出した。勢いの乗ったカカト落としがドラゴンの頭に直撃し、常に空中に舞っていたドラゴンは地面に叩きつけられる。
巨大な身体が地面に打ち付けられ、洞窟内が激しく揺れる。その傍らでバージルがドラゴンの顏前に着地すると、身の危険を感じたドラゴンは力を振り絞ってすぐさま飛び立とうとする。
「
が、逃すまいとバージルは先手を打った。『五月雨幻影剣』をドラゴンの上から降らせ、地面に固定させる。身動きが取れず困惑するドラゴンの前で、バージルは左手を後ろに下げ、魔力を溜める。
「フンッ!」
左手の篭手が一瞬光った瞬間に、バージルは拳を当てた。ベオウルフの力を最大限まで溜めた一撃。あまりの衝撃に、再び洞窟内が揺れる。しかしまだ終わらない。
「ハァッ!」
続けて、同じく最大まで力を溜めた右ストレート。そして流れるように二段蹴りを食らわせた。彼の攻撃が当たる度に、洞窟内が揺れ動く。
彼の連続攻撃が終わった瞬間、ドラゴンを縛り付けていた幻影剣が砕け散った。強力な連撃だったが、まだ体力は残っていたドラゴンは再び飛び立とうとしたが、遅かった。再び『五月雨幻影剣』がドラゴンに降り注ぎ、その場に縛り付けられる。
その傍ら、バージルは姿勢を低く落とすと、右拳にこれでもかと魔力を溜め──。
「
二度光った瞬間、バージルは
まだ辛うじて生きていたが、立ち上がる力はもう残されていない。朦朧とする意識の中、ドラゴンは残った右目でバージルを見上げる。バージルはベオウルフを消すと、幻影剣を一本出現させて左手に持ち──。
「
ドラゴンの右目へ、深く突き刺した。そして、微かに残っていたドラゴンの命の灯火は──消えた。
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ドラゴンとの戦いが終わり、バージルは一息吐く。強いモンスターがいると聞いて入った修羅の洞窟。道中はあまり強いモンスターがおらず拍子抜けしていたが、最後のドラゴンは別だった。久しく骨のある者と戦えて、彼は少し満足感を覚える。
今回試した、ベオウルフの溜め攻撃──それは、ダンテが見せていた戦い方を真似たものだった。光弾による飛び道具も同じだ。拘束技となった『五月雨幻影剣』は、漆黒の騎士として戦っていた経験をもとに編み出したものだ。
新たに技を生み出すことに成功し、自分の技術にはまだ先がある。まだ力を求めていけることを感じたバージルは、独り笑う。
「(奴の真似事をしてしまったのは不服だが──)」
「君凄いね! ドラゴンを一人でやっつけちゃうなんて!」
「──ッ!」
憎たらしい弟の顔を思い浮かべていた時、不意に後ろから声が聞こえてきた。バージルはすぐさま後ろを振り返る。知らぬ間に背後に立っていたのは、線の細い身体に銀髪、右頬に傷跡があり、アメジストのような紫色の瞳を持つ女性。
「見てたよ! 何あの武器!? 見たことないヤツだったけど──」
「動くな」
こっちに歩み寄ろうとしてきた女性に、バージルは言い放つ。彼女の周りには、既に幻影剣が設置されていた。少しでも不審な動きを見せたら突き刺すと警告するかのように。
「答えろ。貴様は何者だ? いつからそこにいた? 何故ここにいる?」
気配は全く感じなかった。どうやって彼女は接近したのか。得体の知れない女を前に、バージルは警戒心を高めて問いかける。
彼の質問を聞いた女性は納得した表情を見せると、幻影剣の脅しに臆することなく答えた。
「ごめんごめん。『潜伏』を解き忘れてた。えっと……アタシの名前はクリス。アクセルの街に住む冒険者だよ。職業は盗賊。君がアタシに気がつかなかったのは、盗賊のスキル『潜伏』を発動していたから。この洞窟に来たのはお宝探しの為だよ」
銀髪の女性──クリスはキチンとバージルの質問に答える。ポケットから一枚のカードを取り出すと、ほらっ、と言ってバージルに見せた。
それは、バージルが持っている物と同じ冒険者カード。偽造はできないとギルドから言われ、本でもそう書かれている。
「『潜伏』だと?」
「そう。盗賊が覚えられるスキルのひとつ。周囲から気配を消すことができるんだ。この洞窟じゃ強力なモンスターがいるから、なるべく戦闘を回避するために使っていたんだ。勿論、さっきのドラゴン相手にも使うつもりだった。そしたら、既に君が戦ってたからビックリしたよ。ヤバイ雰囲気だから、巻き込まれないよう気配を消してたんだけど……」
クリスは隠すことなく『潜伏』について話す。得体の知れない女だったが、彼女からは殺意を感じられない。幻影剣を前にして臆さない態度は気になるが……特別警戒する必要はないだろう。
そう考えたバージルは、彼女に向けていた幻影剣の剣先を下に向けて地面に突き刺す。少し間を置いて幻影剣は砕け散った。信用してくれたと思ったのか、クリスはニコッと笑う。もっとも、彼はほんのちょっぴり警戒心を解いただけで、少しでも不審な動きを見せたら幻影剣で刺し殺すつもりだったが。
「アタシがここに来るまでの道中、ほとんどのモンスターが倒されていたんけど……あれってもしかして、全部君が?」
「……そうだ」
「かなり高レベルなモンスターだった筈だよ? よくソロで倒しきれたねー。あまつさえ特別指定モンスターも倒しちゃうなんて……君のレベルっていくつ?」
クリスにレベルを尋ねられた彼は、口で説明するより見てもらったほうが早いだろうと思い、懐から取り出した自分の冒険者カードを彼女に見せる。
「どれどれ……うぇえっ!? こ、このレベルで最深部まで来たの!? ていうかステータス高っ!? しかもまだ冒険者になって一日しか経ってない!?」
クリスは腰を曲げて顔をカードに近づけると、受付嬢やゲイリーと同じ反応を見せた。バージルは特に何も言わず、懐へカードをしまおうとする。
「(……? どういうことだ?)」
そこで自身の冒険者カードを見たことで、今と修羅の洞窟に入った時――そのレベルが一切変動していないことに気付いた。
あれだけモンスターを倒し、あまつさえ特別指定モンスターと思わしき敵も討伐した。なら、経験値が上がっていてもおかしくない筈。なのにバージルのレベルは、ダンジョンへ入る前と何ら変わっていない。
何故なのかとバージルは疑問に思ったが、今は判断材料が少ない。ひとまずこのダンジョンがそういうものなのだということにし、それ以上は考えなかった。
「ふーん、なるほどねー……」
バージルは懐に冒険者カードをしまうと、前にいる彼女は考える仕草を見せ、バージルを興味深そうに見つめていた。警戒心は未だ解かず、バージルはクリスを睨みつける。若干目障りにバージルが思う中──クリスは、突然こんなことを提案してきた。
「ねぇ君。アタシと仲間にならない?」
「……何だと?」
「うん! アタシとパーティーメンバーになろうよ!」
彼女が持ちかけてきたのは、パーティーへの勧誘。彼の戦闘力を間近で見て、是非とも仲間に引き入れたいと思ったのだろう。
そしてバージルは、未だこの世界に詳しい仲間を持たない。世界について知るためには、是非ともこの世界の仲間が欲しいところだが──。
「断る。俺は誰とも馴れ合うつもりはない」
これを彼は即答で断った。悪魔として生き始めた頃から、彼は常に一人で生きてきた。互いを助け合うために徒党を組んだことなど一度もない。あっても一時休戦かその場だけの共闘、利害一致の同盟など。
これからも、仲間を得ることはハナから考えていなかった。それでも彼女がしつこく食い下がろうとするなら、あの女騎士にやったように追い払うまで。そう考えながら、バージルはクリスの反応を待つ。
「うーん……じゃあ、協力関係ってのはどう?」
「何っ?」
しかし彼女は、バージルにとって予想外の提案をしてきた。仲間ではなく協力関係。彼女が敢えてそう言い換えた時点で、バージルに提案した二つの意味はまるで違うことが伺える。
「アタシ、冒険者をやってる一方で、ちょくちょく今日みたいにお宝探しをしてるんだ。ただ、お宝が眠っているところには危険な場所も多くって……でも君が一緒なら、そんな危険もなんのその。お宝集めがよりスムーズになると思うんだ。と同時に、君にもメリットがある。冒険者になりたてってことは、まだ知らないことも多いでしょ? そんな君に、アタシが色々と教えてあげちゃおうってわけ。お宝探しを手伝ってくれる代わりにね。どう?」
クリスは協力関係における互いのメリットを話す。協力関係と言えば聞こえはいいが、彼女が話したその実態は、バージルの力とクリスの知識を互いに利用するというもの。この提案を受けたバージルは、先程のように即答はせず、考える仕草を見せる。
彼女のレベルを見る限り、見た目は若いが長いことアクセルの街で冒険者をしていると思われる。オマケに盗賊としてお宝を探しているのであれば、アクセルの街以外にも様々な場所に訪れている筈。この世界についての情報量は期待できる。
「……いいだろう、女。貴様の誘いに乗ってやる」
彼女の持つ情報量が、彼女のお宝探しの手伝いをするのに相応しい対価であると判断したバージルは、クリスと協力関係を結ぶことにした。また、相手のことを利用しようとするその姿勢。あの女騎士よりも少し好感が持てていたのも理由の一つだった。
バージルが提案を呑んでくれたのを見て、クリスはニコッと笑──ってはおらず、何故か不服そうに頬を膨らませていた。彼女の反応を見て、バージルは首を傾げる。
「クーリース。相手を呼ぶときは、ちゃんと名前で呼ぶように」
「ムッ……」
既視感を覚えるやり取りに、バージルは少し戸惑いを見せた。
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「ところでバージル。背中にピッケル背負っているけど、採掘もしに来てたの?」
協力関係を結んだ後、クリスは不思議そうにバージルが背負っているピッケルを見ながら尋ねてきた。いつの間に名前を知ったのかと疑問に思ったが、先程彼女に冒険者カードを見せていた。その時に見たのだろうと彼は思い、話を進めた。
「この紙に書かれた鉱石素材を得るために、洞窟へ来ていた。修羅の洞窟に入ったのはついでだ」
「さ、採掘のついでに特別指定モンスター倒しちゃうんだ……えーっとどれどれ……」
たかだか数個の鉱石採掘に来たオマケで倒されてしまった、彼の背後で倒れるドラゴンを哀れみながらも、クリスはバージルが見せた、鉱石素材の名前と個数が書かれた紙を覗き込む。
「あっ! この鉱石が取れる場所ならアタシ知ってるよ!」
「何っ?」
採掘に関してはほとんど知識はない。さてどう探したものかとバージルが考えていた時、クリスが思わぬ朗報を口にした。
「これ取るなら、まず修羅の洞窟から出なきゃだね……こっからならアイテム使ったほうがいいか。ちょっと待ってね」
そう言うとクリスは、懐から青く光を放つ綺麗な結晶を取り出す。元いた世界では見たこともない結晶だった。様々な色の種類があるぶちゃいくな血の結晶はあったが。
「それは?」
「使った人をワープ可能な場所まで運んでくれるワープ結晶だよ。高いけど超便利なアイテムとして有名なんだ。それじゃあバージル、アタシの肩に手を置いて」
聞いてみれば、かなり利便性の高いアイテムだと知り、バージルは興味深そうに結晶を見つめる。もしかしたら、これから役立つアイテムになるかもしれない。
クリスに促され、バージルは彼女の肩に黙って手を置く。それを確認したクリスは、空いた手をドラゴンに当てつつ、手にしていた結晶を天に掲げた。
「それじゃあ、外の草原フィールドまでワープッ!」
そのまま彼女が口にした瞬間、青く光っていた結晶はよりいっそう光を増し、バージルとクリスを青い光で包み出す。
そして──二人の姿と倒れていたドラゴンの死体は影も形もなくなった。
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クリスと洞窟から脱出した後、バージルはクリスと共に本来の目的であった鉱石採掘をようやく始めた。
彼にとって人生初の採掘。華麗な採掘姿を見せてくれる……と思いきや、ドラゴンとの戦いで見せた動きは何処へやら。姿勢はいいのだが、どこかぎこちない動きでピッケルを使う彼の姿は、スタイリッシュとはかけ離れていた。言うなればモッサリッシュといったところか。モッサリッシュ採掘を見せるバージルの姿はあまりにギャップが激しく、クリスは笑いを堪えきれなかった。
無事採掘を終えた後、二人は洞窟から出ると、既に外は真っ暗になっていた。バージルが洞窟に入った時から、いつの間にか丸一日経っていたのだ。もっとも、たった一日で修羅の洞窟を攻略したこと自体が、冒険者からすれば有り得ない話なのだが。
二人はドラゴンを草原地帯に残し、ギルドに戻る。どうしてドラゴンも連れてきたのか尋ねると、クリスは「報酬には、報酬金と共にモンスターの買取額が支払われる。そのためには、ドラゴンの死体をギルドが回収しなきゃいけない。だから、わざわざギルドが修羅の洞窟に潜らなくてもいいように、あの時ドラゴンも一緒にワープさせた」と答えた。
その後、受付嬢にクエストをクリアしたことを報告。採掘クエストに行ったかと思えば、まだ冒険者になって日が浅いにも関わらず、特別指定モンスターを狩ってきた報告を受け、受付嬢は声に鳴らない悲鳴を上げた。
前回のジャイアントトードの時と同じように、ドラゴンの死体の回収に時間がかかると踏んだバージルは、明日報酬を取りに来るとだけ言ってカウンターから離れた。受付嬢は冒険者に声をかけられるまで固まっていたという。
クエストクリア報告を終え、二人はギルドから出た。その途中に見た掲示板に、クリスも思わず苦笑いをしてしまうような、逆に引っかかる奴を見てみたいぐらい、もの凄く怪しいパーティーメンバー募集の紙が貼られているのを見かけたが、バージルは気にも止めなかった。
外はもうすっかり真っ暗闇。良い子はもう夢の中にいる時間。鍛冶屋は既に閉めているだろうと思い、バージルは素材をゲイリーに渡すのは明日にして、今日は宿泊施設で泊まることにした。
「じゃーねー! お宝探しの時はよろしくー!」
「あぁ」
元気よく手を振って別れの言葉を告げるクリスに、バージルはそれだけ言って彼女から背を向け、振り返ることなく歩き続ける。
遠くへと離れていく彼の背中。クリスは振っていた手を止めると、街中に消えていく彼に向けて呟いた。
「大罪人の貴方が、この世界にどのような影響をもたらすのか……見させてもらいますよ」
このすばとクロスオーバーしている筈なのに、このすば成分がクリスしかない件。