A remnant of the past   作:速水亜希

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Re:union

「お前……マクレディか?」

 言ってからしまった、と思ったが時既に遅し。バリケードの向こう側に居る彼の目はこちらを値踏みするようなそれをこちらに向け、

「……何故俺の名前を知ってる? 俺はお前なんか知らないぞ」

 至極当然の質問を返してきた。今のが誘導尋問だったら確実に彼は引っかかっていただろうな、まだまだ考えが幼い──などと思ってしまう。

 相手の口調からして、こちらを警戒しているのは間違いない。とりあえず何でも話してきっかけを作って、彼の居るバリケードの向こう側に行かないと──

「……まぁ、お前は知らないだろうがな、俺はお前を知ってるんだよ、マクレディ。とてもよく、と言った方がいいかな」

 言ってみて随分とまあ、相手の神経を逆撫でするような事を口走っちまったもんだ、と内心自嘲してしまう。只でさえ警戒されているというのに。

「ふん、どうせ大方、ビッグ・タウンに向かった連中の誰かが口を滑らせたんだろうな。俺の悪口か何かを。……あんたもそれにつられて来たって言うならお門違いもいいとこだし、少なくともムンゴに利いてやる口なんて持ち合わせちゃいない。俺の気が変わらないうちにさっさと失せな」

 にべもない言葉に少々顔がひきつる。……マクレディは確かに口が悪い。悪いのは今まで付き合ってきたし、そういう性格だってのは知っている……が! こんな幼い時代からこんな口の利き方してたなんて知らないぜ?

「ちょ、ちょっと待てよ、マクレディ」

「うるさい。……それ以上俺を引きとめようとしてみろ、あんたの額にデカイ穴開けても知らないぞ」

 言いながら、幼いマクレディは手にしたままのアサルト・ライフルの銃口をこちらに仕向けてくる。脅すつもりなのだろうが、こちらだって形振り構ってられない。彼自身の記憶を破壊している薬の影響を失くすまでは──けど、その影響って一体どこでどうやって見分ればいいのだろう? ……まさか、今向き合ってる幼いマクレディは既に薬にやられてるって事は……ないよな。

「待てよ。……そういや俺、まだ名乗ってなかったよな。……俺の名前はジュリアンだ。宜しくな、マクレディ」

 名乗りながら、にかっと笑ってみせた──やや顔が引きつっていたかもしれない──が、肝心のマクレディは何も言わず、黙ってこちらを凝視していた。時折眉間に皺を寄せて、こちらをじっと見つめている。どうしたんだ?

「……“ジュリアン”?」

 俺の名前を反芻しながら、何かを思い出している様子だった。記憶の中に俺の名前があるのだろうか? ……でも、本来この時間軸に俺は存在しない。この頃の俺は、まだ連邦のVault111で眠らされ続けていたのだから──

「ああ。……思い出してくれたか?」

 言ってる最中、思い出すも何も俺の名前を知らないだろうに……と内心ぼやいていたのだが、次の瞬間彼の口から出た言葉に俺は目を丸くした。

「……よく、思い出せない……何でだろう? 確か、Vault101に居たとか言ってた……」

 Vault101……!

 思わずあっ、と声を出してしまう。──そうだ。思い出した。俺が初めて、マクレディとサード・レールのVIPルームで出会った時。

マクレディは自分を雇えと言ってきて……そして俺はあいつと交渉して値切って200キャップで彼を雇ったんだった。

 前払いだとぬかすので200キャップが入った袋を差し出して、俺は自分の名前を名乗った後──

 

『俺の名前はジュリアンだ。宜しく』

『えっ……ジュリアン? あんた、ジュリアンなのか? 

 俺を覚えてないか? リトル・ランプライトで市長をやってた頃の俺に、一度会っているだろう?』

 

 あの時、マクレディは俺と同じ名前の別人と勘違いしていた。(※)

 彼が幼い頃、リトル・ランプライトの市長をやってて、その際俺と同じ名前のVault居住者が訪れたとかなんとか……

 その記憶の中のジュリアンと俺が混同しているのだろうか? ──けど、この混同は逆に使えるかもしれない。“Vault101のジュリアン”は、マクレディと会っていたという事実は聞いているのだから。

「……そうだ。俺は、Vault101から来た“ジュリアン”だ。俺を忘れちまったのか、マクレディ?」

 話を合わせようと言ってみたものの、彼の表情は優れない。時折頭を数回、横に振りながら目を細める仕草は、必死で何かを振り払おうとしているようにも見えた。……おかしなことに、その動きと重なって、世界がざざっ、とアンテナ受信がし難い古いテレビのように世界が僅かに砂嵐に変わったりする。──彼の記憶の中の世界が躍動している。揺らぎには不安も恐怖も感じない。不思議なことに、この得体の知れない世界の中で俺はそう感じていた。

「──どことなく変な気がするが……最初からそう言えばいいのに」

 落ち着きを取り戻したらしいマクレディがやれやれと言った様子でこちらに声を投げかけてくる。どうやら俺を記憶の中のジュリアンと俺を認識したみたいだった。

「そう言う前に手にした銃を向けてきたのはそっちだろ」

 言ってから、ああ、まるで俺はいつもの姿の彼に言う口調と変わってないじゃないかと毒づく。──その時、脳裏に言葉が飛び込んできた。

『ジュリアン! ようやく見つけた!』

 Dr.アマリの声だった。……どうやらマクレディの脳内から俺を見つけてくれたらしい。ほっとする。導き手である彼女が居るのと居ないのとでは大違いだ。

『よかった。……マクレディの記憶領域に一部反応があったから、それを辿ってみたらあなたに行き着いたのよ。ケロッグの時とは違って、破壊されて読み込めない箇所と、されてない箇所は半々といったところだから、見つけるのにかなり手間取ったけど──あなた何か彼の記憶に反応を示すような事をした?』

 反応? ──そういや、さっきこの世界が砂嵐のようになったりしたな。あれが反応というものなら、そうなのかもしれない。

『……とりあえず無事にマクレディの脳内に侵入は出来た。ちょっと離れた場所にマクレディも居る。この場所は何処だか分かるか? 

 俺の名前を名乗ったら……何か思い出すような事をしたな。どうも昔、俺と同じ名前のVault居住者と会った事があるみたいで──』

 アマリの声はこちらの脳裏に直接響いてくるため、バリケードの向こう側に居るマクレディには聞こえていない。……こちらの声が聞き取れるかは分からないが、とりあえず俺は返事を声に出さず、頭の中に思うようにして返答してみた。

『大丈夫。ちゃんと聞き取れてる。……今あなたが居る場所はマクレディの脳内でいうと第12セクターの領域内。現在22歳みたいだから、およそ10年前ね。私は年代別にセクター分けしているからこう呼んでるけど。

 アンハッピーターンの影響が少なからず及ぼし始めている領域よ。既にいくつかのセクターからは反応が無くなってるのもある。思った以上に薬の影響が強いみたい。急いだほうがいいわ』

『急いだほうがいいっていうけど……俺は実際この世界、いやマクレディの頭の中で何をすればいいんだ?』

 当たり前だが大切な質問をしてみる。彼女は返答に窮しているのか、しばし間が空いた後──

『正直なところ、分からない。どうすれば薬の影響を消し去る事が出来るかは私にも分からないの。ただ……記憶を破壊するものは確実に居る。それは彼の記憶の中で実体化をしているのは間違いない……筈よ。終わりの無い悪夢を延々と見せられると思ってもらったほうがいいかしら。

 彼の記憶には居ない、もしくは居ても何かしら記憶と違う存在が必ず現れる。それを何とかして打ち破れば、薬の影響は徐々に威力を失い、無効化されていく筈。……科学者のくせして、仮定ばかりの話でごめんなさいね。けど……こんな事私も初めてだから』

 元々第三者の記憶領域に入れるようになった事だって驚きなのに、それ以上のことを聞いてもそりゃ、知らない事に返事を窮するのは当たり前だ。要するに、倒せばいい。

 俺の無い頭を絞ってもいい知恵なぞアマリ以上に出てくる筈がなかろう。元軍人として、マクレディの相棒として、やるべき事は悪夢の存在を倒せばいいという事だけだ。

『Dr.アマリ、その悪夢……アンハッピーターンの存在が分かるか? もし検知出来るようなら教えてほしい。あとはこっちで何とかしてみる』

『わ、分かったわ。何とかやってみる。とりあえずマクレディの近くに居れば、必ず影響が現れるはずよ。気をつけて』

 よし、と──思った直後、ごぅん、と音を立てて目の前のバリケードとして成っていた巨大な一枚板が装置か何かによって持ち上げられた。いきなり大きな音が立った為か、先程の話の事もあって薬の影響が現れたのかとびくっとしてしまう。……が、そうではなかった。

 バリケードの向こう側、明りの灯された岩肌むきだしの広間の真ん中に、マクレディがぽつんと突っ立っている。どうやら彼が開けてくれたらしい。気が変わらないうちに走ってバリケードをくぐり、マクレディの目前に立った。

 ……思った以上にマクレディは小さかった。頭一つ分大きいヘルメットにゴーグルをつけたものを被り、あまりに大きいそれがずり落ちないように工夫しているのか、頭とヘルメットの間には白いスカーフを首元まで伸ばし、マフラーのように結んで垂らしてある。その代わり、ヘルメットと首を固定するベルトは結わずに耳元で垂れ下がっていた。

 帽子と同じ色の深緑の分厚いジャケットを羽織り、サスペンダーのように両肩に引っ掛けたベルトで固定してある。先程まで手にしていたアサルト・ライフルは背中に背負っていた。……どうやら彼の攻撃対象から外れたようだな。

「入れてくれてありがとう、マクレディ」

 にこやかに挨拶をきめてみたが、当の本人はじろり、とこちらを見据え、

「俺を呼び捨てにするな。いくらあんたでも呼び捨てにしていいなんて言った覚えはないぞ。もう忘れたのか? 俺の事は“マクレディ市長”と呼べ、って」

 つっけんどんな物言いに顔が再び引きつる。……しかしここで怒っても仕方が無い。だけどこういったあしらいをされてきたであろう、Vault101のジュリアンは内心どう思って対処してきたんだろうな……と心の中で不安になった。

「あ、ああ、すまないなマクレディ市長。俺の言い方が悪かった」

 素直に謝ると、彼はふん、と鼻を鳴らしてすたすたと歩いていってしまう。慌てて俺は彼の後を追ってみたものの、「着いてくるな」の一点張り。

「そうは言っても……ここはリトル・ランプライトなんだろ?」

「当たり前な事をもっともらしく言わないでもらおうか。市長は忙しいんだ」言いながら奥へとどんどん歩いていくので、俺は彼の行く先を封じるかのように走って目の前に立ってみる。

「……どういうつもりだ?」と、苛立ちを隠せない表情でマクレディが呟いた。ガキの癖に凄みだけは一級品だな、──けどそんなの俺には通用しないぜ、マクレディ。

「ここの中を案内してくれよ。市長なんだからこの洞窟内の事なんて知り尽くしてるだろ?」

 変わらずにこやかに言う俺と対照的に、これまた変わらずマクレディは上背が彼の頭一つ半高い俺を睨み付けながら、「断る」ときっぱり言ってくる。……かわいくねー奴。

「ああ、そうかい。……じゃあそれでもいいさ。俺はお前の傍から離れないからな」

 と言ってのけるとさすがに変だと感じたのか、

「は? 何寝ぼけた事を言ってるんだ、あんた? 俺の腰巾着にでもなろうって魂胆か?」

 腰巾着? ガキに──といっても12歳だが──似合わない言葉が出たと思うとおかしくて、思わずぷっと噴出してしまった。そんな俺をマクレディは憮然とした表情で見上げてくる。

「はは、おかしなことを言う奴だな、……そうじゃないよ。言うなれば、俺はお前の護衛を務めるみたいなもんさ。俺の事は気にしないでリトル・ランプライトを見回ればいい。ただし俺はお前の後ろをついて離れないからな。……ん? という事はやっぱり俺はお前の腰巾着みたいなもんか?」

 にやにやしている俺を他所に、マクレディは俺の脇を通ってさっさと先に歩いていってしまう。ついていけない、といった態度に、不思議と親しみを覚えた。ショーンが大きくなったらあんな姿になるのかな──でもあいつみたいな酷い口答えをするような少年には育って欲しくない。

「待てよ、マクレディ」

 踵を返し、彼の歩く方向に声をかける。黙って歩いて行ってしまうかと思いきや──つ、と彼の足が僅かな間、歩みを止めてくれた。こちらには顔を向けず、けど背後から近づいてくるであろう俺の足音を確認した後に再び歩き出す。

 何だ、素直じゃない奴だな──にやにやしてしまう。思えば彼はこういう性格だったよな。ガンナー連中と手を切るために手を貸した時だって、こちらから言わなければ彼は水を向けてはこなかった。

 苦しんでる時、助けが欲しい時、手を差し伸べてくれる人がいればどれだけ有り難いかをこの時の彼はまだ知らなかったのだろうか。

 

 リトル・ランプライトの中を歩いていくうち、辺り一面岩肌だらけの世界の中で居住施設や商品を売るお土産屋などの建物が点在するのには驚いた。時折記憶がテレビに映る砂嵐のようにぶれ続けたりするものの、マクレディの記憶の中に存在するリトル・ランプライトの世界に俺は感心していた。……どうやらここは観光地だったようだ。しかしどうして子供だけの世界を作る事になったのかは分からないままだが──

 その岩肌ひしめく広大な洞窟の中で、見かけた人物は一人も居なかった。……いや、俺だけが見えていないと言った方がいいかもしれない。

 先頭を歩くマクレディは時折、顔を動かしてはその方向に居るであろう誰かに話している仕草を見せるのだが、俺が見てもそちらには誰の姿も見えなかった。……何故だ?

『Dr.アマリ、どうして俺には見えないんだろう? 記憶が侵食されているせいか?』

 問いかけると、彼女はすぐに応じてくれる。傍にいるという証が心強い。 

『……まだその辺りにおかしな変化は見られないわ。恐らく、単に彼の記憶の中にインプットされて無いだけじゃないかしらね。それを忘却と云うけど』

 なるほど。そういう事も考えられるな。けど建物とか風景は記憶が鮮明に残っているらしい。戻れない故郷を鮮明に記憶に焼き付けようとしたのか、そういう経緯があったのかもしれないと思うと感慨深いものがあった。

「さっきから何をじろじろと見てるんだ?」

 辺りをきょろきょろしてたのが癇に障ったのか、こちらを振り向いてマクレディが声をかけてくる。俺の一挙一動が目につくのだろう。そりゃまぁ、記憶の中のVault101のジュリアンと俺は違うからな。どんなもんかと見てみたくなるのは当然さ。

「いやなに、ここがお前の故郷なのかと思うと、見ておきたくなってさ」

「……? 何訳が分からない事をぬかす? ここが俺の故郷だとしても、それがあんたに何の関係がある?」

 言われてみればその通りだ。でも……

「知っておきたいんだ。……お前はまだ、この場所でどういう事があって、どういう生き方をしてきたのか、俺に話してないからな」

 こんな事言ったらますます混乱するだけだろう──けど実際、マクレディはこの場所の事をあまり話してくれないのは事実だった。話したくない理由も分かっている。

 本来、俺がやっている事は彼にとっては決して有り難い事ではないのかもしれない。自分の記憶を第三者に曝け出しているも同然なのだ。知られたくない事があったら尚更隠すものだろう。──けど俺はマクレディを助けたいから来た。その行為が結果として彼にとっては身を切るような出来事だったとしても、俺は彼の辿ってきた歴史というには短すぎる生涯を、決して馬鹿にしたり卑下したりはしない。

「俺がそう言う事をぺらぺらと話すような奴に見えるのか、お前には?」

 鼻で笑いながらマクレディは言った。嘲笑に近いものだったが。

「ははっ、……まさか」手をひらひらさせながら言いつつ、「──だから自分なりに記憶に留めておくんだ。“頭上に岩だらけの天井があった方が居心地がいい”とか、ここに住んでた住人の話とか、言うだけ言っておいてお前はその背景を一切話しちゃくれないしな」

「……俺じゃない誰かの話をしているんじゃないか? それとも俺をからかってるのか?」怪訝な表情でマクレディが呟く。俺は小さいマクレディに近づき、彼の肩にぽんと手を置いた。……心なしか、あたたかみを感じる。

「マクレディ……市長、あんたにとって、ここは居心地のいい場所だったか?」

 手を振り払われるかな、と思ったが、マクレディはそんな事をせず、相変わらずこちらをじろりと睨み付け、「だから、なんでそんな事を聞いてくる? さっきも言ったが、お前に何の関係がある?」

 それは俺が、お前の事を知りたいからだ──と、返事を返そうとした時だった。

『ジュリアン!』頭の中に響くDr.アマリの声。

 突然金切り声のように響いてきたもんだから思わずびくっとしてしまい、それが肩に手を置いているマクレディにも伝わったらしく「おい、どうした?」と顔を上げて疑問を口にしてくる。

『おい、どうしたってんだ? 今マクレディと話を──』

 しかし、こちらの返事を最後まで聞くつもりはないのか、再びDr.アマリの声が脳裏に飛び込んできた。

『近づいてきてる。アンハッピーターンの影響がすぐ近くまで。……ああもう、さすがに何処からとは分からないけど、あなたの傍に居るマクレディを狙っているのは間違いない。用心して!』

 くそっ、と思わず声に漏らしたのをマクレディが耳ざとく聞きつけ、

「は? 誰がクソだって?」勘違いしたような事をぬかしてくる。……今はそんな事で言い合ってる暇はない。俺は辺りを見渡しつつ、

「マクレディ、俺の傍を離れるな」

 肩においていた手をずらし、彼の手を握る。突然手を握られて何をしでかすのかと彼は一抹の不安でも覚えたのか、

「おい、なんだこの手は! 離せ!」彼は言いながらぶんぶん手を振ってくる振り払おうとしてくるではないか。

「静かにしろ!」と──マクレディに一喝したと同時に世界が一段階、暗くなったような気がした。……先程まで煌々と照らしていた豆電球の明りが奇妙な事に明滅し始めている。……近づいてきているのだ。薬の効果が。

 と──辺りが暗くなった事で気をとられていた隙を狙ったのか、マクレディが力いっぱい振り払ったせいで思わず握っていた彼の手を離してしまった。──まずい!

「こちらの気が緩んだ隙に、俺をパラダイス・フォールズにでも連れて行くつもりだったのか? そうやって俺達を攫っては奴隷商人に叩き売るムンゴを何人も見てきたからな!」

 叫びながらマクレディは俺から距離を取ろうと小走りで向こう側──どんどん暗くなっている方向へと走っていってしまう。くそっ、彼の手を離しちゃまずかったのに!

「マクレディ、誤解だ! ……というかそっちに行くな!」

 こちらも走って彼の後を追いかける。

 パラダイス・フォールズという地名は知らなかったが、奴隷商人という言葉でなんとなく察しはつく。キャピタル・ウェイストランドにはあるんだな……そういった奴隷を扱う商人の町が。

 走っていくと、マクレディがかなり先で突っ立っている。辺りの電球は明滅を繰り返しており、暗がりのほうが分配が強くなってきている。早く行かないと彼の姿が闇に飲まれてしまいそうで──はぁはぁと息を荒がせながら走った。狭い洞窟内で走るのは危険だったが、形振りなぞ構っていられない。

「……マクレディ、そこから、動く、な」

 息も絶え絶えで彼の傍まで走っていくものの、先程のように走って逃げようともしない彼の態度に違和感を覚え──視線の先に目を向けてみると、最初俺が入ってきたものとは別のバリケードが作られてあった。それはいいのだが──そのバリケードのこちら側に人が立っている。──背の小さい、膝丈まであるピンク色のワンピースを着た少女だった。

 髪は短く、ヘアバンドをしており、こんな洞窟の中で住んでいる割には小奇麗な感じに見えただろう……彼女の周りを覆うようにして蠢いている黒い霧のようなものさえなかったら、だが。

「な……なんだ」

 俺の声に反応したのか、マクレディが仰ぎ見ながら「くそ、お前、まだ俺の事を──」と言ってくるが、おかしなことにマクレディはその場から動けない様子……動けない?

 ばっと彼の足元を見ると、黒い霧状のものがマクレディの両足を覆っているではないか。……まさか、あれが──

《マクレディ、あんた、何やってる訳?》

 異質な声が響いてくる。どうみても人間の声じゃない──ノイズ混じりの、抑揚のない機械音声のような声が、少女の口から発せられたものだと気付くまでに僅かばかり時間を要した。

「なにをやってるか、だと……」マクレディは足を動かそうとするも、黒い霧がまとわりついているせいか、その場に立ち尽くすしかない格好になっている。辺りの電球は激しく明滅を繰り返し、闇と光を交互に繰り返しながら、明りが灯る度に少女が音も無く近づいてきている事に俺は若干戦慄した。

 今まで実体している他人を見ていない。マクレディはこの記憶の保持者、俺はそこに入り込んだ異質な存在。そしてそれ以外の存在といったら……アンハッピーターンの影響しか考えられない。彼女はマクレディの記憶の中に居る人物を借りた悪夢そのものだ──

 音も無く近づいてきた少女はマクレディの目前でひたりと止まると、ぎろりと俺を睨み付けてびっ、と左手の人差し指を突きつけ、

《やってるじゃない。ムンゴをこの中に入れるなんて、あんた頭どうかしてるの? 市長として自覚ある?》

「自覚だと? 少なくとも俺はプリンセス、お前みたいな無茶な提案を市民に要求したりはしていない。お前のほうが余程──」

 プリンセスと呼ばれた少女──恐らくあだ名だろうが──は、俺に向けた指下ろすとにたりと君の悪い笑みを浮かべ、マクレディの胸倉を突然ぐっと掴んだ。マクレディが息を詰まらせる音を立てる。

「おい! 何やってるんだ──」

 マクレディを掴む彼女の手を掴もうとした自分の手だったが──すっ、と、彼女の腕を貫通し空を切った。えっ、と考える余裕も与えず、何の手ごたえも与えず、空を切ったのだ。……どうして?

「プリンセス、俺に掴みかかるとはいい度胸してるな、もう一度殴られたいのか? 5分で政権交代させたあの時と同じように?」

 変わらない口調でマクレディがプリンセスと対峙している最中も、俺はなんとか彼女の腕を引き剥がそうと躍起していた。が、虚空を切るだけで何もつかめない。黒い霧がどんどん強くなってきているのに。

《ああ、そうだったねぇ、あんた、私を殴ったんだったっけねぇ。

 じゃあ何倍にも返してやるよ。そうすれば、皆目が覚めるでしょ。……あんたがどんだけ軟弱者か、ってね!》

 言うが否や──プリンセスは空いていたもう片方の右手で、次の瞬間にはマクレディの左頬にグーパンチをめり込ませていた。

 止める余裕もなかった。マクレディは成す術なく吹っ飛ばされ、岩肌に背中を叩きつけられて倒れてしまう。──明らかに少女の力ではない。悪夢そのものとDr.アマリが言ったのはあながち間違いじゃないのかもしれない。

「マクレディ!」

 慌てて駆け寄り、身を起こしながら彼の頬を叩く。うぅ、とうめき声をあげながらも彼は何とか意識は保っていたが朦朧としているらしく頭がくらくらしている様子だった。

『Dr.アマリ! どうすればいい? 俺じゃ彼女──違う、アンハッピーターンの影響を止められない! 俺はその影響に触れるどころか、攻撃すら出来ないんだ!』

 呼びかけると、これまた慌てた様子のDr.アマリの声が響いてくる。

『そうだったわね……その可能性を捨ててたわ。彼の脳内にとって、彼と、現在影響を及ぼしている薬の効果以外触れられるものはないって……あら? でも、ジュリアンはマクレディに触れたのよね?』

『触れるも何も、今も彼の身体を抱えているが?』呼びかけに応えつつ、俺は彼の身体を抱えこみ、プリンセスの居るほうを向く。彼女はにたにた笑いながら、音も無くこちらに近づいてきていた。

『……ああそうか、ジュリアンは今マクレディと一時的とはいえ“道”が繋がっているからなのね。なら、影響に攻撃を与える事も出来るようになる筈よ。

 繋がりを強く認識するの。彼に触れていたほうがいいかもしれないわ。そうすれば多分──』

 強く認識ったってな──けど、このままじゃマクレディがやられるのを黙って見てるだけになっちまう。手段はあるんだ。彼を助ける希望の光は。

 手探り状態の俺を他所に、音も無く近づいてきたプリンセス──いや、すでに黒い霧と同化しており見分けがつかない──が、赤い口を開いてにやりと笑ってこちらを見据え、

《そいつを寄越せ》

「断る」

 言い切ると同時に、黒い霧がぶわっ、と自分に襲い掛かった。マクレディの足についたもの同様、四肢にまとわりつこうとするも霧は俺の足を通り過ぎてしまう。

《何故だ! 何故お前は影響を受けない!》

 蠢く霧が、相変わらずノイズ混じりの機械音声で叫ぶ。そりゃ俺は彼の記憶の中の存在じゃないから、薬の影響は一切受けないだろう。

「あんたの影響なんかこれっぽっちも受けないさ。俺はマクレディを助けに外からやってきたんだ! 彼の記憶を是正するためにな!」

 叫びながらそうだ、と確信した。俺はマクレディを助けに来た。それだけに意識を集中すればいいんだ。何を難しく考えていたんだ? 俺。

 黒い霧からマクレディを遮りながら一つだけ願った──この黒い霧から彼を守るために俺は来た。──そのための力を俺に与えてくれ。

 思うと同時に、右手に何かが具現化しはじめた。すぐにそれが俺がいつも愛用しているコンバットライフルだと気付く。重さを感じないそれは、小さなマクレディを抱える俺の手でも扱えるものだった。

「う、っ……」マクレディが呻きながら朦朧とした意識から回復した様子で、頭を振りしな、薄ら目を開けてくる。

「よぅ市長、立てるか?」彼の顔を覗き込みながら言うと、瞬間びくっと身体を震わせたマクレディが、次には自分が相手に抱えられているものだと悟り、

「なっ……何を馬鹿な事をしてるんだ、さっさと下ろせ!」変わらず悪態を吐いてくる。やれやれ、威勢だけは一丁前だな。

「下ろすのはいいが、決して俺から離れるなよ。いいな?」念を押しつつ、俺は彼を開放してやった。立ち上がった彼は辺りを覆う黒い霧の先を見て、再び身体を震わせた。

「あれは……プリンセス?」

 既に霧で覆いつくされた黒い物体を凝視している。まだプリンセスの実体を得ているのだろうか? 俺には黒い霧の塊にしか見えないのだが──

 彼にとっては、彼女もまたリトル・ランプライトの市民だ、本来ならば彼の眼前で彼女を撃つのは気が退ける──またも誤解を受けるかもしれない。けど、倒さなくては彼の記憶はいずれ蝕まれてしまうのは間違いない。──誤解なぞ、後で幾らでも弁明できるさ。

 身を屈めて片膝で立ちながら、俺は照準を彼女──もとい、アンハッピーターンに合わせた。マクレディは黒い塊を見て畏怖したのか、俺の背後に後じさりしていく。

 彼の爪先が、俺のブーツの踵に触れているのが唯一、彼と触れている箇所ではあった。そこだけ不思議と温かみを感じるのだ。

 俺は躊躇わずに引き金を引いた──ぱしゅっ、とサイレンサーつきの影響もあって、僅かな空気音のみで発射した弾は照準から違うことなく霧にぶちあたった直後、ぎゃっ、とうめき声と同時に銃弾を受けた場所からまばゆい光が一筋零れ出てきた。

 それがきっかけとなり、黒い霧を貫くようにいくつも光の筋が溢れていき──やがてばんっ、と四散するような音を立てて……霧は消えた。

 明滅を繰り返してた電球は何も変わらず、岩肌だけのリトル・ランプライトを煌々と照らしている。──不思議と辺りの温度があったかくなった感じに思えた。

「な……なんだったんだ、今のは?」

 マクレディがぽつりと漏らす。俺は立ち上がり、コンバット・ライフルを背中に背負ったホルダーに掛けると、振り向いて再度腰を屈め、彼の目をじっと見た。

 脳裏でDr.アマリが『やったのね? 薬の影響が消えてるわ!』などと叫んでいたが俺は返事を返さず、マクレディの双肩に両手を置いた。

「もう大丈夫だ。脅威は居なくなった」

「脅威って……さっきまであった黒い何かか?」

 そうだと答える。俺はそれからお前を救いにここに来たのだ、ともくっつけて。

「よく分からないが……あのプリンセスのパンチはきつかった。腫れたら暫く口が開きにくくなるかもしれないな」

 またしても噴出してしまう。やれやれ、お前は随分とタフガイなんだな。まぁ、だからここでも、キャピタル・ウェイストランドでも、そして連邦でも生き残ってこれたのだろう。

「マクレディ、……さっきは誤解させるような事を言ったりして悪かったな。

 でもこれで分かっただろ? お前の傍を離れないって言った意味が」

 にやりと笑ってみせると、気持ち悪いとでも思ったのだろうか、彼は俺の手を丁寧に肩から下ろすと、「……離れたくないなら好きにすればいい」とだけ言い捨ててさっさと広間の方へと戻っていってしまう。やれやれ、全く素直じゃないな。

 俺も立ち上がり、彼の歩いて行った方向に足を一歩踏み出そうとした瞬間──突如その足元が消えた。ぱっ、と、何の前触れもなく。

 えっ、と思う余裕すらなく、引力に逆らえず俺の身体が落ちていった。自らの制御が利かないまま落ちていくと、やがてぼぅ……とにわかに周りが明るくなったと同時に、再びあの記憶の欠片がまとわりついてきた。

「またこれかよぉぉ?!」

 叫びながら上を見上げると、先程まで自分が立って居た世界がぴかっと輝き、同時に一枚の記憶の欠片となって辺りを漂い始める。やがてそれは集まり旋風のように、俺の身体をもみくちゃにしていく。

 今度は何処だ? 何処に飛ばされるんだ──!

 纏わりついてきた記憶の欠片が、最初に見た時同様ふっ……と消えたかと同時に、再びあの衝撃が顔全体に広がった。ばん! と叩きつけられるようにして顔を地面にめり込ませている自分。……だから、何でこうなる?

「いっ、いて、ててて……」

 めり込んだ顔を持ち上げ、腰を上げて辺りを見渡すと──外の世界だった。とはいえ、あたりは真っ暗で、明り一つ見えない。荒野の真ん中で地面に叩きつけられるとは、なんとも情けない話だが、生憎誰の姿も気配も感じなかった。

「道理で土臭い訳だ……」

 顔についたものを手で払うと、簡単にそれが落ちる。長い間雨が降っていないのか、ぱさぱさで水分を含んでいなかった。落ちやすくてありがたいが、とても不安になるものだな。──けど、ここは何処だろう?

 Pip-boyの明かりはリトル・ランプライトに居た時からつけっぱなしだったが、何故か見てみたら消えていた。明りをつけつつ、今居る場所が何処なのか分かるかと操作して地図を表示させようにも、画面は何の反応も示してはくれない。

 所詮意識で作っているだけあって、本物と変わらぬ動きなどする訳ないか──やれやれと漏らしながら、何処に行こうかと辺りを見渡した瞬間、遠くの方でちらっ、と人影が動いたような気がした。

「……誰だ?」

 アマリに呼びかけてもまた俺を見失ったのか、反応がない。どうやらあの人影を頼って行くしかなさそうだった。一人ではなかった気がしたが。

 人影は建物の一角に消えたようだった。その中に入ったのだろう。月の無い夜の荒野を走っていくと、やがてその建物が見えてきた。エスカレーターが4台位並列してあり、その下、踊り場を経て扉、というかフェンスで作られたそれが一つあるだけ。勿論エスカレーターはどれも動いておらず、辺りは静まり返っている。

 入り口脇につけられてある看板を見ると──どうやらここは、地下鉄の駅のようだった。

 




※の箇所について、これは中の人のみの設定ですが、FO3の主人公(Vault101のアイツ)も同じ名前(ジュリアン)でプレイしていたため、敢えて同じ名前の人とマクレディは10年前に会っていた、という独自設定をつけています。ここらへんの流れは中の人のメインブログ
http://skyrimjulian.blog-rpg.com/fallout4%E3%80%80%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E5%89%B5%E4%BD%9C/quirk%20of%20fate
にあるのでそちらも参照していただければ。


 次の話が中の人が最も書きたかった話になりますね。この話を書くためにこの物語を作ったといっても過言じゃないです。
 楽しんでいただけたら幸いです。毎回長くてすいません;;

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