この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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(プロローグや番外編も含めると)今回で100話目なんですって。
まだ話は続きますが、お付き合いいただけたらと思います。


第89話「You are not human, are you? ~人ならざる者~」

 バージルと別れたミツルギは、彼の指示通り蜘蛛の悪魔がいる方向へ。

 蜘蛛の悪魔と戦っているのは、三つ首の犬一匹と子鬼が二体、少女が一人。数は後者が有利なのだが、実力差が大きいのか攻めあぐねている。

 どちらが倒すべき敵なのか。まずはそれを確かめるべく、戦いに参加できずにいたクレアのもとへ駆け寄った。ミツルギの接近に気づいたクレアがこちらに顔を向けると、不安と焦燥に駆られていたその表情に光が宿った。

 

「ミツルギ殿!」

「レインさんから話を聞き、遅れながら参上しました。師匠もあちらで戦っています」

 

 ミツルギは話しながら、クレアに目立った負傷が無いことを確認する。そして肝心の敵について尋ねた。

 

「見慣れない者達が戦っているようですが……彼等も敵なのですか?」

「わからない。ただ、私が蜘蛛の悪魔と戦っている最中に三つ首の犬が割り込み、戦い始めたのだ。いったいどこから現れたのか……」

 

 クレアの話を聞き、ミツルギは考える。敵か味方か不明だが、蜘蛛の悪魔と対立しているのは確かだ。

 ならば、明確に敵として対峙している蜘蛛の悪魔を優先的に倒すべきであろう。ミツルギはそう決めて、クレアに指示を出す。

 

「蜘蛛の悪魔は僕が倒します。クレアさんはアイリス様のもとへ。悪魔との戦いでかなり消耗しているようです」

「……すまない。ミツルギ殿にはいつも助けられてばかりだな」

「困っている人を助けるのは当たり前ですよ」

 

 当然のように言い切り、ミツルギは彼女に背を向ける。その背中をクレアが羨望の眼差しで見ていたのだが、本人が知る由もなく。彼は悪魔のもとへ駆け出した。

 

 

*********************************

 

 

「喰らいなさい!」

 

 ネヴァンが手をかざし、ファントムへ白い雷を落とす。敵は狼狽える素振りを見せているも、本人に手応えはなかった。

 ファントムが接近し、凶爪でネヴァンを引き裂こうと振りかざす。ネヴァンはその場で回転すると、同時に黒い刃が発現して彼女を中心に回り、ファントムの攻撃を弾いた。

 次にケルベロスがファントムの足元へ氷の息吹を繰り出す。たちまち地面は凍り、ファントムの足も地面に固定させた。

 

「今こそ好機!」

 

 そこへルドラが飛び上がり、ファントムの顔を狙わんと刃を振り下ろした──が。

 

「舐めるなよ小童ども!」

 

 ファントムの腹部が変化した。丸まった腹部から鋭い棘を持った尻尾へ。その尻尾で、飛びかかっていたルドラの小さな肉体を貫いた。

 

「ぐぉおっ!?」

「弟よ!」

 

 ルドラの刃が届くことはなく、彼の手から剣が溢れて地面に突き刺さる。尻尾に貫かれた肉体はやがて消滅した。

 

「機を見誤った……すまない兄者よ」

「構わぬ、弟よ。次は我ら兄弟の力を合わせるぞ」

 

 しかし何ら問題はない。彼等の本体は剣なのだから。ルドラに言葉を返したアグニは剣を前にかざし、柄についた顔の目を光らせる。

 それに呼応し、地面に刺さっていたルドラの剣はひとりでに動き出す。そのままアグニのもとへ飛んでいき、アグニは片方の手でルドラの剣を取った。

 アグニとルドラは二人で一人。二刀流となったこの状態こそが、彼等の真価を発揮できるのだ。

 

 ……が、二刀流となったアグニはその場で仁王立ちしたまま動かない。

 

「ちょっと、どうしたのよ?」

 

 疑問に思ったネヴァンが声を掛ける。ケルベロスも不思議そうに見つめている中、アグニとルドラは答えた。

 

「どうやら今の身体では、剣を一本持つのでやっとのようだ」

「その状態で剣を二本持ったらどうなるのか」

「腕が全く上がらぬ」

「でくの坊になってしまった」

「バカじゃないの?」

 

 ネヴァンが呆れて物も言えなかった。異世界にいってもこの兄弟は馬鹿なままだった。

 

「ネヴァン! 前だ!」

 

 とその時、ケルベロスの呼びかける声が聞こえた。ハッと気付いて前を見ると、ファントムは既に口へ炎を溜めており、程なくしてネヴァンに向けて放出した。

 凄まじい速度で向かってくる炎弾。弾き返すのは難しい。ネヴァンは避けるべく構えた時──彼女の前に男が割り込んできた。

 

「ハァッ!」

 

 男は大剣で炎弾を断ち切った。風で翻った紺色のマントがしばらくして収まり、男の顔が見えた。

 ダンテほどではないが、整った顔立ち。もう少し年を重ねればイイ男になれる将来有望な若い男だった。

 そして一番気になるのは、彼から二つの魔力を感じること。ネヴァンは探りを入れるついでに男へ話しかけた。

 

「へぇ、こんなに早くイイ男と会えるなんて思わなかったわ。それに貴方、ただの人間じゃないわね? 名前は?」

「僕はミツルギ。ミツルギキョウヤだ。そしてこっちが──」

『ベルディアだ。今はこんなナリだが、元魔王軍幹部であり元デュラハンだ』

 

 ミツルギと名乗った男の身体からニュルッと現れたのは、ベルディアという首だけの甲冑幽霊。突然出てきてネヴァンは少し驚いたが、これが魔力二つある理由かとすぐに理解した。

 甲冑幽霊のベルディアはミツルギの中に戻らず、フワフワ浮いたままこちらを見つめていた。その視線に気付いたネヴァンは、赤い髪をかきあげて妖艶に笑う。

 

「まだ出会ったばかりなのに随分と熱視線ね。でも首だけの幽霊じゃあ吸える血も無いし、残念だけど私の好みのタイプじゃなさそうだわ」

『あっ、お構いなく。ロリは俺の好みじゃないから。もっと成長してボンキュッボンになればいいが……そのナリじゃあ期待できないな』

「はっ?」

 

 思わぬカウンターに面食らうネヴァン。一方でベルディアは興味を失せたのか、ネヴァンの返答も待たずミツルギの中へ戻った。

 目が合ったミツルギは苦笑いを浮かべるのみ。ネヴァンはおもむろにケルベロスへ顔を向けたが、彼は何も言わず目を反らした。

 

「(……何なのよこの敗北感!)」

 

 戦いに敗れた時とは違った、羞恥と屈辱に塗れた敗北に、ネヴァンはただ俯いて拳をプルプルと震わせることしかできなかった。

 

「何かが割り込んできたかと思えば人間か。羽虫が一匹紛れたところで気にもならんわ」

 

 そこで、ファントムの嘲る声が響いた。ネヴァンは味わった屈辱を一旦忘れて戦いに集中する。

 

「この国の虫を甘く見ていたら、痛い目を見るよ?」

 

 ファントムの挑発にミツルギは笑って言葉を返し、剣を構える。

 彼が小さく何かを呟いた束の間、二つの魔力が一つとなり──否、一つと見紛う程に重なり合った。

 と同時に、彼から感じる魔力が何倍にも膨れ上がった。その大きさにはネヴァンも興味を惹かれるほど。

 ミツルギは地を蹴り、ファントムに向かって駆け出した。瞬きをする間に敵の懐へ入り、剣を振り下ろす。しかし彼の剣でもファントムの外殻を砕くことはできず、金属音を鳴らして弾かれた。

 

「マヌケがッ!」

 

 体勢を崩したミツルギに、ファントムの鋭い爪が襲いかかる。彼の身体が真っ二つに切断されるかと思われたが、そこで腰元に据えていた剣が独りでに動き出し、相手の爪を弾いた。

 攻撃を凌いだ時にはもう体勢を立て直しており、ミツルギは高く飛び上がってファントムの真上へ。彼は剣先を下に向け、敵の背中に刃を突き刺した。

 

「ヌゥッ!?」

 

 どうやら外殻の隙間を狙ったようで、ファントムが苦悶の声を上げる。ファントムの爪を弾いた剣が再び動き出すと、今度は尻尾が格納されていた赤い体皮を斬りつけた。

 ダメージもしっかり通っている。ファントムが振り落とさんと身体を振るいつつ、背に乗っているミツルギを尻尾で狙う。危険を察知した彼は咄嗟に背中から離れ、ネヴァン達の所へ戻った。自動で動いていた剣も主のもとへ帰り、ミツルギの手に納まる。

 

「背中と尻尾の付け根が狙い所のようです。僕はこのまま攻撃を仕掛けますので、援護をお願いします」

「驚いたわ。ただの人間じゃないとはわかっていたけど、あそこまで動けるなんて。いったい誰に教わったのかしら」

「僕の師匠──悪魔も恐れる魔剣士からですよ」

 

 ミツルギの言葉を聞きながら、ネヴァンは横目でもうひとつの戦場を見る。

 もう一体の悪魔と戦っている人物は、ネヴァン達にも馴染みのある男。彼がこの世界にいる事実にはかなり驚いていた。挨拶にも行きたかったが、今はファントムを倒すことが最優先だ。

 ネヴァンは視線をファントムへ戻す。一太刀浴びせた人間へか、傷を負った自分に対してか、彼の青い目は怒りで赤く染まっていた。

 

「人間風情が調子に乗るな!」

 

 ファントムが怒号を発した時、ミツルギの足元が真っ赤に染まった。ミツルギがすぐにその場を移動すると、彼が立っていた場所から炎の柱が立った。

 一度だけではなない。執拗にミツルギを狙って柱が立ち、ミツルギはひたすら避け続ける。その時、ファントムが炎を口へ溜めていた。

 気付いた時にはもう遅い。ファントムの口から炎弾が勢いよく飛び出した。炎柱を避けるのに気を取られていたミツルギを狙い、炎弾が一直線に飛んでいったが──。

 

「ソイヤッ!」

 

 彼に着弾する直前、どこからともなく風の刃が飛んできて炎弾を打ち消した。ネヴァンが風の発生源に目を向けると、そちらにはカカシより役に立たなくなった筈のアグニ&ルドラが。

 アグニはその剣身を地面に突き刺し、両手で風を操るルドラの剣を持って振り抜いていた。

 

「二刀同時に扱えぬのなら」

「一刀だけ振るえばいい」

「小癪な……!」

 

 足りない頭を使って必死に考えてくれたようだ。攻撃を邪魔されたファントムの目が更に赤く染まる。

 そして、彼等に気を取られた一瞬をミツルギは逃さなかった。彼は浅葱色の剣を構えてファントムへ一直線に向かう。接近に気付いたファントムが迎え撃とうと爪を振り上げる。

 ファントムの足元が、白く染まっていたことにも気付かずに。

 

「痺れなさい!」

 

 ネヴァンが両手を振り下ろした瞬間、ファントムの全身を電撃が襲った。魔法も通さぬ外殻を持つ彼には少し痺れる程度のモノであろう。だがそれこそがネヴァンの狙い。

 少し動きが止まった間に、ミツルギはファントムの眼前へ。彼は剣を水平に構えると、突撃した勢いを乗せて剣を突き出し、ファントムの口に突き刺した。

 

「ガァッ!?」

 

 どうやらそこも弱点であったようだ。ファントムは苦しい声を上げながら、目の前にいるミツルギを突き刺さんと尻尾の先端を向ける。

 そのまま尻尾で串刺しに──と思われた刹那、ケルベロスが動いた。彼は既に溜めていた魔力を放ち、ファントムの尻尾へ氷の息吹を放った。

 相手の熱が強く完全に凍らすことはできなかったが、尻尾の動きを鈍らせ、ミツルギが追撃する猶予を作るには充分であった。

 

「うぉおおおっ!」

 

 ミツルギは相手の口に刺していた剣を引き抜くと、怒涛の連続突き(ミリオンスタッブ)を放った。身の丈ほどある大剣を右手一本で持ち、目にも止まらぬ疾さで突き続ける。

 最後に強くひと突きして、ミツルギはファントムから距離を取った。弱点へ必殺の攻撃。流石にダメージが大きかったのか、ファントムはその場に突っ伏して倒れている。

 だが、敵の魔力は未だ消えず。光を失っていた目が再び光を放つと──ファントムの咆哮と共に身体が赤く燃え上がった。

 

「ガキの遊びはもうやめだ! やりたい放題やってやる!」

 

 ファントムの声からは憤怒が色濃く表れていた。彼の凶爪は炎を纏い、魔力も更に高まっている。

 ミツルギが剣を構え直し、ネヴァン達もより一層気を張って身構える。そんな中、ファントムの魔力が急激に高まり──彼の背から巨大な火球が何発も飛び出した。火球は放物線を描き、ミツルギを狙うように降り注ぐ。

 

「くっ!」

 

 食らったらひとたまりもない。ミツルギは落下してきた火球を避けるが、更に地面から炎の柱が飛び出し、ミツルギの行動範囲を狭めていった。

 

「どうした虫ケラ! 無様に逃げ回ることしかできんか!」

 

 それだけでは終わらないと、ファントムの口に熱が溜まり始める。炎の包囲網に気を取られている隙に、再び火球を放つつもりであろう。

 先程よりも更に長く溜め、最大火力が放たれようとした時──ミツルギが、ファントムを見据えた。

 

「流石は上位悪魔だ。でも僕は、君よりずっと強い人を知っている」

 

 人間の領域を越えた者。人ならざる者だと示すように、ミツルギの左目が赤黒く染まった。

 瞬間、彼の魔力が爆発的に増した。その巨大さは──上位悪魔に匹敵する。

 ミツルギは包囲網の隙間を狙って、ファントムのいる方向目がけて地を蹴った。魔力と共に身体能力も飛躍しており、ファントムが火球を放つよりも早く接近。

 その勢いを乗せて、ミツルギは再びファントムの口へ突きを繰り出した。放たれようとしていた火球は出口を失い、ファントムの身体の中で爆発を起こす。

 ミツルギは続けざまに剣を振り、斬り上げると共に飛び、力のままに兜割り。そのまま攻撃を続けようとしたが、ファントムの尻尾が狙ってきたのですかさず飛び退いた。

 

「貴様ァアアアアッ!」

 

 ファントムの咆哮が響き、再び背中から火球を打ち上げた。その攻撃は見切ったと、ミツルギは華麗に避けていく。

 よほど彼の怒りを買ったのであろう。ファントムは執拗にミツルギを狙い続けた。ネヴァン達には目もくれずに。

 

「人間ばかり狙ってこちらは無視か……冗談じゃない。このままコケにされてなるものか!」

 

 悪魔としてのプライドが許さないのか、ケルベロスは果敢にファントムへと向かっていった。彼は魔力を振り絞って氷を放つが、今のファントムには冷や水にもならない。

 かくいうネヴァンも、無視されたままでは癪に障るので加勢に向かおうとしていた。その前に、彼女は横で突っ立っている小鬼に話しかける。

 

「私もあっちに行くけど、貴方達はどうするの?」

「行きたいのは山々だが」

「弟の肉体を出せぬのだ」

「つまり動けないってことね。いいわ。そこで呑気に休んでなさい」

「待て、コウモリ女よ」

 

 馬鹿兄弟を放置して行こうとしたが、アグニが呼び止めてきた。もう名前を忘れたのかと呆れたが、そこは突っかからずに話を聞く。

 

「こちらに向かってる小僧がいるぞ」

「我等の新たな主が向かってくるぞ」

「えっ?」

 

 ネヴァンはアグニとルドラから目を離し、ファントムがいる場所とは真逆の方向を見る。その方角から走ってきていたのは、茶髪の冴えない男。

 バニルから自分達を引き取った、新たな主となる男であった。

 

 

*********************************

 

 

「……なんかヤバくない?」

 

 蜘蛛悪魔とミツルギ達の戦いを遠巻きに見ていたカズマは、思わず呟く。

 ミツルギの介入で攻守逆転し、悪魔達の協力を得て攻撃を食らわしたまではよかったのだが、蜘蛛悪魔が第二形態とやらに入ったのか、再び防戦に。炎まみれでよく見えないが、苦戦しているのは確かだ。

 バージルは悪魔と戦っており、アイリスも回復できていないので増援は望めない。二人以外に悪魔と張り合えるのはミツルギぐらいなので、ここで彼に深手を負わせたくはない。性格は気に食わないが。

 今からでもゆんゆんかレインにテレポートを頼んで、アクアを連行した方がいいだろうか。彼女の退魔魔法でダメ押しすればきっと──。

 

「……待てよ?」

 

 そういえばと、カズマはその場にしゃがんでポーチを開く。その中にあった、青白く光る水の入ったアイテムを取り出した。

 バニルからまとめて買い取り、念のためと出かける前にポーチへ入れていた聖水である。女神の力と同様に、退魔の効果がある。

 ハンス戦、シルビア戦で効果は確認済み。シルビアへの使用は直接見たわけではないが、後でゆんゆんから聞いた話では確かなダメージを与えられたようだ。

 トドメの一撃にはならないだろうが、戦況を好転させるには充分。どっちの悪魔に使うかは、考えるまでもない。

 

「流石は魔剣の勇者。相手の炎を掻い潜り、確実に一撃を与えています。このまま押し切れば、きっと勝てるでしょう」

「これが、黒騎士と戦った時に見せたミツルギ殿の本気なのか……」

 

 アイリスとクレアが観戦しながら何か言っている後ろで、カズマは深呼吸をする。

 この聖水で大ダメージを与えて、すかさずミツルギがトドメを刺す。彼のサポート役になるのは気に食わないが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 聖水を投げる前に気付かれて自分に標的を向けられたら、ネヴァン達に守ってもらおう。覚悟を決めたカズマは、蜘蛛悪魔のいる方へ身体を向ける。

 

「ダクネス、俺ちょっと行ってくるわ。ここは任せたぞ」

「カズマ? 急に何を言って──お、おい!」

 

 ダクネスの返事も聞かず、カズマは走り出した。クレアやアイリスの呼び止める声も聞こえたが、足を止めることはせず。

 道中に敵はおらず、カズマは走りながら戦況を確認する。現在蜘蛛悪魔はミツルギ、ケルベロスと戦っているが、どうやらミツルギにしか目が向いていない様子。

 そこから少し離れた場にネヴァンが立っていた。どっちがアグニでどっちがルドラか覚えていないが、双剣の兄弟もいる。ネヴァンはこちらに気付いたのか、振り返ってカズマと目を合わせた。

 

「何しに来たの? 貴方程度じゃあ足手まといにすらならないわよ?」

「そんなことわかってる。だからコイツを持ってきた」

 

 警告をするネヴァンに、カズマは手に握っていたアイテムを見せる。悪魔故か、これが何の効果をもたらすのか瞬時に理解できたようだ。

 

「貴方、一体どこでそれを……」

「知り合いの魔導具店からだよ。とにかくコイツをあの蜘蛛にぶつける。で、弱ったところへミツルギがトドメを刺すって寸法だ」

「悪魔祓いの聖水か」

「今の我等にはとても危険な代物だ」

「……わかったわ。ワンちゃんには私から警告しておくわね」

 

 カズマの作戦を承諾したネヴァンは、ケルベロスにもその旨を伝えるべく飛んでいった。カズマは蜘蛛悪魔の方へ向き、緊張を解すように深呼吸する。

 しばらくして、ネヴァンがケルベロスを引き連れて蜘蛛悪魔から離れた。蜘蛛悪魔はミツルギにご熱心のようで、ケルベロス達には気付く様子も無し。ミツルギもカズマがいる方向には目もくれずにいた。

 彼にも伝えるべきか迷ったが、人間には効かないので大丈夫であろう。下手に伝えようとして蜘蛛悪魔に気付かれるリスクもある。

 何か忘れているような気もしたが、今は頭の片隅へよけて作戦に集中。カズマは聖水を握ると、過去にテレビで見た野球選手のイメージを下ろし──。

 

「『狙撃』ッ!」

 

 力の限りブン投げた。弓ではないので『狙撃』を唱えても意味はないのだが、問題ない。彼の運はすこぶる良いのだから。

 風のあおりも計算の内かのように聖水は飛んでいき、燃える柱の間を抜け──火球を口に溜めていた蜘蛛悪魔と、口を狙うべく突撃していたミツルギの眼前へ。

 

「「えっ」」

 

 彼等が呆気に取られる中、水晶は地面に落ち、聖水を覆っていたガラスが割れる。

 刹那、聖水は眩い光を放ってミツルギと蜘蛛悪魔を覆った。離れていたネヴァン達もたまらず目を瞑るほどの強い光。

 

「グァアアアアッ!」

 

 耳をつんざくほどの悲鳴が響き渡った。光をモロに浴びた蜘蛛悪魔は、苦しそうにもがいている。カズマの期待通り、大きなダメージを与えられたようだ。

 ……実のところ、これで倒して経験値がっぽり稼げるのをちょっとだけ期待していたのだが。

 

「よし今だカツラギ! さっさと蜘蛛悪魔をぶっ倒せ!」

 

 ともかく、あとは彼に任せるのみ。カズマは振り返ってミツルギに指示を出す。

 であったのだが──何故かミツルギは、地面に突っ伏して動かなくなっていた。

 

「おいっ!? なんでこんな時に倒れてんだよ!」

 

 強烈な光で目をやられた様子ではない。まるで悪魔と同じく聖水でダメージを負ったかのよう。

 聖水は人間に無害の筈。いったいどうして──と考えていた時、カズマの口から「あっ」と声が漏れた。

 

「(首なし幽霊のこと忘れてた!)」

 

 完全にベルディアの存在が頭からすっぽ抜けていた。ミツルギは彼と一心同体。そして聖水は、ベルディアに対して大きな効果をもたらしたのであろう。

 そのダメージがミツルギにも影響を及ぼしたのか、この有様となってしまった。最後の最後でやらかしたとカズマは頭を抱える。

 だが、現実は反省する時間も与えてくれない。ズシンと、カズマの前で重い足音が響く。恐る恐る顔を上げると、そこにはドロドロのマグマとなって溶けかけている蜘蛛悪魔が、赤い複眼で見下ろしていた。

 

「絶対二許サンゾ! 虫ケラ風情ガァアアアアッ!」

「ひぃいいいやぁああああっ! 助けて女神エリス様ぁああああっ!」

 

 たまらずカズマはその場でしゃがみ込み、神に祈る。まだ形を残している蜘蛛悪魔の爪が、彼へ振り下ろされる──その寸前だった。

 

「『エクステリオン』!」

 

 少女の唱える声が、カズマの耳に届いた。しばらく経っても、身体に痛みはない。カズマは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。

 彼の前にいたのは、青い鎧を纏った金髪少女──アイリスであった。その向こうでは、爪を構えたまま動かなくなった蜘蛛悪魔。

 悲鳴を発することもなく蜘蛛悪魔の肉体は溶けていき、地面に残ったマグマも魔法のように消滅していった。アイリスは剣を鞘に納めると、カズマの方へ振り返る。

 

「大丈夫ですか、お兄様?」

「あ……アイリスぅううううっ!」

 

 嬉しさのあまり、カズマはたまらずアイリスへ抱きついた。兄の威厳なぞ知ったことかと、カズマはワンワン泣き続ける。

 また、不意に抱きしめられてアイリスは嬉し恥ずかしの顔を浮かべていたのだが、彼が知る由もなく。

 しばらくして泣き止んだカズマは、ふと我に返って慌ててアイリスから離れた。この距離ならめぐみん達には見えていない筈。もし見られていたら、またロリマ呼ばわりされるところであった。

 

「さ、サトウカズマ……」

 

 その時、背後から掠れたうめき声が。振り返ると、倒れていたミツルギが起き上がろうとしていた。

 さっきのは見られてないよなと不安を抱きつつ、悟られないようカズマは平常を保つ。ミツルギは魔剣を杖にして立ち上がると、カズマに怒りの目を向けた。

 

「君という男は……あんな攻撃をするなら、事前に言っておいてくれないか!? 危うく死にかけたぞ!」

「いや悪かったよ。完全にデュラハンさんのこと忘れてたんだ。俺の中じゃ存在感薄かったから」

『また言った! 本人の前でまた影薄いって言った! しかも名前を思い出すこと放棄して種族名で呼んだ! マジで呪い殺してやろうか貴様ァッ!』

 

 魔剣からニュルリとベルディアが出てきて、赤黒い目を光らせながら怒声を浴びせてきた。思っていたよりも元気なようだ。

 何はともあれ、無事悪魔を討伐できた。カズマは安堵の息を漏らした後、遠方へ顔を向ける。

 

「さて、もう一体の悪魔は……」

 

 

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 ミツルギがまだファントムと戦っていた頃、少し離れた別の戦場にて。

 

「死ねぇっ!」

 

 ベリアルが大剣をバージルへ振りかざす。それを彼は軽く飛び上がって回避し、刀を抜いてベリアルの顔へ『次元斬』を放った。続けて『エアトリック』で相手の眼前に移動。

 素早く顔を斬りつけ、真下に降りつつ一刀。ベリアルが前足で踏み潰そうとしたが『トリックダウン』で後ろに避けた。

 

「逃さん!」

 

 ベリアルは大剣を横に薙ぎ、巨大な炎の斬撃を飛ばした。それは地を焦がし、憎き逆賊のもとへ。

 対してバージルは、既に魔力を溜めていた背中の魔氷剣を握ると、同じく横に薙いで凍てつく斬撃を飛ばす。炎と氷は真正面からぶつかり合い、大きな炸裂を起こして消えた。

 かすり傷ひとつ受けていなかったバージルは、睨んでくるベリアルに向けて嘲笑いつつ言葉を送る。

 

「炎獄の覇者が笑わせてくれる。この程度の炎では、マシュマロすら満足に焼けんだろうな」

「侮辱する気か! 逆賊め!」

 

 ベリアルは片手に炎を纏わせると、怒りのままに地面へ拳を叩きつけた。するとバージルの足元が赤く染まり、一拍置いて炎の柱が飛び出した。

 一度避けても、追いかけるように炎の柱が出続ける。しかしバージルは涼しい顔で回避し続けた。その間、ベリアルは足元に纏う炎の出力を上げると、バージル目がけて飛びかかった。

 

「Too late《遅いな》」

 

 柱に気を取られた隙に、と思っていたのであろう。ベリアルの両足が迫る中、バージルは相手と交錯するように地を蹴った。

 彼がベリアルの背後へ回った時、右手には振り抜かれた刀が。ベリアルが斬られたと気付いたのは、バージルが背後にいると知った時であった。

 

「グゥウウッ!」

 

 刀には女神の聖なる力。ベリアルは苦痛に顔を歪ませる。その後ろでバージルは追撃を加えようとせず、ベリアルに背を向けたまま刀を見ていた。

 

「……頃合いか」

 

 バージルは、刀が限界を迎えようとしているのを悟った。

 ヒビが入ったわけではない。刀を振るう時に感じた微細な違和感。魔力の伝わり。このまま使い続ければ、確実に壊れてしまう。

 またゲイリーの世話になりそうだと、バージルはため息を吐いて鞘に戻す。それに、選手交代するには良いタイミングだ。

 

「貴様も暴れたいようだな」

 

 刀を『ソードコントロール』で腰元に固定させると、バージルの両手両足が光り輝いた。

 閃光装具ベオウルフ──向こうでかつての同郷が戦っているのを見て触発されたのか。魔具から強い闘志を感じ、バージルは装具を身につけた。

 ベリアルもこちらへ向き直り、再び相対する。バージルは一歩前へ出ると──またも相手の眼前へ瞬間移動(エアトリック)した。

 

「ハァッ!」

 

 バージルは左拳でベリアルの顔面を殴る。彼の拳は、ベリアルの身体を大きく揺らした。

 彼は重力に従って着地すると、右拳に魔力を溜める。ベリアルが真下にいるバージルへ視線を戻した瞬間、バージルは飛び上がってアッパーを繰り出した。

 彼の拳はベリアルの下顎へ当たり、ベリアルの頭を再び揺らす。相手の頭上にいたバージルは身体を翻すと、ベリアルの頭へ踵落としを浴びせた。

 ベリアルの身体が前方へ倒れる。たった三発であったが、そのどれもが必殺の一撃。刀によるダメージも重なり、ベリアルの身体から吹き出していた炎が消えた。

 地面に降りたバージルは、倒れているベリアルを見下すように告げる。

 

「どうした? もう燃料切れか?」

「おのれ……ッ!」

 

 ベリアルは片手を地面につけて起き上がろうとするも、力が入らず。無様だなと鼻で笑ったバージルは、右足に魔力を集中させる。

 最大限まで魔力が溜まった瞬間、バージルは身体を回転させ、ベリアルの顔面へ後ろ回し蹴りを放った。その一撃は、バージルより何倍も巨大なベリアルの身体を吹き飛ばす程に強烈なものであった。

 飛んでいった重たい身体が地面を揺らし、彼の手から大剣が落ちた。バージルはベオウルフを解除し、様子を伺う。しばらくしてベリアルは立ち上がったが、身体の炎は消えたまま。

 

「少しは歯ごたえのある敵かと期待していたが、拍子抜けだったな」

 

 興味の失せたバージルは、冷たい目でベリアルを見る。彼が来るよりも前にベリアルはゆんゆん等と戦い、最後は爆裂魔法を受けていた。それらが体力をある程度奪っていたのであろう。

 しかし、ベリアルがこのまま引き下がる筈もなく。彼は剣を拾うこともせず、バージルに目を向ける。

 

「このままでは終わらんぞ。貴様もろとも地獄へ引きずり込んでくれる!」

 

 ベリアルは最後の力を振り絞るように咆哮を上げる。そして、彼の身体が赤く染まり──巨大な爆発と共に、ベリアルの顔がバージルに向かって飛び出した。

 死なばもろとも。ベリアルにとって最後の一手であろう。しかしバージルは顔色ひとつ変えず魔氷剣の柄を握り──。

 

Freeze(凍てつけ)!」

 

 氷の刃(ドライブ)を二発放った。それは迫りくるベリアルに向かって飛び、炎と氷は再び激突した。

 両者の決着は一瞬であった。衝突による炸裂が起きた後、煙の中から現れたのは──氷漬けになったベリアル。

 バージルは魔氷剣を背に戻すと、腰元に据えていた刀を再び握り、氷像へ刃を振った。

 目にも止まらぬ疾さの剣。何度氷像に刃が通ったか。やがてバージルは刀を振り抜くと、静かに鞘へ戻す。

 キンと鞘に納まる音が響いた後、氷像はガラスのように砕け散った。ベリアルの魔力も消え、地面に落ちていた大剣は炎に包まれ、やがて鎮火と共に消えた。

 地面へ降り注ぐ氷の欠片を背景に、バージルは歩き出す。向かう先はミツルギと戦ってるもう一体の悪魔。

 

「これも奴の差金か」

 

 気配を探るが、アーカムらしき人物は感じられない。離れた場で観察しているのであろう。

 何を目的として王都を狙ったのか。それとも、標的がたまたま王都にいたからなのか。

 どちらにせよ、さっさと片付けるのみ。バージルはファントムを狩るべく歩を進めたが──彼が到着する頃には、既に倒されていた。

 

 

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「あっちも終わったみたいだな」

 

 バージルがこちらに歩いてきたのが見えて、カズマは安堵の息を漏らす。無論、心配などしていなかったが。

 今の悪魔達が敵の大将だったのか、騎士団と争っていた魔王軍が次々と撤退し始めていた。

 戦が下火に向かっている中、バージルがカズマ等の傍まで来ると、カズマの後ろで剣を杖にして立つミツルギに目を向けた。

 

「無様な姿だな。少しはマシになったかと思っていたが、見当違いだったか」

「どこかの誰かが僕に相談もなく聖水を投げて、危うくベルディアもろとも消されそうになったので……」

 

 ミツルギによる恨みの視線がカズマの背中を刺す。結果倒せたんだからいいだろと思いはしたが、ベルディアから本気で呪いをかけられそうなので口に出さず。

 しばらくして、離れていたネヴァン達もこちらへ戻ってきた。ネヴァンがバージルの傍へ寄った時──バージルは刀を抜き、彼女の首元へ刃を向けた。

 

「何故貴様等がここにいる?」

「あら、結構姿が変わっちゃったのに気付いてくれるなんて嬉しいわ。お礼にハグでもしてあげようかしら」

「質問に答えろ。さもなければ全員まとめて地獄に送る」

「ちょちょちょっ! 急にどうしたんすか!?」

 

 出会い頭に険悪ムードを漂わせるバージルに、カズマは慌てて間に入る。口ぶりからして知り合いのようだが。

 止めに入ったカズマを見たネヴァンは、彼を指差しつつ言葉を返した。

 

「愉快な商人さんに連れられてこっちに来たのよ。で、今の私達の主はそこの坊やと女の子二人。ワンちゃんは納得してないみたいだけど」

 

 ネヴァンの返答を聞いたバージルは、彼等に向けていた冷たい目線をカズマに送った。カズマはたまらず小さな悲鳴を上げる。すぐにネヴァン達を手に入れた経緯を話そうとしたのだが──。

 

「アイリス様ぁああああっ!」

 

 遠方からアイリスの名を叫ぶ女性の声が。皆がそちらに顔を向けると、全力疾走で駆け寄ってくるクレアを見た。彼女はバージルやネヴァンに目もくれず、アイリスへ抱きついた。

 

「ご無事ですかアイリス様! いきなり飛び出したので心配しましたよ! 魔力も消耗しているというのに──!」

「ごめんなさいクレア。お兄様に危険が迫っているのを見たら、身体が勝手に動いて……」

 

 心配をかけてしまったクレアへ、アイリスは素直に謝る。彼女達のいる場からここまで結構な距離の筈だが、アイリスはどれだけ速く駆けてきたのか。

 無事を確認してクレアは安堵の息を吐く。と、今度はカズマに鋭い視線を送ってきた。

 

「アイリス様の助けがなければ、今頃貴様は身体も残っていなかった。アイリス様に深く深く感謝するがいい」

「言われなくても感謝しまくってるよ。でも、魔剣の人だって放っておいたら危なかったんだ。アイツを助けたことは褒めてくれてもいいんじゃないか?」

「甘く見るな。貴様が介入せずともミツルギ殿は勝っていた。むしろ貴様が介入したせいで事態がややこしくなったように見えたが?」

 

 クレアから棘しかない言葉を返された。おまけに言い返せる余地もなかったので、カズマはぐぬぬと唸るのみ。

 

「そして先程、貴様はアイリス様に抱きついていたな! むしろこちらの方が罪深い! 私の許可もなくアイリス様に触れるとは極刑に値する!」

「見えてたのかよ!? 殺されそうになったところを助けられたら誰だってああなるだろ……っておい待て待て剣を抜くな!」

 

 今にも襲いかかりそうなクレアをカズマは必死に宥める。本日何度目かの危機であったが、傍にいたアイリスがクレアを呼び止めてくれたことで事なきを得た。

 やれやれとカズマは息を吐く。そこで、すっかりバージルのことを忘れていたと思い出し、慌てて彼に顔を向けた。

 

「すみません、この悪魔達についてでしたよね?」

「……いや、街に帰った後でいい。ここでは騒がし過ぎる」

 

 乱入してきたクレアに気を削がれたのか、バージルは聞き出すのを止めた。どうやら彼とも知り合いのようなので、込み入った話になりそうだとカズマは思う。

 と、バージルに気付いたクレアが彼に向き直ると、カズマへ見せていた軽蔑と怒りの混じった顔とは正反対の、感謝と尊敬を感じる顔で話しかけた。

 

「バージル殿、此度の協力には誠に感謝する。よければこの後、祝勝会にも顔を出してくれないだろうか? 上位悪魔をたった一人で討伐した貴殿の話を是非とも聞かせて欲しい」

「言った筈だ。国の犬に成り下がるつもりはないと。貴様が用意した鎖も、レインという女に外してもらった」

「……うん? どういうことだ?」

 

 バージルの発言にクレアは首を傾げる。するとミツルギがゆっくりと彼女の傍に寄り、言葉の意味について説明した。

 

「実は、今回の悪魔討伐を師匠は依頼として受けていたんです。報酬は、師匠に課した借金と同額。つまり、借金を全額チャラにしてもらうことが条件。それをレインさんは、緊急事態だからと承諾してくれて……」

「何だと!?」

 

 ミツルギの話を聞いた彼女は声を大にして驚く。彼が借金を抱えていた事実も知らなかったカズマには、ついていけない話であった。

 バージルは「そういうことだ」と残して、この場から離れていく。その背中をクレアは慌てて追いかけていった。よほど彼を王都に置きたいようだ。

 ミツルギも自分のペースで歩いていき、ネヴァン達はめぐみん等がいる方へ向かった。

 

「私達も行きましょう、お兄様」

「お、おう」

 

 アイリスから促され、カズマもようやく足を進める。歩きながら空を仰ぎ、雲の隙間から日の光が差し込んできたのを見る。

 めぐみんの爆裂欲求を満たす為に手頃なクエストを受ける筈が、上位悪魔二体同時発生というイカれた展開に巻き込まれてしまった。

 今日は帰ったら一日中寝ていよう。そして明日も明後日も絶対クエストには行かずゴロゴロしよう。カズマは固く決心した。

 

 

*********************************

 

 

 二体の上位悪魔が倒され、魔王軍が撤退を始めた頃、カズマ等がいる場所から遠く離れた平原地帯にて。

 王都侵略を指揮していた堕天使デュークは、怒りで拳を震わせていた。彼はその矛先である人物へ目を向ける。

 デュークの隣に立つ、黒い服装に身を包んだオッドアイの男。名はアーカムと言った。

 

「貴様が召喚した悪魔に任せておけばこの有様……どう責任を取るつもりだ?」

 

 リベンジに燃えていたデュークは、魔王の許可もなく軍を引き連れて王都に向かった。

 そもそも、前回の侵略もデューク独断によるものであった。城に戻った後、魔王から「勝手な行動を取るな」と厳重注意を受けたのだが、彼の復讐の炎がそれで鎮まる筈もなく。

 元々彼は、人間を徹底的に攻撃しない魔王へ不信感を抱いていた。故に彼は独断行動に走った。王都を落としさえすれば、魔王も強く言えないであろうと考えて。

 

 王都に軍を送り、戦場にミツルギキョウヤとゆんゆんが再び現れたら自分も出るつもりでいた。だがそんな時、隣にいるこの男がどこからともなく現れた。

 アーカムはデュークに協力を申し出てきた。人間如きに何ができると思っていたが、彼はいとも容易く上位悪魔を二体も召喚してみせ「彼等に任せておけばいい」と戦場に送った。

 悪魔の協力を得るなどデュークにとって腹立たしいことこの上なかったが、上位悪魔の力は今のデュークより上回っていた。力無き者が意見できる筈もなく、大人しく戦況を見守ることに。

 が、終わってみればどうだ。上位悪魔は倒され、魔王軍は敗走。結果は最悪でしかない。

 

「あわよくば彼女が持つ女神の力を見れると思っていたが……それとも使うことができないのか?」

 

 デュークの視線に気付く素振りもなく、アーカムは地平を眺めて独り呟いている。その態度に腹が立ったデュークは彼の前に立ち、胸ぐらを掴んだ。

 

「どう責任を取るつもりだと聞いている!」

「……では、今の君が戦場に出て何ができたのかね?」

 

 人間である筈のアーカムは堕天使のデュークに臆することなく、挑発的な言葉を返した。デュークの中で更に怒りが沸き立つものの、言い返せずにいた。

 戦場にミツルギが現れた時、デュークも参戦しようとしたが足を止めた。ミツルギが、あの時に見せた以上の力を解放したために。

 短い期間で急激に成長したのか、それとも本気を隠していたのか。どちらにしろ今のミツルギには敵わない。デュークは弱い自分への怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 

 そして、上位悪魔をたった一人で蹂躙した男。以前の戦場で遠くに感じていた強大な魔力は彼であろう。

 怒りすら沸かない、絶対的な力の差。どうあがいても彼には勝てないとデュークは感じていた。アーカムの言う通り、自分が行ったところで何も変えられなかった。

 デュークは乱暴に手を離し、自身の黒い髪を掻きむしる。魔王の許可無しで進軍し、部隊を半分失った。このまま城に帰れば大目玉を食らうのは確実。最悪、魔王軍からの追放にもなりかねない。

 

「魔王軍幹部になる筈だったこの俺が、何故このような目に──!」

「ほう、魔王軍幹部になりたいと。ならば私についてくるといい」

「……はっ?」

 

 絶望するデュークに掛けられたのは、アーカムの突飛過ぎる言葉であった。デュークはたまらず聞き返す。

 

「近い未来、私はこの世界の魔王として君臨する。その暁には、君を幹部として招き入れよう」

「貴様のような人間が魔王だと? 笑い話をするなら時と場所を考えろ」

「……いや、訂正しよう。魔王になるのは通過点でしかない。私は、この世界を統べる神となるのだから」

 

 馬鹿な話だと突っぱねたが、アーカムは更にスケールの大きい夢を語ってきた。デュークは呆れて物も言えなかったが、彼の目が本気だと告げていた。

 

「私についてきてくれるのなら力を授けよう。君も、さらなる力を欲しているのではないかね?」

 

 アーカムは誘うように手を差し伸べてくる。人間が魔王に、神になるなど夢のまた夢。信じられる訳がない。

 その筈だが──目の前に伸ばされたアーカムの手から、デュークは目を離すことができずにいた。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達が王都の戦いで山場を迎えていた頃──アクセルの街に残った一人の女神も、山場を迎えていた。

 屋敷の広間、ソファーに座り魔力を集中させるアクア。彼女が手をかざす先には、布に置かれた純白の卵。

 もう少しで生まれる予感がしたので、アクアはカズマの誘いを断って孵化作業に専念。カズマ達が王都に向かったことなど知る由もなく、卵と向き合っていた。

 今頃カズマ達は何をしているのか。高級シュワシュワを片手に帰ってきてくれないかしらとアクアが期待していた時──それは突然やってきた。

 

 アクアが手に持っていた卵から、音がしたのだ。内側から叩く音が。アクアは焦りながらもゆっくりと、机に布越しで卵を置いて様子を伺う。

 念を飛ばすように手をかざし、卵が壊れない程度に魔力を送る。頑張れ頑張れと、新たな生を授かろうとする者に祈りを捧げて。

 固唾を飲んで運命の時を待ち続け──ついに、白い殻にヒビが入った。

 

 ピシピシと殻の破れる音が静かな広間に響いたかと思うと、殻の中からクチバシが飛び出た。クチバシは次々と殻を破り、その姿を顕にする。

 黄色くフワフワな羽毛を纏った、小さき雛。その愛くるしい姿に、アクアは目を奪われた。真心込めて育てたのだから尚更だ。

 身体についた殻をブンと振って飛ばした雛は、生まれ落ちたこの世界で産声を上げた。

 

「フゥーッ、ようやく外に出られたぜ! 気が付いたら真っ暗闇ン中で明かりもねェ。空気も薄いし狭いし暑いしでルームサービスも無し。俺様自慢のクチバシで壁をブチ抜かれても文句は言えねぇよな!」

「……えっ?」

 

 まんまる可愛い雛から発せられたとは思えない、流暢で口の悪い声を聞いてアクアの思考が止まった。口を開けたまま、ポカンとした顔で雛を見つめる。

 そこで雛がアクアの存在に気付いたのか、こちらに顔を向ける。すると雛は、その小さな翼で慌てて顔を覆った。

 

「眩しっ! 真っ暗闇からこの眩しさは目がイカれちまう! 何なんだアンタ……ってオイオイオイ、人間にしちゃあデカくネーか?」

 

 太陽を直視したかのようなリアクションを取ったが、次第に目が慣れた雛はアクアとまじまじと見つめ、不思議そうに首を傾げている。

 キャベツが空を飛んでも畑の土からサンマが顔を出していても当然のように思っていた彼女であったが、この光景には流石に驚きを隠せなかった。

 やがて脳処理が追いつき、雛がペラペラと喋ってる事実が間違いではないと理解するアクア。とここで、彼女の記憶に残っていた本の一文を思い出した。

 

 眠たい目を擦りながら読んだ『正しいドラゴンの飼い方』──その本曰く、高い知能を持つドラゴンは人の言葉を理解し、更には話せるという。

 だがそれは、成長したドラゴンのみ。ましてや赤子、産まれた瞬間に喋るなどありえない。である筈なのに、この雛は産声と共に人語を話している。つまり──。

 

「(生まれながらの超天才(エリート)……ってコト!?)」

 

 魔王も悪魔も取るに足らない最強のドラゴンが誕生した。この期に及んでもドラゴンだと信じて疑わないアクアはそう確信し、喜びに打ち震えた。

 

「凄いわ! 貴方はこの世界で一番強いドラゴンになれる素質を持った子よ!」

「ドラゴンだぁ? 何を言ってんのかよくわかんねーが、俺様はグリフォンだ! ドラゴンなんて屁でもねぇ大悪魔よ!」

 

 雛は小さな翼を広げて、自らをグリフォンと名乗った。更には大悪魔だと。

 産まれたばかりだというのに、どこで種族名を覚えたのか。魔力を送っていた時に、自分の記憶も流れていったのだろうか。

 この子は、まだ自分が何者なのか理解できていないのであろう。それに悪魔を自称するのは女神としていただけない。ここは母として、しっかり教え込まなければ。

 

「違うわ! 貴方はドラゴンの王となる宿命を背負った私の可愛い子供! キングスフォード・ゼルトマンよ!」

「……イカしてる気はすっけど、チョイとなげぇな。もう少しコンパクトに頼むぜ」

「ならゼル帝ね」

「短くしたらクソダッセェ! つーか、俺の名前はグリフォンだっつってんだろ! 本人の承諾も無しで改名させんな!」

 

 グリフォンと名乗る雛はアクアの命名に猛反発し、羽ばたいて飛びかかろうとする。

 が、パタパタと羽を動かすだけで身体は一切浮かばない。いくら超天才といえど、生後十分も満たない状態で飛ぶのは難しかったようだ。

 やがてバランスを崩し、机の上でコテンとコケた。その姿も愛らしく、アクアは微笑ましく思いながら見つめる。が、当の本人は酷く混乱している様子。

 

「な、なんで飛べねぇんだ!? 力も全然入らねぇ! ていうか、俺の毛ってこんなに黄色かったか!?」

「仕方ないわよ。貴方はまだ産まれたばかりなんだから」

「……はっ? 産まれた?」

 

 どういうことだと雛が聞き返してきた時、アクアは「そうだわ!」と手を叩き、ソファーから立ち上がった。

 広間を移動し、インテリアとして置いていた卓上の丸鏡を取ると、雛に鏡面を向けて机に置いた。

 

「ほらっ! これが今の貴方よ! まだ私の手のひらに収まるぐらい小さいけど、いつか私を背中に乗せて飛べるぐらい、大きなドラゴンになれる筈よ!」

 

 自分は何者なのかを理解するには、自身の姿を見てもらうのが一番早い。そう考え、アクアは雛に鏡を見せた。

 鏡に映る自分の姿を初めて見た雛は、ワナワナと身体を震わせ──。

 

「な……なんじゃこりゃあぁアアアアアアアアアアアアッっ!?」

 

 その小さな身体から発せられたとは思えない叫び声を、屋敷中に響き渡らせた。

 




(プロローグや番外編も含めて)100話目にして、味方陣営の悪魔が一気に増えました。
今後ともよろしくお願いします。

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