東方短篇集   作:紅山車

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続き物です。
四季映姫短篇(1)、(2)を未読の方はそちらを先にどうぞ。

ギャグほのぼの。


四季映姫短篇(3)

「罪深い」

 閻魔は静かに、『それ』に告げた。

「貴方に近づいたものは、皆貴方に取り込まれていく。興味本位で触ると、呑み込まれ、やがて芯から腐ってゆく」

『それ』は一言も発さず――発せず、閻魔の口上を聴いていた。

「それだけなら良い。しかし困ったことに、貴方は貴方のしでかしていることを自覚していない」

 しかし暖簾に腕を押すように、『それ』は身じろぎひとつしない。当然だろう。『それ』は自分から動くことはしない。

 忍耐強く。

 待って、待って、待って待って待って。

 近付いて来た者を――餌を。

 ぺろりと、呑んでしまうのだ。

 現に今、閻魔――四季映姫・ヤマザナドゥも、『それ』に惹きこまれてしまいそうなところを、すんでのところで踏みとどまっている。

 いけない。閻魔たる私がこんなでは、到底こいつには勝てない――。

「……このままつらつらと、貴方の罪を読み上げても堂々巡りでしょう。判決を下すとします」

 冷静に――凍りそうなほど冷たく。

 閻魔は言い放った。

 

 

 

「貴方を――今度こそ! 水曜の粗大ごみの日に出しますっ!」

 

 やはりというか。

 ――こたつはやはり、ものも言わなかった。

 

 

 

「おろ、映姫様」

 小野塚小町は、上司の姿を見て思わず声を上げた。平常ならば、凛と前を向き、颯爽と風を切って歩く四季映姫が、今朝はなんだかもじもじしながら歩いていたからだ。

「トイレでも我慢してるんかな……」

 疑問に思い近寄る。心なしか震えているようであった。

「映季様? 一体どうしたんです?」

「ひゃぁぁぁっ!?」

 ただ肩を触っただけなのに、素っ頓狂な叫び声を挙げられ、小町は驚く。通りかかる者も、何事かと映季の方を向いた。

「……こーまーちー!」

 そして怒る。理不尽に。

「……なにをそんなに驚くことがあるんですかい、あたいはただ肩をたたいただけですよ?」

「今の私にはそれでさえも致命傷なのです! 気を付けなさい!」

「???」

 それだけ言ってまたこそこそと去っていく四季映姫に、小町の頭にクエスチョンマークがいくつも浮かぶ。が。

「……なんだかわからんけど、今日は楽にサボれそうだね」

 小町はそう呟くと頭を搔きながら、お気に入りの昼寝スポットに向かうのであった。

 

 

 

「うぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅ、さささ、寒い……」

 書類仕事をこなしながら、四季映姫は太腿と掌を擦りあわせた。

「どうしてこんなことに……!」

 はぁー、と手に息を当てて暖めながら、恨めしそうに独りごちる。

 

 

 

 こたつは自身を堕落させる魔性の家具である。

 あれに潜っていれば、いつの間にか休日が潰れ、みかんは減り、動く気もなくなる。ついこの間までの四季映姫もそうであったのだ。

『はぁー……暖かい……幸せ……』

 そして、その堕落を四季映姫は何の疑問も持たずに受け入れていた。休日と見るや、直ちにこたつのスイッチを入れ、その中に潜り込んだ。

 なにせ休日なのだ。

 いつもいつも閻魔という肩書きにとらわれていては、いつか壊れてしまう。

 だから、たまには、こんなのもいいだろう――。

 

 しかし、こたつは魔性の家具である。

 そのうち四季映姫は『平日に使ってもいいんじゃないか』と考え始める。寒さが厳しくなってきた今日この頃、こんなに便利なものを休日にしか使わないのは馬鹿げている。そうだ。閻魔たるもの、物の使途をはっきりさせるべし。

 こたつは身体を暖めるもの。

 つまり。

 

 仕事を終えて帰宅した時。

 

 食事を摂る時。

 

 部屋に持ち込んだ仕事をこなす時。

 

 ――寝る時。

 

 

『……なんか、私』

 

 

 朝をこたつの中で迎えた時。

 

 四季映姫は――誰よりも厳格であらねばならない閻魔は、漸く気付いた。

 

 

『……どんどん、駄目人間になっては、いないでしょうか……?』

 

 

 このままではいけないと思い、こたつを――本当に、どうするか悩みに悩んで――粗大ごみに出したのが、水曜日のことである。

 それからのことは、簡単に説明しよう。

 

 木曜日。寒波襲来。寒さが更に厳しくなる。

 金曜日。暖房機器が故障する。古い石油ストーブで暖を取る。

 土曜日。彼に『顔色が良くない』と言われショックを受ける。

 日曜日。石油が切れる。買いに行くが、大雪で断念。

 月曜日。イマココ。超寒い。超寒い。なんか雪とか積もってる。暖房未だ故障中。石油も買えず。

 

 

 

「こたつを捨ててからというものの、不幸続きが過ぎちゃいませんかね……」

 一つくしゃみをする。一応ひざ掛けや厚着で対策はしているが、効果は薄い。

「……いけないいけない、これから裁判があるというのに。閻魔が風邪なんて、笑い話にもなりません……」

 自分に言い聞かせる。そうだ。罪を裁く仕事にミスは許されない。最高のコンディションで臨まなくては。なにか不備があってからでは遅い。

「……それにしても寒い……」

 もはや口癖のように寒いと言いながら、四季映姫は急ぎ足で仕事場に向かう。時間が無いというわけではないが、少しでも動かないと足元から凍ってしまいそうなのである。

 

 けれど結局、その日の裁判――どころか業務全ては、とても手についたものではなかったので。

 四季映姫は自業自得と知りつつも、あの暖かさを思い出し、深くため息をつくのであった。

 

 

 

「……はぁ……」

 とぼとぼと、部屋への道を歩く。時刻は既に夜12時を回っていた。今から石油を買いに行こうにも、店はとうに閉まっている。

 また寒い夜を過ごすのか、と考えると、本当に気が滅入る。顔でも洗って頭を冷やそう、と途中給湯室に立ち寄り、ふと鏡に自分の顔が映った。

 彼に指摘された顔色は、更に悪くなっているようであった。

 

「あはは、これでは彼のことを笑えませんね……」

 

 自嘲気味に呟き、蛇口から水を掬う。刺すような冷たさが手に伝わる。顔に水を当て、もう一度鏡を見ても、顔色は変わらなかった、

 

 初めて彼と会った時の、全てに興味を失ったような、灰色の顔。

 

 そこまでとは言わなくとも、充分、今の私は酷い顔をしている。

 

「……今、何をしているのでしょうか」

 病的なまでに規則正しい彼なら、もうこの時間には床に就いていてもおかしくない。けれど、サボった小町の分まで仕事を押し付けられていたから、もしかするとまだ書類の山と格闘している頃かもしれない。

「………………」

 四季映姫は何も言わず、一つ頷いてから、先程よりは幾分軽い足取りで給湯室を去った。

 

 

 

 男は機械的に手を動かしていた。

 ただそうすることでしか自分を見出せないように、うず高く積み上がった書類の一枚一枚に、ペンで記入事項を書き込んでいく。

「……ふぅ」

 身体が凝ったので、男は椅子に背中を預け、軽く伸びをした。次いで書類の塔に目をやって――すぐに目を逸らす。

「これは、今夜中に終わるかな……」

 答えのわかりきった問いをつぶやく。こんな量の書類、誰かに手伝ってもらわない限り一晩で終わるわけがない。男は機械的ではあるが、機械ではないのだ。

「まぁ、何を言ってもやらなきゃいけないんだけども……」

 これまたわかりきっていることである。誰かがやらねば、これは消えない。なら自分がやる。短絡で効率の良い思考である。

 と。

 ドアが1、2回ノックされる。

「? はい、開いてます」

 こんな時間に誰だろう、という疑問はすぐに氷解した。

 

「……ど、どうも……」

 

 地獄の閻魔であり、上司であり、恩人であり。

 一応のところの彼女というもの、である――四季映姫ヤマザナドゥの、小柄な体躯がそこにあった。

 

 

 

「全く、こんな仕事を残してサボるなんて、許しがたいですね」

「うん」

「これは、明日――というかもう今日ですね。小町にはキツい罰を与えねば」

「そうだね」

「ま、まあ、二人で取り掛かれば夜明けには間に合うでしょう」

「うん、手伝ってくれてありがとう……あのさ、四季映姫」

「あ、あ、そうだ! え、えっと、私コーヒー淹れてきましたから、これでも飲んでリフレッシュしましょう!」

「あぁ、うん、ありがとう。それでさ」

「な、な、な、なんでしょうっ!?」

「………………」

 

 あたふたあたふた、あっちへこっちへ落ち着きのない四季映姫に、男は困った顔を浮かべる。

 

「なんかあったの?」

「い、い、いえ! おおおおおお構いなく!」

「いや、構わざるを得ないって。そんなに動き回られちゃ、仕事もはかどらないし」

 男が言うと、四季映姫はぴたりと動くのをやめた。ただ、身体が小刻みに震えていた。

「あ、あの、ひ、ひと、ひとつ、聞きたいことがあるのですが」

「うん」

 口をガチガチ鳴らしながら、四季映姫は言った。

 

 

 

「なんで、この部屋、こんなに、寒い、ん、ですか!」

 

 

 

「あぁ、いや」

 渾身の一言にも、男は動じず言った。

「この間、暖房壊れてさ」

「……奇遇ですね。私もです」

 ソ◯ータイマーでも実装しているのだろうか、地獄の暖房機器は。

「けど、まあ、無くても困らないかなあと思って、そのままなんだ」

「寒くないんですか……」

 呆れたように四季映姫は言った。

「我慢出来ない寒さじゃないし」

「………………」

 この寒さが? 我慢できる? にわかには信じられなかった。

 

「まあ、寒かったら寒かったで対策もあるし」

 

「その対策は今すぐに施策すべきだと思いますさあ急いでその対策を講じるのですさあ早く!」

 

「というかもう講じてるんだけどね」

 

 そう言って男は、部屋の片隅を指差す。それに沿って、四季映姫の視線は移動していく。

 

 そこには。

 

 

 

 ――自身を堕落させる魔性の家具。

 

 

 

 こたつという天敵が、鎮座していた。

 

 

 

 

 

 

「……あったかい……あったかい……うぅ……」

 

 

 四季映姫はあっさり天敵に屈していた。久しぶりに味わう包み込まれるような暖かさに、涙まで流す始末である。

「……そんなに無理して捨てることもなかったんじゃないの?」

「何を言いますか! この魔性の家具とは本来相容れない物なのです! こたつに屈してしまうことは、それは即ち閻魔として負けを認めるということです! それは何があっても許されません!」

 男の言葉に、こたつから顔だけ出して勢いよく反論する。

「その姿で何言われても説得力皆無だけどね……」

「い、今は休戦協定を結んでいるだけですからっ……」

 言いながらみかんの皮を向き、もきゅもきゅと頬張る。さながらこたつむりである。地獄天下の閻魔も、これでは形無しだ。

 けれど、とても幸せそうなその顔に男は苦笑いを浮かべる。

「……うん、もう……仕事はこれだけやればいいかな」

「……だめですよー……まだのこってるじゃないですか……」

 蕩け切っているせいか、いつもの説教も緩やかである。

「いや。残りは明日、小町に全部やらせようと思って」

「……そうですか。それもまた、いいでしょう……」

 微睡みの中にいる四季映姫を見て、男はまた静かに笑って毛布を掛ける。この幸せそうな四季映姫に、風邪を引くぞと声をかけることは出来なかった。

 

「ふぁ……僕ももう寝よう」

 

 部屋の電気を切って、布団に潜り込む。

 

「……おやすみ、四季映姫」

 

 四季映姫のくしゃみが、少し暖かくなった部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、映姫様」

「もう具合はいいんですかい?」

「それは重畳。そんじゃあたいは仕事に――」

「え?」

「ちょ、ま、映季様。なんですかいこの書類の山は」

「え、は、ははは、なんの、ことです?」

「はいサボりましたごめんなさい許してくださいえーきさま!」

「……え、あ、あー、そうですねぇ……」

 

「9時間コースで許してください……」

 


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