この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第17話「This trashy world ~このくだらない世界で~」★

 ――今からおよそ2千年前。

 人間界の平和は、魔界の進攻によって砕かれた。戦いが日常と化している混沌の世界で戦い続けてきた悪魔達に、平和な世界で暮らしてきた人間が勝てる筈もなく、為すすべもなく人間達は殺され続ける。

 もはや魔界の勝利は決定的と思われた時……1人の悪魔が正義に目覚め、魔界の軍勢に立ち向かった。

 

 彼の名は、スパーダ――伝説の魔剣士。

 

 彼は、たった1人で悪魔達に立ち向かい、圧倒的な力で彼らをねじ伏せた。そして、魔界の軍勢を率いていた魔界の王――魔帝ムンドゥスを封印し、人間界に勝利をもたらす。

 その後、彼は人間界に残り、人間達の平和な世界を見守り続けた。その中で、彼と、彼が愛した女性――エヴァの間に2人の子供が生まれる。

 

 1人はダンテ――1人はバージルと名付けられた。

 

 平和な人間界で、幸せな家庭を築いていくスパーダ。だがしかし、彼は突如として家族の前から姿を消す。

 母のエヴァと双子は、再び家族4人で食卓を囲む日を待ち望む。

 

 

 ――しかし、その日が来ることはなかった。

 

 突如、彼らのもとに魔帝が差し向けた悪魔が現れ、襲撃を受ける。双子を逃がそうとする最中、エヴァが悪魔によって殺害された。

 なんとかダンテを逃がし、悪魔との戦いを終えた後、殺された母の亡骸を見て、バージルは心に誓う。

 

 ――悪魔の――スパーダの力を得ることを。

 

 そしてバージルは、悪魔として生きる道を選んだ。邪魔をする者は、誰であろうと容赦はしない。悪魔だろうと、人間だろうと、子供だろうと、女だろうと、協力者だろうと。

 

 

 ――たとえ、血を分けた兄弟であろうとも。

 

 バージルは力を得るために。ダンテは兄を止めるために。スパーダの血を受け継いだ2人は剣を交えた。

 家族として生きていた、あの頃の兄弟喧嘩とは違う。己の全てを賭けた魂の戦い。

 人間界のみならず魔界をも揺らした2人の戦い。3度の死闘を経て、その戦いは終わりを告げる。

 

 勝ったのは、誇り高き魂を受け継いだ者――ダンテだった。

 

 彼に敗れ、魔界に取り残されたバージルは、その奥底で対面する。

 

 魔界の王――魔帝ムンドゥスと。

 

 彼は魔帝に立ち向かったが、魔帝を討つために必要な魔剣スパーダがない上に、ダンテとの戦いで傷を負っている。そんな彼に、勝機など存在しなかった。

 数多の悪魔を切り伏せてきた閻魔刀さえも折られ、バージルは魔帝に殺される結果となった。

 しかし、魔帝は死亡したバージルを消滅させなかった。惜しい力だと考えた魔帝は、まるでスパーダを侮辱するかのように、彼を操り改造し、新たな悪魔として迎え入れた。

 

 漆黒の鎧を身に纏い、巨大な剣を振るう悪魔騎士――ネロ・アンジェロとして。

 

 あの世へ行くことも許されず魂を囚われ、魔帝の駒となってしまった彼は、数年の時を経て、マレット島と呼ばれる場所で再びダンテと剣を交えることとなる。

 過去にバージルを倒した時よりも成長したダンテと、互角の戦いを繰り広げるバージル。3度の死闘を経て、遂に決着が訪れる。

 

 ――バージルは再び、ダンテに敗北した。

 

 バージルが断末魔を叫ぶと共に、彼の肉体が消滅していく。残されたのは、彼が肌身離さず持っていた金色のアミュレット。

 

 ――そして、彼の魂はこの世から完全に消え去った。

 

 

*********************************

 

「……その後、俺は女神に導かれ、この世界に来た」

 

 どれだけの時間、話していただろうか。この世界には時計という物がないから時間を確認できないが、優に1時間は経っただろう。

 それほどまでに長く、そして濃密されたバージルの物語。話し終えた彼は、フゥと息を吐く。

 彼の前に立っていた女神エリスは、終始優しく微笑んだまま、黙ってバージルの話を聞いていた。

 

 ――何が目的で、生前の話など聞いてきたのか。

 大方、地獄送りにするか否かの判断材料として聞いたのだろうと、バージルは推測する。

 そして彼の口から出たのは、とても良き働きをしたとは言えない、大罪人の物語。そもそもこの世界に来る前に、タナリスから地獄行きだと伝えられていた。

 

 きっとこの女は、今にも女神の力を使って自分を地獄に強制連行するだろう。

 そう思っていた彼は、いつ攻撃されてもいいように、ずっと刀を握っていたのだが……。

 

「(……地獄……か)」

 

 それも一興か――と、バージルは刀を握る力を弱めた。

 この世界には、魔界の連中のような歯ごたえのある敵は数少ない。それならば、悪魔どもがひしめき合っている地獄の方が楽しめるだろう。

 まだ見ぬ魔王や特別指定モンスター、魔王軍幹部を狩れないことと、新しく手にした刀を手放すのは惜しいが、仕方のないことだ。

 途中、ふとカズマ、アクア、めぐみん、ダクネス、そしてクリスの顔が浮かび上がったが……奴等など知ったことかと、バージルは自分に言い聞かせる。

 

 地獄に行く覚悟は決めた。やるならさっさと送ってくれと思いつつ、エリスを睨む。

 すると、バージルと目を合わせていたエリスは、ゆっくりと目を伏せ――。

 

 

「……よかった」

「……?」

 

 両手を胸に当て、安堵するかのように息を吐き、そう呟いた。

 何故彼女は安心したのか。今の話を聞いて出た感想が「よかった」とはどういうことなのか。

 彼女の言動を不思議に思っていると、エリスは伏せた目を開き、バージルを真っ直ぐ見つめて言葉を続けた。

 

 

「やっぱりバージルさんは……人を求めていたんですね」

「……何だと?」

 

 それは、予想だにしていなかった言葉。

 エリスの言葉を聞いてバージルは眉を潜めるが、彼女は構わず話を進める。

 

「この世界に来る前、貴方は悪魔として生き続けた……しかしダンテさんとの戦いを通じて……悪魔として生き続けた果てに、人間を知ったのではないですか?」

「……」

「本来なら、そこで貴方は地獄へ行く筈だった……しかし、タナリス先輩によって思わぬチャンスが訪れた。この世界で、ダンテさんが得た人間の力を知り、手に取ることができるチャンスを……本心ではそう思っているのに、悪魔として生きた自分がそれを許さない……それが、今のバージルさんなんですね」

「……笑い話(ジョーク)のつもりか? 俺は一度も人間の力など求めたことはない」

 

 自分を看破したつもりでいるエリスに、バージルは冷たい声で言葉を返す。

 

 彼が最も嫌っていること。それは、自分が人間だと言われることだ。

 人間は脆弱な生き物だ。1人では自分の身を守れる力さえ持たないにも関わらず、誰かを守るなどと豪語する、身の程知らずで愚かな生き物。

 だから自分は強さを求めるために、弱さを――人間を捨てた。

 

 なのにこの女は、自分が人間の力を求めているなどと、馬鹿げたことを言ってきたのだ。

 これ以上自分を侮辱するつもりならば、今すぐ刀を抜いて彼女の首を斬り落とすまで。

 

 

 ――そう、思っていたのに。

 

「ならどうして、貴方は父の剣ではなく、母のアミュレットを選んだのですか?」

「……ッ!」

 

 エリスが放った言葉に、バージルは初めて動揺を見せた。

 彼女が言っていることは他でもない。あの時、初めてダンテに負けた時――父の剣『フォースエッジ』を捨て、母のアミュレットを選んだ、魔界の底に落ちる前のこと。

 しかし、そのことをバージルは話していない、彼女が知っている筈のないことだった。

 

「貴様……何故それを……」

「すみません……勝手ながらここへ来る前に、貴方の記憶をタナリス先輩から見させてもらいました」

「……チッ」

 

 どうしてそのことを知っていたのか。その理由を聞き、余計なことをしてくれたタナリスを恨むように、バージルは舌打ちをする。

 

「それにバージルさん、ダンテさんが自分を倒したことを話す時……憎たらしそうに話してましたが、どこか少し……嬉しそうでした」

 

 そう話し、エリスはクスリと笑う。

 何故自分の記憶を知っていながら、生前の話を聞いてきたのか、彼女の言葉を聞いてその疑問が晴れた。

 彼女は、バージルの話を聞いていたのではない。話す時に見える、彼の心を見ていたのだ。

 笑顔で見つめてくるエリスを見て、バージルは黙って彼女から目を逸らす。

 

「そして、バージルさんは話しませんでしたが……あの世界から去る直前、笑っていましたよね? 父のように、悪魔と人間の力を持ったダンテさんを見て……」

「……」

 

 エリスにそう問われたが、バージルは口を開かない。肯定もしなければ、否定もしない。

 

「ダンテさんと何が違うのか。どうしてダンテさんは強かったのか……もう、わかっているんじゃないですか? だから、人間に歩み寄ろうと……」

「戯言を。俺が人間に歩み寄るなど――」

「ならどうして、私達を斬ろうとしないんですか?」

「……ッ」

 

 否定しようとすれば、エリスは矛盾を突いてくる。

 まるで、バージルの全てを見透かしているかのように。

 

「どうして、人間を斬ろうとしないんですか? どうして、私達と一緒にいてくれるんですか?」

「……貴様等が、まだ利用価値のある人間だからだ。不必要になればいつでも斬り捨てる」

 

 エリスの問いかけに、バージルは少し間を置いて答える。彼女から目を背けたまま。

 バージルの返答を聞いたエリスは、小さくため息を吐くと、もう一度問いかけた。

 

「では何故、デュラハンに悪魔だと……貴方は寂しそうな顔で答えたんですか?」

「……ッ!」

 

 それは、バージルがベルディアと戦った後、ベルディアが死ぬ間際に問いかけてきた時のこと。

 彼の問いに、バージルは少し間を置いて答えていた。まるで、迷いを見せるかのように。

 

「迷って……いるんじゃないですか? 本心と、悪魔として生き続けた自分……どちらを選ぶか……」

「……俺は……迷ってなどいない。俺はこれからも悪魔として生き続ける。人間の力など……」

「なら、どうしてあの剣士の力を見て、刀を納めてくれたんですか?」

「……ッ」

 

 バージルは、どこか歯切れが悪そうに答える。するとエリスは、畳み掛けるようにすかさず次の質問をぶつけてきた。

 

 あの剣士――ミツルギの最後の意地。人間の力を見たバージルは、満足そうに笑って刀を納めた。それどころか、彼を含む3人の傷を治してくれた。

 

「彼の話をした時……最後のは良かったと、少し嬉しそうに言ってました」

「……黙れ……」

「バージルさんは、自分に正直になれていないだけなんです。だから――」

「黙れッ!」

 

 ガタリと、バージルは椅子から立ち上がる。勢いで椅子が後ろに倒れたことなど気にも止めず、バージルは机を迂回してエリスの前に立つ。

 

「これ以上、俺を侮辱するつもりならば……斬る……」

 

 今まで見たことのない――殺意を剥き出しにした目を見せて。

 バージルは右手で刀の柄を持ち、鞘からキラリと光る刀身を見せる。彼の神速を越える抜刀術には、悪魔だろうと天使だろうとついてくることはできない。

 しかし、エリスは怯えるわけでもなければ警戒するわけでもなく、ただただバージルを優しく見つめている。

 

 そして、両手を胸に当てると――慈愛に満ちた微笑みを見せ、口を開いた。

 

 

「……素直に……なりましょう?」

「――」

 

 

 ――気付けば、バージルは刀を抜いていた。

 

 

*********************************

 

 ――誰もが寝静まっているであろう夜。街の外からは一切の物音が聞こえない。

 その街の中にある、静けさが立ちこむ1つの家。2階の窓から月の光が差込み、1階の床を照らしている。

 光の中心に立つのは、神秘な雰囲気を纏う、月の光に包まれ微笑む女神――エリス。

 それとは対照的に、月の光が届かない暗闇に立っている男。

 

 

「……グッ……!」

 

 抜いた刀を、エリスの首元ギリギリで止めていた――バージル。

 否、止めているのではない――動かせないのだ。

 

「(何故だ……何故斬れない……!?)」

 

 バージルは必死に刀を持っている手と腕に力を込めているが、刀はピクリとも動かない。

 エリスが女神の力を使っているわけではない。彼女は一切魔力を使わず、その場に突っ立っている。

 

 まるで――ここから先に踏み込めば、もう二度と帰ることはできないと、目に見えぬ誰かが警告しているかのように。

 

 ダンテに負ける前の彼ならば、容易く彼女の首を撥ねることができただろう。

 しかし、彼には――ダンテが持つ人間の力を見、相対したことで迷いが生じている今の彼には、斬れなかった。

 

 

 ――かつての母と同じ笑顔を見せるエリスを、斬ることはできなかった。

 

「……ッ」

 

 しばらくして、バージルは刀をエリスのもとから離すと、左手に握っていた鞘の中に納める。

 それを見たエリスは、まるでバージルが最初からそうするとわかっていたかのように、ニコリと笑った。

 気に食わん女だと思いつつも、バージルは刀を持ったまま、机に腰掛けるようにもたれる。

 

 ――ここまで真正面から、自分と向かい合ってきた女は、母、フォルトゥナで出会った女に続いて3人目だ。

 だからだろうか、それとも彼女が女神だからなのか。もう隠すことができないと思ったからだろうか。

 それとも――今を逃せば、もう二度と機会は訪れないと感じたからなのか。

 

 

 バージルは――あの日からずっと隠してきた本心を、エリスに打ち明けた。

 

 

「……俺の記憶を見たのならば、知っているだろう。俺が何度、ダンテと剣を交えたか」

 

 バージルの言葉を聞き、エリスは静かにコクリと頷く。

 

「……最初に奴と戦った時は、何もかも俺の方が上だった。奴が悪魔の力を開放した後でも、それは変わらなかった……しかし、最後の戦いだけは別だった」

 

 バージルは、自分の右横腹に手を置く。

 魔界のどこか――激流が流れる鍾乳洞のような場所。あの戦いは……あの時のダンテの力は、今でも脳裏に焼き付いている。

 

「奴は、遥かに強くなっていた。いくら奴が悪魔の力をコントロールしようとも、たった半日であそこまで力の差を埋めるなどありえない。しかし、俺が悪魔の力を使い、全力でぶつかろうとも……奴は、俺を超えてきた」

 

 ダンテとバージル――スパーダの力を受け継いだ2人の力、センス、成長速度……どれもが同じだった。

 唯一違ったのは性格。バージルは真面目に鍛錬に励み、ダンテは時々サボろうと父親から隠れていた。

 そこで生まれた力の差は、お互いに成長した頃も変わらなかった。バージルが悪魔として力を身につけていたのもあるだろうが、塔の上で戦った時――塔の地下で戦った時、確かにバージルの方が力は上だった。

 ならば何故、ダンテは最後にバージルを超えることができたのか?

 

「この世界に来てから、俺は何度も考えていた……何故、奴はあれほどまでに強くなったのか……しかし、辿り着く答えはいつも同じだった」

 

 その答えはただ1つ。

 バージルは捨て――ダンテは受け継いだ物。

 

「奴は、俺にはない力を得ていた。かつて俺が捨てた力……人間の力を。くだらない力だと思っていた……人間の力など、悪魔の力と比べれば脆弱で価値のない物だと……だが俺は、そのくだらない力に負けたのだ」

 

 ダンテとバージルは、悪魔であるが人間でもある。その人間の部分をダンテは切り捨てず、受け継いだのだ。

 弱くて脆い人間の力――しかしそれは、かつて魔界の軍勢と1人で立ち向かい、魔帝を封印することができたスパーダが、人間界で得た力そのものだった。

 

「本来ならばそこで、俺の生は終わりを迎えていた。しかし、あの女の気まぐれで、俺は再び生を受けた。記憶と身体をそのままにな」

 

 だが、それを知った時にはもう彼は死んでいた。魔帝に殺され、操られ、そして成長したダンテによって魂が解放され、地獄へと行く筈だった。

 なのに、彼は女神タナリスによって、もう一度生きるチャンスを与えられた。憎たらしくも、記憶も身体も引き継いだ状態で。

 

「その時から俺は考え、迷っていた……人の力とは何か? 何故ダンテは得られた? ……そう考える内に、心のどこかで人間の力を求めていたのだろう」

 

 ダンテは人間の力を受け継ぎ、自分を超える程に強くなった。スパーダも、人間の力を持っていたからこそ魔帝を封印できた。

 ならば自分も、人間の力を得れば強くなれるのだろうかと、人間の力に気付いた彼は迷っていた。

 だが――。

 

「しかし……悪魔として生きてきた俺が、それを認めなかった。許さなかった。今更人間を求めるなど……おこがましいにも程があるとな」

 

 自分は悪魔として生き、多くの人間を殺してきた。何人殺したか数えるのも億劫になるほどだ。

 そんな自分が、別の世界で心機一転して人間の力を求めて生きるなど、できるわけがない。許される筈がないのだ。

 

 バージルが初めて語った本心。それを親身に聞いていたエリスは目を伏せ、口を開く。

 

「……確かに、バージルさんは生前、あまりにも多くの人を殺め、混沌に陥れようとしました……その罪は、決して許されるものではありません」

「……」

 

 エリスの言葉を聞き、そうだろうなとバージルは心の中で呟く。

 この罪を償う方法は1つ――地獄へ行き、贖罪を受けるしかない。

 

 

 

「だから――女神としてこの私が、貴方に罰を与えたいと思います」

「……何っ?」

 

 その筈なのに、エリスは伏せていた目を開けると、自ら罰を与えるとバージルに宣言した。

 地獄へ行くものかと思っていたバージルは、内心少し驚きながらもエリスに尋ねる。

 そしてエリスは、降ろしていた両手を再び胸に当て、優しい声でバージルに告げた。

 

 

「この世界の冒険者として生き……その力を、人のために使ってください。決して、自分のためだけに使おうとしないでください……それが、この世界で一生受けていく罰です」

 

 ――生きて、と。

 

「嫌だ、なんて言わせませんよ。これは私が女神として、大罪人である貴方に課した、れっきとした罰なんですから」

 

 願いのように聞こえる罰を告げた彼女は、バージルに近寄りながら言葉を続ける。

 

「けど……今すぐに、とは言いません。少しずつでいい……この世界の人間達に、歩み寄ってください。大丈夫、バージルさんならできますよ」

 

 エリスはバージルの右手を両手で持つと、彼の手のひらを上に向かせ、包み込むように自分の手を置く。

 

「自分の歩んでいる道が間違いだったと気付き、正すことができるのは、人間の素晴らしいところです。そしてバージルさんは今、間違いに気付き、正そうとしている」

 

 バージルの手を包んだまま、エリスは母親のように優しく語りかける。

 

「――『Blessing(祝福を)』」

 

 彼女がそう呟いた途端、2人の手の間から白い光が漏れた。

 手のひらからは暖かい感触を覚え、バージルでさえも少し心地よさを感じるほどだ。

 しばらくして光が収まると、エリスはスッと手を離す。

 

「そして、悪魔でありながら人でもあるバージルさんにしかできないことを……道を歩んでいけると……私は信じています」

 

 バージルの手のひらに――蒼い宝石と、それを包むような銀色の天使の羽で装飾された――アミュレットを置いて。

 そのアミュレットには、微かに女神の――目の前にいる、女神エリスの力が宿っていた。

 女神からのささやかなプレゼント――いや、贖罪者の印とも言うべきだろうか。

 それを渡したエリスは照れくさそうに頬を染め、ニコリと笑っている。

 

 この世界で生きる――罰を受けるべきか否か。もっとも、大罪人であるバージルに選択権などなかったのだが。

 エリスに罰を言い渡された時、彼は心のどこかで――ホッとしてしまった。その時点で、答えはもう決まっていた。

 

「……女神であるにも関わらず、大罪人を現世に残し、更には罰と称して悪魔へ祝福を送るとは……」

 

 エリスから受け取ったアミュレットに視線を落としつつ、バージルは呆れるように呟き――。

 

「……愚かな女だ」

 

 魔剣スパーダを手にしたダンテを見たときのように――笑った。

 

 

*********************************

 

 ――夜の街を照らしていた月は姿を隠し、日はまた昇る。

 山の向こうから顔を出した太陽がアクセルの街を照らし、そこで暮らしている人々が次々と目を覚ます中――。

 

「……ムッ……」

 

 この男――バージルも目を覚ました。

 バージルはベッドから起き上がると、傍にかけてあった青いコートを手に取り、階段を降りていく。

 

 昨日の夜――話を終えたエリスは、クリスの姿になって家を出た。やましいことなんて何一つしていない。もっとも、この男はその気など全くなかったのだが。

 バージルは青コートに袖を通しながら1階へ降りる。

 いつもと変わらない朝――しかし、ここまで清々しい朝は、この世界に来てから……いや、以前の世界も含めて初めてだった。

 

 ――とその時、扉を軽く叩く音がバージルの耳に入る。

 

「……?」

 

 こんな朝早くに来客とは珍しい。クリスだろうかと思いながら、バージルは扉に向かって歩く。

 そして扉を押し開け、ノックをしてきた来客を見た。

 青と黄色の装飾の鎧を身にまとい、腰元に1本の剣を付けた茶髪の男。

 

「……貴様は……」

「昨日ぶりです、バージルさん」

 

 昨日、バージルが叩き直してやったソードマスター、御剣響夜だった。

 彼の後方10メートル先では、何やら怯えた表情でバージルを見ているミツルギの取り巻き2人が待機している。

 一方は刺し殺しかけられ、一方は締め殺しかけられたのだ。バージルにトラウマを持っていても無理はないだろう。

 

「これ、落し物ですよ」

 

 しかし、同じく殺されかけた筈のミツルギは、決して怯える様子を見せず、懐から3つの空き瓶を取り出してバージルに見せてきた。

 それは、バージルが3人を回復させるために使った、回復の粉が入っていた瓶。これを返すためだけにわざわざ来たのだろうか。

 

「そんな物は知らん」

「そうですか……なら、僕達が預かっておきますね」

 

 バージルの返答を聞いたミツルギは、わかっているかのようにイケメンスマイルを見せて、瓶を再び懐にしまう。

 用はそれだけかと思い、バージルが扉を閉めようとした時――ミツルギは、バージルに頭を下げてきた。

 

「バージルさん、ありがとうございました」

 

 頭を下げたまま、ミツルギはバージルに礼を告げる。

 

「バージルさんと戦ったお陰で、いかに自分が魔剣に頼っていたかを思い知りました……まともに戦える力も無しに、仲間を守るだなんて言い張って……身の程を知れって話ですよね」

 

 頭を上げたミツルギは、あの時の自分がいかに無力であったかを、自分に言い聞かせるように話す。

 ……もっとも、あの戦いは相手が悪すぎたとしか言えないのだが……。

 そんなミツルギを見たバージルは、扉を閉めようとした手を止め、黙って彼の話を聞き続ける。

 

「なので、今日からまた……この街から、3人で旅をやり直そうと思っているんです。武器も防具も見直して……本音を言えばレベル1からやり直したいんですけど、レベルドレインなんてスキル持ってる味方キャラなんて、この街にはいないでしょうし」

 

 再び駆け出し冒険者からやり直すと、バージルの前でミツルギは宣言する。

 そう話した彼の顔は、以前見た時とはまるで別人になっており、どこか清々しさを覚えた。

 

「後ろの2人にはこれから話すところで……まずはバージルさんに話したいと思って、街の人にバージルさんの家を聞き、伺わせてもらいました」

「……そうか」

「……改めてバージルさん、本当にありがとうございました。またいつかお会いしましょう」

 

 ミツルギは再び頭を下げると、別れの言葉を告げてバージルに背を向ける。

 そして、ミツルギが後方で待機していた仲間のもとへ行こうと歩き出し――。

 

「待て」

「……はい?」

 

 バージルは短く言葉を発し、ミツルギを呼び止めた。

 呼び止められるとは思っていなかったのか、ミツルギはどうしたのかと疑問に思いつつ後ろを振り返る。

 彼が足を止めたのを見たバージルは、ミツルギから背を向けて家の中に入っていった。ミツルギは首を傾げながらもその場で待つ。

 しばし待っていると、再びバージルが家の中から出てきた。

 

 両手に、浅葱色の大剣――魔剣ベルディアを持って。

 

「……この魔剣を貴様にやる」

「えっ!?」

 

 まさかのプレゼントを目の当たりにし、ミツルギは目を見開いて驚いた。

 バージルが持ってきたのは、昨日の夜、戦っていた時も彼が背負っていたもの。

 しかし、まさか自分が持っていた物と同じ、魔剣と呼ばれる物だとは思っていなかった。

 

「えっ……い……いいんですか!? いやでも、僕は魔剣に頼らない力を身に付けると誓って――」

「いいからさっさと受け取れ」

「は、はいぃっ!」

 

 これを受け取るべきか否か。バージルの前で葛藤していたミツルギだったが、脅すように黙って取れとバージルに言われ、すぐさま受け取ることにした。

 太陽の光が反射してキラリと光る魔剣を見て、ミツルギはゴクリと息を呑む。そして、ゆっくりと魔剣に手を伸ばし――。

 

「――渡す前に言っておく」

「……?」

 

 魔剣が手に触れる直前、バージルが忠告を促すように言ってきた。

 ミツルギは魔剣を取ろうとした手を止め、バージルの言葉を聞く。

 

「この魔剣には、魂が宿っている。それも厄介な魂がな」

「魂……ですか?」

「奴は、真の強者しか認めない男だ。この剣を扱う者が奴の気に入らない者であれば、魔剣は一切力を貸さん。それどころか、逆に魔剣を扱う者の意思を乗っ取り、身体を支配しようとするだろう」

「うっ……」

 

 バージルの話を聞いて、ミツルギは思わず伸ばした手を引っ込めそうになってしまう。

 目の前にあるのは、使用者の意思を取り込み、肉体を奪ってくるという、謂わば呪いの剣だとバージルは言う。

 こんな自分が、本当にそんな魔剣を扱えるのだろうか。

 

 ――だが、そんなミツルギを激励するように、バージルは言った。

 

「決して、魔剣の力に溺れるな。己が力に変えろ。力を支配しろ。その時にこそ、この魔剣は力を貸すだろう」

「……ッ!」

 

 魔剣を扱える力がなければ、強くなればいい。魔剣が身体を奪おうとするなら、抗い、逆に乗っ取ればいい。

 全ては、大切な仲間を守るために――。

 

 ミツルギは意を決し、魔剣の柄を握る――瞬間、ミツルギは一瞬背筋が凍るような感覚に陥った。

 レベルはそれなりに高いものの、魔力に関してはまだまだ未熟な彼でも感じる――絶大な魔。

 今の自分では、いとも簡単にこの魔力に飲まれてしまうだろう。しかし――決して力には溺れたりしない。

 自分には――守るべき者がいるのだから。

 

「――はい! 師匠!」

「ムッ……」

 

 ミツルギは魔剣ベルディアを強く握り締め、元気よく声を上げる。予想だにしていなかった呼び方で呼ばれ、バージルは少し驚いた。

 その間に、ミツルギは魔剣を手にしたまま仲間のもとへ走っていく。

 

「ちょっとちょっとキョウヤ!? アイツ私達のことぶっ刺してきた奴だよ!? なんであんな仲良さそうに話してんの!?」

「そ、それにその剣……あの人が背負ってたヤツだよね……それ多分ヤバイやつだよ! 別の剣に替えようよ!?」

「ハハ……まぁヤバイといえばヤバイかな……でもこれじゃなきゃダメなんだ。それと、一旦宿に帰ってもいいかな? 2人に話しておきたいことがあるんだ」

 

 ミツルギは仲間の2人と話しながら、バージルのもとから離れていく。

 遠くなっていくミツルギの背中を見ながら、バージルはため息を吐いた。

 

「……師匠……か」

 

 そんな風に呼ばれる日が来ようとは思ってもみなかった。前の世界では弟子を取るどころか、誰かに何かを教えるなどしたことがない。

 ましてや、あのように誰かへ授け……人間と関わりを持つことなど。

 

 ――しかし――。

 

「……悪くない」

 

 バージルはフッと笑いながら呟き、扉を閉めて家の中に戻る。

 そして、今日もクエストへ行くために支度を始めた。

 

 

*********************************

 

 ――ダンテに敗れ、魔界に落ちたバージルは、単身魔界の軍勢に挑むも敗北。彼は魔帝に操られ、ネロ・アンジェロとなり、数年後、マレット島にて再びダンテと剣を交える。

 3度の死闘を経て、再びダンテに敗れたバージル。魔帝から開放された彼の魂はこの世から消え去り、地獄へいくのもかと思われた。

 

 ――が、彼の魂は地獄に行かず、1人の女神のもとへ呼び寄せられる。

 女神は言った。「地獄へ行くか、異世界へ行くか」

 伝説の魔剣士の息子であり、人々を混沌の渦に巻き込んだ大罪人。冒険者として彼は求める。

 

 

 ――悪魔の力を――人間の力を。

 

 

「――I need more power(もっと力を)!」

 

 

 このくだらない(素晴らしい)世界で――。

 




最終回みたいな勢いですが、私もそのつもりで書きました。エタった時の予防線ともいう。
というわけで、第2章最終回でした。これにてシリアスは一旦終わります。次回からはいつも通り……あれ?いつも通りって何だっけ……?

【挿絵表示】


【挿絵表示】

とりあえず、こんな感じで日常回を書いていきたいと思います。
因みにこのラフ画はのん@挿絵描くマン様が、挿絵を依頼した際に勝手に描いてくださいました。マジで何考えてんだ(ありがとうございます)
私のページの画像管理にURLを貼り付けておりますので、絵の感想は是非ともそちらへ。

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