この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第11話「この駆け出し冒険者の街に襲来を!」

 太陽が空の頂点を超えた昼過ぎ。

 アクセル支部の冒険者ギルドにある酒場は、昼食を目的にした者や、昼間っから酒を飲みに来る冒険者がまばらに座っている。夜ほど忙しくはないので、ギルド職員も暇を持て余している者がチラホラ。

 そしてクエストの貼り紙が貼られている掲示板の前、ひとり静かにクエストを物色している冒険者がいた。

 

 青いコートと銀髪オールバックが特徴的な男、バージル。視線の先にあるのは高難度のクエスト──というよりも、それしか貼り出されていなかった。先日、カズマから聞いた通りの状況であった。

 

 アクセルの街に住む駆け出し冒険者が高難易度クエストに挑むわけもなく、掲示板前は寂しいことになっている。受付嬢も暇なようで、カウンター内に座りながらもコクリコクリと眠りかけている。

 

 しかし、バージルには何の関係もない。冒険者達がゆっくり休んでいる傍ら、彼はいつものようにクエストへ行こうとしていた。

 第一希望は特別指定モンスターであったが、貼り出されていない。変わり種の物であれば、別の街までの護衛、魔術の実験体募集、レア素材の納品などもあったが、バージルには討伐以外に興味が沸かない。

 

「(『ブルータルアリゲーターの討伐』か)」

 

 まともなのはこれくらいかと、かなり妥協して受けるクエストを決める。バージルは貼られていた紙を取ろうと手を伸ばす。

 

「クエストに行くのか?」

「……ッ!」

 

 その時、背後から聞こえた声にバージルは背筋を凍らせた。

 透き通った女性の声──聞き覚えがあり、聞きたくなかった声。バージルはおもむろに振り返る。

 

「実家に帰ったと聞いていたが……」

「カズマが話したのか? といっても昨日帰ってきたのだがな。筋トレで己の身体をじっくりと痛めつけてきた」

 

 この世界で最も苦手とする女騎士、ダクネスであった。彼女は凛とした表情でバージルと向き合っている。

 

「今日はクリスと一緒ではないのか?」

「知らん。見ていない」

「ふむ……ところで、高難易度のクエストに行くのか? なら私も一緒に──」

「断る。貴様と行動を共にすると想像しただけで吐き気が出る」

「んんっ……! あ、相変わらず容赦のない言葉だな。安心したぞ……ふっ! くうぅっ!」

 

 バージルの塩対応に、ダクネスは身を震わせている。彼の口から自然に出る言葉は、彼女にとって大好物のようだ。

 肌に鳥肌が立つのをバージルが感じている傍ら、息を落ち着かせたダクネスは再び話しかけてきた。

 

「そうだ。実は筋力をアップさせながら精神も高める効率の良いトレーニング方法を思いついたんだ。君が手伝ってくれるとありがたい。簡単に説明すると、腕立て伏せをしている私の背中に座りながら、先程のような容赦のない罵倒罵声を浴びせて──ってあっ!?」

 

 これ以上話を聞くのは危険だ。バージルはクエストの紙を取るのも忘れて掲示板のもとから離れていった。

 

 

*********************************

 

「見て見て!『花鳥風月』! 水の女神たる私にピッタリのスキルじゃない!?」

「おおっ! 綺麗な水と虹がどこからともなくっ! 凄いですアクア!」

「(宴会芸じゃねぇか)」

 

 一方その頃酒場にて。覚えたての宴会芸スキル『花鳥風月』を披露するアクア。

 宴会芸スキル。戦闘には何ら意味も無さそうでありながら、スキルポイントがバカ高い。冒険者からすればポイントの無駄遣いでしかないスキルである。

 もうこの駄女神は、本来の目的である魔王討伐を忘れているのではないだろうか。カズマは呆れて物も言えず、掲示板の方へ視線を移す。

 

 

「そう逃げなくてもいいではないか! 私はただ、今より更なる高みを目指すために筋トレの効率を上げたいだけなんだ!」

No talking(話しかけるな)

「(うわぁー……早速絡まれてる)」

 

 視界に映ったのは、昨日帰ってきたダクネスに早々から絡まれていたバージル。彼は逃げるように早歩きでこちらに向かってきていた。

 バージルとは、力を貸してもらう代わりにダクネスが暴走したら止めるという契約で協力関係を結んでいる。バージルからのアイコンタクトを受け取ったカズマは、自ら二人の間に割って入った。

 

「おーっとダクネス。その辺にしといてあげようねー」

「なっ!? 止めるなカズマ!」

「どうせ、昨日俺にも話した筋トレのことをバージルさんに頼もうとしたんだろ? その筋トレには俺が付き合ってやるから。なんなら罵倒罵声に加えて蹴りもプラスしてやるぞー?」

「……っ!? か、カズマがそこまで言うのなら仕方ない。や、約束だからな?」

 

 ダクネスの言葉に対し、後で適当に理由を付けて断ればいいだろうと思い、カズマはハイハイと適当に返事をする。

 

「ムッ! 現れたわね青サムライ! 私の華麗な『花鳥風月』を見なさい! そして私を女神と崇め、ついでに仲間になりなさい!」

「おや、我が同志ではありませんか。よかったらこの後、私の散歩に付き合いませんか? まだお見せできていない我が爆裂魔法をとくとご覧にいれてあげましょう!」

「そうだな。機会があれば付き合ってやろう」

「くぉらぁああああーっ! 私を無視すんなぁああああー!」

 

 無視するバージルに声をがなり立てて絡むアクア。酒場内にいる冒険者達は「またあいつらか」と思うも、そこにバージルの姿があるのを知って二度見していた。

 ひとまずダクネスの魔の手から逃れ、一息吐くバージルであったが――。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは戦闘態勢で街の正門に集まってください!』

 

 キャベツ収穫祭の時にもあったけたたましい警報音が酒場内に鳴り響き、続けて受付嬢のアナウンスが冒険者に向けて伝えられた。

 

「なんだ!? またキャベツか!?」

「いえ、キャベツ収穫祭は年に一度の筈。しかも戦闘態勢が前提となると……」

「イベント以外で起こる緊急クエストは、大概が強力なモンスターの襲来だ」

「マジで!?」

 

 アクセル街に住んでいるめぐみんとダクネスが言うのなら間違いないだろう。彼女達の言葉を聞き、カズマに緊張が走る。

 だがその一方で、ようやく異世界ファンタジーらしいイベントが発生したことに喜びも覚えていた彼は、意気揚々と仲間達へ声を掛けた。

 

「こうしちゃいられない! 俺達も急ぐぞ! バージルさんも……あれ? どこいった?」

「アイツなら、カズマがアワアワしてる間にギルドから出て行ったわよ?」

「早いなっ!?」

 

 

*********************************

 

 アクセルの街、正門前。緊急招集を受けてきた冒険者達は揃って強ばった表情を浮かべ、前方を見つめている。その中には、バージルの姿もあった。

 彼は他の冒険者と同じく、静かに様子を伺っている。と、後方から自分の名前を呼ぶ声が。

 

「いたいた! バージルさん!」

 

 振り返ると、カズマが迫ってきているのを確認した。彼は人ごみを避けながらバージルの横へ。パーティーメンバーであるアクア、めぐみん、ダクネスの姿もあった。

 

「敵はどこだ!?」

 

 やる気に溢れたダクネスが尋ねてくる。バージルは言葉を返さず前方へ顔を向ける。同じくカズマ等も視線を前に。

 馬車が通ることで施工された道。そこに立つのは黒い体表に赤毛の馬と、それに乗った灰色の甲冑とマントを纏う、浅葱色の大剣を片手に持つ騎士。

 冒険者と勘違いしそうな風貌だが、明らかに異質な点がひとつ。

 

 相対する馬と騎士に頭は無く、騎士に至ってはその頭を、左手に抱えていた。

 

「俺はつい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが……」

 

 首なし騎士の言葉に、隣りにいたカズマは驚愕する。

 駆け出し冒険者である街に、ボスの一人が唐突に襲来したのだ。無理もない。

 

「(魔王軍幹部か。向こうから出向いてくれるとは、手間が省けたな)」

 

 緊張する彼とは対照的に、バージルは不敵な笑みを浮かべていた。

 実はこの男、先日カズマからアクセルの街付近に魔王軍幹部が住み着いた話を聞いた時から、幹部と戦うつもりでいた。

 首なし騎士からは強い魔力を感じられる。キャベツとは違いハズレ枠ではないと確信し、早く戦いたい衝動を抑えながらも首なし騎士の言葉を待つ。

 全冒険者が固唾を呑んで言葉を待つ中、首なし騎士は赤い目を光らせ──冒険者達に告げた。

 

 

「毎日毎日毎日毎日! 俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでくる頭のおかしい大馬鹿は、誰だぁあああああっ!」

 

 魔王の幹部は、それはそれはもうお怒りだった。

 

「爆裂魔法?」

「この駆け出しの街であの魔法を使える奴って言ったら──」

 

 レベルの低い駆け出し冒険者が集まる街の中で、爆裂魔法を覚えている、頭のおかしいアークウィザード。そんな問題児はただひとり。

 

「ギクッ……」

 

 バージルとカズマに挟まれる形で立っている、爆裂魔法大好き中二アークウィザードこと、めぐみんである。

 冒険者達の視線を一挙に浴びる中、彼女は濡れ衣を着せるかのように赤髪の魔法使いへ視線を送る。

 

「な、なんで私が見られてんの!? 爆裂魔法なんて使えないよぉっ! 私まだ駆け出しで……信じてください! まだ死にたくない! 小さい弟たちだっているのに!」

「むぐぐっ……」

 

 が、作戦は失敗したようだ。赤髪の魔法使いはわんわんと泣き出し、未だめぐみんは視線の集中砲火から逃れられない。

 彼女は涙目になりながらも両隣の男達にアイコンタクトで助けを求めたが、カズマはおろか、バージルまでもが目を背けた。

 

 結局、というより最初から逃げ場などなかったのだが、めぐみんは覚悟を決めるように両手で自身の頬を叩き、果敢にも自ら魔王軍幹部の前に出た。

 

「お前が……ッ!」

 

 幹部は憎しみが溜まりに溜まった目でめぐみんを睨みつける。あまりの威圧感と恐怖に尻もちをつきそうになるも、めぐみんは負けじと睨み返す。

 キャベツ収穫の稼ぎで新調した、色艶を見せるマタナイト製の杖を差し向け、誇り高き名を告げた。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードにして爆裂魔法を操る者! 気高き紅魔族の者にして、この街随一の魔法使いである!」

「めぐみんって何だ! バカにしてんのか!?」

「ち、違うわいっ!」

 

 この状況に陥ってもなお、彼女は自分をバカにしていると思われたのであろう。魔王軍幹部の怒りのボルテージが更に上昇していく。

 

「こんのガキャァ……まぁいい! お前! 俺が幹部だと知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい! その気がないなら街で震えているがいい! ねぇなんでこんな陰湿な嫌がらせするの!? どうせ雑魚しかいない街だと思って放置しておれば調子にのってポンポンポンポン撃ち込みに来おって! 頭おかしいんじゃないのか貴様!」

「誰が頭のおかしいアークウィザードですか! それに、いくら上位職でも私は駆け出し冒険者! そんな私が、爆裂魔法の練習をするのがいけないと言うのですか!? 初心者が強くなるために練習するのを、貴方は禁止するのですか!?」

「練習だったらもっと他の場所でしろよ!? なんでウチなの!? 百歩譲って七日に一回なら俺だって許したよ! あぁもう一週間過ぎたのかって目安にもなるし! けど一日一回クッソデッカイ音を鳴らす爆裂魔法を放たれてみろ!? そりゃノイローゼにもなるわ! 俺が魔力で固定してるからいいものの、それがなかったら城がおじゃんになってたぞ!?」

「七日に一回!? それは無理です! アークウィザードは一日一回爆裂魔法を撃たなければ夜も眠れない身体なんです!」

「流れるように嘘を吐くな! そんな話聞いたことないぞ!?」

 

 熾烈を極めるめぐみんと魔王軍幹部の言い争い。といっても、めぐみんの苦し紛れな言い訳に対し、魔王軍幹部がぐうの根も出ない正論で返すという、勝負にすらなっていないものであるが。

 ダクネスとアクアが呆れた様子で、カズマが物凄く申し訳なさそうな顔で魔王軍幹部を見ている中、バージルは──。

 

 

「(……帰りたい)」

 

 早々に帰りたくなっていた。

 

「信じなくても構いません。どちらにせよ貴方は、ここで倒される宿命なのですからっ!」

「サラッと話をすり替えるな! まずは謝罪しろ謝罪!」

「城に爆裂魔法を放ち続けていたのは、貴方をおびき出すための我が作戦! まんまと出てきたのが運の尽きです!」

「さっき練習のためって言ってたよなお前!?」

「それも兼ねてです!」

 

 どうだと言わんばかりの勝ち誇った表情を浮かべているめぐみん。しかし仲間であるカズマとダクネスは、終始呆れ顔を見せていた。

 

「今、彼女はサラリと作戦だったことにしていなかったか?」

「よくもまぁ咄嗟にそんな嘘が吐けるなアイツは。横にいるチンパンジー並みの知力しかない駄女神は見事に騙されてるし」

「なるほど! 全ては陽動作戦だったのね! 最初は呆れてたけど撤回するわ! やるじゃないめぐみん!」

「(……帰るか)」

 

 三人が観戦している横で、バージルは正門前から去るべく背を向ける。

 この騒動が収まるまで宿で寝ていよう。そう考えながら一歩踏み出そうとした、その時であった。

 

「水を自在に操る高い魔力に合わせて屈強な戦士にも負けないパワーを持ったアークプリーストに、計り知れない力と剣術を持つ蒼白のソードマスター! 今この街には、魔王に届きうる刃となりえる二人の冒険者がいるのです! 貴方のような魔王の下っ端など塵に等しい!」

「……What?」

 

 それよりも先に、めぐみんによって巻き込まれてしまった。予想していなかった展開に、彼は思わず固まる。

 しかしその横では、待ってましたとばかりに意気込むアクアが。

 

「ここで私を呼ぶなんて粋な計らいね。さぁ行くわよバージル! 私についてきなさい!」

「知るか。一人で行け」

「バージルさん!?」

 

 これ以上茶番に付き合うつもりなどなかった彼は、背を向けたまま吐き捨てる。

 一方、巻き込まれたのは同情するが、それでも彼が行けばすぐに事が済むと期待していたカズマ。バージルが反対する意思を示したことに驚き、焦りを見せる。

 周りの冒険者も驚いていたが、バージルは気にせずアクセルの街へ歩き出す。が──。

 

 

「へぇー、逃げるんだ?」

「……何だと?」

 

 アクアは、帰ろうとしたバージルへ、憎たらしい顔で煽ってきた。

 

「めんどくさそうに言ってるけど、内心じゃあの敵にビビりまくってるんでしょ? ププッ……まぁあんな雑魚っぱ私ひとりで十分だし、アンタはさっさとお家に帰ってベッドの中でガタガタ震えてなさい。ほらっ、ハウスハウス」

 

 百人が見たら百人は全力で腹パンしたくなるような顔で、バージルを挑発する。コイツはいつか斬られるのではないだろうかとカズマは未来を憂う。

 一方、アクアによる煽り度MAXな挑発を受けたバージルは──。

 

「誰があんな雑魚に怯えていると? 貴様こそ、ボロを出して役立たずになる前に立ち去るがいい」

「プププッ、強がっちゃって。後であの敵に泣いて赦しを請う姿が目に浮かぶわ」

「ほざけ」

 

 クルリと魔王軍幹部がいる方角へ向きを変え、アクアに言い返しながら刀の下緒を解いた。二人は互いに言い合いながらも、魔王軍幹部と対峙するめぐみんのもとへ向かう。

 

「(アクア、ナイス挑発!)」

 

 その様子を見ていたカズマは、珍しくアクアが役に立ってくれたことに感動を覚え、この世界に来て初めてアクアに感謝した。

 

 

*********************************

 

 

「私がいるこの街に来たのが運の尽きね! 神聖なる魔法で消し去ってあげるわ! 覚悟しなさい!」

「アークプリーストにソードマスター。そしてこの私、爆裂魔法を操るアークウィザード! 魔王軍幹部といえど、上級職三人相手では分が悪いでしょう。逃げるのなら今のうちですよ?」

 

 三人が並び立ち、アクアは対峙する魔王幹部へ挑発する。心強い味方が来たからか、めぐみんも強気な姿勢を見せていた。

 歯ぎしりが激しくなると共に怒りがこみ上げてもおかしくない場面であるが、魔王幹部は反応を示さない。

 

「ほう……」

 

 彼は挑発に目もくれず、めぐみんの隣に立っていたバージルを興味深そうに見つめていた。

 

「ちょっと! アンタ聞いてんの!?」

「んっ? あぁ、すまない。全く聞いていなかった」

「ムッキーッ!」

 

 ガン無視されて逆に怒りを覚えるアクア。しかし魔王軍幹部は目もくれず言葉を続ける。

 

「戦う気でいるようだが、俺は争いをしに来たわけではない。そこの爆裂魔法を毎日撃ち込みに来るはた迷惑なイカレ魔法使いへ注意しに来ただけだ」

「おい、そのイカレ魔法使いとは誰のことを言っているのか教えてもらうか」

「御大層な登場をしたわりにはアッサリ退くのね。ビビって腰が引けたのかしら?」

「自分で言うのもなんだが、俺は『勇者殺し』の異名を持っている。上級職が三人いたところで狼狽えるタマではない」

 

 魔王軍幹部は大剣を馬に乗るよう後ろに置き、空いた右手を空に掲げる。そして、禍々しい色を放つ魔力が集まり始めた。

 ただならぬ気配を見せる魔王軍幹部に、三人は戦闘態勢を取る。魔王軍幹部は、めぐみんを睨みつけると──。

 

「しかし、このままではまた爆裂魔法が飛んできそうだからな……お前には、キツーイお灸を据えてから去るとしよう!」

 

 赤い目を光らせ、魔力の塊をめぐみんへと放った。魔力の塊は目まぐるしいスピードでめぐみんに向かっていく。加えてお互いの距離は短い。

 回避は不可能。めぐみんは思わず両目を閉じる。

 

 が──彼女に当たることはなかった。

 訪れない痛みを不思議に思い、めぐみんは閉じていた目を開ける。

 

 

「ぐっ……ううっ……!」

「だ、ダクネス!?」

 

 めぐみんの前には、彼女を守るように両手を広げて魔王軍幹部の攻撃を受けたダクネスがいた。ダクネスは呻き声を上げながら、片膝を地面につける。彼女の左胸からは、先程魔王軍幹部が放ったのと同じ禍々しい色をした煙が立っていた。

 

「想定外の結果だが、仲間を思う冒険者には効果的か。よく聞けめぐみんよ! 今お前を庇ったそこの騎士が受けたのは『死の宣告』! 断言しよう。そこの騎士は一週間後に死ぬ! お前の大切な仲間は、死の恐怖に怯え苦しむことになるのだ! 貴様のせいでな!」

 

 『死の宣告』──受けた相手には死が訪れる呪いのスキル。

 魔王軍幹部からの宣告に、めぐみんは戦慄する。自分のせいで死ぬ定めを受けてしまった。その事実が、彼女の心を強く締めつける。

 

「辛いだろう? 苦しいだろう? しかし、もう止められない。仲間の苦しむ様を見て、自らの行いを悔いるがいい! クハハハハハハハッ!」

 

 絶望するめぐみんを見て、魔王軍幹部は高笑いを見せる。

 誰もが絶望する展開。だがその中で一人──バージルは、これから起こる出来事を予測し、いつにもまして真剣な表情で魔王軍幹部へ告げた。

 

 

「悪いことは言わん。今すぐ逃げろ」

「ムッ?」

 

 彼の口から出たのは、あまりにも予想外な忠告。それも怒りを覚えてではなく、本気で魔王軍幹部を心配している様子。その意図がわからず、魔王軍幹部は困惑する。

 

「ダクネスー!」

 

 その時、正門前からカズマが駆け寄ってきた。怒涛の展開に固まってしまった彼であったが、ようやく我に返り、慌ててダクネスのもとへ。

 

「来るな! カズマ!」

 

 しかし、それをダクネス本人が止めた。カズマは思わず足を止める。

 めぐみんとカズマが心配そうに見つめる中、ダクネスは剣を杖代わりにして立ち上がると、魔王軍幹部を睨みつけてこう告げた。

 

「つまり貴様は、この私に死の呪いを掛け、呪いを解いて欲しくば俺の言う事を聞けと、そう言いたいのだろう!?」

「ファッ?」

 

 あまりにも斜め上過ぎる発言。魔王幹部から変な声が漏れる。

 一方、駆け寄ろうとしていたカズマは彼女が何を言わんとしているかを瞬時に理解し、冷ややかな目を向けていた。バージルも、手遅れだったかと額に手を当てている。

 

「見ろ! 奴の兜の下から見えるいやらしい目を! あれは私をこのまま城へと連れて帰り、呪いを解いて欲しくば黙って言う事を聞けこのメス犬がと、凄まじいハードコア変態命令を要求する変質者の目だ!」

「何あらぬ誤解を口走ってんだお前は!? お、おい! 後ろにいる冒険者共も信じるな! そんな目で俺を見るな!」

「くっ……! 私は、呪いなんかでは屈しない! 私の身体は好きにできても、心までは自由にできると思うなよ!」

「ちょっとマジで何この女!? メッチャ嬉しそうに笑ってんだけど!? き、きちぃっ……!」

「行きたくはないが仕方ない! ギリギリまで抵抗してみせるから、カズマ達は邪魔をしないでくれ! では、行ってくりゅうううううううっ!」

「話を聞けよ変態女ぁあああああっ!」

 

 ダクネスは恍惚に満ちた表情で、魔王軍幹部のもとへ意気揚々と駆け出す。魔王軍幹部は大声で静止を呼びかけるが、ダクネスは止まらない。

 

「――がふっ!?」

「あうっ!?」

「っ!?」

 

 筈だったのだが、魔王軍幹部のもとへ「辿り着いてしまう前にダクネスは倒れた。うつ伏せになっている彼女の上には、覆いかぶさるようにカズマが同じうつ伏せで倒れていた。

 

「何をするのだカズマ! 私は今、奴によって城に囚われ、魔王の手先に理不尽な要求をされる女騎士という予想外に燃えるシチュエーションへ飛び込もうとしているのだ! いきなりこのような圧迫祭りをしてくれたのは嬉しいが、邪魔をしないでくれ!」

「こんな危機的状況であるにも関わらず、カズマは自分の欲求を満たすことを最優先としているのですか……変態です」

「うっわー、引くわー。カズマさん引くわー。冒険者どころか敵までも見てる中で野外プレイするとかマジで無理なんですけど」

「おい待て! 勘違いすんなよ! 俺はいきなりバージルさんに投げ飛ばされたんだ! 不可抗力なんだよ!」

 

 慌てて弁明するカズマの言葉を聞き、魔王軍幹部は目線をカズマ達がいる場所から遠くへ移す。そこには、早く逃げろと目で訴えるバージルの姿が。

 

「すまない! 蒼白のソードマスターよ!」

 

 アイサインを理解した魔王軍幹部は、礼を告げてからカズマ達に背を向ける。

 

「そ、そこの魔法使い! 言い忘れていたが、死の宣告を解きたくば城へ来るがいい! 果たして無事に俺のもとへ辿り着けるかな!? ハハハハハハーッ!」

 

 最後に重要な言葉を早口で言い残し、逃げるようにこの場から走り去っていった。

 

 

*********************************

 

 

「女騎士として求めていたシチュエーションが……」

 

 魔王軍幹部が自ら立ち去ってくれたことで、この街を守ることはできた。ダクネスは満足いく結果ではなかったようで、いじけるように地面を弄っていたが。

 

 これにて一件落着――とは言えなかった。それを表していたのは、独り俯いているめぐみん。

 

 魔王軍幹部は言っていた。死の宣告を解くには彼のもとへ──彼のいる城へ行かなければならないと。

 敵の巣窟である城に、爆裂魔法を一回しか使えない自分が行けばどうなるか。想像できないほど馬鹿ではない。

 

 が、怯えて指を咥えるほど落ちぶれてはいない。自分は紅魔族随一、アクセルの街随一のアークウィザードなのだから。

 溢れそうになっていた涙を腕で拭うと、意を決した表情で顔を上げる。

 

「ちょっと城まで行って、あの魔王軍幹部に爆裂魔法をぶち込んで呪いを解かせてみせます」

 

 めぐみんは力強く、怯える自分を誤魔化すように告げる。

 怖くないといえば嘘になる。しかし、ここで行かなければ本当にロクデナシとなっていまう。

 彼女の決意を横で見ていたカズマはめぐみんのもとに歩み寄り、優しい声で話しかけた。

 

「俺も一緒に行くよ。お前一人じゃ、雑魚相手に爆裂魔法撃って終わっちまうだろ? そもそも、お前の日課に毎回付き添っておきながら幹部の城だって気付かなかった俺も悪いしな」

「カズマ……」

 

 彼の言葉を聞いためぐみんは、嬉しさのあまりか再び涙が零れそうになる。

 そんな中、自分の為に危険に身を晒す二人を止めるべく、ダクネスは声を上げた。

 

「よせ二人とも! 私のために──!」

「大丈夫だって。呪いは絶対なんとかしてやるから、お前は筋トレでもしながら待ってろ」

「魔王幹部がいる城だぞ!? 駆け出しのお前達が行くのは危険過ぎる!」

「確かに危険だな。俺達だけなら」

「えっ?」

 

 心配するダクネスを安心させるように、カズマはニッと笑った。

 

「俺達には、幹部どころか魔王すら目じゃない協力者がいるだろ?」

 

 カズマはそう言ってめぐみんに目を向ける。彼が何を言っているのか理解しためぐみんはコクリと頷き、カズマと共に正門へ向けて走った。

 

 その先にいたのは、アクセル街に向けて歩き出していた蒼いコートの男。

 

「バージルさん!」

 

 カズマは声を大にしてバージルを呼び止める。彼が振り返らずに足を止めたのを確認して、カズマは言葉を続けた。

 

「俺とめぐみんは今から城に行きます。でもコイツは、爆裂魔法を一発撃てば歩くこともできなくなる上に、それ以外の魔法を覚えようともしない奴で……俺は盗賊のスキルしか扱えない新米冒険者。俺達だけだと幹部の所に行くことすらできない」

 

 カズマの話を、バージルは黙って聞いている。背中を向けているため、彼の表情は読めない。自分達を哀れに思っているのかもしれない。無様だと思っているのかもしれない。

 だがそれでも構わない。カズマは意を決し、頭を下げた。

 

 

「報酬はいくらでも出します! 俺達と城に──!」

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 瞬間、カズマ達の後ろから声が聞こえたと同時に、眩い光が現れた。

 何事かと咄嗟に振り返ると、そこには暖かい光に包まれたダクネスと、彼女に向けて花が咲いた杖を構えていたアクア。

 そして、ダクネスの身体から魔王軍幹部が放った呪いの瘴気が引っ張られるように出ていき、そのまま天へと昇って消えた。

 光が収まったところで、アクアは自慢気に笑って告げた。

 

「この私にかかれば、アイツの呪いの解除なんて楽勝よ!」

「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

 

 『セイクリッド・ブレイクスペル』──対象にかけられた魔法や呪いを解除するアークプリーストのスキル。

 自身のレベルが高ければ高いほど、確実に解除できるようになるのだが、逆に魔法や呪いをかけた者のレベル差が自身より高いと、このスキルは無効化される。

 先の魔王幹部もそうだ。並みのアークプリーストでも『死の宣告』を解くのは難しいが、彼女は腐っても女神だったようだ。

 ダクネスにかけられた『死の宣告』を、服についたホコリを取るように払ったのである。

 

「バージルさん……さっき話は聞かなかったことにしてください」

「Humph……」

 

 こうして、突如アクセルの街を襲撃してきた魔王軍幹部は、誰一人として犠牲を出すことなく撃退できた。

 

 特に何もしていなかったが、撃退の立役者となっためぐみん、アクア、ダクネス、バージルの四人には報酬が支払われた。こんなことなら自分も前に出ればよかったと、カズマはブツブツと文句をたれていた。

 ダクネスも、本当に呪いは解かれたようで、一週間経っても死ぬことはなかった。

 

 

 そして──魔王軍幹部が襲来してから、二週間が過ぎた。

 

 

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「おっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!」

 

 アクセルの街から少し離れた土地に建てられた古城の最上階、玉座の間にて。魔王軍幹部、デュラハン族であるベルディアの怒りは頂点に達していた。

 

 爆裂魔法を撃ちこむ頭のおかしい魔法使いにお灸を据えてから二週間。冒険者は誰一人として来ていない。

 

 『死の宣告』の猶予は一週間。つまり、あの女騎士は既にこの世を去っている筈だ。弔い合戦と冒険者が乗り込んできてもおかしくない頃合いだが、その気配は全く見られない。

 しかし、それだけならここまで怒りはしなかった。

 

 

 何故なら――あれだけ忠告したにも関わらず、未だこの城へ爆裂魔法を毎日撃ち込まれていたからだ。

 

「あんの魔法使いと仲間共ぉ……っ! 奴等には人の心がないのか!? 仲間が死にそうになったら躍起になって止めようとするだろ!? 仲間が死んだら仇を討つために俺を倒しにくるだろ!? なのに! そんなの知りませーんとばかりに爆裂魔法を撃ち込むし、ここに来ようともしないし! あの街の冒険者は悪魔か!?」

 

 抱えていた自分の頭を思わず床に叩きつけても、彼の怒りは収まらない。彼が人間であった頃、真っ当な騎士として剣を振るっていた為、余計に怒りが沸き起こる。果たしてどちらが悪者なのか。

 

「もう我慢ならん! 今日は遅いから明日! アクセルの街を襲撃してやる!」

 

 あの魔法使いには何を言っても無駄だ。ベルディアが拳を握りしめて意気込んだ、その時であった。

 

「……むっ?」

 

 ふと我に返り、ベルディアは前方にある扉を見る。

 

「(何者かが来ている。この魔力は……)」

 

 接近する魔力を感じ取ったベルディアは、誰が来たのかを推測する。そして部屋の奥に設置された王座に腰を下ろし、侵入者を静かに待ち続けた。

 

 

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 しばらくして、玉座の間へ繋がる唯一の扉が開かれた。

 待っていたベルディアは、部屋に入ってきた侵入者の姿を確認すると、不敵に笑った。

 

「やはり貴様だったか。蒼白のソードマスターよ」

 

 アクセルの街にいた冒険者の中でも一際興味を引かれた存在、天色の刀を持つ剣士であった。

 現れたのは彼のみ。にっくき魔法使いの姿は見えない。ベルディアはそのことが気になっていると、ソードマスターはおもむろに口を開いた。

 

「良い知らせと悪い知らせを持ってきた。どちらから聞きたい?」

「……悪い方を聞こう」

「貴様がかけた『死の宣告』は、青髪のアークプリーストが解除した」

「ヴァッ?」

 

 ソードマスターから発せられたのは、あまりにも予想外な知らせ。ベルディアは思わず固まる。

 『死の宣告』は、高レベルのアークプリーストでもなければ解けない呪いだ。これまで仲間に呪いをかけられ、絶望する冒険者達を何人も見てきた。

 その『死の宣告』が、あの見るからに馬鹿そうなアークプリーストに解除されたと、彼は言ったのだ。

 

「……マジ?」

「あぁ。女騎士も生きている」

「あそこって、ホントに駆け出し冒険者の街?」

「そう呼ばれているがな」

 

 危うく、自信とプライドが砕かれそうになったベルディアであった。

 

「そ、そうか……どうりで奴等が来ないわけだ。で、良い知らせとは?」

 

 『死の宣告』については触れないこととし、ベルディアは狼狽えながらもうひとつの知らせを尋ねる。

 すると、ソードマスターは不敵な笑みを浮かべて応えた。

 

「冒険者が訪れず退屈しているだろうと思い、相手をしにきた」

「ほほう……」

 

 彼から殺気を感じた時点で、その意図は読めていた。そして、数々の部下が城に蔓延っていたにも関わらず、彼は無傷でここまで来た。

 

「では腕試しに、この者どもと戦ってもらおうか!」

 

 蒼白のソードマスターの強さを見てみたい。そう考えたベルディアは、座ったまま右手を前へかざす。と、ベルディアの前に何体ものアンデットが現れた。

 

 彼の種族である『デュラハン』は、アンデッド族の中でも高い戦闘能力を誇る。と同時に多くのアンデッドを召喚し、使役する力を持つ。

 召喚されたアンデッド達は低い呻き声を上げると、棒立ちだったソードマスターに向かって一斉に襲いかかった。

 

「ただのアンデッドと思って甘く見ぬことだな。たとえ手足を切られようが首を刎ねられようが、貴様を喰らうために襲い続け――」

「雑魚に用はない」

 

 刹那、彼に襲いかかっていたアンデッド達に青白い雷が走った。

 しんと静まり返る玉座の間。だが次の瞬間、アンデッド達は一瞬にして細切れとなった。たとえ不死のアンデッドであっても立ち上がれないほどに。

 

 中央に立つは、傷一つ受けていない蒼白のソードマスター。彼は依然殺意の宿った目で、ベルディアを睨みつけている。

 間違いない。彼は『本物』だ。

 

「ククク……気に入ったぞ。蒼白のソードマスター。ではこの俺自ら相手してやろう!」

 

 ベルディアは横に立てかけていた巨大な剣を右手に取り、ソードマスターへ言い放つ。

 

「我が名はベルディア! 不死のアンデッドを束ねるアンデッドの騎士、デュラハンである!」

「成程……悪魔ではないのか」

「むっ?」

 

 高らかに自身の名を話すと、それを聞いたソードマスターがそう零した。

 

 『悪魔』──この世界に存在する一つの種族。悪魔族となれば幅広く存在するが、純粋に悪魔と呼べる者は、数あるモンスターの中でもトップクラスの力を持っている。

 

「悪魔族ではないからな。しかし人間か悪魔かと問われたら、俺は間違いなく悪魔だと答える」

「そうか」

 

 ベルディアの返答に満足したのか、ソードマスターは剣を構える。しかし、ベルディアは戦闘に入ることなく、逆にこちらから質問を投げかけた。

 初めてこの男を見た時から感じた、奇妙な感覚。

 

「俺から見れば、貴様の方がよっぽど謎めいた種族に思えるがな。混ざっているのか?」

 

 蒼白のソードマスターから感じるのは、彼がよく知るものとは少し違う感覚だが、紛れもなく『悪魔』の力。

 と同時に『人間』の力も感じていた。

 悪魔と人間の力を同時に持つ種族など、少なくとも彼は聞いたことはない。自身も元人間であったが、デュラハンとなった今では人間の力は微塵も残っていない。

 

 彼は何者なのか。疑問に思いながらも、ベルディアなりに推測していた。彼は、人間でありながら悪魔の力を植えつけられたか。もしくはその逆か。

 

 それとも──『悪魔と人間が結ばれ生まれた子か』

 

「半分は人間、半分は悪魔だ。生まれた頃からな。だが、人か悪魔かと問われたら、俺は悪魔と答えるだろう」

 

 ベルディアの問いに、ソードマスターは冷たく答える。返答を聞いたベルディアは小さく笑い、剣先をソードマスターに向ける。

 

「名を聞こう。蒼白のソードマスター」

「バージルだ」

 

 互いに言葉を交わし──ベルディアは剣を握り締めて飛び出した。

 対するバージルは、左手に持っていた刀の柄を手にし、攻撃に合わせるように素早く引き抜く。

 

「いざ──勝負!」

 

 ベルディアの大剣とバージルの刀が交わり、火花を散らした。




お察しの通り、次回は彼との戦闘回になります。

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