東方短篇集   作:紅山車

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天子短篇「天子にラブ・ソングを。」(2)

「あ、店員さん。辞書捜してるんだけど、どこにあるかな」

「じ、辞書……ちょ、ちょっと待って……え、えぇっと」

しばらく経って。

ようやく天子も一通りの業務をこなせるようになってきた。本の場所を聞かれた時も、僕に聞きにこないで必死に自分の力で捜している。

見ていて危なっかしかった掃除も、人並に道具を扱えるようになっていた。以前、特に初日は、本棚に箒をガッコンガッコンぶつけていたのが掃除後に判明したのだ。それに比べればこの進歩は、とてつもなく大きな一歩だろう。

それに、何より。

 

「天子のお姉ちゃーん、ちょっと本とるの手伝ってくれよー」

「え、また?仕方ないわね……」小さな子供には、脚立でもなければ届かない高さにある本を、天子はぶつくさ言いながら、ぴょいっと空を飛んで取った。

天子が来てから、店は比較にならないほど明るくなった。以前までお客さんは、唯一の従業員である僕を、見つからない本がある、というだけで声を掛けづらかった。そちらばかりに目をやると、受付が空になってしまうからだ。

けれど今は、天子が居るおかげで、お客さんは気軽に用件を尋ねられる。

人柄もあるのだろう。

この短い期間で、天子は随分と慕われるようになった。

天人、という特別な人種。

人々から慕われる──というのは、あくまで表面上の話。内面では『そう自分達と変わらないのに、何故こんな格差が生まれるのか』と、よく思っていない人も多いと聞く。

そしてそれは──普通の人間から『名居一族に生まれたというだけで』天人になった、天子さえも例外では無い。心無い人々から、目に見えない虐げを受けてきたということは、想像に難くない。

だからこそ、だ。

こうして、『心根から慕われる』ことが、天子にとっても天人全体にとっても、大事なのだ、と。

 

 

 

「……まぁ、全部衣玖からの受け売りなんだけど」

実際に天人に会ったのは、天子が初めてという僕には、どうにもそういった事情には疎い。偉い人、という認識しかないし。

当の天子は天子で、衣玖の配慮もどこ吹く風で、子供に取ってきた本を手渡している。

「はい、これで良いのよね……って、何よ。どうかしたの?」

「ん?いぃや、何も」

「……?」

首を傾げながら、本棚整理の業務に戻る天子。それを見て先程の少年は、ニヤニヤしながら告げる。

「ところでさ、天子お姉ちゃん」

「ん……今度は何?」

「今日は水色と白の縞模様なんだね」

「……はぁ?」

「昨日はくまさんだったっけ」

「一体何のこと──」

 

一瞬、静寂。

その間に僕は、店の奥に避難。とばっちりが来たら嫌だし。

ちらりと見えた、天子の顔は──憤怒からか、それとも羞恥からか──沸騰寸前だった。

 

「こぉんの……エロガキ!」

 

「ちょ、待っ……!姉ちゃ……いや、姉上……!そこの関節は……そっちには曲がらなっ……!」

 

怒号と悲鳴が飛び交う店内で、僕は呟く。

 

「……そりゃあ、あんな高い所まで飛んだらなあ……」

「おお?今日は随分と賑やかだなあ」

「……ん?」

その時ふと、聞き覚えのある声が聞こえる。

「ああ、誰かと思えば。霧雨魔法店の主人さん」

「そういうお前は、貸本屋の主人さんだよな」

そう言って笑うのは、魔法の森にあるなんでも屋『霧雨魔法店』の店主──霧雨魔理沙。白か黒しかない特徴的な服装と、それを弾きとばす程まばゆいばかりの金髪、底抜けの明るさが特徴の──魔法使いだ。

この貸本屋には、たまにふらりと現れては、適当な魔導書や歴史書を二、三冊借りていく。

「本を借りに来たの?」

「ああ。そのつもりだったんだが──何やら面白い奴が増えているじゃないか」

そう言うと魔理沙は、くい、と親指を、まだ怒りの収まらない天子に向けた。

「ああ、うん、まあ。ちょっと、厄介背負いこまされちゃって」

「ふーん」

彼女はその『厄介』に、さして気にもせず、本を選びに離れる。やがて、小難しそうな分厚い本を見繕って受付に持って来た。

「よいせっと。これくれ」

重そうにその本を台に置く魔理沙──僕は顔をしかめ、言った。

「やらないよ。貸すだけだから──というか、前に貸した本は?延滞するならそれ用の用紙と、後は延滞料金も」

そう。彼女は、金払いは良いのだが、中々本を返さない、困った客でもある。今も彼女の家には、この店の本が、少なくとも二桁単位で眠っているはずだ。

「細かいこと言うなよ。今度まとめて持ってくるから」

「『私が死んだ時に』?」

「お?わかっているじゃないか」

「毎週のように聞かされたらね。というか、それ詐欺でしょ」

「『遺産分配』と言ってくれ」

「盗っ人猛々しいな……ほら」

僕は愚痴を言いながら、貸出表を差し出した。霧雨魔理沙、と書かれたそれに魔理沙は、本の題名と貸出期間を書いていく。

「最長二週間だから」

「わぁーってるよ。ほら、金」

僕のジト目を華麗に受け流してから、手の平にちゃりんちゃりんと小銭を落とす。

「二、三……えーっと、あれ?今何時だっけ」

「五時だけど小銭の数はまだ三枚だからね」

「ちぇっ。ケチ」

「どっちが」

きっかり五冊分の代金を頂いた所で、彼女はその本を、唐草模様の風呂敷に包みはじめる。

「何だ、もう行くの?」

「ああ。ちょいと紅魔館に用事があってな」

紅魔館。

恐ろしくて行ったことは無いけれど、その単語である一人の人物が思い至った。

「……ああ、あの大図書館。とすると、あの病弱そうな魔法使いの子に用事か」

「あれ、パチュリーのこと知ってるのか?」

「前にね。一度だけ、『魔理沙はここによく通うのね!?』って、なんか興奮気味に現れたと思ったら、貸出表に魔理沙の名前が書いてある本を目ざとく見つけてきて、それ全部借りてった」

その時、何やら本をクンカクンカ臭っていたけれど、大丈夫なんだろうか。彼女も本も心配だ。

「……あいつ何やってんだか」

「魔理沙、何かしたんじゃないの?というか、何かしたでしょ」

「した。というか、今もしてる。現在進行形で」

ピンと来る。

あの詐欺手法か、と。

「……また?」

「また」

「………………はぁ」

「いひゃいいひゃい!ひゃめろよひゃにするんだじぇ〜!」

僕は一つ、ため息をついてから、魔理沙のほっぺをぐいぐい抓る。

「いい魔理沙、良く聞きなよ」

頬っぺたを離す。少し涙目になって頬をさする魔理沙に、僕は諭すように言い聞かせた。

「ふ、ふぁい」

「その盗み癖と、サボり癖。いい加減にしないと縁切るよ。その子も、僕も」

「……わかったよ、善処するよ」

少ししょんぼりしながら、小さな声で言う魔理沙。これが薬になったかは解らないけれど、ひとまず反省はしてくれたようなので、僕は少し安心する。

「うん、偉い偉い」

「え、わ、わ……!?」

そのまま彼女の被る帽子を取ると、天子にしたように、優しく頭を撫でてやる。この店の客層は、寺子屋帰りの子供が多いので、この頭を撫でる、という行為はもはやクセになっている節がある。

「う、あ、う」

「?」

ふと見ると、魔理沙の顔が赤くなっている。風邪でもこじらせたのだろうか?

俯き気味で見えづらい顔を、少し覗き込むように見る。

「おーい、大丈夫?」

「あ!?……か、顔、近っ……」

「?」

「あ……い……いや、何でも無いんだぜそれじゃあまた来るんだぜさらばだぜアデューだぜ」

「ああ、うん。また」

そういってふらつきながら店を出る魔理沙。本当に大丈夫だろうか──あ、こけた。

「ちょ……ちょっと、ああああああんた……!?」

「?」

視線を前に戻すと、いつの間にやら天子の姿が目の前にあった。あの子供はもう帰ったらしく、店内にその姿はない。

「どうかした?」

「どうかも何も……あ、あんた、私の前……あ、いや、ん、んん!公然で一体なんてことしてくれてるのよ!?」

軽くどもりつつも、僕を指差しながら真っ赤な顔でマシンガンのように話す天子。

「……ん?」

首を傾げる。魔理沙と世間話するのが、そんなに目に毒な光景だっただろうか。

「……僕、何かしたっけ?」

「してたでしょうが!あ、あの……あの白黒と……キ、キ……ななななななななにを言わせようとしてんのよ!?」

「……キ?」

考える。僕と魔理沙がしていた、『き』から始まる行為。

き……。

き…………。

き………………。

「『奇』妙な掛け合い」

「違う!」

「『気』の長い本の返却計画」

「違ぁぁぁぁぁーう!」

ついには怒り出す天子。こちらは全く原因が解らないのが、それに拍車を掛けているらしい。

「だから!その!あの!白黒と!き、きききき……」

 

 

 

キス、してたでしょ?

 

 

 

「おーい」

「………………」

天子は応えない。

「気にしてないって」

応えない。

「誰にでも失敗はあるから」

応えない。

「あ、ポン酢かゴマダレ、どっちがいい?」

「ゴマダレ」

あ、応えた。

煮える鍋を横目に僕は、天子の器にゴマダレを注ぎ入れる。

今日はあっさり控えめな、塩味の山菜鍋。キャベツにタケノコ、軽くあぶった葱を、少しのダシ汁と一緒に、天子の器に入れてやる。

「さ、食べようか」

「………………」

またも訪れる静寂。

「食べないの?」

「……あんたにはデリカシーってもんが無いの?」

質問を質問で返すな、と先生に習わなかったのかお前は。

「いきなり何を言い出すかと思えば、何だって。僕にデリカシーが無いって?」

「だって、あ、あんな勘違いして、私一人だけが馬鹿みたいに喚いて、がなき散らして、あんたにも当たって。私がこんなに気にしているのに、あんたは気にもしないで鍋の用意なんかしてるし!」

「……はあ」

下を向いて呟く天子に、僕は仕方ないな、とばかりにため息をつき──軽く天子の頭を撫でる。

「……っ!」

天子は軽く身体を跳ねさせたが、僕の撫でる手は拒否せず、ただただ俯いていた。ぎゅ、と握った手の甲に、ぽたりぽたりと涙の雫が滴り落ちる。

しゅん、しゅん。

鍋蓋の穴から漏れ出る蒸気の音が、部屋の静寂を塗り潰すように、僕と天子の顔を覆う。

「あのね。天人がどうかは知らないけれど、人間は──少なくとも僕は、そんなことでいちいち怒ったりはしないよ」

「………………」

彼女は、口を紡いだままで自分の膝元に視線を送り続けていた。

「むしろ、嬉しいんだ」

「……ふぇ?」

その言葉に天子は、耳をぴくりと動かして、

「な、何で?」

「いや、だってさ」

 

 

「出会った時は、他人なんか気にしなかった天子が、今こうやって自分の勘違いを認めているから」

 

 

些細かもしれないけれど。

そんな小さなことが、僕は本当に──嬉しいんだよ。

 

「……はいっ!これでこの話はおしまい!さ、食べよう食べよう!早く食わんと冷めちゃう」

「……うん」

僕は天子の頭から手を離すと、夕食に手を付けはじめた。少し遅れて天子も箸を掴む。

そこで僕は、まだ帽子を天子に返さずに、手に持ったままだということに気づいた。

「っと、そうだそうだ。この帽子返さなきゃね。ほい」

「……いいわ。それ、あげる」

「え?でも……これずっと被ってなかった?大事な物なんでしょ」

「ううん。いいの」

「?……まあ、そういうことなら貰うけれど……ありがとう」

僕はその帽子を、棚の帽子掛けにぶら下げる。桃があしらわれた、シルクハットのような帽子。

……これは、被れないな。

そんなことを思いながら、僕は食卓へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

それが起きたのは、四日目の朝。

 

天子が店のどこにも居ないのに、僕が気づいた時だった。

 

「……天子?」

寝ぼけ眼で店を見回すが、辺りはしんと静まって、誰も居ない。念のために受付や座敷も探し回るが、そこにも居ない。まるで店から天子の姿のみが、忽然と抜け落ちたようだった。

この時僕は、散歩でも行っているのか、程度の認識でしかなかった──少なくとも、時間が経てば戻ってくるだろうとは思っていた。ので、僕はそれほど気にする事なく、日常を始めたのだ。

いつも通りの、変わらない──けれど少し淋しい──日常を。

 

けれど。

 

午前。

 

正午。

 

午後。

 

そして、辺りが暗くなっても。

 

天子の姿は、一向に見えることはなかった。

 

「……大丈夫かな」

時計を気にしながら、一言呟く。もうすぐ夕食の時間だ。あの大ぐらい娘が三食を抜いて、無事で居るとは思えない。けれど、もしここに帰って来れない何らかの事情があるのなら。食事など気にもしていられない状況に、天子が陥っているのなら。

ふと見上げる。

壁に掛かった帽子が見えた。

何の脈絡も無く、天子が僕にくれた、大切な贈り物。

その行動が、どういう意図を示しているのか、僕には見当も付かない──ひょっとしたら本当にただの贈り物という可能性もある──けれど、思い当たる節は、無きにしもあらずといった感じで。

「……仕方ない、か」

僕はその帽子を手に取ると、店の外に出た。

 

天子を捜そう、と決意して。

 

人里に居る確率は、ほぼ皆無だろう。もし、誰かが天子を見かけたなら、真っ先に僕の耳に入ってくるだろうし、彼女が一人で出歩いていて、噂にならないはずが無い──何せ天下御免の天人だ。

となると、範囲は大分広がってくる。同時に、危険も大きく。

夜中に人里の外へ出ることが、どれだけ危険なことかは、幻想郷に住む人間なら重々承知している。むろん、僕も例外ではない。

ふとした瞬間に、妖怪に襲われ、その糧とされても文句は何も言えない。全てが自己責任の上で、行動しなければならない。

そしてそれは──天子にも、同じことである。

例え彼女が天人であろうと、妖怪は一切お構い無しだ。天人は身体が丈夫だとは聞いているが、天子は見ての通り、まだ少女。万が一にも、妖怪に襲われたら一たまりもないだろう。

「……とりあえず、慧音さんに話しておくか」

里の中でも最も頼りになる、といっても決して過言ではない、彼女──上白沢慧音。

ひとまずは彼女の協力を仰ごう。そう考えた僕は、小走りで彼女の家に向かった。

 

 

 

「……で、だ」

うなだれるように、部屋の隅に佇むそいつを見て、私は呆れたように言う。

「いつまで居るつもりなんだ?言っておくが、ここには天人様の口に合うような、豪華な夕飯は無いぜ?」

それを聞いて、比那名居天子はゆさゆさと身体を揺らした。膝を抱え込んだ状態の彼女は、べそをかくように呟く。

「……だって……このままあいつのところに居たら……また、その……迷惑、掛けるし……」

「……あ、あのなあ……」

今まさに、自分──霧雨魔理沙に迷惑を掛けているとは考えないのか、という反論を飲み込んで、私は今一度彼女を見やる。

朝っぱらから突然、私の家に押しかけて来たかと思えば、一つの遠慮も無く、しっかりと朝食・昼食を頂いていき。

食事を終えたかと思えば、急に涙目でぐずりだしたり。

私からすれば、一体天子は何がしたいんだというところである。

だがしかし、これ以上、何の理由も無しにここに居座らせる訳にも行かない。私にも我慢の限界というものがある──それも、沸点はかなり低い。一刻も早く、あの貸本屋に戻って頂きたいものだ。

これ以上続くようだと、流石に私も実力行使に出させてもらおう。武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ないように、わがままな奴には、マスタースパークを使わざるを得ない。

 

まあ、長口上をつらつらと言ったけれど、端的に言えば。

 

「あのなあ。お前、何しにここへ来たんだ?」

 

 

 

「あんたは、あいつのことが好きなの?」

 

 

 

「………………」

 

オーケイ、クールになれ私。

ここで不用意に『質問を質問で返すなァーッ!』などと言おうものなら、このまま天子のペースに振り回されてしまう。それ以前に、ネタ被りが気になって仕方ない。

さて、考察だ。

天子のいう『あいつ』。

まあ、誰のことかは大体想像がつく。天子が気軽に『あいつ』なんて呼ぶということは、まず私の想像通りと見て良いだろう。

問題はその先だ。

その『あいつ』のことを。

あの──貸本屋の主人のことを。

 

私が──好きか、だって?

 

 

 

「わかった。そういうことなら、私も一緒に捜そう」

慧音さんは僕の話を聞くと、そう言って立ち上がった。

「すいません、こんな夜遅くに」

彼女の優しさに、僕は申し訳なくなってくる。慧音さんでも一度追い払ったくらい、天子とは相性が悪いというのに、あまつさえ彼女を探す、という無茶な願いさえも無下にすることなく聞き入れてくれたのだから。

けれど慧音さんは、ひらひらと手を振ると、言った。

「なに、気にするな。正直のところ、私も心配だったんだ」

「え……天子のことですか?」

「うむ。生徒に手を出そうとしたから、つい無責任に追い出してしまったのだが、その後生徒から話を聞いてみると、どうも理由があったようでな」

「理由……?」

「ああ。何人かで集まっている、いじめっ子達をな。天子は懲らしめようとして居たらしい」

「へえ……」

天子がそんなことを──今では信じられるけれど、初めに会った印象のままでは、とても本当だとは思えなかっただろう。

慧音さんは少しばつが悪そうに、そしてやや自嘲気味に言った。

「だから、少し気に病んでいた。何も理由を聞かずに追い出してしまったし、一度引き受けたことを反古にしたのも、天子は勿論あの付き人にも悪いことをした」

「……それほど気には、してなさそうでしたよ」

「……いいや。人を見掛けで判断するなど、教師の風上にもおけぬ行為だ。だからこれは、せめてもの罪滅ぼしというやつだ」

そう言うと慧音さんは、ゆっくりと立ち上がった。手にはいつの間にか、充電式の懐中電灯が握られている。

それを見て僕は思った。

「さあ、行こう。これ以上夜が深まると捜せなくなる」

「……はい」

 

慧音さんは、天子が人里に見当たらないことに気付いていたのだ。

 

きっと僕がここに来ることも、見越した上だったのだろう。

 

だから、彼女のすぐ傍らに、懐中電灯が置かれていた。

 

天子のことを気にしていた慧音さんだからこそ。

 

僕がここに来たら、すぐ捜しに行けるように。

 

そんな──意地っ張りのような、慧音さんの行動に。

僕は思わず、口に出していた。

「慧音さんって、可愛いですね」

「!?な、ななな!何をいきなり言い出すんだ!?」

「?」

僕は褒めたつもりなのに、何故か慧音さんは顔を真っ赤にして、怒っているように見えた。

「いや、思ったことをそのまま言っただけですけど」

「〜〜〜〜っ!もういい!早く捜しに行くぞ!」

「え、あ、ちょ、慧音さ──」

言い終わる前に、彼女は小走りで暗闇に紛れて行ってしまった。僕は見失わないように、その背を追いながら、つぶやいた。

「……何か悪いこと言ったかな」

 

 

 

「……私にはお前が、何でそんなことを聞くのかは、いまひとつ見当も付かないが」

私は首を捻り、頭をぽりぽりと軽く掻きながら言う。

「あいつのことは嫌いじゃないな──というか、私だけじゃなくてあの里の人達も。あいつを嫌ってる奴は、一人も居ない」

「……嫌いじゃない、じゃない」

天子は視線を下げながら、呻くように言った。

「『好き』なのか『嫌い』なのか、ということを聞いているの。そんなどっちつかずな答えは、私は聞きたくない」

「………………」

なるほど。

いつも我が儘だけれど、今日は違う方向に強情だなと思っていたが──面倒なことになってきた。

私は溜め息を一つ吐くと、軽く腕を組みながら、言う。

「それを答える前に、一つだけ、聞かせてくれ」

「……何よ」

 

「お前はそれを聞いて──私があいつをどう思っているかを聞いて──、一体何をどうしようって言うんだ?」

 

 

 

「………………わからない」

ぼそり、と。

私は。

吐き出すように言った。

「わからないわからないわからない、わからない。何もかもが──わからないっ!」

せきを切ったように、止めどなく溢れ出てくる、その言葉。

わからない。

わからない。

わからないことが、わからない。

世界を──天地を知らない私には、この世界はわからないことが多すぎて、果てには私自身のこともわからなくなる。

わからないから。

誰かに頼らざるをえなくなる。

 

わからないから。

人に迷惑を掛けてしまう。

わからないから。

わからないから──。

 

「わからないから──此処に、居るんじゃない」

「………………」

こんなにも、悲しくなる。

私の視界はいつしか、ぼやけてかすんでいた。

その霞の先でも目立つ、特徴的な黒と白は──。

私の目を、見ていた。

 

「好きだぜ」

 

確かに私は、あいつが好きだ。

 

友達としてじゃなくて。

 

貸本屋の店主としてでもなくて。

 

一人の人間として。

 

私はあいつが好きだ。

 

もう馬鹿みたいに、信じられないくらいに、自分で自分が恐ろしいくらいに。

 

あいつが、好きだ。

 

「……言っておくが、これは伊達でも酔狂でも、ましてやお前を、ここから早いとこ追い出すための方便でもないぜ」

──私は、本気だ。

それなら、私は?

──私の気持ちを聞いたお前は、一体どうする?

私は、どうする?

いや──。

どうしたい?

彼と共に過ごせるのも、後のこりわずかな時間しか無い。

その短い時間で、私は。

何を、どうしたい?

「敵に塩を送るみたいだけどな、一つ忠告しておいてやるぜ」

白黒は──霧雨、魔理沙は。

「こればっかりは、自分で決めるしか無いんだぜ。私には、譲る気もなければ、譲られる気も無い」

 

『恋色の魔法使い』は。

 

「何事も本気じゃなきゃ、つまらないだろ?」

 

そう言って、不敵に笑った。

 

 

 

証拠はない。

自覚もない。

けれど、多分。

嫉妬していたんだと思う。

あの白黒の魔法使いに。

突然やって来たと思ったら──成り行きで、仕方なく、本当に不本意だけれど──七日もの間、一緒に過ごすことになったあいつと、仲睦まじく話しているのを見て。

私がこんなに働いているのに何よ──以前までの私なら、そんなことを毒づいていただろうけど。

それよりも先に出てきた感情。

一言。

 

──羨ましいな。

 

あんなに仲良さそうに話して。

 

冗談を言い合えて。

 

あいつが今しているような、本当に楽しそうな表情が、私に向けられる日は、来るのかな──この短い期間で。

そんな悶々とした気持ちで、二人を見ていたら、おもむろにあいつは白黒の帽子を外した。

私は無意識の内に、自分の被っている帽子に、手をやっていた。

今から何がなされるかも、全てわかっているようだった。

白黒の頭が、軽く。

綿毛のように軽く。

撫でられていた。

 

俯く白黒。

 

それを覗き込む、あいつ。

 

顔が。

 

顔に。

 

近づいていって。

 

その光景は、私から見たら。

 

 

 

二人の唇が、触れ合っているようにしか見えなくて。

 

 

 

そこから先はパニックになって、良く覚えていないけれど。

その時の私は、きっと、涙が出そうになっていた。

あいつにとって私は、邪魔物でしかないのかな──私は、ここに居ないほうが良いのではないか──もういっそのこと、黙って天界に帰ってしまおうか。

本気で、そう思った。

比喩ではなく。

実行しかねなかった。

結局、その後で誤解だってわかったけれど……何だろう。

あと三日。

それだけ。

それだけしかない。

それなら、最初から無ければ良かったのに。

最初から、あいつに会わなければ──この店に来ることがなければ──こんな。

 

こんなに苦しい思いは、せずに済んだかもしれないのに。


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