この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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Secret episode3「この夢魔の喫茶店で甘い一時を!」★

 アクセルの街郊外にある便利屋、デビルメイクライ。立地と店主の態度と形相、そして冒険者自体が便利屋稼業のようなもの故か、客入りは芳しくなかった。

 しかし、決してゼロというわけではない。蒼白のソードマスターの噂を聞きつけ、街の外から依頼が来ることもあったし、常連も確保していた。

 巧みに誘導して問題児を擦り付けようとする策士。「あーそびーましょー!」と店に入り浸ろうとする妹(仮)。やたらとライバル視してくる爆裂魔。様々な理由を付けて己が変態欲求を満たそうとする狂った女(Crayzy girl)……どれも珍妙な者達だが。

 そして、とある日の朝方――当店に、上記の4人とはまた別の珍客が来店してきた。

 

 

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 デビルメイクライ店内。店主のバージルは椅子に座り、腕を組んで真正面にいる来客を睨みつける。

 机を挟む形で前に立っていたのは、街の住民も着ている質素な服装に身を包んだ、腰元まで伸びた薄めの金髪におさげが2つ、そして尖った耳を持った女性。ダクネスと同年齢ぐらいだろうか。

 女性は両手を後ろに隠し、やたらモジモジとしながらバージルをチラチラと見ている。顔も赤い。

 初めて出会った時のゆんゆんのように、いつまでも切り出そうとしない彼女を見てバージルはイラつき始めていたが、丁度その時、女性は意を決するように息を吸い、隠していた両手を前に出しながら告げた。

 

「キャ、キャベツ収穫祭で初めて見た時からファンでした! ももももしよかったら、サ、サインお願いします!」

 

 彼女が差し出してきたのは、正方形の色紙1枚。サイン用の色紙だ。女性はそれをバージルへ差し出したまま動かない。

 いきなり差し出された色紙を、バージルは何も言わず見つめる。その沈黙に耐えかねたのか、女性は顔を上げて言葉を続けた。

 

「お、お金ならいくらでも出します! 借金してでも出します! な、なのでサインを……そそそそれと……もしよかったら、ああああ握手も……」

 

 と、最後は顔を真っ赤にして小声になりながら要求を話す。それを聞いてもバージルは黙っていたのだが……しばらくして、ようやく彼の重い口が開かれた。

 

「サインなど書いたことはないが……物は試しか。いいだろう。1枚書いてやる」

「えっ!? ほほほほホントですか!? あっ! ちょ、ちょっと待ってください! 今ペンを出しますので――!」

「いや、必要ない」

 

 握手についてはスルーされたが、サインを書いてくれるだけでも嬉しいのか、彼女は表情に喜びの色を見せる。

 対してバージルは刀を左手に握りつつ席を立つと、机を迂回して女性に近寄り――。

 

「貴様の血を使わせてもらう」

 

 刀を抜き、彼女の首に刃を当てた。

 

「そのような演技で俺を欺けると思ったか? 愚かな女だ」

 

 先程までとは一変し、バージルは女性に冷たい視線を向ける。首に当たる冷たい感触と彼の鋭い殺意を感じ、女性は小さく悲鳴を上げた。

 ウィズの時と同様、彼女が人間でないことは最初から気付いていた。そして――彼女がどこから来たのかも。

 

「喫茶店からの差し金か。1人で充分だと思われているとは、心外だな」

 

 この街の、男だけが知る秘密の喫茶店。個々の魔力は小さいものの、多くの人ならざる者が働いている場所だ。

 バージルは、その者等の存在に気付いていた。今回来店してきた女がそこの手先だと思った彼は、脅すように刀を少し動かしながら尋ねる。

 

「ち、違います違います! 確かに私はそこで働いてますけど、命令されて来たわけではなくプライベートで――!」

「ほう、たった1人で俺の首を取るつもりだったか。その勇気は誉めてやる。そして来世からは、今よりも身の程を弁えた生き方をするといい」

「そんな物騒なことをしに来たわけでもないですよ!? バージルさんのサインが欲しくって来ただけです! 本当なんです!」

 

 未だ殺意を向け続けるバージルに、女性は涙目になりながらも必死に弁明する。

 いつもならここで首を切り落とすのだが、これまたウィズと同じように、彼女から殺意を感じられない。上手く隠している可能性もあったが、バージルは一度刀を納めた。

 金縛りを受けていたかのように身体が動かなくなっていた女性は、ようやく呪縛から解放され、ヘナへナとその場に座り込む。

 

「こ、怖かったぁ……あっ……でもちょっと嬉しかったって思う自分がいる……何だろうこれ……目覚めそう……」

 

 一歩間違えればダァーイ確定だった場面を切り抜けた女性は胸を撫で下ろし、独り先程のプレイに興奮を覚え始める。新たなMを生み出してしまったとはいざ知らず、バージルは顎に手を当てて思考する。

 彼女の勤める喫茶店。認知していたものの、相手はこちらに何もアクションを起こさなかったので、バージルも敢えて見逃してやっていた。

 しかし今日、こうして自分にちょっかいを出してきた。なら、こちらも動かねばなるまい。彼女がプライベートで来たと言っていたことなど忘れ、バージルは彼女に告げた。

 

「良い機会だ。そろそろ挨拶しに行ってやるとしよう」

 

 

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 アクセルの街商業区。そこのとある場所――地面に看板が置かれているすぐ横の建物の間を通り、バージルはサインを求めてきた女性と共に歩く。

 彼女に案内される形で辿り着いたのは、細い路地の奥地にあった、1つの扉。女性が先に入り、後を追うようにバージルも建物内に入る。

 扉の向こう側に広がったのは、濃い赤の絨毯の上に幾つか白い布の敷かれたテーブルがある、大人の雰囲気を漂わせる店内。まだ開いていないのか、従業員らしき者達は掃除をしていた。バージルをここへ案内した女性は、彼に向き直ってこの場所を紹介した。

 

「まだ開店準備中ですけど……さ、サキュバス喫茶店へようこそ!」

 

 従業員全員が女性で、隣にいる彼女同様人ならざる者――悪魔に近しい者、サキュバスが営む喫茶店を。

 店内にいた者達は、街中だったら公然わいせつ罪でしょっぴかれそうなほど露出の激しい、サキュバスらしい格好をしている。男性が見たら自身の魔剣が即覚醒するほどのものだが、バージルは全く動じない。

 そんな時、彼女の声でこちらに気付いたのか、1人のサキュバスが掃除の手を止めて視線を向けた。

 

「あら? 貴方今日は非番なんじゃ――!?」

 

 そして隣にいたバージルと目を合わせ、彼女は思わず口を両手で覆った。彼女の驚嘆する声を聞き、店内のサキュバス達も何事かとこちらを見る。

 

「な、何あの人……超タイプ……!」

「えっえっ待って!? 蒼白のソードマスターじゃん嘘でしょ待って待ってホント待ってヤバイヤバイ!」

「ダメ……ダメよ私……私はバニル様一筋なんだから惑わされちゃダメ……!」

 

 そこから連鎖するように、彼女等は一様にして黄色い声を上げ始めた。彼のルックスもあるだろうが、それ以上に彼の持つ大きな魔が、彼女等を魅了したのだろう。

 男性がこれを受けたら世界の頂点に立った気分になりそうなものだが、これまたバージルは気にせず、店内とサキュバス達を見渡す。左手には当然、刀が握られている。

 と、いつでも戦闘態勢に入れるバージルの前に、1人のサキュバスが近寄ってきた。桃色の長髪に、これまたボンキュッボンないやらしい体つきの、頭にカチューシャを付けた大人のお姉さん風な女性。隣のサキュバスは前に出て彼女に話しかけた。

 

「あ、あの、先輩……この人が、挨拶をしにここへ来たいって……」

「なるほど。わかったわ。お休みの日なのにありがとう。ここからは私に任せて」

 

 先輩と呼ばれた女性は、不安そうな顔を見せる金髪おさげ娘を安心させるように話す。金髪の娘はペコリと頭を下げると、そそくさと店内から出て行った。

 そんな彼女を見送った後、桃髪の女性はバージルに視線を向け、口を開いた。

 

「初めまして、バージルさん。私はこの喫茶店の受付を務めております」

 

 そう言って、サキュバスは丁寧にお辞儀をする。バージルが何も言わずジッと見つめる中、彼女は頭を上げると彼に微笑みかけた。

 

「立ち話もなんですし、あちらでゆっくりと話しましょうか。開店までまだ時間はありますので」

 

 

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「どうぞ」

 

 一番奥の席に着いたバージルの前へ、サキュバスはコーヒーを出す。しかしバージルは手を付けることも礼を言うこともせず、相手を睨み続けている。

 ほとんどの者が「殺される」と錯覚するような睨みなのだが、彼女は臆する様子を一切見せず、バージルの対面に座った。

 

「さて……今日はどのようなご用件でしょうか? 先程、挨拶をしに来たと伺いましたが……」

「あぁ。貴様等と顔合わせしていなかったことを思い出してな」

「そうでしたか……お互い、アクセルの街を拠点とする身。今後も良き付き合いをできるよう、今日はゆっくりと話し合いましょう」

 

 サキュバスは魅惑の笑みを浮かべ、バージルを見つめ返す。人間を虜にする夢魔の誘惑。しかし相手はそれを飽きる程に見、斬り伏せてきた魔剣士。バージルは動じることなく尋ねた。

 

「先程出て行った夢魔……奴を俺の店に差し向けたのは貴様か?」

「彼女を貴方のお店に? そのような指示を出した覚えはありませんが……因みに、彼女は貴方になんと?」

「俺のサインが欲しいと抜かしていた。律儀に色紙も用意してな」

「あぁ……彼女、キャベツ収穫祭で貴方を見てからミーハーになりましたから。自作で貴方のグッズも作るぐらいに」

 

 金髪おさげ娘がバージルのもとに来た動機を知り、受付サキュバスは笑顔を取り繕う。そして、納得するように独りうんうんと頷き始めた。

 

「そっかサインか……だから昨晩、あんなに仕事を張り切っていたのね……きっと彼女は、純粋にサインが欲しくて、貴方のところに来たのだと思いますよ?」

「どうだろうな」

「あら、辛辣ですね」

 

 サキュバスの言葉を一切信用しないバージルを見て、彼女はまたも微笑む。コーヒーカップから立ち昇る湯気が薄れ始める中、バージルは再び尋ねた。

 

「もう1つ。貴様等は何故この街に潜んでいる? 目的は何だ?」

 

 表向きは喫茶店として、彼女等は密かに男性から精気を吸い、バージルがこの世界にやってくるよりも前からアクセルの街で暮らしていた。

 だというのに、街にはそれらしき異変が起きた様子もない。彼女等がここに店を構えた理由は何なのか。その問いを聞いた受付サキュバスは、真剣な顔つきで答えた。

 

「私達サキュバスは、いくら悪魔の端くれといえど力は弱い。力こそが絶対の魔界では、到底生きてゆけないのです。なので私達は、人間との共存関係を築くことにしました」

「……それが、この喫茶店か」

「はい。私達は、人間の精気さえ吸えれば生きてゆける。その量は人間にとって微量なもの……そう、丁度男性冒険者のムラムラを即時解消できるぐらいの」

 

 人間には三大欲求というものがある。これを満たせなければ生きられない、というものだ。その例として多く挙げられるのが、食欲、睡眠欲――性欲。

 男というのはなんともだらしない生き物で、道端でスタイルの良いお姉さんを見かけただけで悶々としてしまうような、性欲に溢れている者もいる。その悶々を解消するには、女っ気があれば女性と行為を嗜み、無ければ独り虚しく済ますしかない。

 そんな性を生まれ持ち、冒険者となって女とパーティーを組んだ男は、この悶々に悩まされることが多い。同じ屋根の下で暮らすとなれば尚更だ。

 しかし、だからといって仲間に手を出してしまえば……もし相手に気があって「君なら……いいよ」という展開ならセーフだろう。しかしそうでなかった場合、翌日からパーティー解消され、最悪ギルドに通報されてお縄につくバッドエンドとなる可能性がある。

 なら独りで済ませようと思っても、もし同じ宿で過ごしていた時に、一生懸命自分の棒を擦っている姿を見られたら最悪だ。そこから「そんなに溜まってたんだね……しょうがないなぁ」なんて展開になればいいが、大概はドアをそっ閉じされて、明日からちょっと距離を置かれる関係になってしまう。

 

「だから私達は、この街に住む男性達の精気を吸う代わりに、思いのままの夢を見させるサービスを始めました」

「男共は欲求を満たし、貴様等は食事ができる……WinWinの関係ということか」

「その通りです」

 

 そんな彼等を救ったのは、サキュバス達が始めたこのサービスだった。

 料金は高いが、利用するだけで男達を悩ませる悶々を綺麗サッパリ解消でき、夢の中で憧れのあの人や仲間の女性とあんなことやこんなこと、さらにはそんなことまで好きなだけ楽しめる。まさしく夢のサービスだ。

 結果、男達はサキュバス達のサービスに魅了され、悶々した時はいつもここで世話になっていた。独身男性のみならず、妻や子がいる男までも。

 

「今では、王都にいてもおかしくないレベルなのにアクセルの街から離れないベテラン冒険者や、わざわざこのサービスを受けるために王都から帰ってきた人もいるほど、利益を産んでおります。きっとこのサービスが無くなれば、男性冒険者は絶望し、怒り、欲望のままに暴れ出すことでしょう……」

「だから見逃せ、と?」

 

 バージルの問いに、受付サキュバスはコクリと頷く。そこから彼女は「それに」と、いたずらな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「貴方にも、知られたくない秘密はあるでしょう? 見てるだけでとろけそうな魔を放ちながら、人間の持つ熱もほのかに感じさせる、ソードマスターさん?」

 

 机に肩肘を立てて頬杖をつく彼女の言葉を受け、バージルは更に眉を潜める。そしてここぞとばかりに、受付サキュバスは取引を持ち掛けてきた。

 

「私達は貴方の秘密を口外しません。その代わりに、貴方は私達の存在を黙認する……いかがでしょうか?」

「………貴様等が危害を加える可能性は?」

「先程も言ったでしょう。私達は人間との共存共栄を望んでいると。私達がアクセルの街を襲撃する理由もメリットもありませんよ」

 

 少し間を置いてから尋ねるバージルに「そこは安心してください」と、受付サキュバスは笑顔で答える。その言葉も笑顔も、バージルにとっては信用ならないものだったが、被害が出ていないのも事実だ。

 ここで無暗に手を出してしまえば、彼女が言っていた通り男達を中心に混乱を招きかねない。なら――彼女等を斬るのは、尻尾を見せてからでも遅くはない。

 

「……いつか貴様等が牙を向けることがあれば、その時は店を畳む準備をしておけ」

「閉店するつもりは微塵もありませんし、人を傷つけるための牙なんて、とうに捨てましたよ」

 

 現状を冷静に判断し殺気を収めたバージルへ、受付サキュバスは微笑んで言葉を返した。

 彼女等への挨拶は済ませた。もうここに残る理由は無い……が、サキュバスの話を聞く中で気になったことがあり、バージルはそれを尋ねてみた。

 

「……貴様等は、利用者に好きな夢を見させられると言ったな?」

「はい、どんな夢でも」

 

 バージルの問いに短く答えた受付サキュバスは、右手を自身の豊満な胸へ移して谷間に指を入れたかと思うと、そこから一枚の折り畳まれた紙を取り出した。

 いやらしく出した紙を彼女は広げ、バージルへ見せるようにテーブルの上に置く。

 

「こちらの紙に、誰を相手にするのか、時間帯、場所、その他具体的な内容……事細かく書き込むことにより、お望みのシチュエーションで夢を見ることができます」

「……フム」

「また必須項目として、自身の簡単なプロフィールと今晩泊まる場所を記すこと。私達はそれを頼りに深夜、コッソリと精気を吸いに行きます……どうですか? 1回だけならサービス致しますよ?」

 

 顎に手を当てながら唸るバージルに、受付サキュバスは初回サービスを勧める。彼女の甘い声を聞いたバージルは鋭く睨むが、相手は微笑み返す。

 しばし彼女と睨みあっていたが――バージルは自ら視線を外すと、おもむろにテーブルへ置いてあった羽ペンを手に取り、ペン先にインクをつけてから紙に書き記し始めた。

 上から氏名、年齢、泊まる場所等々の必要事項を記入していき、内容にあたる箇所も迷いを見せないほどスラスラと綴っていく。

 彼がどんな夢を希望するのか。周りのサキュバス達も気になって遠くから見つめる中、バージルは空欄を埋めた用紙を手に取り、目の前にいる受付サキュバスに渡した。

 受付サキュバスはそれを受け取り、用紙に目を通す。最初はワクワクした表情を見せていた彼女だったが――次第に、困り顔へと変わっていった。

 

「……あ、あの……これは……」

「どうした? どんな夢でも見させられるのだろう?」

 

 困ったようにバージルへ声をかけてきたが、彼は両腕を組みふんぞり返って言葉を返す。すると彼女は、申し訳なさそうにバージルへ用紙を戻した。

 

「えっと……すみません。語弊がございました。どんな、というのは……あくまで淫夢でのシチュエーションの話でして……こういった夢はちょっと……」

 

 書かれていたのは『尽きることのない魔力(スーパーモード)悪魔を倒し続ける(ブラッディパレス)』という内容だった。

 先程、人間には三大欲求があると話したが、半分人間であるバージルにもそれはある。しかしそれ以上に、全体の約8割を占める欲求――戦闘欲が彼にはあった。

 今回は普段の生活で抱えるストレスを発散する目的もあったのだが、希望した夢を見れないと知ったバージルは、呆れるようにため息を吐く。

 

「世界は違えど、やはり淫魔(サキュバス)か」

 

 バージルはそう呟くと返された紙をクシャクシャと丸め、前方へと放り投げた。丸まった紙は綺麗な放物線を描き、向かいの壁に軽く当たると、店内の隅に置かれていたゴミ箱へゴールインした。

 スタイリッシュダストシュートを見て店内のサキュバス達が目を丸くする中、バージルは受付サキュバスに何かをくれとばかりに手のひらを見せる。だが彼女は不思議そうに首を傾げている。なのでバージルは、自らその意図を話した。

 

「確かここは喫茶店だったろう」

「えっ? あっ、はい。周りの目を誤魔化すために、表向きには喫茶店としてオープンしておりまして――」

「なら、メニューの1つくらいある筈だ。寄越せ」

 

 手を差し出したままバージルは要求する。そうくるとは思っていなかったのか、受付サキュバスは困惑しながらも一旦バージルのもとから離れる。

 間を置いて、受付サキュバスがメニューを持って戻ってきた。バージルは渡されたメニューを無言で手に取ると、左側から開いてメニューを見始める。

 序盤に書いてあった当店のおススメやランチを流し見しながらページをめくり、後半に差し掛かったところで手を止める。そこのページ付近を進めたり戻したりしながら、吟味するようにメニューを見……しばらくして、彼は1つのメニューを指差した。

 

「このブルーベリーサンデーを1つ」

「……えっ?」

 

 頼んだのは、とても彼の風貌には似合わなさそうな、女性が嗜むデザートだった。まさかのチョイスを聞き、受付サキュバスは耳を疑う。盗み聴きしていた周りのサキュバスも思わず手に持っていた掃除道具を床に落とした。

 

「材料でも切らしているのか?」

「い、いえ、お出しすることは可能ですが――」

「そうか」

 

 彼女の返答を聞いたバージルは、メニューを閉じて机に置き、両腕を組んで目を閉じる。注文の品が来るまで待つつもりのようだ。

 受付サキュバスは酷く混乱しながらも席から離れると、何人かのサキュバスを引き連れて裏の厨房に入った。

 

 

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「お、お待たせ致しました。ご注文のブルーベリーサンデーです」

 

 しばらくして、受付サキュバスは品が乗ったトレイを片手にバージルのもとへ戻ってきた。彼女は机にコースターとスプーンを置いてから品を置く。

 細長いグラスに入っているのは、ひんやり美味しそうな白いアイスクリームと、濃い紫でコントラストを描くブルーベリーシロップ。ブルーベリーもアイスの上に幾つか乗っている。

 

「……フム」

 

 用意されたブルーベリーサンデーをしばし眺めていたバージルは、スプーンを右手で持つ。ブルーベリーひと粒と一緒に一口分のアイスを掬うと、おもむろに口へ入れた。

 味わうように目を閉じて咀嚼し、喉を通す。それからバージルは少し動きを止めたが、目を開くと再びスプーンを動かしてブルーベリーサンデーを食べ続けた。

 何も言わず、真顔でブルーベリーサンデーを食べるバージル。そのギャップがあり過ぎる絵を見て、あるサキュバスは悶え、あるサキュバスは笑いを堪えるのに必死だったとか。

 

 数分後、バージルはブルーベリーサンデーを完食。グラスの中身を空にした彼はスプーンをグラスに入れ、またメニューを手に取る。

 「旨い」や「甘い」といった感想を一言も話さずに完食したバージルに、不安を抱えていた受付サキュバスは恐る恐る彼に尋ねた。

 

「……えーっと……お味はいかがだったでしょうか?」

「追加だ」

「えっ?」

「追加注文だ。このバナナチョコクレープとフルーツタルトを頼む」

「えぇっ!?」

 

 まさかまさかの追加オーダー。それも全て甘いデザート。これには流石の受付サキュバスも声を上げて驚いた。

 対してバージルは、何か文句でもあるのかと受付サキュバスを睨みつける。それを受け、彼女は慌ててまた厨房の中へと入っていった。

 

 

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 時間が経ち、受付サキュバスはバージルに追加のデザートを用意。これもバージルは黙って食い、数分後には完食していた。

 まさかもっと頼むのだろうかと彼女は思っていたが、もう満足だったのかバージルは静かに席を立ち、結局コーヒーには一切口をつけずその場を離れた。

 バージルは入り口近くの受付で足を止めると、懐から財布を取り出し、支払代金にしては多すぎる5万エリスをポンと受付のテーブルに置く。そして彼は、サキュバス達に背を向けたままこう告げた。

 

 

「――また来る」

 

 サキュバス喫茶店のスイーツは、魔剣士さえも虜にした。

 

 

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 バージルがサキュバス喫茶店に初来店してから、数日後。

 

「ありがとうございましたー」

「うむ」

 

 すっかりここの常連となったバージルは、サキュバスの声を背に喫茶店から出る。因みに、ここにはただスイーツを食べにしか来ておらず、例のサービスは一切受けていない。

 バージルは少し歩き、通りに出たところで後ろを振り返ると、サキュバス喫茶店の扉を見ながら独り呟いた。

 

「……俺ともあろう者が、夢魔に魅了されるとはな」

 

 襲撃対象からお気に入りの店にランクアップした喫茶店に背を向け、彼は自宅へと戻っていった。

 

 

 

「おいおいおいおい……見たかよダスト!? あのバージルが、例の喫茶店から出てきたぞ!? これ大スクープじゃねぇの!? 新聞一面飾れるぐらいの大ニュースじゃねーの!?」

「バカ落ち着けキース! もしこのニュースを口外したらあの喫茶店がバレて、俺達の憩いの場が無くなっちまうだろ!? それだけは絶対ダメだ!」

「そ、そうか……そうだよな……あぁでも誰かに伝えたいこの気持ち!」

「堪えろ! それにな……俺は少し安心したぜ。アイツも、俺達と同じように男の悩みを抱えていたんだな……今度会ったら、チケットの1枚ぐらいはプレゼントしてやるか」

 

 サキュバス喫茶店に通うバージルの噂は、瞬く間にアクセルの街に住む男達の間に広がった。

 




イラスト:のん様

【挿絵表示】


PXZ2より
「少し節制しろダンテ(当社比)(兄目線)(個人差があります)」

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