ガールズ&パンツァー 隻腕の操縦士 《本編》   作:砂岩改(やや復活)

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第八両 疾走

 

 

「一列横隊!」

 

 優依が教官となってから4日後、実技へと移った戦車道、履修者たちは必死に彼女の指示に着いてきていた。

 2日間で膨大な量の用語と陣形の組み方、コツを教えられた者達は優依から与えられる試練を乗り越えると言う気概の元、強い連帯が生まれていた。

 

「何をしている!一番遅い奴にあわせてやれ。車長はしっかりと周辺の事を把握しろ!」

 

 全ては優依の思惑通り、あえてキツイ練習をさせることで練習者同士の連帯を高める。

 その上、技術も着いてくるのだから一石二鳥だ。

 

「エルヴィンのⅢ突を先頭に一列縦隊に!」

 

 大洗の戦車隊に並行するように走るM18が走る。優依は身を乗り出し無線を通じて指示を出す。ついでに現在、M18を操縦しているのはイオだ。

 

「よし、阪口上手いじゃないか。その調子だ」

 

「あいー!」

 

 実技へと移った際、予想以上のスパルタに各自が悲鳴を上げていた。だがそれを抗議するものはいないしキツイ以外は特に不満は無かった。

 それは優依の教え方によるものだった。彼女は必ず一度は全員を褒める。しかも名指して呼んでくれるのだからかなり嬉しいのだ。

 

「小山、もう少し速度は遅め…。河西、お前はもう少し大胆に動いても構わないぞ!」

 

 彼女は1日目に全員の名前を全て覚えていた。杏から事前にメンバーリストを見せて貰っていたとは言えこれは凄いことである。

 

「ベディ殿は相変わらず容赦ないな」

 

「まったくぜよ」

 

「だがこの充実感は何事にも変え難いな」

 

 Ⅲ突に乗員、エルヴィン、おりょう、カエサル、左衛門佐は優依の指示に必死に食らいついていく。

 心と体が充実している、カエサルのその言葉に全員が同意する。

 今まで己のために突き進んできた彼女達にとっては今までに無いものだったのかもしれない。

 

「ベディ殿には感謝だな」

 

「まったくだ」

 

 片腕がなく、恐いイメージを持たれていた優依は徐々に慕われる鬼教官へと変化していこうとしていた。

 

ーー

 

「よし、今日はここまでだ!」

 

「「「はぁ…」」」

 

 教え方は上手いが容赦の無い練習に対し履修者たちは屍の山を作り上げていた。

 指一つすら動かすのが億劫になってくる、そんな練習をこれから続けていくとなると嫌になってくるがそれを止めなどとは誰も思わなかった。

 

「帰ってしっかり休むように…解散!」

 

「「「はい…」」」

 

 全員の疲れ果てた声と共に今日の練習は終わりを告げるのだった。

 

ーー

 

「ふぃ…疲れたぁ…」

 

「筋肉痛になっちゃうよ」

 

「しばらく経ったらムキムキになるかもぉ」

 

「ええ、それは嫌だなぁ」

 

 練習を終えた後、M3リーを操る1年生チームはグラウンドの端っこで飲み物を飲みながら話していた。まだ家に帰るだけの体力が回復していないのだ。

 

「ん、この音…」

 

「なになに?」

 

 そんな中、梓は近くの林の中から聞き慣れ始めた音が聞こえてくるのを感じた。

 桂利奈が同じく気づき、林に目を向けた瞬間。M18が出現し高速で目の前を通過していった。

 

「はやっ!」

 

 山郷の驚きの声と共にM18はそのままグラウンドを周り奥の方の林へと姿を消したのだった。

 

「凄ぃ!!」

 

 それを見て感動したのはM3の操縦手をしている阪口桂利奈だった。彼女は先程の疲れを忘れ立ち上がると戦車の格納庫に向かう。

 

「待ってよ桂利奈ちゃん!」

 

 それを追い掛ける梓たち、彼女らも桂利奈を追い掛け格納庫に向かうのだった。

 

ーー

 

「どうですか?」

 

「だいたい40秒前後辺りかなぁ」

 

 格納庫の前には3人の人影があった。ストップウォッチを片手にパイプ椅子に座るのは中嶋、その隣で座っているのはイオだった。

 

「ふぎぎ……」

 

 その後ろで腕立て伏せをしているのが美優、己の筋力の無さを憂い自主練に励んでいたのだ。

 死にそうな顔をしているがまだ20回目である。ちなみに香奈恵はお気に入りのアニメがあると言って帰り中嶋以外の自動車部は他の車両の整備中だ。

 

「あ、来たね」

 

 中嶋の声と共にM18は高速で目の前でやってくると目の前で停車する。

 

「どうだった」

 

「だいたい40秒前後。林の中をあんなに高速で走れるなんてねぇ」

 

「まだだ、コイツならもう少し上に行ける」

 

 操縦席のハッチから身を乗り出した優依は気分よさげにM18を見る。数日前のあの変わりようが噓のように思えてくる姿だ。

 

「先輩!」

 

「阪口か、帰ったんじゃ無かったのか?」

 

「凄いです!」

 

「お、おう…」

 

 ゼェハァと息を乱しながら桂利奈は大声で優依の操縦の感想を言い放った。それに対し何のことか分からず困惑する優依。

 

「優依の操縦の事を言ってるんじゃない?」

 

「はい、そうです!」

 

 なんとなく噛み合ってない二人の間に入ったのは中嶋、彼女の補助のお陰で優依もやっと話の内容を理解した。

 

「私、感動しました。早くて、力強い走り…ぜひ教えてください!」

 

「良かったすね、姉貴」

 

 キラキラした眼差しに見つめられ優依は思わず両目を手で覆ってしまう。

 

「この子の目が眩しい」

 

「良かったじゃん」

 

 そんな彼女を見て楽しむイオと中嶋、この二人は本当に楽しそうだ。

 

「待ってよ桂利奈ちゃん!」

 

「やっと追いついた!」

 

 やっとのこと追いついた梓たちは息を切らしてその場に座り込む。

 

「教えてって言われてもな…。ほとんど感覚だし…」

 

 教えを請われて優依は困る。この操縦技術は最初こそ他人から見たもののコピーだが今となっては完全に自己流と変わり果てているため教えようがないのだ。

 

「うむ…」

 

「……」

 

 腕を顎に当てて考える彼女を見て息を飲む桂利奈、しばらくの思案の後、考えるのを止めた。

 

「取り敢えずお前たち乗れ」

 

「「「え?」」」

 

 彼女の指差すM18を見て一年生たちは疑問の声を上げるのだった。

 

ーー

 

「うおぉ!」

 

「ひぁぁ!」

 

 夕陽もだいぶ傾き、林の中の視界もだいぶ悪くなっている中。M18は速度を緩めることなく木々の合間をくぐり抜けていた。

 

 その光景を見て悲鳴を上げる一年生たち。彼女達は優依の操るM18に搭乗していたのだ。

 

「早い…」

 

「凄ぃ…」

 

 素早いギア操作に細かく大胆なハンドル操作、山郷と宇津木は感嘆の声を漏らす。

 

「どうだ、気持ちいいだろう?」

 

 オープントップのM18では車両に襲い来る風が肌で感じられる。

 

「はぁぁ…」

 

 今まで感じたことがないような新鮮な感情が揺さぶられる、いつかこんな風に戦車を手足のように扱える日が、こんな風を自分が産み出してみたい。

 桂利奈は目を輝かせながら操縦する優依の背中を見つめるのだった。

 

ーー

 

「「「ありがとうございました!!」」」

 

「もう暗いから気をつけろよ」

 

「「「はい!」」」

 

 結局、練習コースを5周ほどして一年生たちを帰らせる優依、桂利奈たちは先程の疲れを忘れたかのようにワイワイと話しながら帰って行った。

 その姿は実に楽しそうで思わず優依も笑顔になってしまう。

 

「良かったですね、楽しんで貰えて」

 

「あぁ、本当に良かった」

 

「蒼流、ここに居たのか…」

 

「どうした、河嶋」

 

 M18を片付けた矢先、校舎の方からやって来たのは桃だった。彼女は持っていた資料を渡すと説明を始める。

 

「聖グロリアーナとの練習試合の日程が取れた。試合は3日後の日曜日、学園艦が寄港したタイミングで行う」

 

「随分早く取り付けたものだな…」

 

「あぁ、我々は全国大会に出るつもりだからな」

 

「全国大会…」

 

 その言葉に優依は静かに反応し、目を細める。その姿に桃はたじろぐが彼女なりに退けないものがある。

 

「全国大会は戦車道のイメージダウンにならないように弱小高は出場しないのが暗黙のルールだ」

 

「分かっている。だが我々は退けないのだ、この学校のためにも」

 

「……」

 

「……」

 

 お互いが沈黙し睨み合う、だがすぐに目を逸らしたのは桃だった。

 

「履修者の士気は高く、向上心も申し分ない。このまま行けば1回戦まで標準クラスまで持って行くことは出来る。なんとかしてみるさ…」

 

「…すまない」

 

「構わないさ…行くぞ、イオ」

 

「は、はい。失礼します」

 

 黙って帰路につく優依。彼女の頭は先のことで一杯だった。

 

(聖グロリアーナとの練習試合、これで全員の士気が大きく変わる)

 

 相手の実力は圧倒的、だが負けるにしても負け方は多くある。せめて向こうに一矢報いるような反撃を与えておきたい。

 自分たちはやれる、実力差なんてひっくり返せると思える自信を身に着けて欲しい。

 

「姉貴?」

 

「黒森峰の時もそうだったが…教えるってのは大変だなぁ…。」

 

「お疲れ様です」

 

「はぁ…」

 

 優依はため息をつきながら自身を慕ってくれた真っ直ぐな後輩を思い出すのだった。

 

ーーーー

 

「副隊長…副隊長!」

 

「なによ…」

 

 黒森峰学園艦その学校、黒森峰女学園の寮の廊下で呼ばれたのは長い銀髪の少女。

 彼女は肩をビクッと動かすと鬱陶しそうに後ろに振り返る。

 

「頼まれていた資料です」

 

「あぁ、ありがとう」

 

「いえ、それでは」

 

 銀髪の少女《逸見エリカ》は礼を言うと渡した一年生はすぐさま居なくなってしまう。彼女は黙ってそのまま寮の部屋に入っていった。

 

「………」

 

 誰も居ない部屋、副隊長用に設けられた一人部屋なのだから当たり前だ。部屋は隊長用の部屋よりは広くないがかなりのスペースがある。

 

「疲れた…」

 

 大会が近づき、厳しくなっていく練習に対してエリカは静かに愚痴を漏らす。ベットに転がり込み備え付けの冷蔵庫からノンアルコールビールを二本取り出す。

 帰宅したばかりのサラリーマンの様な習慣が彼女には染みついていた。

 

「……」

 

 エリカはビールを片手に渡された資料をめくる。これは初めの授業開始時に行われた心理テストの結果だった。

 黒森峰では効率の良い教育と戦車道の訓練のために生徒たちの精神の検査も行っているのだ。

 

「まぁまぁね…」

 

 結果は可もなく不可もなく。概ね平均的なものだった。しかしある一点だけは他の項目とは違う数値を出していたのだ。

 

「ストレス値ねぇ」

 

 ストレス値が去年に比べてだいぶ上がってきていると言う点だ。

 

《去年に比べてだいぶ上がっているようです。信頼出来る人たちに愚痴などをこぼしてみるのも大切ですよ。》

 

 機械的に書かれたコメントにエリカは黙って考える。こぼせる人なんて居ない、気兼ねなく話せる先輩も信頼していた同級生も今はもういない。

 

「はぁ…会いたいな……」

 

 診断表を放り投げ備え付けられたタンスを開けるとそこには黒森峰のパンツァージャケットが納められていた。

その中の1枚、それだけがボロボロで擦り切れ傷だらけのジャケットは左の袖が肩から途切れていた。

 あの事故の際、治療のために脱がされたジャケットを彼女はまだ持っていたのだ。本人に返すために…。

 

《お前に一体何が分かるんだぁ!》

 

 脳内に響くのは優依の叫び声、1年経った今でも忘れられない。

 

「どこに居るんですか…優依さん」

 

 取り憑かれたものを振り払うようにエリカは開けていたビールを一気に飲み干すのだった。

 

 






オリキャラプロフィール(1)

香月イオ(16)

身長:155㎝

血液:AB型

出身:熊本県熊本市→茨城県大洗町

誕生日:5月22日

好きな食べ物:天丼

好きな教科:体育

モットー:楽しく元気に後腐れなく

趣味:機械いじり

日課:姉貴と朝食

好きな花:コスモス

好きな戦車:ポルシェティーガー

 親の仕事の関係で一家で茨城県に移り住む。持ち前の明るさと機械いじりで自動車部に入部後、優依とであう。
 脳天気に見えて案外冷静な面もありしっかりと空気を読む時もある。中学時代の先輩であった優依を心から慕う。


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