「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」
私は瀧くんのお家までやって来ました。
中は綺麗とは言えないけど、汚いとはいえない
普通のお部屋です。
「汚いかな?」
「ううん、大丈夫。それより...」
「?」
◇ ◆ ◇
三葉は辺りを見渡しながら聞いてきた。
「お父さんは?」
「ああ」
三葉と入れ替わっているとき
時々、三葉は親父と会っている。
入れ替わっていた時の挙動不審さを不思議がっていたものの
変に疑ってはいたようだが。
「親父なら『お前ももう二十歳だ。そろそろ親といるのも何かと不便だろう。俺は別のところに越すから』つって引越したよ」
「そうなんだ」
そう言いながらも三葉の目はリビングの壁に掛けられている一つの絵に集中していた。
「これって...」
「三葉と会った後、部屋掃除してたらたまたま出てきてさ。どうせならって...」
三葉の見ていた壁には「糸守湖」の絵が掛けられていた。
8年前、三葉を探すために、無心にスマホで飛騨の湖を探し、手当たり次第に書き上げたときの一作。
「嫌な思いしたなら片付けちゃうけど?」
「ううん、いい。懐かしいなぁ~」
三葉はほんとに懐かしむ目をしていた。
俺もその湖を見るときはどんなに厳しい日でも、心が安らいだ。
「さ、いつまでも見とれてないで、ご飯にしようか」
三葉は絵から目を離すと、
手に持ちっぱだった袋を上げる、
「キッチン借りていい?」
「え、あ、うん。何か手伝おうか?」
「大丈夫だよ。料理得意だから」
そう言って、三葉はキッチンへ消えていった。
その後すぐに声が聞こえる。
「鍋ってどこー」
「ああ、はいはい」
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
三葉、夕食調理中
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
「召し上がれー」
「いただきます」
三葉が作ったのは
定番の?肉じゃがだ。
結構練習したのか、うまい。
「どう?」
「うまいよ」
「良かった~」
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
食事を終え、食後に缶チューハイでのんびりしていると
三葉が口を開いた。
「あのね。正直、糸守での生活なんてうんざりだったの」
「ん?」
「家系は神社の神主で巫女をやらされるし、父親は家をでて、選挙活動なんてしてるし、都会での生活にすっつごく憧れてた」
三葉は糸守湖の絵を見上げる。
「彗星が落ちて、町が無くなって、東京に引っ越してきて毎日が楽しくなったんだ。そりゃあ、さやちんやテッシーと離れ離れになったのは、良かったり、良く無かったり、寂しかったりしたけど、夢にまでみた、いや、見てたか、東京での生活が自分の肌で感じれたのは楽しかったの。でもね」
「でも?」
「糸守湖を見ると自然と気持ちが落ち着くんだよね。都会のギスギス生活から離れて、あの糸守湖が包んでくれる感じがして」
◇ ◆ ◇
「はい」
お酒の勢いもあって、自分の気持ちを話している私に瀧くんは糸守湖の絵を渡してきた。
「え?」
「心が安らぐんだろ?三葉には...その、元気でいてほしいからさ、あげるよ。別に金を掛けた物でもないけど、良ければ受け取って」
気付けば瀧くんの顔は俯いてて分からないが、顔が真っ赤なのは耳が赤いので分かる。
「ありがとう!」
私はその絵を大切に仕舞い、席を立つ。
「もう時間だし、帰るね」
「そんな時間か」
玄関前でくるっと回って、見送ろうとしてくれる瀧くんへ向く。
「たーきくん♪」
「な、なに?」
「今度はうちにおいでよ。もっと美味しい料理用意するからさ」
そう言って私は瀧くんのお家を後にしました。