東方短篇集   作:紅山車

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リリーブラック短篇

昨日まで僅かに残っていた肌寒さも、頬がほころびそうなあたたかさに変わった。

 

「春ですよ」

 

ひらひらと空中を漂いながら、振りまかれる弾幕と共に、私はこう言って、それの到来を知らせている。この瞬間が、何よりもいとおしい。この幸せを噛み締めるために、三つの厳しい季節(秋はそれほどでもなかったけど)を過ごしてきた、といっても過言ではない。

 

「皆さん、春ですよ」

 

……まぁ、そんな知らせと一緒に弾幕を撒いているのだから、被害はそこら中に及ぶわけで。この知らせを聞いて、顔をしかめる人も居れば、何をするダァァーッ!と怒鳴り散らす人も居るわけで。ただ、春の到来、という素晴らしいイベントが、ようやく到来したことに対する私の幸せな気持ちを、皆にも分け与えてあげたい。そんな純粋な気持ちなのに、皆は何でわかってくれないんだろう。

 

家が壊れたっていいじゃない、春だもの。

 

畑が荒れたっていいじゃない、春だもの。

 

笑顔で過ごせばいいじゃない、春だもの。

 

 

春だもの。

 

「………………」

 

春なのに。

 

「………………何をしているんですか」

 

「おー、今年も来たんか」

 

何故この人は、笑顔で焼き芋を焼いているのだろう。

 

「どうよ、この絶妙の焼け具合。うまそうだろー」

「……春ですよ?」

「いやー、このところめっきり使ってなかった石焼き釜で仕上げてみたんだけど、これでも結構いけるなー」

「春なんですけど」

「本当は外で落ち葉集めて、焚き火でもして焼き芋と洒落込みたかったんだけど、もう落ち葉がほっとんどねーのな」

「春なんですけど!」

「フェルナンデスけど?誰それ、新外国人選手?」

「あああああああああもう」

私が最後に回る人里、その外れにある小さな家――新聞紙に包まれたお芋を持って、恍惚とした表情を浮かべながら、焼き芋批評をする、この家の主である彼の飄々とした態度に、毎年のことながら、私のもどかしさ、怒り、イライラは増している。

何故、今、芋なのか。

季節はもう春である。イチゴやタケノコのおいしい季節である。外では桜や梅の花のつぼみが、咲き乱れる瞬間を、今か今かと待ち望むように芽吹いている。気温は上昇し、残雪も遠い山の頂上辺りでしか見受けられない。人々は皆、コートや手袋やマフラーをほっぽりだし、暖房具の灯火を消し、コタツで丸くなっていた猫も、うきうき気分で外へ飛び出す。生きとし生ける全ての者の笑顔溢れる季節――春である。

にもかかわらず。

 

「どうして貴方は、春を受け入れようとしないのですか!」

 

去年は、あったかご飯(新米)にサンマの大根おろし添えを、もっしゃもっしゃと頬張っていた。

一昨年は、何故か冷房をがんがんに効かせた部屋で、汗だくになりながらカキ氷を何かに取り付かれたように貪り食っていた。

一昨々年は、確か熱々の鍋を食べていた。それは悪くないのだが、具が牛すじに大根に煮卵にこんにゃくにがんもにジャガイモにちくわに平天丸天にごぼう天にはんぺんに……一言で言えばおでんであった。

それより前のことは知らないが、この三年間の彼の行動を見ていると、彼が『春』という季節のことを良く思っていない、ということは、もはや確定事項である。こうまでして季節感を無視する意図など、そうとしか考えられないのだ。

 

「なに怒ってんだ……。お前も焼き芋食うのか?」

私の気持ちも知らずに、彼は焼けたサツマイモを竹串に刺して、こちらに差し出してくる。

「要りません!大体なんですか貴方は、一体今がどういう――」

差し出された芋を、払い除ける……すんでのところで、その手は止まった。彼の言葉に、少し嫌なニュアンスが含まれていたのだ。

「……今、『お前も』と言いましたか?」

「ん、おお。さっきまで穣子が来てたんだよ。『また今年も、頭がお花畑な春妖精が騒ぎ始めてうるさいから、避難させてくれ。ついでに芋持ってきたから、焼き芋食わせろ』ってんで」

「え」

声を上げる。仮にも豊穣をつかさどる神である秋姉妹の片割れが、こんな何も無いような民家に、今の今まで居たという事実が、私には俄かに信じがたかった。

そんな私に構わず、彼は思い出したように話を進めていく。

「……そーいやあ、去年の春は静葉が来たな。そん時は、良い秋刀魚を頂いたのでおすそ分けに、って言うんで、そんじゃあ一緒に飯でも食うかってんで。丁度、秋に出来た新米が残ってたし」

秋――静葉。紅葉をつかさどる、神。秋を象徴する神々が、彼の元にやってきている。そして、その二柱のことを親しげに話す彼。

私は思わず、尋ねていた。

「……貴方、一体何者なんですか」

「何者って……一般人だよ一般人。それ以上でも以下でもない。中間だ、中間」

なげやりに答える彼に、私は一つ、溜め息をつく。毎年のように彼を見ていても、彼について解ることは何一つだって無い。こんなにも掴み所の無い人間が、あったものだろうか。

「……それじゃあ、その前は?冷房をガンガン効かせた部屋の中で、一心不乱にカキ氷を食べていたでしょう?夏みたいな暑い季節が好きだから、ああいうことを――」

「あー、違う違う。あん時は確か、あの悪戯妖精ども……サニーとスターとルナがな、ダイエットしたいって言うから、そんならひたすら暑い部屋で過ごしときゃ、汗かくついでに脂肪も燃えるんじゃね?つったらあいつら、部屋の暖房フル起動させやがって。あまりの暑さに気ぃ失ったわけよ。次に目が覚めたら、もうあいつら居なかった。俺はようやっと、ここで悟ったわけだ。『騙された』ってな。たまらんから冷房効かせて、カキ氷食ってクールダウン」

「……それじゃ、その前は――」

「そりゃあれだ、バカルテットが『鍋食いたい』とか言って、家に押しかけてきたからさ。保護者の大妖精と、ついでに暇そうにしてたレティも交えて、大おでんパーティを。あー、あん時は大変だったなあ。チルノは熱くて溶けそうになるし、ルーミアは具材全部生で食おうとするし、リグルとミスティアは巾着の取り合いするし、大ちゃんは酔っ払って愚痴ばっか言うし、レティは暑いからって服脱ぎだすし……俺、お陰でぜんぜん食えんかったんだよなあ」

「――――――」

何だそれは。

何だ、それは。

つまるところ、彼は。

やってきた者の言うことに、応えているだけであったのだ。

季節の好きずきに関わらず。

押しかけてくる人々の出す要望に、断らなかっただけだったのだ。

人が良いにも程がある。

「で、でも、私が行ったときには、毎年誰も居なかったじゃあないですか。部屋には貴方一人だった――」

「ああ、うん。もうじき時間だからってんで、帰ってもらってたんだ。さっきも、愚痴る穣子何とか説得してさ、帰らせたんだよ」

……時間だから。

はっ、と思い至る。

 

私は思えば、わずかな誤差はあれど、ほぼ決まった時期、ほぼ同じ時間帯に、この家を訪れていた。人里から少し離れたところに、この家が建っている、という事情も重なったのだと思う。

 

思えば彼はそうだった。

 

おでんのときだって。

 

カキ氷の時だって。

 

ご飯と秋刀魚の時だって。

 

そして――。

 

『お前も焼き芋食うのか?』

 

さっきの焼き芋の時だって。

 

いつも私に、食べ物を勧めてきた。

 

「貴方は――」

 

私がここに来て。

 

彼が素知らぬ顔で、けれどあたたかく、私を迎え入れてくれていた。

 

けれど私は、それを突っぱねていた――。

 

彼の親切を、厚意を、優しさを――。

 

「私を、歓迎してくれていたのですか?」

 

 

 

「春ですよー」

 

 

 

「……へ」

その声に、私の喉から思わず呆けたような声が出る。

「おー、ホワイト。やっと来たな」

彼はそう言って、突っ立っている私の横を通り過ぎ、玄関口のほうへと歩いていく。

恐る恐る、振り向く。

「来ましたよー」

やはり、と言うか。

まさか、と言うか。

そこに居たのは。

同属、相棒、仲間、そして――ライバル。

リリーホワイトその人であった。

「な、な、な」

何で貴方が居るんですか!

そんな罵声を浴びせたくなったが、その間に彼が分け入り、声を上げる。

「いやー、毎年ありがとうなー。お、今年は野菜かー。春キャベツにわらび、ふきのとうに新たまねぎかー。うまそうだなあ」

「えへへー」

「な……あ?」

彼がリリーホワイトから受け取った、大きな袋――少し覗けただけでも、かなりの量の野菜が入っているのが解る。

いや、問題はそこではない。

彼は今、『毎年』と言ったか?

……まさか、とは思うのだが。

「あ、あの、ちょっと」

「ん、どうかしたか」

「さっき言った『時間』というのは、もしかして――」

「うん。リリーホワイトが来る時間のこと」

「――――――」

言葉が出なかった。

こんなことって。

私が彼に、勝手に絶望している間。

彼女は彼と、距離を詰めていた。

「……あぁ」

そうだ。

私のように、口やかましく、春を主張する迷惑な妖精よりも。

リリーホワイトのような、天真爛漫に、全身で春を表現できる純真な妖精の方が良いに決まっている。

彼は変わらず、リリーホワイトと談笑をしている。その光景が、私の沈む気持ちを更に突き落としてくれた。

 

――帰ろう。

 

それだけじゃなくて、もう来年は来ないでおこう。

 

彼は別に、春を嫌っているわけじゃあなかった。

 

それで良いじゃないか。

 

望まれていない私が、ここに来る方が間違いだったのだ。

 

私は彼の横をすり抜け、出口へゆっくり歩いていく。

 

「なあ」

彼が何か、私に話しかけてくる。私は足を止めず、扉に手を掛ける。これ以上ここにいると、惨めになってくる。

「何処行くんだ?今から山菜鍋だぞ」

「……結構です。もう、帰りますので」

知るものか。私は今から、そしてこれから二度と、この家に寄ることは無いのだ。

そんなの食べたら。

これ以上、ここに残っていたら。

泣きたくなってくる。

 

扉を一息に開け、外へ飛び出す。

 

闇雲に、一心不乱に、全力で走る。

 

「う、う……ぅ……」

 

自然と、私の頬を涙が伝い、風に流れる。

春も近付いて、暖かな気温のはずが、何故か今は冷たく感じた。

 

 

 

――どのくらい、経っただろう。

木に背を預けたまま、私は一人、森の中に佇んでいた。あたりはもう、すっかり日が落ちて暗くなっている。

「…………寒い、ですね。あはは」

やや自嘲気味に呟く。

ついさっきまでは、暖かくなった、春になった、と彼に迫っていたのに。

涙は、もう枯れていた。

惨めで、悲しくて、寂しくて、けれど仕方のないことと割り切って。

残ったものが――肌を刺すような、冷たさ。

「何を、やっているんでしょうか」

私は。

ほう、と一つ、息を吐く。

わかりきっていることを言葉にしても、何も変わらない、と言うのに。

「…………馬鹿みたい、です」

つまるところ私は、認めたくなかったのだ。

もうこれで、彼とは会えない、という事実を。

彼が私に、もう会いたくなくなってしまった、と言う現実を。

「もう、さよなら、なんですね」

改めて、解りきったことを言葉にする。

「………………」

繰り返しのように流れる涙を、ぐし、と袖で拭った。

 

「あ」

 

「!?」

突如響いた私以外の声に、背筋が凍る。夜中の森と言うものは、何ともいえぬ物々しさがある上に、考え事の最中に響いた声であるから、余計に驚いたのだ。

「あ、あ、あ」

怪談には少し早いんじゃあないですかー、などと心中では思いながらも、身体はそう楽観的にはいかない。ざわざわと揺れる木の葉が、おどろおどろしい雰囲気を更に増長していた。私はびくびくしながらも、辺りを警戒し、身を硬くする。

悪戯妖精たちの仕業なら、少しでもびびっている態度を出したらからかわれるに決まっている。そうだ、こんなことをするのはあいつら以外にはいやしない。

どこからだ。どこから、声が聞こえた――。捕まえて、三匹まとめてとっちめてやる。

 

「見 つ け た」

そんな声とともに。

ぽむ、と。

肩に、手が、置かれて。

さぁっ、と私の体温が下がって。

「………………きゅう」

私の意識は、深く沈んでいった。

 

 

 

「……は」

目が覚めたら、そこは見知らぬ天井だった。

――と、言うわけでもなかった。

敷かれた蒲団と、掛けられた毛布、傍らに置かれた水の入った桶と、それに掛けられたタオル。

そして。

「あ。起きましたよー」

「きゃんっ!?」

極限まで近づけられた、リリーホワイトの顔。

一瞬幽霊かと思った私は、思わずそんな声を上げる。

「おう、起きたか」

「……あ……」

と、リリーホワイトの後ろから聞こえてきたのは。

「ったく、調子悪いんならそうと早く言えよな。森でぶっ倒れたときは、一体何事かと思ったぞ」

ぶつくさ私に小言を言う、彼の声であった。

その小言で思い至る。

あの声は、彼のものだったのか、と。

ということは、彼は私の後を追いかけてきた――?

「……余計な心配です。それに、私が倒れたのは、そもそも貴方のせいなんですよ」

ああ。

本当は、違うのに。

「あんな夜中に、森の中まで追いかけてきて。妖怪に襲われたら、一体どうするつもりだったんですか。本当に後先を考えない人なんですね。幻滅しました」

ぶっきらぼうなその言い方は、彼を遠くにやってしまう。

彼の存在を、遠ざけてしまう。

「正直に言って、鬱陶しいんです。もう二度と、私と関わり合いを持たないで下さい」

どうせ別れるなら、徹底的に嫌われてからの方が、今後の関係を後腐れ無く断つことができる。どうせ私は、リリーホワイトの陰に隠れる、厄介者でしかないのだから。

 

もう、この恋は。

 

「貴方のことなんか、大嫌いです」

 

実ることは、無いのだから。

 

 

 

「うん、そうか。俺は好きだぞ」

 

 

 

……………………。

 

 

 

え?

 

 

 

「なんか勘違いしてるようだから言っとくけども、俺がその程度の言葉でお前のことを嫌う、と思ってたら大間違いだ」

彼は。

何を。

何を、言っているのだろう。

「毎年毎年、お前が何で怒ってるのかは、俺にはわからんけどさ。今年はなんかいつもと違うから、一応言っとくぞ」

 

 

 

俺は、リリーブラックのことが、好きだ。

 

 

 

彼はそう言うと、軽く屈んで私の目をじぃ、と見つめる。今まで見たことが無いほど、真剣な眼差しで。

けれど――当の私はと言うと、一体何がなにやら、今がどういう状況なのかも把握が出来ず、ただ『彼に告白された』という事実と、『何故彼が私を』という疑問が、頭をぐーるぐると回っていて、ただひたすら、正常じゃなかった。

「俺は、お前になんて言われようとも、お前のことを好きで居られる自信がある。けどな」

視線が、逸れる。

身体が、近付く。

彼の温もりが。

私の体温と、一つになって。

 

――気がついたら、私の身体は、彼に抱きしめられていた。

 

「お前が、ここに来ないっていうことだけは……お前の顔が見られないってことだけは、俺にとっては、他の何よりも辛いことなんだよ」

 

消え入りそうな彼の声が、すぐ傍の耳に届く。

 

「頼むから……お願いだから、もうここには来ない、なんて――淋しくなるようなことは、言わないでくれ」

 

 

 

私は少し、彼という人間を測り間違えていたのかもしれない。

いつもへらへらしていて、脳天気で、他人のことなんかお構いなしで、自分の都合を推し進める、そんな人間だと思っていたけれど。そして彼自身も、そんな皮を被っていたようだけれど。

事実は違った。

 

彼は、過剰なまでに他人のことを気にする、淋しがり屋だった。

 

だからこそ、訪れる者の要望に応えた。

ひたすら、他人のことだけを気にした。

彼は――人々にそうやって接することで。

『またここに来たい』と、相手に思わせた。

だけど私の場合はどうだろう。

過程はどうであれ、彼はことごとく、私を怒らせる行動を取ってきた。

 

けれど――私は今年も、ここにやってきた。

 

ぶつくさと文句を言いながらも。

 

心の奥では、また会えることを、心待ちにしていたのだ。

 

次こそは、喜べるように、と。

 

それは、多分――彼の方も、同じだったのだろう。

 

そうでなければ――。

 

 

 

「……だったら」

 

ぽふ、と。

 

私は彼の胸に、顔を埋める。

 

「私だけでなく」

 

夏と秋と冬だけでなく。

 

「春も――愛して、くれますか?」

 

「バカ言うな」

 

ぎゅ、と抱きしめられる力が強くなる。

 

「お前を……リリーブラックと会える、唯一の季節を、嫌いになれるわけがないだろうよ」

 

 

 

「本当に、良かったのですか」

私は、横をふわふわと飛ぶリリーホワイトに、そう聞いた。

「?」

リリーホワイトは、何のことだか解らない、と言った風に、軽く首を傾げる。私はその様子を見て、言葉を続けた。

「貴方も、彼のことが好きだったのでしょう?」

「……違いますよー」

「嘘は止めてください。毎年のように逢いに来ていた、ということ……何より貴方のことは、他の誰よりも私が一番知ってます」

その言葉に、彼女の挙動はぴたりと止まった。顔は相変わらず、何を考えているのか、それとも何も考えていないのかは解らないものであったが、その心情は悲しいほどよく読めた。

やがて彼女は、それを吐露するように話し始める。

「良いんですよ、私は」

 

ずっと、あなたの為にしてきたと思っていたことが。

 

あなたを苦しめることになるなんて。

 

「私は、ずっと、あの人の笑顔が見たいだけですから」

「…………貴方は、強いのですね。私とは大違い」

「違いますよ。能天気で、何も考えられないだけです」

リリーホワイトは、くすくすと笑いながらそう言う。

「振られた、って言う事実も?」

「さぁて、私には解りませんねー。あ、春ですよー」

そんな言葉を並べ、適当にはぐらかしてから、リリーホワイトは飛んでいってしまった。

「……春、ねぇ……」

出逢い、そして別れ。

それらを司るには、能天気でないと、やってられないのかもしれない。

幾万もの出逢いや別れを、この目で見てきた私達にとって。

その使命は、時に私の心を、揺らす。

「……ま、いっか」

そんな気軽な言葉を呟いて、私もリリーホワイトの後を追う様に、飛んだ。

出逢いがあって、別れがあって、その後にはまた、出逢いがある。

彼女は――リリーホワイトは、私の出逢いを見守って、別れを経験した。

ならば今度は、私が彼女の出逢いを、見遣る番だ。

……まあ、でも。

「彼だけは、渡しませんからね」

並走するリリーホワイトに、私はこう宣言する。一方のリリーホワイトも、相変わらず底知れない笑みを浮かべながら、私にこう言った。

「出逢いの後には、別れが来るものですからねー」

生意気ですね、と、そういって私たちは笑いあった。

前方に見えてきた彼の家からは、美味しそうな匂いを纏った煙が漂っている。どうやらタケノコを蒸し焼きにしているらしい。

ここに来るのは一年ぶりでも、私の中ではもっと長いように感じられた。

「出逢いの後にまた出逢い、って言うのがあっても、良いと思いませんか?」

「継続しているのなら、良いんじゃないでしょうか。続くものならば、ですけど」

言ってなさい、と私は毒づく。

せいぜい今は、この瞬間を楽しもう。

だって、今は――。

 

 

 

「春ですよー」

 

 

 

ゆっくりと、家の扉が開いた。


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