この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第90話「この悪魔達と再会を!」

 王都近辺で勃発した魔王軍との戦いは、此度も王都側が勝利を収めた。

 序盤はやや劣勢だったものの、アイリスとクレア、魔剣の勇者が合流したことで軍の士気が向上。勢いに乗ったまま魔王軍を撃退。

 突如現れた二体の上位悪魔も、サトウカズマを中心としたパーティーにより討伐。彼等の功績がまたひとつ増えることとなった。

 祝勝会のお誘いもあったが、これをカズマは拒否。盗賊団のこともあるが、これ以上厄介事に巻き込まれたくなかった。

 アイリスとお別れになるのは惜しかったが、今日は午前中にたっぷり遊べたので良しとして、アクセルの街へ帰った。

 バージル、ミツルギも同じく街へ。ネヴァン達はそのままの姿で街に入ったら騒ぎになりそうだったので、再び武器の姿に戻ってもらった。

 

 『テレポート』で街に戻った後、ネヴァン達を手に入れた経緯についてバージルが尋ねてきた。

 バニルからもらったと正直に答え、今後のことは一旦持って帰ってから考えるとバージルに告げると、彼は「そうか」とだけ言って一足先に街の中へ。

 彼がネヴァン達と面識がある事について聞きそびれたが、今はとにかく家でゴロゴロしたい気分だったので、彼を追いかけることはしなかった。

 

 

*********************************

 

 

 通行人が思わず道を空けるほど、足早に街中を歩くバージル。向かう先は当然、ウィズ魔導具店。

 もはや見慣れた街道を進み、目的の店を発見した彼はノックもせずに扉を開ける。店頭に立っていたのは、店主のウィズ一人だった。

 

「いらっしゃいませー……あら、バージルさん」

「バニルはいるか?」

「はい、今呼んできますので少し待っていてくださいね」

 

 ウィズに用件を告げると、彼女はそそくさと店の奥へ。しばらくしてウィズが店頭に戻ってきた後、ピンクのエプロンを着たバニルが姿を現した。

 

「なんだかんだで貴様も常連であるな。更にポンコツ店主セレクションの珍品を買ってくれたならば、我輩も丁重なおもてなしをしてやれるのだが」

 

 店の奥から出てきたバニルは、いつもの調子で喋りながら歩み寄る。一方、バージルは何も返さずバニルを見ると──。

 

「フンッ!」

 

 目いっぱいの力で彼の腹へ拳を放ち、エプロンごとその身体を貫いた。

 

「ほぇええええっ!?」

 

 傍で見ていたウィズはたまらず悲鳴を上げる。呑気していたところに目の前で仕事仲間が腹を貫かれたのだ。驚くなというのが無理な話である。

 

「き、貴様、いったいどういうつもりだ……!」

 

 バニルは手を震わせ、苦しそうに声を上げる。対するバージルは拳を抜くこともせず言葉を返した。

 

「粗末な演技を晒す余裕があるなら、俺の質問にさっさと答えろ。貴様のことだ。質問内容には既に目を通しているのだろう?」

 

 指摘された途端、バニルの苦しむ声がピタリと止まった。苦痛に歪んでいた口元も、何事も無かったかのようにスンと戻る。

 やがてバニルはため息を吐くと、仮面を取ってバージルの後ろに放った。瞬間、バージルに貫かれていた身体は崩れ落ち、穴の空いたエプロンがはらりと落ちる。そして仮面が落ちた場所からは、いつものタキシードを纏った新しい肉体が形成された。

 

「やれやれ。たまには貴様に華を持たせてやろうと我輩なりに気を遣ってやったのだが」

「まともな心すら持たん悪魔が気を遣えるとは思えんな」

「少なくとも貴様よりは心得ておるぞ。近所付き合いが隣のお騒がせ冒険者しかいないコミュニケーション拒絶男よ」

 

 あっという間に肉体を復活させたバニルは、挑発的な言葉を返してくる。ならば次は仮面をへし折ってやろうかとバージルが思った時。

 

「いきなりお腹を貫くからビックリしましたよ! またバニルさんが粗相をしたのなら私がキツく言っておきますので、今はこの紅茶を飲んで落ち着いてください!」

 

 紅茶を手にしたウィズが彼等の間に割って入った。彼女はバージルへ紅茶を勧め、仲裁を試みてくる。その圧に少しバージルが押されている傍ら、バニルが異議を唱えた。

 

「今のは聞き捨てならんぞポンコツ店主よ。まるで我輩がどこぞの蛮族女神と同じく、しょっちゅう問題を起こしている厄介者のように聞こえるではないか」

「まさにその通りだな。むしろ貴様の方こそ質が悪い」

「ふむ、酷くご立腹の様子であるな。我輩セレクションのプレゼントがお気に召さなかったか?」

 

 どうやら来訪した理由は既に把握しているようだ。バージルはウィズから差し出された紅茶を受け取ると席に座り、早く話せと視線を送る。

 バニルは床に落ちていたエプロンを拾った後、バージルに魔具を手に入れた経緯を話し始めた。

 

「アイデア探しも兼ねて都会に出張したはいいが、プレゼント探しが難航してな。貴様は宝石の類で心を動かすロマンチストとは思えぬ。無難なスイーツは帰るまでに傷んでしまう。悩みに悩んだ結果、我輩と戦った時に見せていた魔具とやらがベストと判断した」

「その中で選ぶなら宝石が正解だったな」

「魔具も悪くない選択であろう? 新たに入手した光る装具をウキウキで試していた男よ」

 

 バニルから煽られてバージルは咄嗟に手を出そうとしたが、今は話を進めるのが先決だと判断し、グッと堪えて紅茶に口をつける。一方で悪感情を得たであろうバニルは僅かに口角を上げていた。

 

「奴等をどこで手に入れた?」

「都会の街に構えていた、知る人ぞ知るマニア向けの店である。やたら魔力が集まっていたので入ってみれば、期待通り魔具を扱っていた。そこの小太り店主と交渉し、我輩選りすぐりの商品と等価交換してもらったのである」

「……待て、店にあっただと?」

 

 黙って聞くつもりであったが、バージルはたまらず尋ねた。

 あの魔具は確かにダンテが所有していた。それが何故、別の者の手に渡り、更には店に置かれていたのか。聞かれたバニルは包み隠すことなく答えた。

 

「我輩が見通した情報によると、どうやら魔具の所有者が店の者に質草として預けていたそうだ。質草分の借金はチャラになっていたらしく、我輩は所有者の許可を得て頂いたのである」

「質草……」

「因みに貴様が持っている装具も同様であったそうだ。魔具の所有者は、この街一番の貧乏チンピラ冒険者と等しく金に困っていたと伺える」

 

 知られざる魔具の末路。バージルは何も言えず頭を抱えた。

 怒ればいいのか呆れたらいいのか。彼の生活スタイルは知らない上に微塵も興味なかったが、金欠となって魔具を質に出す弟の姿は何故か容易に想像できた。

 アーカムや魔王の件が片付いたらエリスに転移を頼んで、一発ぶん殴りにいった方がいいかもしれない。彼の中にいるベオウルフも、そうだそうだと言っているであろう。

 

「所有者曰く、良い子ちゃんばかりを選んだそうだ。おまけにこちらの地上へ出た際に弱体化している。さほど危険はないであろう」

 

 バニルの言葉に、バージルもそうだろうなと同意を示す。

 彼等は姿だけでなく、魔力もかなり下がっていた。位で言えば中位相当といったところか。あの程度ならミツルギ、ゆんゆんでも対処できるであろう。

 ネヴァン達がこちらへ来た経緯は理解できた。が、話で気になる点がひとつ。バージルがそれについて尋ねようとした時、遮るようにバニルが口を開いた。

 

「客商売は信頼関係が第一。お客様のプライベートを口外する真似はせん。無論、貴様の名前も一切出していないので安心するがいい」

「好き勝手に人の過去を見通す貴様から、そんな言葉を聞けるとはな」

 

 彼の口ぶりからして、恐らくダンテと会っている。そこでバージルの名前を出せばややこしくなると、バニルも理解していたようだ。

 彼等がどのようなやり取りをしたのかは興味なかったので、それ以上聞き出そうとせず。バージルは紅茶を飲み干して席を立った。

 

「ウィズ、タナリスは今日ここに来るか?」

「いえ、今日は非番ですね。ゆんゆんさんかアクア様のところへ遊びに行っているかもしれません」

「そうか」

 

 彼女とも話を整理しておく必要がある。ウィズから魔導具店には来ないと聞き、バージルは店を出ようとドアノブに手をかける。が、そこでバニルが呼び止めてきた。

 

「魔具だけで不服ならばこれも追加でくれてやろう。向こうの魔界から帰る際に見つけたものである」

 

 バニルはそう言って手のひらをバージルに見せた。その上に乗せられていたのは、小さな金属の破片。

 ふざけているのかと、この場面に直面した者なら誰もが言うであろう。事実バージルも言いかけたのだが、差し出された欠片から目を離せずにいた。

 欠片は僅かに魔力を帯びており、何故か懐かしさを感じていた。誘われるようにバージルは手を出すと、バニルから彼の手へ欠片が移される。

 この欠片は何なのか──直に触ったことで、バージルはその正体に確信を得た。

 

 次の瞬間、バージルは目の前にいたバニルの首を掴んだ。

 

「ほぇえええっ!?」

 

 カウンターにいたウィズが本日二度目の叫声を上げる。バージルは首を掴んだままバニルの身体を持ち上げ、絞め殺す勢いで力を込める。

 しかしバニルは平然とした様子で、首を締められているにも関わらず言葉を返した。

 

「中々の食いつきであるな。余程このプレゼントが気に入ったと見える。念のために拾っておいて正解であったな」

「答えろ。何故貴様がこれを持っている?」

「我輩を下ろすのなら話してやろう。このままでは喋りづらくて敵わん」

 

 何事もなく喋っていながら何を言っているのかとバージルは思ったが、彼は素直にバニルを下ろした。

 ついでに慌てて紅茶を準備していたウィズに「紅茶はいらん」とだけ伝え、バニルに視線を戻す。バニルは胸元を軽く払うと、欠片を手に入れた経緯について話した。

 

「出張先を無事離れたが、帰りの便が無くて困っていた時であった。ガラの悪い輩に絡まれたので我輩がお灸を据えてやると、其奴からこの欠片がこぼれ落ちた。魔力を宿していたので試しに使ってみると、なんとこちらへ繋がるゲートが開き、我輩は無事帰ってこれたのである」

 

 軽く身振りも加えてバニルは語る。彼の後ろで聞いていたウィズは頭上にハテナを浮かべていたが、バージルは今の説明で理解できていた。

 

「こちらへ帰ってきた時にはほとんど魔力を失ってしまったので、単なる破片にしかならんがそれでもよいのか?」

「……あぁ、構わん」

 

 バージルは受け取った欠片を握り締め、バニルに背を向ける。ウィズの声を背中に浴びながら、彼は魔導具店を後にした。

 

 

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 郊外の草原地帯、自宅へと向かっていた道中。バージルは足を止めて視線を落とす。右手を開き、バニルから受け取った欠片を見つめた。

 感じられる魔力は僅かだが、間違いない。時を経て、世界を越えて、再びこの手に戻ってくるとは思いもしなかった。

 

「……閻魔刀」

 

 かつてバージルが手にしていた、父から譲り受けし魔剣。人と魔を分かつ刀。

 閻魔刀を最後に握ったのは、魔帝との戦いだ。魔帝を超えることは叶わず、刀は折れ、彼の手から離れてしまった。

 その後どうなったかは知らないが、散った破片を魔帝が拾い分け与えたか、野良悪魔が拾ったのであろう。

 バージルは当たり前のように扱っていたが、次元を容易く切り裂けるほどの魔剣だ。たとえ欠片であっても魔力はかなりのもの。上位悪魔でようやく扱える程であっただろう。

 

 その欠片を持った悪魔とバニルが偶然出会い、欠片はバニルの手へ渡った。地獄の公爵を名乗るほどの悪魔なら、欠片程度であれば扱えても不思議ではない。

 帰り道に困っていたバニルは、閻魔刀の欠片を使って次元を裂き、元の世界へ帰ったのだ。そして欠片は魔力を失い、巡り巡ってバージルのもとへ。

 

 バージルは欠片を見つめたまま、使用用途を考える。今の刀に素材として組み込めればいいが、ゲイリーに任せるのは危険だ。彼の腕は申し分ないが、悪魔絡みの素材を扱うとなれば魔界の武器職人でもない限り難しい。

 眠りについているかのように、魔力の波が感じられなかった。魔力を引き出せたとしても、期待以上の効果は得られそうにないであろう。

 が、決して捨てるつもりも誰かに渡すつもりもない。バージルは欠片を握り、止まっていた足を進めた。

 

 かつてタナリスに見せられた映像──異形の手で閻魔刀を握る白髪の少年を、頭の隅へと追いやりながら。

 

 

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 郊外区域を歩き、何事もなく自宅へ辿り着いたバージル。

 閻魔刀のことはシャワーを浴びつつ考えようと思っていたのだが、バージルは自宅へ入る前に足を止めた。

 玄関前には一人の来客が。緑の軽装(ジャージ)を着た茶髪の男、サトウカズマ。扉をノックしようか迷っていた彼に、バージルは背後から声を掛けた。

 

「何の用だ」

「うぉうっ!?」

 

 声を掛けられたカズマはその場で跳ねるほど驚き、慌てて振り返った。

 バージルの姿を見た彼は安堵の息を漏らす。バージルは話を聞くべく歩み寄ったが、大方予想はついていた。彼が手に入れた魔具のことであろう。バージルも後で詳しく聞こうと思っていたので丁度いい。

 

「バージルさん、ちょっと屋敷に来てもらってもいいっすか?」

「例の悪魔共についてか」

「あー……それもあるんですけど、とりあえず見てもらいたい子がいて」

 

 が、予想とは違った展開へ。カズマの言葉にバージルは首を傾げる。

 カズマは「とにかく来てください」と言って屋敷の方へ向かう。バージルも言葉の意味を確かめるべく、閻魔刀の欠片はポケットにしまってカズマの後を追った。

 

 

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 カズマ達の屋敷一階にある客間。そこに通されたバージルは、カズマが残した言葉の意味を理解した。

 ソファーにはめぐみんとダクネス、更にはタナリスも座っていた。傍にはネヴァン達もおり、王都でも見た姿のまま寛いでいる。

 彼等の視線が集まる先には、騒ぎ立てる一人と一匹が。立ち上がったまま怒鳴るアクアと──机の上にちょこんと乗った、まん丸フワフワな黄色いヒヨコ。

 

「何度も言ってるでしょ! 貴方はクソッタレな悪魔なんかじゃない! 女神の使いに相応しき高貴なドラゴン、キングスフォード・ゼルトマンなのよ!」

「俺様の名前はグリフォンだっつってんだろ! テメェこそなんべん言ったらわかるんだ! 頭がニワトリ以下なのか!?」

「こらっ! 母親に向かってテメェなんて言わない! 私のことはお母様と呼びなさいな!」

「死んでも呼ぶかアホ女! まずはテメェの間抜け面をマシにしてから出直してきな! いっそ顔面白塗りに赤鼻付けて愉快な服装も着たら、その間抜け面も活かせるかもナ!」

「ちょっと! エンターテイナーの大先輩たるピエロを馬鹿にするのは見過ごせないわ! 謝って! 私を含めて、芸の道を極めんとする全てのエンターテイナーに謝って!」

「なァんだ、そういうことか。そいつは悪かった。テメェの間抜け面は天性のモノだったってわけだ! イッヒッヒッヒッ!」

「なんですってぇええええっ!」

 

 ヒヨコは当たり前のように口を開き、その見た目からは想像できない流暢かつ粗悪な口調でアクアに言い返している。その光景を見て、バージルは思わず固まった。

 この世界に来てから、バージルもしばらく経った。空を飛ぶ野菜や果物、地を駆ける魚にも見慣れ、余程の事では驚かなくなっていた彼であったが、口の悪いヒヨコは流石に想定外だったようだ。

 

「おーい、バージルさん連れてきたぞー」

 

 喧嘩を続ける一人と一羽にカズマは声を掛ける。と、睨み合っていたアクアとヒヨコは同時にこちらを見た。

 

「あっ、お兄ちゃん! ちょっと聞いてよ! 私とお兄ちゃんで大事に育てた卵から産まれたドラゴンの子が、あろうことか悪魔を自称してるの! お兄ちゃんからも何か言ってあげて!」

「おいバージル! テメェが余計な魔力を送り込んだせいで俺様はこんな姿になっちまったんだ! 責任取りやがれ!」

 

 あろうことかそのヒヨコはバージルを知っており、更に発端は自分にあると言ってきた。周りにいるめぐみん達や隣のカズマから、説明を求む視線が送られる。

 

「……カズマ、タナリスを少し借りるぞ」

「無視したい気持ちはよくわかりますけど、話を聞いてやってください」

 

 見なかったことにして帰ろうとしたが、カズマに腕を掴まれて止められた。タナリスもソファーから立ち上がろうとしない。

 閻魔刀の欠片とは別ベクトルの衝撃展開。感じていた目眩を堪えた後、バージルはグリフォンと名乗る小鳥に向き合った。

 

「貴様のような鳥小僧など知らん」

「オイオイそりゃネェだろ! かつてのテメェと同じ、あのクソッタレ野郎の配下だったグリフォン様を忘れちまったか!?」

「……確かにそんな名前の鳥頭はいたな。俺の記憶が正しければ、もう少し悪魔らしい姿だったが」

「テメェが卵に魔力を注ぐついでに、俺まで送り込んじまったからだろ! どうしてくれんだ!」

 

 名前を聞いて薄々察しはついていたが、どうやら本当に魔帝の配下であったグリフォンのようだ。

 しかしバージルは卵に魔力を送りながら温めていただけで、グリフォンが言っているような、魂を送り込んだ真似はしていない。

 

「バージル、卵を温めている時にグリフォンのことを思い浮かべたりなんかした?」

 

 バージルが首を傾げていると、タナリスがそう尋ねてきた。本を読む片手間にやっていた事なのであまり覚えていなかったが、バージルは記憶を掘り起こす。

 アクア曰くドラゴンの卵だとタナリスから伝え聞いていたが、バージルにも鶏の卵にしか見えなかった。温めたところで元気なヒヨコが産まれるだけだと。

 面倒に思いながらも、魔力を送りつつ卵を温めて──。

 

「……そういえば、あの島に口うるさい鳥頭がいたなと頭に過りはしたが」

「それ! それだよ! テメェがそん時にうっかり俺の事を思い出しさえしなけりゃあ、俺はこんなチビ鳥にならずに済んだんだ!」

 

 どうやら温め最中にグリフォンを思い出した事で、彼の魂がうっかり流れてしまったようだ。グリフォンは声を荒らげて文句をぶつけるが、如何せん見た目がヒヨコなので迫力に欠けていた。

 彼が産まれた経緯は理解したが、それでも疑問が残っていた。バージルは腕を組み、まだ羽根も無い翼をパタパタさせているグリフォンへ尋ねた。

 

「何故俺の中に貴様がいた? 入室を許した覚えは無いが」

「そっちから誘ったのに、侵入者呼ばわりは心外だぜバージルちゃんよぉ?」

「招き入れた覚えはない」

「ヤることヤッたらあとはポイッてか! ヒッデェ男だ……おっと待て待て。冗談だって。俺が悪かったから、そのコワーイ目で睨むのはやめてくれよ。なっ?」

 

 小間切れになる危機を感じたのか、グリフォンは自ら引き下がった。あと少しでバージルも幻影剣を飛ばすところだったが、アクアに文句を言われるのも面倒だったのでやめておいた。

 また、何かに食いついたダクネスが目を見開いてグリフォンとバージルを交互に見てきたが、バージルは一切目を合わせようとしなかった。

 

「テメェがダンテと最後に()り合った時、辺りの魔力を吸収しただろ? いや、悪夢か? そん時に俺の思念っつーか残滓っつーか? それが混じってたんだよ」

 

 グリフォンの言うダンテと戦った時は、恐らくマレット島でのことであろう。ネロ・アンジェロとして剣を交えた最後の時。

 バージルは魔力を高めただけのつもりだったが、無意識の内に周囲の魔力を吸い込んでいたようだ。

 と、静かに話を聞いていたタナリスが「なるほど」と呟く。

 

「で、バージルの中にいた君がうっかり卵に流れて、元悪魔の喋れるヒヨコちゃんが誕生したんだね」

「はた迷惑な話だぜ! イカしたドラゴンに転生できればよかったのによ!」

「だから、貴方は立派なドラゴンだって何度も言ってるじゃない!」

「テメェの目は腐ってンのか!? このフワッフワな身体を見ろよ! 怒りで逆立てる鱗もありゃしねぇ!」

「諦めちゃダメよ! アヒルの子が最後は白鳥になって飛び立った童話もあるんだから、ゼル帝もきっと大きなドラゴンになって空を飛べるわ!」

「ドラゴンの子ってのはそんなにヒヨコと似てんのか!? 童話も理解できてねぇお子ちゃまは、まず絵本を読んできな! おっと、読み聞かせも必要か?」

「お子ちゃまはそっちでしょ! 貴方こそ、私をお母様と呼ぶことから始めなさい!」

 

 アクアとグリフォンが再び口喧嘩を始める。ただでさえ騒がしいのに更に騒がしくなったとバージルがため息を吐くと、横にいたカズマがおずおずと声を掛けてきた。

 

「あのー……まったく話についていけなかったんすけど」

 

 魔帝やダンテのことなど知る由もないカズマ達には、バージルとグリフォンが何を言っているのかまるで理解できなかったであろう。

 が、説明したら長くなることは必至。そもそもバージルには自ら話すつもりもなかった。

 

「知る必要のないことだ。それよりも……」

 

 バージルは話を反らしつつ、視線をネヴァン達へ向けた。

 

「この悪魔共を、本当に住まわせるつもりか?」

「あら、今にも串刺しされそうな熱い視線ね。そんなに私達のことが信用ならない?」

「貴様等が悪魔でさえなければな」

 

 王都からの帰り道、元魔具の悪魔達をどうするのかカズマに尋ねたところ、ひとまず屋敷へ連れて帰ってから考えると彼は答えた。

 共に敵を倒したとはいえ、彼等は悪魔だ。信じ切ることはできない。バージルが警戒心を向けていると、ネヴァンは髪の毛先を指で弄りながら言葉を返した。

 

「心配しなくても、私達から主に手を出すことはしないわ。ダンテにも怒られそうだし」

「今の貴様等には関係のない男だろう」

「我が真に認めた主はダンテだけだ。あの男が人間を殺める者を是としなかったように、我もいたずらに手をかける真似はせん」

「我ら兄弟も同じ」

「主を守る剣となろう」

「それに、ずっと塔暮らしからのボロ屋暮らしだったせいかしら。人間の血にそこまで興味が湧かないのよね。貴方みたいに強い男ならそそられるけど」

 

 ネヴァンに続いてケルベロス、アグニ、ルドラも危害を加えない意思を示す。

 悪魔の言葉を信じるつもりはない……が、所有権はカズマ達にある。悪魔達を手放すか否かは、彼等が決めることだ。

 因みに王都からの帰り道で聞いたところ、めぐみんとダクネスは手放す気がないという。残るアクアをどう説得するかカズマは悩んでいたが──。

 

「言っとくけど、私は完全に認めたわけじゃないからね。変な気を起こそうものなら、私の聖なるチョップで成敗してやるんだから」

 

 どうやら既に説得は終わっていたようだ。アクアは渋々といった様子であったが。

 彼女は頭がお粗末であるものの、女神としての実力は確かだ。今のネヴァン達が束になっても敵わないであろう。彼女の力がわからないほど、ネヴァン達も馬鹿ではない。

 ならば、今は彼等に預けておこう。しばらく睨んでいたバージルだったが、やがて自ら視線を外した。

 グリフォンと魔具の話は一段落ついた。これ以上話が無ければタナリスを連れて出ようと考えていたが、そこでめぐみんが不意に尋ねてきた。

 

「先程から気になっていたのですが、ちょくちょく名前が出てくるダンテというのは誰のことですか?」

 

 彼女の口から発せられた名前に、バージルの眉がピクリと動く。彼は無視しようと思っていたのだが──。

 

「あら、知らないの? バージルの弟よ」

「えぇっ!? お兄ちゃんに弟いたの!?」

 

 先にネヴァンからアッサリと明かされた。声を上げて驚いたアクアだけでなく、他の三人からも目を向けられる。

 バージルと同じ半人半魔の弟。気にならないわけがない。しかし先も言ったように、バージルがダンテについて自ら話そうとするわけもなく。

 

「タナリス、王都の悪魔について聞きたいことがある。ついてこい」

 

 バージルはタナリスに声を掛けてから広間を出る。後ろからカズマの呼び止める声も聞こえたが、気にせず足を進めていった。

 カズマ等が追いかけてくることもなく、彼は屋敷の外へ。ある程度屋敷から離れたところで振り返ると、遅れてタナリスも屋敷から出てきた。

 

「あの悪魔達とはお久しぶりだったんじゃないの? もう少しゆっくり話していったらいいのに」

「知った顔だとしても、悪魔と旧知を温める気にはならんな」

「それと例の喋るヒヨコさん、口はアレだけどカワイイ子じゃないか。言ってみれば君とアクアの子供みたいなモノなんだし、お父さんとして面倒見てあげたら?」

「ほう、そんなに雛鳥が羨ましいか。ならば俺が手伝ってやろう。雛鳥に生まれ変われるかは貴様の運次第だ」

「興味はあるけどまだいいかな。だから僕の首を狙って出した幻影剣はしまっていいよ」

 

 脅しで出現させた八本の幻影剣は、しばらくタナリスの首周りをクルクルと回っていたが、バージルが握り潰す動作をしたと同時に砕け散った。

 ほっと胸を撫で下ろしたタナリスは、バージルから呼び出された件について話を進めた。

 

「で、王都に出てきた悪魔についてだったね」

「上位悪魔二体は、貴様が王都へ向かってから現れたのか?」

「そうだよ。魔王軍襲来警報が鳴って、僕とゆんゆんも加勢しに行ったら突然出てきたんだ。蜘蛛の悪魔はカズマ達が合流してから出てきたよ」

「アーカムの姿は?」

「見てないね。魔剣君が出会ったっていうピエロの方もいなかったよ」

 

 彼女もアーカムは見かけていないという。が、アーカムが召喚したのは間違いない。今回は自ら姿を現さなかったようだ。

 魔王軍と共に現れたのなら、彼等に加担している可能性が高い。これから魔王軍の襲撃があった際は、アーカムの関与を警戒していた方がいいだろう。

 バージルが情報を整理していると、タナリスが自分を指差しながら尋ねてきた。

 

「もしかして、僕また疑われてる?」

 

 バージルから疑われた、アーカムとタナリスの繋がり。クリスにとやかく言われるため口に出すことはしなかったが、疑いはまだ晴れていない。

 

「王都に行ってたのは、ゆんゆんから提案してきたことなんだ。気になるなら後で本人に聞いたらいいよ。今日はなんだか疲れてる様子だったから、明日にしたほうがいいね」

 

 悪魔の出現に関与していないとタナリスは主張する。しかし、彼女が足を運んだ途端に悪魔が現れたのもまた事実。

 バージルは両腕を組むとタナリスに向かい合い。彼女に告げた。

 

「恐らく奴は、貴様の正体にも気付いている」

「えっ?」

 

 疑いの言葉を掛けられると思っていたのであろう。タナリスは首を傾げる。

 

「悪魔をけしかけたのも、貴様の実力を見るためだったのかもしれんな」

「……つまり?」

「背後には気をつけておけ。奴は神出鬼没だ」

 

 バージルから送られたのは助言であった。タナリスは口をポカンと開けていたが、やがてニヤニヤと笑いながら顔を覗き込んできた。

 

「もしかして心配してくれてる? さっきもカズマ達に危険が及ばないか警戒してたし、案外優しいんだねぇ」

「雛鳥に生まれ変わる決意ができたようだな」

「お気遣いは嬉しいけど、まだ遠慮しとくよ。だからそんなに怖い顔しないでって」

 

 

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「お兄ちゃんキャラがやたらしっくりくるとは思ってたけど、まさかホントに弟がいたなんてなぁ」

 

 バージルとタナリスが去っていった広間で、カズマはしみじみと呟く。

 ダンテがどんな男か想像もつかないが、バージルの弟だ。とんでもない強さなのは間違いないであろう。

 

「バージルも私と同じで下の子がいたとは驚きでした。妹として絡むアクアの扱いに慣れていたのも、それが理由だったのでしょう」

「ねぇねぇ、お兄ちゃんの弟から見て私は姉と妹、どっちにあたるのかしら? 私はお姉ちゃん希望なんですけど」

「やはりバージルと同じく、強烈な一撃を浴びせてくれるのだろうか……」

 

 ダンテについて、めぐみん達も想像を膨らませている。いっそ弟もこの世界に来てくれたらとカズマは思ったが、何故か借金倍増の未来が待ち受けている予感を覚えたので、これ以上想像するのはやめておいた。

 それにきっと、バージルも望んではいないであろう。

 

「ダンテのことをバージルに聞く気なら、やめておいたほうがいいわよ。微塵切りにされたいなら止めはしないけど」

「そう話すということは……弟とはあまり仲が良くなかったのですか?」

「喧嘩するほど仲が良いって言うだろ? そういう意味じゃあ、あの兄弟は大の仲良しだぜ! 会う度に激しくヤり合っちまうほどにな!」

「は、激し……!?」

 

 グリフォンの言葉に、ダクネスが驚きながらも興味津々とばかりに目をかっ開いてグリフォンを見つめる。

 兄弟喧嘩ぐらいよくある話だが、彼等は半人半魔。ただの喧嘩で終わる筈がない。きっとダクネスが想像するよりも遥かに過激で、危険なものであろう。

 バージルの前では、名前を出すのも控えたほうがよさそうだ。一番やらかしそうなアクアには、後で口酸っぱく言っておこうとカズマは決めた。

 

「ネヴァン達は、ダンテという人物について詳しいのですか?」

「勿論よ。だって私達の元主だもの」

 

 バージルに聞けないなら彼等に聞くまで。めぐみんが尋ねると、ネヴァンは素直に答えてくれた。更には、床に伏せていたケルベロスが顔を上げて会話に入ってくる。

 

「奴は我等を巧みに操り、数多の悪魔を蹂躙していった。我も奴の力を認めたからこそ、魔具となる道を選んだのだ」

「つまりその男は、様々なプレイで楽しませてくれるというのか!?」

「ぷれい? ぷれいとは何だ?」

「ぷれいというのは──」

「そこの変態と双剣はお口チャックな」

 

 話が脱線しそうだったので、一人と二本にカズマは釘を刺す。

 

「けど彼は、金に困ったところで私達を質草として知り合いに預けたのよ。そのくせ経営してる便利屋は、週休六日で滅多に働こうとしないんだとか」

 

 その知り合いの愚痴から聞いた話だけどと、ネヴァンはため息混じりに語った。どうやらバージルと違って不真面目な男だったようだ。話を聞いたカズマは、ダンテという男にとてつもない親近感を覚える。

 一方でめぐみんはネヴァンから視線を外すと、机上を歩いていたグリフォンにも尋ねた。

 

「ぐりぽんもダンテを知っているのですか?」

「あぁ、俺を鳥頭とか抜かしておちょくりやがったムカつくヤローだ! ま、実力は認めてやるけどよ……おい待て嬢ちゃん。今俺のことナンて呼んだ?」

「ぐりぽんです」

「ダッッッッセェッ!」

 

 サラッとめぐみんに命名されたが、本人は不服だったようだ。低評価を付けられためぐみんは驚き、抗議とばかりに机を叩く。

 

「何を言ってるのですか! ゼル帝を気に入ってないようだったので、私がカッコいい名前を考えてあげたというのに!」

「今の名前のどこにカッコよさがあるってんだ! 却下だ却下!」

「ならば……ぽんぽん!」

「原型すら残ってネェ! せめてグリは残しやがれ!」

「では……ぐりぐり! どうですか! これなら文句は無いでしょう!」

「グリを残せばいいってもんじゃネェよ! さっきからガキがテキトーにつけたような名前ばっか言いやがって! ネーミングセンス皆無か!」

「ほう! まだ生まれて一日と経たない小鳥が私を子供扱いとは良い度胸ですね! 売られた喧嘩は買うのが紅魔族の流儀! どこからでもかかってくるがいい!」

 

 話題はいつの間にやらグリフォンの名前決めへ。いくつも案を出すも全て却下され、更に紅魔族のセンスを侮辱されためぐみんは、ヒヨコ相手に喧嘩腰で構える。

 

「待ちなさいめぐみん! いくら仲間といえどこの子に手を上げるのは母として見過ごせないわ! やるなら私をやりなさい!」

「いや、それこそ私の出番だ! めぐみん、その怒りは全て私が引き受けよう! さぁ! 力のままに思い切りやってくれ!」

「……さっきから思ってたが、そこのネーチャンは美人のクセしてヤベー趣味してんな」

 

 アクアとダクネスがグリフォンを庇うようにめぐみんと対峙する。周りの悪魔達は我関せずと傍観していた。

 カズマも名前ぐらい何でもいいだろと思いながら聞いていたが、似合いそうな名前がふと降りてきたのでグリフォンに提案してみた。

 

「グリル焼きとかいいんじゃね?」

「悪魔! フツーな顔してアイツ一番ヤベェ奴だ!」

「誰が平凡顔だ。じゃあ……唐揚げか焼き鳥は?」

「全部食される運命じゃねーか!? 悪魔が人間に食われるなんて笑い話にもなりゃしねぇぜ!」

 

 良い案だと思ったのだが、あえなく却下されてしまった。あまつさえ仲間達からも引いた目で見られている。

 ペットに食べ物の名前を付けるのはあるあるの筈だが、そこまで引かれるものなのかとカズマは首を傾げた。

 

「そもそも、この子の名前はゼル帝よ! 母親は私なんだから、私が付けた名前で呼びなさいな!」

「テメェこそいい加減にしやがれ! 俺の名前はグリフォンだ! ゼル帝でもぐりぽんでも焼き鳥でも鳥頭でもネェ!」

 

 そして名前の案は再びふりだしへ。アクアとグリフォンはお互い譲らない様子。

 しょうがねぇなとため息を吐いた後、カズマは二人の間へ割って入った。

 

「お前はグリフォンのままが良くて、アクアはゼル帝がいいんだよな?」

 

 カズマが二人に尋ねると、どちらも首を縦に振る。しかしこの世界には既にグリフォンという種族がいる。先約があるので、名前変更はやむなしだ。

 が、全く別の名前でもダメ。アクアも譲る気はない。ならば、折衷案で我慢してもらうしかない。

 

「じゃあ間を取って、ぐり帝で」

「異議アリ!」

 

 どっちの名前も取り入れた案だったが、真っ先にグリフォンが物言いをつけてきた。

 しかし周りにいたアクア達は、カズマの案を聞いて考え込む素振りを見せ──。

 

「ふむ……親しみもあって呼びやすい名前だな。めぐみんはどう思う?」

「紅魔族的にも悪くないセンスですね。私が最初に上げたぐりぽんにも近しいモノを感じますので、文句は言いません」

「しょーがないわね。帝は残してくれたし。それじゃあ貴方の名前は、ぐり帝に決定よ!」

「待て待て待て待て! ナンで俺の意見も聞かず勝手に話を進めてんだ!?」

 

 仲間達も納得してくれた。騒ぐグリフォンを無視して、カズマはネヴァン達へ顔を向ける。

 

「一応そっちにも聞いておくけど、コイツの名前はぐり帝でいいか?」

「かわいらしい名前でいいんじゃない? 小鳥さん」

「悪魔にとっての名は実の姿よりも真実に近い、魂の形と言えるものだ。大事にするといい」

「新たな名を刻まれし小鳥よ」

「我等もその名を記憶に刻もう」

「悪魔にも味方がいやがらねぇ! 誰か一人ぐらい反論しろよ! お前らだって勝手に改名されたら嫌だろ!?」

 

 悪魔達からも賛成の声が上がった。グリフォンは必死に助けを求めるが、彼等の耳には届かない。

 力こそが正義と言うが、時として数こそが正義になりうるのだ。

 

「つーわけでよろしくな、ぐり帝」

「フッザケンナ! 俺に選択権はねぇのかよ!? 悪魔にもそれぐらいあってもいいんじゃねーの!?」

「いいと思うぞ。お前は鳥だから関係ないけど」

「ギィッ!」

 

 グリフォン改め、ぐり帝がここに誕生した。

 

 

*********************************

 

 

 夕刻。場所は代わってアクセルの街にある冒険者ギルド。

 冒険者が酒と飯を求めに集う中、先に腹ごしらえを終えて寛いでいたパーティーがいた。

 

「ねぇフィオ。あの受付嬢、いったいどういう生活を送ったらあんな身体になれるのかしら」

「気になるなら聞きにいってみたら? 良いアドバイスが貰えるかもしれないよ?」

「別に胸をおっきくしたいなんて思ってないわよ! それにキョウヤは貧乳が好みなんだから、むしろ大きくてカワイソーだなぁって」

「あ、あの時はベルディアの変な記憶を見せられたからそうなっただけよ!」

『変な記憶って言うな。俺だって二度と思い出したくないのにわざわざ掘り起こして見せたんだぞ。まぁ今の俺は巨乳へのコンプレックスを克服し、デカい奴こそ正義と思えるようになれたが』

「アンタの趣味は聞いてないわよ」

 

 王都では『勝利の剣』と呼ばれる、人間三人と幽霊が一体の愉快なミツルギパーティーである。

 アクセルの街に帰ってきたミツルギは仲間と合流。森の害虫狩りから始まって王都の悪魔狩り。休息も取れていなかったのでクエストには行かず街で過ごし、今に至る。

 クレメア、フィオ、ベルディアがやんやと騒いでいる中、ミツルギは、静かに水を飲んでいた。

 いつもなら間に入って落ち着かせる場面なのだが、彼は止める素振りも見せず。コップを机に置き、中で揺らぐ水をじっと見つめる。

 

 彼が思い返していたのは、王都で現れた炎の悪魔。自身と対峙した蜘蛛の方ではない。バージルと戦っていた、大剣を振るう四ツ足の魔物。

 戦場に着いたバージルを見て、あの悪魔が放った言葉。

 

「(逆賊スパーダの……血)」

 

 スパーダ──逆賊という言葉から察するに、悪魔なのは間違いない。

 四ツ足の悪魔は、バージルから逆賊の血の匂いがすると言っていた。つまりスパーダは、バージルと血で繋がった者だということ。

 そしてミツルギには、スパーダという名前に聞き覚えがあった。いったいどこで耳にしたのか。街を歩きながら記憶を掘り起こし、夕暮れ時になった頃にようやく思い出した。

 

 正確には、ミツルギの記憶ではない。彼の中にいた、ベルディアの記憶。

 彼がバージルと対峙した時、バージルはこの世界の住人ではないと自ら明かした。更には異世界の存在と──スパーダの名を。

 人間の為に剣を握り、魔帝と呼ばれる存在を封印した伝説の魔剣士。ミツルギもいつか、スパーダについてバージルに聞いてみたいと思っていた。どういう繋がりを持つ人物なのかを。

 否、薄々はわかっていた。それが四ツ足の悪魔から聞いた言葉で、確信に変わった。

 

 バージルはスパーダの子孫──それどころか、実の父親なのかもしれないと。

 

「(スパーダの力(The power of Spada)……か)」

 

 ただの半人半魔では収まらない力。その正体を知り、ミツルギはバージルの強さに納得した。

 と同時に浮かぶ疑問。彼は何故、女神によってこの世界へ導かれたのか。

 自分やサトウカズマと同じく、バージルも異世界転生したと語っていた。言い換えれば、彼は一度死んでいるのだ。圧倒的な強さを誇る彼が。

 その理由をミツルギは知りたかった。彼が元の世界でどのように生き、死を迎えたのか。

 彼の過去を知ればきっと──未だ小骨のように引っ掛かっていた道化師の言葉も、無くなってくれるのではないだろうか。

 

「……ヤ。ちょっとキョウヤ! 聞いてるの!?」

「わっ!? ご、ごめん。どうしたんだい?」

 

 クレメアの声が聞こえて、ミツルギは思考を中断して顔を上げる。対面の席に座っていたクレメアは、頬を膨れさせてご立腹の様子であった。

 

「どうしたって、さっきから何回も声を掛けてたのに全然見てくれなかったじゃない!」

「なんだか思い詰めてるようだったけど……悩みがあるなら私達がいっぱい聞くよ?」

 

 隣に座っていたフィオが心配そうに顔を覗き込んできたが、ミツルギは「大丈夫だよ」と微笑んで言葉を返す。

 と、フワフワ浮いていたベルディアがミツルギの前に移動し、からかうように笑ってきた。

 

『コイツは純一無雑に見えて相当のムッツリだ。あのボインボインな受付嬢が気になって仕方ないんだろう?』

「キョウヤはアンタやサトウカズマみたいな、胸だけで女の価値を決める変態じゃないわよ!」

『おっと、この俺を例の小僧と同格に括られるのは心外だな。奴が変態なら俺は紳士だ。チラチラと隠れて見たりはせず、堂々とガン見するのが紳士の流儀!』

「うん、紳士じゃなくてド変態ね。そういえば魔導具店で女神のダシ汁っていうのを買ったんだけど、魔剣にぶっかけたら少しは大人しくなるかしら」

『おいやめろ馬鹿! いつの間にそんなおぞましいモノ手に入れてたんだ!? 絶対するなよ! もしやったら、何回風呂に入っても取れないほどのアンデッド臭が腋から出る呪いをかけてやっからな!?』

 

 ベルディアの一言から再び口喧嘩が始まり、周りの視線も気にせず仲間達は騒ぐ。ミツルギは喧嘩を見守りながら、バージルについて再び考える。

 彼の過去について聞くのは本人が一番だが、簡単には話してくれないであろう。「貴様には関係ないことだ」と返される未来が容易に想像できる。

 そもそも、死因を直接聞きに行くのは気が引ける。ならば、彼の次に知っていそうな人物に尋ねるしかない。候補に上がる人物はただ一人。

 バージルをこの世界へと誘った者──女神タナリス。

 

「(明日、聞きに言ってみよう)」

 

 クレメアとフィオには悪いが、また留守番をお願いしよう。

 予定を決めたミツルギは、コップに残った水を一気に飲み干した。

 

『……ところで、前にここでトランプをした時にも思ったんだが、街の冒険者が俺の顔を見ても無反応なのはどういうことだ? 俺、元幹部なんだけど? 街にも襲撃に来たんだけど?』

「記憶に残ってないからじゃない? 私は話でしか聞いてないけど、警告だけして逃げるように帰ったんでしょ?」

「街から離れた城で、人知れず討伐されたんだよね? オマケにその後、デストロイヤー襲来っていうインパクト大のイベントがあったんだから、ベルディアの事は覚えてない人が多いのかも。下手したらキャベツ襲来よりも……」

『やめろ! それ以上言うな! キャベツより影が薄いのは流石の俺でも心折れるから!?』

 




このすば王都編アニメ化&DMCネトフリアニメ化おめでとうございます。

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