――バージルとカズマ達が1戦交えてから、翌日。
アクセルの街にあるウィズ魔道具店に、珍しく3人の客が入っていた。
「ありがとうございます、バージルさん……私のこと守ってくださって……」
「勘違いするな。貴様の魔道具店にどのような品物があるか、まだ見れていなかったから、仕方なく貴様を消そうとした奴を止めたまでだ」
1人は、昨日魔道具店に立ち寄ろうとしていたが入れなかったため、日を改めて再び来店してくれたバージル。
カウンターに立つウィズは、昨日助けてくれた礼を告げ、バージルは棚にある商品を物色しながら言葉を返す。
「言っとくけど、私はまだ許したわけじゃないからね? お兄ちゃんがやめろって言うから仕方なく、ほんとーに仕方なく見逃してやってるだけだからね? ちょっとでも変な企みをしてみなさい? 即座にアンタを浄化してみゅっ!?」
「お前はいい加減にしろ駄女神。浄化しようとしたら、この剣の底で執拗に後頭部を殴り続けるからな?」
「ちょっと!? まだ昨日の後遺症が残ってるんだから、後頭部はやめて欲しいんですけど!?」
残る2人は、店内に用意された椅子に座り、頭を殴られて涙を見せるアクアと、商品を見ながらもアクアの頭を殴ったカズマだ。
バージルの不運と、バージルにアクアを擦りつけたいと願うカズマの幸運もあるだろうが、こうして何度も出会っていると、何か因縁めいたものまであるのではと疑ってしまう。
因みにウィズは、カズマとアクアに自身が魔王軍幹部の1人であることを、既に明かしていた。
同じアンデッド族として、街に襲来してきたベルディアのことをカズマが彼女に話した時、ウィズはうっかり「ベルディアさん」と言ってしまい、言い逃れすることができなかったのだ。
その際、アクアがすかさずウィズを浄化しようとしたが、カズマによって抑えられた。
こういう喧嘩っ早いところは、バージルと似ているのかもしれない。
一応ウィズは、自分は結界を維持するだけのなんちゃって幹部だということを話した。
また、アクアが強大かつ聖なる力を持っている故に、残る幹部が3人ほどになれば、アクアの力でも結界を破ることはできることも。
それを聞いたアクアは、バージルが見ていることもあり、この場での退治は無しにしてくれたのだった。
また、ウィズが行っていた共同墓地の浄化は、アクアが受け持つこととなった。
ゾンビメーカーは既に成仏していたとギルドには報告したものの、ウィズが再び共同墓地へ赴けば、ギルドがまたもや勘違いし、ゾンビメーカー討伐クエストを貼り出すかもしれない。
その度に、カズマ達が同じようなことを繰り返せば、ギルドからゾンビメーカーに加担しているのではと、疑われてしまう可能性もある。
ウィズとしては、墓場に眠る魂が無事に天へ還ってくれれば、そこへ行く理由はないとのこと。
なので、カズマはウィズの代わりにアクアが浄化することを提案したのだ。
嫌だ嫌だと駄々をこねるだろうとカズマは予想したが、アクア「魂の浄化は女神の仕事だから」と、本当に珍しく責任を重んじる発言をし、嫌がることなくその仕事を引き受けた。
駄女神っぷりが板についてきた彼女だが、やはり腐っても女神なのだろう。
その直後に「睡眠時間が減る」と文句を呟いたので、カズマに小突かれたが。
「ウィズ、これは何に使うんだ?」
アクアがやいのやいのと騒いでいるのを無視したカズマは、棚に飾ってあった商品を指差しながら尋ねる。
「それは、衝撃を与えると爆発するポーションですね」
「うおっ、怖っ……これは?」
「水に触れると爆発する釣り餌です」
「……これは?」
「手で触れると爆発する置物ですよ」
「……ここって爆発物専門店なのか?」
「ち、違いますよ!? そこが爆発コーナーなだけであって、ちゃんとした物は売っていますから!」
しかし、そのどれもが爆発する物ばかり。どこぞの爆裂狂が喜ぶか、こんなのは生温いと辛口レビューをしそうである。
役に立つ物もちゃんと売っていると主張するウィズの言葉を聞き、カズマとバージルは他の商品についても尋ねていった。
が……どれも使えそうにないポンコツばかり。余程の物好きでない限り買わないような珍品揃いだ。
バージルがウィズと初めて会った時、彼女は「今月も赤字だった」とボヤいていたが、これならば赤字経営も納得だろう。
気になる物は無さそうだと、内心諦めながらもバージルは商品を見続ける。
――と、彼は1つの商品を前にして足を止めた。
前の棚に置かれてあるのは、綺麗な色彩を放つ手のひらサイズの水晶が1つと、横に合わせて置かれている、同じ色彩の小さな水晶が5つ。
その色は――クリスが使っていた『ワープ結晶』と同じものだった。
「……これは何だ?」
気になったバージルは、商品に視線を向けたままウィズへ説明を求める。
すると彼女は、オススメ商品の1つだったのか、ちょっと嬉しそうにバージルが見つけた商品の説明を始めた。
「それはですね! ワープ結晶を元に開発された、大ヒット間違いなしの商品! テレポート水晶です! 付属している小さな水晶を任意の場所で砕くと、大きな水晶へその場所が登録され、いつでもどこでも大きな水晶を使うことで、登録した場所にテレポートできるんです! つまり! 魔法使い職以外の方でもテレポートを使うことができる、超便利アイテムなんですよ!」
「……ほう」
「おっ! 今度はまともそうな商品! どれどれ……」
嬉々として『テレポート水晶』について解説したウィズ。
聞き耳を立てていたカズマは、興味を惹かれてバージルのもとに近寄り、横からテレポート水晶を見た。
アクアも気になったのか、席を立つと同じくバージルの横に立って商品を覗き込む。
「「って高っ!?」」
しかし、そこに貼られている値札にゼロがいくつも書かれているのを見て、カズマとアクアは目を丸くした。
素材となっているワープ結晶だけでも高いのに、それを改良したものとなれば……当然、上級冒険者さえも迂闊に手が出せない額となる。
おまけに、ここは駆け出し冒険者の集まる街。つまり、そんなに金を持っていない者がほとんどだ。
彼女は何の根拠があって、こんな高額商品がアクセルの街で売れると考えたのか。
この街でテレポート水晶が絶対に売れないことは、カズマどころかアクアさえも確信していた。
この商品は誰にも買ってもらえないまま、ずっとこの店に残り、埃を被って棚に飾られ続けるのだろう。
――が、その未来予想図は、すぐさま覆されることとなる。
「これを1つくれ」
「「「えぇっ!?」」」
バージルが購入する意思を見せたことに、カズマとアクアどころか、店主であるウィズまでも驚いた。
確かに高額だ。しかし、アルダープの一件で多く失ったものの、まだ大金といえる額を持っていたバージルには、払えない代物ではなかった。
「えっ!? えっ!? いいいいいいんですか!?」
「あぁ、しかし今は手持ちがない。日を改めてから、また金を持ってくる」
「いえいえいえいえいえいえ! 全然大丈夫です! 後払いでも全然問題ありません! ありがとうございます! ありがとうございます!」
余程この商品を買ってくれるお客さんがいなかったのだろう。否、この店で買ってくれる人が稀だからか。
バージルが本当に買うつもりだと知ったウィズは、涙を流しながら深く頭を下げた。
「すっげー……大人買いだ……セレブの買い物だ……ていうかバージルさん、まだそんな大金持ってたのか……」
「リッチーが営む店の商品を買うなんておかしいわ! やっぱりお兄ちゃんに何かしたわねクソリッチー! 今こそアンタをぶちのめして――!」
「そしてお前はいい加減にしろ迷惑クレーマー」
「あぐっ!? また! また後頭部殴った! やめてって言ったのに!」
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「ひっぐ……なんで執拗に後頭部を攻めるのよぉ……」
「嫌だったらもう騒ぎ立てんな。それよりもウィズ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
「はい? なんでしょう?」
アクアの暴走をアッサリ止めたカズマは、ウィズと向き合って彼女に話しかける。
魔道具店にどんな物があるか気になって見に来たのもあるが、彼がここへ来た目的は、それではない。
カウンター越しに立つウィズが首を傾げて尋ねると、カズマは彼女に用件を話した。
「リッチーの味方キャラなんて、そうそういないだろうし……折角だから、リッチーのスキルを教えてもらおうと思ってさ」
「私の……ですか?」
「はぁっ!?」
冒険者――冒険者がなれる職業の中では最弱職と謳われるものだが、他の職業にはない特徴がある。
それは、職業に縛られず全てのスキルを覚えられること――モンスターが持つ固有スキルも含めて、だ。
これこそ、他の職業にはない、最弱職冒険者の特権。
スキルを覚えるためには、そのスキルが発動されるのを実際に見た上で、元々より1.5倍高いスキルポイントを払わなければならないが。
「ちょっと!? リッチーのスキルを覚えるなんて何考えてるのよ!? まさかカズマも操られて……!」
「なんでもかんでもウィズのせいにすんな。で、どう? 俺でも覚えられそうなスキルってある?」
またも被害妄想を膨らませるアクアだが、カズマは軽く流し、引き続きウィズへ尋ねる。
聞かれたウィズは、駆け出し冒険者でも覚えられそうなスキルはあるだろうかと考え……思いついた1つのスキルを口にした。
「えぇっと……じゃあ『ドレインタッチ』なんてどうでしょうか? 相手の肌に手を触れて、魔力を奪って自分の魔力にしたり、誰かに渡すことができるスキルです」
『ドレインタッチ』――リッチーの固有スキルの1つ。
これを唱えて相手の身体に触れると、その者から魔力を奪うことができ、自分のものとすることができるという、攻撃兼魔力回復技だ。
また、自身の魔力を触れた相手に渡すこともでき、両手を使えば、1人の者からまた別の者へ魔力を受け渡すバイパスとなれる。
因みに、魔力を奪う際は皮膚の薄い箇所だと効率的に奪うことができるそうだ。
「おぉ! 結構使えそうなスキル! じゃあ……ちょっと実際に見せてもらえませんか? じゃないと覚えられないので……」
無駄にスキルポイントの高い宴会芸とは違って、かなり有能性がありそうだと感じたカズマは、早速ドレインタッチを覚えることを決めた。
しかし、覚えるためには実際に使用している場面を見なければならない。カズマは彼女へ技を使うよう促す。
「わかりました。じゃあ……バージルさん、ちょっと協力してもらってもよろしいですか?」
「ムッ……」
するとウィズは、ドレインタッチを使うための協力者として、扉近くの壁にもたれていたバージルへ声をかけた。
購入済みの水晶が入った袋を手に、ジッと窓の外を眺めていたバージルは、外から目を逸らして壁から背を離す。
「では、少しお手を拝借させてもらいますね」
「あぁ」
よそ見をしてはいたものの、話だけは聞いていたのか、バージルは特に何も言わずウィズに片手を出す。
カズマはドレインタッチを覚えるためにジッと見つめ、その横でアクアが不機嫌そうに見ている中、ウィズは『ドレインタッチ』を使った。
瞬間、ウィズの手と彼女が触れている部分が青く光り出す。
「(……ッ! 膨大な魔力を抱える方だと思っていましたが、これほどとは……)」
その最中、ウィズはバージルが秘めたる魔力に、内心かなり驚いていた。
彼女がドレインタッチをする時は必ず、相手に支障が出ないように、相手の魔力がどれだけあるのかを計ってから、吸い取っている。
井戸に溜まった水を、桶ですくい取るように――だが、今吸い取っているバージルの魔力は、井戸なんて代物ではない。
すくってもすくっても終わりが見えない――どこまで続いているのかわからない、地平線まで広がる海。
それほどまでに、バージルの持つ魔力は膨大だった。
当然、自分とは比にならない。それどころか、もしかしたら――。
「……えっと、こんな感じで大丈夫でしょうか?」
いくら奪っても問題ないように思えるが、ひとまず少しだけドレインタッチで奪ったウィズは、バージルから手を離してカズマに尋ねる。
「ちょっと待って……おっ、ドレインタッチの名前がある。サンキューウィズ」
習得可能スキルに『ドレインタッチ』が追加されているのを確認したカズマは、早速覚えようと冒険者カードを操作し始める。
その横で、先程のやり取りを見ていたアクアは、ウィズを睨みながらブツブツと呟いていた。
「アンタ、お兄ちゃんの魔力を奪うついでに、操りの魔術とかコッソリかけてないでしょうね? もしそんなことしてたら、この店が経営も困難になるぐらいの噂を広めて――」
「『ドレインタッチ』」
「やぁああああああああはぁああああああああっ!?」
そんなアクアの首筋にカズマが手で触れると、すかさず覚えたてホヤホヤの『ドレインタッチ』を放った。
全く警戒していなかったアクアは突然魔力を吸われ、甲高い悲鳴を上げて仰天する。
「ほうほう、こうやって使うのか。なんかちょっと元気出た気がする」
「アンタ悪魔なの!? 何の告知もなくいきなり魔力を吸うなんてカズマは悪魔なの!?」
前触れもなしに魔力を奪われたアクアは、驚きのあまりに半泣きになり、涙目でカズマに突っかかった。
いつものことなのだが、ウィズは困ったようにアワアワと2人の様子を見る。
その中でバージルは、ウィズと対照的に冷静な様子でカズマに目を向けていた。
「(盗賊スキルに初級魔法、ドレインタッチか……)」
カズマが更に別系統のスキルを覚えたのを見て、レベルが上がったら手練の冒険者でも手こずる男になりそうだなと、バージルは独り思った。
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「じゃ、また世話になることもあるかもしれないし、その時はよろしくな」
「はい。もしよかったら商品も見ていってくださいね」
「また後日、料金を払いに行く」
「あっ、はい! 今回は商品を買っていただき、ありがとうございました!」
今回の目的を果たしたカズマは、未だウィズへ突っかかろうとするアクアを無理矢理連れて、魔道具店から出た。
一方良い買い物をしたバージルは、手にテレポート水晶と付属品の入った袋を持って、同じくウィズの魔道具店から出る。
頭を下げているウィズを背に、バージルは住宅街を歩いて行った。
特に他の用事もなかった彼は、真っ直ぐ自分の家に向かって歩く。
時刻はまだ昼前。街中では多くの住民が行き交い、バージルのことを知っていた者が彼の姿をまじまじと見つめているが、彼は気にせず前に進む。
――が、バージルはふと足を止めると、クルリと後ろを振り返った。
もう既に魔道具店は見えなくなっており、窓を開けて気持ちよさそうに伸びをする者、玄関の掃除をする者、偶然知り合いと会って道端で会話を始める者と、特に変わった様子はない。
そんな街の風景をバージルはしばし見つめていたが、ゆっくり前へ向き直ると、再び家に向かって歩いていった。
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道中、クリスやダストなどの知り合いに会うこともなく、バージルは自宅に辿り着く。
扉に掛けてあった札を裏返して便利屋を開店させ、鍵を開けて中に入る。
店内も彼が出てから一切変わっていないことを確認しながら、バージルは手に入れたテレポート水晶の入った袋と刀を机に置き、静かに椅子へ腰を置いた。
いつも彼は、本を読んで暇を潰しながら来客を待っている。
しかし今回、彼は書斎に本を取りに行くこともせず、両腕を組んでジッと扉を見つめていた。
まるで――扉の向こうにいる誰かを待つように。
「尾行成功……したよね? それに、これってもう入ってもいいのかな……? ノックした方がいいよね……あぁでもなんて言って入ったらいいんだろう……」
その頃一方、デビルメイクライの扉の前にて。
店に来たはいいものの、どういう風に入ればいいのかで戸惑う、黒い服にピンク色のスカートとネクタイを身につけ、黒い髪を赤いリボンで結んだ、紅い目を持つ少女がいた。
だいぶ早回しであの娘を登場させました。