この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第41話「この駆け出しの街に黒き来訪者を!」

 街の商業区にあった八百屋の前、響き渡った女性の声を聞いて街行く人々は足を止める。

 驚きのあまり素の口調に戻ってしまったクリス。その一方、客引きの少女――女神タナリスは、今気付いたかのように2人の顔を見た。

 

「おや、どこかで見たことあると思ったら、僕が送り出した異世界転生者とパッド入りで有名な後輩君じゃないか」

「パ、パッドのことは言わないでください! それよりもタナリス先輩! どうして貴方までここに――!?」

「まぁそんなことより、どうだいお一つ! 知り合い割引ってことで安くするよ!」

「そんなことより!?」

 

 タナリスはそのまま商売を続けようとして、クリスへ手に持っていたサンマを勧める。バージルも思わぬ再会に驚いてはいたが、クリスほどオーバーな反応は見せなかった。

 とその時、八百屋の奥から1人の男が。ここの主人だろう。野菜を相手にしているからか、着ている白いシャツがパツンパツンになるほどガタイはよく、厳つい顔つきに鉢巻を巻いていた。

 

「なんだ騒々しい。ウチの品物にケチつける輩でも現れたか?」

「あっ、ボス! 実は偶然知り合いと会って、話が盛り上がってたところだったんです」

「ボス言うな。どれどれ……って!? コイツ蒼白のソードマスターじゃねぇか!? お前、こんな有名人と知り合いだったのか!?」

 

 バージルの噂を知っていた八百屋の主人は、彼を見てビックリ仰天する。タナリスは主人の話を聞き、何故かバージルをニヤついた顔で見つめてきた。

 

「あ、あの、八百屋さん。ちょっとこの人と話があるから、お借りしてもいいかな?」

「えっ? あぁ……もう帰らせようと思ってたとこだし、構わねぇよ」

 

 八百屋の主人はクリスの頼みを聞いてOKすると、ポケットから封筒を1つ取り出してタナリスへ手渡す。

 

「ほれ新入り。7日分の給料だ。中々筋は良かったし、暇があればまた手伝いに来てくれや」

「あざまーす!」

 

 八百屋の主人から渡された給料袋を、タナリスはお礼を言いつつ受け取る。

 いつの間にやら八百屋のバイトとして馴染んでいた彼女と話すべく、クリスとバージルはタナリスを連れて、人気のない場所へ移動した。

 

 

*********************************

 

 

「では改めて、久しぶりだね。エリスにバージル」

 

 人もペットも歩かない、街の静かな一角。偶然にもそこは、バージルがこの世界に降り立った場所だった。

 若干の懐かしさをバージルが覚えている傍ら、クリス――タナリスの後輩エリスは事情を尋ねる。

 

「先輩……一体何故……?」

「この世界に来たはいいものの、お金がスッカラカンなもんだったから、僕にもできそうなバイトを幾つか掛け持ちして稼いでたんだ。因みにさっきの八百屋さんは、丁度今日で終わった短期で――」

「そっちじゃなくて! どうして先輩がこの世界に来てるんですか!?」

 

 エリスは少し怒り気味に再度尋ねる。するとタナリスは両手を頭の後ろへ回し、陽気に笑いながら答えた。 

 

「いやー、元々何度か規定違反をしてたからマークされてたんだけど、バージルを異世界に送ったのが決定打になったらしくってね。上司の説得虚しく、僕は堕天アンド異世界転移させられたんだ。処罰が下されるまでに、結構時間がかかったように思えたけど」

「笑いながら言うことですか……」

 

 堕天は、天界に住む者にとっては人間における終身刑と同等の処罰。だというのに、タナリスは堕天した今を全く悲観していない様子。そんな彼女を見てエリスは呆れながらも、この人は変わらないなと思った。

 エリスと話していたタナリスは、姿勢は保ったまま視線をバージルへやり、茶化しているような笑みを浮かべつつ彼に話しかけた。

 

「にしても……バージルはちゃんと良い子でいてくれたみたいだね。蒼白のソードマスターなんて呼ばれてたし。テストしたかいがあったよ」

「……テスト?」

 

 気になる言葉を耳にし、バージルは彼女へ聞き返す。うっかり喋ってしまったのだろうか、タナリスは「あっ」と声に出した。

 バージルはタナリスを睨み、言葉の意味を話すよう目で訴える。間を置いてタナリスは観念したかのように息を吐くと、組んでいた手を降ろしながらバージルに答えた。

 

「転生特典を選ぶ時、君は1回閻魔刀を選ぼうとしただろう? その直前に僕は君へ、天界にある神器を使って、1つのイメージを見せたのさ」

「……成程、あれは貴様が仕掛けたものだったか」

 

 異世界転生する前、タナリスから転生特典として好きな物を選ぶよう指示された時のこと。バージルは即座に閻魔刀を選ぼうとしたが、その時脳裏に浮かんだ謎の男を見て、彼は閻魔刀を取ろうとした手を引いた。

 実のところ、彼は何故あのイメージが浮かんだのか内心気になっていたのだが、今しがたタナリスの口から原因を聞いたことで、胸のつかえが取れた気がした。

 

「えっ? あの、テストって何ですか? それに神器って……先輩、まさか無断で使用したりとか……してないですよね?」

 

 その傍ら、話についていけてなかったエリスは2人を交互に見ながら尋ねてきたが、タナリスはそれを無視して話を続ける。

 

「もしあのイメージを見た上で閻魔刀を選ぼうとしたら、僕は即君を地獄送りにするつもりだった。けど君は、選ばなかった」

「故に、俺はこの世界にいる……ということか」

「そーいうこと。因みにあのイメージについて、僕は事細かな詳細を知ってるんだけど……聞きたい?」

「いらん」

「おや、意外だね。絶対聞きたがると思ってたのに」

「あの男が誰かなど、今の俺が知ったところで何ら意味はない。閻魔刀は惜しいが、丁度この刀も馴染んできたところだ。今更取り返そうとは思わん」

 

 ニヤニヤと笑うタナリスに、バージルは目を伏せつつ話す。魔の力を追い求めていた過去の自分が聞いたら、血相を変えて「考え直せ」と言ってくることだろう。

 すっかり変わってしまったなと自分で思う側、タナリスはバージルを以前茶化すような笑みで、されどどこか安心したように見つめていた。

 

「……むぅ……」

 

 独り、自分の知らない話で盛り上がっている2人を見て、エリスは少し不機嫌そうに頬を膨らませていたのだが、それに2人が気付くことはなかった。

 話が終わったところで、タナリスは空を見上げる。青かった空は、既に赤みを帯びつつあった。

 

「おっと、もう夕暮れ時か。えーっと今日は……休みか。僕はこれから宿に戻るけど、君も宿泊まりかい?」

 

 タナリスは懐から取り出した手帳を開いて今日の予定を確認してから、バージルに尋ねる。未だ膨れた頬でエリスが見つめていることにも気付かず、バージルは言葉を返した。

 

「いいや、郊外の辺りに家を建てた」

「ホント? 良かったら、今から見に行ってもいい?」

「……フム、いいだろう」

「えっ!?」

 

 まさか自宅訪問を二つ返事で承諾するとは思ってなかったのか、横で聞いていたエリスは独り驚く。しかし2人は気にせず足を動かし、バージルを先頭に郊外へ向かって歩き出す。

 

「ちょっと!? 私を置いて行かないでくださいよ!?」

 

 終始置いてきぼりだったエリスは、慌てて2人の後を追った。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街郊外、デビルメイクライ店内。バージルはいつもの席へ、エリスはソファに座り、店内をうろつくタナリスを見守っている。

 ここへ来る途中、視線の先に見つけた屋敷を見て期待を膨らませ、そこを通り過ぎて隣の家に来た時はえらくガッカリしていたが、今は楽しそうに家の中を見回っていた。

 

「ふんふん、これがバージルの家かぁ。しっかりインテリアも飾ってあるし。てっきり何もない簡素な作りかと思ってたよ」

「大体は、依頼報酬で得た貰い物だがな」

 

 バージル宅を粗方見終わって感想を呟くタナリス。バージルは裁判前に没収されていた武器の調子を見つつタナリスに話す。

 2人の話を聞きながら、エリスも綺麗に掃除整頓された店内を見渡す。もしここの主がバージルではなく弟の方だったら、どんな内装になっていただろうか。少なくとも、ここまで綺麗に掃除されてはいないだろう。

 と、エリスが独り想像を働かせていた時、タナリスはバージルへ向き直り、唐突にこう告げてきた。

 

「ねぇバージル、僕もここに住んでもいい?」

「えぇっ!?」

 

 予想外な上に突然の提案を聞いて、バージルではなく横で聞いていたエリスが驚く声を上げる。

 タナリスがバージルの家で住み着く。つまりそれは、彼と衣食住を共にし――朝も夜も、彼と一緒に過ごすということ。

 

「だ……ダメです! それだけは絶対にダメです!」

 

 そこまで考えたところでエリスは思わず立ち上がり、タナリスの提案を拒んだ。取り乱した様子のエリスを見て、タナリスは不思議そうに首を傾げる。

 

「なんでエリスが答えるのさ。あっ、もしかして僕の身を案じてくれてる? そりゃ杞憂だよ。彼が花よりダァーイな男だってことは知ってるから、問題なんて起こりようもないさ」

「そ……そうかもしれませんけど! とにかくダメなんです!」

「心配のし過ぎだってー。ねっ? バージル?」

 

 理由が上手く言えずにいるエリスへ、タナリスは取り越し苦労だと安心させるように話しつつ、バージルに同意を求める。

 2人のやり取りを、刃のこぼれを見つつ黙って聞いていたバージルは、鞘に刀を納めてから返答した。

 

「俺が許可する前提で話を進めるな。家が欲しければ自分で買え」

「えー」

 

 バッサリNOと断られ、タナリスは不満そうな声を上げる。一方彼の言葉を聞き、エリスは独り安堵の息を吐いていた。

 

「いいじゃんケチー。寝床はそこにあるソファでもいいから。ほらっ、転生させてもらった借りを返すと思ってさ」

 

 が、まだ諦め切れないのかタナリスはバージルに近寄り、彼の机に両肘を付けて前のめりの姿勢で交渉を続けた。

 自称妹女神とはまた違った食い下がりを受け、バージルは鬱陶しく思い眉を顰める。ここからは根比べ。バージルは、相手が折れるまで付き合うつもりでいたのだが――。

 

「バージルさんは滅多に意見を曲げない人なので、頼むだけ無駄ですよ。さっ、早く宿に行きましょう」

 

 この勝負を終わらせたのは、第三者のエリスだった。彼女はタナリスの首根っこを掴むと、バージルの机からいとも簡単に剥がす。

 

「あぁっ、待ったエリス。もうちょっとで説得できそうなんだ。もうあと5分待ってくれたら――」

「気のせいです。粘っても、外へ蹴られて締め出されるのがオチだと思いますよ」

 

 タナリスの言葉に聞く耳を持たず、エリスはそのまま彼女を連れて外に出る。タナリスがあれやこれやとエリスを説得する声が段々遠くなり、しばらくすれば聞こえなくなっていた。

 

「……Humph」

 

 彼女を家に迎え入れたのは、色々と聞きたいことがあったからなのだが……彼女が堕天しこの世界へ転移させられたのなら、またいつでも会えるだろう。

 静まり返った家の中でバージルは小さく息を吐き、壁にかけていた両刃剣の調子を確認し始めた。

 

 

*********************************

 

 

 カズマの裁判、タナリスとの再会があった日の翌日。バージルは店を閉め、半分趣味と化しているモンスター討伐をするため冒険者ギルドに向かっていた。

 冬は高難易度クエストが多く貼り出されると冒険者は口を揃えて言う。何か歯ごたえのあるものでもあればいいがと思いつつ、バージルはギルドの門をくぐる。

 デストロイヤー撃退における多額の報酬を得たからか、冒険者達は誰も掲示板に寄らず、酒の席で寛いでいた。自堕落な彼等には目もくれずバージルは掲示板に近付き、少し吟味してから1枚紙を剥がす。

 そのまま受付に行き、クエスト受注処理を済ませようとしたのだが――受付前に、昨日出会ったばかりの人物がいたことに気付き、彼はおもむろにそちらへ歩み寄った。

 

「……何をしている?」

「あっ、バージル」

「やっほー、昨日ぶりだね」

 

 受付前にいたのは、盗賊に扮したエリスことクリスと、窓口に備え付けられたテーブルを使い何やら書き込んでいたタナリス。横には受付嬢のルナもいる。タナリスが短く挨拶してから書き込む作業に戻る傍ら、クリスはバージルに耳打ちしてきた。

 

「昨日宿で先輩に、アタシが下界で盗賊として動いていることを話すついでに、この世界について色々と説明していたら、冒険者に興味を持ったみたいで……」

「自分もなりたい、と言い出したわけか」

 

 バージルの言葉に、クリスは乾いた笑みを浮かべる。鼻歌交じりに紙へ書き込んでいるタナリスを見て、まるで子供だなとバージルは思う。

 

「ほい、受付のおねーさん。こんな感じでいいかな?」

「……はい、大丈夫ですよ。ではタナリスさん、この水晶に手をかざしてください」

 

 タナリスが書いた紙を受け取り目を通した受付嬢のルナは、水晶がセットされた道具――ステータス診断の魔道具をタナリスの前に置く。

 またバージルが若干の懐かしさを覚えている傍ら、タナリスは指示通り水晶に右手をかざす。魔道具は独りでに動き出すと水晶から一筋の光を放ち、下に置いてあった冒険者カードに文字を記していく。

 しばらくして、冒険者カードへの書き込みが終了。ルナは光が収まったのを確認してからカードを手に取り確認すると、驚くように声を出した。

 

「おおっ! 凄いですよ! 全ステータスが平均値より上回っています! その中でも秀でているのは知力と魔力ですね! オマケにスキルポイントも既に持っておられるので、すぐにスキルの習得が可能ですよ!」

「ふーむ、堕ちた影響で幾ばくか削がれてるんだろうけど、それでも高い方なんだね」

「現時点で上位職を含む様々な職に就けますが、このステータスならアークプリーストかアークウィザード、エレメンタルマスターをオススメしますよ!」

「んー、僧侶に魔法使い、精霊使いかぁ……おねーさん。もしクラス一覧表みたいなのがあったら、見せてくれないかな?」

 

 既にクリスから冒険者のクラスについてレクチャーを受け、受付嬢から勧められたクラスを聞いてもグッと来なかったのか、タナリスは彼女へ尋ねる。

 するとルナはそそくさと窓口の裏側へ移動し、そこから紙の束を持って戻ってきた。タナリスは一言礼を告げて受け取り、内容に目を通す。気になったのか、バージルとクリスも背後から覗いた。

 メジャーなものからマイナーな職業まで、よりどりみどりの職業が書かれており、中には滅多に聞くことのない職業や『ドラゴンナイト』といったレア職業の名前も記されていた。

 バラエティ豊かな職業一覧をタナリスは楽しそうに眺めていたが、やがて彼女は1つの職業に目を止め、その名前を指差しつつルナに尋ねた。

 

「おねーさん。この、ダークプリーストってのはどんなクラス?」

 

 それは、アークプリーストの次に書かれていた職業。名前からしてプリーストの派生なのだろうとタナリス達が思う中、ルナはすぐさま質問に答えた。

 

「ダークプリーストは、アークプリーストとはまた違ったプリーストの上位職です。簡単に言うと、アークプリーストとは真逆のクラスですね。回復魔法、浄化魔法を失う代わりに状態異常魔法を扱えるようになり、最強魔法の1つ……多くの魔力を使い、運のステータスにより変動する確率でモンスターを死に至らしめる『デス』の習得も可能となります」

 

 ルナの説明を受け、タナリスは興味深そうに唸りつつ再び一覧表に目を通す。その後ろにいたクリスは、物珍しげに見ながらも少し不安そうにルナへ尋ねた。

 

「こんな職業もあったんだね。アタシも知らなかったよ。けどその『デス』っていう最強魔法、使い手によったら大犯罪起こせそうな危険な香りがするんだけど、大丈夫なの?」

「はい。この職業が作られた当初は必ず人間適正テストを行ってましたが、魔法の研究も進み、ダークプリーストが習得する『デス』は、対象がモンスター、人ならざる者であり、かつ自分へ明確な殺意を抱いていなければ発動しないよう術式が施されています」

「そうなんだ……じゃあ殺人の心配はないってわけだね。魔力消費が激しい上に運も絡むとなったら、無差別に殺すこともできないだろうし」

 

 クリスの質問にもルナは素早く答える。女神的に『デス』の効果が見逃せないものだったのだろうが、彼女の説明を聞いてクリスは安心する。

 つまるところ、ダークプリーストというのは状態異常、呪い系統に特化したトリッキーな職業ということ。習得可能な最強魔法の名前もさることながら、14歳前後の若者がこぞって就きそうなものだが――。

 

「ただやはり、アークプリーストの方が華やかで美しいとの理由で人気な上、状態異常魔法は魔法職も扱うことができるのもあり、このクラスを選ぶ人はほとんどおらず、マイナー職に分類されております」

 

 ルナの補足を聞き、クリスは不憫に思いながらも納得する。プリーストから上位職にクラスチェンジする者の多くも、わざわざ回復魔法を捨ててまで状態異常魔法の道を開くより、回復魔法強化の方が良いと判断しているのだろう。相手を状態異常にするのは、魔法職なら勿論のこと、道具を使えば誰にだってできる。

 あまりオススメできない職業だと伝えるように、ルナは説明したつもりだったが――変わり者は変わった物に惹かれるようで。

 

「決めた。僕、このダークプリーストってのにするよ」

「えぇっ!?」

 

 タナリスは即決でその職業を選んだ。この選択にはルナだけでなく、話を聞いていたクリスも驚く。

 

「えっと……よろしいのですか?」

「これでいいよ。名前の響きも格好良いし、何より女神っぽさがあるアークプリーストとは真逆ってのが気に入った」

 

 ルナは念を押して尋ねるが、タナリスは考えを改めない。向き不向きはあるが、最終的に職業を決めるのは本人だ。ルナは彼女の選択を尊重し、それ以上は何も言わなかった。

 一度ルナはタナリスの冒険者カードを手に取り、再び水晶の下に置いて魔道具を操作し、光の線を放ってカードに職業の情報を書き込む。処理が終わったところで、ルナはタナリスに冒険者カードを返した。

 

「はい、職業登録完了です。ダークプリースト、タナリスさん。貴方にも、女神エリス様の導きがあらんことを」

「だってさ。よろしくねクリス」

「は、はい……」

 

 言葉通り導いてもらう気満々なのか、振り返ってニッと笑いかけてきたタナリスを見て、クリスは苦笑いを浮かべる。

 先輩(アクア)の尻拭いに加え、別の先輩(タナリス)の面倒も見なければならない。彼女の苦労が絶える日はまだまだ遠いようだ。

 

「ところで、さっきから気になってたんだけど、バージルが持ってるのは何っ?」

 

 無事冒険者となったタナリスは話題をコロッと変え、バージルが右手に持っていた紙を見て尋ねてくる。

 

「掲示板に貼ってあったクエストの紙だ。そもそも俺は、クエストを受けにここへ来ていた」

 

 バージルは素直に答え、タナリスにクエストの紙を見せる。タナリスは顎に手を当て、覗き込むように書かれていた内容を確認した。

 山に現れた『ジャイアントスネーク』1体の討伐または捕獲。この時期、このモンスターは『ジャイアントトード』と同じように冬眠している筈なのだが、何故か地上に現れ、オマケにえらく気が立っているとのこと。

 珍しいケースなのか、クリスも顔を覗かせてクエストの紙を見ている。その横で、タナリスはクルッとルナへ振り返って尋ねた。

 

「ねぇ、僕もこのクエスト受けられるかな?」

「申し訳ございません。タナリス様は現在レベル1ですので、まだこちらのクエストを受けることはできません」

「えー」

 

 ルナから不可能だと答えられ、タナリスは残念そうに声を上げる。バージルも最初は、ステータスが異常に高くともレベル1では受けられるクエストに限りがあると断られた。そこは今でも変わっていないようだ。

 しかしルナはタナリスの背後にいた2人に目をやると、思いついたように豊満な胸の前でパンと音を立てて両手を合わせた。

 

「クリスさんやバージルさんも、パーティーとしてクエストに参加するというのであれば、許可を出せると思いますよ」

「……そういうことらしいから、僕とパーティーメンバーになってよ!」

「断る」

 

 当然の如く、ルナの提案を聞いてタナリスは頼んできたが、薄々察していたバージルは即座に拒んだ。何の迷いもなく答えた彼を見て、隣にいたクリスは苦笑する。

 

「転生させてあげた借りを、ここで返してもらっても構わないからさ。一回だけでもいいから。ねっ?」

 

 しかしタナリスはここでも食い下がってきた。バージルは鬱陶しく思ったが、前回とは違って一回きりの条件付き。頼み続けるタナリスの前でバージルは少し考える。

 

「……一回だけだ」

「よっし。クリスもいいよね?」

「アタシはOK出すの確定なんですね……別に構いませんけど」

 

 頼みが聞き入れられたところでタナリスは小さくガッツポーズし、ついでにクリスの許可も得る。

 一回だけだがパーティーとなったバージル、クリス、タナリス。後はクエストを受注するだけ。バージルはルナに紙を渡そうとしたが――。

 

「これで3人。昨日クリスから、こういうパーティー揃えての冒険は4人がセオリーって聞いたからもう1人欲しいんだけど、この中に誘えそうな人はいるかなー……おっ?」

 

 タナリスはそう口にしながらギルド内を見回すと、気になる人物を見つけたのか、彼女はバージル達のもとから独り離れていった。

 クリスも慌てて追いかけたのを見て、残ったバージルはため息を吐く。少し待っていろとルナにクエストの紙だけ渡して、彼もタナリスの後を追った。

 掲示板の前を通り過ぎ、のんびり過ごしている冒険者達の間を縫って行く。するとバージルとクリスは、隅の方にあった席に見知った人物がいたのを発見した。偶然にも、タナリスが近付こうとしているのもその人物だった。

 

「ゆんゆんちゃん、君もここにいたんだね」

「あっ、クリスさん! それに先生も! 見てください! 過去最高記録の7段まで積み上げられました!」

「ほう……」

 

 たった1人、ギルドの隅でトランプタワーを積み上げていたゆんゆんだった。相当集中していたのか、クリスが声を掛けるまで彼等に気付かなかったようだ。

 トランプタワーの技術は賞賛に値するものだが、それが冒険者ギルドで誰にも話しかけられずぼっちになったが故の一人遊びの成果だというのは悲しきかな。

 彼女は喜々として2人にトランプタワーを見せた後、彼等の側にいた少女タナリスに気付く。彼女に見覚えがなかったゆんゆんは、未だ人見知りは治っていないのか、やや緊張した様子でクリスに尋ねた。

 

「あ、あの、クリスさん……一緒におられるその人は……?」

「あー……最近この街にきた、アタシの地元の先輩。今さっき冒険者になったばっかりなんだ」

 

 先輩後輩の関係であることだけは明かし、クリスは簡単に紹介する。先輩と聞いてゆんゆんの緊張が更に高まったが、それとは対照的にタナリスは陽気な笑みを浮かべて自ら話しかけた。

 

「初めまして、ゆんゆん。僕はダークプリーストのタナリス。バージルとクリスは知り合いかつパーティーメンバーだよ。で、実はあと1人メンバーが欲しいと思って探してたんだけど……君、よかったらどうかな?」

「……えっ? ……えぇっ!?」

「おおうビックリした」

 

 周りの目など気にせず大声を上げて驚いたゆんゆんに、誘いを持ちかけたタナリスもビクッと驚く。側にあったトランプタワーも少し揺れたが、何とか持ちこたえたようだ。

 一度、ミツルギパーティーの女性2人に誘われたことはあったが、付き合いの浅い3人の中に混ざるのは勇気が必要だったのと、まだ自分は未熟でバージルとの授業もあったため、思わず断ってしまった。因みにその行為について、彼女は仕方ないと思いつつもかなり後悔していた。

 しかし、タナリスという少女が誘ってきたパーティーには既にバージルとクリスもいる。知り合いがいる上に、授業との両立もできそうだ。このパーティーになら――ゆんゆんは決意し、答えを返した。

 

「こ、こここちこちこちらこそよろしくお願いします! えっえっあっああああ改めまして私はゆんゆんと申します職業はアークウィザードで上級魔法も覚えていますが接近戦も得意ですまだまだ未熟者ですが精一杯頑張りますので――!」

「落ち着け」

 

 

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「私も……私も遂にパーティーを……今日のことは絶対日記に書かなきゃ……記念日にしてもいい……」

 

 建てていたトランプタワーを一気に崩さず、上から1枚ずつ取っていく地道な取り壊し作業をこなしながら、ゆんゆんはニヤケ顔で独り言を呟く。

 しばらくして、ゆんゆんの解体工事が終了。トランプを箱に入れてバッグにしまったところで、早速パーティーらしいことをしたかったゆんゆんは、舞い上がった様子でバージル達に尋ねてきた。

 

「あ、あのっ! このパーティーって、既にリーダーは決めてあるんですか!?」

「うん、リーダーはクリスがやってくれるよ」

「……はいっ!?」

 

 いつの間にかリーダーにされていたことにクリスは驚く。ゆんゆんが羨望の眼差しを向けてくる中、クリスはすかさず文句を放った。

 

「待ってくださいよ!? アタシ何も聞いて――!」

「だって僕リーダーやりたくないし、バージルにさせたら全部自分1人で片付けそうで面白くないし、ゆんゆんには荷が重そうだし……となるともう消去法で君しかいないじゃん?」

「先輩だけ理由が個人的過ぎません!?」

 

 タナリスのは理由というより願望だったが、彼女は意見を変える素振りを全く見せない。

 しかし、タナリスもまたリーダーには不向きなタイプであり、この面子の中で1番向いているのは自分しかいないことは、薄々感じていたことだった。

 

「ハァ……まぁいいですよ。で、どうします? このままクエストに行きますか?」

 

 どちらにせよ拒否権は無さそうだったので、クリスはため息混じりにリーダーになることを決め、タナリスに次どうするかを尋ねる。

 

「んー、このままでもいいけど、僕も武器を持ってみたいんだよねぇ。バージル、武器屋さんでどこかいい場所ない?」

 

 タナリスは考えるように腕を組み、この中で1番武器に精通してそうだと思ってかバージルに尋ねる。対して彼は、顎に手を当てながら答えた。

 

「武器か。それなら――」

 

 

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「ゲイリー、コイツの武器を頼む」

「おう、ワシは困った時の武器屋さんじゃねぇぞ」

 

 ひとまずクエスト受注は済ませ、街の外へ出る前にバージルの武器を作ってもらった鍛冶屋ゲイリーに赴き頼んでみたところ、ゲイリーは目を細めて言葉を返してきた。

 

「前きた小僧からも、おめぇさんに紹介されたって聞いて耳を疑ったぜぃ。まぁ奴はレベルも高かったから、素材を活かした双剣を作ってやったけどよ。受け取るやいなや、べったりくっついていたおなご2人に1本ずつ渡してたがな。あれじゃ双剣の意味がねぇだろがい」

 

 ゲイリーはブツブツと愚痴るように話す。恐らくミツルギ達のことだろう。あまり良い印象は持たれていなかったようだ。

 先程の言葉から遠回しに断られたかと思われたが、ゲイリーは木の椅子に腰を落ち着かせると、バージル達の話を伺ってきた。

 

「まぁいい。で、誰の武器を作れって?」

「僕だよおじいちゃん」

 

 タナリスは自ら前に出る。そしてゲイリーは、バージルの武器を作るか否かを決める時のように、タナリスから冒険者カードを見せてもらったが――。

 

「おめぇなあ……まだなりたてホヤホヤの新米冒険者じゃねぇか。素質は悪くなさそうだが、流石にレベル1のモンに武器を作らせるわけにはいかねぇ」

「なんだよー。ケチだなー」

 

 作ることはできないと告げられ、タナリスは不満そうに頬を膨らます。ここにいたのがタナリス1人だったら、これまで出会った冒険者と同じように門前払いしていただろう。しかしバージルがいた故か、ゲイリーはそこから言葉を続けた。

 

「だがまぁ、お得意さんの紹介でもあるからな。おめぇさんの作って欲しい武器はどんなのか、要望だけは聞いてやるよ。レベルを上げて強くなったらそれを作ってやる。ほれ、言ってみぃ」

 

 今作りはしないが、話だけはとゲイリーはタナリスに武器の要望を尋ねる。タナリスは職業を決める時のように悩みながら答えた。

 

「んーとね……鎌! 鎌がいい! 手に持つ部分が自分の身長ぐらいある大鎌!」

「鎌だぁ? 新米だっつうのに風変わりなモンを頼みおって……待てよ?」

 

 要望を聞いてゲイリーは生意気なガキだと笑ったが、少しして何か思い出したかのように立ち上がる。

 バージル等が不思議そうに見つめる中、ゲイリーは工房の奥へと入ると、しばらくして1つの武器を持って彼等のもとに戻ってきた。彼が手にしていた武器を見て、バージルは目を見開く。

 

「それは……」

 

 奥から運ばれてきたのは、タナリスの身長より長く少し歪な鈎柄で、白く鈍く光る刃を持った大鎌――7ヘルズが持っていたものだった。

 

「ど、どうしてこれがここに!? まさか街の中にまで――!?」

「んっ? あぁそうか。そういや蒼白のソードマスター等も迎撃作戦に参加してたんだったな。慌てんな坊主。こりゃワシが、突如押しかけてきたギルドの奴等に頼まれて作ったモンだ。話を聞くに、突然街の前に出てきたっつうモンスターの持っとった武器らしい」

「そ、そっか、ビックリした……んっ? 今アタシのこと坊主って言わなかった?」

 

 本物ではなかったと聞き、クリスは街に悪魔が現れたわけではないと知って胸をなでおろす。モンスターの研究のため、ギルドが頼んだのだろう。

 その横でゲイリーから鎌を受け取り、じっくりと眺めていたタナリスは、御眼鏡に適ったのかゲイリーに交渉を試みた。

 

「おじいちゃん、これ言い値で買うよ。いくら?」

「一度もクエストに行ってねぇっつうのに、よくそんなセリフが吐けたもんだ。まだ金もスッカラカンだろうに」

「お金ならあるさ。バイトでコツコツと稼いでるからね」

「そんな小金じゃ、ウチの品は買えねぇぞ。だから……特別サービスとして、コイツ無料でくれてやるわい。持っていきな」

「無料!? いいの!?」

 

 ダメそうかと内心思っていたタナリスだったが、最終的にゲイリーの方から無料で譲ってくれると言われ、思わず聞き返す。

 

「あぁ。ただコイツはウチにあった余り物の素材で作ったから、耐久性も切れ味も良くねぇだろう。もっと上質なモンが欲しかったら、次はレベルを上げて、かつ素材と大金を持ってウチに来い」

「それでも構わないよ! ありがとうおじいちゃん!」

 

 試作品故に性能は良くないが、タナリスは喜んで大鎌を譲り受けた。彼女の言葉と見た目もさることながら、まるで微笑ましき爺と孫のようだ。

 ゲイリーの親切な対応にクリスが頭を下げ、タナリスが武器を得たのを自分のことのようにゆんゆんが喜ぶ中、バージルは今のタナリスの姿を見て思う。

 

「(黒装束に大鎌……まるで死神だな)」

 

 天界から堕ちた黒き女神は、異世界でダークプリーストとなり、呪いを操る力を得、鎌を持った。その姿はまさしく魂を刈り取る者。

 死者の魂に祝福を与える女神とは正反対のように思うが、今のタナリスは初めて出会った時よりも生き生きしているように思えた。

 

「よし、武器も手に入れたことだし、早速行こうか!」

「は、はいっ!」

「……堕天したというのに、随分と楽しげな女だ」

 

 武器を持ち、いざ初クエストへ。タナリスは意気揚々と歩き出す。ゆんゆんも追従し、バージルはやれやれと息を吐きながらも後を追う。

 

「(……大丈夫かなぁ……?)」

 

 天界から追放された女神のダークプリースト、紅魔族のアークウィザード、敵にはドSと化すソードマスター、1人だけ下位職なのにリーダーを務める盗賊。

 職業だけ見れば優秀揃いでどんなクエストも楽々こなせそうに思えるのだが、クリスは何故か湧き出てくる不安を抱きながら、3人のもとへ駆け寄った。

 




web版では敵の呼称として使われていましたが、この二次創作では1つの職業として扱います。

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