この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第1章 新米冒険者の異世界生活
第1話「この新米冒険者に祝福を!」


 女神タナリスによって異世界に送られることとなったバージル。昇っていく先で眩く光る白い光はどんどん近づき、やがて視界全体が光に覆われたが、しばらくすると光は次第に弱まっていった。

 やがて光は消え、景色がガラリと変わる。上を向いていた彼の視線の先にあったのは、澄み切った青い空。バージルは顔を下げて辺りを見渡した。

 

「ここは……」

 

 周りには、赤い屋根と茶色い壁でできたレンガ製の家が立ち並んでいた。耳をすませば、川の流れる心地よい音が聞こえてくる。女神と対面していた薄暗い空間とは打って変わり、まるで中世ファンタジー作品にありそうな街――その中の人気のない場所に彼は立っていた。

 高層ビルが立ち並ぶ都会でも、ゴロツキが集まる治安の悪い街でも、数え切れない程の悪魔が住む荒廃した魔界でもない。自然が残され共存しているこの町並みは、彼にとって新鮮なものだった。

 

 周辺を確認したバージルは、次に身体を見る。服装はタナリスと話した時と変わっていない。あの場で再び手にした魔具の力と、己に宿る魔の力も感じる。ネロ・アンジェロとしてダンテと戦い敗北したこと、女神タナリスと話したこと等、先程までの体験をハッキリと覚えている。彼女の言った通り、本当に記憶と肉体をそのままに転生されていた。

 

「(どうやら、嘘ではなかったようだな)」

 

 異世界に転生されたのだと自覚したところで、バージルは自分が置かれている現状を頭の中で整理し始めた。

 タナリスは、この世界では魔王を倒す冒険者になれと言っていた。しかし今の自分には、魔王についての情報どころか、ここはどこなのか、冒険者は他にもいるのか、そもそも自分は冒険者になっているのか等々……情報が圧倒的に足りていない。

 何も知らないまま外に出るのは愚行だ。まずはこの世界について調べなければ。情報を得られそうな場所を探すため、バージルは止めていた足を進める。

 

 ──と、その時だった。

 

「もし、そこの君」

 

 五歩ほど歩いたところで後ろから声を掛けられた。バージルは無視することなく、おもむろに振り返る。

 立っていたのは、金髪のポニーテールに碧眼、黒いインナーの上に白と黄色を主としたデザインの鎧を身にまとい、バックに剣と思わしき物を付けた、まさに正統派騎士のような女性。バージルが黙って見つめていると、金髪の女性は言葉を続けた。

 

「この街では見かけない人だったのでな。もしや、初めてこの街に来た冒険者かと思い……っと、すまない。申し遅れた。私はダクネス。この街に住む冒険者の1人だ。何やら辺りを見渡していたようだったが……道がわからないのなら私が案内しよう」

 

 話しかけてきた女騎士のダクネスは自ら名乗り、バージルに提案する。異世界に来たばかりで、街の右も左もわからぬ彼にとって、これほどありがたい申し出はなかっただろう。

 

 

「確かにこの街には初めて来たが、貴様に案内される必要はない。失せろ」

「──ッ!」

 

 しかし、バージルは彼女の申し出を自ら断った。彼女に道案内してもらえば情報は一気に集まっただろうが、彼女の馴れ馴れしい態度、善意のみで動こうとするその姿勢が彼は気に入らなかった。

 冷たい言葉を放ち、彼女に背を向けて歩き出すバージル。親切に道案内をしようとした初対面の人間に失せろはどうなんだと思うかもしれないが、これが彼の平常運転である。

 

「し、しかし、何も知らず歩くよりは、街を知っている者と歩いた方が――ッ!」

 

 まだ退くつもりはないのか、ダクネスは彼を引き留めようと駆け寄る。が、彼女はすぐさま足を止めることとなった。

 

 バージルが突如出現させ、ダクネスの首元に突き立てた――浅葱色の剣を見て。

 

「失せろ。三度は言わん」

「あっ……」

 

 彼はダクネスに目を合わせず、先程よりも冷たく重い言葉を放つ。もはや彼の目に、彼女は人間として映っていない。人の姿をしたゴミでしかなかっただろう。

 声が詰まり、固まるダクネス。もう突っかかってこないだろうと思い、バージルは右手に握っていた剣を強く握ってガラスのように砕き、ダクネスに再び背を向けて足を進める。彼の予想通り、彼女がこれ以上追ってくることはなかった。

 

 

*********************************

 

 

 バージルが立ち去った後も、しばらくその場に立ち尽くしていたダクネス。やがて身体から力が抜けると、彼女はその場にへたりと座り込んだ。

 

 彼のことは何も知らなかった。本当に、道がわからず困っている冒険者だと思い込んで、親切心で話しかけたのだが、まさかあんな洗礼を受けるとは思っていなかった。

 彼が見せた目は、まさに養豚場の豚を――否、それよりも酷いだろう。心底自分に興味を持っていない目だった。もしあの場で自分を殺しても、彼は虫を一匹潰したのと同じ程度にしか思わないだろう。

 一歩間違えれば自分は死んでいた。彼から感じた、身体の芯まで凍るような死の恐怖に、ダクネスは思わず身体を震わせていた。

 

 

 ──わけではない。

 

「(凄く……イイッ!)」

 

 喉元に剣を突きつけられ、彼に冷たい目で見られた彼女は、なんと悦びを覚えていた。

 先程立ち尽くしてしまったのは、予想だにしていなかったご褒美を与えられて言葉を失うほど悦んだから。力なく座り込んだのは、あまりにも刺激的で腰に力が入らなくなったから。身体が震えるのは、彼女曰く武者震いというヤツだ。実を言うと、彼に一回目の「失せろ」を言われた時点でかなりキていた。そして彼女は半分親切心で、半分それ以上のご褒美を期待して、再度話しかけた。結果はご覧の通り。

 

「(わ、私は、とんでもない男を見つけてしまった……!)」

 

 青いコートに銀髪の男。もう一度彼に会うために。彼に冷たい目で見下されるために。真性のマゾヒストであったダクネスは、恍惚とした表情を浮かべながら、彼の容姿を脳裏に焼き付けていた。

 

 

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「……ふむ」

 

 バージルは興味深そうに唸りながら、本のページを進める。

 しばらく街を歩き、彼は偶然にも街中にあった無料の図書館に辿り着いた。本には様々な情報が記されている。ここでなら、この世界や冒険者についての情報も得られる。そう考え、バージルはここへ足を踏み入れて長い時間本に目を通していた。

 書かれていた文字は彼が今まで見たこともない物だったが、タナリスが言っていたように自動翻訳機能があるのか、難なく解読することができた。読書は彼の数少ない趣味。バージルは苦を覚えることなく本を読み進め、様々な情報を得ていく。

 

 この世界は彼が知らなかった文化、文字、技術で溢れている。特に元いた世界と大きく違っていたのは、ここでは『モンスター』が存在していることだった。

 動物や生物とは違う、非現実的かつ非科学的な存在を、この世界ではモンスターと定義されている。バージルのよく知る『悪魔』も、モンスターの一種として捉えられているようだ。

 そしてもう一つ。多くの本を読み漁ったが、どこにも『魔帝ムンドゥス』と『スパーダ』の存在が見当たらなかった。彼がいた世界ではおとぎ話にもなっていたため、それらに関する本もいくつか読んだが、どこにも名前は記されていない。

 それだけではない。元いた世界では、どこにでも嫌というほど悪魔の臭いが鼻についた。たとえ人間界であっても、道を歩けば行く先々に悪魔が現れ、何度も襲いかかってきた。が、ここに来るまでの間、悪魔が現れる様子どころか、その気配も臭いも一切しなかった。これは、バージルにとって異常なことだった。

 

「(親父も魔帝も知らない世界か……面白い)」

 

 何もかもが真新しい世界だと知り、珍しく心を躍らせるバージル。手に取っていた本が最後のページを迎えたところで、本を元あった場所へ戻し、彼はここで知り得た新しい情報を頭の中で整理し出す。

 

 この街の名はアクセル──駆け出し冒険者の街とも呼ばれている。その名の通り、冒険者になってからまだ日も浅い、新米冒険者達が集う街だ。城壁に囲まれた円形の街で、冒険者は街の中心にある『ギルド』と呼ばれる場所に行き、クエストを受けている。

 『冒険者』とは『冒険者ギルドに所属し、冒険者稼業を行う者』を指す。冒険者になるためにはギルドに行き、登録を受けなければならない。クエストを受けたら目的地に移動し、指定されたクエストを達成することで報酬を得られる。また、討伐クエストだけでなく採取クエスト、捕獲クエスト、緊急クエストなど、その種類は様々。街の中で問題を解決するような物もあり、言ってしまえば便利屋稼業のようなものだ。

 といっても、本業はあくまでモンスター狩り。それが主な収入源となる。モンスターには人間と共存する者もいれば、人間を脅かす化物もいる。その脅威の筆頭に立っているのが『魔王』だ。過去に多くの冒険者が魔王城に乗り込んだが、ロクに探索もできず満身創痍で帰ってくるか、二度と帰らぬ人となるかのパターンが多い。中にはソロで魔王討伐に向かう者もいたが、一度は何故か泣きながら帰ってきたものの、二度目の突入後、帰ってくることはなかったという。

 

「(今は冒険者になるのが最優先……か)」

 

 現状をある程度把握でき、今なすべきことが見えた彼は図書館から出る。

 

「(酒場は街の中心。まずはそこに行くべきか)」

 

 現在地もギルドへの方向も、図書館に置いてあった無料で持ち出しOKの地図で確認できている。女神曰く自動翻訳機能のお陰で会話も問題ない。道に迷えば、そこらにいる住人に聞けばいいだろう。日が真上に昇っている中、バージルは酒場へと向かっていった。

 

 

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「……ここか」

 

 目的の場所を見つけ、バージルは独り呟く。彼の前には、他の建物よりは目立つ外装の建物がひとつ。目印なのか、彼が本で見たギルドの紋章が記されていた。街は円形でギルドの場所は街の中心だったため、図書館から難なく移動することができた。

 扉からは多くの人間が出入りしている。装備を固めていたので、恐らく冒険者だろう。ここがギルドで間違いないと確信したバージルは地図を懐にしまい、止めていた足を動かした。

 

 

「いらっしゃいませー! お食事の方は空いたお席へどうぞー! お仕事探しの方は奥のカウンターへー!」

 

 扉を開けて中に入った瞬間、強い酒の臭いが鼻に付いた。思わず顔をしかめるバージル。挨拶をしてきた赤髪の女性の手には、シュワシュワと音を立てる黄色い液体に白い泡が盛られた、まるでビールのような飲み物の入ったジョッキが握られていた。

 

 数多の冒険者が集うギルド。正面に騎士が剣を地面に突き立てている石像が飾られているこの場所では、クエスト案内と同時に酒場も経営している。冒険者達は木製の席に座り、他愛もない世間話をしながら楽しそうに仲間と酒を交わしており、クエストが貼られているであろう掲示板の前では、何人かの冒険者がクエストを物色していた。

 

「おい、そこの銀髪の青い兄ちゃん」

「……ムッ」

 

 じっと石像を見つめていた時、左側から声が聞こえてきた。銀髪に青。十中八九自分のことだろう。バージルは声が聞こえた方へ顔を向ける。

 視線の先にいたのは、出入口付近の席に座って飲んでいた、上半身裸の上に肩パッドとサスペンダー、そしてモヒカン頭でヒゲと、かなり世紀末感溢れる巨漢。恐らく冒険者の一人だろう。

 

「あんた、冒険者かい?」

「今からなるところだ」

「へっ、そうかい命知らず。ようこそ地獄の入口へ! ギルド加入は、そこの奥にあるカウンターだ!」

 

 バージルは正直に答えると、険しい表情で睨みつけていた世紀末男はニヤリと笑い、大声で歓迎の言葉を告げた。男が親指で指した方向へ目を向けると、そこには確かに受付らしき窓口が幾つかあった。受付係らしき金髪ロングの女性が、クエストの紙を持ってきた冒険者の相手をしている。

 

「そうか。礼を言う」

 

 バージルは簡単に男へ礼を返すと、すぐさまカウンターへと足を運んだ。

 

 

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「こんにちわー。どういったご用件で?」

 

 人がいなくなったのを見計らい、カウンターに歩み寄ったバージル。彼に気付いた受付嬢は優しい笑顔で挨拶をする。早速バージルは、冒険者志願の意を口にした。

 

「冒険者になりたいのだが」

「冒険者志望の方ですね。それでは、登録手数料の千エリスをお支払い願えますか?」

「……なんだと?」

「はい。千エリスを支払っていただけないと、冒険者になることはできません」

 

 このままスムーズに冒険者へ……と思いきやまさかの展開。バージルは思わず耳を疑う。

 この世界の金の単位が、国教である『女神エリス』から取っていることは、本に書いてあったため彼は知っていた。しかしまさか登録手数料がかかるとは思っていなかった。もしかしたら、うっかり読み落としていたのかもしれない。バージルは自分の失態に苛立ち、小さく舌打ちをする。彼はつい先程、この世界へ来たばかり。当然、この世界の金なんて持っているわけがない。

 

「(あの女神、自分から冒険者になれと言っておきながら……気の利かん奴だ)」

 

 不親切な黒髪僕っ娘女神に心の中で悪態をつく。しかし、こうなってしまったものは仕方がない。さてどうするかと、バージルは顎に手を当てて考える。目の端に入ったのは、酒に酔い談笑している冒険者達。

 

「……ふむ」

「あのー、お客様?」

「千エリスだったな。すぐに用意する」

「えっ?」

 

 彼女が恐る恐る声を掛けてきた時、バージルは受付嬢にそれだけ伝えると、カウンターから離れていった。

 

 

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「──おい、そこの金髪」

「あんっ? お前は……どちらさんだ?」

 

 カウンターから酒場に移動したバージルは、席に座っていた一人の男に声を掛ける。同席しているのは男が二人と女が一人。恐らくパーティーメンバーだろう。仲間と飲んでいた短い金髪の男はバージルに顔を向ける。酒が回っていたようで、顔がかなり赤く染まっていた。

 

「あれっ? この人、さっきカウンターにいた……どうしたんですか? 今日、私達はここへ食事に来ただけで、装備も持っていないからクエスト同行はできませんけど……」

 

 彼がカウンターで受付嬢と話しているを見ていたのか、金髪男の隣に座っていた赤髪ポニーテールの女性が自らバージルに話しかけてくる。

 

「いや、冒険者志望の者だ」

「そうだったのか。もしや登録でわからないことがあったか? それなら俺が──」

「いや待てテイラー。俺にはわかったぜ。お前……さては無一文だな? 登録手数料払えないから、俺達に恵んで欲しいって魂胆だろ?」

 

 茶髪に紫のハチマキをつけた男の声を遮るように、酒に酔って顔を赤くしていた黒髪の軽薄そうな男が、相手を小馬鹿にするような笑みを見せつつ絡んできた。その声を聞いて、金髪の男も同じくニヤニヤと笑い出す。

 

「なるほどねぇ。そーいうことなら、この惨めな僕に千エリス恵んでくださいダストさまぁーって、床に頭をつけて頼んでくれたら、分けてあげないこともないぜ?」

「ちょっとダスト! キースも挑発しない! ごめんなさい、この人達酔っちゃってて……千エリスぐらいなら私が出すから──」

 

 ダストと呼ばれた金髪の男は、黒髪の男キースと共にバージルを挑発し始める。彼等の態度を快く思わなかった仲間の女性は、バージルに謝りながらポケットを探り出したが──。

 

「貴様の言う通り、登録手数料も払えない無様な無一文だ。かといって恵みを受けるつもりはない」

「ならさっさと、日雇いでも探して稼いでくるんだな」

「いや、誰かの下で働くことも性に合わん。今ここで、貴様から金を巻き上げた方がずっと楽だ」

「……ほほーう?」

 

 それを止めるように、バージルは無表情のまま堂々と言ってのけた。彼の言葉を挑発と受け取ったダストは、額に青筋を浮かべながら席を立つ。

 

「三分間の勝負だ。三分間、貴様は俺に攻撃し続けろ。それを俺は避け続ける。一発でも当てられたら貴様の勝ちでいい。土下座でも何でもしてやろう。ただし当てられなかったら……そうだな。五万エリス払ってもらおうか」

「えぇっ!?ちょっ――!?」

「何を考えているんだ君!?」

「ヒュー、強気だねアンタ」

 

 この世界の貨幣価値は、ギルドに来る道中で見た、売店にある商品の値札でバージルは大体把握していた。五万エリスもあれば、先程の登録手数料のような不測の事態でクエストが受けられなくなっても、一日分の食事と宿泊は簡単にまかなえる筈。そう考えての賭け金だった。

 強気に喧嘩を売ってきたバージルを見て、仲間の女性とハチマキの男は慌てふためき、キースは意外な展開にワクワクした様子を見せる。

 

「へぇへぇ、俺に勝負を挑もうってか。新米冒険者が……いいぜ。乗った。喧嘩には自信があるんでな。何なら一分でもいいんだぜ?」

「俺は五分でも十分でも構わんが、無駄な時間は過ごしたくない主義でな」

「……言ってくれるじゃねぇか」

 

 逆にバージルから挑発を返され、ダストは顔をヒクつかせる。怒りのボルテージが溜まっていく中、ダストはバージルと睨み合いながら、騎士の石像が飾られている前に場所を移した。

 

「おっ? なんだなんだ喧嘩か?」

「やってんのはダストと……誰だ? 見ねぇ顔だな?」

「お前どっち賭けるよ?」

「そりゃダストに決まってんだろ!」

「お客様ー! ギルド内での喧嘩はやめてくださーい! ……って聞いてないし」

 

 酒場にいた冒険者達は、険悪なムードで勝負をおっぱじめようとする二人を見て、続々と周りに集まり始める。一分も経たない内に、ダストとバージルは野次馬に囲まれた。ギルド職員は大声で喧嘩を止めようとするが、野次馬の声にかき消されて届かない。もっとも、彼女の声が届いても二人が喧嘩をやめることはないのだが。

 

「こらっ! やめろダスト! 聞いているのか!」

「ダメだよテイラー。アイツ、完全に頭に血が上っちゃってる」

「まぁいいじゃねぇかリーン。元々、喧嘩ふっかけてきたのは向こうなんだ。おーいダスト! 時間は俺が測ってやるから、ちゃっちゃと決めてくれよー!」

 

 ハチマキを巻いた青年テイラーは勝負をやめるよう呼びかけるが、ダストの耳には届かない。簡単に挑発に乗ってしまう彼に呆れるリーン。周りで見物する冒険者の中には、心配そうに見る者、やれやれーと二人を煽る者、どちらが勝つかで賭けを始める者もいる。

 

「んじゃ早速行きますか! アクセルファイト! レディー……ゴー!」

「アクセルファイトって何っ!?」

 

 鳴らされた戦いのゴング。ダストは両拳を閉じてファインティングポーズを取った。

 

「パンチ一発で沈めてやんよスカシ野郎。泣いて謝るなら今のうちだぜ?」

「戯言はいい。さっさと来い」

「その減らず口──今すぐ黙らせてやる!」

 

 挑発に乗ったダストは、自らバージルに仕掛けた。まずは勢いをつけた右ストレート。伊達に冒険者生活で鍛えていない。かなりの速度で繰り出されたパンチだったが、バージルは軽く横に避ける。

 

「オラァッ!」

 

 続けて左ストレート。しかしバージルは一発目と同じように難なく避ける。一発で決める筈だったダストは、全力パンチを二発ともヒラリとかわされたことに驚きつつ、すぐさまバージルと向かい合う。

 

Humph(フン)……What's wrong(もう終わりか)?」

「んのっ──舐めんなぁああああああああーッ!」

 

 そこへ、余裕そうに挑発を見せるバージル。溜まっていた怒りが頂点に達したダストは、力任せにバージルへ連続攻撃を仕掛け始めた。1発1発が全てフルパワーのラッシュ。並大抵の冒険者でなければ、かわすことはできない速さだったが──。

 

「おいおい……アイツ全部避けてんぞ」

「い、一発も当たらねぇ……」

「ダストー! 何手加減してんだよー!」

「いやでも、アイツ結構マジな顔してね?」

 

 ダストの怒涛の攻撃を、バージルは無表情のままかわし続けていた。彼の繰り出すパンチは、バージルに掠りすらしない。

 

 ダストは、ここアクセル街のギルドでは名の知れた冒険者だった。といっても、素行が悪くいつも警察のお世話になっているという感心しない内容だが。彼は喧嘩に強いことも多くの者が知っていた。そんな彼が、名も知らない冒険者志望の男に、一切攻撃を当てられていない。その異様な光景を前に、ギルドにいた野次馬はざわつき始める。

 始まる前の騒ぎはどこへやら。気付けば、騒いでいた野次馬の冒険者とギルド職員達は、二人の勝負の行く末を黙って見守っていた。

 

 

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「ハァッ! ハァッ──クソッ!」

 

 立てなくなるほどに疲労したダストは、ドンッとその場に座り込む。彼の額には汗がダラダラと流れており、息もかなり上がっていた。パンチが一切当たらなかったため、彼は蹴り技もパターンに入れたのだが、それも全てかわされた。真正面でも、背後からでも、どこから攻撃しようとも、彼には一切触れることができなかった。

 酒の酔いはいつの間にか消え失せ、赤く染まっていた彼の顔は、青ざめた表情に一変している。しかしバージルは、汗一つ流していない。彼は青いコートを軽く手で払うと、首元を少し直し、ポカンと口を開けていたキースに声を掛けた。

 

「おい、そこの黒髪。時間は?」

「えっ? あっ……三分……経ちました」

「タイムアップだ。約束通り、五万エリス渡してもらおうか」

「ぐっ……!」

 

 勝負が終わったことを確認し、バージルはダストに約束の金を出すよう命令する。軽薄な男ではあるが、冒険者としては頼りになるダストの力をよく知っていたパーティーメンバーの三人は、開いた口が塞がらない様子。それは酒場にいた他の冒険者、ギルド職員も同じだった。

 ここにいる全員、この勝負は十中八九ダストが勝つと予想していた。しかし蓋を開けてみればどうだ。ダストは汗まみれで床に尻をつけ、冒険者志望の謎の男は涼しい顔で立っている。全く予想だにしていなかった展開を見て、ギルド内がどよめく。

 

「お、お前……何者だよ……」

「ただの新米冒険者だ。いや、まだ志望者か。それよりも約束の物だ」

「チッ! そらよ!」

 

 ダストは舌打ちをしつつも懐から札を五枚取り出し、行き先のない怒りをぶつけるかのように札を強く放り捨てる。ひらひらと舞い降りて床に落ちた一枚一万エリスの札をバージルは無表情で拾うと、床を睨みつけているダストに話しかけることなく、黙って奥のカウンターへ足を運んだ。

 

「登録手数料だ。釣りも頼む」

「は、はい……」

 

 先程貰った五万エリスの内、一万エリスをバージルはカウンターに置いて受付嬢に差し出す。

 無一文で帰るのかと思えば、冒険者に勝負を挑んで必要以上の金を巻き上げた。今までにない登場を見せた新米冒険者。ダストとの勝負をコッソリ見ていた彼女は、得体の知れない男に恐怖を抱きながらも一万エリスを受け取り、バージルにお釣りを返した。

 

 

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「で、ではまず、この冒険者カードについてご説明します」

 

 登録手数料を受け取った後、受付嬢はまるで隠されたお宝の場所が記されているかのような、古びた紙に見えるカードを手に受付から出て、バージルの前に来た。一応、冒険者についての知識は本で知り得ていたのだが、登録手数料のように見落としている点があるかもしれない。バージルは腕を組み、彼女の話に耳を傾けた。

 

「このカードは、冒険者の身分証明書となるカードで、冒険者には必ずこれを所持してもらうよう義務付けられています。このカードがなければクエストを受けることはできません。冒険者カードには様々な情報が記載されており、冒険者様の名前からレベル、職業、ステータス、所持スキルポイント、習得スキル、習得可能なスキル、冒険者になってからの経過日数、過去に討伐したモンスターの種族、数などが自動的に更新され、表示されます。偽造は禁止しておりますのでご注意ください。また、紛失された場合はギルドに申し出てください。お金はかかりますが、再発行いたします」

「(……本で見た時も思ったが、便利なものだな)」

 

 見た目はただのボロボロな紙だが、その機能はバージルがいた世界でも見たことがない超便利なもの。もしこの技術が元いた世界でも実現すれば、世の中は大きく変わることだろう。

 

「全てのモンスターには魂が宿っており、人はモンスターを倒せばその魂を吸収し続けます。そして、ある一定の量まで吸収したところで、人は急激に成長することがあります。これを俗にレベルアップと言います。レベルを上げるとスキルポイントがたまっていき、こちらを消費することで新たなスキルを覚えることができます。なお、素質次第ではレベル1の時点で多くのスキルポイントを取得できます。新たにスキルを獲得する際には、冒険者カードを操作し『習得可能スキル一覧』に出ているスキルを押してください……ぼ、冒険者カードについての説明は以上です」

「ふむ」

「……えーっと……で、では、まずこちらの書類に必要事項を記入していただけますか?」

 

 反応は示してくれるものの、ほぼ無表情で何を考えているのかわからない。ルックスはいいのだが、あまり話したくないタイプだと受付嬢は思いながら、バージルに一枚の紙とペンを渡す。

 バージルは無言のままペンを取ると、書類に自分の名前、身長、体重等々……必要事項を記入していった。出身地を聞かれた際はどうしようかと考えていたが、どうやら必要なかったようだ。

 

「はい、お名前は……バージル様ですね。ではお次に、こちらの水晶に手をかざしていただけますか?」

 

 書類を受け取り内容を確認した受付嬢は、カウンターに置かれていた水晶の下に冒険者カードを置いた。綺麗な水色に輝く水晶の周りには、見たこともない機械が取り付けられている。

 

「(これは……手をかざすことでステータスが判明する水晶か)」

 

 水晶についても本を読んだことで知っていたバージルは、特に質問することもなく無言で水晶に右手をかざした。すると水晶はひとりでに輝き出し、周りについていた器械が動き始めた。そして、下に置いていた冒険者カードにレーザーを放ち始め、この世界の文字を記していく。

 カードの冒険者氏名欄にバージルの名前が記されると、次にレーザーはステータス欄へ移り、続けて文字を記し始める。

 

「なっ──なんですかこれぇええええっ!?」

「ムッ?」

 

 すると突然、隣で見ていた受付嬢が大声を出して驚いた。彼女はカッと目を見開き、食い入るように作成途中の冒険者カードを見つめている。あまりにも大声だったため、ギルド内にいた冒険者達がカウンターへ顔を向けると、何事かと集まってきた。

 

「何か問題でもあったか?」

「問題なんてもんじゃないですよ! 筋力 魔力、知力、俊敏性……運以外のステータス全てが、大幅に平均値を超えてます! ていうかこんな高い数値初めて見ました! それに見たこともないスキルが……貴方何者なんですか!?」

「(……運は低いのか)」

 

 受付嬢は先程までの怯えた表情からガラリと変え、目を輝かせてバージルを見つめてくる。さらっと不運ステータスであることを告げられてバージルは少し不機嫌になったが、本によると運は冒険者にとってほぼ不要のステータスらしい。特別問題視することではないだろう。

 

「マジかよ! こりゃスゲェな!」

「あのアークプリーストに続いて二人目か!」

「魔王討伐の日は近いかもな!」

「ハハッ……そりゃ俺が勝てねぇわけだよ」

 

 突然の大型ルーキー登場に、酒場にいた彼らは歓喜の声を上げる。最初は妙な男だと警戒していた冒険者達とギルド職員は、バージルに笑顔と歓声を浴びせていた。先程勝負をしたダストは、バージルがとんでもない素質を持っていたと知り、乾いた笑い声を上げている。

 

「このステータスなら、最初から上位職は勿論のこと、どんな職業にだってなれますよ! アークプリースト、アークウィザード、クルセイダーだって!」

「そうか」

 

 あまりの高ステータスを見て興奮を抑えきれない受付嬢とは対照的に、バージルは顎に手を当てて静かに思考する。

 本を見て、冒険者がなれる職業は全て把握した。習得できるスキルは職業によって違う。となれば、自分に合った職業を選ばなければならない。『悪魔狩人(デビルハンター)』という職業があれば真っ先にそれを選んでいただろうが、残念ながら存在しないようだ。それ以外で、自分に合う職業は──。

 

 

「では──ソードマスターにしよう」

 

 ソードマスターバージル、誕生の瞬間であった。

 




バージルが選ぶならこれしかないと思いました。DMCにも同じ名前のスタイルがありますし。

名前は出ているけど、詳しい能力は未だ判明していない職業がいくつかありますが、この作品では判明している情報と名前をもとに、私の解釈で設定を決めております。
以下、簡単な冒険者の職業紹介欄です。


・冒険者
基本職かつ最弱職。
習得ポイントが高くなるものの、全てのスキルを習得できるオールラウンダー。
該当者:カズマ

・盗賊
盗みのことならお任せあれ。
俊敏性と知力に長けた職業。
気配を消すスキルもあるため、潜入でも活躍できる。
該当者:クリス、フィオ

・戦士
冒険者より攻撃力が高め。
攻撃系スキル多めの職業。
該当者:ダスト、クレメア(文庫版とアニメ版?)

・ランサー
槍の扱いに長けた職業。
前線向け。
該当者:クレメア(web版と漫画版?)

・アーチャー
弓の扱いに長けた職業。
中衛~後衛で活躍する。
該当者:キース

・ウィザード、アークウィザード
魔法使い。
アークウィザードが上位職。
知力と魔力が高くないとなれない。
ウィザード該当者:リーン
アークウィザード該当者:めぐみん、ゆんゆん

・プリースト、アークプリースト
僧侶。
回復魔法に長けた、RPGでは欠かせない回復担当。
アークプリーストが上位職。
プリースト該当者:不明
アークプリースト該当者:アクア

・ダークプリースト
アークプリーストの逆バージョン。
呪いや状態異常をかける攻撃ができる。
プリースト派生のため、一応ヒールを使うことは可能。
該当者:不明

・ナイト、クルセイダー
最高の防御力を誇る、前衛に出てモンスターを引き付ける囮となりパーティーを守る職業。
王都や城での護衛につく者は軒並みこの職業。
某所でよく言われる「メイン盾」のイメージ。クルセイダーが上位職。
ナイト該当者:不明
クルセイダー該当者:ダクネス、テイラー

・ルーンナイト
いわゆる魔法剣士。剣術と魔法を匠に使って戦う。
該当者:不明

・ソードマン、ソードマスター
最高の攻撃力を誇る、剣の扱いに長けた職業。
ソードマスターが上位職。
ソードマン該当者:不明
ソードマスター該当者:ミツルギ、バージル

・エレメンタルマスター
精霊(エレメンタル)使い。
精霊に呼びかけることができ、精霊と協力して戦う。
該当者:不明

・クリエイター
その場の土や水を使い、壁や武器などの物を形造ることができる。
直して戻せるッ!
該当者:不明


web版、文庫版、アニメ、wiki情報をもとにしています。もしかしたら間違っているかもしれません。
他の職業を知っておられる方がいらしたら、教えてくださると嬉しいです。

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