この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第24話「この友達が少ない紅魔族に伝授を!」

 時刻はそろそろ昼を迎える頃。

 今日は午前中にウィズの魔道具店へ行っていたため、いつもより遅めの開店となったデビルメイクライ。

 まだ開店して間もないため、来客は未だゼロ。

 

 否、既にここへ1人の客が来ていた。

 来ているのだが――。

 

「(……遅い)」

 

 その者は、ずっと店の前に立ったままで、店内に入る様子を見せなかった。

 扉の前に誰かいることを魔力で感じ取り、しばらく待っていたバージルは、動かない来客を前にイラつき始める。

 

 来客は、ウィズの魔道具店にいた時からついてきていた。

 魔道具店にいた時、バージルは誰かの視線と魔力を感じ取っていた。そして店を出てからも、相手はバージルについてきた。

 バレないよう尾行をしているつもりなのだろうが、バージルを尾行できるのは、余程の手練かレベルの高い潜伏を使えるクリス、HENTAIのダクネスぐらいだ。

 常に視線を感じながらも、敢えて気付かないフリをして自宅に戻ったバージル。

 そして、相手が入ってくるのを待っていたのだが……未だ相手はアクションを起こさない。

 

「……チッ」

 

 そして動き始めたのは、来客ではなくバージルだった。

 これ以上待っていても仕方がない。そう思った彼は、舌打ちしながらも立ち上がる。

 念のため刀を持ちつつ、未だ扉の前で立ち止まっている来客へ向かっていった。

 

 

*********************************

 

 その頃一方――デビルメイクライ前。

 

「ノックは2回……あれ? 3回だったっけ? 失礼しますでいいのかな……それともお邪魔します? えぇっと……」

 

 店の前にいた少女は、店内に入るための第一アクションをどうすべきかで、酷く悩んでいた。

 初対面の相手には、第一印象が大切。それだけで以降の関係がほぼ決まると言ってもいい。

 それを最重視していた彼女は、失礼のないように入るにはどうしたらいいかを必死に考えながら、店の前でブツブツと呟く。

 

 

 ――とその時、独りでに扉が開いた。

 

「はひっ!?」

 

 いきなりのことで驚いたのか、彼女は小さく悲鳴を上げる。

 そして、開いた扉へ目を向けると――その先にいた、1人の男とバッチリ目が合った。

 

 彼女が、魔道具店で見つけてから尾行していた――バージルと。

 

「……あっ……えっと……」

 

 店の前で、幾度も店内へ入るシミュレーションを重ねていた彼女だったが、彼が自ら扉を開けたことで、それらが脆くも崩れ去る。

 こういうイレギュラーには弱いのか、予想だにしなかった出来事を前に、彼女は上手く言葉が出ない。彼が威圧的な目を見せているのもあるが。

 彼女が半ば固まっている中、バージルは不機嫌な様子で口を開く。

 

「……用があるならさっさと入れ。無いのならば帰るがいい」

「あっ! いやっ! 入り……ます」

 

 バージルの顔つきと口調もあり、そう言われた彼女はビクッと身体を跳ねさせ、思わずそう答えた。

 彼女の返答を聞いた彼は、特に何も言わず扉を開けたまま離れ、店の奥へ戻っていく。

 

「(あうぅ……絶対怒ってるよぉ……)」

 

 顔や口調を見る限り、彼が怒っていたのは間違いない。

 きっと自分が店の前で立ち往生していたのに気付き、待っていたが我慢できず、向こうから出てきたのだろう。

 第一印象を良くしようと考えていたことが、逆に悪くさせてしまう要因になった。彼女は心の中で落胆する。

 

 しかし、嘆いていても変わらない。それにこのまま立ち止まっていたら、彼は更に怒りそうだ。

 目から溢れそうになっていた涙を腕で拭うと、彼女は店内に入って扉を閉めた。

 

 

*********************************

 

 いつまでも入ってこなかった来客を、半ば無理矢理引き入れたバージルは、刀を机上に置いて再び椅子に座る。

 机を挟んで真正面に立つのは、黒い服にピンク色のスカート、その他ピンクのネクタイに赤いリボンをつけた、黒髪の少女。

 幼さが抜けきっていない顔立ちだが、それに見合わず大きく成長した胸元。多くの男性冒険者が寄って集ってむしゃぶりつきそうである。

 

「で……何の用だ?」

 

 バージルは目の前にいる少女を睨み、どういう用件でここへ来たのかを尋ねた。

 彼の声を聞き、彼女はまた身体をビクリとさせる。ちょっと声をかけただけでも怯える彼女を見て、バージルは少しイラッとする。

 

 が、無理もないだろう。バージルをライオンと例えるならば、彼女はチワワ。

 ライオンと同じ檻に入れられたチワワに怯えるなと言うのは、酷な話である。

 彼女は涙目なチワワの如く怯えながらも、小さな声で言葉を返した。 

 

「え、えっと……私……バージルさんに……用がありまして……」

 

 その中で、まだ彼が名前も明かしていないのにも関わらず、彼女はバージルの名前を口にする。

 が、バージルは特に疑問を抱かなかった。

 

 彼は『蒼白のソードマスター』と呼ばれ、街の有名人になっている。冒険者でない人物でも、この街にいればその噂を耳にしているだろう。

 おまけに、ここデビルメイクライは、顔が意外と広いことで評判のカズマによって宣伝されている。彼が住人に話した際、バージルの名前も添えたのだろう。

 故に、彼が出会ったことのない人物が名前を知っていても、何ら不思議ではないのだ。

 

 そして、彼女は依頼があってここに来たと言いたいのだろうと、バージルは察していた。

 ここに用があって来た、という来客は何人かいたが、その誰もが依頼を携えていた。

 尾行したのも、恐らくデビルメイクライがどこにあるのか彼女は知らず、店主のバージルを追えば、いずれ店に辿り着けると考えたからだろう。

 そう推測したバージルは、彼女が口を閉じたのを見て、自ら話を進める。

 

「……貴様の名前は?」

「えっ? 名前……ですか?」

 

 バージルが名前を尋ねると、何故か彼女は戸惑う様子を見せた。

 まさか名乗らずに依頼を頼むわけではあるまい。そう視線で訴えながら、バージルは黙って彼女の言葉を待つ。

 

「うぅ……恥ずかしいけど……」

 

 彼の視線に耐えかねたのか、彼女はポツリと呟く。

 そして、落ち着くようにスウッと息を吸うと――ビシッと構えを取って名乗った。

 

「わ――我が名はゆんゆん! 上級魔法を会得せしアークウィザードであり、いずれ紅魔族の長となる……者! ……うぅ……」

 

 デジャヴを覚える素っ頓狂な名前を――とても恥ずかしそうに。

 彼女――自己紹介を終えたゆんゆんは、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にさせながらも、チラリとバージルへ目を向ける。

 

 彼女の名乗りを聞いたバージルは――驚きもしなければ引くこともせず、ただただ無言でゆんゆんを見ていた。

 

「(無、無反応なのもキツイッ……!)」

 

 それはまるで、芸人が大勢の客層前で大スベリしたかのよう。

 当然、ガラスのハートだったゆんゆんにはクリティカルヒットし、またも涙目になった。

 できればここから、お外へ走ってきて穴を掘って地面に潜りたい。

 

「(で、でも……笑ってないし……引いてない?)」

 

 だが、それと同時に彼女は淡い期待を抱いていた。

 紅魔族独特な自分の名前。それを里の外にいる人達に明かすと、大概の場合笑われるか、近寄りたくないとアピールするかのように数歩引かれてしまう。

 彼女はまだ、その名前でも許される年齢と外見だが、もしこれが40過ぎの生き遅れで、「我が名はゆんゆん!」などと名乗っていたら、流石にうわキツものである。

 

 しかしバージルは、自身の名を聞いて笑うこともなければ、引くこともしなかった。

 無反応なのは心に痛かったが、彼はもしかしたら、自分の名前を馬鹿にしない、良い人なのではなかろうか?

 そんな期待を抱えながら、ゆんゆんはバージルに尋ねる。

 

「え、えっと……私の名前を聞いて、笑わないんですか……?」

「知り合いに、貴様と同じくおかしな名前をした紅魔族が1人いる。貴様のような自己紹介も既に聞いていた」

「(や、やっぱりおかしな名前だって思われてた!?)」

 

 が、ナチュラルにバージルからおかしな名前だと言われ、ゆんゆんは期待を裏切られたショックを受けて俯く。

 

「(……って、紅魔族の知り合い?)」

 

 と同時に、彼が発した『紅魔族の知り合い』という言葉に反応した。

 彼は、この街に店を構えている街の住人。そんな彼が、自分以外の紅魔族と知り合いになったのなら、もしかして――。

 ゆんゆんは顔を上げると、その予想と期待を込めて、再びバージルに質問する。

 

「あ、あのっ! その知り合いって……めぐみんって名前の子だったりしますか!?」

「……やはり、貴様も知っていたか」

「ッ! は、はい! めぐみんとは同級生で――!」

 

 予想通り、彼の言う知り合いが自分の知るめぐみんだったと聞き、ゆんゆんはパァッと顔を明るくした。

 

 

*********************************

 

 ゆんゆん――紅魔族の長の娘にして、アークウィザードとして冒険者を担う者。

 めぐみんとは紅魔の里にある学校で出会い、お互いを高め合う良きライバルであり友として、彼女と親睦を深めていった(ゆんゆん談)

 因みに、学校ではゆんゆんが成績順で2位、めぐみんが1位だった。それを聞き、バージルは驚きを隠せなかったそうな。

 

 学校で魔法と座学、その他諸々を学び、紆余曲折あってゆんゆんは中級魔法を、めぐみんは爆裂魔法を覚え、学校を卒業。2人は駆け出し冒険者としてアクセルの街にやって来た。

 本音を言えば、めぐみんと一緒に冒険したいゆんゆんだったが、めぐみんは友人でありライバルでもある。冒険者として強くなり、いつかめぐみんを超えて紅魔族の長にならなければいけない。

 そのため、彼女はいつか上級魔法を習得して、めぐみんと決着を付けに戻ってくると言い、旅に出ていた。その旅でゆんゆんは上級魔法を習得。そして街に戻ってきたのだった。

 旅に出ている間、めぐみんのことが心配だったのか、彼女はバージルからめぐみんの現状を色々と聞いてきた。

 

 アクセルの街で冒険者となり、4人パーティーを組んでいること。それを聞いて、何故かゆんゆんは軽く絶望した顔を浮かべた。

 また、産廃魔法と名高い爆裂魔法以外を覚えようとしないこともバージルは話した。それを聞き、ゆんゆんはため息を吐く。

 

「めぐみん……まだ爆裂魔法に拘ってるのね……もう、ちゃんと他の魔法も覚えなきゃダメだよって言ったのに……」

 

 今度会ったらもっと強く言ってやんなきゃと、ゆんゆんはブツブツ呟き始める。

 めぐみんの話題を通して、バージルとコミュニケーションを取れたからか、バージルが何か言うたびにビクつくことは無くなった。

 

「貴様が言っても無駄だと思うがな……で、貴様は何の用があって来た? まさか、めぐみんのことを聞きにきただけではあるまい?」

 

 彼女はもっとめぐみんについて話したそうだったが、これ以上脱線させるべきではない。

 そう考えたバージルは、話を戻してゆんゆんに尋ねる。

 彼の声を聞いて、ゆんゆんはハッとした表情を浮かべると、バージルと目を合わせ――真剣な眼差しを見せる。

 

「た、単刀直入に言います! バージルさん! 私にも剣術を教えてください!」

 

 そして、ゆんゆんは背筋をピッと伸ばし、頭を下げてそう告げた。

 彼女の依頼を聞いたバージルは、少し間を置いてから言葉を返す。

 

「……私にも、だと? 俺は、誰かに授業をつけた覚えは無いが?」

 

 彼女は『私にも』剣術を教えて欲しい、と言った。まるで、バージルが既に誰かへ教えていたと言うかのように。

 しかし、当の本人には覚えがない。強いて思い当たるとすれば、ミツルギとの戦いだが……あの戦いを見て、自分にも同じことをしてくださいなどと言えるだろうか?

 彼女がHENTAIなら話は別だが、少し話をして、ゆんゆんの性格の一部を見たバージルにはそう思えない。

 

 疑問に思いながらバージルは言葉を待っていると、頭を上げたゆんゆんは、不思議そうに首を傾げて尋ね返してきた。

 

「あれ? 1、2週間前に、私がクエストから帰ってる途中……平原で、バージルさんが綺麗な金髪の騎士さんと剣を交えているのを見かけたのですが……あの人に剣術を教えていたのではなかったんですか?」

「……ッ!」

 

 ゆんゆんの口から出てきたのは、彼が予想だにしていなかった目撃証言。

 思い出したくもなかった記憶。忘れようとしても、彼女の顔を見る度に思い出してしまう、一種のトラウマ。

 記念すべき、デビルメイクライ初めての依頼――ダクネスとの稽古(意味深)だった。

 

「……そうか……アレか……すっかり忘れていたな……」

 

 思わぬ形で忌まわしき記憶を掘り起こされ、バージルは顔を歪める。

 ミツルギとの決闘だったならば「教えたつもりはない」とゆんゆんの言葉を否定しただろうが、アレとなれば話は別だ。

 これ以上、あの記憶を思い出したくなかったバージルは、特に彼女の言葉を否定せず、アレを剣術講座だったことにする。

 幸いにも、ゆんゆんの様子を見る限り、アレを真面目な授業だと受け取っているようだ。ここは話を合わせておくのがいいだろう。

 

 バージルが思い出したような素振りを見せていると……前にいたゆんゆんは俯き、どこか寂しそうに思える顔で語りだした。

 

「……私……いつもソロで冒険してて……」

「(……ほう……)」

 

 彼女の言葉を聞き、バージルは少し関心を示す。

 人間より知力と魔力に長けた人種といえど、元は人間。その上、まだ15にも満たなそうな少女だ。

 おまけに、遠距離戦主体のアークウィザード。それなのに、彼女は1人で冒険をしていると言った。

 そう、彼女1人で――バージルと同じように、集団の雑魚や強力なボスへ挑んでいるのだ。

 

 

「遠距離戦ならまだ大丈夫ですけど、近距離戦となると魔法だけじゃ苦戦するし……『ライト・オブ・セイバー』っていう上級魔法で一掃できるとしても、何度も使っていたら魔力切れが怖いし……なので中級魔法を使って、このワンドに魔力を集めて剣にした物を使ってるんですけど……剣術はまだまだで……得意な体術で何とか補っていて……」

 

 彼女は顔を俯かせたまま、手を前に組みつつも手や指をしきりに動かしながら話し続ける。

 

「だから、近距離戦でも負けないように、バージルさんから剣術や体術を教えてもらいたいと思って来たんですけど……ダメ……ですか?」

 

 そしてゆんゆんは、無意識に潤んだ目でバージルを見た。

 そこらの男冒険者なら、コロッと堕ちてしまいそうな目。

 しかしバージルは一切堕ちる様子を見せず、ゆんゆんの目を見つめ返す。

 

「(成程……道理で、見かけによらず魔力が高い)」

 

 見た目は年相応の子供といったところだが、彼女が秘めたる魔力はそこらの冒険者よりも高い。

 彼女が紅魔族だからなのもあるが、先程彼女が自分で言ったように、仲間を取らずソロで冒険している。

 となれば、周りよりレベルが高くなっていても不思議ではない。それに、1人で立ち回るための実力もあるだろう。

 

 それらを加味し、バージルはしばらく考えると――おもむろに椅子から立ち上がり、彼女へ答えを返した。

 

 

「いいだろう。その依頼、受けてやる」

「ッ! ほ、ホントですか!?」

 

 承諾の答えを聞いて、ゆんゆんは驚き半分喜び半分になりなりながらも、彼に聞き返す。

 

「紅魔族の力がどんなものか、少し興味もある。だが、授業料はキッチリ払ってもらうぞ」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

 

 教えはするが、あくまで依頼だということをバージルは念に押す。

 しかし、ゆんゆんにとっては受けてくれるだけでもありがたいことだったようで、元気良く返事をした。

 

 

*********************************

 

 ――場所は代わり、街近くの平原。

 ここら一帯のモンスターはほとんど狩られてしまったのか、街の外とは思えないほど穏やかだった。

 そんな場所を、バージルはいつも通り刀を持って歩く。

 

「(教えて欲しい……とは言ったけど、一体何をするんだろう……?)」

 

 その後ろを、常に装備しているワンド以外は何も持って来ていないゆんゆんは、緊張した面持ちで歩いていた。

 ある程度彼と話せたことで少しは緊張が解れていたが、いざ教えてもらうとなった時、再び緊張してしまったようだ。

 

 やはり、あの金髪の騎士にしていたように、実際に剣を交えるのだろうか?

 その時、自分の剣術、体術はどこまで通用するのだろうか?

 様々な事を考えながら歩いていると……ふと、先を歩いていたバージルが止まった。同じくゆんゆんも足を止める。

 

「……では早速、始めるとするか」

「っ……はいっ!」

 

 バージルはクルリと後ろを振り返り、ゆんゆんと対面しながら彼女にそう告げた。

 開始の言葉を聞いたゆんゆんは、ゴクリと息を呑んで返事をする。

 

 ――が、今回受ける授業内容は、彼女が予想していたものと違っていた。

 

「今から見せるのは、剣術というより魔法だ。しかし、貴様の戦闘スタイルを聞く限り、役には立つ代物だろう」

「えっ? 魔法……ですか?」

 

 開口一番から予想外の言葉を聞き、ゆんゆんは首を傾げた。

 しかしバージルは特に何も言わず、ゆらりと刀を持っていない右手を前に出す。

 

 すると――彼の手に、浅葱色の剣が瞬時に出現した。

 

「わっ!?」

 

 いきなりのことで驚き、ゆんゆんは思わず声を出す。

 バージルはその剣を右手で握ると、彼女に見せてこう告げた。

 

「これと同じ物を作ってみろ」

「同じ物? そもそもコレって……何ですか?」

 

 作ってみろと言われたが、バージルが突然出現させた剣はどういったものか、どうやって出現させたのか、ゆんゆんは全く知らない。

 似たような魔法スキルは知っているが、彼の職業はソードマスター。魔法スキルはほとんど使えない筈だ。

 彼女は、バージルが出現させた浅葱色の剣をまじまじと見つめながら尋ねると、彼は剣を持ったまま答えた。

 

「これは、俺の固有スキル『幻影剣』だ」

「こ、固有スキルですか!?」

 

 『固有スキル』――該当する種族にしか使えないスキルで、それらが生まれながらに持っているもの。

 基本、モンスターが持つスキルのことを指しており、人間が持つ事例は極稀だ。

 約5~7文字の変わった名前を持つ、主に黒髪か茶髪の冒険者が持っていることもある、とゆんゆんは聞いていたが、バージルはどちらの条件にも当てはまらない。

 

「ていうか、それを真似してみろって……」

 

 ゆんゆんは、バージルが固有スキルを持っていたことにも驚いたが、バージルの出した無茶難題にも驚いていた。

 

 固有スキルを真似するなど、どんなスキルでも見れば1.5倍のスキルポイントで取得できる冒険者か、新しい魔法を開発できるほど魔力のコントロールに長けた大魔道士でもない限り、不可能だ。

 自分のような、上級魔法の扱いもまだまだなアークウィザードでは高難度過ぎる。

 自ら教えて欲しいと頼んでおいてと、後ろめたい気持ちを抱えながらも、ゆんゆんは俯きながら呟く。

 

 しかし、バージルもそれは承知の上だったようで、彼はため息混じりに言葉を付け足してきた。

 

「1から10まで全てを真似しろとは言わん。貴様が持つスキルを使い、似たような物を作る真似事でもいい。やってみろ」

「……スキルを使って……」

 

 既存のスキルを使って、固有スキルを真似る。

 あまり聞いたことのないスキルの使い方だが……それなら、できるかもしれない。

 そう考えたゆんゆんは、もう一度バージルが持つ幻影剣に目を向け、観察する。

 

「(見た感じ、これはバージルさんの魔力を表面化させ、固めたもの……他には特に何もしていない……なら――!)」

 

 バージルは、どのように幻影剣を作ったのか。

 自分の知識を活用させ、ゆんゆんは幻影剣の性質を自分なりに解釈する。

 そして、これを再現するにはどのスキルが最適か。

 ゆんゆんは少し考えると――先程のバージルと同じように、おもむろに右手を前に出し――彼の固有スキルに限りなく近い魔法を唱えた。

 

「『シャイニング・ソード』!」

 

 瞬間、ゆんゆんの右手に淡く青い光が現れた。

 

 『シャイニング・ソード』――『ライト・オブ・セイバー』の下位版となる中級魔法。

 魔力で形作り、文字通り光の剣を出現させるもので、彼女が近距離戦にて、自身のワンドの先に光を纏わせ、剣を作り出す時に使うスキルだ。

 下位版なので、ライト・オブ・セイバーのような一撃必殺の威力は期待できない。その代わり、魔力消費量は少なめ。

 バージルが『幻影剣』を作った時、これによく似ていると彼女は思った。となれば――。

 

 いつも発動する時とは違い、ワンドの先に纏わすことはなく、自身の右手に魔力が集まる。

 その魔力は光となって現れ、彼女が浮かべるイメージの通りに形作られていく。

 

 そして――バージルの幻影剣と瓜二つの物を出現させ、ゆんゆんはそれを手に取った。

 

「……で、できた! できましたよ! バージルさん!」

 

 指示通り、幻影剣を模倣した物を作り出せたゆんゆんは、嬉しそうに自分の幻影剣をバージルに見せる。

 バージルが出した課題を、一発でアッサリとクリアしたゆんゆん。

 そんな彼女を、バージルは興味深そうに見つめていた。

 

「(ふむ……これほどとは……)」

 

 ゆんゆんに『幻影剣』を教えたのは、伝授というよりも実験に近かった。

 魔力と知力が高く、魔法に長けていると聞く紅魔族。

 ではどのくらい高いのかと思い、バージルは試しに幻影剣を再現してみろとけしかけた。

 最初から『シャイニング・ソード』のことを知り、再現も可能だとわかっていたが……その再現度には目を見張るものがあった。

 

 形状は勿論のこと、それに宿る魔力の量。バージルが作った物とほぼ同じ。

 つまり、彼女は魔力のコントロールにも長けているのだ。

 紅魔族――侮れない存在だ。『(ダンテ)』を思い出す名前で、少し気に障るが。

 

「これって、どういう風に使うんですか? 私がいつも使う時より魔力は込められていないから、剣として使ったらすぐに壊れると思うんですけど……」

 

 自分の幻影剣を様々な角度から見たり、ブンッと振ったりしながら、ゆんゆんはバージルに尋ねる。

 バージルの幻影剣をお手本にしたので、使った魔力量もほぼ同じだが、剣として作ったにしては量が少ない。

 これで剣を交えるとなると、強度に不安が残る。2、3回当たったところで壊れてしまうだろう。

 彼女が疑問に思う中、バージルは静かに答えた。

 

「誰も剣として使うとは言っていない。これは――こう使う」

 

 端からそのつもりはないとバージルは答えつつ、手に持っていた幻影剣を右方向へ飛ばした。

 放たれた幻影剣は直線上に飛び、数メートル離れた木に突き刺さる。

 その様子を見て、これは飛び道具、投げナイフ的に使うのだろうかと、ゆんゆんは推測しながらバージルに視線を戻す。

 

 

 ――すると、そこにあったバージルの姿が瞬時に消えた。

 

「えぇっ!?」

 

 いきなり予想外のことが起きたのを見て、ゆんゆんはビックリ仰天する。

 一体彼はどこに消えたのか。彼女はキョロキョロと辺りを見渡すと、1本の木に目が止まった。

 先程、バージルが幻影剣を投げて突き刺した木――その下に、バージルは立っていた。

 それにゆんゆんは再度驚きながらも、すかさずバージルのもとへ駆け出す。

 

「――と、このように使う。今度はこれをやってみろ」

「さ、さっきのをですか!?」

 

 ゆんゆんはバージルのもとに駆け寄ると、彼はゆんゆんにそう告げた。

 

 幻影剣のもとへ瞬間移動。そのトリックも何もわからないゆんゆんは、そう言われてまたも驚く。

 だが、バージルは何も言わず木にもたれると、両腕を組んでジッとゆんゆんを見る。つべこべ言わずにやってみろ、ということなのだろう。

 しかし、彼は既存のスキルを使っての再現でも構わない、と言っていた。となればこの技も、スキルを使えば再現可能なのかもしれない。

 そう思ったゆんゆんは、先程の瞬間移動について考え始めた。

 

「(瞬間移動……っていったら、やっぱり『空間転移魔法(テレポート)』? でもテレポートは場所を登録するものだし、『ランダムテレポート』じゃ正確にあそこへ行けるわけないし……)」

 

 『空間転移魔法(テレポート)』――ファンタジー世界に行ったら、一度はやってみたい魔法ランキング上位に食い込むであろうスキル。

 その性能は言わずもがな。ただし、移動先として登録できるのは5つまでであり、一度に移動できる人数は4人までという制限がついている。

 そして『ランダムテレポート』というのは、その下位版。その名の通り、どこに移動するかわからない、スリル満載なテレポートだ。

 だが、そのどちらもバージルの瞬間移動を真似できる性能ではない。なら、テレポートでは再現できないのだろうか?

 

 ――いや、もう1つあった。

 

「(……『感知転移魔法(センステレポート)』なら……?」

 

 『感知転移魔法(センステレポート)』――ランダムテレポートより上位だが、テレポートには及ばないスキル。

 通常のテレポートは場所を基準に移動するが、センステレポートは場所ではなく、魔力を感知して移動するのだ。

 

 例えば、ゆんゆんがめぐみんの魔力を感知した時、このスキルを使えば瞬時にめぐみんのもとへ移動することができる。

 そう話すと、かなり便利なスキルではないかと思うだろうが、これには1つ欠点がある。

 

 それは――ランダムテレポートと同じく、テレポート先がどこなのか一切わからないということ。

 1人の男が仲間の女の魔力を感知し、そこへテレポートしたら入浴の真っ最中で、お縄頂戴になるなんてこともありえるのだ。

 また、レベルが上がればテレポートできる範囲も広がる。街の外に仲間の魔力を感知し、いざテレポートしてみればモンスターと交戦中だった、なんてことも起こりうる。

 そういう面では、場所も固定されているテレポートよりも、リスキーなスキルなのだ。

 おまけに、登録できる魔力も最大3つまでとテレポートより少なく、登録するためには相手の魔力を他者と判別できるように――つまり、相手のことをよく知っておかなければならない。

 

 なので、これを使う時は大概相手が視認できる場所にいる状態――ちょっと離れた場所から友達が呼んでるけど、歩いていくのが面倒だからテレポートする、なんて時にしか使われない。

 ゆんゆんも、これはそういうものだと学校で教わった時から思っていたのだが――。

 

「(もしも、自分の魔力も転移先にできるのなら――!)」

 

 もしかしたら、使えるかもしれない。

 そう考えたゆんゆんは、手に持っていた幻影剣を地面に置くと、懐から自身の冒険者カードを取り出す。

 まだテレポート系列のスキルを覚えていなかったゆんゆんは、習得可能スキル一覧から『センステレポート』を見つけ出す。

 そして自身のポイントも余っていることを確認すると、彼女は『センステレポート』の欄を指でなぞり、そのスキルを習得した。

 次に、自分の魔力を転移先に登録する。自身については、誰よりも自分が知っている。故に、問題なく登録できた。

 

「それから……えいっ!」

 

 新たなスキルを覚えたゆんゆんは冒険者カードをしまうと、置いていた幻影剣を両手で持ち、草原の上に軽く突き刺した。

 試行錯誤する様をバージルがジッと見つめる中、ゆんゆんはその場から数メートル離れる。

 そして、自分が突き刺した幻影剣――それが放つ自分の魔力を感じながら、覚えたてホヤホヤの魔法を唱えた。

 

「『感知転移魔法(センステレポート)』!」

 

 瞬間――ゆんゆんの姿がパッと消えた。

 そして間もなくして――幻影剣の前に、ゆんゆんが移動した。

 『シャイニング・ソード』と『感知転移魔法(センステレポート)』による『幻影剣』と『エアトリック』の再現である。

 

「で……できた……! できました!」

「……ほう」

 

 本当に再現できた驚きと喜びを胸に抱え、ゆんゆんはバージルへ嬉しそうに声を掛ける。

 もう少しかかるものかと思っていたバージルは、思ったよりも早く習得したことに少し驚いていた。

 

「凄いですよ! これなら、瞬時に相手へ近づいたり、その場から退避することもできます!」

 

 スキルを組み合わせたこの技がお眼鏡に適ったのか、ゆんゆんは少しテンションを高くしながらも感想を話す。

 彼女の言う通り、これを使えば遠距離主体の敵に一瞬で近付くこともでき、逆に多くの敵から囲まれた時、これを使って距離を離すこともできる。

 まさに、近距離戦には打って付けの技だ。

 

 だが――彼女が体現できたものは、あくまで氷山の一角でしかない。

 

「……始める前言ったように、これはあくまで、貴様の戦いに役立てそうな技でしかない。使い方は貴様次第だ」

 

 バージルはそう話すと木から背を離し、スタスタと草原を歩き始める。

 ゆんゆんは突き刺していた幻影剣を、自分の意思でガラスのように砕け散らせると、すかさずバージルの後を追った。

 

 少し歩いたところで、バージルはピタリと足を止める。ゆんゆんも足を止め、前方を見る。

 その先には――のどかな草原を歩くコカトリスが1匹。大きさは、ゆんゆんより少し大きいぐらいだろうか。

 それを見つけたバージルは、1本の幻影剣を空中に出現させると――。

 

「貴様次第だが――手本くらいは見せてやる」

 

 手に持って投げることはせず、宙に浮いていた幻影剣が自動的にコカトリスへ向かっていった。

 

「コカッ――!?」

 

 放たれた幻影剣はコカトリスの胴体に突き刺さり、コカトリスは小さく悲鳴を上げる。

 しかし、そんな悲鳴など知らんとばかりに、バージルは瞬時にコカトリスの前へ移動すると――。

 

「フッ!」

 

 左手に持っていた刀を鞘にしまったまま、コカトリスに二撃を与えた。その流れでバージルは右手で柄を持ち、刀を引き抜く。

 そしてコカトリスを上に斬り上げると――同時に、8本もの幻影剣を出現させた。

 

「なっ――!?」

 

 まさか同時に8本も出すとは思っていなかったのか、ゆんゆんは目を見開いて驚く。

 8本の幻影剣はバージルの左右に浮いたまま、剣先をコカトリスに向けている。

 

「コケッ!?」

 

 その直後、それら全てがコカトリスの身体に突き刺さった。

 全ての幻影剣が刺さったのを見たバージルはすかさず瞬間移動し、空中に舞っていたコカトリスの前に出る。

 

「ハッ! フンッ!」

 

 空中でバージルは目にも止まらぬ速度で刀を振るい、敵の身体を切り刻む。

 バージルが最後に刀を左から右へ強く振り抜くと、コカトリスは前方へ吹っ飛んでいった。

 

 あれだけの連撃。もはやコカトリスの息は絶えていた――が、まだ終わらせない。

 バージルはコカトリスを斬り飛ばしたと同時に、幻影剣を1本飛ばし、コカトリスの身体に刺していた。

 そしてバージルは、コカトリスの身体がまだ宙に浮いている間に瞬間移動し、再度空中で刀を振るう。

 

「ハァッ!」

 

 刀で二度斬りつけた後、空中で回転しながら斬り刻み、最後は斜め下方向へ叩き落とす。

 連撃を受けたコカトリスの身体はそのまま飛んでいき、ようやく地面に――。

 

Kneel before me(平伏せ)!」

 

 つくその直前、最後のひと押しとばかりにバージルは『次元斬』を放った。

 斬り刻まれたコカトリスの身体は無残にもバラバラにされ、ボトボトと音を立てて地面に落ちる。むしろよくここまで身体が耐えたと思うほどだ。

 誰が見てもやり過ぎでは、と思える攻撃を終えたバージルは、華麗に地面へ着地すると、小さな雷が走る刀を鞘に納めた。

 

 

*********************************

 

「……ッ」

 

 先程の一連の流れを見ていたゆんゆんは、言葉を失っていた。

 バージルが、手本と言いながら手本にはできないほどの華麗な動きを見せたことに、彼女は驚きを隠せずにいた。

 

 ――と同時に、ゆんゆんは感動で身体を震わせていた。

 彼の剣技に見惚れた者は数多くいる。彼女も、その内の1人となったのだ。

 それだけではない。彼の、敵に反撃の隙をも与えない剣撃と華麗なる身のこなし。

 それは――彼女が近接戦闘をする上で思い描いていた理想像に、限りなく近かった。

 

「(す……凄い……っ!)」

 

 いても立ってもいられず、ゆんゆんは走り出す。

 自分のもとへ駆け寄ってきたのを見たバージルは、ゆんゆんに顔を向ける。

 そして、ゆんゆんはバージルの前で足を止めると、少し息を荒げながらも顔を上げ――。

 

 

「凄い! 凄いですよ! 先生っ!」

「……先生?」

 

 尊敬の意を込めて、ゆんゆんはキラキラと目を輝かせながら、バージルを先生と呼んだ。

 

 

*********************************

 

 ――翌日、昼下がりのデビルメイクライ。

 興味の惹かれるクエストがギルドに貼り出されていればクエストに、無ければ自宅で本を読み、依頼人が来るのを待つ。それがバージルの送る、いつもの生活だ。

 しかし、今日はそれを許さない者が現れた。

 彼の生活を邪魔する者など、思い当たるとすればカズマやアクア達しかいないのだが……今彼の前にいるのは、問題児たる彼女達ではない。

 

「……」

「先生! お願いします! また私に授業をつけてください!」

 

 剣術を教えて欲しいと言ってここに現れた紅魔族の少女、ゆんゆんだった。

 昨日と同じく、彼女はバージルを先生と呼び、頭を下げてバージルに頼み込む。

 

 剣術を教えたのは、紅魔族がどの程度の力を持つか測りたかったからだ。

 故に、彼女へ授業をつけるのは1回こっきりだと彼は考えていたのだが、まさかこうして再び頼んでくるとは思っていなかった。

 あの時、彼女へ手本を見せるべきではなかったかもしれないと、バージルは少し後悔する。

 

 かれこれ30分は無視しているのだが、彼女は一向に引き下がる気配を見せない。

 いっそ無理矢理にでも追い出してやるべきかと、バージルは考える。

 

 ――が、次にゆんゆんの発した言葉を聞いて、バージルは態度を一変させることとなる。

 

 

「私、先生みたいに強くなりたい! 力が欲しいんです!」

「――ッ」

 

 かつての(悪魔として生きていた)自分が、強く口にしていた言葉を聞いて。

 




エリス様は勿論のこと、ゆんゆんもバージルと絡ませてみたかったんです。
めぐみんとゆんゆんって、なんとなくダンテとバージルに似てるよなーと思って。
今回出た2つのオリジナルスキルですが、名前がノンスタイリッシュなので以降は「エアトリック」「幻影剣」と表記します。

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