ガールズ&パンツァー 隻腕の操縦士 《本編》 作:砂岩改(やや復活)
抽選大会が終了し集まっていた各校の生徒たちは思い思いの場所へと散っていく。今日の練習は休みとしていた大洗のチームも街に繰り出しそれぞれの場所へと向かっていった。
「姉貴、戦車喫茶に行きましょうよ」
「へぇ、そんなのあるんだ」
「はい、ここの名物のようなものです」
「異論無し」
「そうだな、茶をするのも良いかもな」
優衣たちも戦車喫茶に向けて歩を進めていると風に乗って音楽が聞こえてきた。
「綺麗な音色」
「弦楽器ですね。誰だろう」
「…久しぶりだなミカ。相変わらずで何よりだ」
「おや、バレてしまったか」
戦車道関係者が集まっている街でカンテレの音色を聞けばだいたいの察しはつく。高校戦車道の変わり者、継続高校隊長、ミカ。
「BT42か、どこで手に入れたんだ。買ったわけではないだろ?」
「プラウダの好意に甘えただけさ。彼女たちは実に気前が良い」
「トラブルを起こすなよ」
どうせなにを言っても右に左にと受け流されるだけだろうが言うことは言っておかねば。
「優衣、この人は?」
「今回、黒森峰と1回戦で当たる。継続高校の隊長だ、実力は折り紙つきで大会のダークホースだな」
「君が人を褒めるなんてね。明日は榴弾でも降るのかな」
「世間一般の評論を述べただけだ。私は何も言っていない」
「相変わらずだね」
優衣とミカは黒森峰時代に戦った間柄だ。あの時は互いに1年生だったがその時からこの捕らえどころの無い彼女はとても強かった。
「まさに隠れた逸材と言うところか」
「それは君の方がよく似合う。西住流の隠し腕さん」
「私はそんなに凄い人間じゃないよ」
「そうかい…」
ミカは相変わらずカンテレを爪弾きながらBT42に腰を降ろしている。まったく、相変わらず考えてることがよく分からない奴だ。
「また、会えたら会おう」
「あぁ…優衣」
立ち去ろうとした優衣にミカはいつも通りの落ち着いた声で引き留める。
「なんだ?」
「おかえり…」
「……あぁ。ただいま」
彼女の気まぐれか、それともなにかを意図があったのかは分からないが。優衣はやっぱりこの場に、戦車道に戻ってきて良かったと心の中で思ったのだった。
ーー
「あれ、ミカ。誰かと話してたの?」
優衣たちが立ち去るとそこにアキとミッコが現れた。そんな彼女の質問に答えることなく彼女はカンテレを引き続ける。
「もう、聞いてるの?」
「風が巡り合わせてくれたのさ」
「やっぱ会ってんじゃん」
彼女のの言葉にミッコが言葉を零すとミカは顔を上げて空を見る。
「ミカの友達?」
「あぁ、
アキの言葉にミカは静かに答える。カンテレの調子は実に快調であった。
ーー
「あれ、どうしたんだろう?」
戦車喫茶に入った美優は一部の静まり返った空気を察知し視線を向けるとそこにはみほたちのチームと黒い制服を纏った二人組が話をしていた。
「あれってたしか」
「黒森峰…」
美優と香奈恵の言葉な反応したのは優衣だった。彼女は黙って後ろに下がると喫茶のドアに手をかける。
「すまん、急用を思い出した。三人でゆっくりしていてくれ」
「え、優衣?」
「優衣?」
「え?」
美優の言葉に反応したのはまほとエリカの二人。二人は振り返るとイオたちと目が合う。そして視界の端に紺色の髪の毛が映る。
「優衣さん!」
それにいち早く反応したのがエリカ。彼女は先程まで嫌味を漏らしていたみほに目もくれず足早に彼女を追いかける。そらをまほは黙って見送るのだった。
ーー
「優衣さん、待って!」
「……」
必死に追いかけたエリカは彼女の右腕を掴み、なんとか止めるも優衣は顔を合わせなかった。
「嫌いになったんですか!私たちの事、恨んでるんてすか!?」
「違う!」
「じゃあ、なんで逃げるんですか!ハッキリ言ってください!」
「違う、私はお前たちを見捨てた。自分の事しか考えずにお前を捨てたんだ。そんな私がどんな顔をして会えばいいんだ!」
黒森峰を見捨てて大洗に行ったことは優衣にとって大きなしこりになっている。特にエリカとまほに対してはいまだにどのような顔をしてよいのか分からなかった。
バチッ!
その瞬間、優衣はエリカに頬を打たれた。
「情けないこと言わないで下さい!それでも貴方は私を育ててくれた優衣さんですか!そんな事で私が貴方に失望すると思ってたんですか!バカにしないで下さい、例え貴方が貴方に失望しても私は貴方に失望する事はありません!」
「…すまん」
「…いえ」
素直に謝る優衣を見てエリカとも興奮が収まってきたのか表情がいつもの感じに戻る。そしてすぐに顔が青ざめる。
「わ、私は優衣さんに何て事を…」
「いや、すまない。お前の思いは十分伝わったよ」
「はい、すいません!」
直立不動の返事に苦笑しながらも優衣は改めてエリカを見つめる。
「成長したと思ったがまだまだひよっこだったな」
「うぅ…」
優衣の言葉にエリカは少し悔しそうに顔を歪ませる。少し優しそうになったと思って誉められる事を期待していたがそんなことはなく。相変わらず彼女は辛辣だった。
「あの、殴ったお詫びとして食事でもご一緒しませんか?」
「もしかしてその為に私を殴ったのか」
「いえ、とんでもありません!」
「冗談だ、行こう」
「はい!」
優衣の言葉にエリカは喜び、行きつけの店に彼女を案内するのだった。
ーー
戦車喫茶とはまた違った喫茶店で二人は飲み物を頼み腰を落ち着かせるのだった。
「凄く、会いたかったです。優衣さん」
「あぁ…」
話したいことはいくらでもある。報告したいことは山ほどある。しかし優衣を前にするとなにも言えなくなってしまう。
「副隊長になったそうだな。おめでとう」
「いえ、私はただ運が良かっただけです。優衣さんも…前副隊長も居なくなってしまったから」
「みほはともかく。私はその場繋ぎの間職だった、それに選ばれたのはお前の実力があってこそだ。まだまだ甘いがな」
「う…」
すっかり昔のような調子に戻ってしまった優衣に対しエリカは特になにも言えずに話を聞く。
「優衣さん。黒森峰に帰ってきませんか?」
「無理だ。この腕じゃなにもできない」
「それなら…」
「それにもう裏切りたくない」
一度は黒森峰を裏切ってしまった。もうこんなことはしたくないし、教えているアイツらを放っては置けない。そんな優衣の言葉などエリカには分かりきった事だったが一度だけ聞いてみたかったのだ。
「隊長とはお会いにならないのですか?」
「すまん、まほとはもう少し時間が欲しい」
これも彼女の予想通り、というよりまほの方も話せるかどうか分からない。
「まさか、全国大会に出られるなんて。夢にも思いませんでした、しかも選手だなんて」
「片手用に準備をしてくれてな。また操縦手としてやってはいるが流石に高校を卒業すれば分からない」
「でも、嬉しいです。形がどうであれ、また戦車道で会えるなんて」
「そうだな…。みほのことは…」
「前副隊長のことは話が違います。まだ私は許せません」
「……」
運ばれた飲み物を口に含みながら優衣は複雑な表情を浮かべる。本当に色々な事があったが仲が良かった二人。だからこそエリカはみほの事を許せないのだろう。まほと優衣もあの事件を契機に大きな軋轢が発生したのと同じように。
「あ、すいません。そろそろ時間が」
「構わないよ」
指定されていた時間が来たのかエリカは申し訳なさそうに席を立つと最後にこちらに振り向く。
「決勝戦で待ってます。そこで見てください、私の一年間を」
「あぁ…期待している」
「はい!」
嬉しそうに喫茶店を後にしたエリカを見送った優衣は大きくため息をつく。
ダージリンのお陰である程度の覚悟が出来たつもりでここに来たがいざ本人たちを前にすると怖じ気づいてしまった。エリカに随分と情けない佐方を見せてしまった。
「私もまだまだひよっこだな」
優衣の呟きは誰の耳にも届くことなく消えていく。そんな彼女の思いとは関係なく大会は始まるのだった。
次回十四.五両 過去編 教え子との出会い