ガールズ&パンツァー 隻腕の操縦士 《本編》 作:砂岩改(やや復活)
「西住さんもやりましょうよ。色々ご指導ください」
「みほがやればぶっちぎりでトップの成績が取れるよ!」
黒森峰で起こしてしまった事件をきっかけに戦車道のない大洗女子学園に来たみほ。
しかしトラウマの原因である戦車道は自分から離れずに追い掛けてきてしまった。
「えっと…」
せっかく仲良くしてくれた五十鈴華と武部沙織まで戦車道に興味を持ち誘ってきた。
みほ自身、乗り気ではなかったがせっかく出来た友人の誘い、困り果て周りを見渡したときに彼女は見つけた。
突然消えてしまった先輩、優依先輩を…。
「優依先輩?」
話の途中だというのにみほは思わずその背中に声を掛けた。
そしてその背中は予想を裏切らず振り返り見知った顔をこちらによる向けてくれた。
「みほか!」
「やっぱり優依先輩だったんですね!」
先程の気持ちはどこへやら、満面の笑顔を浮かべたみほは優依へと飛びついた。
「うお!?」
「お久しぶりです!」
ーー
かわいい後輩であり親友の妹であるみほを黒森峰に置いてきてしまったのは優依の感じていた後悔の理由の一つだった。
「会えて良かったです!」
そんな彼女が涙を浮かべながら飛びついてきたのは驚いた。
突然飛んできたものだから体を支えれず大きく後退してしまう、それを見た香奈恵と美優、イオは優依を支える。
「お前こそ、なんでこの学校に…」
抱きついてくるみほの後ろには友達であろう二人が目を大きく見開いて驚いている。
それはそうだろう、こんなの誰だって驚く。
「どうした、みほ?」
「……」
抱きついたまま動かなくなったみほをしばらく見つめた優依は。
「あぁ…すまん。今日はみほと帰る。先に行っててくれ」
「覇王が呼んでいる…」
「え、じゃあお先に。イオちゃん、行くよ」
「みほ!私のことは無視ですかぁ!?」
美優と香奈恵に引きずられ去っていくイオに軽く手を振り見送る優依は目の前にいる二人にも声を掛ける。
「すまないな、昔からの付き合いでな」
「あ、そうだったんですか」
「まさに感動の再会ってやつだね」
黒髪と茶髪の二人は優依の言葉に納得の意を示すと先に帰っていく。
「じゃあまた明日ね、みほ」
「教室でお会いしましょう、西住さん」
「あ、うん。ありがとう」
快く去っていく二人をみほは慌てて返事をすると手を振り返すのだった。
「あ、すいません。突然飛びついて…」
「いや、気にするな。まさかお前が大洗に居るとはな…」
優依は右手でポンポンっと頭を優しくなでると笑いかける。
するとみほも笑い返し二人でクスクスと笑うのだった。
「積もる話もあるだろう。私の部屋に行くぞ」
「あ、はい!」
ーーーー
「ただいま…」
「お、お邪魔します」
綺麗に整頓された部屋は実に優依らしい、部屋の隅にはスチール製の棚が配置されそこには多くの本とファイルが並べられている。
「茶を入れる、待っていろ」
「はい」
キッチリ並べられたファイルの前に座るみほはそれを見て違和感を覚える。
ファイルが一つだけ逆さまになっていたのだ、よく見ればそれだけ使い古されよく使われているのが分かる。
「……」
気になったみほは失礼を承知でそのファイルを手に取ってしまった。
なんとなく開けたページを見て彼女は思わず息を飲んでしまった。
《黒森峰女学園、悲願の十連覇届かず》
ファイルの中身は切り取られた新聞、つまりこのファイルは新聞スクラップの為のものなのだろう。
「これは…」
やはり優依先輩も気にしているのかとみほはため息をつく。
「見たのか…」
するとお茶を入れ終えた優依が自身の目の前に静かに置く。
「あ!すいません、勝手に見て」
「なに、気にするな」
部屋を勝手に漁ったというのに優依は怒らずに用意したお茶を飲む。
みほもそれにならってお茶を飲む。
二人とも何一つ言葉を発さずに時間だけがゆっくりと進んでいく、その沈黙を破ったのはみほだった。
「あの…。優依先輩は去年の決勝、どう思っていましたか?」
「決勝か…。」
発せられる言葉を固唾を呑んで待つみほ、それを見た優依は静かに笑いかける。
「少なくとも、お前が思ってるようなことは思ってないな」
「え…」
優依の言葉はみほにとって意外な言葉だった。
あの決勝の後、黒森峰で罵られることもあったし非難の目で見られることが多かった。
確かに自分が悪い、あの時飛び出していなければ負けなかったかもしれないのだ。
だが目の前の人はとても穏やかな顔で話している、それがみほにとっては不思議だった。
「だが私はお前が悪くないとは言わないし、全部悪いと言うつもりもない。あれは黒森峰全体の弱点が露出した瞬間でもあったからな」
「弱点ですか?」
「あぁ…。あの時、アイツらは みほがいなくても行動するべきだったんだ。自分たちの頭で考え行動するべきだった」
黒森峰の弱点は簡単だ。
指揮に忠実すぎるところだ、だから車長であるみほがいなくなったティーガーⅠの乗員は混乱し何もすることなく撃破されてしまったのだから。
「指導員として指導していた私にも責がある」
「そんな、元々私があんな事をしなければ…ガンッ! ひぅ…」
決して優依のせいではないと言葉を放つみほだがそれを彼女が許さずコップを机に強めに置いた。
その音にみほも驚き言葉を止める。
「みほ、それ以上自分を責めるな。」
「え…」
先程の行動とは正反対の優しい言葉にみほは驚く。
「全て人のせいにするのも、全て自分のせいにするのは簡単で楽なんだ。大事なのは起きたことを悔やむのではなく、それを得てこれからどうするかだ」
「これから…」
「そうだ、私はこんな体になってもまほを恨んでいない。持っているのは感情にまかせて苛立ちをぶつけてしまった後悔だけだ」
そう言って優依は右手で先のない左肩を掴む。
左肩を掴む彼女の表情はとても悲しそうな表情だったが妙に清々しいとみほは感じていた。
「お前はもう少し自信を持つべきだな…」
「……」
そう言った優依はコップに残っていたお茶を飲み干すと時計を見やる。
時間は六時を指していた。
「もうこんな時間か…。そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
「え?もうこんな時間!」
みほも時間を確認すると慌てて立ち上がり玄関に向かう。
「あの…。」
「ん?」
「ありがとうございました」
「あぁ…。」
部屋を去る際に振り返り笑顔で去っていくみほを見送った優依は少し疲れたように壁にもたれた。
「それを得てどうするか。盛大なブーメランだったなぁ」
一人呟いた彼女は選択科目の申込用紙をカバンから取り出し見つめる。
戦車道と大きく書かれた欄を見やり大きくため息をつく。
「この身で何ができるかは知らないが…。」
文鎮とボールペンを用意した優依は申込用紙に印と小さな字で何か書き込むのだった。
ーーーー
すっかり暗くなってしまった街をみほは静かに歩いていた。
「優依先輩に会えて良かったなぁ」
とある事件が起きたのは準決勝を終え、決勝戦の前だった。
それから彼女は病院から出てこずそのまま会えずにどこかへ行ってしまった。
「それを得て何をするかか…」
そんなこと、初めて言われた。
自身の姉はいつも通り、その力強い背中を見せるだけでなにも言わなかった。
優依先輩の様に励ましでくれなくても良かった、その口で責めてくれればどれほど楽だったか。
「でも戦車道、どうしよう…」
なにがともあれ、明日提出する予定の申込用紙を見やり彼女は静かにため息をつくのだった。
ーーーー
次の日、朝は必ずやってくる。
いつも通りに起き朝食を作りながら壁に貼り付けた新聞を読んでるとイオがやってくる。
「おはようございます!」
「おはよう」
「みほはどうでした?」
「随分悩んでいたな、戦車道は選ばないだろうな」
「そうですか…」
イオ自身も中学時代みほと共に戦車で駆けた仲だ。
たまに話すと言う感じで特に仲が良いと言うわけではなかったが顔見知りだ気になるものは気になるだろう。
「姉貴は良いんですか?それで」
「なに、言うべき事は言ったから満足だ。それに誰に何を言われようと最終的に決めるのは彼女自身だ。彼女なりに後悔しない道を選ぶだろう」
「姉貴ってやっぱり優しいですね」
「そうだろ」
笑顔で話す優依を見てそれ以上の詮索を辞めたイオは大人しく朝食を待つ。
まだ机にないのはいつものだし巻き卵だけだった。
ーーーー
場所と時が変わり大洗女子学園、2年生の教室ではみほとその友達、華と沙織がお互いの選択科目を見せ合っていた。
みほの下した決断はやはり戦車道ではなかった。
「ごめんね…。私やっぱり…。どうしても戦車道したくなくてここまで来たの!」
みほの心からの謝罪、せっかく仲良くしてくれた二人と大切な先輩である彼女たちを裏切ってまで逃げてしまう自分を情けなく思いつつ勇気が持てなかった。
「分かった」
「ごめんなさいね。悩ませて」
みほの謝罪に対し二人は快く承諾し自身たちも戦車道の項目から印を消し、彼女の選んだ香道へと着け直す。
「へ?」
「私たちもみほと一緒にする」
「そんな!二人は戦車道を選んで!」
沙織の言葉にみほは反対するが二人はそれに対し明るく答える。
「いいよ、だって一緒がいいじゃん!」
「それに私たちが戦車道を始めたら。西住さん、思い出したくないことも思い出してしまうでしょう」
「わ、私は平気だから…」
「お友達に辛い思いはさせたくないです」
「私、好きになった彼氏に趣味合わせるタイプだから大丈夫!」
二人の優しさに感謝しつつうっすらと涙を浮かべるみほは安堵したように二人を見つめ返すのだった。
ーーーー
「これこそがDESTINY」
「やっぱり優依も戦車道にしたんだ!」
時間は昼時、多くの学生が話に花を咲かせている中、優依はいつも通り美優と香奈恵と共に昼食を食べていた。
「まぁな、やれるだけやってみようと思ってな」
食事を余所に喜ぶ美優は座っている今にもスキップしそうな勢いだ。
「かの騎士はいずれかに行かん」
「昨日の子はどうしたのって?」
「みほか…。軽く世話話をして帰ったよ、時間も余りなかったしな」
「彼女も戦車道やってたの?」
「まぁ、ちょっとトラウマ持ちだが」
「あぁ…。」
声を一段と下げ話す優依に察した美優は聞くのを辞める。
そうなってくると更に気になるのは優依自身の気持ちだ。
「優依は本当にいいの?戦車道選んで」
正直こんなになっても戦車道を続けようとしているのは自分たちのせいと思っている美優は聞かずにはいられなかった。
「暴君は暴君であれ」
「そうよ!私たちを気にしなくて良いんだよ!」
「大丈夫だよ…。ありがとう」
みほの方もそうだが優依も優依なりに信頼できる仲間を得ていたようだ。
「まぁ、イオもやるし四人で戦車道をやってみるのも悪くないなと思ってな」
「同志よ…」
「優依ぃ!」
「ちょっと!」
歓喜のあまり抱きつく美優、優依の向かい側に座っていたため昼食が大惨事になる寸前で香奈恵が素早くカレーとチキン南蛮を避難させる。
「おい!危ないだろう!」
「大好きだよ優依ぃぃ!」
「うざい!離れろ!」
「かの巫女に祝福を」
「見てないで助けろ中二病!」
《普通一科、2年A組西住みほ。普通一科、2年A組西住みほ。至急生徒会室に来ること》
突然鳴り響くサイレンに似た音と共に響き渡る校内放送、それを聞いていた者の殆どが聞き流していたが優依は逃がさない。
「まさか…。ちょっと行ってくる!」
「え!?待ってよ!」
「貯えは…いざ行かん」
顔色を変えて生徒会室に向かう優依、それを追い掛ける美優にカレーとチキン南蛮を持ちながら追随する香奈恵。
奇妙な列が続いているのを優依は知らずに生徒会室に向かうのだった。