東方短篇集   作:紅山車

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にとりちゃん自機化おめでとう短編。
将棋はさっぱりわかりませんがとりあえず飛車は一番打者タイプだと思う。


にとり短篇

 宴の席でのことであった。

「将棋の話をしよう」

 突拍子もない一言を放つと、河城にとりはそそくさと僕の手を引いて団欒を外れた。

「あれ、おーいにとり。どこ行くの?」

 その様子を他の河童に見咎められると、にとりはしまったという顔を浮かべ、「あ、いや。ちょっと厠に」と告げる。

「付き添いも居なければ厠にも行けないなんて、まだまだ子供だねえ」

 その一言で、ドッと笑いが起きる。にとりはその様子を遠巻きに眺めつつ、苦笑いを浮かべていた。

「ま、そういう訳だから」

 そういうことになったから、と言いたげなにとりの顔は、少し紅潮していた。視線を先の集団に戻すと、にとりのことは綺麗サッパリ抜け落ちたかのように、また杯に酒を酌み交わすことに必死になっていた。にとりはそちらにはもう一瞥もせず、ただうつむいて、部屋を出るのであった。僕の手を握る力が、心なしか少し強くなったように感じた。

 

 

 

 河城にとりは河童である。

 とは言っても、民俗一般的な妖怪の一種である河童とはまったくちがった風貌をしていた――鏟(さん)などを持って天竺へと向かう様子もないし、尻子玉を抜いて驚かすといったうわさも聞かない。相撲と将棋が好きで、発明が得意で、人間との関係も良好な、『幻想郷での一般的な河童』であった。

 ので、一介の人間である自分にもにとりは気さくに接してくる。

 やれ、今日は発明品の実験に付き合ってくれだの。

 やれ、相撲に付き合ってくれだの。

 こんな河童がいるなんてのが『外の世界』に知られたら、少しはおぞましい風貌や風説がマシになったりするのだろうか。

 いや、違う。

『お前のような河童がいるか』と人々に思われたからこそ――河城にとりのみならぬ河童達は、幻想郷にいるのかもしれない。

 

 

 

「将棋、わかる?」

 部屋を出てすぐ、にとりは僕にそう尋ねた。

 どういう遊びなのかは知ってる、と返す。ただ、まともに遊んだ記憶が殆ど無いので、定石だとかの勝つ手段は全く知らない。対戦相手には成り得ない、とも言う。

「そっか。なら問題ないね」

 問題はないらしい。将棋の話をしよう、といきり立って酒の席で言い出すものだから、また酔っ払ってなにか言い出すのかと思ったが、そういうことではないらしい。全く飲んでいなかったわけではなかったので、少し頬は紅いが、落ち着いて話をするには十分すぎるほどにとりは落ち着いているようだった。

「ん。と、この辺でいいっか」

 少し歩いた所にあった、庭の見える縁側に座り込む。もうすっかり日は落ちて、空には月とそれを僅かに隠す雲が漂っていた。

「どうせならお酒持ってきたら良かったかな、あはは」

 取ってこようか、と言うと、にとりは「ううん、いいよ。大丈夫」と返したので、僕はにとりの傍らに腰を下ろした。

「んー、まあ……将棋の話をしよう、って言って連れ出したわけだし」

 将棋の話をしようか。

 そう言ってにとりは、もぞもぞと膝を抱えた。

 

 

 

 将棋ってさ。

 詰まるところ、相手の王様を追い詰めたら勝ちな訳じゃないか。

 それに至るまでの過程を全部ひっくるめて将棋なんだけどさ。

 結末は、どっちかの王がやられるか――片方は玉だけどね。まぁ、それは置いといて――。

 これって、心と心を通じ合わせるのもおんなじなんじゃないかなって、思うんだよ。

 初めて会った人同士は、最初はガチガチに壁を作ってさ、お互い侵入しようとしないでしょ?

 でもずっとそうしてると、だんだん『あ、この人と仲良くなりたい』って思うんだ。

 それか、『もっとこの人のことを知りたい』って。

 だから、どんどん壁を崩していって、でも一方的にやられるのは嫌だから相手も色々策を練って、なんとかして自分を見せるのを拒んで。

 お話して、一緒に遊んで、助けあって。

 そうしてるうちに、どんどん、仲良くなっていけるんじゃないかなって、思うんだ。

 

「現に、私の持ち駒は今王様だけだよ」

 

 私は、私のことをもっと知ってほしいから。

 君に対してだけは、あけっぴろげになってる。

 腹を割って話したいって、思ってる。

 ――君は、どうかな?

 私のことを知りたい?

 自分のことを知ってほしい?

 

「その答えを聞きたいから、連れ出したんだ」

 

 

 

『君、誰? どこから来たの?』

 外の世界から、幻想郷(ここ)に来て。

 初めて話し掛けてきたのは、ある少女だった。

 底抜けに明るい、太陽のような少女。

 右も左もわからない僕に対して。

 元の生活が恋しくなり、落ち込む僕に対して。

『よしっ!』

 少女は朗らかに笑い、僕の身体を掴み。

 

 

『相撲を取ろう! 君が満足いくまで!』

 

 

 こう言って、僕の身体を池の中に投げ込むのであった。

 

 

『身体動かせば、嫌なこと全部忘れるよ!』

 

 

 そんな少女の笑い声を聞いていると――悩みが、池に解け出したようであり。

 一緒になって笑うしかないのであった。

 

 

 

 

 

「僕は、にとりのことが好きだ」

 

 

 

 

 

 少女は――にとりは、その一言を聞くと。

 

 

 

 うん。私も、君が大好きだよ、と。

 

 

 

 あの時のような、朗らかな笑みを浮かべて、言うのであった。

 

 

 

「あぁ、やっぱりお酒、こっちに持ってこようかな」

 どうして?

「だって、なんというか、恥ずかしいもの。戻るのが」

 それはだめだよ、今日はにとりが主役なんだから。

「……ゎ、私は、君さえいれば、それでいいんだけど……」

 他の皆はにとりが居なきゃ困るの。ほら、戻るよ。

「~っ!? ぃ、今の、聞こえてた?」

 聞こえてた。

「い、今すぐ忘れて! でないとまた池に放り込むよっ」

 後で放り込んでもいいから。ほら、入って入って。

「あ、ちょ、押さないで……ひゅい!?」

 

 

 

「あ、ようやく帰ってきた」

「こーら、遅いぞー」

「ほら、もっと飲んで飲んで」

 にとりの姿を見るやいなや、団欒の中心に引きずり込む河童たち。見てないで助けて、薄情者、などというにとりの声が聞こえたが、気にすることはない。

 今日は目出度い日だ。

 にとりが僕を知り。

 僕がにとりを知ることが出来た。

「もう、後で覚えておきなよー!」

 にとりの抗議を手で軽くいなしながら、視線を上げる。

 

 

 

 宴席の上座に爛々と輝く「祝・自機化 河城にとり」という文字に、思いがけず欠伸が漏れた。


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