この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第40話「この理不尽な裁判に証人達を!」★

 某日、アクセルの街で始まった裁判。被告人であるカズマは両手に手錠を付けられ、証言台の前に立たされていた。

 彼から見て右側には、彼のパーティーメンバーであるアクア、めぐみん、ダクネスが席に座り、左側の席には貴族らしい服装に身を包んだ、ダクネスを舐めるように見る男が1人。検察官のセナもそちら側に立っている。正面には音楽家さながらのパーマをきかせた髪型に片眼鏡をかけた老人――裁判官を務める男が座っていた。

 

「被告人サトウカズマは、起動要塞デストロイヤーを多くの冒険者と共に迎撃。その際、デストロイヤーの動力となっていた爆発寸前のコロナタイトをランダムテレポートで転送するよう指示。転送されたコロナタイトは、被害者であるアレクセイ・バーネス・アルダープの屋敷に送られ爆発。幸い屋敷には人がいなかったため、死者負傷者共にゼロ。しかしアルダープ殿は屋敷を失ったため、この街で部屋を借りる生活を余儀なくされています」

 

 雨の心配を微塵も感じさせない空の下、セナは一枚の紙に目を落としたまま起訴状を読み上げていく。

 世界が違えば常識も違う。なら裁判も変わっているのかといえばそうでもなく、まず検察官が集めた証拠を裁判官に提示し、被告人が如何に有罪判決を受けるべき人間かを伝える。それに対し弁護側が反論し、被告人を弁護する。それらのやり取りを聞き、最終的な判決を裁判官が下す。いたってシンプルだ。裁判所が処刑場直通なのは、この街ならではだろう。

 違う点があるとすれば、この世界には弁護士という職業が存在しない。故に資格も必要ないので、弁護人は被告人の親族か知人でも務めることができる。結果カズマの弁護人として来たのが、こともあろうにアクア達だった。

 

「毒や爆発物などの危険物をテレポートで送る際、ランダムテレポートを使用するのは法律で禁じられています。被告人の指示した行為はそれらの法に抵触するもの。また領主という地位の人間の命を脅かした事は、国家を揺るがしかねない事件です。よって自分は、被告人に国家転覆罪の適用を――」

「異議あり!」

「弁護人、そちらの陳述の時間はまだです。発言する際は、許可を得てから行うように。しかし見たところ、裁判に参加するのは初めての様子……今回は多めに見て発言を認めましょう。どうぞ」

「いえ、何でもありません。この台詞を言わなきゃって衝動に駆られたので言っただけです」

「以後、弁護人は弁護の際にのみ発言をするように!」

 

 早速アクアがアホなことをやらかし、裁判官に怒られる。しかしアクアは反省するどころか、満足した表情で椅子に座った。

 幸先が不安過ぎる今裁判――それを、バージルは傍聴席の最前列で見守っていた。

 

「……結果は有罪判決か」

「決めるのが早過ぎないかな!? いやまぁ、そう思う気持ちもわからなくはないけどさ……」

 

 カズマの弁護人が問題児3人だけなのを見てバージルが呟く傍ら、それを聞いた隣のクリスが不安げに話す。

 裁判前、セナに「証人はここで待機するように」と言われ、バージルは指示通り傍聴席の最前列に来た。席と言いながら、傍聴する側は立ったままを余儀なくされているが。

 そして、そんな彼の隣にクリスがいる。となれば――。

 

「して……俺だけでなく貴様もここにいるということは……」

「アハハ……アタシも証人として呼ばれちゃった……」

 

 クリスは傷の付いた頬を指で掻き、小さく笑みを浮かべた。クリスだけではない。彼女の隣にはゆんゆん、ミツルギ、ダストと、これまた見知った人物達が揃っていた。

 

「アイツらだけじゃ、無実を証明するなんてできそうにないからな。カズマのダチとして、俺がアイツの身の潔白を証明しなきゃならねぇ!」

「よくそんな自信を持てるな……名前は聞いているよ。君、ダストだろう? この街では一番素行の悪い冒険者として有名だそうじゃないか」

「あぁん!? ちょっと顔が整ってるからって上から目線ですかぁ!? そういうお前こそ、わざとカズマが悪く思われるようなこと言うんじゃねぇぞ!」

「こ、この裁判では嘘か真かを判別する魔道具が使われているので、どう足掻いても正直に答えるしかないかと……そ、それに私も、ダストさんはあまり何も言わない方がいいと思います」

「おいこらそこの紅魔族! 大人しそうな顔して結構言うじゃねぇか!? 知ってっぞ! お前ギルドで誰にも話しかけられずにずっと一人遊びしてたぼっちだろ! お前もアガッてテンパる前に、こっから逃げることをオススメするぜ!」

「す、好きで一人遊びしてたわけじゃありません! それにぼっちじゃないです! 私にも友達だって……友達だって……いるんです!」

「傍聴席の最前列! 今は裁判中です! 静粛に!」

 

 口喧嘩をし始めた彼等を止めるべく、裁判官は木槌を叩いて3人へ注意を促す。それを聞きゆんゆんはビクッと驚いて涙目になり、ミツルギはすぐさま頭を下げ、ダストは裁判官へ中指を立てた。

 ダストの態度に裁判官が青筋を浮かべながらも裁判を進め、被告人尋問へ。そこからカズマは、自分がいかにアクセルの街に貢献しているか、冒険者として日々真っ当に生きているかを語り始めた。

 オーバーに話す場面も見られたが、嘘は言っていないので魔道具は鳴らず。裁判官が魔道具を凝視している傍ら、カズマの熱弁はまだ続く。その途中、静かに傍聴していたクリスがバージルに話しかけてきた。

 

「ねぇねぇ。バージルは証人として何を聞かれるのか知ってるの?」

「あぁ。裁判前、あの黒髪の女と会った時に聞いておいた」

「そうなんだ……アタシも聞いとけばよかったなぁ。何を質問されるかわかんなくて、ちょっとドキドキするよ」

 

 本当はバージル自らセナに情報を渡しているからだったのだが、クリス達から何か言われそうだったので、バージルはそこを伏せて言葉を返す。

 クリスが自分への質問を気にしている傍ら、バージルは腕を組み、証言台でえらく乗って語り続けるカズマの後ろ姿を見る。

 セナは、彼の取り調べの内容次第で裁判を執り行うと話していた。そして今日、こうして裁判が開かれているということは、取り調べにてカズマが危険視される内容が発覚したということ。

 しかし、幾つかの悪評はあれど全て些細なこと。国家転覆罪の名の通り、国を脅かすような危険性はない筈だ。それこそ、魔王軍と繋がりがあるわけでも――。

 

「(……そういえば、奴がいたな)」

 

 バージルは顔を動かし、傍聴席の後ろへ目をやる。視線の先には、ハラハラした様子で裁判を見守る女性――なんちゃって幹部ことウィズ。

 恐らく取り調べにてカズマは彼女の存在を忘れ、話している最中に嘘を見破る魔道具に引っかかったのだろう。彼女が証人として傍聴席の最前列にいないのを見るに、彼女の名前は明かさなかったのかもしれない。

 自分は危険な存在ではないと証明しなければならないが、ウィズのことも隠さなければならない。こんな時でも気苦労の絶えん男だなと思いながら、バージルは傍聴を続けた。

 

 

*********************************

 

 

「ではこれより、証拠の提出を行います。この男、サトウカズマがいかに危険人物であるかを証明してみせましょう。ではまず1人目の証人、証言台へ!」

 

 カズマの熱い自分語りもとい供述が終わったところで、裁判は次の段階へ。セナは自信満々に声を張り、証人を呼んだ。

 セナからは、バージルの番は5番目だと伝えられた。そして最前列にいるのは丁度5人。バージル、クリス、ゆんゆん、ミツルギ、ダストだ。

 

「確か1人目は俺だったな。うっし!」

 

 バージルと同じくセナから事前に伝えられていたのか、ダストは気合いを入れつつ法廷へ向かう。カズマが証言台からアクア達の座る右側の席へ移動し、代わりにダストがそこへ立ったところで、セナは彼を手で指しつつ裁判官に話した。

 

「彼の名前はダスト。この街一番の荒くれ冒険者として有名で、何度も警察に捕まっています。裁判官も、この男の顔は裁判で幾度も見た覚えがあるでしょう」

「ようじーさん。相変わらず派手なカツラ被ってんな。まだつるっぱげから毛は生えねぇのかい?」

「君も相変わらず、品行と態度を省みるつもりは一切ないようですね」

 

 物怖じしないダストに対し、裁判官が怒りを抑えるように顔をヒクつかせながら言葉を返す。

 法廷で若者と老人の口喧嘩が始まりそうな予感を覚えたのか、セナは注目させるように咳き込んでから、ダストについての説明を続けた。

 

「彼は、被告人サトウカズマと仲が良く、酒場でも一緒に食事をする姿もあったとの目撃証言もあります」

「おうとも! 俺とカズマは共に苦労を分かち合える親友! ダチ! 心の友だ!」

「被告人、彼の証言に間違いはありませんか?」

 

 ダストが胸を張ってカズマとの仲を話したのを聞き、裁判官はカズマへ事実の確認を求める。対してカズマは、無表情のまま質問に答えた。

 

「知り合いです」

 

 その答えに対して、魔道具はうんともすんとも言わなかった。

 

「ハァッ!? おいなんでだよ!? カズマ! 俺とお前の仲はそんな浅いもんじゃねぇだろ!?」

「あの男が何か意味不明なこと言ってますが、彼は友人でもなんでもありません。ただの知り合いです」

「意味不明!?」

 

 酷く驚くダストとは対照的に、カズマは再度深い仲ではないと答える。魔道具はこれまた鳴らず。この結果を見たセナは、申し訳なさそうな顔を見せる。

 

「えっと……し、失礼致しました。サトウカズマと付き合いのある友人は、素行の悪い人間ばかりだと証明したかったのですが……」

「気にしなくていいっすよセナさん。知り合いなのは事実ですし。親友ではありませんが」

「カズマ!? そんなことねぇよな!? なんか細工して嘘が吐けるようにしたんだよな!? なぁそうだろ!?」

「騎士達よ。証人を証言台から降ろしなさい」

「「はっ!」」

「カズマ! 嘘だと言ってくれよ!? 友達だと言ってくれよ!? カズマ! カズマぁああああああああっ!」

 

 ダストの悲痛な叫び虚しく、彼は証言台から引きずり降ろされた。

 

 

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「ちくしょう……カズマの野郎……酒場で愚痴を溢し合った日々を忘れたのかよ……」

「両手じゃ数えきれないほど警察に捕まって裁判を経験したアンタとの交流があったら、印象がマイナスにしかならないしねぇ。それに、カズマとの仲を再確認できてよかったじゃない」

 

 傍聴席の最前列に戻され、酷く落ち込んだ様子でいるダストを、背後にいた彼のパーティーメンバーのリーンが慰める。慰めになっているかどうかは別として。

 

「最初の証人は何の参考にもなりませんでしたが……裁判官、次からはしかと証明できる者をお呼びしましょう。では次の方、ここへ!」

「次は……僕か」

 

 その傍ら、セナが次の証人へ声を掛ける。今度はダストの隣に立っていたミツルギが、傍聴席から離れていった。

 階段を上り、先程ダストが立っていた証言台へ。セナは指定された場所に立ったミツルギと――何故か両隣にいるクレメアとフィオを見た。

 

「……すみません、私が呼んだのはミツルギさんのみなのですが……」

「キョウヤとはいつでもどこでも一緒なのよ!」

「それに、私達もあの男に言いたいことはあったから!」

「そ、そうですか……わかりました。同伴を認めましょう」

 

 離れる様子のない二人を見て、セナは助力してくれるのならとこの場に立つことを許可する。裁判官も口を挟むべきではないと察したのか、それを黙認したようだ。

 セナは再び裁判官に向き直ると、ダストの時と同じようにミツルギを手で指したまま説明を始めた。

 

「彼の名はミツルギキョウヤ。魔剣グラムを手に魔王軍と戦う勇者候補として、魔王討伐を期待されていたのですが――」

「そこの男が、キョウヤから魔剣を無理矢理奪った挙句、売っぱらってお金に換えたんです!」

「……被告人、彼女の言葉に間違いはありませんか?」

「ありません。でも、お互いの了承を得た勝負で俺がマツルギに大勝利し、その過程で『スティール』を使って奪ったものなんで、どうしようと俺の自由だと思うんです」

「こんな時でもわざと僕の名前を間違える彼の言う通りです。やり方は姑息ではありましたが、責任は自ら勝負を持ちかけた僕にあります。その後彼が、何の躊躇いも後ろめたさもなく魔剣を売り払ったのも、咎めるべき行為ではないと思います」

「お前さ、俺のこと庇ってんの? それとも悪く言おうとしてんの?」

 

 若干恨み節のある言葉だったが、裁判官はミツルギの話を聞いて同調するように唸る。

 まさかミツルギが彼を庇おうとするとは思わなかったのか、セナは少し焦った様子を見せる。だが――。

 

「私この男に、うっせぇパンツ剝がすぞって脅されたことがあります!」

「ちょっと待てや緑ポニテ女!? 俺はそんな脅しを言った覚えはな――!」

 

 ――チリーン。

 

「……すみません。デストロイヤー迎撃の祝勝会で、酒に酔った勢いで言いました」

 

 クレメアの証言が間違いではないと、カズマは項垂れるように答える。その言葉を聞き、セナは自信を取り戻したかのように裁判官へ自慢げに告げた。

 

「このように、サトウカズマは平然と女性へ猥褻な行為をするような、モラルのない男です! 女性への被害についてはまだ証言がありますが、それはまた後ほどお伝えします」

「ふむ……さり気なく内容が変わっていますが、彼の人間性を見るには必要な証言ですね」

 

 セナの言葉を聞いて、裁判官はカズマへ鋭い目を向ける。更には法廷の外で裁判を見ていた女性陣からも睨まれ、カズマは独り縮こまった。

 このカズマの行為に関しては反論できないのか、弁護人である仲間の3人も俯いている。助け舟などないように思えたが――ここで、ミツルギは彼を庇うように意見を出した。

 

「た、確かに彼は道徳性に欠けた男かもしれませんが……それでも冒険者として、デストロイヤー迎撃作戦で活躍していたのは確かです。それに……僕は彼に感謝もしているんです。もしあの日、僕が魔剣を手放さなければ、己の無力さに気付くことも――」

「証人、ありがとうございました! 騎士達、彼を傍聴席へ戻してください!」

「「はっ!」」

「えっ!? あっ、ちょっと待っ――!?」

 

 しかしそれよりも前に、話が長くなりそうだったと予感したセナが、無理矢理ミツルギへの証人尋問を終わらせた。

 

 

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「クレメア……どうしてあの場であんなことを……」

「だって私も、文句の一つぐらい言ってやりたかったもん! これで有罪になったらアイツに直接言えなくなっちゃうでしょ!?」

 

 未だ落ち込んでいるダストの横で、ミツルギとクレメアは言葉を交わす。1人目と違って上手く行ったからだろうか、セナは少し上機嫌になりながら証人尋問を進めた。

 

「では次の方、こちらへどうぞ!」

「つ、つつつつ次は、わたわたたた私……!」

「ゆんゆんちゃん、落ち着いて落ち着いて!」

「リラックスリラックス! 質問に正直に答えるだけでいいから!」

 

 緊張状態に陥っていたゆんゆんは、フィオとクリスに声援を送られながらも証言台へと上がっていく。

 指定された場所に立ち、ゆんゆんは正面にいる裁判官へ目を向けるが、両隣の視線、そして背後から感じる多くの視線が気になり、一層彼女の緊張を高まらせた。

 カチコチに固まっている彼女を不安そうに見つめながらも、セナはゆんゆんについての説明を始めた。

 

「次の証人は、サトウカズマとの交流もある紅魔族の――」

「すみません、ちょっといいですか」

 

 が、そこでめぐみんが手を上げ、セナの言葉を遮るように口を挟んできた。しかし弁護人の発言はまだ。裁判官は諭すように彼女へ話す。

 

「弁護人、先程も申し上げた筈ですよ。発言は弁護の際にのみするようにと」

「それは理解しております。しかし、彼女は酷く緊張している様子。あれでは証人尋問もままなりません。なので私は友人として、彼女の緊張を和らげるよう助言したいのです」

「……いいでしょう。特別に許可します」

 

 ご老人故、子供には甘いのだろう。彼女の進言を裁判官は快く許可した。めぐみんは裁判官へ一礼し、ゆんゆんに顔を向ける。

 助け舟が出たのと、友人と言われて嬉しかったからか、ゆんゆんは安堵した様子でめぐみんを見る。そしてめぐみんは、ゆんゆんへ画期的なアドバイスを送った。

 

「ゆんゆん、初めての証人でえらくテンパっているようですね。そんな時は、大声で紅魔族流の名乗りをするといいですよ。緊張なんか吹っ飛びますから」

「えぇっ!? ちょっ、めめめめめぐみん!?」

 

 深呼吸して肺の空気を入れ替えるとか、手のひらに魔法陣を三回書いて飲み込む等かと思っていたゆんゆんは、想定外の助言を受けて仰天する。

 当然、そんな大恥をかくような行為をしたくはないのだが、周りの人達は自分を気遣ってか、しんと静まり返ってゆんゆんの名乗りを待っていた。

 絶対にやりたくない。が、友人とまで言ってくれためぐみんからの助言だ。ゆんゆんは友人めぐみんの言葉を信じ、深く息を吸って――大声で言い放った。

 

「我が名はゆんゆん! 蒼白の剣士の教えを乞ういち生徒であり、いずれは紅魔族の長となる者!」

 

 勇気を振り絞って叫んだ、紅魔族独特の名乗り。きっちりポーズも取り、普通の紅魔族なら「決まった」と心の中で自画自賛するだろう。

 たとえ――法廷にいる者や裁判を傍聴していた者等全員が、反応に困って無言になっていたとしても。

 

「これで少しは、貴方の人見知りも治ることでしょう」

「バカバカバカバカッ! めぐみんのバカッ!」

「お、お前……荒療治にも程があるだろ……」

 

 これで解決とばかりに頷くめぐみんへ、耳まで真っ赤になったゆんゆんは怒号を発した。彼女の所業には、鬼畜のカズマと謳われる彼でさえも恐怖を覚えたそうな。

 

「……あー……素敵な自己紹介をありがとう。では検察官、続きを」

 

 裁判官は笑顔を取り繕い、中断していた裁判を再開させる。ゆんゆんが裁判官や検察官、さらには傍聴席の方々へ頭を下げる傍ら、セナは一度咳き込んでから説明を続けた。

 

「先程ご自身で申し上げた通り、彼女の名はゆんゆん。年齢は13歳。紅魔族のアークウィザードです。先のデストロイヤー迎撃作戦にて出現したモンスターとの戦闘では、巧みに魔法と近接戦闘を使い分け、大いに貢献していたと聞きます。勇者候補であるミツルギさんと肩を並べられるほどの、将来有望な冒険者です」

「ほぉ……まだ若いというのに……」

「あ、ありがとうございます……」

 

 セナが話す彼女の功績を知り、裁判官は関心を示す。褒められ慣れていなかったゆんゆんは、自己紹介をした時とはまた違った恥ずかしさを覚えて俯く。

 そんなゆんゆんを見てセナも思わず微笑む――が、彼女は表情を一変させ、怒りのこもった声でカズマの犯した過ちを告げた。

 

「裁判官の仰る通り、その実態はまだ汚れを知らぬ無垢な子供……だというのに! そこのサトウカズマは、そんな彼女にすら手を出そうとしたのです!」

「ちょっと待てや!? それは言いがかりだ! 俺はロリコンじゃない!」

「被告人は黙りなさい!」

 

 これにはカズマも声を荒げて否定したが、セナは彼を睨み返して発言を跳ね除ける。とその時、話を聞いていたゆんゆんが慌てた様子で自ら口を挟んできた。

 

「ま、待ってください! 私、カズマさんに変なことをされた覚えはありませ――!」

 

 ――チリーン。

 

 が、その発言に対し魔道具が音を鳴らした。今しがたゆんゆんが嘘を吐いたという証明。それを聞いた者達はゆんゆんに視線を向ける。

 ゆんゆんは狼狽え、どうしようとその場でオロオロしていたが……しばらくして、観念したかのように自ら真実を話した。

 

「……以前、カズマさんのパーティーと雪山で雪崩に巻き込まれそうになったことがあり、急いでテレポートの準備をしていたら……魔法陣の中で、胸に顔を近づけられました」

「……あっ……」

 

 それは、雪精討伐に出向いた日の出来事。テレポートの準備をするゆんゆんの豊満な胸に吸い寄せられたことだった。すっかり忘れていたのか、カズマは思わず声を漏らす。

 カズマがゆんゆんへセクハラまがいの行為を犯したことが事実だと判明し、セナが心底軽蔑した目でカズマを見た後、裁判官に向き直って補足を加えた。

 

「先程の証言はこの街の住民にも広まっており、故にサトウカズマは住民から、15にも満たない子供であっても平気で手を出そうとする『ロリマ』だと囁かれております」

「その蔑称ってそれが発端だったのか!? つーか広まってるってどういうことだ!? 誰だその話を流した奴! おい!?」

 

 彼がゆんゆんの胸元を間近でガン見した出来事を知っているのは、あの場にいたカズマパーティー、ゆんゆん、バージルと、テレポート先にいたクリスのみ。この中の誰かだと目星をつけたカズマは、まず近くにいたパーティーメンバーへ目を向ける。

 カズマの視線を受け、ダクネスはすぐさま首を横に振り、めぐみんも「違います」と短く答える。そしてアクアは――私は知りませんと明後日の方向を見たまま音の鳴らない口笛を吹いていた。

 

「お前か駄女神! いっつもいらんことばっか勝手に喋りやがって!」

 

 犯人を即見つけたカズマは、アクアへ怒りの声をぶつける。怒られたアクアは一瞬ビクッと怯えたが、すぐさま反抗の目を見せつつカズマへ向き直り、反論をぶつけた。

 

「だ、だってカズマはあの時、私を置き去りにして雪崩から逃れようとしてたじゃない! おあいこよおあいこ!」

「ちょっ!? アクア!? この場でその話題を出すのはマズイですって!?」

「えっ?」

 

 アクアの反論を聞き、めぐみんが慌てたようにアクアへ注意を促す。が、時既に遅し。

 彼女等の話に聞き耳を立てていたセナはアクア達から顔を背け、裁判官へ向き直った。

 

「聞きましたか裁判官! 彼は少女の胸に顔を近付けるだけではなく、その傍らで仲間の女性を助けようとせず、雪崩に飲み込ませようとしていたのです! なんと下劣で見下げ果てた男でしょうか!」

「お前は本当に! 本当に余計な事しか口に出さないな!?」

「元はと言えば、アンタが私を置き去りにしようとしたからじゃない!」

「弁護人と被告人! 静粛に! 静粛に!」

 

 

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「ど、どうしよう……私のせいでカズマさんの印象が……」

「ゆんゆんちゃんのせいじゃないよ。ていうかあれはしょうがない。なんというか、自業自得みたいなもんだし」

 

 フォローするつもりがまるで逆の結果に終わってしまい、罪悪感に苛まれるゆんゆんをクリスは優しく迎える。カズマがゆんゆんの胸に顔を近付けていた場面を知っているからか、カズマに対する言葉も辛辣なものになっていた。

 クリスだけでなく、主に傍聴席にいる女性陣からの痛い視線を浴びてか、カズマの身体が更に縮こまったように見える。が、裁判は無情に続く。

 

「では次に四人目! こちらへ!」

「さて、次はアタシか……さっきの話を聞いてて、何となく質問される内容に想像がついちゃったんだけど……」

 

 クリスは頬を指で掻きながら、証言台へ向かう。彼女がカズマ達に手を挙げて軽く挨拶しながらも法廷に立ったところで、セナは前の3人と同じように彼女を手で指し、裁判官へ紹介した。

 

「彼女の名はクリス。この街に住む冒険者の1人で、サトウカズマによるセクハラ……盗賊スキル『スティール』によってパンツを剥がされる被害を二度も受けたとの目撃証言があります」

「やっぱりそれなんだね!? 別にアタシはもう気にしてないからいいって!? それに……ここでその話をするのはやめてほしいっていうか……聞かれたくないっていうか……」

 

 予想通り、彼へスキルを教えた時とデストロイヤー迎撃の祝勝会で起こったパンツ剥ぎ取り事件についてだったと知り、クリスは背後を気にしながらも答える。

 が、求める返答と違ったのか聞いていなかったのか、セナはクリスの傍へ歩み寄ると、眼鏡を上げつつ彼女へ質問をぶつけた。

 

「クリスさん、サトウカズマによってパンツを奪われた時……どのように感じられましたか?」

「えっ⁉ えぇっ!?」

 

 質問内容を聞き、クリスはほんのり赤くなっていた顔が更に色濃くなる。しかしセナは無言のまま、返答を求めるようにクリスを見つめてくる。

 彼女だけでなく、裁判官やアルダープ、カズマ達、傍聴席の者達が視線を向ける。その集まった視線に耐えかねたのか、やがてクリスは自身のホットパンツを手で抑えつつ答えた。

 

「……えっと……なんていうか……変な感覚だったっていうか……あるべきものがないっていうのか……外見は変わんないんだけど、パンツがないだけで妙に恥ずかしくなって……ねぇこれ何の罰ゲーム!? アタシをどうしたいのさ!?」

 

 モジモジと、声を小さくしながらも素直に答えていたが、先程ゆんゆんが味わったのとはまた違った羞恥に耐え切れず、クリスは顔を真っ赤にしてセナに疑問をぶつける。

 対するセナはというと――そんなクリスをやや引き気味に見ていた。

 

「あの……別にそういう猥談を聞きたかったわけではなく……サトウカズマに対して、怒りや憎しみの感情を抱かなかったのかを教えて欲しかったのですが……」

「最初からそう言ってよ!? 自爆したアタシが馬鹿みたいじゃん! さっきも言ったけど綺麗さっぱり水に流したから! 気にしてないから! もういいよね!?」

「は、はい……すみませんでした……」

 

 勘違いして勝手に猥褻なエピソードを話したクリスは、八つ当たるように怒りの混じった声で強く答える。

 下手に刺激してはいけないと悟ったのか、セナは自ら頭を下げる。自分の番が終わったのを聞いて、クリスは足早に証言台から降りて行った。

 

「うぅ……」

 

 傍聴席に戻り、恥ずかしい思いをしてしまったクリスは火照った顔に両手を当てる。彼女は気付いていないが、話を聞いていた何人かの男は体勢を前のめりにしていたそうな。

 そして彼女は、チラリと左隣へ目を向ける。そこにいるのは、先程の話をガッツリ聞いていたバージル。彼は前を見つめていたが、しばらくしてクリスの視線に気が付く。

 クリスと目を合わせたバージルは――何も言わず、彼女から顔を背けた。

 

「せめて何か言ってよ!? 無言で目を逸らされるのって結構心にくるんだからね!?」

「ク、クリスさん落ち着いて……裁判官に怒られますよ……」

 

 視線を外したバージルへクリスは涙目になりながら突っかかるが、また注意されるからとゆんゆんは小声で宥めようとする。

 事実、裁判長は今にも木槌を叩こうとしていたのだが、それよりも先に検察官が声を上げた。

 

「さぁ最後の証人! 証言台へ!」

 

 裁判が上手く運んでいてテンションが上がっているのか、セナはノリノリで証言台を指しながら最後の証人――バージルを呼んだ。

 彼女の声を聞いたバージルは、ポカポカ叩いてくるクリスを無視して傍聴席から離れ、証言台へ向かった。

 

 

*********************************

 

 

「彼の名前はバージル。冒険者に就いてまだ1年も満たない身でありながら魔王軍幹部を倒し、デストロイヤー迎撃作戦では固有スキルを使いデストロイヤーの進行を止めました。蒼白のソードマスターとして、魔王討伐を期待されている冒険者です」

「ほう、この青年が……して、彼はどのような証言を?」

 

 バージルが腕を組んで証言台に立つ前で、セナは裁判官へバージルのことを簡単に紹介する。

 彼の噂は耳にしていたのか、裁判官は片眼鏡を動かしつつ興味深そうに見つめながらセナに尋ねる。対してセナは、カズマ達へ振り返りつつ話した。

 

「サトウカズマは、パーティーリーダーであるにも関わらず、その責任を放棄していることです」

「はっ?」

 

 自分ではパーティーリーダーの責務を全うしているつもりなのか、セナの発言を聞いてカズマはえらく不機嫌そうな声を漏らす。

 しかしセナは気にせず、カズマから隣のパーティーメンバー3人――アクア、めぐみん、ダクネスに視線を移した。

 

「今回、サトウカズマの弁護人として参加しているのは、彼のパーティーメンバーである3人です。1人は魔力結界を破り、1人は爆裂魔法で要塞の足を破壊し、1人は同じく爆裂魔法を使用した者を謎のモンスター達から守った……3人共、デストロイヤー迎撃作戦にて大いに貢献しておりました」

「な、何よ。私達まで悪く言うのかと思ったら、良い事言ってくれるじゃない。あの人って目はキツイけど、根は優しい人なのかも」

「最後に私が要塞を木っ端微塵にしたのを省略されたのは気になりましたが、まぁいいでしょう」

「わ、私のことまでフォローしてくれるとは……嬉しいのだが、あえてスルーして欲しかったと思う自分もいる……」

 

 セナから予想外の賞賛を受け、3人は満更でもない様子を見せる。だがしかし――彼女等への贈る言葉が、褒めるだけで終わる筈もなく。

 

「同時に、この街の問題児の筆頭でもあります」

「「「っ!?」」」

 

 続けて発せられたセナの言葉を聞き、彼女等は酷く驚いた。カズマがアクア達へ「なんで驚いてんの?」と言いたげな目線を送っている一方、セナは彼女等の反応を気にせず話を続ける。

 

「まず青髪の女性。彼女は自らを女神アクアと名乗るアクシズ教徒で、金がないにも関わらず酒を飲んでツケておく、街の飲料を水に変える、森の木に魔力を流してアンデッドを呼び寄せる等、問題行動を度々起こしている人物です」

「わざとじゃないから!? 水に変えちゃったのは私の体質のせいだから!? それに私は、正真正銘、この世界に1万人以上の信者を持つ水の女神――アクア様御本人なの!」

 

 ――チリーン。

 

「なぁんでよぉおおおおおおおおっ!?」

 

 魔道具にすら女神と認識されていなかったアクアは、泣きじゃくりながら机をバンバンと叩く。

 彼女は全く納得していない様子だったが、相手にしていたらキリがないと判断したのか、セナは次にめぐみんへ鋭い視線を向けた。

 

「次に黒髪の女性。彼女は毎日街の外で爆裂魔法を放ち、住民に騒音被害を加えております。更には彼女の爆裂魔法が原因で、魔王軍幹部を呼び寄せてしまう事件も起きたと聞きます」

「はうっ!? ……わ、私は当時、あの城に魔王軍の幹部が住んでいたとは知らなかったんです! それに紅魔族というのは、1日1回爆裂魔法を撃たなきゃ死んでしまう身体で――」

 

 ――チリーン。

 

「……すみません。爆裂魔法は趣味で毎日撃ってます。それと魔王軍が城に住んでいたことは、本当に知りませんでした。それだけは信じてください」

「あの魔道具の前で、よくその嘘が通せると思ったな」

 

 めぐみんは顔を俯かせ、自己満足で爆裂魔法を放っていることを認める。頭が良いのか悪いのかわからない紅魔族をカズマが呆れた目で見つめる傍ら、セナは次にダクネスへ目を向けた。

 

「そして金髪の女性。彼女は先の二名のような、街に迷惑をかける行いはしていませんが……ここに立つ証人のバージルさんから、彼の構える店へ毎日のように来られ、営業妨害を受けているとの証言があります」

「ムッ……待って欲しい、検察官。私はそのような目的で通いつめているつもりはない。あれは一種の遊びだ」

「そのくだらん遊びに付き合わされる俺の身にもなれ。まだ街でゴミ拾いでもしていた方が有意義に過ごせる。悪質な営業妨害だ」

「んんっ……! ゴミ拾い以下っ……!」

 

 ダクネスとバージル、両者の言葉に魔道具は反応を示さない。ダクネスは強く反応していたが。

 裁判の場だというのに頬を赤らめて感じているダクネスを、セナはクリスの時のように引き気味に見つつも、眼鏡を上げて言葉を続ける。

 

「と、とにかく、彼女等が街で問題行動を起こしているのは明白です。だというのに、サトウカズマはパーティーリーダーの身でありながら、その問題を我関せずとばかりに放置しているのです! なんと無責任な男でしょうか!」

「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! 責任の放棄? 俺はこれでも精一杯努力して、コイツ等の面倒を見てやってんだよ!」

「では何故、彼女等は問題行動を起こし続けているのですか?」

「全く言うことを聞きやしないからだよ! つーかめぐみんの件はまだしも、アクアとダクネスの問題行動は俺の知らない場所でのことだろ!? そんなんにまで責任持てっか! 俺はリーダーであって親じゃない!」

 

 カズマは怒りを露わにし、セナに言い返す。もはや発言の許可など取らずに口論が進んでいるが、一々注意していられなかったのか面倒になったのか、裁判官は静かに見守っていた。

 やがて、口論の果てにセナは呆れたのかため息を吐き、カズマから視線を背ける。

 

「言い訳は結構。彼女等の問題行動により、被害が出ているのは事実です。この証人も、責任感のない貴方には怒りを感じていたと述べておりました」

「嘘だ! バージルさんは一度、俺の代わりにコイツ等とクエストへ行ったことがある! つまり、俺の苦労も知ってるんだ! そんなこと言う筈がない! そうですよねバージルさん!?」

 

 セナが事前にバージルから聞いた証言を出し、確認を求めるようにバージルへ視線を向ける。一方でカズマはセナの発言を否定し、バージルに期待を寄せた眼差しを向けてくる。

 両者、そして裁判官やアルダープ、アクア達、傍聴人達が一斉にバージルへ注目する中――彼は腕を組んで目を閉じたまま、静かに答えた。

 

 

「そんなことはどうでもいい」

「「……えっ?」」

 

 それはセナ、カズマ共に予想していなかった返答。二人は思わず間の抜けた声を上げる。

 裁判官はチラリと魔道具へ視線を移す。が、音は鳴らない。先の発言が嘘でないことを皆が理解したところで、バージルは言葉を続けた。

 

「そもそも、そこの男が今日ここで死のうが生きようが、俺の知ったことではない」

 

 ――チリーン。

 

「……少し語弊があったか。サトウカズマは協力者の1人。勝手に死なれるのは困ったものだが……それだけだ。吊るされようが刎ねられようが、俺は何とも思わな――」

 

 ――チリーン。

 

「……多少なりとも交流のある者が死なれるのは、あまり気持ちのいいものではない」

 

 ここぞとばかりに効果を発揮した魔道具に遮られ、バージルは言葉を二度訂正する。以前彼は目を閉じ、両腕を組んだまま。

 恐らくダストのものだろう。小さく吹き出す声が傍聴席から漏れる一方、弁護席にいたカズマ達は――。

 

「いいかめぐみん、ダクネス。ああいうのを俗にツンデレっていうんだ。普段はツンと冷たい態度をとってるけど、思いもよらないところでデレを、心の内を明かす人を指す言葉だ」

「なるほどなるほど。つまり私達は今、彼の貴重なデレを目撃したということですね」

「ふむ、要は照れ隠しのようなものか……」

「全く、お兄ちゃんったら全く。こんな時でも素直じゃないわねぇ」

 

 バージルを見て、ニヤニヤと笑っていた。裁判で不利な状況に立たされているというのに、なんと呑気なことか。

 

【挿絵表示】

 

 しかし、バージルも黙っているわけがない。彼は目を開いてカズマ達を鋭く睨むと――弁護席へ幻影剣の雨(五月雨幻影剣)を降らせた。

 

「――Shut up(黙れ)

「「「は、はいっ!」」」

 

 思わぬしっぺ返しを食らい、カズマ、めぐみん、ダクネスの3人は素早く返事をする。誰も剣に刺さることはなかったのだが、怖がらせるには十分過ぎる脅しだった。ダクネスはちょっと喜んでいたが。

 

「わ、私はわかってるからね! それも照れ隠しなんでしょ!? 恥ずかしい瞬間を見られたヒロインが思わず主人公を殴っちゃうようなアレと同じなのよね!?」

「アクアはいい加減、引き際というのを覚えてください!」

「むーっ! むーっ!」

「しょ、証人! 法廷で魔法を使うのは、たとえ被害者が出ていなくとも禁則事項です! 次同じことをしたら即立ち退いてもらいますよ!?」

「すまない。ついカッとなってな」

 

 それでもアクアは涙目になりながらも声をかけてきたが、隣のめぐみんが彼女の口を塞ぐ。その一方でバージルは裁判官からお叱りを受け、素直に謝った。勿論反省はしていない。

 バージルが視線を裁判官へ向ける中、置いてきぼりだったセナはバージルに歩み寄り、事情を尋ねてきた。

 

「バージルさん! 事前に聞いていた内容と違いますよ!? 貴方は責務を放棄しているサトウカズマへ、怒りを感じていたと――!」

「確かに怒りは覚えたが、過去の話だ。それに、ここへ来たのは証人としてではない」

「はいっ!?」

 

 バージルの言葉を聞き、セナは理解不能とばかりに声を上げる。バージルは彼女から視線を外して左へと移し――。

 

「俺はただ――アルダープ。貴様と話せる機会が欲しかった」

 

 検察側の席に座っていた、被害者のアルダープへ目を向けた。

 まさか自分の名前が出るとは思っていなかったのか、アルダープは少し驚く様子を見せると、バージルと目を合わせ――何故か、自分を守るように自身の身体へ手を回した。

 

「わ、ワシにそんな趣味はないぞ!?」

「阿呆が。貴様のような下賤な豚に好意を抱くわけがなかろう」

「んなっ!? げ、下賤な豚……だと……!?」

 

 容赦ないバージルの言葉を受けてアルダープは狼狽えたが、後から怒りが沸々と湧き出てきたように声を震わせる。

 

「バ、バージル……今アルダープに向けた言葉を私にも、もう少し強めに罵る感じで――」

「お前は時と場合を考えよう! なっ!?」

 

 ダクネスがまた変なことを言い出そうとしてカズマに止められていたが、バージルはそれを無視してアルダープとの会話を続けた。

 

「こうして直接話すのは初めてだな。アレクセイ・バーネス・アルダープ」

「……フンッ。すぐに金を支払ったものだから、もっと素直で誠実な性格だと思っておったぞ。蒼白のソードマスターよ」

「金……あぁ、あの騎士が持ってきた請求書か。兵の雇用代にしては些か割高だと思ったが、払えない金額ではなかったからな」

 

 バージルの言葉を聞き、アルダープはピクリと眉を動かす。その僅かな反応を見逃さずに確認したバージルは、話題をこの裁判へと持っていった。

 

「そして、今度はこの男の起訴か……罪名は国家転覆罪。実に極端だな」

「な、何を言うか!? この私の屋敷が消されたのだぞ!? 下手すれば私もこの場にいなかった! これを国家転覆罪と言わずして何と言うか!?」

「この国の王子や第一王女ならまだしも、腹を満たすことにしか脳のない輩が1人が死んだところで、国がひっくり返ると思っているのか? 随分と高慢なことだ」

「貴様……っ! ワシに向かってなんだその口の利き方は!?」

 

 ため息混じりに言葉を返してきたバージルの態度へ怒りを覚えたアルダープは、握りこぶしをドンと机に叩きつける。

 

「おい裁判官! いつまでこの男を放っておくつもりだ!? 証人の役目を務める気はないのだろう!? さっさと法廷から引きずり降ろせ!」

「あっ、は、はい! 騎士達よ! 証人を証言台から降ろしなさい!」

「「はっ!」」

 

 証人という立場を利用して好き勝手に発言するバージルを捕えるべく、命令された騎士二人はバージルのもとへ。ここにいては危険と見たセナは、そそくさと検察側の席へ戻る。

 甲冑を纏った騎士達はにじり寄り、同時に掴みかかる。が、バージルは証言台から跳び上がることで難なく避け、法廷のど真ん中へ。

 裁判官の席と証言台、弁護側の席と検察側の席の対角線上に立ち、裁判官を見上げているバージルを、捕まえ損ねた騎士二人が左右から挟む形へ持ちこむ。

 騎士達は再びジリジリとバージルへ寄っていくが、今度はバージルから動き出した。彼は左側にいた騎士を見ると素早く駆け寄り、勢いを乗せたまま跳び上がる。

 そして、騎士の甲冑に包まれた頭を踏みつけ、検察側の机へ大きく音を立てて着地した。近くにいたセナは驚きのあまり弁護側の席へ逃げ、椅子に座っていたアルダープも椅子ごと後ろへ倒れた。

 バージルは三点着地の姿勢のまま顔を上げると――怯えた様子でいるアルダープへ、囁くように告げた。

 

「気に入らんか? なら貴様の手で死刑にするといい」

「……っ!?」

 

 彼の言葉を聞き、アルダープは目を見開いて再度驚いた。その反応をしかと見たバージルは、机に足を着けたまま立ち上がって後ろを振り返る。

 二人では無理だと思ったのか、バージルを捕えようとする騎士は四人に増えていた。彼等は警戒するように構えて机の上に立つ彼を見上げている。その向こう岸、弁護側の席では「やっちゃえー!」とアクアが煽る一方、これ大丈夫なのだろうかと他3人が冷や汗をダラダラ流して見守っていた。

 

「用は済んだ。邪魔をしたな」

 

 アクアの期待とは裏腹に、バージルは裁判官へそう言って机から軽く飛び降りる。周りの騎士達が彼の一挙一動に驚く中、バージルは自ら法廷を出ようとその場から移動した。

 が――法廷から出るその直前、バージルは裁判官へ向き直る。

 

「これまでの証人尋問を聞いていたが、何の参考にもならん証言ばかりだな。これが痴漢裁判なら申し分ないが、国を脅かす罪人の証拠になるとは到底思えん」

 

 本人にその気がないからだろうが、証人という立場で来ているにも関わらず、バージルは裁判の内容について口を挟んできた。

 言葉と態度は酷く失礼だったが、内容を聞くにカズマ側に立っていてくれていることは確か。カズマが希望を託した目で見ている前、バージルは言葉を続けた。

 

「その男が真に疑わしいのであれば、この茶番劇をさっさと終わらせ、もっとストレートに尋ねるといい。貴様等の信じる魔道具が、嫌でも結果を示すだろう」

 

 自分なりの助言を送ったバージルは、困惑している裁判官から視線を外し、ようやく法廷から降りた。騎士達の警戒モードはまだ解けないのか、四人の内二人がバージルの後を追う。

 騎士二人を侍らせて、バージルは傍聴席へ戻る。彼の後ろで騎士達が目を光らせているが、彼は全く気にも止めず、チラリと右側へ目を移す。

 

「やってくれるじゃねぇかバージル! 俺もアルダープの野郎は前から気に入らなかったんだ。見ててスカッとしたぜ!」

「師匠……武器を使わないにしろ、法廷で飛び回るのは非常識では……」

「頭を踏みつけて移動するのは、戦闘に活かせそうだなとは思いましたけど……」

「君ってホントに、どこでも自由奔放だよね」

「……フンッ」

 

 ダスト以外の三名からは、やや引いた目で見られていた。

 

 

*********************************

 

 

「では最後に、被告人尋問へ移る」

 

 主に証人尋問で色々あった裁判も終盤に入り、裁判官は被告人を証言台へ呼ぶ。

 被告人であるカズマが緊張した様子で証言台へと向かう――その傍ら、アルダープは先程の男、バージルの起こした行動と言葉を気にしていた。

 

「(あの男、一体どういうつもりだ? まさか奴はアレを知って……いや、考え過ぎか)」

 

 初対面だというのに、自分の立場も弁えず高慢な態度を取ったあの男。今すぐ極刑にしてやりたかったが、そこまでの権力は今の自分にない。

 彼の発言から、あの存在を知られているのではと危惧したが、アレはたかが人に悟られるような力ではない。あの時『奴』と同じ得体の知れなさをバージルから感じ取ったのも、きっと気のせいだ。

 アルダープはバージルについて一旦忘れ、裁判へ耳を傾ける。被告人、サトウカズマの印象は証言を聞く限り最悪だ。有罪判決は間違いない。

 

「最後に問います……被告人は、この国に仇為すつもりはありますか? 貴方はこの国にとって……敵ですか? 味方ですか?」

 

 先の男の助言を鑑みてか、今までで1番単刀直入な質問を裁判官はぶつけた。

 彼がどう答えようと、こちらの勝ちは揺るがない。検察官から、警察署での尋問で彼は魔王軍との関わりがあることを知った、との情報も得ている。いざとなればそれを切り出せばいい。

 裁判官は静かにカズマの言葉を待つ。彼はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げると大きく息を吸い、大声で答えた。

 

「俺は、魔王軍の味方でもなければテロリストでもない! 冒険者としてこれまで通り、平和な生活を過ごしたいだけだ!」

 

 魔王軍の味方じゃない。その言葉を聞いて、アルダープは勝利を確信した。ここで魔道具が鳴り、彼が魔王軍と関わっている動かぬ証拠を示すだろうと。

 

 

 が――彼の言葉に、魔道具が反応することはなかった。

 

「なっ……!? 検察官! これはどういうことだ!? この男を警察署で尋問した際、魔王軍との関わりがないと答えた時に、魔道具が反応したと聞いておったぞ!?」

「え、えぇ……その筈なのですが……」

 

 想定外の事態に、アルダープは声を荒げて検察官に事情を聞くが、彼女も予想だにしていなかったのか戸惑っている様子。

 使えん女だと思いつつ、アルダープはバンと机を両手で叩いて立ち上がり、カズマを指差しながら裁判官へ切り出した。

 

「裁判官! その男は間違いなく魔王軍関係者だ! きっとソイツか仲間が裁判前に魔法を使い、魔道具に細工を仕掛けたのだ! そうに違いない!」

「アホかおっさん! 俺にそんな便利魔法があったら最初から使ってるわ!」

「んぬうっ!? お、おっさ……!?」

 

 またも自身を侮辱され、アルダープはワナワナと震える。ヒートアップする彼等とは対照的に、裁判官は実に落ち着いた様子で口を開いた。

 

「裁判前に彼と弁護人の冒険者カードは確認しましたが、そのような特殊なスキルは見受けられませんでした。それに、この魔道具は厳重に保管してあったもの。細工の施しようがありません」

「ぐぅっ……!? こ、故障だ! その男が答える丁度その時に壊れたんだ!」

 

 結果を認められなかったアルダープは、次に魔道具を指差す。それを受けた裁判官は、カズマへと顔を向けて尋ねた。

 

「では被告人。今から貴方に3つ質問します。最初の2つは必ず肯定し、最後だけ正直に答えてください。まず1つ目、貴方の名前はサトウカズマですか?」

「はい」

「……反応無し。2つ目、冒険者のクラスはソードマスターですか?」

「スタイリッシュに戦うソードマスターカズマです」

 

 ――チリーン。

 

「反応あり。故障はしていないようですね。では最後の質問です。貴方は本当に、魔王軍の手先でもなければ、国を支配するつもりもないのですね?」

「さっきも言ったでしょ。俺は魔王軍に加担して冒険者と戦うことは微塵も考えてないし、人並み……よりはちょっとリッチに平和な生活を送りたいだけなんです」

 

 再び問われた質問。カズマは同じく冒険者側の人間だと答える。その答えに、魔道具はまたも反応を示さなかった。

 

「フム。どうやら本当に彼は、国家を揺るがすようなことを考えてはいないようですね。そうなると取り調べの件が気になりますが……どちらにせよ、今の彼に国家転覆罪を与えることは難しいと見ます」

「じゃ、じゃあ俺は無罪に――!」

「いいえ。いかに危機状況下であったとしても、危険物をランダムテレポートで転移させるのは違法です。貴方には、国家転覆罪となった時よりは軽い刑が課されるでしょう」

「あっ、はい」

 

 国家転覆罪の場合、人生のほぼ全てを牢屋で過ごすか、最悪死刑となる。それよりはマシだと考えてか、カズマは裁判官の言葉を素直に受け止めた。

 

「く……くそっ……!」

 

 だがその傍ら、アルダープは未だ納得できず、カズマを憎たらしく思いながら睨んでいた。

 このままいけば、彼は当初の予定よりも軽い刑を受け、務めを果たせば再び街の中へと戻るのだろう。いや、もしかしたら鉄格子に囚われることすらないかもしれない。

 それを許せるのか? 彼を許せるのか? 自分の屋敷を奪い去ったあの男を。庶民でありながら、パーティーメンバーという立場を利用して『彼女』に言い寄る、サトウカズマを。

 否、許せない。断じて許せない。気に入らないあの男は――ここで死ぬべきだ。

 

「――その男は死刑だ。魔王軍と繋がりのある危険人物として、然るべき罰を与えよ」

 

 アルダープは荒げていた声を落ち着かせると席に座り、命令するようにそう告げた。

 それを近くで聞いていた検察官のセナは、申し訳なさそうな表情を見せつつ口を添えてきた。

 

「あ、あの、アルダープ殿……今回の事例は怪我人も死者もいないため、国家転覆罪といえど流石に死刑を求刑するのは――」

「いいや、死刑だ」

 

 そんな彼女に、アルダープは目を合わせつつ短く言葉を返した。

 セナは最初、困った様子でアルダープを見ていたが……しばらくして、彼女の表情は裁判が始まった時と同じ、鋭い目を映し出す。

 

「……そうですね。死刑が妥当と思われます」

「はっ?」

 

 セナとアルダープのやり取りを聞いていたカズマは、素っ頓狂な声を上げる。更にアルダープは裁判官へと目を合わせて口を開いた。

 

「そうだろう裁判官? この男には、死刑を与えるべきではないか?」

「……えぇ。確かに彼の行いは、人間としてあるまじき行為」

「はぁっ!?」

 

 セナだけでなく裁判官までも、先程まで口にしていた内容とはまるで違うことを話す。

 どういうことだとカズマが混乱している最中、裁判官は真正面にいるカズマへと向き直り――。

 

「よって判決は――死刑と処す」

 

 機械のように冷たい声で、判決を下した。

 

「いやおかしいだろ!? 流れ的にまずおかしいだろ!? 俺さっき自分で敵じゃないって証明したよな!? どこが当初より軽い刑だよ!? ここには死刑より重い刑でもあんのか!?」

「私達が初めての裁判だからって馬鹿にしてるんですか!? 検察官や裁判官がそんなにコロコロ言ってることを変えるなんて滅茶苦茶ですよ!?」

「待った! 今さっき邪な力を感じたわ! ここにいる誰かが悪しき力を使って事実を捻じ曲げようとしてるのよ!」

 

 この判決にカズマ達は強く反論してきたが、裁判官は聞く耳持たず。青髪の女性が何か言っていたが、先程自分で吐いた嘘が効いているのか、傍聴席の者ですら信用していないようだ。

 アルダープは、青髪の女の言葉に内心ドキッとしながらも腕を組み、目を閉じる。下手に喋ればタネがバレる。あの男が処刑されるまで、黙っているのが得策だろう。

 

 ――と、その時だった。

 

「裁判官、これを」

 

 パニックに陥っているカズマ達を静止させるように、凛とした声が発せられた。アルダープは目を開き、声が聞こえた弁護側の席を見る。

 発言したのは、弁護人の1人でありサトウカズマのパーティーメンバー。ダクネス。彼女は胸元から取り出したペンダントを持ち、裁判官へ見せていた。

 そこには、アルダープもよく知る紋章が描かれていた。

 

「そ、それは――ダスティネス家の紋章!? とすると貴方は――!?」

 

 裁判官はえらく驚いた様子で、ダクネスが持つペンダントを凝視する。

 そうだ。彼女は、どこの馬の骨ともわからない男と旅を共にするようなクルセイダー、ダクネスではない。

 王家の懐刀とも呼ばれる大貴族、ダスティネス家の令嬢――ダスティネス・フォード・ララティーナなのだ。

 

「この裁判、私に預からせてくれないだろうか。時間を与えてくれたら、この男が悪しき男ではないと証明してみせよう。無論、破壊してしまった屋敷も弁償しよう」

 

 彼女は強気な姿勢で、裁判官へ豪語する。ダスティネス家の名前を出されてはとても言い返せないのか、裁判官は静かに俯いた。続けてダクネスは、アルダープへと目を向ける。

 

「アルダープ。私達に猶予を与えてはくれぬだろうか? 私にできることがあれば……なんでもしよう」

「っ!? な、なん……でも……!?」

 

 どんなものよりも魅力的な彼女の言葉を聞いて、アルダープは思わずゴクリと息を飲む。

 しかし、自分は貴族の1人。貴族として恥ずかしい行いをせぬよう心を落ち着かせると、ここにきて初めて笑顔を見せた。

 

「いいでしょう。他ならぬ貴方の頼みだ。その男に猶予を与えましょう」

 

 傍聴席で、青いコートの男が不敵な笑みを浮かべていたことなどいざ知らず、アルダープは快く応じた。

 

 

*********************************

 

 

 処刑場の前で行われた裁判。判決は、ダクネスの提案によって保留に。

 アルダープから与えられた猶予はいつまでか部外者には不明だったが、その間にカズマは、魔王軍の手先ではないことを証明することと、更に屋敷の弁償もしなければならないことだけは皆も理解できた。

 

「とにもかくにも、カズマ君が即処刑だなんて展開にならなくて良かったよ」

 

 裁判後、バージルとクリスはアクセルの街の商業区を歩く。大きな裁判があったというのに、街は平穏な日常を保っていた。変化があるとすれば、買い物途中の奥様方による世間話が盛り上がっていることか。

 聞き耳を立てると、ほとんどの者が同一の話題を話していた。それは、此度の裁判で判明した事実――冒険者ダクネスの正体が、ダスティネス・フォード・ララティーナ――ダスティネス家の令嬢であったこと。

 

「色々あった裁判だったけど、やっぱりダクネスが貴族だったってことが1番驚かれてるみたいだね」

「……貴様は知っていたのか?」

「女神としてはね。冒険者になる前も、彼女はアタシの宗派にいてくれたから。でも盗賊クリスとしては、冒険者ダクネスの姿しか知らなかった」

 

 バージルの質問に、クリスは街の人々に盗み聞きされないよう少し声を小さくして答える。

 

「いつか教えてくれるかなーと期待してたんだけど、結局今日まで明かしてくれず。せめてアタシにだけは秘密を教えて欲しかったなぁ」

「同じく正体を隠し、下界に降りている貴様が言えたことか?」

「うぐっ……ア、アタシもいつかは話そうと思ってるんだけど……立場が立場だから、ちょっと怖くって……」

 

 痛いところを突かれたクリスは、若干口ごもりながらいずれダクネスにも自分の秘密を明かしたい節を話す。

 が、まだ踏み切れていない様子のため、その日が来るのは当分先になるだろう。バージルはそう予見しながら、裁判での出来事を振り返る。

 

 被告人尋問にて、カズマの主張により裁判官は一度カズマ側に傾いたが、何故か急にアルダープ側へと戻った。その様子は、傍聴席から見ていても違和感のあるものだった。

 アクアの発言は誰も信じていなかったが、力が働いたのは間違いない。事実バージルもその力と、それが放つ独特の臭い――悪魔の臭いを感じ取っていたのだから。

 

「(事実を捻じ曲げる悪魔……か)」

 

 あの時アクアは「誰かが事実を捻じ曲げようとしている」と言っていた。もしそれが正しいのであれば、アルダープの悪行を犯した痕跡が見つからないと本の著者が記していたことも、あの横暴な請求書にも納得がいく。

 この世界かあっちの世界か、どちらの悪魔かまでは不明だが、どちらにせよアルダープが悪魔と関わっているのは確かだ。それに彼は隠し方も下手。この街には悪魔に精通した者が少ない故に隠し通せていたのだろうが、あれではいつ自分からボロを出してもおかしくない。

 相手が動いたらこちらも動き、その度にボロを出させて少しずつ追い詰めていくのもいいかもしれない。そう思いながら、バージルは隣のクリスに視線を向ける。悪魔の力に気づかなかったのか敢えて話題に出さないのか、彼女は別の件で心配そうに呟いた。

 

「ダクネス、大丈夫かな……いくらカズマ君を庇うためとはいえ、何でもするなんて大胆なこと言って……」

「……奴は、自分から望んで言ったようにも見えたのだが」

「んなわけないでしょ!? ダクネスがそんなことを望む筈が……ない……よね?」

 

 悪い貴族にあれやこれやと卑猥なことをされる。相手の女性は悲しみ、絶望に満ちた表情をするものだが、どうしてかダクネスの場合だと、楽しげに体験していそうに思える。

 もしかしたらダクネスは、わざと何でもするなんて発言をしたのでは。そんな風にまで思えるようになった時、彼等の耳に1人の女性の声が。

 

「らっしゃいらっしゃい! 畑直送の良い作物が揃ってるよー! 人参大根白菜さんま! どれも採れたてピチピチの新鮮素材! そこのお二人さん! よかったら今晩の夕食にいかがですかー!?」

 

 商業区ではよく耳にする、店の客引き。明るく元気な少女の声を聞き、バージルとクリスはそちらへ目を向ける。

 バージルもクリスも、普段の食事はいつも酒場か食事処で済ませている。食材を使う機会はほとんどないため、いつもなら目にしつつも素通りするだけなのだが――二人は思わず足を止めた。

 彼等の目を引いたのは、八百屋の客引き。黒いショートヘアーに黒のワンピースを着た、丁度めぐみんと同程度の身長を持つ、見覚えのある少女。

 

「今なら安くしときますよ! 取り合わせ3つで2割引き! 5つならなんと3割――」

「何してるんですかぁああああああああ!?」

 

 クリスの先輩であり、バージルをこの世界へ送った人物――女神タナリスだった。

 




挿絵:のん様

裁判だけならそこまで長くならないだろとタカを括っていたら、デストロイヤー戦を越えちまった。

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