ガールズ&パンツァー 隻腕の操縦士 《本編》 作:砂岩改(やや復活)
「これはどう言う事だ?」
「なんで選択しないかなぁ…」
大洗女子学園の全てを統括、管理する生徒会の部屋に西住みほとそれに付き添った華と沙織が並んで立っていた。
申請書を突き出す桃を初めとする生徒会メンバーは不機嫌さを隠そうとせずみほに詰め寄っていたのだった。
「終わりです、我が校は終了です…」
「勝手に言わないでよ!」
「そうです、やりたくないと言っているのに無理にやらせるのですか?」
そんな生徒会に対しみほに付き添っていた二人は反論を唱える。
生徒会に怯えるみほに対しそれを落ち着かせるように握られた二人の手はしっかりと握られていた。
「みほは戦車やらないから!」
「西住さんのことは諦めてください」
「んなこと言ってると、この学校にいられなくしちゃうよぉ」
「お…」
「脅すなんて卑怯です!」
流石の杏の言葉にたじろぐ沙織に対し華は真っ向から向き合う。
「脅しではない、会長はいつだって本気だ。全く、蒼流優依は了承したというのに…。」
「優依先輩が…」
桃が申請書を持っていない手を額に添え苦言を漏らす、その言葉に反応したのは当然ながらみほだった。
《大事なのは起きたことを悔やむのではなく、それを得てこれからどうするかだ》
昨日、優依から放たれた言葉が彼女の脳裏に浮かぶ。
(先輩だってあんな事があったのに…。前に進もうとしてるんだ…。)
強い背中を見せ続けるのではなく一緒に歩いて導いてくれた大切な先輩の選択にみほは浮かべていた言葉を失ってしまった。
ーー
「待ってよ、優依ぃぃ!」
「生徒会室に急がなければ!」
「だいぶ前に通り過ぎてるよ!」
「はっ!?」
大洗に入学してから半年が経つものの生徒会室なんて行ったこともない優依は気持ちだけがはやり、目的地をあっという間に過ぎ去り遠ざかってしまっていたのだ。
「もっと早く言わないか」
「だって…足が……速すぎる…」
「……」
優依の並外れた体力についていけずその場に座り込む美優と香奈恵は息を切らしながら話す。
余計なものを運搬していた香奈恵などもう何も話せていない。
「っていうか昼飯をなぜ運んできた?」
「……」
優依のその言葉と共に香奈恵の努力は全て水の泡となったのだった。
ーー
その一方、生徒会室では今だに問答は収まりを見せていなかった。
「酷い!」
「横暴すぎます!」
「横暴は生徒会に与えられた特権だ」
杏と桃の言葉に怒りを隠せなくなってきた華と沙織はより強く反抗する。
(二人とも、戦車道やりたいのに私に合わせてくれて…。私を庇ってくれて…。)
感謝と自責の念で頭がグチャグチャになりそうなみほは思い返す。
戦車を、戦車道を…自身が逃げだしてしまったあの道を思い返してみる。
恐い…でもこの二人が傍にいてくれるなら出来るかもしれない、前に進めるかもしれない。
「あ、あのわたし!」
「みほ無事か!?」
突然発せられたみほの言葉に問答を行っていた者達の注目を集める。
それと同時に戻ってきた優依が生徒会室に扉を開け放ちながら登場する、だが彼女の言葉は止まらない。
「戦車道やります!」
「「えぇ!」」
「良かった!」
みほの導き出した答えに華と沙織は思わず声を張り上げて驚く。
「なんだ?」
「まっでよぉ…優依ぃ……」
「朽ち行く…」
状況がまったく理解できない優依と後ろから死にかけている美優と香奈恵が現れる。
その光景にみほはほんの少し笑うのだった。
ーーーー
「ははっ、それは災難でしたね姉貴」
「まぁな…」
「こっちは死ぬかと思ったよ」
「もやは朽ち行くまで…」
事の顛末を聞いたイオは笑いながらジュースを飲む、現在は学校を終えファーストフード店で仲良く話している。
「戦車道ってかなり体力いりますから今のうちに走っとかないと大変ですよ」
「はぁ…。凄いもの選んだかも」
「これは魔道への迷宮」
履帯修復、砲弾の装填 等々筋力と体力が必要とされるものはたくさんある。
「そういえば、私たちって何について乗るの?ていうか何すればいいの?」
「ん?」
美優の言葉に優依は思わず黙り込む、自分は今まで車長と操縦士しかしてこなかった彼女だが片腕となってしまった以上、操縦士は無理だろう。
「私なら車長か通信手ぐらいかな…。出来るのは」
「そういえば姉貴の実家に戦車なかったですか?」
「実家か…」
イオの言葉に優依は熊本にある実家を思い出す、そういえば一両、蔵にしまってあったはずだがなんだったか…。
確か祖母と母が使っていた代物だったから、わりと良い戦車だったと思う。
後で電話して聞いてみるのもありだろう。
「まぁ、なにがともあれ みほが戻ってくるか…」
なにより嬉しかったのはみほと一緒に戦車道が出来ることだ。
なんだかんだ言って自身の意思でその道を選んだことは大きな意味になるだろう、この大洗に来たのは決して無駄ではなかった。
「みほばっかりで嫉妬です」
「そうだよ、イオちゃんも可愛がって上げなよ」
「神は全てを愛す…」
「お二方…」
少しいじけるイオに対し美優と香奈恵は同じ立場に立つ、別にそう言うわけではないのだがこうされるとなぜか辛いところがある。
「でもあの子は良い子だねぇ」
「おお、汝を抱擁せん」
「お前らどっちの味方だ…」
話が進むごとにコロコロと立場が変わるのを見て思わずツッコミを入れる優依。
本当に一緒に居て飽きない奴らだ。
終始笑顔が絶えぬまま話し続ける4人は明日から始まる戦車道を心待ちにするのだった。
ーーーー
時を同じくして74アイスでみほたちアイスを頬張りながら話をしていた。
「本当に良かったんですか?」
「うん」
「無理しなくても良いんだからね」
「大丈夫。私、嬉しかった」
無理をしていないかとみほを心配する二人に対し彼女は自身でも驚くぐらい落ち着いた心境で言葉を放つ。
「周りの人のほとんどはは私の事なんて考えてくれなくて。お姉ちゃんもお母さんも家元だから戦車道をやるのは当然っていう感じて。まぁ、あの二人は才能があるから良いんだけど…。」
今まで収めていた心の言葉が驚くほど素直に出てくる。
「才能のない私は…。」
ずっと言いたかった事、誰かにこの言葉を聞いて欲しかった。
「私のサツマイモアイス、チョコチップ入りぃ♪」
「私のはミントです」
「はむ…。ううん、おいしいどっちも!」
気持ちが落ちてきたみほを案じてアイスを食べさせる華と沙織、二人の優しさを感じ思わず笑顔になる。
「みほのも食べさせてぇ」
「プレーンも良いですよね」
「そんなに、なくなっちゃうぅ」
ーーーー
楽しく話を済ませ帰宅した優依は風呂に入り着替えると視界に電話が映った。
「……」
転校してから必要最低限しか使わなかった電話、戦車がどうこうと言う話ではないが一度親に話しておかねばならないだろう。
彼女は静かに受話際を上げ、電話を繋げるのだった。
ーー
「と言うわけでもう一度戦車道を…」
「ついにやるのねぇ優依!」
明らかに電話の出せる音量の限界を超えた声に耳鳴りを感じる優依。
どちらかと言えば寡黙な優依に対し母のゆかこは騒がしい方だ、片腕を失いながらも戦車道を続けようとする娘に対し余程嬉しかったのか泣き声も聞こえてくる。
「母さん…」
「貴方ならやってくれると思っていたわ。だって私の娘ですもの」
相変わらず喜怒哀楽が激しい母親だがこうやって感情をさらけ出せるのも彼女の魅力だ。
「私からの餞別として、母さんから貰った戦車を使うと良いわ」
「え、でも」
「大洗には戦車は余りないと思うわよ、やってなかったんだから。手続きはしておくわ。貴方のために片手で操縦出来るようにしてあるんだから!」
「ありがとう…」
母親の用意周到さに感心させられながら優依は心からの感謝を込めて言葉を送る。
自分自身が戦車道に戻ってくることは母であるゆかこにとって分かっていた事なのかは分からないが…。
そのための準備を今までしてくれていたのだ、何と言えば良いか。
「いい?いつも言ってるけど…。」
「「やるからには徹底的に、一番を狙っていけ」」
耳にたこが出来る位聞いた言葉に優依も思わず笑う。
何も変わらない、進むだけ進んでみよう…期待に応えるために。
「あと寄港したらちゃんとおじいちゃんのとこいくのよ」
「えぇ…。いつも寿司を腹がはちきれる程食べさせられるんだけど…」
「それは優依が大好きな証拠じゃない。行きなさいね」
「はい…。」
祖父も嫌いではないのだがやはり死ぬほど食わされる寿司は本気でどうにかして欲しい。
老舗の店だから味も素晴らしいのだがそれが逆にトラウマ化しつつある優依だった。
「明後日までに送っておくから、じゃあね!」
「車種だけ…。切れた……」
送ってくれるなら戦車の種類だけでも聞こうと思っていた優依だったがゆかこは早々に切ってしまったせいで分からなくなった。
どうせ明後日には来るのだ、その時に確認しておけば良いだろう。
「明日から再開だ」
ほんの少しだけ嬉しそうに呟いた優依、今日は少し早めに寝ることにしようと思い部屋の電気を消すのだった。
ーーーー
「ついに優依が戦車道に帰ってくるのね!」
喜々として呟くゆかこは青みのかかった髪を揺らしながら電話を切ると早々に蔵へと向かう。
蔵の中にはしっかりと清掃された戦車が鎮座しており再び動き出す瞬間を待っているようだった。
「優依が戻ってくるって?」
「母さん…」
真底楽しそうに笑う ゆかこの背後から声をかけたのはゆかこの母である しず だ。
白髪の髪を結い、年老いていながらもその眼光は鋭いままだ、ゆかこの親友の しほ からも優依からはお婆さん似だとよく言われている。
「えぇ、戦車道に戻るそうです」
「そうかい、あの子なら片腕を失おうが折れないと信じていたよ」
「思い出しますね、これで何度 しほと火線を交えたか…。」
「因果だね、親子代々で西住流とやり合う事になるとは」
「
悪く言えば脳天気そうに見える ゆかこも昔はバリバリの現役生だった。
優勝などと華々しい戦績は残していないが隊長として生徒を率いてきた彼女は当時の選手間では恐れられていた。
「そう言えば、お父さんが寿司を食わせ過ぎてくるってぼやいてましだけど」
「あのバカ、何をやってんだが…」
孫バカをこじらせて逆に困らせている夫に悪態をつくしずだった。
ーーーー
黒森峰学園艦、生徒含め約10万人を擁する巨大な学園艦である。
そこにある黒森峰女学園の戦車道を行う生徒は寮生活を送り日々厳しい練習を行っている。
「……」
その戦車道を行っている人員全てを統括しているのが隊長である まほだ、彼女に与えられた部屋は一人部屋で他の部屋よりも大きく作られている。
「やはりまだ練度が足りないか…」
夜も更けてきたというのに今だに寝る気配がない彼女は呼んでいた資料を机の上に置き横目で置かれた写真を見やる。
そこに写っていたのは まほと優依。
入学したばかりの写真で優依の左腕は直立不動のまほの肩に乗せられていた。
「お前と違ってアイツらはよく履帯を壊してしまうよ」
阿吽の呼吸をとっていた相手はもういない、寡黙な部類だったが彼女は人との接し方が上手かった。
精神的支柱の喪失直後の決勝戦、あの時の自分は完璧だったと今だに言えないのは事実だった。
「エリカももう少し落ち着きがあれば良いんだがな…」
ノンアルコールビールを片手に後輩のことについて遅くまで語り合ったのは優依ぐらいだろう。
もうじき始まる戦車道の全国大会、その手に再び勝利を得るために…、まほは静かに手を握りしめるのだった。