東方短篇集   作:紅山車

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ムラサ短篇

「あー……」

揺れる水の音。

木々の匂い。

暖かい木漏れ日。

釣り糸を垂らしながら、それらを全身で受けるように、地面にごろりと寝転がる。

「いーい……気持ちだあ……」

こうもいい天気だと、思わず眠くなってしまう。釣果などは問題ではない。こうやってのんびりするのが目的なのだから、別に釣れなくとも構わないのだ。

ふあぁ、と一つあくび。時間はまだ午前中で、早起きをしてここに来たと言う理由も相俟って、波の音を子守唄に少し眠ろうという気分にもなろうというものだ。

「………………」

うつらうつら、次第に視界は狭くなり、音も少しずつ小さくなる。そのまま目を閉じて、意識を手放し、夢の大海へ飛び込もうか、という時に、だ。

 

 

 

「あーっはっはっはっ!者ども平伏しなさい財宝置いていきなさいそこで泣く子は見て笑いなさい!偉大なるキャプテン・ムラサ様のお通りよ!」

 

 

 

「やかましい」

「ひゃう!」

とりあえず手元にあった大きめの石を、声のする方に投げ付けた。どうやら声の主に命中したらしい。ざまあみろ、俺の睡眠を邪魔しやがった罰が当たったんだ。

さて、これでゆっくり眠れる。手をぱんぱんと払ってから、またごろりと身体を横にする。眠気が覚めてしまわないうちに眠らなければ、快適な睡眠をとったとは言えないのだ。

「ちょっと貴方!」

「……無視無視」

「聞こえてるんでしょ!?返事ぐらいしなさいよ!」

「聞こえませぬなー」

「返事してるじゃないの!」

「やはり聞こえませぬ」

「……うだーーーー!」

……あまりのやかましさに、眠気がすっかり飛んでしまったので、俺は仕方なく身体を起こす。目の前には、白と黄緑色で統一された水兵服を身に纏った黒髪の少女、さらにその後ろには、こじんまりとした船が一隻停まっている。

「ふーっ!ふーっ!」

少女はやたらにご立腹らしく、鼻息を荒くしてこちらを睨んでいる──というか。

「あのさ……なんでそんなに怒ってんの?」

何かが切れた音がした。

「……ふ、ふふ……」

少女の周囲に、オーラが見える。いや、スタンド?霊魂?的な何かがひょっこりと覗いていた。

「ここまでこけにされたことは、生前、死後とも無かったわ……」

「そうか。良く解らんが苦労して来たんだな。ミミズ食う?」

「食うかっ!」

釣り餌のミミズが入った瓶を差し出したが、叩き落とされて地面に転がった。そこからミミズがうねうねと瓶から這い出ていく。あ、折角集めたのに。

「私にここまでして……貴方!私を誰だと思ってんの?幻想郷を震え上がらせた、あの世にも不思議な空飛ぶ船、聖輦船のキャプテン・ムラサこと、村紗水蜜──」

「知らん」

 

 

 

グ ロ ッ キ ー 状 態 !

 

 

 

「で?その、聖輦船とやらの船長さんが、こんな所で何を?」

地に手を着いて落ち込む村紗に、とりあえず気になったことを聞いておく。どうせもう眠気は吹っ飛んだし、暇潰しには丁度良い。

「そう、そうよ!聖輦船がお寺となってしまった今、私が白蓮に恩を返す方法といえば、ただ一つ!困った妖怪達を救い、少しでも白蓮の望む世界に──」

「お、引いてる引いてる」

「聞けーーーーーー!」

釣果、岩魚二匹。ダブルだから、行進OK。

「ツッタカター、ツッタカター、ツッタカタカダッダッ。お茶の間の皆さんこんにちは、大泉でございます。パイ喰わねえか」

「一体誰に話してるのよ……」

そう言いつつも、村紗の視線が釣り糸の先の魚にロッキンオンジャパンしているのを、俺は見逃さなかった。

「ねえ、そこの涎れ垂れ子」

「村紗水蜜よ、ム・ラ・サ!」

「どっちでもいいよそんなの。それよりも、今から魚焼いて喰おうかと思うんだけど」

「………………そ、それで?」

指摘されても涎れを拭おうともせず出しっ放しな村紗△。

「うん。見られてたら喰いにくいから、とっととここではないどこかに消えてつかあさい」

「しどい!?」

あ、涙目。

「ふ、ふ、ふ、ふん!貴方なんかの施しなんか、受けたくも無いわよ!言われなくてもこっちから消えてやるわよヴぁーか!」

「どうやって?」

「そりゃ勿論、船で……」

だが振り向いた先には、船など影も形も無かった。そりゃあ、ここ川だし。錨も何も付いてなさそうだったからなあ、あの船……いや、イカダか?

「流されたね」

「………………」

「帰れないね」

「………………」

「そうだね」

「プロテインだね」

「魚食べる?」

「食べるー!」

 

 

 

「船長といえば海賊船だって思って、まずは仲間集めだーと思って頑張って船作ったんだけど、よく考えたら幻想郷に海って無かったのよ」

「何て穴だらけな将来設計。今時の学生でも、もうちょい先見の明を持って行動するだろ」

「そういう貴方の方は、こんな辺鄙な所で何をしていたのよ」

「そらもう、昼寝よ」

「釣りじゃないの?」

「そらそういうこと(ついでにしていたという意味)やったらそう(釣りをしていたとも言える)なるわな」

もぐもぐと焼き魚を頬張りながら噛み合わない会話を繰り広げる。焼いた岩魚は塩のみ、もしくは何も付けずに食べるのが主流だ。煙で燻製にしても美味しく頂けるが、今ここにはスモークチップも何も無いので、普通に塩焼きにしたものを頂いている。

「誰に解説してるのよ」

「いつもの癖で」

「あ、そ」

「そうだよ」

「ふーん……ところで、さ」

魚を食い終わったらしい村紗が、骨を焚火の中に投げ入れてから言った。

 

 

 

「貴方、何か困ってる事ある?」

 

 

 

「俺、人間なんだけど」

「……まあこの際、どっちでもいいかなと思って」

「いいんだ」

「いいの。助けて無駄になる事なんて無いんだから」

「そういう事なら、まあ……一つだけあるかな」

「へえ。何?」

 

 

 

「村紗川賊団の仲間になりたくて困ってる」

 

 

 

「悪いなのび太、この船は一人用なんだ。リアルに」

「流されちゃったけどな」

「それじゃ徒歩になるかな」

「既に船長でも無いな」

「あ、本当だ。ただの長になっちゃった」

「旅に関しては、村紗の方が一日の長があるという意味では、ただの長でも合ってるやもしれん」

「誰が上手いことを言えと」

「最初に言ったのは村紗だろ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。ほら、ただの長、ってくだりが特に」

「あ、そっか。そうかな」

「そうだ」

「じゃあ、取り合えずさ」

「何だ」

「船作るの、手伝ってよ」

「イカダの間違いだろ」

「あ、そっか。そうかな」

「そうだ」

 

 

 

さあさ、そこのけイカダが通る。者ども平伏せ財宝置いてけそこで泣く子は見て笑え。

今日も今日とて、ムラサ川賊団が幻想郷の川を飲み込み野を下る。水面にそっ、と釣り糸垂らせば、川は氾濫山火事さ。

世界の川を渡るため、今日をオールが飛沫をあげる。

村紗水蜜の名の下に。

 

 

 

「ムラサ湖賊団ってのは駄目?」

「それもいいな」

「でしょ?」

「ただ、一つ問題が」

「何?」

「上れないし、下れない」

「それは死活問題だ」

「今はまだ川だけで良いだろ」

「そうね。ところでさ」

「何だ?」

「趣旨変わってない?」

「気にするな!」

「解った、気にしない!」

 

そんなムラサの声に呼応するように、イカダが波に合わせて大きく揺らいだ。


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