この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第26話「この初冬に雪精狩りを!」

 駆け出し冒険者の街、アクセル。

 自然を残したこの街並みに、1つの変化が訪れる。

 葉は枯れ、地面に落ち、細々となった木。風も冷たく、街行く人々の息も白い。

 

 そう、冬の知らせだ。

 遠くの山には既に雪が降り、程よく積もっている。街にはまだ見えないが、それも時間の問題だろう。

 そんな秋の終わり、冬の始まりといえる時期。

 

「こ、これお願いします」

「はい、承りました。では送料として82エリスをお願いします」

 

 アクセルの街にある郵便局。

 その受付にて、大きく実った果実を胸に2つ持ちながらも、顔立ちにはまだ幼さが残る紅目の少女、ゆんゆんが手紙を出していた。彼女は財布から小銭を取り出し、言われたとおり送料を払う。

 渡した封筒にハンコが押されたのを確認すると、ゆんゆんはペコリとお辞儀をしてから郵便局を出た。

 受付の女性員から微笑ましそうに見送られながらも、郵便局を後にするゆんゆん。

 彼女が出した手紙は――彼女の故郷、紅魔の里にいる両親へ宛てたものだった。

 

 

『お父さん、お母さん。お元気ですか? 私は元気です。

 いつかお父さんの後を継ぎ、立派な紅魔族の長となるべく、日々冒険者として腕を磨いています。

 

 そしてつい最近、アクセルの街に住んでいた凄腕冒険者の方と知り合い、先生として見てもらっています。

 授業はとても厳しいです。鬼です。戦闘訓練と称して修羅の洞窟に放り込まれた時は、流石に死ぬかと思いました。

 でもその分、今までよりも格段に進歩しています。剣術や体術、戦い方を教えてもらった時なんかは、レベルも上がっていないのに何倍も強くなれた気がしました。

 

 先生は無口で、ちょっとおっかなそうな人です。

 けど、ちゃんと私のことを見てくれていて、的確なアドバイスをしてくれます。

 それに、意外と面倒見のいい方で、機嫌がいい時は私の話も聞いてくれました。

 私が持ってきたボードゲームにも付き合ってくれました。あのボードゲームで他の人と遊べたのは久しぶりだったので、凄く嬉しかったです。

 

 いつか紅魔の里に帰った時には、二人にも先生のことを紹介したいと思います。楽しみに待っててください。

 

 P.S.

 いつも「ちゃんと友達作りはできているか? 街でもぼっちになっていないか?」などの言葉を添えた手紙を送ってもらっていますが、心配しないでください。

 大丈夫です。大丈夫だから、心配しないでください。本当に大丈夫だから!』

 

 

「フフッ……楽しみだなぁ」

 

 手紙に書いた内容を思い出し、ゆんゆんは独り笑う。

 両親に紹介するのもそうだが、バージルに自分の故郷を紹介するのも楽しみにしていた。

 紅魔の里にいる皆の、あの名乗りをバージルに見せるのは恥ずかしいが……彼は既に自分のと、めぐみんの自己紹介を聞いている。いくらか耐性を持っている彼なら大丈夫だろう。

 そして、修行の旅に出る時に持っていこうか迷い、結局家に置いてきた、幼い頃に母からよく読み聞かせてもらった、とあるおとぎ話の絵本。

 昔、自分が憧れた、自分の原点(オリジン)とも言える英雄の話も、バージルに見せたいと彼女は思った。

 

 手紙を出し終え、独りバージルが紅魔の里に来た時の様子を思い浮かべていたゆんゆんだったが、ハッと我に返ると両手で頬を叩き、よしっと小さな声で意気込んでから歩き出す。

 やけに気合を入れてる様子だが、それは今、彼女の向かっている先が――バージルのいるデビルメイクライだからだ。

 

 バージルから出されたテストに受かり、授業をつけてもらうことになったゆんゆん。

 しかしバージルには、便利屋としての仕事もある。そこで、授業は週一で行うこととなった。

 元々、週休二日でデビルメイクライを営んでいたバージルは、ゆんゆんの授業を休みの日に設定。

 休みの時間を割いてくれたことに、ゆんゆんは申し訳なく、そしてありがたく思いながらも授業を受けていった。

 

 そして今日は、その授業がある日。鬼のように厳しいものの、自分の成長を実感できる楽しい時間。

 今度はどんな授業だろうかと予想しながら、ゆんゆんは足を進めていく。

 一応、テレポート類の魔法も覚えておくべきだと思い、『空間転移魔法(テレポート)』と『ランダムテレポート』も既に習得していた。

 また、テレポートの移動先にバージルの自宅前を登録している。今テレポートすれば、すぐにでも行くことはできるのだが……テレポートは魔力消費が多い。下手すれば、授業中に魔力切れなんてことにもなりかねない。

 なので、ゆんゆんはテレポートを使わず、徒歩でバージルの家に向かっているのである。

 

 

*********************************

 

 

 アクセルの街、自然地帯――そこの大きな屋敷の隣にある、デビルメイクライ。

 目的地に到着したゆんゆんは、窓の外から中を覗き見し、バージルがいることを確認。

 そして元気よく扉を開け、デビルメイクライ店内に入った。

 

「先生! 今日もよろしくお願いします!」

 

 扉を閉め、正面を向いたゆんゆんはまず挨拶をする。視線の先には、椅子に座って刀の調子を見ているバージル。

 ゆんゆんに気付いた彼は、刀から彼女へ目を移すと、机に置いていた鞘を取って刀をしまい、彼女に言葉を返した。

 

「ゆんゆんか……来て早々悪いが、今日の授業は無しだ。用事がある」

「……えっ……」

 

 告げられたのは、楽しみにしていた授業の中止。

 それを聞いたゆんゆんは、誰が見てもわかるぐらいにしょんぼりと落ち込んだ。

 今日の授業がなくなったのはショックだが、バージルだって暇ではない。休日にもやることがあるのだろう。

 ゆんゆんは、遠足が中止になって落ち込む子供のように顔を俯かせながらも、自分にそう言い聞かせる。

 

 ――それを見かねてか否か、バージルが再度ゆんゆんへ声を掛けた。

 

「貴様も来るか?」

「……えっ!? い、いいんですか!?」

「邪魔をしなければ構わん。まぁ……課外授業代わりにはなるだろう」

「……課外授業?」

 

 ついて来てもいいが、邪魔をしないのが条件。そして課外授業の代わりにもなる。彼の用事とは何なのか。

 気になったゆんゆんが尋ねると、バージルは不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

 

「――狩りに出かける」

 

 

*********************************

 

 

 街の中心に位置する冒険者ギルド。特にクエストへ出かけるわけでもなく、冒険者達は建物内の酒場に入り浸っている。

 カウンターはガランとしており、ギルド職員も酒や食事を運ぶ以外は暇している中、ギルドの扉が開かれた。

 その音を聞いた赤髪の女性職員が、入ってきた人物へ元気よく挨拶をする。

 

「いらっしゃいませー! 食事の方は空いているお席へ――あっ!?」

 

 が、そちらへ目を向けるやいなや、彼女は驚きのあまり声を上げた。

 彼女の声を聞いた冒険者達もその人物へ目を向けると、途端に食事や雑談をやめてザワつき始める。

 しかしそれも当然のこと。今入ってきた人物は、この街1番の冒険者と噂される――バージルだったのだから。

 多くの冒険者がどよめき、何人かの女冒険者や女性職員が黄色い声を上げる中、バージルは無言のまま歩き出す。

 

「(……うぅ……やっぱりまだ慣れないなぁ……)」

 

 その背後を歩いているゆんゆんは、周りの視線を受けて恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 授業の一環でクエストに出ることもあり、その度にバージルと共にギルドへ来ているのだが、毎回こうして多くの視線を浴びている。

 彼は、この街で1番有名と言っても過言ではない冒険者だ。となれば、最近彼と共に行動している紅魔族のゆんゆんが、目立たない筈はない。

 自分は生徒なんだから、もっと胸を張ればいいと頭でわかっていても、生まれながらのぼっち気質は伊達じゃない。

 結局彼女は、彼の背中に隠れるように縮こまりながら、彼の後を追う。

 

 少しして、クエスト掲示板の前に立ったバージルは、何かを探すようにクエストの紙を見始める。

 彼の背に隠れていたゆんゆんはバージルの隣に移動すると、顔を上げてバージルの様子を伺う。

 

「――あっ、バージルさん! 丁度良いところに! 実は早急に受けて欲しいクエストがありまして――!」

 

 とその時、クエスト受付カウンター側から、ウェーブのかかった金髪の受付嬢が駆け寄り、バージルに話しかけてきた。

 相変わらず揺れるたわわな胸と、それを強調させる服。この街で初めて会った時もゆんゆんは思ったが、その服装を着てて恥ずかしくないのだろうか?

 何人かの男冒険者が、受付嬢へ熱い視線を送る中、バージルは彼女へ目を向けずに言葉を返す。

 

「貴様等の厄介事を受けるために、ここへ足を運んだわけではない。俺は――」

「雪精の討伐クエストを受けに来たんですよね?」

「ッ――」

 

 が、受付嬢がバージルの声に被せるように言ったのを聞いて、バージルは視線を受付嬢に移した。

 バージルと目が合った受付嬢は、自慢気な表情を見せながら言葉を続ける。

 

「この時期にバージルさんが来るのは、多分それしかないでしょうし。で、今そのクエストを探していたけど、見つからずに少し困っていた……という感じですか?」

「……察しがいいな」

「こう見えて、長いことギルドに勤めてますから」

 

 受付嬢はそう言って小さく笑う。他のギルド職員がバージルと対面すると畏まってしまう中、こうして自然な形で接せられているのも、彼女の長い経験があってこそだろう。

 大人の魅力を醸し出す受付嬢を、ゆんゆんがキラキラした目で見つめていると、受付嬢は更に言葉を続けた。

 

「実は、バージルさんに受けて欲しいクエストというのは、それに関することなんです」

 

 受付嬢は懐から一枚の紙を取り出し、広げてからバージルに見せる。

 それは、クエスト受注済の判が押された「雪山に住む雪精の討伐」クエストの紙だった。

 

「バージルさんが来られる少し前に、このクエストを受けた駆け出し冒険者の方々がおりまして……」

「えぇっ!? あ、あのクエストをですか!?」

 

 受付嬢の言葉を聞いて、ゆんゆんは大声を上げて驚く。

 この時期に貼り出されている雪精討伐クエストは、ゆんゆんも知っていた。それが、高難易度クエストとして貼られていることも。

 

「彼等は大丈夫だと言ってましたが……やはり心配です。なので――」

 

 そう言うと、受付嬢はまたも懐から紙を取り出してバージルに渡した。

 ゆんゆんも横から顔を出し、バージルの手にある紙を覗き見る。

 

「バージルさんには、こちらのクエストを受けていただきたいのです」

 

 依頼主は、ギルド受付嬢のルナ。内容は、雪山に雪精討伐へ向かった駆け出し冒険者4人の捜索だった。

 討伐クエストと比べば報酬金はそれほど高くないが、捜索クエストとして考えれば割高な方だ。

 

「……まぁいいだろう」

 

 別の場所だったなら即断っていたが、今から行こうとしていた雪山が目的地なら、目的を済ますついでにこのクエストを済ますこともできる。

 それに、捜索対象の冒険者達が雪精を討伐しているのであれば、彼等の近くに目的の者がいる確率も高い。

 特に断る理由もなかったバージルは、クエストを受ける節を口にして、束ねられていたクエストの紙をめくる。

 

「えっ……えぇっ!?」

「……Humph……」

 

 そして、そこに書かれていた捜索対象となる冒険者の名前を見て、ゆんゆんはゴシゴシと目を擦っては自分の目を疑い、バージルはため息を吐いた。

 

 

*********************************

 

 

 ――空は暗く染まり、きらめく星も見えない夜空。

 しかしそれとは対照的に、地面は白く染まっている雪原地帯。

 雪山の中にある開けた場所に――4人の冒険者がいた。

 

 

「こ、コイツが例の……!」

 

 1人は、黒のタイトスカートに黄色い薄着の服という、お前雪舐めてんのかと言いたくなる服装で剣を構える金髪の女性、ダクネス

 

「……私は死体私は死体……」

 

 1人は、力を使い果たしてしまったのか、うつ伏せで顔を雪に埋めたまま動かない黒髪の女性、めぐみん。

 

「流石は大精霊ね。かなり高い魔力を感じるわ」

 

 1人は、雪山に行く格好としては問題ないものの、横に置いている虫取り網がやたら浮いている青髪の女性、アクア。

 

「あわわわわわわわわっ……!?」

 

 そして、短剣を手に持ったままガチ震いしている男性、カズマ。

 アクセルの街ではやたらと目立つ彼等は、現在雪山にて――。

 

 

「……」

 

 雪嵐から突如として現れた、白き鎧を纏う鬼の武人と対面していた。

 

 

*********************************

 

 

「――金が欲しい」

 

 時間は戻り、ギルドにある酒場にて。

 街に住む駆け出し冒険者、カズマは血を吐くように重く、切実にそう呟いた。

 

「……何当たり前のことを言ってんのよ。そんなの、誰でも欲しいに決まってるでしょ?」

 

 それを真正面の席に座って聞いていたアクアは、首を傾げて言葉を返す。

 しかしカズマは顔を俯かせたまま。それを見たアクアは、ここぞとばかりに普段から思っていた不平不満をカズマへぶつけてみた。

 

「ていうかアンタ、私に対して甲斐性が無さすぎじゃないかしら? 神聖たる女神である私をずっと馬小屋に泊めさせるって、罰当たりにも程があるわよ? もっと私を贅沢させてよ! 甘やかして――!」

「……それ、俺が金を欲している理由が、お前の借金だと承知の上で言ってんの?」

「うぐっ……!?」

 

 だが、カズマがヌラリと顔を上げて放った言葉を聞き、アクアはその口を閉じた。

 

 アクアの抱える借金――以前、アルダープから吹っかけられた借金だ。

 カズマの借金は、(本人にそのつもりはなかったが)アルダープにバージルのことを知らせ、その報酬として綺麗サッパリ無くなったが、それに一切関わっていなかったアクア、めぐみん、ダクネスの借金は残ったまま。

 しかしその後、ダクネスもどうやってか知らないが返済した。残るは、アクアとめぐみんの借金のみ。

 

 が、それはちょっとやそっとで返せる金額ではない。

 ベルディア撃退の報酬でいくらか引かれているものの、それでも返す金はまだまだ残っている。

 結果、今もクエスト報酬から天引きされており、冬も間近だというのに、未だ2人は馬小屋生活。今朝もカズマはまつ毛を凍らせていた。

 異世界転生ライフの最後が馬小屋で凍死だなんて絶対に嫌だと、カズマは思う。

 

「そ、そもそもあの借金自体おかしいのよ! 不当だわ! アルダーパだかアルダーポだか知らないけど、訴えてやる!」

 

 すると、あくまで自分は悪くないと言いたいのか、アクアは借金を請求したアルダープに矛先を変えた。

 アクアは、あの城が元々アルダープの物だったとは知らず、めぐみんに爆裂魔法を撃ち込ませていた。そう、アルダープへの明確な悪意はなかったのだ。

 となれば、何の理由も聞かずに城の修復代を全額アクア達に支払わせるのは不当と言えるだろう。

 

「そもそも、お前がガキみたいにデュラハンの人へ嫌がらせをしなかったら、借金自体背負わなかったんだけどな?」

「はうっ!?」

 

 といっても、カズマの言う通り何もしなければこうならなかったのだが。

 いよいよ言い訳もできなくなったアクアは、目に涙を浮かべて泣きそうになる。

 

「……つーか、甘やかして欲しいならバージルさんのとこに行けよ。あの人も理由あって借金吹っかけられたけど、既に全額返済してるし、その上であのバカ高い水晶を買ってる。多分まだまだ金は持ってる筈だぞ?」

 

 ここで泣かれるのは面倒だと思ったカズマは、借金の話から話題を変えた。

 恐らく、この街で1番金を持っているであろう冒険者、バージル。甘えた生活を送りたいなら、彼と一緒にいるのがベストだろう。

 実の所、アクアもそう思っていたのだが――。

 

「……でも、お兄ちゃんには1回断られたし……」

「女神として監視うんぬん言ったあの時か? バッカお前、1回断られただけで諦めんなよ! 何度も頼め! 泣きつけ! バージルさんから折れるぐらい縋ってみろよ!」

「……なんか気持ち悪いぐらい応援してくれてるんですけど」

「俺とアクア、二人が幸せになれる方法だからな」

 

 そう断言するカズマを見て、アクアは不思議そうに首を傾げる。

 その幸せのために約1名不幸になるが、必要な犠牲だ。

 と、カズマが独り駄女神オサラバ計画を進めているところに、2人の女性が近寄ってきた。

 

「むっ、もう来ていたか。待たせてしまったな」

「何か良いクエストはありましたか?」

 

 話しかけてきたのは、カズマのパーティーメンバーであるめぐみんとダクネス。

 今日、4人でクエストに行く予定だったため、こうしてギルドに集まってきたのだ。

 

「いや、まだ探してない。全員揃ってから探しても問題なさそうだったからな」

 

 尋ねてきためぐみんに、カズマはそう話してギルド内を見渡す。

 

 

「どうする? クエストに行くか?」

「やめとけ! やめとけ! 冬に出るモンスターは軒並み凶暴だ。中級者でもポックリやられちまう」

「秋頃多めにクエスト受けといてよかったぜー。この時期のクエストは、俺達駆け出しじゃどうにもならないようなのばっかだからなぁ」

 

 ギルド内にある酒場では、のらりくらりと酒や食事を取って寛ぐ冒険者達で溢れていた。

 1人の男が言っていたように、冬に出されるクエストは、ほとんどが難易度の高いもの。

 当然、現れるモンスターも強力なものばかりで、ここアクセルに住む冒険者の間では、冬はバイトでもして大人しくするのが定石とされている。

 アクアも、この時期にクエストに出る冒険者は、日本から転生されたチート持ちぐらいだと言っていた。

 

 しかし、だからといってカズマ達もクエストに出ないわけにはいかない。彼等には借金がある。

 カズマは椅子から立ち上がると、仲間と共にクエストの紙が貼り出されている掲示板のもとへ向かった。

 

 

*********************************

 

 

「カズマカズマ! この『白狼の群れ討伐』はどうだ!? 息を荒げた獣どもが、盾となる私に群がり、本能のままに襲い掛かり……んんっ!」

「却下」

「カズマカズマ! 『一撃熊の討伐』なんてのもありますよ! その強大な爪で歯向かう者を一撃で仕留めるモンスター……ですがっ! 私の爆裂魔法の前では、逆に一撃で灰と化すでしょう!」

「却下だ。お前等、自分の実力をもう一度見直してから選べ」

 

 駆け出しには無茶無謀なクエストをせがんでくる2人をいなし、カズマは掲示板に貼られたクエストを見ていく。

 が、どれも駆け出しには難しいクエストばかり。報酬額には惹かれるものの、命がいくつあっても足りないだろう。

 

「何々……『機動要塞デストロイヤー接近中につき、軌道予測の為の偵察募集』……なぁ、デストロイヤーって何だよ?」

「デストロイヤーはデストロイヤーだ。大きくて速い要塞だ」

「ワシャワシャ動いていて、子供達から妙に人気を得ているヤツです」

「(……なるほど、わからん)」

 

 その中で、いかにもヤバそうな名前のものを見つけ、どういったものなのかを尋ねてみたが、ダクネスとめぐみんの説明を聞いてもイマイチピンと来ない。

 これもやめておこうと、カズマはデストロイヤー偵察クエストから目を離す。

 

 ――とそこで、凶暴そうな名前のモンスターが多い中、やけに浮いている名前を発見した。

 

「『雪精討伐』……雪精ってどんなモンスターだ? 名前からして、そこまで強くなさそうなんだけど……」

 

 それは『雪精』と呼ばれるモンスターを、できるだけ多く討伐するクエスト。

 1匹につき15万エリスと、今まで狩ってきたモンスターに比べたら高額な報酬だ。

 しかし、名前だけを見ると大して強そうには聞こえない。疑問に思ったカズマは仲間に尋ねると、それにめぐみんが答えた。

 

「雪精はとても弱いモンスターですよ。雪深い地に住んでいて、剣で1回斬りつけるだけで簡単に倒せます」

 

 『雪精』――冬近くになると現れる精霊の一種。

 彼らに戦闘能力は一切なく、人間達にも攻撃しない。駆け出し冒険者どころか、子供ですら倒せるモンスター。

 なのに、何故ここまで高い報酬なのか。冬頃にしか出ないレア度もあるが、ちゃんとした理由もある。

 

 彼らは、冬の知らせ。彼らを1匹倒す度に、春の訪れが早くなると言われている。

 その逆もしかり。倒さなければ、冬の季節が長くなる。強力なモンスターが蔓延る寒い時期が長くなるのだ。

 が、それだけならここまで高額な討伐報酬にはならない。理由はもう1つ――。

 

「ですが……」

「雪精の討伐に行くの? ならちょっと準備してくるわねー!」

 

 それをめぐみんが話そうとしたのだが、それに被せるようにアクアが会話に入ってきた。

 彼女はそれだけ言うと、そそくさとこの場から離れていく。

 

「……まぁいいでしょう。じゃ、私も準備してきますね」

「おい、ですがの続きは何だよ? 気になるじゃないか」

 

 そんな既に行く気満々だったアクアを見てか、めぐみんは言いかけていたことを明かさず、アクアと同じようにこの場を去った。

 カズマは呼び止めようとしたが、その声は届かず。

 

「雪精……雪精か……」

 

 そして残ったダクネスは、雪精の名を口にしつつ、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 あの、敵が強ければ強いほど興奮を覚えるドMクルセイダーが、だ。

 その様子を、カズマは怪しげに思いながら見る。

 

「(……しかし、今はとにかく金だ!)」

 

 だが、胸に抱く不安よりも報酬の方が大事だ。

 カズマはダクネスから目を離し、掲示板に貼られていた雪精討伐の紙を剥がした。

 

 

*********************************

 

 

 ――あぁ、どうして自分は、ダクネスや受付嬢の反応を見て、踏みとどまろうとしなかったのか。

 

「何故、このクエストが避けられているのか。カズマに教えてあげるわ」

 

 どうして、雪精が自分でも倒せるぐらいに弱かったのを知った時、美味しすぎると思ってクエストを続行してしまったのか。

 

「カズマも日本にいたなら、天気予報で名前くらいは聞いたことがあるでしょ? 精達の主にして――冬の風物詩」

 

 上手い話には裏がある。その言葉を、自分はどうして忘れてしまっていたのか。

 

 

「そう――『冬将軍』の到来よ!」

 

 忘れてなければ、こうして駆け出し冒険者の自分が、勝てもしない特別指定モンスターと対峙することはなかったのに。

 

「バカだ! この世界も! 人も! モンスターも! 俺も! 皆バカばっかりだぁああああー!」

 

 突如現れた強敵――特別指定モンスター『冬将軍』を見たカズマは、あまりの理不尽さと自分の浅はかさを嘆き、悲痛な叫びを上げた。

 足元にいためぐみんは、既に冬将軍が現れることを予想していたのか、うつ伏せのまま顔を雪に埋め、声を一切発さない。死んだふりをしているのだろう。

 そして、カズマ達の中で冬将軍から1番近い位置にいたダクネスは――。

 

「きっとコイツは、将軍の地位を利用し、捕えた者に罰を与えているのだろう……ハァ……ハァ……!」

 

 案の定、強敵を前にして興奮していた。

 ダクネスは剣を構え、迫り来る冬将軍と退治する。

 数メートル離れていた冬将軍は、青く光る目でダクネスを見据えると、腰元に据えていた白き刀の柄に手をつける。

 武器を構えた冬将軍を見て、怯えた声を出すカズマ。

 

 すると、冬将軍は足元に氷を出現させ――雪の斜面を凄まじい速度で降りてきた。

 当然彼の向かう先は、武器を構えたダクネス。彼女が迫り来る敵の姿を捕えた時――。

 

 

 ――既に、彼女の持つ剣はへし折られていた。

 

「わ、私の剣がっ……!?」

 

 目にも止まらぬ速度もだが、自分の剣をいとも簡単に折られたことに、ダクネスは驚きの声を上げる。

 強敵感溢れる姿。剣を真っ二つに折るほどの得物。目で追うことすらできない速度。

 カズマは恐怖で震えながら確信する。これは、あの墓場での戦闘と同じ――無理ゲーだ。

 

「カズマ! 冬将軍は見た目に反して寛大な御方よ! 誠意を持って謝れば、私達を見逃してくれるわ!」

 

 そんな時、横にいたアクアがそう話すと、手に持っていた1つの瓶を開ける。

 すると、中にいた3匹の雪精――まっ○ろ○ろすけの白くて可愛いバージョンの精霊が、瓶の中から出てきた。

 プカプカと空へ浮かぶ雪精を見上げる冬将軍。その前で、アクアは深く息を吸うと――。

 

 

「――ははぁーっ!」

 

 それはそれは、とても美しく洗練されたDOGEZAを見せた。

 

「ほらカズマ! アンタも早く土下座をするのよ! 早く!」

 

 頭を雪につけたまま、アクアは小声でカズマに土下座を促す。

 きっとコイツは、女神のプライドなどとうの昔に捨ててきたのだろう。

 今まで以上にアクアが女神として見れなくなったカズマは、視線を前に向けて冬将軍の様子を伺う。

 敵は動きを止め、その刀を下ろそうとしていたのだが――。

 

「……仮にも騎士たる私が、敵を前にして頭を下げることはできん。剣は折られたが、私はこのままでも戦い続け――」

「バッカタレ! こんな時に限って騎士らしいとこ見せてんじゃねぇよ!? お前も頭を下げろ!」

 

 その前にいた、頑なに頭を下げようとせず戦おうとしたダクネスを見て、カズマはすかさず駆け寄り、無理やりダクネスの頭を下げた。

 カズマも同時に頭を下げながら、チラリと横にいるめぐみんを見る。

 彼女は未だ、我関せずと死んだふりを続けたまま。後で踏んでやろうとカズマは誓う。

 

「くっ! や、やめろォ! 下げたくもない頭を無理やり下げさせ、顔を地につけるなど……どんなご褒美だ! ……んんっ!」

 

 隣でダクネスが意味不明なことを言っているが、カズマは無視して頭を下げ続ける。

 視界の端から見える冬将軍の足は、未だ止まったまま。ダクネスが無礼を働いたが、自分のアクアにも負けず劣らずのDOGEZAを見て、許してもらえたのだろうか?

 そう思っていた時、後ろからアクアの声が聞こえてきた。

 

「カズマ! 武器武器! 早く手に持った武器を捨てて!」

「へっ? あっ!」

 

 彼女に言われ、自分がまだ武器を手に持っていたことをカズマは思い出した。

 降伏の証として、武器を捨てることは当然のこと。うっかりしていたカズマは慌てて、武器を捨てようとして顔を上げる。

 

 

 ――が、それは間違った選択だった。

 

 

「(……あ……れ……?)」

 

 気付けば、視点は上を向いていた。それに、何故か身体も軽く感じる。

 血の気が急激に引いていくのを感じ、意識も朦朧となる。

 そして――カズマはそのまま意識を失った。

 

 

*********************************

 

 

「……えっ?」

 

 ダクネスは呆けたような声を出し、その目を疑っていた。

 彼女はゆらりと頭を上げ、自分の頭から手を離したカズマを見る。

 近くで倒れていためぐみんも、その目はカズマをしかと見つめていた。

 

 その2人ともが――目の前で起こった出来事を見て、言葉を失っていた。

 

 前にいる冬将軍は、手に持っていた刀を半身鞘に納めており、ゆっくりと奥に入れていく。

 そして、鞘が完全に収まった瞬間――。

 

 

 カズマの首から血が吹き出し、そこを境目に頭が落ちた。

 隣にいたダクネスへ返り血を飛ばしながら、カズマの身体はうつ伏せの形で倒れる。

 その後ろで、カズマの頭は雪の上に落ち、傷口から出る血で白い雪を赤く染めていく。

 彼の目は――既に、生気を帯びていなかった。

 

「か……カズマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 突如訪れた仲間の死。頭を切り離されたカズマを見て、めぐみんは上体を起こすと同時に悲痛な叫びを上げた。

 すぐ隣で見ていたダクネスは、ただただカズマの亡骸を見て呆然とする。

 

 危険なクエストなのは、わかっていた。

 しかし冬将軍は、強く刺激しなければ人を殺さないモンスターだと聞いていた。

 そして、自分の防御力には絶大な自信を持っている。特別指定モンスターが相手でも、自分が盾になればいいと思っていた。

 

 まさか、こんなことになるなんて――思ってもみなかった。

 

「カ……ズマ……?」

 

 ダクネスは弱々しい声を上げ、カズマの名を呼ぶ。

 しかし、カズマから声が返ってくることはない。当然だ。頭と身体を切り離されたのだから。

 少しずつ実感されていく、カズマの死。ダクネスは目から涙が溢れ、悲しみと後悔に打ちひしがれる。

 自分が、抵抗せずに頭を下げていれば――ちゃんとカズマを守れていれば――。

 

 

「あぁもう……しょうがないわね。カズマったら」

 

 そんな時、彼女達の耳へ、場違いな程に気楽そうな声が聞こえてきた。

 2人はカズマから目を離し、そちらに目を向ける。そこには、やれやれとため息を吐くアクアがいた。

 仲間が殺されたというのに、どうしてそんなに落ち着いていられるのか。

 2人が疑問に思っていると、アクアは服についた雪を払いつつ立ち上がり、小走りでカズマの下に駆け寄った。

 

「冬将軍さん、ちょーっと失礼しまーす……」

 

 アクアは上司の前を横切る部下のように、ヘコヘコと頭を下げながら歩み寄る。

 死体となったカズマのもとに来ると、彼女はカズマの頭を持ち、彼の身体にピッタリ合うよう断面をくっつけた。

 そして両目を閉じると、カズマの頭を抑えたまま――。

 

「『リザレクション』!」

 

 アークプリーストにしか扱うことのできない『蘇生魔法(リザレクション)』を唱えた。

 瞬間、カズマの身体は暖かい光に包まれ、首にあった傷が見る見るうちに塞がっていく。

 しばらくして光が収まり、アクアがカズマの頭から手を離すと――彼の頭と身体は、元通り繋がった。

 カズマの身体が元通りになったのを見て、めぐみんとダクネスは驚きながらも、彼女の職業を思い出す。

 彼女はアレでもアークプリーストだ。おまけに初期ステータスも高く、スキルポイントも既にあり余っていたと話していた。ならば、リザレクションが使えても不思議ではない。

 

「ほらっ! 冬将軍が見逃してくれてる間にズラかるわよ! ダクネスはめぐみんを背負って! 早く!」

「あっ……あぁっ!」

 

 リザレクションをかけたといっても、先程の惨劇が頭から離れていなかったダクネスは、アクアに言われるがままにその場から立ち上がる。

 彼女はめぐみんを起こして背負うと、先にカズマを背負って走っていたアクアを追いかけるように駆け出した。

 

「ア、アクア! カズマは……カズマは生き返るのか!?」

「私を誰だと思ってるのよ! カズマの1人や2人を生き返らせることぐらい、お茶の子さいさいチョチョイのチョイよ!」

 

 走りながら、ダクネスの願いとも取れる問いに、アクアは当然だと言わんばかりに答える。

 冬将軍から距離を取ったところでアクアは足を止めると、雪の上に座り込み、カズマを膝枕する形で寝かせる。

 ダクネスもめぐみんをカズマの横に下ろし、遠くにいた冬将軍の様子を伺う。

 

「ほらカズマ! さっさと起きなさい! こんなトコでくたばってたら、魔王なんか倒せないわよ!」

「カズマ! 起きてください! カズマ!」

 

 ダクネスの後ろでアクアとめぐみんが呼びかけ、カズマを起こそうと試みる。

 しかし、カズマは未だ目覚めず。不安に駆られたのか、めぐみんは涙声になる。

 

「……ア、アクア……向こうにいる冬将軍が、今にもこちらへ近づいてきそうなんだが……」

 

 とその時、ダクネスは冬将軍を指さしながらそう話した。

 視線の先では、冬将軍が鞘に収めていた刀の柄を握り、足元に氷を作っている。あの時、斜面を降りて自分に襲いかかってきた時の技だ。

 それを見たアクアは、不思議そうに首を傾げて話す。

 

「おかしいわね……冬将軍は誠意を持って謝ったら許してくれる。私も誠意を持って、捕まえていた雪精5匹の内3匹は放してあげたのに……」

「それですよ! なんで全部放してあげないんですか!? 誠意の欠片もないじゃないですか!? そのバッグ貸してください!」

「嫌ーっ! 残りの2匹は、自分のとお兄ちゃん用に捕まえてあるのー! 逃がそうとしないでー!」

 

 アクアがまだ隠し持っていた雪精が原因だと判明し、少しばかり回復して上半身は動かせるようになっためぐみんが、座ったままアクアのバッグを取ろうとする。

 しかしアクアは駄々をこねて、雪精を放とうとするめぐみんに縋る。めぐみんは鬱陶しく思いながらもバッグを開け、雪精が入った小瓶の蓋を開けようと力を入れる。

 

 そんな中――冬将軍は足元の氷を使い、再びアクア達に接近してきた。

 

「き、きたーっ!?」

「ふんぬっ……! もうっ! なんでこんな固く蓋を閉めてるんですか!」

「くっ……!」

 

 めぐみんが回復しきっていない力で蓋を開けようとしている前で、ダクネスは立ち上がり、折れてしまった剣を構える。

 一度冬将軍と相対した時、その剣筋さえ見えなかった。なのに、この折れた剣で仲間を守れるのか?

 いや――守れる守れないの話じゃない。やらなければならない。ダクネスは剣を握り締め、迫り来る冬将軍を睨む。

 そして、再び冬将軍の刃が彼女に振りかざされ――。

 

 

「『ファイアーボール』!」

 

 その瞬間、冬将軍に炎の球が襲いかかった。

 しかしそれに気付いた冬将軍は、咄嗟に後ろへ下がり、不意打ちを回避する。

 突如放たれた中級魔法。しかし、彼女達は中級魔法を使えない。

 いったい誰がと、ダクネス達は炎が飛んできた後ろを振り返る。

 

 

「……ゆんゆん!? どうして貴方がここにっ!?」

「それはこっちの台詞よめぐみん! どうして冬将軍と戦ってるのよ!?」

 

 声が聞こえた方向にいたのは、めぐみんと同じ紅い目を持ち、彼女と同い年ぐらいに見える、ゆんゆんと呼ばれた女性だった。

 ゆんゆんを見ためぐみんはかなり驚いており、同じくゆんゆんもめぐみんを見て驚いている。

 知り合いなのだろうかと、ダクネスとアクアが2人の様子を見守る。

 

「ま、まぁ色々あって……ってそれより! 今冬将軍に攻撃しませんでしたか!?」

 

 不意打ちであったが、この少女は確かに冬将軍へ攻撃を仕掛けた。

 となれば、次に標的となるのは間違いなくゆんゆんだ。それを心配し、めぐみんは彼女へ話す。

 その気持ちを悟ってか、ゆんゆんは決して慌てる様子を見せず、前方に視線を移しながら答えた。

 

「大丈夫。冬将軍と闘うのは――私じゃないから」

「……えっ?」

 

 ならば、誰が冬将軍と戦うのか?

 疑問に思った3人は、ゆんゆんが見ている前方へ目を向ける。

 その先にあるのは、刀を納めて雪原に佇む冬将軍。

 

 

 ――その前にいた、青いコートを纏う銀髪の男。

 

「「バージル!?」」

「お兄ちゃん!?」

 

 3人もよく知る人物、バージルがそこにいた。

 

 

*********************************

 

 

「……余計なギャラリーもいるが、まぁいい。奴等のお陰で、貴様を探す手間が省けた」

 

 騒がしい後方をチラリとだけ見て、バージルは視線を前に戻す。

 目の間に立つのは、自分と同じく刀を持った特別指定モンスター、冬将軍。

 兜の下から見える青い両目が、バージルの姿を見下ろしている。

 それを見て、バージルは独り不敵な笑みを浮かべた。

 

「久々の特別指定モンスターだ……楽しませてもらおう」

 

 今、蒼き魔人と白き闘将が、その刀を交わらせようとしていた。

 




死生観については突っ込まんといて。蘇生魔法ありの世界だから、わりと軽い感じなんだって思っといて。

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