季節感ガン無視ですみませぬだ
あぁ~この米は~この米だけは~
2014年もよろしくお願いします。
私は元々、身体を動かす方ではない。走ったらすぐに息が切れてしまうし、スポーツなんて年に数えるほどしかやらない。かといって観戦に回るというわけでもないので、ルールに詳しいわけでもない。
私は生まれてこの方ずっと、運動というものに疎い。しいて言えば、体育の時間や運動会で、ちょっとやったことがあるくらい。それでも、体育の成績は芳しいものではなかったし、運動会なんかはあまり順位に影響しない種目に回されたりした。
けれど、宇佐見蓮子に出会ってからは、色んな所に付き合わされたため、多少はマシになったのではないか、とは思う。なんせ彼女は、何か思いついた瞬間に私の手を取り、走って行ってしまうのだから。嫌でも体力はつこうものである。
けれど。
それでも、いくら蓮子と一緒に走っても。
治らないものは、ある。
いくらでも、といえばそうだけれど。
とびっきりに厄介なことが、一つ。
「海?」
「そそ、海」
フォークに巻きつけたクリームスパゲティを弄びながら、蓮子が言ったことを――私は鸚鵡返しする。
「ほら、ずいぶん長い間行ってないから。ここはひとつ、秘封倶楽部の活動として。ね、行こうよ?」
「……蓮子、貴方って人は……」
呆れたように言うと、蓮子は口を尖らせてスパゲティを口に運んだ。
「なーに、メリー。いーいじゃない、行こうよー」
「あのねぇ、蓮子。秘封倶楽部の活動として、なんて言って、海に行って何をする気なの? だいだらぼっちや海坊主でも探そうっていうの?」
「探そうっていうの」
「嫌よ、私は」
蓮子の申し出をスッパリと断る。あ、このピザ美味しい。
「なーんーでー? 別にいいじゃない、たまには海に遊びに行ったってさー」
「……本音が出たようね」
はぁ、と一つため息。
「あのね、蓮子。遊び呆けるのもいいけど、ゼミの課題研究は終わったの? それにクラスのほうで色々仕事もあるって行ってたじゃない。単位だって、今は恙無く取れているからいいけれど、予習しておかないとそのうちボロが」
「あー、あー、聞こえなーい」
蓮子は帽子を引っ掴んで塞ぎこむ……振り。以前、蓮子の家で遊んだ格闘ゲームで、こんなふうにしゃがみガードをするキャラを見たような気がする。
「ねーぇー、だって海だよ? 海。その単語を聴くだけで、こう、ワクワクしてくるじゃない?」
「いえ、しないわ。そもそも、私はあんまり海は好きじゃないの」
言いながら、コーヒーカップを傾ける。蓮子も諦めたように、スパゲティの残りを口に運んだ。
「でもさ、メリー?」
「なに?」
もっきゅもっきゅ、とスパゲティを咀嚼した後、蓮子は言う。
「なんでそんなに海に行きたくないの? もしかして、泳げないとか?」
「………………」
沈黙。静寂。サイレント。
「………………」
ごくん、と、スパゲティを飲み込む音。
「………………あ、このピザ美味しい」
「メリー、メリー。もうピザは残ってないよ?」
誤魔化せなかったようである。
「…………そうだ、蓮子! 山に行きましょう! アウトドアでフィッシングなバーベキューパーティーをキャンプしましょう! きっと楽しいわよ! ええ!」
「泳げないのね、メリー」
じとっとした蓮子の視線が私に突き刺さる。頭のどこかで、ピチューン、という音が聞こえた気がした。
というわけで。
というか、なんというか。
いつの間にか、とでも言うべきか。
「さ、それでは、メリー?」
「………………」
「泳ごうかっ!」
あれよあれよと蓮子に連れられ、プール施設へとやってきたのである。
「……いや、おかしくない? 私、別に海に行きたいなんて言ったわけでも、カナヅチを直したいなんて言ったわけでもないんだけど」
「でも泳げるようになれたら嬉しいでしょ?」
当たり前でしょ、みたいな風に言うなあ。
「それに、さ。ほら、メリー」
「……なに? 急に」
コソコソ、と私に耳打ちをしてくる。
「水着で悩殺できても泳げません、じゃ、ガッカリするかもよ?」
「え? それって、どういう」
言ってから。
ぱっ、と脳裏に、あの人の姿が浮かんできて。
「~~~~~~っ!?」
顔が熱くなる。え、なに、悩殺って、え、私が?
「ま、泳げるようになったら可愛い水着買ったげるから。それまで頑張ろ?」
してやったり、な顔で悠々と施設へ入っていく蓮子。
「ま、あ、ちょ……蓮子ーっ!」
真っ赤になったであろう顔を必死に手で扇ぎながら、私は蓮子の後を追った。
「……まぁ、ある程度予想はできてたんだけど……」
ぽりぽりと頬を掻いて、蓮子は言う。
「そりゃそうよ、夏休みのまっただ中だもの。ねぇ、蓮子?」
目を細めてその光景を見ながら、私は言う。
そこは、プールと言うよりは、人の波であった。
「こりゃあ、練習どころじゃあ無さそうねー……」
子供が走り回っているプールサイドを見て、私は思わず溜息を漏らした。
「……どうするの、蓮子? せっかくお金払っちゃったし、遊んでいく?」
「遊ぶって言ったって、メリーが泳げないのに私一人遊ぶわけにもいかないでしょ」
「いいわよ。せっかく蓮子が連れてきてくれたんだもの。私はあそこで飲み物でも飲んでるわ」
「んー、って言っても……」
と、少し渋った様子の蓮子であったが――。
「うんうん、そうねっ。せっかくお金払っちゃったもんねぇ」
「? え、ええ。そうね」
急に態度を翻すと、蓮子は一目散にプールへと向かっていった。
「あ、メリー!」
「? なぁに?」
「すぐに集合できる場所がいいから、おっきくて目立つあのパラソルの下で待っててくれるー?」
去り際に、そう一言残してから。
「おっきいパラソルって、あれのことよね」
蓮子が指さした方には、確かに大きなパラソルがあった。これならばはぐれる心配もないだろう。大学生にもなって、とは思うけれど。
売店で適当にアイスティーを買って、空いている席に座る。時計を見ると、もう昼を回っていた。辺りを焼きそばやたこ焼きの臭いが包んでいる。
「さてと、どうしようかしら」
蓮子にああは言ったものの、やはり待っているだけでは少々退屈である。かと言って無理にプールに入ると、溺れてしまって大騒ぎ、となるのは目に見えているし。
「……やっぱり。泳げるようになった方が、いいのかしら」
ふと、独りごちる。
私が泳げないからって、失望するような人じゃない。と、思うのだけれど、それでもある程度は泳げたほうがいいに決まっている。それこそ、蓮子の言っていた海だとか、こういうプールという選択肢が最初から除外されてしまうのは、勿体ないし、申し訳ない。
でも。
「……こんな格好、彼に見られたら……」
蓮子からプールに行こうと誘われた時、なかなか水着が見当たらず、探しまわった末にあったのが昔使っていたスクール水着のみだったのである(胸元にはご丁寧にマエリベリーと名前まで書いてある)。だからさっき蓮子も、水着を買ってあげるなどと言ってくれたのだろう。今は仕方なくそれを着て、その上から目立たぬようタオルを羽織っている。
――こんなちんちくりんな格好は、彼には決して見せられないわね。
――もし、見られたら。
「………………っ」
と、そんなことを言っているとまた顔が熱くなってきた。顔をブンブンと振り、熱を振り払う。
「……まぁ、こんなことは後にも先にもこれっきりでしょうし」
今度、泳げなくともせめてまともな水着は買っておこう、と決心したところで。
「あれ、そこにいるのって……」
聞き覚えのある声に、私は振り向く。
「メリー?」
私を、メリーと呼ぶ人は、私の知る限りでは二人しかいないはずであった。
一人は、宇佐見蓮子。
そして、もう一人は――。
「お、よーやく見つけたかー。鈍いなぁ」
「私なんて、かなり前に見つけて、空気読んで二人きりにしてあげたのに」
「……あーあー、ここから見てもわかるくらいに慌てちゃって……あ、飲み物こぼした」
「まぁ、これでメリーも泳げるように努力はしてくれるでしょう」
「さて、それじゃあ私はそろそろお暇しましょうかね……っと」
プールから上がる途中、彼に手を引かれたメリーが、顔を真っ赤にしながらこっちを睨んできたので。
私は苦笑いをして、軽く手を振るのであった。
――これは、うんと可愛い水着を選んであげなきゃなあ。
夏休みの課題をこなすのは、もう少し後回しになりそうである。