この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第19話「この問題児達とクエストを!」

「今から24時間……そうだな。今の時間が昼過ぎぐらいだから、明日の昼頃までバージルさんが俺と代わって、お前達と一緒にいてくれるから」

 

 横に立っているバージルへ3人の視線を集めつつ、カズマは1日だけバージルと交代することを話した。

 無表情で立つバージルを、アクア、めぐみん、ダクネスの3人はまじまじと見つめる。

 アクアとめぐみんはいつもと同じ服だが、ダクネスだけは黒のタイトスカートに黒い服で、背中に大剣を背負っていた。

 昨日、バージルと稽古(意味深)した際に鎧が壊れてしまったので、修理に出しているそうだ。

 

「(ここで……そんなーっ! カズマさんがいないなんて寂しいですぅーっ! って悲しんでくれたら、まだ好感が持てるけど……)」

 

 普段いる筈の者が、1日だけだがいなくなる。子供にとっては親が、ブラコン気質の妹にとっては兄がしばらく留守にするというもの。間違いなく号泣ものだろう。

 そんな可愛げな一面を、3人も見せてくれればと、カズマは淡い期待を胸に彼女達へ目を向けるが……。

 

 

「ってことは……お兄ちゃんとクエストに行けるの!? ひゃっふぅーっ! テンション上がってきたー!」

「フフフ……ようやく、なんだかんだでまだお見せできていなかった、我が爆裂魔法を披露する時が来ましたね!」

「き、昨日のような体験をまたできるのか……んっ……! 想像したら……武者震いがっ……!」

「ッ……」

「(こいつらは、こういう奴等だからなぁ)」

 

 誰ひとりとしてカズマが一時離れることを気にせず、テンションを上げていた。

 

 アクアは相変わらずバージルをお兄ちゃんと呼び、めぐみんは爆裂欲求を、ダクネスは変態欲求を高めている。

 悲しんでくれると少しばかり期待していた反面、こういう反応になるだろうなとも、カズマは思っていた。予想通りの反応をする3人を見て、カズマは小さくため息を吐く。

 

 まぁ、喜んでくれるのは構わない――それよりもだ。彼女達に、これだけは言っておかなければ。

 

「お前等、バージルさんは俺のようにいかないからな? くれぐれも迷惑かけるなよ?」

「フフンッ、私を誰だと思ってるの? 卑猥な盗賊スキルしか扱えないどこかのヒキニートとは違うのよ」

「1つだけだがソードスキルも使えるっつの。最近新しいスキルも覚えたし。あと、そのお前がどこかのヒキニートの足を散々引っ張っているんだが?」

 

 カズマはアクアへ釘を刺すように言いつけるが、自分が足を引っ張ることはないと、自信満々に彼女は言い返す。

 コイツは何を言っても駄目だ。彼女の態度を見てそう思ったカズマは、残る2人の問題児に目を向ける。

 

「お前達もだ。爆裂魔法ぶっぱなして倒れたり、モンスターの大群に1人で突っ込んだりしたら――」

「バージル! 今日の私はすこぶる調子がいいです! 有象無象を一撃で屠る我が最強の魔法、その目に焼き付けて差し上げましよう!」

「モンスターに襲われて助けを求めるも、そこを無残に見捨てられる……そのシチュもありだな……フフフ……」

「(……コイツラもダメだー……)」

 

 が、その2人も話を聞かない問題児だった。

 めぐみんは既に爆裂魔法を使う気満々であり、ダクネスはどんなシチュエーションを楽しもうかと妄想していた。

 最早忠告など無意味。そう思える3人に呆れるように再度ため息を吐くと、カズマはバージルに顔を向ける。

 

「……とまぁこんな奴等ですが、一応は俺のパーティーメンバーです。死なない程度に守ってやってください」

「あぁ……貴様も店番を頼む。その間に依頼人が来ても、依頼は受けなくて構わん」

「了解っす」

 

 余程カズマはこの3人に苦労しているのだろう。バージルは彼に同情の目を向けながらも、3人を命の危険に晒させないことを約束した。

 

 バージルがいれば、滅多なことがない限り大丈夫だろうが、その滅多なことをやらかすのがこの3人だ。

 無意味だとわかっているが、カズマは念を押すように3人へ声を掛ける。

 

「そんじゃ……お前等、本当に本当にホントーに迷惑かけんなよ?」

「しつこいわねー。私達なら大丈夫だって。ほらっ、アンタはヒキニートらしくお兄ちゃんの自宅警備員やって来なさいな」

「お前達だから何度も言ってんだよ……じゃ、後はよろしくお願いします。バージルさん」

 

 アクアはさっさと行けと言わんばかりに、カズマをシッシと手で払う。

 それに対し、お前が問題児筆頭なんだよと心の中で突っ込みつつも、カズマは独りギルドから出て行った。

 

 

*********************************

 

「(……さて、どうしたものか)」

 

 カズマが去った後、クエスト掲示板の前で小さく息を吐くバージル。

 そんな彼の前には――掲示板から剥ぎ取った紙を、目を輝かせながら見せてくるめぐみんとダクネスがいた。

 

「バージル! このクエストに行きましょう! 大型コカトリスの討伐! コカトリスの群れもいるそうなので、ダクネスのデコイを使って敵を集め、私の爆裂魔法でボスもろともぶっ飛ばす作戦です!」

「いや! こちらのダンジョンクエストだ! ここには女の冒険者を好んで捕獲する主がいるらしい! で、もし私が捕まったら……て、手を差し伸べようとはせず、食料用に捕獲されるモンスターを見るかのような冷たい目で見捨ててはくれぬか!?」

「却下だ」

 

 2人の手には、ドクロマークが何個も付けられた高難易度クエストの紙。それを見て、バージルは即座に却下する。

 バージル1人ならば難なくこなせるだろう。しかし今は、カズマの足を終始引っ張っているらしい問題児3人組がいる。

 3人ともじっと待ってくれるならば、まだ可能だろうが……果たして彼女達は、言って聞かせられるような大人しい人間だろうか?

 少なくとも、今の彼女達を見てそう思える者はいないだろう。

 

「折角お兄ちゃんがいるんだし、普段は絶対行けないようなクエストにも行きたいけど……1日だけって言ってたから、今回は短時間でもクリアできそうな討伐クエストがいいわね」

「ムッ……」

 

 そんな中、執拗に高難易度クエストへ行こうとせがむ2人の横で、アクアが掲示板を物色しながらそう話した。

 この女も、2人と同じようにせがむものかと予想していたバージルは、少し意外だと思いながらも、アクアの様子を見守る。

 同じく、手を止めてアクアを見るめぐみんとダクネス。3人の視線を受ける中、アクアは1つのクエストの紙の前で足を止めた。

 

「というわけで――」

 

 そして彼女は、掲示板からその紙をビリっと取り、3人に見せつけた。

 

 

「いざ――リベンジマッチよ!」

 

 

*********************************

 

 ――アクセルの街から、そこまで離れていない草原地帯。

 チラホラと雲が見える空に、丁度いい感じに冷たく心地よい秋の風。そんな絶好のクエスト日和に、モンスター討伐へ出向いたパーティーが1組。

 アクア、めぐみん、ダクネス、バージル――全員が上位職という、駆け出し冒険者の街には不相応な4人だ。

 草原の上に立つ4人は、前方へ視線を向け、今回のターゲットを捕捉する。

 

 

「……よりにもよって奴等か……」

 

 それは、巨大な身体とつぶらな瞳を持つ、四足歩行の化物カエル――ジャイアントトードだった。

 

 冬、決まって冬眠をするジャイアントトード達は、それに控えて食事をするため、秋頃には活発に活動している。

 捕食対象には家畜のみならず人間も含まれる。放置すれば危険なモンスター。そのため、ギルドから個体数を減らす目的で討伐依頼が出されていたのだ。

 相変わらずカエルが苦手なバージルは、草原に佇む数匹のジャイアントトードを見て、不愉快そうに顔を歪ませる。

 

「これはこれは、中々いい数が揃ってますね……爆裂魔法を披露するには申し分ないです」

「つ、遂に私もヌルヌルプレイを体験できるのか……! っ……くぅっ!」

「(……まぁ、この程度の敵に引けは取らんだろう……)」

 

 隣には、赤い目をキラリと光らせやる気満々なめぐみんと、汚らしくヨダレを垂らして興奮を覚えるダクネス。

 いくら問題児といえど、彼等は上級職。それなりに力はある筈。流石にこのような下級モンスターに苦戦するほどではないだろうと、バージルは2人を見て考える。

 

 しかし、彼は忘れていた。アクアは「リベンジマッチ」と称し、このクエストを選んでいたことを。

 

「……? アクアはどこに行った?」

 

 その時、いつの間にかアクアの姿が消えていたことにバージルがふと気付く。

 

「アクアですか? アクアなら――」

 

 バージルの声を聞いた聞いためぐみんは、彼の質問に答えながら、ピッと前方を指差した。

 

 

「ここで会ったが百年目! 今日こそ私の方が強いってことを本能レベルで刻ませてやるわ!」

「先に、ジャイアントトードへ向かって突撃しましたよ」

「……」

 

 初っ端からこれである。

 

 カズマに散々釘を刺されていたにも関わらず いきなり単独行動をしたアクアに、バージルはため息を吐いた。

 しかしアクアは足を止めることなく、まん丸な目でアクアを見ている1匹のジャイアントトードへ突っ込む。

 

「あの時はビクともしなかったけど、今日ならいけそうな気がするわ! 喰らいなさい! ゴッドブロォオオオオーッ!」

 

 アクアは右手を光らせると、勢いを乗せたままジャイアントトードの腹に、渾身の『ゴッドブロー』を喰らわせた。

 『ゴッドブロー』――それは、神々にしか扱うことのできない、神の怒りと悲しみを拳に乗せた一撃必殺(アクア談)のワンパンチ。相手は死ぬ。

 

 

 ――ジャイアントトードのような、打撃の効きにくい敵を除いて。

 

「……あ、あれ? おっかしいなぁー……?」

 

 『ゴッドブロー』をまともに喰らったにも関わらず、ジャイアントトードは痛くも痒くもないとばかりに、表情を変えず突っ立っていた。

 

 ジャイアントトードの腹は、物理ダメージを吸収する。それはアクアの『ゴッドブロー』だろうと、バージルの『ベオウルフ』で放たれる通常攻撃だろうと。

 連発する、または溜め攻撃で許容量オーバーのダメージを食らわせられたら話は別だが、そんな面倒なことをするよりも腹以外を狙う、または魔法で攻撃する方が早い。

 因みにアクアは、以前ジャイアントトードと戦った時も、腹に攻撃して負けていた。まるで成長していない。

 

 微動だにしないジャイアントトードを見上げ、アクアはダラダラと冷や汗を流す。

 そんなアクアを無表情で見ていたジャイアントトードは、ノコノコやってきたエサことアクアを食すべく、カパリと大きな口を開けた。

 

「チッ……」

 

 その瞬間、バージルは強く地面を蹴り、人間には到底不可能な速度でアクアのもとに駆け付ける。

 

「ままま待って! 少し話し合いましょう!? だから私を食べるのはやめ――わうっ!?」

 

 そして――食べられる直前のところで、バージルはアクアを脇に抱えて助け出した。

 飛んできた勢いのまま、アクアを食べようとしたジャイアントトードから、少し離れた場所に着地する。

 バージルは視線をジャイアントトードに向けたまま、脇に抱えたアクアを地面に置いた。

 

「ハッ……ハッ……!」

「……世話の焼ける……」

 

 まさしく九死に一生。一歩遅ければジャイアントトードの口の中だったアクアは、青ざめた顔でバクバクと鳴る心臓を抑える。

 呆れと疲れが混じったため息を吐くと、バージルはアクアから視線を外して、離れた場所にいるダクネス達に向けた。

 

 

「くっ……こ、来い! たとえお前達の粘液で、身体はグチャグチャのヌレヌレに汚されようとも、私の心は汚されない!」

「……あの変態がッ……!」

 

 その先に、いつの間にか複数のジャイアントトードに囲まれ、嬉しそうに笑いながらも抵抗する素振りを見せるダクネスがいた。

 クルセイダーには『デコイ』という敵の注意を引きつけるスキルがある。恐らくそれを使ったのだろう。ジャイアントトードは皆、ダクネスへ視線を向けている。

 一難去ってまた一難。バージルはまたも舌打ちをすると、先程のように地面を蹴り、アクアを置いてダクネスのもとに向かった。

 

「ハ、ハァッ……ハァッ……! これから私は、お前達の口で、たらい回しにされながら汚されるのだろう……くっ! だ、だが……私は騎士だ! その程度のヌルヌルプレイで、私が屈することは――!」

「戦いの場にも変態趣味を持ち込むな。クズが」

「にゃうっ!?」

 

 ジリジリとジャイアントトードが詰め寄ってきた時、飛び込んだバージルがダクネスを脇に抱え、即座にその中心から離脱した。

 大剣を持っているのもあるが、アクアと比べてダクネスは中々に重いなとバージルは感じたが、半人半魔の力があればなんのその。彼女を抱えたまま、高く飛び上がることも容易だった。

 

「な、何故助ける!? そこは私を、汚らわしい女だと見捨てて立ち去るところだろう! そ、それとも何か!? 助けてやった礼に、あんなことやこんなことを要求するつもりか!? くっ……! 昨日激しいプレイをしたばかりだというのに、貴様という男は……!」

「俺自らが望んでやったように捏造するな。貴様が依頼してきたから、仕方なく引き受けただけだ。そして二度と昨日のことは話すな」

 

 ダクネスと言い合いをしながらも、バージルは高いジャンプでジャイアントトードの包囲網から抜け出し、草原の上に着地する。

 まだ『デコイ』の効果が持続しているのか、ジャイアントトードは一斉にこちらを向く。

 

「ナイスですバージル! お陰で味方を気にせず遠慮なく撃つことができます! 我が爆裂魔法、とくとご覧あれ!」

「ムッ……」

 

 その時、少し離れた場にいためぐみんが、紅魔族を象徴する紅き目を更に輝かせ、ジャイアントトードへ杖を向けた。

 バージルが注目する中、めぐみんはゆっくり息を吸うと――自身に宿る魔力を、徐々に高めていった。

 

「闇より暗き漆黒よ。我が真紅の光と融合を果たし、むぎょうの歪みと成りて現出せよ。我が魂の叫びに応え、地上の全てを業火で包め!」

「……ほう……」

 

 爆裂魔法の詠唱をするめぐみんに、バージルは関心を示す。

 流石は、魔法に長けた紅魔族といったところか。その魔力量と質には、バージルさえも目を見張るものがある。

 そして、彼女魔力が最高潮に高まった時、めぐみんは近付くジャイアントトード達を見据え――声高らかに唱えた。

 

 

「――『エクスプロージョン』ッ!」

 

 瞬間――ジャイアントトードのいる場が光り、つんざく音を立てて爆発し、灼熱の炎に包まれた。

 

 これぞ、彼女が持つ最強魔法『爆裂魔法(エクスプロージョン)』である。

 その名に相応しき、巨大な爆発を起こす魔法。その威力も侮れない。

 

 遅れてきた突風に、未だバージルの脇に抱えてられていたダクネスは思わず両腕で顔を防ぐ。バージルのコートは激しくなびき、彼は爆発した先をジッと見つめる。

 しばらくして、爆裂魔法の爆風が収まると――敵が密集していた場所は、クレーターができるほどの焼け野原に変わり果てていた。

 そこに、ジャイアントトードの姿はどこにもない。文字通り、粉微塵になって死んだのだ。

 

「(成程、これが爆裂魔法……攻撃魔法最強と謳われるだけのことはある)」

 

 馬鹿にならない威力を見たバージルは、爆裂魔法について考えていた。

 「習得スキルポイントが無駄に高いネタ魔法」と、バージルが読んでいた本には書かれていたが、実際目にすると、スキルポイントが高いのも頷ける。

 下級モンスターだったが、塵一つ残さないその威力。たとえバージルでも、この魔法を連続で受け続けたら、ダメージは免れないだろう。

 

 まさしく最強魔法――そう、威力だけ見れば。

 

「……はふぅ……」

 

 爆裂魔法を1発放って魔力をすっからかんにしためぐみんは、とても満足そうな声を上げながら、うつ伏せでその場に倒れる。

 するとその時、めぐみんがいる付近の地面が盛り上がり、そこから1匹のジャイアントトードが出てきた。先ほどの爆裂魔法に反応し、出てきたのだろう。

 徐々にめぐみんへ近付くジャイアントトード。今すぐその場から逃げ出さなければならない状況だが――。

 

「……あの、バージル。もう私動けないので、早く助けて欲しいのですが……ジャイアントトードが近づいているんで早めにお願いします」

「(……これではな……)」

 

 攻撃力は第1位。ただし燃費はワースト1位。本で読んだネタ魔法という評価は妥当だなと、バージルは思った。

 バージルはダクネスを脇に抱えたまま、めぐみんのいる場へ駆け寄ると、彼女を左脇に抱え、飛んできたジャイアントトードの舌をジャンプして逃れる。

 

「おぉ、なんという運動神経。カズマには絶対真似できませんね。流石は我が同志です」

 

 人間のカズマにはできない高さのジャンプを見せるバージルに、めぐみんは抱えられたまま感心する。

 

「ところで……アクアは大丈夫なのですか?」

「ムッ?」

 

 そして地面に着地した時、めぐみんはアクアの安否を確認するように尋ねてきた。

 そういえば忘れていたと、バージルは2人を抱えたまま、アクアを置いてきた場へ目を向ける。

 

 

「さっきはよくもやってくれたわね! 今度こそアンタをひき肉にしてやるんだから! 喰らいなさい! ゴッドブロォオオオオオオオオッ!」

「――Scumbag(このクズが)!」

 

 一度ならず二度までも。

 アクアは先程自身を食べようとしていたジャイアントトードへ、仕返しと言わんばかりに再びゴッドブローを繰り出した。腹に

 2回目は効く、なんて都合の良い事は起こらず、ジャイアントトードはケロッとした表情でアクアを見下ろす。

 それを見て、バージルは酷くイラつきを覚えながらも、すかさず二人を抱えたまま駆け出した。

 

 

*********************************

 

 冬眠前だからか、春時よりも多く現れたジャイアントトード。

 最初は、美味しそうなエサを見て身体も心もぴょんぴょんしていたが……今や、平原の上で仰向けに寝転がり、ピクリとも動く様子を見せない。

 

 その、ジャイアントトードの死体を背景に――バージルは腕を組み、仁王立ちで見下ろしていた。

 彼の前には、女の子座りで平原に座るアクアと、うつ伏せながらも顔だけバージルへ向けるめぐみん、正座をするダクネスの3人が。

 

「貴様……待つということができんのか?」

 

 バージルは顔に青筋を浮かべ、非常に不機嫌な様子でアクアに話す。

 後ろにいるジャイアントトードは、全てバージルが倒したもの――勝手に行動するアクアを守りながら、だ。

 めぐみん、ダクネスは脇に抱えているため、勝手にどこかへ行くことはなかったのだが、アクアだけは少し目を離した隙にジャイアントトードへ自ら突っ込み、何度も食われそうになっていた。

 

「だ、だって! 私もお兄ちゃんみたいに、アイツ等をギャフンと言わせてやりたいんだもん!」

「ならば何故、馬鹿の一つ覚えのように、物理攻撃の効かない腹へ殴りにいく?」

「私は女神なのよ!? その力が、低級モンスター如きに効かないなんておかしいわ! 私の攻撃は絶対効く筈なのよ!」

 

 女神たる自分の攻撃でさえ吸収できるのはおかしいと、アクアは主張する。どうやら反省する気は全くないらしい。

 頑なに自分の非を認めないアクアに、バージルのイライラはどんどん溜まっていく。

 

 

 ――それ故に、気付けなかった。

 普段の彼なら、即座に気付けただろう。しかし、彼女達に散々振り回され、イライラと疲れが酷く溜まっていたからか。

 アクア、めぐみん、ダクネスの3人が――途端に慌てふためく顔を見せた意味に、彼は気付けなかった。

 

「バ、バババババージル! 後ろ後ろっ!」

「話を逸らそうとするな。それに貴様等2人もだ。好き好んで敵に包囲され、リスクも考えず魔法を放ち――」

「早く逃げろ! バージル!」

 

 めぐみんが警告するように言ってきたが、バージルは説教から逃れるための嘘だと判断し、説教を継続させる。

 が、ダクネスも切羽詰まった顔で伝えてきた。それを見兼ねたバージルは、仕方なく後ろを振り返る。

 

 

 ――ぱくり。

 

「「「あぁっ!?」」」

 

 バージルが振り返った瞬間、彼の上半身はカエルの口の中にスッポリとハマってしまった。

 

 密かに、死体の山からムクッと現れたジャイアントトード。地面に潜ることで攻撃を回避していた1匹は、ほとぼりが冷めた所で姿を現し、バージルが説教している間に後ろへ接近していたのだ。

 3人が驚嘆する中、バージルを食べたジャイアントトードは、嬉しそうに口を上に向け、少しずつ口の中へ入れていく。

 ピンと出ていた足も少しずつ口の中に吸い込まれ――彼の身体が、完全に口の中へしまわれた。

 

「おおおおお兄ちゃんがっ!? お兄ちゃんが食べられたんですけどー!?」

「おちおちおち落ち着いてください! ダクネス! 早くこのジャイアントトードを倒してください!」

「まままま待ってくれ! 今剣を――あぁっ!」

 

 まさかの非常事態を目の当たりにし、3人は酷く慌てだした。ダクネスは早く助けようと剣を手に取るも、焦りのあまりに剣を落とす。

 その間、ジャイアントトードは顔を3人に向け、じっと固まっていた。

 

 ――そう、目の前にいる格好の獲物を食べようとせず。

 

「……あれ?」

 

 微動だにしないジャイアントトードを、3人は不思議そうに見つめる。

 よく見ると、ジャイアントトードはどこか苦しそうな顔をしており、口からタラリと赤い液体――血が流れていた。

 まさかバージルの――3人がそう思った瞬間――。

 

 

「――Go to hell(堕ちろ)!」

「「バージル!?」」

「お兄ちゃん!?」

 

 ジャイアントトードの頭を突き破るように、刀を上に向けたバージルが飛び出した。

 頭から血しぶきをあげたジャイアントトードは、無表情のままその場に倒れ、バージルはジャイアントトードの前に着地する。

 パクリといかれたものの、消化されず帰ってきてくれたバージル。ジャイアントトードの血で濡れて少々グロテスクになっているが、彼の姿を見た3人は安堵する。

 

 ――無傷かどうかは別として。

 

「……バージル……ベトベトになっちゃいましたね」

 

 ジャイアントトードの口の中に全身入ってしまった彼は、ジャイアントトードの血だけでなく、粘液で全身ベトンベトンになっていた。

 ゆっくりと垂れて平原に落ちる粘液と、それを纏っているバージルを見て、めぐみんは苦笑いを浮かべる。

 そんなバージルは、無言のままその場に立ち尽くしていた。

 

「「「ッ!」」」

 

 するとその時、4人から少し離れた位置の地面が盛り上がる。そこから新手のジャイアントトードが3匹、それぞれ別方向から現れた。

 それを見たアクアとダクネスは咄嗟に立ち上がり、武器を構える。めぐみんはまだ魔力が回復しておらず、立ち上がることはできない。

 

「まだいたのねクソガエル! ならアンタ達で、お兄ちゃんをベトベトにした仇を討ってやるわ! 覚悟しなさい!」

 

 あれだけ食われそうになってたいたにも関わらず、まだジャイアントトードとやる気のようだ。アクアは自信満々な顔を見せ、ジャイアントトードを待ち構える。

 同じくダクネスも武器を持ち、アクアが見ているのとは別のジャイアントトードと向かい合う。

 となれば、残る1匹はバージルが。彼は無言で3匹のジャイアントトードを見て、武器を構える。

 

 

 ――ことはせず、ひょいと後ろからアクアの首根っこを掴んだ。

 

「うぇ? お、お兄ちゃん?」

 

 地面から足を浮かし、宙ぶらりんの状態になったアクアは、不思議そうにバージルを見る。

 しかしバージルは何も答えず、アクアを掴んだまま歩き出す。ダクネスとめぐみんも声を掛けるが、彼は足を止めようとしない。

 

「どうしたのお兄ちゃん? 無表情なのにとても怖く見えるのは気のせいかしら? ていうか首元が生暖かいんですけど……はひぃっ!? い、今っ! 背中にツーッて! 生暖かい何かがツーッて!?」

 

 背中に粘液が入ったのだろうか、アクアはビクッと身体を震わせる。しかしバージルは気にも止めず、そのまま歩き続ける。

 その先には――まるで酒場で料理が運ばれるのを待つ客のように、跳ぶのをやめてジッと待っているジャイアントトードが1匹。

 

 ――アクアは、最悪の未来を想像した。

 

「ちょっと待って? お兄ちゃんまさか? まさかまさかそんなことしないよね? か弱い妹を差し出すような真似しないわよね!? なんで何も答えてくれないのお兄ちゃん!?」

 

 アクアは半泣きになりながら暴れ、抜け出そうとする。しかしバージルの拘束から逃れることはできない。

 遂には、ジャイアントトードが目と鼻の先に。ジャイアントトードの綺麗な瞳にアクアの姿が映り、同じくアクアの涙溢れる瞳にジャイアントトードが映った。

 

「お願いします! 調子に乗って突っ走ったことは謝るから! もう二度と勝手に行動しないから! それだけはやめて! お願いお兄ちゃん許し――!」

 

 ――ぱくっ。

 

 まるで「ええ加減にせい」と言うかのように、ジャイアントトードはアクアの頭を口に入れた。

 口に入れられた途端に黙ったアクア。ジャイアントトードは顔を上に向けると、ゆっくりと口の中に入れていく。

 

 そんなジャイアントトードの前にいたバージルは、両手両足を光らせ――『ベオウルフ』を装着した。

 ジャイアントトードは、捕食している最中は食べることに集中してしまうため、その場から動けない。

 ジャイアントトードが捕食を続ける前で、バージルは左手に力を込め――。

 

「――フンッ!」

 

 物理攻撃を吸収するジャイアントトードの腹に、ベオウルフの一撃を与えた。

 しかしそれでは終わらず、続けて右パンチ、左足による百烈キックを加えていく。

 全て一度、ベオウルフに力を溜めてから。その姿はまるで、サンドバッグでストレスを発散する男のよう。

 そして最後にバックステップすると、右手に力を込め――。

 

「――ハァッ!」

 

 前へ移動すると同時に拳を叩き込む『ストレイト』を、ジャイアントトードの腹へ喰らわせた。

 いくらジャイアントトードの腹でも、この連撃には耐え切れなかったのか、口の中に含んでいたアクアをぺっと吐き出し、大きな音を立ててその場に倒れた。

 吐き出されたアクアはコロコロと地面を転がり、仰向けになったところで勢いが止まる。

 無論――身体はバージルと同じようにベトベトになっていた。

 

「うぅっ……汚された……お兄ちゃんにまで汚された……ひぐっ……」

 

 アクアは両腕で目を隠し、えぐえぐと嗚咽を漏らす。

 しかし、そんなアクアを気にもとめず、バージルは再びアクアの首根っこを掴むと、無言のまま引きずっていく。

 そして、めぐみんとダクネスがいる場所まで戻ると、ゴミを捨てるようにパッとアクアを離してやった。

 

 

 ――そのまま空いた手で、めぐみんの首根っこを掴んだ。

 

「……えっ?」

 

 まさか掴まれるとは思っていなかったのか、めぐみんは驚いて声を上げる。

 しかしバージルはまたも無言のまま、別のジャイアントトードへとめぐみんを持ったまま向かっていった。

 

「ちょちょちょちょっと待ってください。まさか貴方は、魔力が切れて抵抗することもできない私を、先程のアクアのようにするつもりですか? まさかそんな鬼畜なことはしませんよねっ? ねっ?」

 

 めぐみんはダラダラと冷や汗を垂らしながら尋ねるが、バージルは無言のまま。少しずつ、ジャイアントトードとの距離が近づいていく。

 

「やめてください! 私あれに1回食べられたことあるんです! もうグチョグチョにはなりたくないんです! お願いします! 何でもしますから――!」

 

 ――ぱっくんちょ。

 

 

*********************************

 

「……貴方は悪魔です。鬼畜です。鬼いちゃんです」 

 

 ジャイアントトードの粘液でベトベトになっためぐみんは、バージルに引きずられながら文句を呟く。

 先程と同じように食わせ、ベオウルフで助け出したバージルは、未だ無言のまま歩いていた。

 未だにアクアが泣いている場所へ戻ると、バージルはめぐみんから手を離す。

 

 ――残るは、1匹。

 

「(つ、次は……私かっ……!)」

 

 その様子を見ていたダクネスは、今か今かと自分の番を待ち望んでいた。

 嫌がる女を問答無用でジャイアントトードの口に放り込む、バージルのヌレヌレプレイ。恐らくカズマとはまた違う、そして負けず劣らずの鬼畜プレイだろう。

 アクア、めぐみんと来れば、必然的に次は自分となる。2人のように、無慈悲にジャイアントトードの口の中へ連れて行かれると思うと、ダクネスは武者震いを抑えられなかった。

 

 ――そんなダクネスに、バージルが無言のまま顔を向ける。

 

「っ……! こ、今度は私にまで、2人にしたような罰を受けさせるつもりか!? あの汚らわしいジャイアントトードの口の中に……! くっ……しかし、私がバージルの足を引っ張ってしまったのもまた事実。ならばその罰――甘んじて受け入れようっ!」

 

 ダクネスは騎士らしく潔いセリフを吐くが、当然ながら顔と言葉が一致していない。内から溢れる悦びを抑えきれず、恍惚の表情を浮かべて両手を広げる。

 そんなダクネスと、しばらく目を合わせたバージルは――。

 

 

 ――ダクネスから顔を逸らし、残ったジャイアントトードに次元斬を放った。

 物理攻撃ではない、見えない斬撃もとい魔力の塊を受けたジャイアントトードは、1発の次元斬でその場に倒れる。

 

「……あれっ?」

 

 それを見て、ダクネスは呆けたように声を上げた。

 次元斬のことを知らない彼女は、今どうやってジャイアントトードを倒したのか疑問に思っていたが……それよりも、自分にヌレヌレプレイが訪れなかったことに困惑を隠せないでいる。

 バージルはクルリとジャイアントトードから背を向けると、固まっていたダクネスに告げた。

 

「……帰るぞ」

「ッ!?」

 

 

*********************************

 

 太陽が、山の向こうへと身を隠そうとしている夕時。

 アクセルの街に住む人々は皆家へと帰り始め、冒険者達は夕食を食べに酒場へ集まり始める。

 住宅街では、夕食を買い終えた奥様方が世間話に明け暮れていた。

 

 ――が、そんな奥様達が話をやめ、子供や冒険者達でさえも釘付けになってしまう、珍妙な光景があった。

 

 

「「「「……」」」」

 

 グチョグチョに濡れたバージル、アクア、めぐみんと、1人だけ何ともないダクネスが無言で歩く姿だった。

 先頭をバージルが歩き、その後ろにめぐみんを背負ったアクアが、最後尾にはダクネスがいる。

 歩く度にネッチョリとした音が立ち、その様子を見ていた街の人々は「うわぁ……」と声を上げて引いていた。

 

「おい、アイツって蒼白のソードマスターだよな……」

「あぁ……そんで後ろにいる連中は、カズマさんのパーティーだ。なんであの男と一緒に……カズマさんはどうしたんだ?」

「あの粘液って多分……ジャイアントトードだよな……上級職で、あんなモンスターに苦戦したのか?」

「やっぱ特別指定モンスターを倒したのって嘘なんじゃ……」

「そもそもなんで後ろの人だけ……」

 

 無言で歩き続ける4人を見て、街の人々は4人に聞こえないようコソコソと話し出す。

 バージルさえもジャイアントトードの犠牲になったのは、主に3人のせいなのだが……注意力を散漫にしていたバージル自身にも非があるため、彼らの言葉を否定しきれない。

 そんな噂話がなされている中で、後ろにいたダクネスがポツリと呟く。

 

「私だって粘液まみれになりたかったのに、あんなおあずけを食らうなんて……けどそれもまたいいかも……」

 

 本音を言えば、自分もアクア達と同じ目に合わせて欲しかったが、バージルは自分だけそうさせなかった。ある意味おあずけと言えるだろう。

 そのおあずけ、もとい焦らしプレイに少し興奮を覚えているダクネスは、本音と焦らしプレイの間で葛藤する様子を見せていた。

 

 何故か1人だけ良い思いをしているダクネス。彼女は独り言のように呟いたが、他の3人は黙っていたので丸聞こえ。

 彼女の呟きを聞いたバージルは、無言で後ろを振り返る。

 

 ――何かを伝えるように、後ろにいたアクアを見て。

 彼の視線に気付いたアクアは、顔を上げてバージルと目を合わせる。

 言葉もジェスチャーもない、アイコンタクトのみの指示。しかしアクアは、まるで本当の兄妹であるかのように、バージルの言いたいことを理解した。

 

 そして――アクアはお得意の泣き真似を始め、バージルはそれに合わせて口を開いた。

 

「うぅ……酷いわダクネス……まさか貴方が、私達にこんな鬼畜プレイをするサディスティックだったなんて……」

「なっ……!?」

「全くだ……俺達の声を聞かず、無理矢理奴等の口に放り込むなど、人間の所業とは思えん」

「なななっ……!?」

 

 この粘液まみれは、全て最後尾にいるダクネスがやったこと。そう周りに教えるように、アクアは涙を流して話した。

 バージルも、ちゃっかり自分がやったことを擦り付け、あたかも全てダクネスのせいであるかのように呟く。

 

「ちょっと待て!? それをやったのはバージルだろう!? 私は何もしていない! むしろ私はやられるのを期待して――!」

「あぁー、私達はダクネスに汚されてしまいましたー。これでは一生お嫁に行けませんー」

「めぐみんまで!?」

 

 ダクネスは慌てて嘘だと話すが、この流れを読んだめぐみんは、悪乗りするかのように演技をした。

 3人に言われ、ダクネスは必死に否定する……が、彼女は粘液まみれになっておらず、他の3人は粘液まみれ。

 

 

「マジか……あのお嬢ちゃん、見かけによらずえげつないなぁ……」

「蒼白のソードマスターさえも手にかけるとは……恐ろしや恐ろしや……」

「――ッ!?」

 

 この状況を見ている人達がどう思うかは、明らかだった。彼らはダクネスを畏怖するように、怖い怖いと言いながらダクネスを見る。

 

「ち、違っ……そんな目で見ないでくれ!」

 

 ダクネスは涙目になりながら周りに告げる。それは、いつもの恍惚とした表情ではない。つまり興奮を覚えていない。

 そう、これこそバージルの考えた、ダクネスに与えられる罰――属性反転。闇属性に光魔法、アンデッドに回復魔法。

 そして、ドSだと思われる――真性のマゾヒストであるダクネスにとってそれは、酷く耐え難いものだった。

 

「こんな……こんなの……私は求めてなぁあああああああああああいっ!」

 

 ダクネスの悲痛な叫びが、アクセルの街に響き渡った。




バージルがジャイアントトードに食われるわけないだろと思ったけど、まぁプレイヤー操作だったらダンテもネロもカエルに食われることあるし、ということで。それと真のラスボスと謳われるギャグ補正さんのせい。

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