「ちょっと待ちなさい、貴方」
ふと呼び止められ、そちらを向く──見慣れた顔が映ったので、僕は一つ溜め息をついてから、その場を立ち去った。
「あ、ちょ、待ちなさいって言っているでしょう!こらー!」
……やかましいなぁ。
「はーいはい、何か用ですか」
仕方なくそちらを向くと、彼女──水橋パルスィは、無視された怒りを少しずつ鎮めながら、僕にこんな事を聞いた。
「今から何処に行く気かしら」
「……それ、どうしても言わなきゃ駄目な事?」
「当たり前よ。橋姫として、通行者が何処に向かうかは知る権利があるし、義務でもあるわ」
「……他の道、通るよ」
そう言って踵を返す。勿論、彼女がそれを許すはずも無く。
「ぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱる!」
はっきり言って近所迷惑だ。
それも災害レベルの。
「解ったよ、言う、言えばいいんでしょ」
耳を塞ぎながら僕がそう言うと、パルスィはぴたりと『ぱるぱる』を止めた。彼女は本当に、少しでも妬めそうな話があれば容赦無い──周りを鑑みないほど。
「解ったなら早く言いなさいよ、さあさあさあ。思う存分妬んであげるわ、覚悟しなさい」
さて、僕は澄まし顔でそんなことを言うパルスィに、このまま本当の目的地を言うべきだろうか。
「実は……」
「ん、ん」
ああ、もう口の形を『ね』に変えているのが腹立たしい。
やはり、言うべきではない。このままでは僕の気が晴れない。どうせこの後、妬ましい妬ましい光線を浴びることになるのだ。
ならば少しからかってやろう。
「パルスィに逢いに来たんだ」
「ねっ!?」
口走ろうとして、けれどそのまま硬直するパルスィ。どうやら効果はテキメンのようだ。徐々に朱くなる顔に、僕は思わず笑っちゃいそうになってしまう。
「ねっね、ねねねねねね……あ、い、あう……」
もはや呂律が回っていないパルスィ。もはや焼け石の如く真っ赤に染まった顔は、多分冷水に着けても元には戻らないだろう。
けれど、そのままにしておく訳にも行かない。何だかんだで、彼女は良い奴なのだ。
僕は脳内トリップ中のパルスィに近寄り、話しかける。
「おーい、パルスィ?」
嘘だよ、と。
そう言うつもりだったけれど。
「し、ししし仕方ないわね本当に仕方ないわ貴方は!」
「え」
いつの間にか、腕が拘束され。
「私は嫌だけど本当は嫌だけど!貴方がそう言うのなら、今日一日だけなら付き合ってあげないことも無いわ!」
「ちょ」
鼻息の荒いパルスィに押され。
「さあてどこに行きましょうか、それとも逝きましょうか!ああもう本当に妬ましいわ妬ましいわ、今日も変わらず妬ましいわ!」
「なにそれこわい」
あれよあれよ、と、地霊殿に続く穴へと落とされ。
ああ、どうしようか、と。
にとりと将棋をする、という元の予定が潰れてしまった以上、どう言い訳をするかと考えていたが。
「ああもう本当に妬ましいわ!」
などと、満面の笑みで言うパルスィを見ては、どうでも良くなった──とりあえず、今日ばかりは、地霊殿で楽しく過ごそう。
そして今日もまた穴に落ちる。
妬ましそうな彼女を携えて。