走れセリヌンティウス   作:せりぬん

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後編『野郎、ぶっ飛ばしてやる』

 ――待って?

 え、いや……え? ごめん。ごめん待って。ちょっと待って。

 

 あっれえー!?

 

 いや、え? おかしくない? え? いや……え? なんで? なんでそうなったの?

 なんで来ないの? もう時間過ぎちゃったんですけど!?

 ちょちょちょちょちょっと待って待って待っておかしいおかしいおかしい。

 死ぬじゃん。

 え、これ俺死ぬじゃん。

 

「……時間だな」

 

 王が言う。どこか物悲しそうに。

 いや物悲しそうにじゃねーよ。

 俺のほうが悲しいわ。何ちょっと実は帰ってくることを期待していた人を信じたかった的なオーラ出してんだよ。そもそもお前のせいでこうなってんだよ。

 

「馬鹿な……!?」

 

 何が起きたというんだ。

 何が起きたというんだ(一秒振り二回目)。

 メロスの気が変わった……? やはり死ぬのが惜しくなって俺を見捨てたというのか……!?

 いや、でもメロスだぞ――あのメロスだぞ?

 心優しい、曲がったことを許せない正義感を持つ羊飼い。羊を喰うか喰わぬかで何度喧嘩になったことか知れぬ。そんな奴が俺を見捨てるとは――あれ? もしかしてフラグ立てるのに失敗した? メロスとセリヌンティウスはズッ友でも、メロスと俺はfriendの後半三文字だった的な!? 混乱しすぎて何言ってんのか自分でもわかんねえ!

 

 そのときだった。

 広間に、ひとりの男が飛び込んできたのである。

 

「――メロスか!」

「メロスではございません」

 

 なんとかストラトスさんだった。

 

「お前かよ! なんでだよ! それは違うだろうが!!」

 

 ぬか喜び!!

 俺は叫んだが、なんとス(省略形)も叫んだ。

 

「それどころではございませんぞ、セロリ様!」

「野菜!」

「大変ですぞ!」

「知ってるけどね!?」

「――メロス様が!」

 

 奴は言う。

 

「メロスなら来てねえよ、あの野郎! 裏切りやがった!」

「違います! メロス様は街道で山賊に襲われ、捕らえられているのです!」

「な、なんだって――!?」

 

 まさか嘘だろ待って待ってウェイト。

 リトルタイムモアプリーズ(めちゃくちゃ)。

 

「メロスが山賊如きにやられるとは思えん! 何かの間違いではないのか!」

「事実です! 私はメロス様に助けられことづけを授かったのです!」

「おいテメーお前のせいでメロス捕まったんじゃねえだろうな!」

「違います。数十にも上ろうという山賊、いくらメロス様でも多勢に無勢だったのです」

「多くないですぅ!?」

 

 なんで!? なんで増えてんのホワイ!?

 こんなこともあろうかと、メロスの障害になりそうな一帯の山賊はあらかじめぶっ飛ばしておいたというのに! この念の入れようでどうして――

 

「なんでも近頃、山賊を薙ぎ倒して回る男が出没するようになったそうで。この辺りの族は徒党を組むようになったそうなのです」

 

 ――あああ俺のせいだったー!

 自業自得だったー!

 

「これがバタフライエフェクトというヤツか……っ!」

「わけのわからないことを言っている場合ではございませぬぞ!」

「わけわかんねーのはこっちですけどねえ!?」

「メロス様からの言伝をお伝えします。私が最後に預かったのです」

 

 どんな状況だったの!?

 お前あれだろ、それ隠れて見てたろ!

 

「まあいい、なんだ! 言え!」

「――『なんかすまん』」

「…………」

「『向こうで食おう』」

「……………………」

「『ジンギスカン』」

「…………………………………………」

「以上です」

「異常じゃなくて!?」

 

 一句読んでんじゃねーよ!

 辞世の句か!? 何あっさり諦めちゃってんの!?

 なんかすまんとジンギスカンをかけたつもりなのか!?

 せめて向こうで会おうって言えよ!

 羊喰ってんじゃねーよ!!

 

「――赦せぬ……っ!」

 

 不意に。俺の中に怒りが湧き出てきた。

 ――なぜこうなる。

 俺がいったい何をしたというんだ。

 友を信じ、愛に殉じた――そんな俺がこんなあっさり命を散らすなど許されていいものだろうか。いや違う。

 

「赦せぬ! 赦せぬのだ、そんなことは!」

 

 ざわりと周囲がにわかに湧き立つ。

 だがもはや、俺はそんなことは気にしていられなかった。

 

「――王よ! お話があります、王よ!!」

「な、なんだ……?」

 

 ちょっと狼狽えたように王が言う。

 だがもはや、その姿すら俺の視界には入らない。

 

「命乞いなら聞かぬぞ!」

「違うのです!」

 

 そうだ。それは違う。

 俺はそんなことを求めていない。

 

「約束のため、友のために捧げたこの命! 今さら惜しもうとは思いませぬ!」

「ならば――」

「ですが!」

 

 ただ。

 

「ですがあまりに! あまりに悔しいではありませぬか! 友をために駆け抜けたメロスと、その友を信じ待ち続けた私たちが! こんな運命の悪戯に引き裂かれるなど、あまりに無体というもの!」

 

 まあ。

 

「もちろん約を違えようとは思いまえぬ! 私の命はもう要らない! ですが! このまま友を喪うのはあまりに口惜しい――私に、私に友を救いに行かせてください!」

 

 言い方変えただけで。

 

「私は死ぬことでしょう。メロスも死ぬことでしょう。ですが、山賊如きのために友の命が散らされるのはあまりに惨い!」

 

 命乞いなんですけどね、これ。

 

「そんなこと――聞けるわけがないだろう!」

 

 王は言う。

 うるせえ知ったことかボケェ!

 

「どうか、どうか私がメロスを連れてくるのを待っていただきたい! 友の命を、山賊如きの手で散らされないようにしていただきたい!」

 

 だって!

 殺すなら!

 

 ――俺がやるわあ!!

 

「むぅ……なんという潔さ。命を捨ててでも友を救おうというのか……」

 

 言ってないけど、そんなこと!

 俺が! 奴を! ぶっ飛ばさなければ気が済まないというだけだ!!

 

「しかし約束は約束……それに、そんなことを言って逃げるかもしれぬ。やはり貴様はここで死ななければ」

 

 王はまだそんなことを言う。

 ええい、邪智暴虐ではなく無知凡骨の間違いではないか!?

 

「今さら私が命を惜しむとお思いか!?」

「だが――」

「見ろ! 私を――私のこの姿を見よ、王よ!」

 

 俺の叫びに。

 王が、一歩を後ずさった。

 俺は言う。

 

「――――これが生きていると言えるのか!?」

「……!!」

「もう死んでいるとは思わぬかっ!!」

 

 社会的にネ!

 駄目だよ。

 もう駄目だって。

 俺もうシラクスでは生きてけねえよ実際。

 

「我が血脈はすでに尽きた!」

 

 糞尿も尽きた!

 

「王よ、見るがいい。あるいはこの姿が王の行く末かもしれぬ(根拠はない)。さあ、目を背けず、この糞尿撒き散らして無様に半裸っている哀れな俺の最期を目に焼きつけよッ!!」

 

 人質云々というより。

 もう単純に、不敬罪で処刑されてもおかしくないレベルだった。

 

「むぅ……」

 

 だが王は、どうやら場の空気に呑まれたのだろう、一理ある的な表情で呻く。

 同時に周りで声が上がった。

 

「た、確かに……王よ、彼はもう死んでいるのかもしれませぬ」

「なんだと……」

「そうだ! 私も見たぞ! さきほど彼は何もない空間に話しかけていた! きっと神を見たに違いない!!」

 

 流れが、なんだろう。風……そう、風が来てる。

 着実にセリヌンベクトルに流れてきている。

 今ならなんかデカいことができそうな気がしてくる。山賊潰すとか。

 

「友を救い、王に処刑されようというその心意気を認めてやるべきでは!」

「そいつはたぶんもう駄目なんだ! 人としての心を喪い、代わりに神の視点を手に入れたのです!」

「王よ! これこそが天祐かもしれませぬぞ!!」

 

 民衆たちの声が力になる。

 友情が。

 努力が。

 ここで勝利を呼んでくるのだ――!

 

「ふん……ぬぅ……っ!」

 

 全身に力を籠め、肉体の限界値を超える。

 俺はセリヌンティウス。

 シラクスの市の石工セリヌンティウス!

 

 その生き様を!

 最後の輝きを目に焼きつけるがいい!

 

「ファイト……いっぱああああああああああああああああああああつっ!!」

 

 俺を磔刑にしていた十字架が、根元から抜けた。

 背にクロスを担ぎ、俺は自由を再びこの手中にする。

 

「おお……!」

「奇跡だ……!」

 

 民衆の声がした。

 

「王よ。我がただなんの理由もなく糞尿を撒き散らしたと思ったか……?」

「まさか……木の根元を腐らせるために……っ!?」

 

 ぜんぜん違う。

 なんの理由もなく撒き散らした。

 でもまあ今はいい。

 

「王よ――」

 

 俺は言う。

 両手を十字に縛られ、まっすぐ横に伸ばしたままのかなり無理のある姿勢で。

 

「――しかと、その目に焼きつけれよ。セリヌンティウス、一世一代の最終疾走(ラストラン)を――!」

 

 俺は横合いに視線を向けた。

 向けようとして割と無理だったので、腕横ピーンのまま体ごと捩じった。

 

「ティロストラトスよ」

「ひっ!?」

 

 訂正が入らなかった。

 ……あの。もしかして引かれてる……?

 うん、まあいいや。たぶんあってたってことだろう。きっと。

 つーかもう今、すごい世界の全てがなんでもいい感じになってる。

 

「後は任せた」

 

 友の頬を力いっぱいに殴るため。

 今、命を賭して駆け出す男の名前を覚えておけ……!

 

「行ってくるぞ、テロストラトス」

「……フィロストラトスです」

 

 果たして、フィロストラトスは言った。

 どちらかと言えば、テロをしているのは俺だった。

 倫理的テロリストだった。

 

「セリヌンティウス様、これを」

 

 と、件の娘さんが、俺に布を与えてくれる。

 生憎と手が塞がっていて受け取れなかったのだが、彼女は俺の背の十字架にそっと、赤い布を結びつけてくれる。

 赤いマント。

 なるほど――実にヒーローらしいではないか。

 

「――行ってらっしゃいませ、セリヌンティウス様」

 

 フィロストラトスの言葉に頷いて答える。

 そうだ。

 

 ――走れ、セリヌンティウス!!

 

 

     ※

 

 

 俺は駆けた。

 野を駆け、山を駆け、夜を駆け、闇を駆け――命を懸けて駆けていた。

 相変わらず背中は十字架が重いため、腕は真横のまま走った。

 

 言うなれば江崎グ○コだった。

 背中に赤も負ってるしね!

 

 ふっ、構うものか!

 一粒三千里! メロスを訪ねて!

 

「俺は行く――!」

 

 駆けて、駆けて、駆け抜けて――俺は山賊のアジトへと辿り着く。

 クソ、壊滅させたと思ったんだが……あくまで元日本人としての良識が殺しを躊躇わせたのがよくなかった。あのクソどもは滅ぼしておくべきだったのだ。

 クソ野郎は滅ぼしていい。

 俺も(ある意味)クソ野郎だからわかる。

 もういいって。

 

「見つけたぞゴルァ出て来いや山賊どもがオルァ――!!」

 

 叫ぶ。その声に反応してだろう、慌てたように武器を持った山賊たちが小屋から躍り出てきた。夜だからだろう、松明を持った者もいる。

 その輝きに、俺の痴態が照らし出された。

 そして俺を見て、狂乱したように山賊たちは慌てふためく。

 

「いやなんだあの変態!?」

 

 そうだね!

 そうなるよね!

 知るか!!

 

「おらおらどけどけ討ち入りじゃゴルァ――!!」

「ひぃ!?」

「や――奴は!!」

「知っているのか!?」

「山賊をその身ひとつで殴り倒して回ったという伝説の石工――」

「名前は!?」

「忘れた!」

「忘れてんじゃねえぞゴルァ――ッ!!」

 

 叫ぶと同時、屈強な男たちが怯えたように「ひぃ」と呻く

 

「えーと、えーと。なんだっけ!? セ、セ――」

「セロ?」

「それゴーシュぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 叫びながら、いちばん近かったひとりを跳ね飛ばす。

 十字架の重量が乗った突進に、男は錐揉みしながら吹き飛ばされた。

 

「……ぜえ、はあ。お、覚えておけ。俺の名は……セロ」

 

 あ。

 噛んだ。

 誤魔化さなきゃ。

 えーと。

 

「……人轢きのセロだ。覚えておけ」

 

 誤魔化せなかった。

 

「やっぱセロじゃん……」

「セロであってんじゃん……!」

「人轢きのセロ……!?」

「アレが噂の人轢きのセロ……」

「セロヌンティウス……!」

「――知ってる奴いるじゃねえかクソがあ!!」

 

 そいつを弾き飛ばし、俺はそのまま小屋へと突貫する。

 ぶっちゃけ山賊とかどうでもいい。

 

 小屋に入ると、そこには――メロスがいた。

 メロスが。

 あれほど焦がれ、待ち続けた、竹馬の友がそこにはいた。

 磔になって。

 俺と同じように。

 ……スペース取りすぎでは?

 

「セ――セリヌンティウス!?」

 

 メロスが叫ぶ。

 俺は笑顔を浮かべた。

 

「友よ!」

「君は……まさか。僕のためにこんなところまで!?」

「当たり前だろう!!」

 

 俺はメロスに駆け寄っていく。

 メロスもまた、両手を(十字架にくっついているから)大きく広げ、俺を待ちかまえるように慈愛の笑みを浮かべていた。

 だから。

 俺は。

 その胸に。

 

 ――ではなく頬に。

 

「捕まってんじゃ――ねえええええええええええええええええええええええええええっ!!」

 

 盛大に。

 ドロップキックをぶちかました。

 

「セリごばっ!?」

 

 いいのが入って、メロスの顔が壁にめり込む。

 というか木製の小屋を首から先が突き破って向こう側に挨拶に行った。

 

「あ? うるせえ何がセリごばだボケ、どいつもこいつも俺の名前間違いやがってぶっ飛ばすぞゴラ、あァ?」

 

 俺は言う。

 本当は殴ろうと思ったのだが、相変わらず十字架に腕が繋がれていて無理だった。

 そのためのドロップキックだったのだが、当然すっ転んでしまって。

 まあ、なんだ。

 

 起きられなくなった。

 

「野郎、いったい何を……いったい何を!?」

 

 戻ってきた盗賊たちが口々に言う。

 ……なんだろうね。

 俺も、もう、よくわかんねえ。

 

「しかしチャンスだぞ! 今ならこいつをぶっ殺せる!」

「ああ……メロスとかいう羊飼いは暴れてなかなか殺せなかったが、今なら両方やるチャンスだぜ!」

「しかもご丁寧にメロスは気絶している!」

「覚悟しろ、セロ!」

 

 集まってくる山賊たち。

 近づいて、そしてなんか臭えと一度戻って、鼻をつまんで再び俺を囲う。

 俺も、もうこれ以上抵抗しようとは思わなかった。

 メロ轢きのセロは目的を達成した。

 これ以上は望まない。

 ていうか、もう生きていける場所が存在しない。山賊にすら嫌われてるから、本格的に人生終了のお知らせだ。アウトローですら居場所がないとか逆にすげえな俺。

 しかし。

 しかしだ。

 

「――待て」

 

 そこで、静止の声がかかった。

 メロスだった。

 

「いい蹴りだった……お陰で自由になったぞ、セリヌンティウス」

 

 壁が破れたお陰だろう。

 メロスは、壁の十字架から解放され自由を取り戻していた。

 

「さすがはセリヌンティウスだ……スゴイ作戦を考え出したんだな」

「……あ、当たり前だろう? お前さえ自由になれば、こちとら百人力よ」

 

 違うけど……。

 なんかすまん……。

 帰ったら喰おう、ジンギスカン。

 

「さあ、覚悟はいいか賊ども」

「くっ……!」

 

 こきこきと拳骨を鳴らす屈強なメロスの姿に、男たちは目に見えて狼狽えた。

 

「だから殺しておくべきだったんだ!」

「仕方ないだろう、あんだけ強かったんだぞ、あの男」

「誰だよ、十字架に張っとけとか言った奴!」

「だってお前、シラクスでそれはもう頭のおかしい男が磔にされている噂があったから……」

「余興で笑い者にしてやろうって言った奴のせいだろ……!」

 

 ……ええー。誰だろーう?

 俺が縛られている間に、まさかそんな奴が現れて噂になっていたのかー。

 ていうか。

 

「どう考えても俺だあ――!?」

 

 くっそ! なんならワンチャン、あそこ以外でなら生きていけるかもとか思ってたのに。

 噂が走るの早すぎだろ! もうどこ行っても「頭のおかしい十字架の人」じゃねえか俺!

 ただ、そんな事実が山賊たちに衝撃を与えていた。

 山賊たちが後ずさっていく。

 

「奴が……」

「あの……」

「国家反逆罪で磔刑に処されていたという……」

 

 違えよ! 処されてねえから生きてんだよ! あと罪状もおかしい!

 

「さあ、立つんだセリヌンティウス。我が竹馬の友よ」

 

 と、メロスが片腕で、ぐいと俺を引き上げて起こす。

 片腕で。

 筋骨隆々な偉丈夫の羊飼いは、それはもう鍛え上げられた身体をしている。

 

「……懐かしいな、セリヌンティウス」

 

 メロスは言った。

 俺は応える。

 

「そうだな――確かに。ガキの頃を思い出すぜ」

「あのときは荒れてたからな、俺も。お前も」

「……盗んだお馬で走り出してたからな」

「ああ。だが今、俺のテンションは暴走族時代まで戻っている!」

 

 ――ふしゅうぅぅぅぅ……。

 こおぉぉぉ……ほおおぉぉぉぉぉぉぉ……!

 

 メロスの呼吸の音。

 肉体がめりめりと膨れ上がっていく。

 代々、羊飼いの家系で、自然と一体化するために受け継がれてきた特殊な呼吸法。

 これがあるからメロスは長い道のりを走り続け、山賊たちを薙ぎ倒すことができるわけだ。

 

「ふ――セリヌンティウス。長旅の疲れと、君の友を庇うために捕まっていたが」

「やっぱアイツのせいじゃねえかよ……」

「だが今、横には君がいる――なら、負ける気はしないね」

「――俺もだぜ、竹馬の友」

 

 ファイティングポーズを取るメロス。

 水平グ○コポーズを取る俺。

 背中合わせに立った俺とメロス。かつては互いに賊を率い、ヘッドとして争った時期もあったが……何、あの頃は若かった。

 そして今、俺とお前が揃っているならば。

 

「――倒せない敵はない。そうだろ、メロス?」

「ああ、もちろん――遅れるなよ、セリヌンティウス? 君の獲物の石の鈍器、今は手元にないだろう?」

「誰に向かって言ってやがる。お前こそ、羊がいなきゃ自慢のライディングテクニックを披露できないぜ?」

「まあ、その程度は――」

「ああ。その程度は――」

 

 俺とメロスの声が。

 息が。

 ぴったりと、重なって山に響き渡った――。

 

「――ハンデにもならねえさ」

 

 そして。

 かつて伝説の族として、シラクスを震撼させたふたりの伝説が。

 

 一夜限りの復活を果たしたのである。

 

 

     ※

 

 

 数十にも及んだ山賊たちを、バッタバッタと薙ぎ倒し、俺たちは無双の活躍を見せた。

 原作主人公とオリ主がコンビを組んだのだ。大勝利以外はあり得まい。

 

「馬鹿、な……っ!」

 

 最後のひとりを倒したことで、場は静寂に包まれた。

 こうなってみれば、森閑としたいい雰囲気の夜山でしかないのだが。

 ぱんぱん、と手の汚れを払ってメロスが言う。

 

「ふう。片がついたな。さすがセリヌンティウス――腕は鈍っていないようだな」

「……ああ。最後にお前と戦えて、俺も嬉しかったぜ、メロス」

 

 俺の言葉に、メロスは「へへ」と人懐こい笑みを見せた。

 ……本当はコイツ殴りに来ただけなんだけど。

 まあ、いいか。なんかいい話風に収まった感じだし。細かいことは気にするまい。

 物語も、どうやらここでお終いのようだ。

 

「さて――メロス。このあとどうする? 王が、シラクスで待っているが」

「それはもちろん――」

 

 言いかけて。

 そこで、メロスが口を噤んだ。

 首を傾げる俺に、メロスが驚きの表情で告げる。

 

「セ、セリヌンティウス――後ろ! 後ろだ!」

「はあ?」

 

 俺は背後を振り返った。

 だが何も見えない。

 見えるのは、ぶっ倒した山賊が取り落とした松明が、煌々と輝いているっていうか山小屋を炎上させているところだけえええええええええええええええええええええ!?

 

「コヤガモエテルゥ!」

 

 思わず片言で叫んでしまった。

 

「道理で熱いと思った!」

 

 だがメロスは「そうじゃないぞ!」と叫ぶ。

 

「何がだ!?」

「燃えているのはセリヌンティウス、君のほうだ!」

「ふぁ?」

「君の背中の十字架に、火が移って炎上しているんだァ!」

「道理で熱いと思った二回目!!」

 

 見れば確かに、めらめらと背中が炎上している。

 なんかもうかちかち山みたいになってる。

 

 それを見て。

 思わず――俺は笑ってしまった。

 

「あ、あは、あはは……ははははははははははははははははっ!!」

「どうしたセリヌンティウス! おかしくなったのか!? 早く火を消さなければ!」

「――いいんだ」

 

 俺は首を振った。

 この火は、どうせ消せないだろう。

 よく燃えているのには理由があるのだから。

 あの娘さんに貰った布に、連中が武器にしていた酒瓶からアルコールが移って染み込んだのを俺は知っている。鎮火は難しい――いや、そんなのは言い訳だ。消そうと思えば消せないことはない。

 だが俺は、どうせ戻ったところで死ぬだろう。

 

 もはや原作とは違うのだ。

 メロスは戻ってくることができず。

 俺は結局――友を信じることができなかった。

 王は改心などするまい。

 あるいはそれが、俺と本物のセリヌンティウスとの違いだったのだ。違いだったに違いなかったのだ。

 

「――帰ろう」

 

 だから、俺は言った。

 

「か、帰るって……どこに?」

 

 狼狽えるメロス。

 俺は笑って、友に答える。

 

「決まってるだろう。俺たちが帰る場所はひとつ――あのシラクス以外にない。死ぬなら、俺はそこがいい。あの場所が、今の俺の故郷だからな」

「セリヌンティウス……」

「行こうぜ。背中に火がついてちょうどいい。あとひと走り、最後の燃えるトリカルパレードと洒落込もうぜ」

「何言ってるかわかんないんだが……」

「うるせえな」

「あと、別に私はシラクスに住んでるわけじゃ」

「いいから走るんだよォ!!」

 

 

     ※

 

 

 そして。俺は走った。

 セリヌンティウスが走った。

 メロスも走った。

 背に輝かんばかりの光を燃やして。いや、あるいはこれこそが、俺にとって最後の魂の輝きなのだと信じて。

 水平グ○コポーズで俺は駆ける。

 炎を掲げながら俺は走る。

 

 ところで道中、メロスは私にこんなことを言った。

 

「セリヌンティウス! 私に火を移すのだ!」

「メロス?」

「交互に燃えることで火をリレーし、時間を稼ぐのだ!」

「お前天才かよ!?」

 

 被害が拡大した(ふたりとも燃えた)。

 

 やがて、シラクスの市が見えてくる。

 ……もう、ゴールしても、いいだろ……?

 民衆が口々に「帰ってきた! メロスとセリヌンティウスが帰ってきたぞ!」と叫ぶのが聞こえていた。

 

「ていうかなんか燃えてるぞ!?」

「何考えてんだあいつマジで! アホじゃないのか!」

「ほら、やっぱりおかしくなってたんだ!」

「いやいや、お前があいつを神の使いとかなんとか言ったんだろ!?」

 

 なんかものすごいこと言われているが、もう気にしない。

 俺は燃える。燃え上がれ。魂ごと、そう、天の星座になるレベルで燃えればいい。

 シラクスの入口。門の前まで辿り着くことができた。

 待っている人々の姿が見える。

 市民が。

 同僚が。

 フィロストラトスが。

 娘さんが。

 兵士が。

 王が。

 俺の生き様を、文字通り目に焼きつけることだろう――。

 

「はは、はは――ははははははははは!」

 

 燃える炎。両手を真横に広げて走る俺。

 この姿を忘れるな。

 だから。

 俺は――最後の気力を振り絞り。

 

 叫んだ。

 

「――ゴー……ルっ!!」

 

 

 

 

 

     ※

 

 

 

 

 

 ――その後、伝説となったセリヌンティウスがどうなったのか、詳しい事情を記した文献はない。

 ただ、炎を纏い、神にその身を捧げたとだけ言われている。

 メロスの行く末もまた同様だ。

 

 けれどひとつ。

 以来、おおよそ四年に一度、ある祭りが開催されることになったとだけ追記しておこう。

 それはセリヌンティウスの魂を鎮めるためとも、あるいは神の座に列した彼の偉業を盛大に祝うためとも言われている。

 聖なる火を持ち、長き距離を民草のために走るという行為。

 それは以来、長らく人類の歴史に刻まれる競技へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 ――現在のオリンピックの起源と言われている。


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