アクセルの街、冒険者ギルド。時刻は昼を迎え、併設された酒場では冒険者達が昼食を済ませに訪れていた。
反面、掲示板の前に人は少なかった。先日の害虫駆除で懐が潤った者も多く、クエストの紙が剥がされる音も聞こえない。
おかげで酒場ではウエイトレス達が忙しなく働いていた。そんな中でも笑顔を絶やさず、冒険者の間を駆ける者が一人。
「はい、ご注文の野菜炒めに唐揚げ定食、ネロイドのジョッキが四つね」
「サンキュー、タナリスちゃん。相変わらず手際がいいねぇ」
「褒めたって何も出ないよ。ついでに貼り出されてるクエストにも行ってくれたら嬉しいな」
「タナリスちゃーん、こっちの料理はまだー?」
「そう急かさないでも持っていくよ。その野菜スティックをチマチマ食べながら待っててね」
「なぁタナリス、俺にもその料理をひと口──」
「君にはツケを払うまで何も食べさせないよ、ダスト。掲示板のクエストを全部やってくれたら、唐揚げ一個あげてもいいけどね」
「報酬が割に合わなさ過ぎるだろ!?」
「だったら早くツケを払うんだね。前に貰ったお金を差し引いても、まだまだ残ってるんだから」
器用に料理を運び、冒険者との会話も欠かさない。ついでに迷惑冒険者の対処もする。黒きバイト戦士ことタナリス。
一人で三人分の働きと言われているほど、彼女の仕事は評価されていた。ギルドから何度も正規の契約を迫られたが、本職は冒険者だからと断っている。
バイトは基本的に短期で受けるスタイルだが、ギルドでのバイトは長く続けていた。お給料が良いことは勿論だが、理由はもうひとつ。
「タナリスちゃん、次の集会っていつだっけ?」
「タリス教の集まりかい? 確か五日後の昼だったかな」
「その日はタナリスちゃんも来るの?」
「あーごめんね。その日は八百屋のバイトが入ってるんだ」
「忙しいねー。タナリスちゃんも来てくれたら楽しいのに」
「行けそうな日があったら行くよ。楽しんできてね」
女神タナリスを信仰するタリス教への勧誘、及び教徒との交流である。
仕事中の宗教勧誘は厳重注意されるのだが、このギルドの実質的な責任者でもある受付嬢ルナから直々に許可を得ているので問題ない。
料理を運び終え、タナリスは厨房へ。と、その場にいた職場の先輩から声を掛けられた。
「タナリスちゃん。ちょっと休憩してきたら? 昼から入ってずっと動きっぱなしでしょ?」
「んー……じゃあ、お言葉に甘えて」
本当はまだまだ動けるのだが、先輩のご厚意は素直に受け取っておくもの。タナリスは軽く頭を下げて裏口に向かった。
人気のない裏通りに出た彼女は、壁にもたれて空を見上げる。夏を知らせるくっきりとした雲を眺めた後、視線を下に落として懐から数枚の紙を取り出した。
「今日で新しい入信者は三人か」
入信者の名前が記された、タリス教の入信書であった。名前を見つつ勧誘した相手の顔を思い出し、記憶に残す。
タリス教はアクセルの街にしか浸透していないが、エリス教と比べて敷居が低く入りやすいのもあり、信者の数はそこそこ増えていた。中にはアクシズ教の勧誘を断る口実として入信する者も。
浅く広く、アクシズ教とは真逆のスタイル。しかし街だけでは限度があるので、いっそ紅魔の里や王都でも勧誘しようかと思案する。
教徒の祈りは女神の力となる。しかしタリス教は教徒同士の交流がメインであるため、アクシズ教やエリス教と比べれば祈りの数は少ない。
が、多かろうと少なかろうと、今のタナリスには全く意味を成さなかった。女神の力を封じられているからである。
冒険者カードでステータスを確認してみるが、数値に変化はない。己に宿る魔力も、レベルアップ以外で変化した実感は得られず。
それでも彼女は勧誘を続けていた。はっきりとした目的は無い。強いて言えば、何かあった時の保険であろうか。
「くぁ……」
眠気を感じたタナリスは小さくあくびをする。少し一眠りしようかと思っていた時。
「タナリスさん」
「んっ?」
自分を呼びかける男性の声が聞こえ、タナリスは顔を向ける。そこにいたのは、いつもの鎧ではなく軽装に身を包んだ魔剣の勇者であった。
「やぁ、ミから始まる魔剣の君。ギルドに用があるなら、入り口はこっちじゃないよ?」
「ミツルギです。それに僕は、タナリスさんに聞きたいことがあって来たんです。職員の方に尋ねたら、裏口で休憩されてると聞いたので」
「お悩み相談かい? ならカウンター席で聞いてあげるよ。ついでに高めのお酒でもどうだい? 魔剣の勇者ならボトル一本ぐらいポンと──」
「すみません……あまり聞き耳を立てられたくない話なので」
どうやら、ただの相談ではないようだ。タナリスは手に持っていた入信書を懐にしまうと、壁に背中を預けてミツルギの話に耳を傾けた。
「タナリスさんは女神で、師匠をこの世界に誘った……そうですよね?」
「バージルから聞いたのかな? その通りだよ。僕が彼をこの世界へ導いた」
「若くして亡くなった者を異世界へ導いていると、僕はアクア様から聞きました。つまり師匠も、僕やサトウカズマと同じく若い年齢で命を落とした」
真っ直ぐ見つめてくるミツルギから、タナリスは目を逸らさず。やがて彼は意を決するように息を呑むと、タナリスに尋ねた。
「教えていただけませんか? 師匠は何故死んでしまったのか。元の世界でどう生きたのか」
「……どうして君が知りたがるんだい?」
「剣士として前に進むために、必要なことなんです」
強い剣士になるため。そう口にはしているが、彼の表情を見るに理由はまだありそうだ。
話さないのは訳ありだからか。突っ込んで聞くべきか迷った時、ミツルギの背後からニュルリと甲冑の幽霊が出てきた。
『俺からも頼む。一度剣を交えた者として、奴の過去には興味があるのでな』
「おや、シロ君もいたのかい」
『ベルディアだ! せめて思い出す努力をしろ! ペットによくある適当な名前で呼びおって!』
簡素な呼び名にベルディアは異議を唱える。彼のおかげで張り詰めていた空気が和らぎ、タナリスはいつものようにクスリと笑う。
どうやら二人とも退く気はないらしい。しょうがないなと彼女は零した後、ミツルギ達へ告げた。
「そのためには、まずスパーダについて話す必要がありそうだね」
「スパーダ……」
「そうだ、いっそカズマ達にも話しておこう。遅かれ早かれ、あの小悪魔ちゃん達から聞きそうだし」
名前を呟くミツルギを余所に、タナリスはポンと手を叩く。スパーダについては自分よりも彼女達の方が詳しいだろう。
知るのはカズマ達だけではない。彼女はミツルギから視線を外すと、裏道の先へ顔を向けた。
「それと、あそこにいる彼女にも」
「えっ?」
タナリスの言葉を聞いて、ミツルギも同じ方向を見る。その先には、建物の陰からヒョコっと顔を出していた銀髪紅眼の少女、ゆんゆんであった。
見つかったと気付いたゆんゆんはすぐさま隠れる。が、しばし間を置いて自ら出てくると、おずおずとこちらに歩み寄ってきた。
「ゆんゆん? いつからあそこに?」
「ずっとタナリスちゃんに話しかけたくて酒場の端っこで待っていたら、厨房の奥に行ったっきり戻ってこなくて、いつも通り休憩で裏口にいると思ってこっちに来たら、ミツルギさんが先に話してて……」
「えっと……なんか、ごめん」
『この場合、こっちが謝らなければいかんのか?』
呆れた声で呟くベルディア。初めて会った時から随分強くなった彼女だが、友達への接し方は上手くならないままのようだ。
「ゆんゆんも僕にお悩み相談かい?」
「あっ、わ、私のことは気にしないでいいよ。また日を改めて、タナリスちゃんがギルドでバイトしてる時に来るから……」
「わざわざギルドへ来なくても、休日は一緒に遊ぼうってまた誘ってくれればいいのに」
「えぇっ!? い、いいの!?」
「前の休日は悪魔の邪魔が入って中途半端に終わったからね。僕もまた遊びたいと思ってたし」
「た、タナリスちゃん……!」
タナリスは何気なく発した言葉であったが、余程心に響いたようだ。ゆんゆんは感激のあまり紅い眼を潤わせる。
「あの、タナリスさん」
とそこへ、ミツルギが割って入るように声を掛けてきた。百合の花を好む紳士諸君が怒りのあまり杖でタコ殴りにしそうな悪行だが、彼に悪気はない。
「ごめんごめん、話の途中だったね。でも今日はバイトがあるから、さっきの話はまた後日でいいかな?」
「……わかりました。その時はどのように集まりますか? サトウカズマにも話すと言ってましたが」
「クリスがバージルを連れてお宝探しに出かけることがちょくちょくあるから、その時に集まろう。バージルに聞かれる心配もないし」
皆にスパーダの事を話した後、バージルにはなるべく話さないようにと釘を刺す間もなく、特にアクアとめぐみんが即バージルの所へ駆け込んでしまうであろう。
それを防ぐ為にも、彼が街を出ている時に話すのが吉とタナリスは考えた。ミツルギも特に異論を挙げることはせず。遠巻きに見ていただけで話の内容まで聞こえてなかったゆんゆんは首を傾げていたが、また集まった時に伝えておこう。
そろそろ休憩から上がらねば。タナリスは二人に別れを告げると、ぐっと伸びをしてから裏口の扉を開けて職場に戻った。
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数日後、昼を過ぎた頃のカズマパーティーの屋敷。
「うーん……」
屋敷の主であるサトウカズマは、未だベッドの上でゴロゴロと休息を取っていた。
カーテンの隙間から溢れる光は朝よりも強くなっているが、その程度で筋金入りのニートである彼をベッドから引きずり出せるわけもなく。
眠気は薄まりつつあったが、起き上がるのが面倒だ。カズマはカーテン側から背を向けるように寝返りを打つ。
「弟よ、新たな主がこちらを見たぞ」
「まだ眠りについたままのようだ」
身体を向けた側には、壁に立てかけてある双剣の兄弟ことアグニ&ルドラがいた。
双剣の新たな主となったカズマは武器を部屋に置いていたが、このように彼等は隙あらば口を開く。鬱陶しいことこの上ない。
本当は起きているのだが、カズマは目を開けようとせず狸寝入りへ。一向に起きない主を見ていた双剣は、引き続き会話を続けた。
「他の人間は既に起きているというのに、何故我らの主は起きぬのか」
「ダンテも中々起きぬ男であった」
「一日中部屋から出ぬこともあったな」
「怠惰の極みと誰かが言っていた」
「新たな主も怠惰を極めし者であるのか?」
「確かに、怠惰が似合いそうな風貌である」
「怠惰の才はダンテをも上回るやもしれん」
「楽しみよのぅ」
「楽しみよのぅ」
「うるせぇなぁああああっ!」
耐えきれずカズマは叫びながら起き上がった。アグニとルドラは口をポカンと開けたまま固まったが、程なくして再び喋り出す。
「新たな主が目覚めたぞ」
「夜まで眠るのかと期待していたのだが」
「人が気持ちよくゴロゴロしてる時にずーっと喋りやがって! あと全然働かないわけじゃないからな!? 土木工事のバイトだって経験したし、今は金があって働かなくてもいいだけだから!」
「聞いたか弟よ。新たな主は金が無いと働くようだ」
「金が無くとも働かないダンテの方が怠惰であったか」
嬉しくもない怠惰対決の結果にカズマは喜びもせず。すっかり眠気も消えてしまったため、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
クエストに出かけるつもりは毛ほどもないので、普段着のジャージから着替えず部屋を出る。自分達も連れていけと双剣は訴えてきたが、聞こえないフリをした。
朝食──といってもすっかり昼だが、それを済ませるべく食卓へ移動。カズマは空いたお腹を擦りながら食卓の扉を開けた。
「んなー!」
「いい加減諦めてくれねぇかネコちゃんよォ! 屋敷育ちにはキャットフードがお似合いだっての! だから俺を食べようと追いかけてくんな!」
「待ちなさいちょむすけ! 私の可愛いドラゴンの子を食べさせはしないわ!」
全力疾走するぐり帝とエサを追いかけるちょむすけ。狩人を追うアクアの光景が食卓で繰り広げられていた。昼食の当番で来ていたダクネスは、走り回る彼らを心配そうに見守っている。その足元には、我関せずと狸寝入りを決め込むケルベロスもいた。
バタバタと慌ただしかったが、カズマは咎めることもせず席に着く。ちょむすけがぐり帝と初めて会った時から、日常風景になっていたのだ。
「捕まえた! 何度も何度も懲りない子ねってイタタタタッ!? なんで私には引っ掻くのよ!」
最後はアクアが捕まえ、ちょむすけは彼女に爪を立てて拘束から脱出。その後はぐり帝を追いかけようとはせず食卓を去っていく。これもいつもの光景だ。
引っ掻かれた痕をアクアが『ヒール』で治す傍ら、ぐり帝は床にペタンと座り込む。
「ハァ、ハァ……飽きねぇネコちゃんだな。おかげで毎日がサバイバルだ。魔界にいた時よりもハードな生活だぜ」
「ぐり帝が大きくなってドラゴンらしい姿になったら、あの子も食べようとはしなくなると思うんだけど」
「いい加減現実を見た方がいいぜ、自称女神サマよ? 固い鱗ひとつも生えやしねぇ。立派なニワトリになれるのも時間の問題だな」
「もしかしたらウィズの所に、成長を早めるポーションなんか売ってるかもしれないわね。早速探しに行かなきゃ! ぐり帝、お出かけの時間よ!」
「聞いてンのかオイ!? テメェの用事に付き合うつもりはねェぞ!」
「貴方を置いてったら、またちょむすけに狙われるじゃない。それと、テメェじゃなくてお母様でしょ! まったく、言うことを聞かない子なんだから」
「だとしたらテメェに似たんだろうよ! カワイイ息子だと思ってんなら話くらい聞きやがれ! オイ離せ! テメェの手に乗せられたら身体がピリピリすんだよ!」
アクアは床に座っていたぐり帝を拾い上げる。ぐり帝は抵抗すべくアクアの手をクチバシで突くが、ちょむすけの引っ掻きに比べればカワイイものだ。
ぐり帝の抵抗虚しく、アクアに連行される形で食卓から去っていった。ようやく落ち着いたかと、カズマは思わずため息を吐く。
「おはようございます、カズマ」
と、背後から自分を呼ぶ声が。座ったまま振り返ると、いつものローブは外した普段着のめぐみんが食堂に入ってきていた。
彼女は空席の中からわざわざカズマの隣を選んで座る。これにカズマはドキッとしたものの、悟られないよう前を見る。
ここ最近、めぐみんが距離を詰めているようにカズマは感じてた。俺に気があるのかと直接聞きたいが、恥を掻くのは目に見えている。ギルドの差し金で新人女冒険者から言い寄られてまんまとその気になった失敗を繰り返してはいけない。
絶対に惑わされないぞと自分に言い聞かせてから、めぐみんの方を見て話題を振った。
「よう、日課の朝爆裂は済んだのか?」
「カズマが気持ちよく眠っている頃には済ませましたよ。最近はアクアもダクネスもついてきてくれないので少し寂しいですが」
「二人も同行しないって……お前、どうやって帰ってきてるんだ?」
「ネヴァンに担いでもらって空を飛んできました。空からの景色はいいですよ。世界が我が物になった気分を味わえますから」
雷を操るコウモリ女ことネヴァン。めぐみんの使い魔となって数日経つが、どうやらめぐみんの運搬係となっていたようだ。
そのネヴァンは今どこにいるのか尋ねると、彼女は「少しひとりにさせてほしい」と言ってどこかへ行ったそうだ。愛想をつかされなきゃいいがと、自慢げに語るめぐみんを見ながらカズマは思う。
「二人とも、昼食ができたぞ」
と、カズマ達の前にナポリタンが差し出された。カズマにとっては朝食になるのだが。
二人に料理を出したダクネスは、食卓の片隅にいたケルベロスの前へ。大きな肉が入った器を三つ、目の前に差し出した。
「ほら、ケルベロスの分だ。実家から取り寄せた霜降り肉だぞ」
「我に食事など必要ない。が、くれるというなら食べてやろう」
「待てよ、お前ペットにそんな良い肉食べさせてんの?」
「誰がペットだ小僧」
犬のエサには上質過ぎる肉。カズマはたまらず突っかかったが、ダクネスは「どこがおかしいのだ?」と首を傾げている。
貴族の彼女にとって、霜降り肉など食卓で当然のように出てくる代物なのであろう。カズマが呆れて息を吐くと、めぐみんが高級肉を羨ましそうに見ながら話した。
「冷蔵庫に余っていたジャイアントトードの肉を試しに食べさせようとしましたが。見向きもしてくれませんでした」
「わがままワンちゃんに育ってんじゃねぇか」
「悪魔にとって食事は、人間で言うところの趣味でしかない。我が肉に釣られたと思っているなら大きな勘違いだ」
「二つの口でガツガツ食べながら言われても説得力皆無なんだが」
味を占めたのか食感が良いのか。ケルベロスはカズマのツッコミを無視して、霜降り肉を食べ続けた。
一頭で三頭分の食事とは贅沢な奴だと心の中で悪態をつきながら、カズマは料理と一緒に出された水の入ったコップを手に取る。
「ところでカズマ、聞きたいことがあるのですが」
「んっ?」
昼食に手をつけず、隣のめぐみんが話しかけてきた。大した用ではないだろうと思いつつ、カズマは水を飲みながら耳を傾ける。
「異世界って何ですか?」
「ブッ!?」
予想を遥かに超えた単語が飛び出してきて、カズマはたまらず飲んでいた水を吹き出した。
横にいためぐみんはカズマの反応に驚いたが、すぐに怪しんだ目で彼を見る。
「どうやらカズマは知ってるみたいですね」
「さ、さぁー? 何のことかサッパリだなー」
めぐみんから詰められるも、カズマは濡れた机上を布巾で拭きながらシラを切る。が、自身の心臓は激しく鼓動を鳴らしていた。
まさか急に異世界のことを聞かれるとは思いもしなかった。そもそも誰から異世界について聞いたのか。異世界事情を知るのは自分とアクア、クリス、タナリス、バージル……名前は思い出せないがあと一人。
と、カズマの抱えている疑問へ答えるようにめぐみんが話した。
「ネヴァンから聞いたのですが、彼等は異世界と呼ばれる場所から来たそうです。海の向こうでも空の彼方でもない、次元の壁を越えた異界から」
最近、カズマ達と住み始めた悪魔達。驚くことに彼等はバージルと知り合いだった。そのバージルは異世界転生者。つまり彼等も、異世界からの来訪者となる。
意外な線からめぐみんは異世界を知ってしまったようだが、カズマも異世界出身だとは気付いていない様子。ならここは自分にとって無関係な話だと思わせるべく、カズマは知らない風を装って言葉を返した。
「へー、そうなんだー。想像もつかない話だなー」
「しらばっくれても無駄ですよ。カズマも異世界から来たと、アクアから聞きましたので」
「ハァッ!?」
めぐみんの返しを聞いてカズマはたまらず声を上げた。と同時に、しまったと彼は思う。
もはや答えを言ってしまったようなもの。現にめぐみんとダクネスはじっと見つめたままこちらの言葉を待っている。
「……因みに、アクアからはどのくらい聞いた?」
「若くして死んだ者を異世界へ転生させていて、カズマも異世界のニホンという国から来たと」
異世界どころか転生のことまでしっかりと聞いていたようだ。カズマは諦めたように息を吐く。
「その通りだよ。俺はひょんな事から命を落として、異世界転生したんだ。で、ちょっとした事故でアクアもこっちへ来ちゃって、魔王を倒すまでアクアは元の世界に帰れなくなったんだ」
アイツは忘れてるかもしれないけど、と付け加えてカズマは話す。実際、自分もうっかり忘れかけていたのだが。
カズマの話を聞いて、二人は少し驚いた顔を見せる。転生特典のことは一応伏せておいたが、いずれ知ることにはなるだろう。
しかし、今まで明かさないようにしていたのを、どうして彼女は急に明かしたのか。ダクネス達が女神だと気付いてくれて、調子に乗って話したのだろうか。
とりあえずアイツは後ではっ倒すとカズマが思っていると、ダクネスは頬を指で掻きながら言葉を続けた。
「正直、現実味がない話でどう受け取ればいいか困惑しているのだが……女神や悪魔がいるのだ。異世界とやらが存在していても不思議ではないのだろう」
「むしろその方がロマンがあって燃え上がりますね! 魔王を倒し、この世界の頂点に立った後は数多の異世界に渡り、我が名を轟かせてやりましょう!」
異世界について、わりとすんなり受け入れてくれたダクネス。一方でノリノリのめぐみんは、手に持ったフォークを天井へ向けて高らかに宣言していた。
ひとまず、異世界事情がバレても二人はいつも通りでいてくれてカズマは安堵する。スケールが大き過ぎて飲み込みきれていないだけなのかもしれないが。
それよりも──。
「(こういう重要な設定ってさ、魔王の城へ突入する前の夜とか、もっと大事な場面で明かされるものじゃないの?)」
少なくとも、昼食の片手間に済ませるような話ではない。主人公っぽい設定をあっさり流された事実に、カズマはなんとも言えないもどかしさを感じていた。
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ダクネスお手製のナポリタンを食べ、朝食兼昼食を済ませたカズマは再び自室へ戻る。クエストに行きたそうな目でめぐみん達が見てきたが、ガン無視した。
とにかく今日はゴロゴロすると決めたのだ。部屋の扉を開け、ベッドに向かって一直線。そのままベッドの上で仰向けになった。
「弟よ、主が部屋に帰ってきたぞ」
「またベッドで寛ぎ始めたぞ」
「このまま夜まで寝続けるのか」
「ダンテを上回る、怠惰の極みを見せてくれるのか」
「楽しみよのぅ」
「楽しみよのぅ」
部屋に置きっぱなしだった双剣がうるさいが、一々突っかかるのも面倒だ。カズマは彼等の声を無視して背を向ける。
そういえば、最近はサキュバスの店に顔を出せていなかった。久々に例のサービスも利用したいところ。三時間ほど寛いだ後に行ってみようか。
今回はどんな夢を見せてもらおうかと、鼻の下を伸ばして想像していた時──部屋の扉をノックする音が響いた。
「カズマ、まだ起きているか?」
扉を越えてダクネスの声が届いてくる。妄想を邪魔されたカズマは舌打ちをして、されど無視はせずベッドから起き上がると部屋の扉を開けた。
「今日もクエストには行かないからな。行くなら散歩ついでにワンちゃん連れて──」
先手を打つようにカズマはダクネスの顔を見るなりクエスト拒否の意を示したが、途中でカズマは言葉を止めた。
彼の目に映ったのは、ダクネスの隣に立っていた黒髪少女の御客人。
「やぁカズマ。お寛ぎのところ邪魔しちゃったかな?」
「タナリス?」
アクアの同期女神、堕女神ことタナリスであった。
「アクアに用事か? アイツならウィズの店に行ったと思うけど」
「さっきダクネスからも聞いたよ。けど今日は違うんだ。むしろアクアがいないのは好都合かもしれないね」
てっきり目的はアクアだと思っていたが、そうではないようだ。おまけに少し含みのある言い方。
面倒事に巻き込まれる予感を察知したカズマは、顔をしかめてタナリスに返した。
「さっきはダクネスに向けて言ったけどクエストには行かないし、頼みを聞くつもりもないぞ」
「別に何かお願いしようって腹じゃあないよ。ただ談笑に付き合ってほしいだけで──」
「そう言っておきながら、話を聞いた以上断れない頼みを後出ししてくるんだろ! その手には乗らないからな!」
威嚇する猫が如く、カズマは声を荒らげる。対してタナリスは、小さくため息を吐いてから告げた。
「ちょっとした昔話を聞いてほしいだけさ。これからひと眠りするのなら、子守唄代わりにいいかもしれないよ?」
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「ホントに話を聞くだけだからな? 面倒事になりそうな気配がしたら即部屋へ帰るからな?」
「わかってるって。随分と警戒するねぇ」
「行く先々で魔王軍や悪魔との戦いに巻き込まれてたら嫌でも警戒するわ」
結局、話を聞くだけならという条件でカズマは部屋を出た。双剣はうるさいので置いてきた。
タナリスに連れられて屋敷を移動するカズマとダクネス。行き先は二階にある大広間。扉を開けて入ると、既に先客がソファーに座っていた。
めぐみん、ネヴァン、ケルベロス。そして銀髪赤眼少女ことゆんゆんと、いけ好かないイケメン野郎。
「ゆんゆんはいいとして、なんでお前もいるんだよ……M男」
「ミツルギだ! 名前を間違えることすら放棄するかサトウカズマ!」
いつものように怒号をぶつける魔剣の人。どうやら来客はタナリス一人ではなかったようだ。
既に面倒な事になりそうな予感はしていたのだが、昔話の導入だけは聞いてやるかと、カズマはソファーに腰を落とす。
「で、話って何だよ?」
「実は、ある人物の昔話を聞かせて欲しいと、そこのミスターM君から熱烈な要望を受けてね。で、カズマ君達も遅かれ早かれ知ることになりそうだから、いっそ話してあげようと思って」
タナリスはミツルギを手で指しながら話す。発端が彼だと知ってカズマは恨みの込もった目で相手を睨んだが、ミツルギは一切気付かずタナリスに耳を傾けている。
対面のソファーに座っているタナリスは、姿勢を前のめりにしてカズマに尋ねてきた。
「まず聞きたいんだけど……スパーダって知ってるかい?」
彼女の口から出たのは、聞き慣れない名前であった。隣に座っていためぐみんは知らないと示すように首を傾げる。
一方でダクネスは聞き覚えがあったのか、記憶を掘り起こすようにブツブツと名前を呟いている。その横にいるカズマも同じだった。誰かからその名前を聞いた気はするのだが、思い出せない。
そんな中、スパーダという名前を聞いて明確に表情を変えた者が二名いた。悪魔のネヴァンとケルベロスである。
「貴様、何故その名前を知っている?」
「僕も君達と同じ所から来た……って言ったらわかるかな?」
ケルベロスから睨まれるも、タナリスは笑みを崩さず答える。
その傍ら、話を聞いていためぐみんが何かに気付いた素振りを見せると、手を顔の前にかざしてポーズを取りながらタナリスへ告げた。
「つまり、タナリスも世界の隔たりを越えし者ということですね」
「えっ?」
めぐみんの言葉に、タナリスは少し驚いた様子。いつの間にか異世界事情を把握していたのだから、無理もないだろう。補足するようにカズマは話した。
「二人とも、悪魔が異世界から来たって知って、アクアに聞いたらアイツもベラベラ喋ったみたいなんだ。因みに俺も異世界出身だってバレてる」
「……口が滑りやすい子なのは知ってたけど、異世界のことまで喋るなんてね。エリスが知ったら顔を真っ青にして倒れそうだ」
「話していた時のアクアはお酒でかなり酔っていたので、異世界の事は半信半疑だったのですが、カズマに聞いたらわかりやすく反応してくれた上に自ら明かしてくれて、私達もようやく信じることができました」
「はっ?」
めぐみんから後出しされた初耳情報を聞いて、カズマはたまらず声を上げる。
つまりアクアは酔いで口が滑りやすくなっていたということ。それを知っていたなら異世界の話も、酔いどれ女神の戯言だと言い逃れできたのに。
「お前、なんで先に言わないんだよ……」
「教えてしまったらカズマは、酔ってるアクアが適当に言ってるだけだからと話を流しそうに思ったので」
「ぐっ……!」
見事に考えを言い当てられて、カズマは何も言い返せず。
しかし、アクアが酔っていたのなら異世界の話をうっかり明かしてしまったのも頷ける。きっと彼女は自分から話した記憶もないであろう。
情状酌量の余地はあるということで、今回はアクアが屋敷にストックしている酒を全没収で許してやるかとカズマは決めた。
「なら、こちらも隠す必要はなさそうだね。実は僕もサトウカズマと同じく、女神アクア様に導かれた──」
「ハイハイ異世界出身ですね。貴方のことはどうでもいいので結構です」
「えっ」
ついでにミツルギも異世界出身だと明かしたが、恐ろしく起伏のない声でめぐみんに遮られた。昼食がてらに明かした自分の方が些かマシかもしれない。
とりあえずこれで全員が異世界事情を知る者になった。と思っていたのだが──。
「あ、あの……異世界ってどういうことですか? それにカズマさんもミツルギさんも異世界出身って……えっ?」
「……あっ」
ゆんゆんだけが、異世界について何も知らなかったようだ。うっかり彼女のことを忘れていたと言ったら泣き出しそうなので、カズマは心の中に留めておく。
「異世界のことは後でタナリスか隣のナントカカントカさんから聞いてください。それよりもタナリス、先程のスパーダとは何ですか?」
「ナントカカントカさんって……」
説明するのは面倒に思ったのか、めぐみんはタナリスに話の続きを促す。ミツルギが邪険に扱われる傍ら、タナリスは背中をソファーに預けて話した。
「異世界では名の知れた人でね。おおよそ二千年前、魔帝と呼ばれる厄介な悪魔が人間界を侵略しようとしたんだけど、腹心だったスパーダが突然裏切って人間側に立ち、悪魔の軍勢と戦った」
「サラッと話してるけどかなり壮大な昔話だな」
その設定だけでゲーム一本作れるんじゃないかと、スケールの大きさにカズマは驚いた。横のめぐみんは紅魔族の琴線に触れたのか、目を輝かせて話を聞いている。
「魔帝をも上回る力を持った彼は戦いに勝利し、魔帝を封印。自分の名前を冠する魔剣を用いて魔界への入り口を閉じた。後に伝説の魔剣士と呼ばれることとなった、まさに最強の悪魔だよ」
「昔話というよりは神話だな。信仰の対象となっていてもおかしくはない」
「実際、スパーダを崇拝する宗教もあったよ。けど肝心のスパーダ本人は行方不明になったんだ。二人の、魔剣士の血を持つ子供を残してね」
「子供?」
タナリスが語る昔話は、スパーダの子供について話が進んだ。導入だけ聞くつもりだったカズマも、今や眠気も忘れて耳を傾けている。
「スパーダはとある人間を伴侶にして、人間界で平穏に暮らしていたんだ。そして彼の血を継いだ双子の兄弟が生まれた。その一人は、君達もよく知る男だよ」
そして、スパーダが残した子孫はカズマ達も知っている人物だと彼女は語った。皆は驚きながらも、魔剣士の子孫について考える。
最強の悪魔と謳われる者の血を継いだ、半人半魔。カズマ達の脳裏に、同じ人物の顔が浮かんだ。
「そう、バージルさ」
タナリスが出したのは、予想通りの名前であった。最近は兄弟である事実も判明した。彼以外に誰がいようか。
明かされたバージルの父。その繋がりを知った時、カズマとダクネスが共に声を上げた。
「思い出した! バージルさんと初めて会った日に聞かれたんだ! スパーダの名前を知ってるかって!」
「私も思い出したぞ。確かバニルに操られていた時だった。バニルはバージルに対して、スパーダの血族と言ったんだ。あの時は何のことかサッパリだったが……」
「二人は名前だけ聞いてたんだね。バニルさんが知ってたのは、多分過去を見通したのかな?」
聞き覚えのあった名前をどこで知ったか思い出し、喉に刺さった小骨が取れるのはこういうことかとカズマは実感する。
「けど、なんで俺達にスパーダの話を?」
「さっきも言ったけど、魔剣君から要望を受けてね。で、君達もそこにいる悪魔達から遅かれ早かれスパーダについて聞きそうだから、いっそのこと全員まとめて話しちゃえと思って」
タナリスはネヴァンとケルベロスへ視線を送りながら答える。カズマも彼等を見ると、視線が合ったネヴァンは自ら話した。
「私は会ったこともあるけど、かなりイイ男よ。結ばれた人間が羨ましいわ」
「魔帝をも超える伝説の魔剣士。奴の力を語るのに、これ以上の言葉は必要ないだろう」
横にいたケルベロスも答える。とにかくスパーダというのは、悪魔の中でもトップクラスに強いのであろう。
とはいえ昔話、それも異世界でのことだ。現実味を感じないというのが率直な感想であったが、息子のバージルは確かに存在している。
彼の、単なる半人半魔では説明できない強大な力。父親が最強の悪魔と聞いて、カズマはようやく納得がいった。
「……んで……」
そんな時、隣にいためぐみんから声が漏れた。よく見れば身体が小さく震えている。どうしたのかと様子を伺っていると──。
「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!」
彼女は突然立ち上がり、広間に響くほどの大声を上げた。
「バージルもです! こんなにカッコいい設定を持っていながら、誰にも明かそうとしないとは! あまりにも愚行!」
その声には激しい怒りが込もっており、収まる気配もなく。めぐみんはその場から移動し、扉の方へ早歩きで向かう。
嫌な予感しかしない。カズマは咄嗟に動き、めぐみんの腕を掴んで止めた。
「おい待て! どこに行こうとしてんだ!」
「バージルのところです! 何故今まで黙っていたのか問いただしてやります! 答えるつもりがなければ、あの時よりも更に進化した我が爆裂魔法を撃ち込んで──!」
「あの人なら耐えそうだけどやめろ馬鹿!」
めぐみんはカズマの腕を振りほどこうと必死にもがく。どうしてそこまで怒るのか理解に苦しむが、彼女の眼は紅い光を強く放っていた。
このまま行かせたらコイツはマジでやる。八つ当たりに等しい特攻を仕掛けようとするめぐみんを止めるべく、カズマは彼女の脳天に手刀を叩き込んだ。
短く唸り、めぐみんは頭を抑えてしゃがみ込む。めぐみんの暴挙を防いだところでカズマが息を吐くと、傍観していたタナリスが告げてきた。
「バージルなら今はクリスと街の外に出かけてるから、本人に聞くのはまた今度にしたらいいよ」
「そっか。でもこの話を俺達にすることって、バージルさんには伝えてあるのか?」
「言ってないよ。知られたら後で僕が怒られそうだけど、君達は気にしなくていいからね」
物怖じしてないのか慣れっこなのか、タナリスは笑って話す。しかし彼女がシメられるとわかって聞きに行くのは気が引けるので、気軽に尋ねるのはやめておこう。後でめぐみんにも強く言っておかねば。
足元でうずくまるめぐみんを横目に見ながらカズマが考えていると、ソファーに座ったままのダクネスがタナリスへ尋ねた。
「では、何故バージルはこの世界に?」
「カズマ君と同じく、女神の手で異世界転生したんだ。因みにその女神は僕ね」
自分を指差し、オマケの感じで女神であると明かすタナリス。しかし対面にいたダクネスから大きなリアクションは見られなかった。
アクアとタナリスが友達であり、そのアクアが女神だと知った。となれば必然的にタナリスも女神関係だと推測できる。故にそこまでの驚きはなかった。本人も薄めの反応になるとわかっていたのか、タナリスは自分に向けた指を静かに下ろす。
が、一人だけタナリスの言葉に食いついた者が。カズマの傍にいためぐみんである。彼女は咄嗟に立ち上がると、タナリスに詰め寄りながら尋ねた。
「ちょっと待ってください。それはつまり、バージルも元の世界で死を迎えたということですか?」
「うん、そうだけど? 僕何か変なこと言ったかな?」
「変なことというか、想像し難いというか……我が爆裂魔法にも耐えうる、あのバージルですよ?」
「……あっ」
めぐみんにしては変な質問だなと思ったカズマであったが、彼女の二言目を聞いて質問の意図を理解した。
彼はカズマと同じ異世界転生者。つまり、カズマと同じように一度死んでいる。伝説の魔剣士と呼ばれる者の血を引く、半人半魔の彼が。
上位悪魔すら赤子同然の彼が負ける姿など想像できない。無難な線でいけば老衰だが、転生するのは若くして死んだ者。老衰ではこれに該当しない。
この場にいる皆が次の言葉を待っていると、タナリスは困ったように頬を掻きながら答えた。
「残念だけど、彼の死因までは話せないかな。バージルに怒られるどころじゃ済まなくなりそうだし」
彼女の口から真相が語られることはなかった。その返答を聞いて、何故かミツルギだけ驚いた反応を見せる。
「というわけで、昔話はここまで。次回公演は予定してないから悪く思わないでね」
「あっ、ちょっと!」
ソファーから立ち上がり、タナリスは返事も聞こうとせず広間から去っていく。その背中をミツルギが慌てて追いかけていった。
カズマは天井を見ると、二人の足音が遠ざかっていくのを耳にしながら振り返る。
今日だけで色んな事実が明らかになった。カズマとバージルが異世界転生者だとめぐみん達にバレて、バージルはとんでもない悪魔の血筋だと判明。
半人半魔だけでなく、伝説の魔剣士の息子というオマケつき。紅魔族も喉から手が出るほど欲しい設定だ。先程は咎めてしまったが、どうして隠していたんだとめぐみんが怒るのも仕方ない。
生まれた時から悪魔と戦う運命にあるような背景。タナリスは明かさなかったが、彼の死因は想像がつかないほど壮絶なモノだったのであろう。
「確かに、死因まで聞くのは配慮に欠けていたな」
「むぐぐ……魔と混沌に満ちた物語が聞けると思っていたのですが、仕方ありません」
気になりはするものの、ダクネスとめぐみんはタナリスを追いかけようとはせず。爆裂狂とドMにもデリカシーという概念が存在していたようだ。
と、ダクネスはこちらに視線を向けて話しかけてきた。
「カズマも無理に生前の話をする必要はない。だが……もし話せる時が来たら、私達が知らないカズマの物語を聞かせてくれないだろうか? ニホンという国にも興味がある」
「そ、そうだな。うん」
カズマの生前の話に興味を持つダクネスへ、カズマは苦笑いを浮かべて言葉を返す。
トラクターに轢かれそうになってショック死したなんて話せない。アクアがうっかりバラしそうだが、その時は彼女の羽衣を雑巾代わりに屋敷中を掃除してやろう。
「(でも……コイツ等に日本を紹介するのも悪くなさそうだな)」
魔王軍やら悪魔やらのゴタゴタが片付いて、冒険者として特にやることも無くなったら、アクアのツテで日本に行けないだろうか。
後でそれとなくエリス様に聞いてみよう。想像を膨らませながらカズマは思った。
「アクアから聞きましたが、ニホンには音速で走る鋼鉄の蛇や空を舞う鋼の巨大鳥がいるそうですね! 我が爆裂魔法にも耐えうる肉体なのか、ぜひ確かめてみたいです!」
「日本で爆裂魔法はやめてくれよ? 冗談抜きで」
やっぱり行かせない方がいいようだ。
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「タナリスさん! 待ってください!」
カズマの屋敷の外、玄関の扉を出たミツルギは先を歩くタナリスを追いかける。
一方でタナリスは足を止めず、前を向いたままミツルギへ言葉を返した。
「やっぱり、アレじゃ納得してくれないかな?」
「僕が聞きたいのは、師匠が元の世界で死んでしまった理由、そこに行き着くまでの過去なんです。話すと約束してくれたじゃないですか!」
彼の過去を語る上でスパーダの話は欠かせない、というのは先に聞いていた。それが終わればバージルの過去について聞かせてもらえる筈であったのに、彼女はそこでトンズラした。
ここまで来て引き下がるわけにはいかない。ミツルギはどこまでも追いかけるつもりでいた──が、不意にタナリスが歩みを止めて振り返った。
「なら、今度は隠し事無しで答えてもらうよ。どうして君はそんなに知りたいんだい?」
彼女の問いを受け、ミツルギは言葉を詰まらせた。
全てを見透かすようなタナリスの黒い瞳。彼女の前では、どんな嘘も見抜かれてしまうであろう。
「……やっぱり、僕は嘘が下手みたいだ」
「女神時代も含めて、人の顔はよく見てきたからね。中でも君は飛び抜けて下手だなぁとは思ったけど」
『ポーカーフェイスとは無縁の男だな。前にやったトランプゲームでも顔で手札がバレバレだったぞ』
タナリスだけでなく、カズマの屋敷では静かにしていたベルディアも中から飛び出してこちらを小馬鹿にしてくる。
カズマ達にイジられるのが嫌だからという理由で出てこようとしなかったクセに、と言い返したくなったが、話が進まなくなるのでグッとこらえる。
彼は落ち着かせるように息を吐くと、タナリスの目を真っ直ぐ見つめながら真実を告げた。
「魔獣討伐作戦の日、ジェスターと名乗る道化師と会いました。その道化師が言っていたんです。師匠とは友であったと」
「まさか、ピエロの言うことを鵜呑みにしてるのかい?」
「いいえ。後で師匠にも聞きましたが、友でないことは確かだと。しかし……知り合いではあった」
「なるほどなるほど。だからバージルの過去を聞こうとしたわけだ」
タナリスは納得したように頷く。理由は話した。今度こそ話してくれるであろうと、ミツルギは息を呑んで言葉を待つ。
「先に言っておくけど、君が想像するような英雄譚じゃない。一国を救ったとか、お姫様を助けたとか、ロマンチックな展開はひとつもないよ。それでも聞くかい?」
彼女は警告とばかりに伝える。しかし引き下がるつもりはない。彼の過去を聞かなければ、剣を思うように振ることもかなわない。
ミツルギはゆっくりと頷く。対してタナリスは諦めたように息を吐いた後、ミツルギに語り始めた。
「なら話してあげるよ。バージルの過去……地獄に堕ちる筈だった男の話をね」
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カズマ達の屋敷で話を聞いた後、独り宿屋へ戻ったゆんゆん。
ベッドの上で膝を抱えて座り込んでいた彼女は、部屋に響くこともない小さな声で呟いた。
「魔剣士スパーダ……」
タナリスの話に出てきた、伝説の魔剣士とも呼ばれた悪魔。
異世界云々の話も驚きではあったが、特に彼女の記憶へ強く刻み込まれたのは彼の名だ。
ゆんゆんは目線をベッドの傍にある机へ移す。机上にあるのは、家から持ってきた昔話の絵本。
最初は聞き間違いだと思っていた。しかしタナリスが語るスパーダの伝説は、ゆんゆんが持っていた絵本の内容と合致していた。
最後のページに見たことのない文字で書かれた名前を見て、バージルは確かにスパーダの名を口にした。
彼の父親は、魔帝をも超える伝説の悪魔。彼もまた『特別』だったのだ。
「……ッ」
無意識に、彼女の両手に握り拳が作られる。
思い返していたのは、王都での戦い。上位悪魔と戦ったが、自分は手も足も出なかった。
戦えていたのはバージル、ミツルギ、アイリス、タナリスの四人。そして──めぐみん。
バージルは魔剣士の血を継ぐ半人半魔。アイリスは勇者の血を継ぐ王族。タナリスは女神。めぐみんは他の魔法を捨て、爆裂魔法に全てを捧げている。
彼等は皆、特別な力を持っていた。自分には無い力を。
では──ミツルギは? 彼はどうやって『向こう側』へ辿り着いた?
勇者候補と呼ばれる一人だが、それはカズマも同じ。異世界からの転生者という『特別』だが、それだけでは『向こう側』へ渡れない。
となれば思い当たるのはひとつ。ベルディアの存在だ。彼の力が合わさることで、ミツルギも強者となった。
「人ならざる……者」
ゆんゆんは、自分と彼等の間にある壁が、ハッキリと見えていた。
それを飛び越える為に、何が必要なのかも。
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カズマ達が屋敷でタナリスの話を聞いていた頃、街からそう遠くない、大きな湖がある草原地帯。
「……うん、大丈夫そう」
湖を一瞥して確認を取っていたのは、銀髪盗賊ことクリス。そして彼女の隣にはもう一人の銀髪。付き添いで来ていたバージルである。
クーロンズヒュドラが眠っていた湖に回収済の神器を沈め、封印していた彼女は、時折封印に不備がないか確認しに足を運んでいた。そのお出かけに、バージルも誘ったのである。
アルダープの一件から、彼とは少し距離を置いてしまっていたので、封印の確認ついでに一緒にどうかと誘ってみると、彼は渋ることもなく了承してくれた。
「ヒュドラのいた湖に神器を隠していたとはな」
「倒された後からですけどね。寄り付く人も少ないですし、封印を施してあるので盗まれることはまずないでしょう」
バージルと会話を交えつつ、湖を眺めていたクリスはその場で伸びをする。
折角ならここでゆっくり寛いでいきたいが、彼はそんな気など毛頭ないであろう。わざわざ聞かなくともわかる。
どうして彼が、神器探しでもない自分の日課に付き合ってくれたのかも。
「あの、バージルさん」
「何だ」
「私に何か用事があるんじゃないですか?」
彼はきっと、何かしらの用件を済ませるために会うつもりでいた。
そんな時に相手から出向いてくれたので、用事を済ませるついでに誘いを受けてくれただけ。
「察しがいいな」
予想的中であった。長い付き合いなのでわかってはいたが、クリスは少し不満を抱く。
モヤモヤを抱えるクリスの横で、バージルは手に握っていた刀を見せてきた。
「王都で悪魔と対峙したことは知っているな」
「はい、カズマさん達からも聞きました。上位悪魔まで現れたと……」
「あの程度では取るに足らん相手だ。しかし……刀の方が先に悲鳴を上げていた」
バージルはおもむろに刀を抜くと、太陽の光に照らされた刀身を見る。クリスも目を向けるが、刃こぼれしている箇所は見当たらない。
と、ここでクリスは刀の不備に気付いた。表面上ではない。刀に宿っていた魔力──女神アクアが施したという加護が、以前よりも薄まっていたのだ。
刀自体はかなりの強度にしてもらっていたと聞いている。が、悪魔相手となるとそれだけでは足りない。悪魔と対になる天使の力を施すことで、悪魔だろうと躊躇なく斬れる聖剣となるのだ。
「アクア先輩の加護がだいぶ薄まっていますね」
「あぁ、奴が勝手につけたものだが、悪魔相手には少なからず役に立っていたようだ」
「加護が強まれば、上位悪魔相手に振るっても砕けることはなくなりそうですが……アクア先輩には頼まないんですか?」
「当たり前だろう。何故俺があの女に頼まなければならん」
「でも、そのおかげで刀も壊れずにいたわけですし……あっ、それじゃあ私から頼んでみましょうか?」
「その必要もない。これ以上奴の加護が増えでもしたら、刀を握る手が腐ってしまう」
クリスの提案もバージルは即座に突っぱねる。しかし、彼女の加護があったからこそ刀も壊れずにいたのも事実。
いったいどうするつもりなのかと思っていると、バージルは刀を再び鞘へ戻してクリスに告げた。
「だから、貴様に任せる」
「……えっ?」
「アクアのように、貴様が魔力を与えろ」
「えぇっ!?」
クリスの驚く声が、草原地帯に響き渡った。
まさか自分に加護の付与を託されるとは思ってもいなかった。戸惑うクリスはすぐに返答できず。
「で、でも……」
「下界で力を行使するのが、貴様の大好きな天界規定とやらに抵触するか? 一度は使った身だろう」
「それもありますけど……アクア先輩じゃなくていいんですか?」
「さっきも言った筈だ。あの女の加護を付ける気はない」
どうやらアクアに頼む選択肢は最初から無いようで。バージルはハッキリと答える。
その後、彼は「それに」と付け加えてクリスに告げた。
「まだ貴様の加護の方が手に馴染む」
真っ直ぐ目を見つめられながら聞いた、彼の言葉。それを受けてしばらく固まっていたクリスだったが、徐々に自身の体温が上がっていくのを感じ、目線を逸らすように彼の刀を見る。
自分の加護を付けたら、アクア先輩が怒らないだろうか。天界規定を再び破って、流石に上からお叱りを受けないだろうか。次々と心配事が浮かんでくる。
だがそれ以上に──彼から、必要とされたことが嬉しかった。クリスは息を整え、バージルに向き合った。
「しょうがないですね。特別サービスですよ?」
バージルからの頼みを、クリスは喜んで引き受けた。彼女の返答を聞いたバージルは「そうか」とだけ言って顔を逸らす。
「……帰るぞ」
湖を背に、バージルは街の方角へと歩き出した。お礼のひとつでも言って欲しかったが、彼に期待するだけ無駄であろう。
刀に魔力を与えるだけでも、天界規定を破ることになる。しかし、今は異世界からの悪魔が平和を乱そうとしている。彼等を倒すためなら、創造主もきっとお許しくださるだろう。
アクアに怒られるかどうかだが……そもそもエリスの加護がついていることに気づかない可能性もある。なら、きっと大丈夫だ。
「うんと魔力を込めてあげますからね。バージルさん」
この力がいつか、彼の助けになれると信じて。クリスは軽快な足取りでバージルの後を追った。
唐突な異世界転生バレ。
ですがめぐみんとダクネスのカズマに対する接し方はそんなに変わりません。