頂いた感想はしっかり読んでます。
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彼女とはなんでもない。彼女でも友達でもない、知り合いですらない、ただ俺に新聞を売りつけるだけの迷惑な烏天狗だよ。
そう言っても、周りは聞いてはくれないし、そう見てもくれない。俺とあいつがそれほど仲睦まじく見えるのだろうか。こういう客観的な意見は当人ではわからんもんだが、しかしこれだけははっきりと言うことができる。
俺はあいつが――射命丸文のことが大嫌いなのだ、と。
「はろー、清く正しい射命丸ですよっと」
とある日の昼下がり。
今日もそいつは、びゅごんと風を一鳴らしして、店へとやってきた。
「店主、店主ー。いませんかー。いないのでしたら勝手に上がりますよー」
「それが清く正しい奴のすることか」
家主が居ない場合、普通の者ならば帰るところを、こいつは勝手に店の座敷に上がり込んで傍若無人に茶や菓子を貪り食っては好きに写真を撮って帰っていく。前に一度居留守を決めたことがあるが、これらの振る舞いを受けて以降居留守はしないことにしている。
「あ、やっぱり居ましたね。それではこれを」
射命丸はそう言って、肩に下げた鞄に手を突っ込んだ。思考するまでもなく、取り出したるは一部の新聞であった。
「だから、いらんと言ってるだろう。俺は新聞なんぞ読む気はない」
「そんなこと言わずに。一回読んでくれたなら、この文々。新聞の良さがわかりますって」
「活字は嫌いなんだよ」
「漫画も載ってますから」
「ヤマ無しオチ無しイミ無しの四コマ漫画は漫画とは言わん。むしろ漫画に失礼だ」
「そんな殺生な」
新聞を突っ返そうとするも、まるで賄賂を握らせようとするように新聞を押し付けてくる射命丸。それをいつものことだと目にも掛けない客。
いつものこの店の風景である。
だがしかし、この店は飲食店である。いつまでもこいつの相手をしていては、その内。
「おーい店主さんよ。そんなところで夫婦漫才やってねえで、早くめし持ってきておくれよ」
……こうなる。というか夫婦漫才ってなんだおい。
「……今回は受け取ってやる。だがな、次押し付けてきたら俺はもう知らんぞ」
ぐいと引ったくるように新聞を受け取る。射命丸はそれを見てにいと笑い、
「毎回毎回、そうやって受け取ってくれるのが素敵ですねぇ。ア・ナ・タ?」
「絞め殺すぞてめえ」
「冗談ですよ、冗談」
にへらとわかったのかわかってないんだかな笑みを浮かべ、射命丸は席に座った。
「それじゃ、天麩羅うどんを下さい」
「………………はいよ」
どの面を下げて――と怒鳴りたくなるが、これでも一応。本当に一応。客である。
「店主ー、まだかい」
「はいはい、すぐ出しますよって」
停滞していた作業を再開する。まったく、あの烏天狗のせいで時間を食わされた。急いで作らないと、本当に客が来なくなる。
俺は急いで親子丼を火に掛け、丼にめしをよそった。味噌汁も椀によそい、柴漬けを皿に盛る。――あぁそうだ、ネギも切らないと。
「……忙しそうですねえ」
「誰かさんのお陰で余計にな」
ぽつりとつぶやく射命丸に、皮肉を込めて言う。手と目線は作業に集中しながら。
その流れで、射命丸は続けて言った。
「手伝いましょうか?」
「……なに?」
聞き取れなかった、のではない。耳を疑ったのだ。あの射命丸が手伝いを申し出るとは、明日は雨か嵐か。もっとも、その嵐もこいつが起こすんだろうが。
「手伝いましょうと言ったのですが」
「お前は客だろう。余計なことしてねえで、お冷やでも飲んでろ」
「あやや、それは残念」
言うと射命丸はさして残念でなさそうに、水をこくこくと飲み始める。静かにしてりゃあ可愛いんだがな、こいつも。
なんて下らないことを考えている間に親子丼が上がる。盆に丼と味噌汁、それから漬物を……。
「ん、あれ」
漬物がない。馬鹿な、ついさっき皿に盛ったところなのに。と思った矢先である。
「はーい、親子丼お待たせしましたー」
射命丸が――いつの間に取ったのか――親子丼を盆に載せ、客の元へ配膳していたのであった。
「お、文ちゃん。ありがとねぇ」
「いえいえ。たんと食べてくださいねー」
「いやぁ、文ちゃんみたいなべっぴんさんに運んでもらうと、いつものめしもうまくなるよ」
「あややや。もう、口がうまいんですからー」
おい待て、そりゃ普段は不味いってことか――という言葉を飲み込む。
「では、ごゆっくりどうぞー」
「おいこらそこのブン屋」
「あや? 私のことでしょうか」
わざとらしく首を傾げる射命丸。
「この店でお前以外のど・こ・に、ブン屋が居るんだ。というか手伝うなと言っただろうが」
「私は自主的に、丼を運んだだけですよ? 店主に言われたからではありませーん」
「屁理屈言いやがって……」
右と指せば左と言うのが新聞記者ならば、右といえば上を向いて写真を取るのが射命丸文という天狗である――こうなるともう、何を言っても聞かないだろう。
俺は一つため息を吐いてから、
「手伝うのは勝手だが、給金は出せんぞ」
「構いませんよ。その代わり新聞取って下さい」
ここまでグイグイ来ると却って清々しい。
「御免こうむる」
「それは残念」
またもさして残念では無さそうに言う。
「それなら、その代わりと言ってはなんですが」
「ん?」
「とびきりおいしい天麩羅うどんを頼みます」
射命丸はそう言うと、にぃっと笑ってから。
先ほどの配膳を見た客に呼ばれたので、
「はーい、今清く正しい射命丸が注文を取りに行きますよーっ!」
と、満面の笑みでその客の元へと行くのであった。
「………………もう少し静かに行けんのか、あいつは」
俺はそう嘯きつつ、次の注文であるカツ丼にとりかかった。
「はー、疲れた」
結局射命丸はあの後、昼の混雑が全て捌けるまで注文を取り続けた。今は完全に座敷で座布団を枕に寝転がり、グロッキー状態である。
「そんなになるまでやることもねぇだろうに」
「途中でやめるなんてとんでもない! ここで引いては、幻想郷最速の名折れです!」
「ずいぶん脆い名だなおい」
寝転がったまま口だけは立派な事を言う射命丸に呆れる。
けれど、しかし。
「……ま、確かに今までよりは楽だったかも、な」
不本意だが、配膳をしなくていいというのはこんなにも楽だったのかと感じさせられたのは事実である。調理に集中できると、同時に幾つかの注文をこなすことも出来る。配膳の手間を考えるとなかなかこうはいかない。
「でしょう!? ふふん、今頃店主も私のありがたみに気付きましたか! 新聞取って下さい!」
「取らん」
急に起き上がって目を爛々とさせる射命丸の頭を、文々。新聞でぺしんと叩く。
「……店主はいぢわるですね……」
また急にテンションがダウンしたらしく、隅で寝転がりながら今度はぶつぶつと愚痴り始めた。こいつめんどくせえ。
「……おら、んなとこでベソかいてねえでこれ食え」
「お、待ってました」
ちゃぶ台にうどんの丼を置くと、ひょいと跳ね起きて割り箸を手に取る。現金なやつだ――今に始まったことじゃないが。
「……あれ?」
射命丸の箸が止まる。
「店主。これ、いつものよりもエビが多くないですか」
「……何のことを言ってんだお前は」
「間違いありません。それに、うどんの量も多いです」
「気のせいだろ。とっとと食っちまえよ」
そう言って洗い場に戻る。さっさと洗っちまわないと、夜が面倒だ。
「いいえ。私はここの店の天麩羅うどんは何度も食べているからわかるのです。言わば私は、天麩羅うどんソムリエ!」
「限定的すぎんだろうが」
そういう資格があったりするんだろうか。
「……ははぁ、なるほどなるほど。そういうことですか」
射命丸がニヤニヤしながらこっちに寄って来る。なんだ気持ち悪りい。
「店主ったら、素直じゃないんですから」
「何の話か分からん」
「またまたすっとぼけちゃってー」
こいつ殴りてえ。
「……どうでもいいが、さっさと食わないと、麺伸びるぞ」
「おっと、いけないいけない」
サッと座敷に戻り、うどんをふぅふぅし始める。忙しない。
「それ食ったらサッサと帰れよ」
「ふぁーい」
うどんを啜りながら頷く射命丸に、一抹の不安を覚えつつ、俺は「食いながら喋るな」とだけ言っておいた。
なぜだか射命丸の顔は、終始緩みっぱなしであった。
なぜかは知らないが。
「店主。きつねうどん一杯です」
「何でお前まだいる」
やっぱり、というか。
なんというか。
射命丸は夜もいた。
「もう。今さら何を言ってるんですか、店主と私の仲でしょう?」
「押し売り新聞記者としがないめし屋主人の仲がどうしたって?」
「それよりも、きつねうどん一杯です」
「………………」
押し切られる。というか、ぶった切られる。射命丸はこちらの反論を待たずして、次の客の元へと行ってしまった。その客は客で、「文ちゃん遂に嫁入りかい?」なんてことを言っている。射命丸は射命丸で、「いやー、えへへ」と否定も肯定もしない。いや、そこは否定しとけよ。
「……どうしてこうなった」
言いながら、カツ丼に火を入れる。
けれど、きっとこの台詞は、今言うべき台詞じゃない。
文々。新聞記者の射命丸文に出会った瞬間に、言うべき台詞なのだ――。
改めて思う。
「天麩羅うどんとわかめうどん一杯ずつでーす!」
俺は、射命丸文のことが、大嫌いだ。
なぜかは知らないが。
その日は閉店まで、いつもよりも店の中が騒がしいままであった。