ガールズ&パンツァー 隻腕の操縦士 《本編》   作:砂岩改(やや復活)

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第六両 記憶

 

 

 

「撃てぇ!」

 

 イオの叫びと共に放たれた砲弾は38Tに直撃し白旗を上げさせる。

 

「おぉ、凄いな…」

 

「香奈恵先輩の命中率は半端じゃないですね!」

 

「ふふ…」

 

「よし、あと2、3発38Tにぶち込んでおけ」

 

「うわぁ…。鬼畜」

 

「調子にのってすいません…」

 

 何だかんだで生徒会に嫌な思いをさせられていた優依の言葉に全員が引く。流石に彼女も堪えたようで顔を伏せて謝罪をするのだった。

 

「しかし本当に素晴らしい命中率です」

 

 改めて状況を確認するイオ、M3リーに続いての撃破には驚きの声を上げるしかない。停車してるとは言え、初心者でこの命中率は本当に凄い。

 

「言ってなかったけど香奈恵は中学生の時にクレー射撃部に入ってたのよ!」

 

「魔弾の射手…」

 

「「へぇ…」」

 

 香奈恵の思わぬ経歴に感心する二人、優依もこの事は初耳だった。

 優依の腕を気にかけて過去のことをお互い詮索しなかったために新たな発見が多い。

 

「美優先輩、大丈夫ですか?」

 

「結構重いんだけど…この弾」

 

 会話をしながらも一生懸命、砲弾を持ち上げる姿にイオは思わず質問する。当然の如く、美優にとってはかなり重かったようで凄い顔になっている。

 しかし装填時間は遅らせまいと必死にやっている辺り根性はしっかりあるようだ。

 

「次はⅣ号を狙います。姉貴、いつでも動ける準備をお願いします」

 

「…分かった」

 

 先程の会話に見せていた笑顔はなりを潜めイオは真剣な眼差しでⅣ号を見る。砲塔はまだこちらに旋回していないが向こうも既に2両を沈黙させている。

 

「焦らずに狙ってください、外したらその時です」

 

「うむ…」

 

 香奈恵が照準を定めていた時、みほが車内から顔を出しこちら側を見つめる。やはりこちらの位置は大まかにバレているだろう。

 

「っ!」

 

「完了…」

 

「…撃てぇ!」

 

 ほんの一瞬だがイオは橋の上にいるみほと目が合うような感覚に陥った。

 見られた…。そんな感覚と共にイオは香奈恵に対し発射を告げる。

 放たれた砲弾はⅣ号へと飛翔するが突然、後退を始めたⅣ号の前面装甲を擦りながら飛び岩壁を穿った。

 

「避けた!?」

 

「イオ!入れ!」

 

 避けられた事から発生した驚きは優依の言葉で塗りつぶされ体を動かす。

 急いで車内に身を投げ込んだイオ、それと同時にⅣ号から放たれた砲弾が付近の木を粉砕した。

 

「きゃ!」

 

 砲弾と木の破砕音、それに大きな衝撃に襲われ美優は思わず悲鳴を上げる。

 

「どうなったの!?」

 

「右側の装甲を持って行かれました。同じ攻撃を受ければ走行不能です。姉貴、すぐにこの場から…姉貴?」

 

 美優の言葉にイオはすぐに報告を行う。このままでは次弾で仕留められてしまう。ここをすぐに離脱しなければならないのだが。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 操縦手である優依の様子がおかしい。右手で途切れた左肩を掴んで震えていた。

 

「優依、どうしたの!?」

 

「姉貴!?」

 

「はぁ…はぁ…」

 

 美優とイオが必死に呼びかけるが彼女は反応しない。それどころか顔がどんどん青くなっていくばかりだ。

 

《まほ、伏せろ!》

 

《なっ!?》

 

 飛来する砲弾、粉々に吹き飛ぶ木々たち、その一際大きな破片がまほと優依に襲いかかる。

 

《西住流の腰巾着が怪我したらしいぞ。復帰は難しいらしい》

 

《はっ、虎の威を借る狐が…いい気味だ》

 

《コバンザメも居なくなったんだ。西住流の優位性は更に上がるだろう》

 

《彼女の人気は西住流の後継者に並ぶ物だったらしいからな》

 

 心の奥にしまっていた物が噴き出してくる。

 痛い、苦しい、気持ち悪い…なんで私がこんな目にあわなければならないんだ。

 

「う…おぇ……」

 

「姉貴!?美優先輩、白旗降ってください!」

 

「白旗、どこにあるのよ!?」

 

 頭が湧き上がる感情などに追い付けず優依は思わず嘔吐する。

駆け寄るイオと見つけ出した白旗を必至で振る美優、それを香奈恵は黙って見つめるのだった。

 

ーーーー

 

「あれ、西住殿。白旗振ってるであります」

 

「え…本当ですね」

 

 Ⅳ号の照準を覗き込んでいた優花里の言葉にみほはハッチを開け確かめる。

 確かに、必死に白旗を振っている先輩の姿が見える。エンジントラブルでもあったのだろうか…。とにかく相手に交戦の意思がないと言うのは確認できた。

 

「M18の降伏を確認。八九式中戦車、38T軽戦車、Ⅲ号突撃砲、M3中戦車リー、走行不能よってⅣ号Aチームの勝利!」

 

「私たち勝っちゃったの?」

 

「みたいです…」

 

「凄い、西住殿のお陰です!」

 

「勝ったというか、他のチームが脱落したと言うのが正しいな」

 

 戦況を観戦していた亜美の言葉と共に演習は終了する。

 勝利の喜びに浸る沙織たちに対してみほは歯切れの悪い顔をすると沈黙したM18の方を見やるのだった。

 

ーーーー

 

「水だよ」

 

「ありがとう」

 

 亜美の元に全員が集まる一方、優依は倉庫の壁にもたれ休んでいた。

 中嶋によって差し出されたペットボトルを貰うと一気に煽り、一息つく。

 

「処理はしといたから…」

 

「本当にすまない…」

 

「トラウマ?」

 

「……あぁ」

 

 なるほど、と言った顔で頷いた中嶋はそれ以上の事は聞いてこない。

 最近、中嶋と居る時間が一気に増えたが彼女は優依にとって充分信頼できる人物だった。こうしてなにも聞いてこないのも本当にありがたい。

 

「本当に…ありがとう」

 

「どういたしまして…」

 

 本来の落ち着きを取り戻してきた優依を見て中嶋は笑いながら答えるのだった。

 

ーー

 

「イオさん、優依さんはどうしたんですか?」

 

「突然、吐いちゃって。今は中嶋先輩が一緒に居るけど…」

 

「吐く…」

 

 亜美からの話を終え、みほは姿の見えない優依の事をイオから聞く。

 

「やっぱり優依さんも…」

 

 思い出すのは1年前の記憶、あの事故の現場にみほも居合わせていた。

 血まみれの優依さんと姉であるみほ、お姉ちゃんは必死に叫びながら溢れ出る血を止めようとしていた。あれほど取り乱した姿は後にも先にもないだろう。

 

 抜け出せないトラウマ、彼女はそれを背負ったまま気丈に振る舞い、自分を慰めてくれた。自分も大変なはずなのに…。

 

「優依さんの所に行きましょう」

 

「あ、うん…」

 

 気迫充分のみほに若干気圧されながらもイオは返事をするのだった。

 

ーー

 

「西住の件は上手くいきましたが蒼流の方は駄目でしたね」

 

「思ったより重傷だったね。ちょっと酷なことさせちゃったかなぁ」

 

 イオとみほの会話を小耳に挟んだ桃と杏は若干、渋い顔をしながら話す。

 優依の堂々とした立ち振る舞いに安心して話かけたのは甘かったと言う考えに至るが学校を救うためなら手段を選んでいられない。

 だがやっておいてなんだがずっと縛り付けるのというのも酷な話だ。

 

「どうしますか?」

 

「とりあえず今は様子見かな。あまりにも酷かったら止めて貰うしかないんじゃない?」

 

「良いんですか?」

 

「あれほどの戦力を見逃すのは…」

 

「西住ちゃんも居るし。無理にさせたら皆の指揮が下がるでしょ…でも」

 

 突然途切れた杏に対し不思議な顔をする桃と柚子。

 居てくれたらかなりありがたい…。そんな言葉を杏は喉まで出しかけて呑み込む。

 まぁ、自分が何もしなくてもなるようになってくるだろう。

 

「そう言うのは案外、上手くまわるもんだよ。思ってるよりはね」

 

「はぁ…」

 

 杏の言葉に桃は気の抜けた返事をするのだった。

 

ーーーー

 

「優依さん」

 

「姉貴」

 

「どうした…二人とも?」

 

 予想以上に低い声の優依を見て二人は思わず口をつむぐ。

 勢いで来たのは良いもののその後は特に考えてなかったのだ。

どうするっと二人で目をあわせながら困る、その様子を見て中嶋は思わず笑い出す。

 

「愛されてるねぇ」

 

「西住殿、こんな所に居たんですか?」

 

「優花里さん」

 

「五十鈴殿が一緒に大浴場にと…。今の時間帯なら誰も居ませんし」

 

 困り果てた二人にある考えが浮かぶ、二人はお互いを見つめ合い頷く。

 

「「姉貴(優依さん)!」」

 

「「お風呂に行きましょう!」」

 

「あ、あぁ…」

 

 二人の大きな声に押された優依は必要以上に首を縦に振るのだった。

 

ーー

 

 整備が残っている中嶋はと分かれヘルキャットチームはみほたちAチームと共に大浴場に入ることとなったのだ。

 

「あぁ…きもちぃ」

 

「まさにテルマエ…」

 

 大きな湯船にジャグジーと様々な浴槽が完備されている大洗の大浴場はスーパー銭湯並みの快適さだ。

 

「たまには大きな湯船もいいですねぇ」

 

「そうだな…」

 

 気持ちよさげに浸かる優依の姿を見てひとまず一安心するみほとイオ。

 湯船に浸かっている優依の姿をチラチラッと見ていたのはみほを除くAチームだ。

 片腕がないのを見るのはまだ馴れないが彼女たちが見ているのはそこではない、優依の体に所々ある大小の傷だ。

 

「凄い傷の跡…」

 

「かなりご苦労されてたんでしょうね」

 

「痛々しいですぅ…」

 

 麻子を除く三人が口々に感想を述べる。正直、歴戦の兵士みたいで格好いいと思った優花里だったが黙っていた。

 

「すまないな、皆。私のせいで」

 

「気にする事は無いよ。ねぇ、香奈恵」

 

「過ぎたことを気に病む必要は無い。次に繋げて糧にする、それが大人の特権だ」

 

「いえ、姉貴が元気であれば」

 

 完全に自身の落ち度だったというのに優しく接してくれる三人には本当に頭が上がらない。

 

「みほにも気を遣わせてすまん」

 

「いえ、私の方こそお世話になってばかりで」

 

 優依に褒められて嬉しいのかはにかみながら顔の半分を湯に沈める。

 

「はぁ…まだまだだな。私も」

 

 疲れたように放たれた言葉、その言葉は大浴場にやけに響いた気がした。

 

 


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