ガールズ&パンツァー 隻腕の操縦士 《本編》   作:砂岩改(やや復活)

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第七両 鬼教官

 

 

 熊本、西住家の屋敷は和を基調とした典型的な屋敷だ。

 

「って言う事なのよぉ」

 

「そう、優依が戦車道に…」

 

 その客間には二人の女性が飲み交わしていた。

優依の母《八雲ゆかこ》と西住家当主《西住しほ》の二人は娘の話題を肴にして香露を飲んでいた。

 

「嬉しそうね」

 

「当然よ」

 

「あんな事があったのに…」

 

「……」

 

 しほの言葉にゆかこはヘラヘラした態度を一変させ鋭い目付きになる。

 普通ならそんな彼女の変わり様に驚くものだがしほは動じない、昔はそんな彼女と幾度も火線を交えてきたのだから。

 

「だからこそよ。あの子は強そうに見えて実は脆い…それでも前に進もうとしている。どんな理由であれ私は嬉しいわ」

 

「そうね。これを期にまほとの確執も取れれば良いのだけれど」

 

「あの時はどっちも酷い有様だったからね」

 

「……心配だったわ」

 

 あれからもう1年、早かったようでとても遅かったようにも思える。

 優依もそうだがまほも1週間ほど抜け殻状態だった、三日も食事を取らず、それはもう酷い有様だったらしい。みほも似たような感じだった。

 

「…なによ」

 

 しほが飲み干したコップにゆかこによって酒が注がれる。普通なら感謝するだけなのだがやけにニヤニヤしている彼女を見て顔をしかめる。

 

「心配してるならそう言えば良いのに…」

 

「言えるわけ…」

 

「自分の言葉で更に傷ついたらどうしよう…って思ってたんでしょ」

 

「……」

 

「みほの件もそうだし…変なところで一言少ないよね」

 

「そんな事分かってるわそれにあなたはいつも一言多い」

 

 元に戻ったゆかこは酒を飲み干し静かに机に置くとしほが黙って注いでくれる。

 

「娘たちの未来に…」

 

「「乾杯」」

 

 静かな空間に響いたのはガラスがキンという小気味良い音、二人の酒盛りは始まったばかりだ。

 

ーーーー

 

「聖グロリアーナ女学院ねぇ」

 

「ここが優依さんが選んだ練習試合相手ですか?」

 

「あぁ…」

 

 初練習から一夜明け、昼の生徒会室には生徒会の3人と優依の姿があった。

 昨晩、大浴場を後にした優依は杏から練習試合のパイプ役を頼んできたのだ。

 

「聖グロリアーナ女学院は実力はある上に何より礼儀を重んじる。初戦からトラウマを植え付けられるような相手じゃない」

 

 サンダース大付属やアンツィオも候補に挙がっていたが現在の隊長であるダージリンとはいくらか面識がある故に聖グロリアーナを選んだ。

 

「いいじゃん、連絡も入れてくれると助かるんだけど」

 

「分かった、電話を貸してくれ」

 

 学園艦同士の連絡用に設けられている電話は生徒会室と学園艦のブリッジなどと数が少ない杏から電話を借りると番号を入力するのだった。

 

ーーーー

 

ジリリリリ…。

 

 高価な調度品が並ぶ部屋に鳴り響く電話、欧州独特の気品溢れる部屋でティータイムを楽しんでいた淑女は優雅に受話器を取り上げた。

 

「ダージリン様、大洗の学園艦より電話が届いております。蒼流優依と名乗っておりますが…」

 

「蒼流?構いませんわ、繋げて」

 

「はい…」

 

「こちら聖グロリアーナ女学院のダージリンですわ」

 

「元黒森峰の優依と言えば分かって貰えるかな?」

 

 受話器越しに聞こえてくる凛とした声にダージリンは僅かながら目を見開く。

 

「えぇ、お久しぶりですわね優依さん。“変わっていたので“少々、困惑いたしましたわ」

 

「それはすまないことをした。詳しく聞きたいなら私の分の紅茶を用意してくれれば助かる」

 

「またの機会というわけですか。今回はどのようなご用件で」

 

 優依と言う単語がダージリンから放たれた時、共にティータイムを楽しんでいた二人。

 アッサムとオレンジペコの反応は違った、アッサムは驚き、オレンジペコは不思議そうに二人を見つめる。

 

「練習試合を頼みたくてな…」

 

「…そう、戦車道に戻られたのですね。それに大洗女子学園も復活なされたという事ですか」

 

「察しが早くて助かる。こちらは戦車のせの字も知らないひよっこばかり、だが経験は積ませたいんだ」

 

「なるほど、それでわたくしに連絡を下さった訳ですか…。貴方からの頼みは珍しいですし、受けた勝負からは逃げませんの」

 

「助かる、細かい予定は他の者に連絡を取らせる」

 

「えぇ、それではご機嫌よう」

 

 静かに丁寧に受話器を元に戻したダージリンは持っていた紅茶を味わう。

 彼女が味わい終えたのを見計らって声を出したのはアッサムだった。

 

「優依とは、黒森峰の八雲優依の事ですか」

 

「えぇ、今は蒼流優依と名乗って居るそうよ」

 

「蒼流?」

 

 ダージリンの言葉にアッサムは思わず疑問の声を上げる。

 当然の反応だ、1年前までは彼女は《八雲優依》と言う名前だった。

 この名前の変化は同じ学校であるみほは気付いていない、なぜなら彼女は再会した時から苗字を一度も聞いていないのだから。

 

「あの…。その蒼流優依と言うお方とはどのような関係なのですか?」

 

「オレンジペコはまだ彼女を知らなかったわね」

 

 オレンジペコの言葉にダージリンは思い出したかのように言う。

 

「常勝を誇る西住流の影の立役者。知る人ぞ知る西住まほの右腕、それが彼女よ」

 

「しかしその方の名前は一度も拝見したことがありません」

 

 あの西住流の西住まほの右腕ともなれば凄腕なのは確実、そんな人物が一度も表舞台の脚光を浴びなかったというのは不思議な話だ。

 

「そうね、正確に言えば世間が彼女にスポットを当てなかったと言うのが正しいかしら」

 

 同意を求めるように投げられた視線に対しアッサムは無言で頷く。

 

「彼女は昔からまほさんと共に戦車で駆けた。しかし、いくら彼女が華々しい活躍をしても西住流と言う肩書きを持つまほさんに塗りつぶされる。それだけの話よ」

 

「報われませんね」

 

「こんな格言を知っている?名誉を失っても、もともとなかったと思えば生きていける。財産を失ってもまたつくればよい。しかし勇気を失ったら、生きている値打ちがない。」

 

「ドイツの詩人、ゲーテの言葉ですね」

 

 オレンジペコの返しに満足そうな顔をするダージリンは紅茶を味わい話を進める。

 

「彼女にとって名誉はなんの価値も無かった。彼女は勇気こそが真に尊いと言う事を知っていたのね」

 

 その言葉でオレンジペコは彼女がどれほど蒼流優依と言う人物を高く評価しているのかを感じ取っていた。

 

「しかし1年前、大怪我で再起不能と言われたようですが…」

 

 一時、世間を賑わせた黒森峰の事故と密かに広がった噂。彼女が大怪我を負ったと言う噂は小耳に挟んだ事がある、それから彼女の姿を見ることはなかったが…。

 

「会ってみれば分かることもあるでしょう。」

 

 そう、会ってみれば良いのだ。その機会があるのだから。

 

「ローズヒップにも伝えなさい、クルセイダーも出すわよ」

 

「え…」

 

 たかが練習試合にクルセイダーも動員する、そんな驚きの言葉にオレンジペコは思わず疑問の声を漏らす。

 

「彼女にも良い経験になるわ。相手は元とはいえ黒森峰の操縦長ですし」

 

「はぁ…」

 

 心底楽しそうに微笑むダージリンに対しオレンジペコは理解しがたいと首をかしげるのだった。

 

ーーーー

 

「なんだ…これは…」

 

 大洗女子学園の戦車道、授業。

 各員が搭乗する戦車が立ち並ぶ中、優依は唖然とし後ろにいたイオは申し訳なさそうに笑っていた。

 

「まぁ…頼まれたので…」

 

 速度が3倍に上がりそうなカラーに仕上がったⅢ突、《バレー部募集》と殴り書きされたように堂々と書かれた89式、可愛くピンク色に塗装されたM3、極めつけは黄金に輝く38T。

 

「あぁ!89式が、Ⅲ突にM3、38Tがぁ!?」

 

 この光景に同じく悲鳴を上げたのはみほの友だちである秋山優花里だった。

 

「ふふっ…」

 

 優花里の悲鳴を聞きながら静かに笑ったのはみほだった。

 

「戦車をあんな風にするなんて、考えられないけど。なんか楽しいね。戦車で楽しいと思ったことなんて初めて」

 

 静かにだが笑い続けるみほに優依も自然に笑えてくる。ここには過去も何も縛られないような自由な空気が流れている。

 

「ここに居たら飽きないなぁ…」

 

「姉貴」

 

 笑う優依を見てイオはホッと安心する、何とか元気になってくれていたようだ。

 

「じゃあ、優依ちゃん。後の指揮はよろしく」

 

「はい?」

 

 杏は優依に黄色いメガホンを渡すと笑いかける。

 

「黒森峰でも後輩の指導やってたでしょ?そんな感じで頼むよ」

 

「いいのか?」

 

「素人がやるよりマシだと思うよ」

 

「分かった…」

 

「あ…」

 

 杏が練習の指揮を優依に任せるのを見たみほはいけないものを見たように声を漏らし青ざめる。

 

「どうしたのみぽりん?」

 

「今日は大変だなぁって思って…」

 

 みほの言葉に対し疑問を浮かべるⅣ号チーム。数分後、彼女達はその言葉の意味を知ることになるのだった。

 

ーー

 

「では私が今日から、基本的にお前たちの教官としてやらせて貰う。まず、今日と明日で無線の使い方、戦車道で使う用語と効率的な戦車運用について頭に叩き込んで貰う」

 

 戦車の収められた倉庫に置かれたホワイトボードには覚えるべき項目がびっしりと敷き詰められていた。

 

「三日後には実技に入る。容赦なくビシビシと行くのでそのつもりで…。」

 

「あの…二日でこれ全部覚えるんですか?」

 

 敷き詰められていた項目に全員が青い顔をする中、質問をしたのは1年の澤梓だ。

 

「ノートに書き記して後々、覚えるのでも構わないが重要な用語は意地でも覚えて貰う」

 

 優依の言葉に若干、安堵する一同。だがみほは青い顔から復帰することは無い。

 なぜならあそこに書かれた項目の8割以上が戦車道における基礎的なものなのだから。

 覚える量はさほど減っていないのだ。

 

「私の言葉には全てYESと答えろNOなど存在しない!」

 

「「「はい!!」」」

 

 この瞬間、地獄が始まった。

 

 




元々の知り合いの苗字なんて誰も気にしませんよね。


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