<chapter1:見た目年齢>
「絶対あの谷底にもお宝があると思うんだ! 深すぎて宝感知も効かなかったけど、盗賊の勘がそう言ってる!」
「……俺には、モンスターの住処にしか見えなかったが?」
「モンスターいるところにお宝あり、だよ! よし決めた! 次はあそこに行こう!」
アクセルの街にあるギルド。そこに付属している酒場の席にて、今日のお宝探しで気になった場所について話すバージルとクリス。
次のお宝探しの目的地を決めたクリスは、皿に乗っていた料理に手をつける。
「……あっ、クリスにバージルさん。2人も夕食?」
「んっ? おや、誰かと思えばカズマ君じゃないか。クエスト終わり?」
「あぁ、今空席を探してたところで……」
「なら一緒にどうかな? 私達も食べ始めたばかりだし」
そんな時、彼等のもとにカズマ達が現れた。彼の後ろにはいつもの仲間、アクア、めぐみん、ダクネスもいる。
クエストから帰ってきて、食事を取ろうと空いた席を探していたようだ。それを聞いたクリスは、カズマ達をここの席へ誘った。
「……オイ……」
「まぁいいじゃない。食事の席は、多い方が楽しいよ?」
「……チッ」
それを快く思わなかったバージルだったが、クリスにそう言われると、舌打ちをして窓の外に顔を向けた。
彼のこの行動は、勝手にしろという意味。それを知っていたカズマは、ペコリと頭を下げてから席に座った。
いつも通りアクアはバージルの隣に、カズマはアクアの隣に座り、対面にいたクリスの隣にダクネス、その隣にめぐみんが座る。
店員から受け取ったメニューを見て、カズマは注文を決めていく。しばらくして、この席にカズマ達が頼んだ料理と飲み物が運ばれてきたのだが……。
「……また私はジュースですか」
カズマ、アクア、ダクネスの前にシュワシュワが置かれる中、自分のだけジュースだったことに、めぐみんは不満を覚えていた。
「お前はまだお子様だからな。これを飲むにはまだ早すぎるんだよ」
「カズマ、私はもうすぐ14歳です。学校も既に卒業し、冒険者を担う身。なら、冒険から帰ってきた後のシュワシュワの味を噛み締めてもいい権利があるのではないでしょうか」
「残念ながら、俺の中で14歳はまだお子ちゃまだ。年不相応な見た目だったら、これを与えてやってもいいと考えたかもしれないが……」
「おい! 私の身体的特徴に言いたいことがあるなら聞こうじゃないか!」
カズマから身体的にもロリっ子だと言われ、激昴するめぐみん。もっとも、シュワシュワ自体普通の酒と比べればアルコールは断然少なく、おまけに安い。アルコール類が飲みたいけど高いお酒はちょっと……という方でも嗜める物。酒を嗜む者から見たら、カズマもまだまだお子様なのだ。
そんなことは知らずに大人ぶっているカズマへ、怒りの声をぶつけるめぐみん。それをクリスが宥める中、ふと何かを思い出したようにダクネスが口を開いた。
「そういえば……バージルがこれを飲む姿を見たことはないな」
「あっ、確かに」
「……ジョッキで飲む酒は好かん」
それを聞いたバージルは、窓の外に目を向けたままポツリと答える。
別に一切飲めないわけではないが、好きか嫌いかで言えば嫌いな部類に入る。まだワインやカクテルの方が良い。荒くれ冒険者のように、ジョッキに入った酒を浴びるように飲むなんてのは以ての外だ。
「もしかしたら、お酒に耐性がないのかもしれませんね」
「いやいや、それはないだろ。明らかに20代越えてるし……ってあれ? そういやバージルさんの年齢っていくつだ?」
「そういえば、なんだかんだで聞いていませんでしたね。バージルは何歳なのですか?」
カズマとめぐみんが、話の流れで気になったことを尋ねた。
二人の会話でアクアとダクネスも、バージルの年を知らないことに気付き、耳を傾ける。唯一知っているクリスも、食事の手を止めてバージルに目を向ける。
尋ねられたバージルは、食事の手を止めて考える素振りを見せると、めぐみんの質問に答えた。
「正確には覚えていないが……恐らく19辺りだろう」
「「「19!?」」」
それを聞いてカズマ、めぐみん、ダクネスの三人は驚いて声を上げた。
もっとも、それは肉体的な意味での話。彼が魔帝に操られた時期を含めれば、精神年齢は20代後半といったところだろう。
それでも、彼が漂わせている雰囲気、風貌で20歳未満なのは、カズマ達からしたら驚くべきことだった。
「マジかよ……いやでも、アメリカとかヨーロッパの西洋系だったら違和感ないのか……?」
「わ、私の1つ上なのか……見えないな……」
「確か、カズマの年齢は16でしたよね……3歳差ですか……3歳差……」
「お、おい。俺とバージルさんを比較するのはやめろよ。色々と自信を無くす」
日本に住んでいたカズマは、西洋系の大学1年生はこれぐらいなのかと想像する。
その一方、偶然にも同い年だったダクネスはまじまじとバージルを見つめ、めぐみんはカズマとバージルを交互に見ていた。
「(確かに……人間として考えると、19歳なのは驚きですよね)」
そんな中、バージルがこの世界へ転生する時に彼の資料から年齢を知っていたクリスもといエリスは、心の中でカズマ達に同意していた。
天界では2000年以上生きている者もいる。故に、見た目が実年齢と違っていても彼女は特に疑問を抱かない。見た目が幼女でも知的に話す者や、見た目は美少女なのにやたら年食った喋り方をする者も世界には存在する。
エリス同様、アクアも驚きはせずシュワシュワを飲んでいた。彼女はジョッキから口を離すと、年齢の話は聞いていなかったのか、酒の話題に戻して話しかける。
「お兄ちゃん、そういうのは食わず嫌い、飲まず嫌いって言うのよ。ほらっ、一口でもいいから飲んでみなさいな。きっと虜になる筈よ」
「……いらん」
「そう言わずにぃ。ほらほらっ――」
酒を飲むことを頑なに断るバージルだが、アクアは構わず酒を勧めていく。それを耐えかねたバージルは――。
「……いらんと言っている」
「ひぃっ!?」
「(……こんな睨みを効かせられますからねぇ)」
とても19歳の少年とは思えない睨みをアクアに向け、アクアは涙目になってバージルに近付けていたジョッキを下げた。
アクアどころかカズマ達もビビって手を止める中、バージルはようやく静かになったのを見て、食事の手を進めた。
<chapter2:禁則事項>
「――ほれっ、終わったぜぃ」
「ふむ……問題ない」
アクセルの街にある、鍛冶屋ゲイリー。そこで刀の修復を頼んでいたバージルは、修復が終わった刀に不備がないのを見て、懐から財布を取り出す。
いつも通り修復代をいただいたゲイリーは、目を細めて金額を確認し、それを机の上に置いた。
「しかし、刀を作ってもらった時にも思ったが……貴様は仕事が早いな」
通常、1つの武器を作るのに最低でも三日以上はかかりそうなものだが、この聖雷刀……あの時はまだ雷刀だったが、アマノムラクモを作ってもらった時、ゲイリーはたった1日で仕上げてくれた。
しかし、この世界には『鍛冶スキル』という物もある。素人でもこれさえあれば簡単に鍛冶をすることができるというスキルだ。そのスキルレベルが高いからか、それともスキルが無くとも鍛冶はでき、スキルを得たことでブーストがかかったからなのか、彼は短時間で武器の作成、修復ができたのだろう。
バージルがそう推測する中、ゲイリーは汚れた手で白髭を触りながら言葉を返す。
「そうでもねぇ。この道を長く歩み、鍛冶スキルレベルも高くなったワシだが、1番ってわけじゃねぇ。王都には、ワシより凄腕の鍛冶屋もいるだろうよ」
「ほう……」
ゲイリーの腕は、元いた世界でも名鍛冶屋と言っても過言ではないのだが、ゲイリー曰くそれよりも腕の立つ鍛冶屋もこの世界にはいるらしい。その話を聞き、バージルは王都にいるだろう鍛冶屋に興味を持つ。
「中には、素材と金を渡したら、武器や防具を即ポンッと出せる鍛冶屋もいるらしいぜぃ」
「……それは、鍛冶というより魔術では?」
「そこに触れちゃおしまいだ」
「……そうか」
世界はまだまだ広い。そう思うことにしたバージルだった。
<chapter3:お兄ちゃんキャラ>
「ねぇねぇお兄ちゃん! 私これ欲しい!」
「貴様の買い物に来たわけではない」
「買って! 買ってよお兄ちゃーん!」
アクセルの街、商業区。街行くアクアは、そこに並ぶ高価な物を見ては、バージルにおねだりをしていた。
買い物をする予定はなく、ギルドに向かおうとしていたバージルは、アクアの声を聞かずに歩き続ける。
こうなってしまったのも、街を歩いていた時に偶然出会ってしまったからだ。バージルの不運ステータスは今日も平常運転である。
そして(正確にはアクア1人だが)騒がしい2人の後ろで、距離を空けて歩くカズマ、めぐみん、ダクネス。
粘り強くねだり続けるアクアを見て、カズマはポツリと呟く。
「もう巨大ワニを狩ってから日が経つってのに、アイツはまだバージルさんのことをお兄ちゃんって呼んでんだな」
「そうだな。私はもう、2人が本当の兄妹のように思えてきたぞ」
「えぇ、アクアの妹キャラが様になってるのもありますが……なんというか、バージルもお兄ちゃんキャラって雰囲気がありますからね」
「お兄ちゃんキャラ? バージルさんが?」
カズマの声を聞いて、両隣を歩いていたダクネスとめぐみんも話す。
しかし、めぐみんの言葉が気になったカズマは、彼女へそう聞き返した。
「ではカズマは、もしバージルが弟キャラだと言われたらどう思いますか?」
「……確かに、なんか違和感はあるかも。弟がいるって言われた方が納得できる」
アクアのお兄ちゃん呼びで、彼のイメージが固まってしまったのもあるかもしれないが、カズマはバージルが弟キャラだと言われると、どうにも違和感を覚えてしまう。
気のせいかもしれないが、バージルもバージルで、兄と呼ばれるのにどこか慣れている様子も見られる。
「バージルの弟か……一体どんな男だろうか?」
それを聞いたダクネスは、もしも本当にバージルに弟がいるとしたらと考え、カズマ達に話題を振った。
「バージルの弟となれば、間違いなく半人半魔。そして兄弟は似るものです。きっとバージルに瓜二つなのでしょう」
「いや、俺は兄弟に見えないってぐらい正反対なパターンだと思うぞ」
「うむ……どっちもありそうだな……仲はどうだと思う?」
「やっぱり不仲でしょう。私には、バージルが弟と仲良くしてるイメージが浮かびません」
「それは俺も同意だな。しょっちゅう兄弟喧嘩してそう」
「バージルと……その弟の……兄弟喧嘩か……」
「……お前今、間に入りたいって思ったろ?」
「お、思ってない」
バージルと、彼と同じ力を持つ弟の喧嘩に巻き込まれたら、流石にダクネスとて無事では済まないだろう。
カズマはそう思いながら、未だアクアにねだられ、右手を刀の柄に置いているバージルを見――。
「ってストップストップバージルさん! 落ち着いて! どうどう! どうどう!」
<chapter4:越えられぬ壁>
アクセルの街、ギルドから歩いてすぐの所にある大浴場。
仕事疲れの住人は勿論のこと、クエストに出かけて満身創痍の冒険者も、疲れを癒しにここへ来る。
「ふーっ……いい湯だなぁ……」
カズマもまた、その1人だった。
汚れた身体を綺麗にし、同時に疲れを癒すことができる風呂という風習。カズマが元いた世界の、日本という国では古くから存在し、かつ欠かせないものだった。
この世界に来てこの大浴場を見た時、この世界にも風呂はあるのかと驚いたが、彼よりも前に異世界転生した日本人もいる。きっと彼等がこの風習を教えたのだろう。
灯油でもなければ湯沸かし器でもなく、魔法を使って水をお湯にしているそうだが、彼にとっては風呂に入れるだけでもありがたいことだ。
そして、この風習に魅入られた者もやってきた。
「……貴様も来ていたか」
彼と同じ異世界転生者、バージルだ。
仲間からも聞いたが、彼はこの習慣をえらく気に入っている。見た目が西洋系なので、恐らく元の世界ではシャワーだけが当たり前だったのだろう。
日本にきた外国人が日本の文化を気に入る例に漏れず、彼も虜となっているようだ。日本出身のカズマとしては、それは喜ばしいことだ。
――しかし、バージルと一緒に風呂へ入るのは、できれば避けたいとカズマは思っていた。
「……えぇ……まぁ……」
嫌でも、彼の『男の勲章』を目にしてしまうのだから。
「フム……今日の湯加減は中々だな」
「……そっすね……」
バージルは湯船に浸かり、カズマへ話すように口を開く。表情はいつもと変わらないが、自分から話しかけてくるのを見る限り、上機嫌なのが伺える。
しかしそれとは対照的に、隣にいたカズマはテンション下げ下げになっていた。
「……すんません……先に上がらせてもらいます……」
「ムッ、そうか」
カズマは、持っていたタオルで恥ずかしそうに股間を隠して立ち上がる。バージルの声を背に受けながらも、カズマは逃げるように脱衣所へ出た。
脱衣所には、これから風呂に入る者も、自分と同じく風呂からあがった者もいるが、その誰もがショックを受けた顔を見せている。きっと、バージルの勲章を見てしまったからだろう。
「……気にすんな、カズマ」
「……ダスト」
そんな時、これから風呂に入るつもりでいた彼の悪友、ダストが声をかけてきた。
彼とは一度、お互いのパーティーを交換したことがあり、それがきっかけで彼とは悩みを打ち明けられる仲になれた。
ダストはカズマの肩に手を置くと、カズマを安心させるように話した。
「アイツは、成長しきってるからあぁなんだ。大丈夫、俺達にはまだ成長の余地が――」
「バージルさん、19歳なんだってよ」
被せるように放たれたカズマの声を聞き、ダストは言いかけていた言葉を止めた。
わかっている。彼は見るからに西洋系だ。西洋の人は日本人と比べて、男の勲章が大きいと聞いていた。なら、その大きさが19歳でもアレなら不思議じゃないのだろう。
しかし、ああやって堂々と見せ付けられたら、頭では仕方ないと理解できていても、男としてのプライドが完膚なきまで叩き潰されている気分になるのだ。
「……いいか? 男は大きさだけじゃねぇ。それでいて外見だけじゃねぇ。中身だ! 中身が物を言うんだ! 俺は1回アイツとタイマンはったことも、一緒に戦ったこともあるから言える! アイツは化物染みてるが、協調性がまるでない! あんなんじゃ、女性の冒険者は一緒に冒険したいとは思わねぇ! そう、俺みたいに誰とでも仲良くなれるフレンドリーな男じゃなきゃ――」
「女性冒険者から聞いた、同じパーティーになりたい男冒険者ランキングで、お前の100倍差でバージルさんが勝ってたぞ」
「バァアアアアアアアアジルゥウウウウウウウウ! 俺と勝負しやがれぇええええええええ!」
それを聞いたダストは、血相を変えて浴場に飛び込んだ。
カズマはダストの背中から目を離し、自分の服が置いてある棚の前で身体を拭く。
そして、浴場からダストの悲鳴が聞こえる中、服を着た彼は脱衣所を後にした。
<chapter5:嫌な夢>
山の向こうから日が昇り、街に住む人々が目覚める朝。冒険者達は支度を終え、今日も今日とて冒険へ出向く。
その傍ら、アクセルの街にある便利屋、デビルメイクライにて――。
「おはようございます、バージルさん」
彼の協力者であり、ベルゼルグ王国の国教として崇められている女神、エリスが訪問していた。
姿はクリスのままだが、口調だけ素に戻しているエリスは、扉を開けて店内にいるであろうバージルに声をかける。
「……エリスか……」
予想通り、バージルはいつものところに座っていた。
がしかし、朝だというのにその顔はどこか疲れた様子で、声も少し元気がない。
他人から見れば普段と変わらない程度のものだろうが、それに気付いたエリスは心配そうに尋ねた。
「どうされました? 顔色が良くないようですが……」
「……嫌な夢を見た」
「夢?」
バージルの返答を聞き、エリスは首を傾げる。彼ほどの男が嫌だと言うとは、一体どんな夢なのか。
ダクネスが出てきたのだろうかと予想する中、バージルは今回見た夢について話した。
「確か貴様は、俺の記憶を見たと言っていたな。ならば知っているだろう。俺が塔の封印を解く時、同盟を結び行動を共にしていた男のことを」
「……はい……」
彼の言う、元いた世界で協力していた男――恐らく、黒ずくめの服と髪のない頭、赤と青のオッドアイが特徴的な彼のことだろう。
名前は忘れたが、彼に良い思いを抱かなかったのは覚えている。自分の娘に躊躇なく刃を刺した時はいつも悪魔に向けるような殺意さえ覚えた。
正直、彼のことはあまり思い出したくないのだが、その男が一体どうしたのだろうかとエリスは話を聞き続ける。
「場所は塔の上だったか。背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた……そう、その男だ」
バージルは目を閉じると両腕を組み、身体を背もたれに預けて話し続ける。
「奴は興奮した様子で声を上げ、塔について語っていた。まるで、あの時のことを再現するかのように。だから俺は、前と同じようにどうでもいいと告げ、奴の顔を見た」
そこでバージルは両目を開け、少し間を置いてから口を開いた。
「奴は――カツラを被っていた」
「……へっ?」
それを聞き、エリスは素っ頓狂な声を上げた。
てっきり、悪魔だった頃の記憶を掘り起こされたのが嫌な夢のことだと思っていた彼女は、予想の斜め上過ぎる展開を聞いて、困惑せずにはいられなかった。
「カツラだ。それも、奴の娘ソックリのカツラをな。奴の顔とは相容れないカツラを見て、俺は笑いを必死に堪えた」
「(バ、バージルさんが……笑いを堪えた……!?)」
しかし、それに続くバージルの話を聞いて、エリスは話のメインとなっているカツラよりも、バージルが夢の中で笑いを堪えたことに興味を惹かれた。
「もし夢がもっと長く続いていれば、俺も危うかった……最後に奴が両目を光らせているのを直視していれば、俺は吹き出すのを抑えられなかっただろう」
「(バージルさんが吹き出すほど笑う姿……き、気になる……! 見たい……! 凄く見てみたい……!)」
この時エリスは、女神の力に下界の者の夢を覗く能力があればと心底思ったそうな。
<chapter6:Yunyun Must Die>
「――やぁっ!」
街から少し離れた場にある洞窟。更にその中にある、経験値が一切入らない誰得ダンジョン、修羅の洞窟。
そこで、紅魔族の少女ゆんゆんは短剣を手に、モンスターの喉元を掻っ切った。少女がやるには容赦ない戦い方だが、これも全て『先生』が教えてくれたものだ。
「ふぅ……先生! どうでしたか!?」
今いる階層に出てきたモンスターを全て倒し終えたゆんゆんは、後方にいたその先生に声を掛ける。
彼女の視線の先には、手頃な小岩に腰掛けてゆんゆんの戦闘を観察していた先生、バージル。
ゆんゆんの声を聞いたバージルは、彼女から視線を外して、手元に持っていた紙へ目を下ろす。
しばらくして、彼は紙から目を離すと同時に立ち上がり、ゆんゆんに歩み寄った。
「今回の戦闘は……このような結果になった」
そう言って、バージルは手に持っていた紙の表側をゆんゆんへ見せる。ゆんゆんは覗き込むように、紙に書かれていた内容を見た。
「むぅ……S取れませんでしたか……」
大きく書かれた総合評価を見て、ゆんゆんはブツブツと呟いて先程の戦闘を自己分析する。
これはバージルが、稀に掘り出し物のあるウィズ魔道具店で見つけた、登録した人物の戦闘成績を映し出すことができる魔道具。
どういう仕組みかわからないが、評価する人物、倒したモンスターの数、場所、その他諸々を書き込むことによって、その場その場に応じた評価を下してくれるのだ。
評価はS、A、B、C、Dの順で、Sが高くDが低い。因みにバージルが使った時はオールSを取ることができ、総合評価ではまさかのSSが表示された。
「毎回思うんですけど、この収集率って評価の判定厳しくないですか? いっつもBなんですけど……」
「俺に言うな」
何故かバージルには、実家のような……は言い過ぎかもしれないが、安心感を覚えられる魔道具。しかしゆんゆんはその魔道具に設定された評価基準に物申したい様子。
誰が何のために作ったのか。ウィズは、暇を持て余した冒険者が、戦闘を刺激的にするために作ったのではないかと言っていたが、真実は製作者のみぞ知る。
ゆんゆんは「せめて収集率が無くなってくれれば」と文句を呟いているが、もし何度改良を重ねられたとしても、それが無くなることはないだろう。
「まぁいいや。それじゃあ次行きましょう!」
気持ちを切り替えて独り意気込んだゆんゆんは、持っていたアイテムで回復すると、洞窟の先を進んだ。
バージルは魔道具を懐にしまい、ゆんゆんの後を追う。
しばらく歩くと、前方にモンスターを発見。数は少ないが、この階層まで来ると一体一体が強力になってくる。
レベル上げと戦闘の練習には持って来いの相手だ。彼女は、敵の注意を引きつけるスキル『デコイ』の効果を得ることができる粉を自分にかけると、ワンドを片手に得意気な顔で言いのけた。
「今度こそ、総合評価でSを取ってみます! 見ててください!」
「ほう、自信たっぷりのようだな。では、これならどうだ?」
すると、背後にいたバージルは『エアトリック』で瞬時にモンスター達の前に移動し、いつの間にか手に持っていた瓶を振り、中に入っていた紫色の粉をモンスター達にまんべんなく振りまいた。
瞬間、モンスターが持つ魔力が大幅に増大し、彼等の目が赤く光を放つ。中には、盛大に雄叫びを上げる者も。
それを確認したバージルは、再び『エアトリック』を使ってゆんゆんのもとに戻り、懐にしまっていた戦闘評価測定の魔道具を取り出し、測定開始の文字を押した。
変貌したモンスター達に怯えていたゆんゆんは、恐る恐るバージルに尋ねる。
「……あの、先生……今、モンスター達に何を……」
「これと一緒に買った、敵強化の粉をかけた。モンスターの攻撃力と防御力、そして凶暴性が遥かに増すそうだ」
「私を殺す気ですかっ!?」
その後、ゆんゆんはなんとか強化された敵を全滅。しかし、時間がだいぶかかったため討伐時間の評価はD。
また、あの状況下で敵素材の収集なんてできる筈もなく、収集率もD。戦闘内容は、チクチクと敵を刺しては必死に逃げ回るを繰り返すという、スタイリッシュとはかけ離れた立ち回りだったため、勿論D。
敵の一発一発は重く、1回殴られただけで自分の体力が半分ぐらい削られるような錯覚に陥るほど。その度にゆんゆんは回復アイテムを使用していたため、ダメージとアイテムの評価もD。
結果、ゆんゆんはバージルの最高記録とは対照的に、最低記録のオールDを叩き出した。
追い打ちをかけるように最低評価を見せられたゆんゆんは、八つ当たるように戦闘評価測定魔道具を真っ二つに破り捨てた。
<chapter7:第29話NGシーン>
『
馬車や竜騎に並ぶ移動手段として用いられ、大きな街にはテレポート屋という移動施設もある。
テレポート屋は、利用客を安全にテレポートさせるために、テレポートの最中に暴れないようにと呼びかける他、こうも言っていた。
どこかの世界の、日本と呼ばれる国で、バスや電車、エレベーターなどに乗り込む人へ忠告するように。
『駆け込み乗車はやめましょう』
*********************************
「……どうしたの?」
「いや……クリスとは久々に会った筈なのに……なーんかついさっき会った感じがして、不思議だなーと思ってさ」
「ッ! さ、さぁー、気のせいじゃないかなー!?」
十中八九、魂を導く間で女神として出会ったことを言っているのだと悟ったクリスは、目を泳がせつつも気付かれないようにそう返した。
この姿は、下界に降りる用に作られた身体。当然、女神としての力も抑えられている。バージルのように僅かな女神の力も感じ取れる存在でない限り、バレることはない。
故に、この変装に自信はあったのだが、彼は意外と鋭いタイプなのかもしれない。これからは気を付けようとクリスは決意する。
――とその時、ドサッとカズマ達の背後で何かが落ちる音が聞こえた。
何事かと、その場にいた全員が音のした方向へ顔を向ける。
そこには、地面に仰向けで倒れるバージルと、寝転ぶ彼の上から抱きついたままのアクアがいた。
どことなくアウト臭がする構図を見て、カズマがゴクリと息を呑む。
気がついたのか、アクアとバージルは両目を開け、目の前にいる者を見て口を開いた。
「……あれ? なんで私の上に私が乗っかってるの?」
「……どういうことだ? 何故俺がそこにいる?」
「「「「「!?」」」」」
それは、本当にバージルとアクアが発したのかと疑わざるを得ない口調の言葉。カズマ達は自身の耳を疑う。
同じく、自分の発した声に驚いたのか、アクアとバージルはハッとした表情で自分の身体を見る。
「バ……バカな……ッ!?」
「こ、これってもしかして……!?」
二人は立ち上がり、自身の身体と相手を交互に見ながら、こう口にした。
「俺と貴様の身体が――」
「入れ替わってるー!?」
どこかの世界で一時期流行っていた、入れ替わりが起きてしまったのだ。
それを知ったバージル――否、バージルの身体を持つアクアは、自分の身体をまじまじと見つめて話す。
「こ、これがお兄ちゃんの身体……す、凄い! とんでもない魔力を感じるわ! ねぇお兄ちゃん! 貴方って本当にただの半人半魔なの!?」
「……ブフッ!」
そんなアクアの口調を、バージルの顔で、バージルの声で聞いてしまい、カズマは思わず吹き出した。
周りにいるめぐみん、ダクネス、クリスは笑いを堪えているのか、肩をプルプルと震わせている。
そして、ゆんゆんは自身のバージル像が真正面からグーで砕かれてしまったからか、生気を帯びていない目でバージルを見ていた。
「き、貴様……! 俺の身体でいつものように話すな! 今すぐ黙れ!」
「ねぇねぇお兄ちゃん! 私の身体はどんな感じ!? 女神の聖なる力を感じ取ってる!?」
「ダ……ダメですッ……もう堪えきれません……お、お腹痛い……!」
「わ、笑うなめぐみん……! バージルに怒られるぞ……ブフォッ!」
「ひーっ! ひーっ! 腹筋がちぎれる……!」
「……先生が……私のスタイリッシュな先生が……」
アクアの声を聞いたアクア――もとい、アクアの身体をもったバージルは、アクアが発しているとは思えない低い声で、アクアに黙るよう言いつける。
しかし、アクアは口を閉じることはせず、キラキラとした目を見せた。バージルの顔で。
その、普段どころか天変地異が起ころうとも絶対見れないだろうバージルの顔を見てめぐみん、ダクネス、クリスの3人はお腹を抱えて笑い転げる。そしてゆんゆんは、ショックのあまりその場に倒れてしまった。
「黙れと言った筈だクズがッ! 返せ! 俺の身体を今すぐ返せッ!」
「イタタタッ!? お兄ちゃん痛い!? 私の聖なる力を使ってお兄ちゃんの身体にアイアンクローするのは酷だと思うの!?」
「Die! Die! ダァアアアアアアアアアアアアイッ!」
「にゃぁあああああああああああああっ!?」
DMC3スタッフはよくもまぁあんなNGシーン思いつくよなぁ……。