――駆け出し冒険者の集う街、アクセル。
その中に、ひときわ異彩を放つ冒険者パーティーがいた。
1人は、聖なる水を自在に操る(とても信じられないが)水の女神であり、強力な呪いを解く力を持ちながら多彩な芸で魅了する、アークプリースト。
1人は、知力と魔力に長けた紅魔族であり、数多の敵を一瞬で屠る爆裂魔法を操る、アクセルの街随一の(頭のおかしい)アークウィザード。
1人は、麗しき美貌を持つ女性でありながら、どんな敵にも一切背を向けず立ち向かえる屈強な肉体と勇気を持ち、敵を前にして(変態的な)笑みを見せるクルセイダー。
1人は、高ステータスでもなければ強力なスキル持ちでないにも関わらず、数少ないスキルを活用して格上の相手と戦える程に知略と策略(あと鬼畜プレイ)に長け、最弱職でありながらリーダーを務める冒険者。
彼等は、アクセルの街に魔王軍幹部が襲来した際も前線に立ち、幹部撃退に大きく貢献した。
アクセルの街、期待の冒険者。巷では魔王を倒す勇者となりうる存在、勇者候補と噂されている。
そんな彼等は今、とある共同墓地にて――。
「――
同じく、勇者候補と噂される冒険者――
「お兄ちゃんを操って盾に……なんて卑怯卑劣なリッチー! 待っててお兄ちゃん! 今私の汚れなき聖なる光で、お兄ちゃんの呪縛を解いてあげるから! ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね!」
「お前は筋金入りの馬鹿か!? 勝ち目ゼロの勝負に挑むとかホント馬鹿なのか!?」
「アンタこそ馬鹿なの? 私を誰だと思ってるのよ。水の女神アクア様よ? お兄ちゃんを動けなくしてから呪いを解くことぐらい、わけないわ!」
「やっぱり馬鹿じゃねぇか! なんでまだ自分がバージルさんより上だと思えるんだよ!?」
カズマは必死に呼び止めるが、アクアは一切聞こうとせず、バージルに自身が持つ杖を向ける。
「セイクリッド……ブレイクスペルゥウウウウウウウウッ!」
そして杖の先に力を溜めると、まるで漫画でよく見るビーム系の攻撃っぽく、アクアは叫びながらバージル目掛けて『セイクリッド・ブレイクスペル』を放った。
『セイクリッド・ブレイクスペル』――対象にかけられた魔法や呪いを解除する『ブレイクスペル』の強化版。
直線的にバージルへ飛んでいく、セイクリッド・ブレイクスペルの波動。それをジッと見つめていたバージルは――。
「フンッ」
くだらん小技だ、と馬鹿にするかのように鼻を鳴らし、向かってきた波動を片手で――そう、片手で受け止めた。
アッサリ止められて驚いたが、アクアは杖に力をこめて放ち続ける。対して、バージルは表情を一切変えず受け止め続ける。
「(あっ、これ駄目なヤツだ)」
その構図が、バトル漫画でよく見る「必殺技を放ったけど全然効かなかったパターン」であるに気付き、カズマはそう確信した。
「(……成程、力だけは存外侮れん)」
その一方で、バージルは手から伝わるアクアの力を、ひしひしと感じていた。
女神を自称する……否、本物の女神なだけあって、その力は大きい。単純な力勝負でベルディアと比較すれば、アクアに軍杯が上がるだろう。
それでも、バージルからすれば手がピリピリする程度のものだったが。
「あうぅ……よ、余波で身体が消えそうに……」
その後ろで観戦していたウィズは、身体を半透明にさせながら弱々しい声を上げていた。
リッチーはアンデッド族。となれば、アクアの放ったセイクリッド・ブレイクスペルに宿る女神の力はまさに天敵。その余波を受け、成仏しかけているようだ。
それを見兼ねたバージルは、受け止めていた手に力を入れ、セイクリッド・ブレイクスペルを砕くように握り締め――。
「脆い」
「なっ!?」
文字通り、セイクリッド・ブレイクスペルを砕け散らせた。
その余波でウィズの身体が更に透けたが、成仏していないので問題無し。
「私のセイクリッド・ブレイクスペルを消し去るなんて、流石お兄ちゃんね! ならこれはどう!? 『セイクリッド・クリエイトウォーター』!」
セイクリッド・ブレイクスペルが破られたのを見たアクアは、杖をバージルに向けたまま、『クリエイトウォーター』の上位版『セイクリッド・クリエイトウォーター』を連発した。
バージル目掛けて勢いよく飛び出す聖なる水。たかが水といって侮ることなかれ。
繰り出されるのは、アクアの聖なる力が宿っている上に、水圧カッターの如く高圧縮されたもの。高スピードで飛ぶその様は、まさに水の銃弾。
「たかが玩具の水鉄砲で、当てられるとでも?」
だがバージルは、迫り来るそれらを澄ました顔で難なく避けた。
最小限の動きで避けられた水の銃弾は、バージルの横を通り過ぎて後方へ。
「あぁっ!? 浄化待機中だった方々が!?」
そして、ボーッと突っ立っていたアンデッド達に漏れなくぶっかけられていた。
聖なる力が宿る水に当たったアンデッド達は、ヘヴン状態とばかりに気持ちよさそうな顔で天へと昇る。
中にはそれを見て、自ら水へ突っ込む成仏志願者もいたそうな。
「くっ! 遠距離がダメなら近距離戦よ! 『ゴッドブロー』!」
尽く水の銃弾を避けられ、遠距離戦では勝てないと珍しく考えたのか、アクアはバージルに向かって走り出し、手に力を込めて『ゴッドブロー』を繰り出した。
アクアが放つのは、当たれば大ダメージを期待できる優秀な技。しかし、ゴッドレクイエムといい先程の水といい――どれも直線的過ぎる。
同じく直線的な攻撃の、アクアのゴッドブローが当たる筈もなかった。
「
「あうっ!?」
バージルはヒラリとかわすと同時に、アクアの後頭部に手を置き、アクアの進行方向へ押した。
後ろから力を加えられ勢い余ったアクアは、顔から地面に突っ込み、小さく悲鳴を上げて倒れる。
痛そうに鼻をさすりながらも、アクアは身体を起こして前を見た。
「えっと……大丈夫ですか?」
視線の先には、心配そうに見つめる(アクア曰く)邪悪の根源、リッチーのウィズが。
彼女の身体はほとんど消えかかっており、アクアが少しでも手を加えれば即お陀仏だろう。
――勝機。
「アンタを消せばお兄ちゃんの呪縛も解かれるわ! 覚悟しなさいクソリッチー!」
「ひぇええええええええっ!?」
ここぞとばかりにアクアはガバッと起き上がると、前にいたウィズへ襲いかかった。
思わぬ襲撃に泣き出すウィズだが、そんな彼女に同情する筈もなくアクアは拳を握り締め――。
「寝てろ」
「ぎゃんっ!?」
ゴッドブローを繰り出すその前に、バージルがアクアの後頭部へ手刀を落とした。
余程痛かったのか、それを受けたアクアは再びうつ伏せで倒れ――そのまま気を失った。
アクアを物理的に黙らせたバージルは、視線をアクアから離し、残っているメンバーに移す。
「フッ……流石はバージル。アクアをこうも容易く打ち倒すとは……しかし、我が爆裂魔法は更に上を行く。この力、今こそ思い知らせてやりましょう!」
アクアを倒したバージルを見て、その場に立っていためぐみんが不敵に笑った。
バージルは身体をめぐみんに向けると、彼女の様子をジッと見つめる。
「……しかし、ここで放てばカズマやアクアも巻き添えになってしまう。それに、墓場で爆裂魔法を打ち込むのは色々とマズイです。だからダクネス! 貴方がバージルを引きつけつつ、ひらけた場所に誘導してください!」
本音を言えば、今すぐにでも爆裂魔法をぶちかましてやりたいが、仲間がいる近くで放つのは危険であり、墓場で放つのは倫理的にマズイ。
めぐみんはバージルから視線を逸らし、横で何故か驚いた表情を見せているダクネスに指示を出した。
「私が合図を出したら、ダクネスはすかさず離脱してください! その時こそ、バージルに我が爆裂魔法をぶち込んで――」
「戦いの最中に敵から目を離すな」
「ッ!? ってあぁっ!?」
その途中、近くからバージルの声が聞こえたことにめぐみんは驚く。
彼女は咄嗟に前を見ると――いつの間にか、目の前に移動してきたバージルが、めぐみんの手から杖を奪った。
「杖を奪うとはなんと卑怯な! 返してください! このっ! このっ!」
めぐみんは杖を奪い返そうと必死に飛びかかるが、バージルは杖を持ったままヒョイッと避ける。
何度目かにめぐみんが突撃してきた時――バージルは手に持っていた刀を真上に放り投げ、続けてめぐみんの杖も真上に投げる。
そして――開いた左手でめぐみんの頭を掴むと、右手で彼女の眼帯をつまんだ。
「な、何ですか!? 今度は私の眼帯まで奪うつもりで……えっ? な、なんでそんな伸ばして――ま、待ってください! 手を離そうとしないでください!」
バージルが何をしようとしているのか。それを悟っためぐみんは、必死にバージルへやめるよう呼びかける。
しかし、バージルはやめないどころか、更に眼帯の紐を伸ばしていく。
「前に一度カズマから同じことをされたんです! 超痛かったんです! だからお願いします! そのままゆっくり! そう、ゆっくり元に戻して――!」
「
「あぁああああはぁああああああああっ!? イッタイ目がぁああああああああああっ!?」
めぐみんの声を聞こうともせず、バージルは良い感じに伸ばされたところでパッと手を離す。
ゴム製だった眼帯の紐は、当然の如く瞬時に長さを戻し――その勢いで、バチーンッと良い音を立ててめぐみんの目元に当たった。
まぶたを越えて眼球に鋭い痛みを覚えためぐみんは悲鳴を上げ、目を押さえながらその場にうずくまる。
そんなめぐみんを見ながら、バージルは落下してきた刀をスタイリッシュにキャッチ。その傍ら、めぐみんは左目を片手で抑えながら、涙目でバージルを睨んできた。
「くっ……我が魔眼にこれほどのダメージを……! しかし調子に乗るのもそこまでです! 今こそ我が真の力を発揮しにゅんっ!?」
瞬間――めぐみんの頭上から、バージルの投げた杖がめぐみんの頭にクリーンヒットした。
この攻撃は予測できていなかったのか、めぐみんは小さく悲鳴を上げると、うつ伏せに倒れてそのまま気を失った。
アクア、めぐみん――共に再起不能。
立ち向かってきた2人をいとも容易くKOしたバージルは、次にダクネスへ目を向ける。
「流石だ……先程、めぐみんの前へ瞬時に移動した時も驚いたが、アクアの攻撃をいとも容易く避ける身のこなし……人間のソレではない。フフフッ……私も武者震いが止まらんぞっ……!」
「御託はいい。さっさとかかって来い」
「では……喜んでぇええええええええっ!」
剣を握り締めて喜びに打ち震えていたダクネスは、バージルの挑発を聞き、それはもう嬉しそうな顔で走り出した。
対してバージルは、刀も抜かなければ戦闘態勢にもならず、突っ立ったままダクネスを見つめる。
そしてダクネスはバージルの前に来ると、剣先を空へ向け、勢い良く振り下ろし――。
――バージルの真横を斬った。
「「……」」
2人の間に沈黙が漂う。
バージルは、敵を圧倒する力を持ちながら、その類い稀なる身体能力で想定外の動きを見せ、敵を翻弄するのが主な戦い方だ。
それに対抗すべく、ダクネスはバージルの動きを読み、敢えてバージルの真横を斬ったのだ。そうでもしなければ、バージルに剣を当てることすら叶わないだろう。
――と、手練の剣士や冒険者は推測するだろうが、生憎この脳筋クルセイダーは、そこまで考えて剣を振れる実力を持ち合わせていない。
「……うぅ……」
彼女は外したのだ。剣を持ったことがない子供でも当てられそうな距離で、相手が止まっているにも関わらず。
自分でもビックリなのか、ダクネスは今の自分を恥ずかしく思い、顔どころか耳まで真っ赤にしている。
そんな彼女を、バージルは呆れもしなければ哀れむこともせず――逆に、心底興味深そうに見つめていた。
「酷く剣を当てん奴だと思っていたが、これほどとは……ある意味天才かもしれんな」
「っ……こ、この羞恥からの追い打ちをかけるような挑発……悪くない……悪くないぞぉおおおおっ!」
果たしてそれは、本心か照れ隠しか。
ダクネスは怒りと恥ずかしさが入り混じったかのような顔で、再びバージルへ襲いかかった。
しかし、どれも的外れかつ直線的でわかりやすい攻撃。バージルは何も言わず、ダクネスの攻撃を回避し続ける。
ダクネスは剣を振り、バージルは避け、振っては避けられ、振っては避けられ――。
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――15分後。
「……気は済んだか?」
「し……新感覚だっ……!」
結局1発も当てられず、そしてバージルから一切攻撃されなかったダクネスは、興奮した表情で頭のおかしいことを口にしながら倒れた。
現在共同墓地に立っているのは、傷一つ負っていないバージルと、アクアによってほとんど浄化された観客のアンデッドと、少しずつ身体の透けが戻ってきたウィズ。
対して倒れているのは、バージルに立ち向かってきたアクア、めぐみん、ダクネスの3人。内2人は未だ気絶しており、1人は興奮し悶えている。
そして――もう1人。
「残るはカズマ。貴様のみだが……」
先程倒した問題児達を束ねる冒険者、カズマが残っていた。
といっても、彼は戦う前からバージルに敵うわけがないと悟り、最初は3人に戦いをやめるよう促していたのだが――。
「『潜伏』で身を隠しているということは……貴様にも戦う意思があると見ていいんだな?」
共同墓地を見渡すが、彼の姿は一切見当たらない。
彼は、3人がバージルと戦っている間に、盗賊スキル『潜伏』で身を隠していたのだ。
彼に戦うつもりがなければ、わざわざ姿を隠さず、その節を言えばいい。
しかし敢えて隠れているということは――彼もまた、無謀にもバージルに挑もうとしているということ。
彼は自分の力量をよく知り、勝てない勝負は受けないタイプだと、バージルは見ていた。
そんな彼が、明らかに勝てない勝負を続けている。となれば――勝てるとは言えないが、バージルへ一矢報いる算段があるのだろう。
「先程のいざこざに紛れ、姿を隠したか……悪くない判断だ」
どこかへ隠れているカズマに伝えるように、バージルは感心して呟く。
『潜伏』――クリスから何度やられ、尾行を許してしまったか。その度にバージルは、厄介なスキルだと感じていた。
だからこそ――既に対策は練ってあった。
「だが――俺にそのスキルは通用せん」
彼は言葉を続けながら刀の下げ緒を解き、右手を柄に置くと――素早く刀を抜き、1つの墓石の横スレスレを通るように、縦型の『ソードビーム』を放った。
カズマもまた、ミツルギの仲間だったフィオのようにレベルが低く、バージルとのレベル差もあって、気配を消しきれていなかった。
しかし、もしカズマのレベルが高くとも、バージルの言う通り、通用することはなかっただろう。
彼は、アクアと戦い始めた時から――カズマにも注意を向けていたのだから。
知らない内に見失ってしまうのならば、最初から見失わなければいい。相手が変わろうとも、バージルはカズマを見失わないように目を向け続けていたのだ。
「さぁ――次はどうする? サトウカズマ」
バージルは、カズマが隠れているであろう墓石に視線を向け、不敵な笑みを浮かべた。
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「――ッ!?」
その一方で、墓石に隠れていたカズマは声にならない悲鳴を上げた。
横スレスレを通っていったソードビームは、奥にあった太めの木に当たると――文字通り木はバッサリと真っ二つにされ、いくつか墓を巻き込んで倒れた。
もし、あの木に身を隠していたら――想像しただけでゾッとする。
「(知ってた! チート染みた強さなのは最初からわかってたけど、『潜伏』も無効ってそりゃちょっと反則過ぎません!?)」
心の中でカズマは、理不尽なゲームバランスに文句を言うゲーマーのようなことを呟く。
が、それも仕方のないことだろう。
彼が今相手にしているのは、道中に出てくる中ボスやダンジョンボスでもない。
下手すればラスボスを飾れそうな、コントローラーを投げてしまうほどの超理不尽な強さを持つ、バージルなのだ。
そんな彼に、大してレベルも上がっていない駆け出しが挑むなど、無茶無謀もいいとこだ。
事実カズマも、この勝負に勝てるなどとは端から思っていない。
では何故、彼は敢えて勝負を終わらせず、身を隠していたのか。
「(落ち着け……落ち着け俺……別に勝てなくてもいい。ほんのちょっと、自分はやれるんですってアピールするだけでいいんだ!)」
この勝負は――所謂『負けイベント』だから。
そして、内容次第では自分にとっていつかプラスになる戦いだと、カズマは考えていたからだ。
ゲームには、明らかに勝てない『負けイベント』というのがある。
文字通り、どうやっても勝てない戦闘をプレイヤーにさせ、イベントを進行させるものだ。
頑張ったら勝てるものもあるが、大抵はチートでも使わない限り勝つことはできない。この勝負も、後者に当てはまるのだろうとカズマは思っていた。
だが、中にはその内容次第で相手とのフラグが立ち、後々仲間になってくれたりと、自分にとってメリットなことが起きるものもある。
この戦いもそうだ。バージルの性格を考えるに、以降も彼と良好な関係を築いていくのなら、ここは逃げずに戦うべきだと、ゲーマーカズマの勘が告げていた。だからこそ、彼は敢えて身を隠していたのだ。
決して、バージルの強さにビビって思わず潜伏してしまったからではない。断じて違う。
それに――男の子には、意地というものがある。
彼もまた1人の男。ここで見せずしていつ見せるのか。カズマは自分に言い聞かせる。
「(大丈夫……バージルさんは協力者だ。俺達を傷付けはしない。現に、アクア達を過度に傷付けていないじゃないか。俺もあれぐらいで済むのなら……ちょっとぐらい、抵抗したって大丈夫な筈だ!)」
それでもやっぱり、自分の身は可愛いもの。カズマは仲間の3人が酷い傷を負っていないのを見て、なら自分も大丈夫だろうと身の安全を確認する。
勝敗は目に見えている。だけどせめて一つ、爪痕を残してやろう――そう意気込み、彼は墓石から身を出した。
「その顔……諦めたわけではないようだな。何をするつもりか知らんが……」
相対するバージルは、先程抜いたであろう刀を鞘に収めながら、カズマの元へ近寄る。
目を合わせただけでこの迫力。カズマは内心ビビりながらも、彼が来るのを待ち続ける。
バージルは黙ったまま歩き、ある程度近づいたところで足を止めた。
カズマの2メートル弱前――彼の射程距離内で。
「いや、完全に諦めてますよ。俺一人で勝てるわけがないだろって」
カズマはそう言うと、墓から身を出した時からずっと握り締めていた右拳を挙げ――。
「でも、ちょっとだけ抵抗させてもらいますよ! 『ウインドブレス』!」
「ッ!」
右手を開きながら『ウインドブレス』を放ち、右手に握っていた『クリエイトアース』で作り出した土を、バージルにぶちまけた。
『スティール』が来ると踏んでいたのか、バージルは咄嗟に腕を交差し、飛んできた土を防いだ。
「今だっ! バージルさんの刀、頂きます!」
「『スティール』か……そんな小技で――」
目潰しは防がれたものの隙を作ることに成功したカズマは、次に左手へ魔力を込める。
だが、それだけでバージルを止められる筈もなく、バージルは後ろに跳んで『スティール』を回避しようとする。
しかし――カズマはすぐに『スティール』を放たなかった。
彼が次の行動に出たのは――バージルが後ろに跳び、水たまりに足を踏み入れた瞬間。
「『フリーズ』!」
「!」
カズマは、左手から『フリーズ』を放った。
彼が狙うのは、バージルの足元――先程、アクアが無闇矢鱈に放った水鉄砲で作られた、水たまり。
『フリーズ』によって、水たまりは瞬時に氷へと変化し、そこに突っ込んでいたバージルの足までも巻き込み凍らせる。
結果――バージルが離れる前に、そこへ固定することができた。
「っよし! ギリギリセーフ!」
「……ほう」
なんとかバージルの足を止めることに成功し、カズマは疲れを感じながらも喜ぶ。
『フリーズ』にかなりの魔力を使ったが、まだ盗めるだけの分はある。
足を取られて思わず声を上げたバージルに、カズマはすかさず追い打ちをかけた。
「いっけぇっ! スティイイイイイイイイ――!」
*********************************
――共同墓地に再び漂う沈黙。
カズマは『スティール』を繰り出すべく、バージルへ右手を突き出している。
が――彼の手には、何も握られていない。
スキルには『レベル差』というものがある。相手のレベルが酷く高ければ、スキルが効かなくなる、というものだ。
『潜伏』で気配を消しきれないのも、その『レベル差』があってのもの。
ではカズマは、レベル差によってスティールを不発に終わらせてしまったのか?
否――不発ではない。
そもそも、まだ発動していなかった。
「――
カズマが『スティール』を唱え終えるまでに、バージルは右手をカズマに向け――彼の周りに、浅葱色の剣を8本も出現させたのだから。
現れた剣はどれも、カズマの胴体へと矛先を向け、今か今かとカズマを串刺しにするのを待つかのように、クルクルと周りを回っている。
「……えっ……何……これ……?」
初見の技に困惑して、動きを止めたカズマ。
彼は恐怖で震えた声で尋ねてくるが、バージルは答えようとせず、冷淡な目で見据える。
足元を凍らせていた氷も、何ともないとばかりに足を上げて砕き、開いた右手をカズマに向けながら、数歩前に出た。
そして、カズマの前で開いた拳をゆっくりと閉じ――。
「参りまじだぁああああああああああああああああっ!」
カズマは酷く泣きながら、バージルへ降参の意を示した。
意地? プライド? 何それおいしいの?
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「……で、結局カズマは怖気づいて、スティールを放てず降参したと。やっぱりヘタレですね。まぁ相手とのレベル差が高過ぎると、スキル自体が効かないこともあるので、スティールも効かなかったと思いますが」
「お前……そういうのはもっと早く言えよ……あと、さっきの俺がヘタレだって言うなら お前が代わりに体験してみろよ? スゲー怖かったんだからな!? むしろよくチビらなかったなって自分を褒めてやりたいとこだぞ!?」
「カ、カズマ……! 先程どんなプレイをバージルから受けたのだ!? 私はさっきまで悶えていたから、何も知らないんだ! 頼む! そのところを詳しく!」
「ひっぐっ……痛い……頭が痛いよぉ……」
共同墓地の中心にて、目の痛みから回復しためぐみんは、カズマから先程まで何があったのかを聞き、呆れるようにため息を吐いた。
その反応は心外なのか、カズマは声を大にして本気で怖かったことを告げる。
悶え状態から回復したダクネスは、2人のやり取りを聞いて何を勘違いしたのか、バージルがやったプレイにかなり興味を持っていた。
アクアもようやく目を覚ましたが、未だに痛むのか、後頭部を抑えて子供のように泣いている。
「えぇっと……私はどうしたら……」
先程まで観戦していたウィズは、今の彼らに声をかけるべきかいなか、困惑しながら彼等を見ていた。
その近くの木には、立ったまま背をもたれて様子を窺う、バージルの姿が。
視線の先は、カズマ達御一行――正確には、その中心にいたカズマへ向けられている。
――先程、カズマに使った『烈風幻影剣』だが、あの戦闘で使うつもりは一切なかった。
かなり手加減をした上に、カズマが何かしてくるだろうと見て、敢えて自ら攻撃が届きそうな範囲まで近付いたのだが……ああいった絡め手を繰り出してくるとは思っていなかった。
もし、カズマのレベルが高く、バージルが幻影剣を使わなければ――彼の目論見通り、刀を奪われていたことだろう。
「(……甘く見過ぎていたか)」
力は遠く及ばないが、やはり食えない男だ。
仲間に囲まれて先程の戦闘について話すカズマを見て、バージルは独り思った。
バージルをsageないようにしつつカズマもageる。そんな目論見があったけどメッチャ難しい。