ガールズ&パンツァー 隻腕の操縦士 《本編》 作:砂岩改(やや復活)
「マチルダⅡ4両、チャーチル1両が前進中。クルセイダーの姿は認めず」
「別行動か…何を考えてる」
見晴らしの良い高台にM18を止め聖グロリアーナを窺う優依たちは双眼鏡越しに観察しながら話をしていた。
「しかし不安です。キルゾーンに追い込んで倒すと言うだけでサブプランも無し。これではこちらが一方的にやられてしまいます」
「隊長はみほだ。その後はあいつがなんとかしてくれるだろう」
優依にしてはやけに人任せな言葉にイオは疑問に思うが自身の考えなど彼女には届かないことは知っている。なら問いただすこともないだろう。
「なんでそんなに投げやりか知りたいか?」
「え、はい…」
完全に思考が見透かされ申し訳なさそうに頭を引っ込めるイオを横目に笑いながら優依は話を続ける。
「私はな、アイツの戦い方をもう一度見たいんだ」
「戦い方ですか?」
その言葉にイオはふと思い出す。中学の時の彼女の戦い方は西住流とは大きくかけ離れていたような気がしていたからだ。
「まほは完璧な作戦を主軸に戦況を動かしていくタイプだ。不測の事態が起きても結局は元の作戦通りに物事が進んでいく」
圧倒的な物量と火力そして絶対的な統制の元、敵を殲滅する。それを最大限に利用できる状況を作るのがまほのやり方だ。まほのがと言うよりはそれが西住流のやり方なのだが。
「対するみほは違う、根本的に考え方が違う。人の個性に合わせた戦い方をする、チームに合わせた戦術を産み出し活用する」
「それってつまりどう言う事なの?」
その説明に対し美優は疑問の声を上げる。イマイチよく分からないようだ。
「要するに私は今までまほと一緒に戦ってきたがその真反対の戦い方をするみほの戦い方を知らないだけという話しだ」
「優依って前置きが長いよね」
「そうか?」
「永久への遠征への旅路は?」
「そうですね、そろそろこっちも作戦を開始しましょう」
なんか香奈恵語がだんだん分かってきたイオは双眼鏡から目を離し車内に入る。優依もそれは同様でハッチを閉めるとエンジンを派手にかける。
響き渡るM18のエンジン音に身を乗りだしていた聖グロリアーナのマチルダⅡの車長がその音を聞きつけた。
「敵車両発見、M18だと思われます。3時の方向」
マチルダⅡからの通信を聞きダージリンはその方向に目を向ける。岩陰に隠れてはいるが大洗の車両は殆どが派手な色をしている、あれほど背景と同化できるのはM18かⅣ号ぐらいだろう。
「追撃します、1両のうちに叩くわ。行きなさい」
ダージリンの言葉と共にM18に向かって進撃する5両の戦車。
「姉貴、なんか見つかってますよ!」
「そらそうだ。バレるようにエンジンを鳴らしたんだからな」
「言ってくださいよ!合流ポイントに移動します!」
M18は即座に反転、谷底を通り合流ポイントに向かい始める。それに対しチャーチルを先頭にした楔形陣で追う聖グロリアーナは砲門を揃え砲弾を撃ち放つ。
「凄い撃ってくるんですけど!」
「ヘルキャットに当たったら、ひとたまりもありませんね」
「冷静!」
「この風、この肌触りこそ戦争よ」
「どこから突っ込めばいいのやら」
飛来する砲弾に怖がる美優に対し冷静なイオと興奮している香奈恵、その会話を聞いていた優依はその対処に困っていたのだった。
ーー
「どんどん引き離されてますね」
「速度差は大きいから仕方ありません。見失なわなければ良いわ。ローズヒップは?」
紅茶を片手に会話するダージリンは1つの懸念材料を思い確認させる。その頃、肝心なローズヒップは。
「あれぇ、おかしいですわぁ?」
「車長、地図が上下逆です」
「いけません。これでは挟撃が出来ませんわ」
大洗女子が伏せていそうなポイントを偵察がてら巡回しつつ挟撃する筈のローズヒップのクルセイダーだがもはやノルマと化している彼女のうっかりで完全に迷ってしまったのだった。
「迷ったそうです」
「まったく…。あの子は何をしてるのかしら」
1度、試しに自由にさせればこの通りだ。これからのことを考えると頭が痛くなるがそれはそれ、今は逃げるM18に集中するのだった。
ーー
「こちらイオ、聞こえますか?間もなく作戦予定地点に到着します。準備を」
「Fチームが戻ってくるぞ。全員戦車に乗り込め!」
聖グロリアーナ迎撃予定地点、そこにはM18を除く全ての戦車が車列を組み待ち伏せていた。
「えぇ」
「せっかく革命起こしたのに」
良いタイミングでゲームが途切れ不満げな1年生チームを横目に聖グロのように緑茶でティータイムを行っていたみほたちが慌てて戦車に乗り込んだ。
「随分と早いですね」
「M18は足が自慢ですから、向こうも必死に追い掛けてると思いますよ」
「みほ、もうすぐ到着するみたいだよ」
「うん。冷泉さんエンジンを…。五十鈴さんは冷静に狙ってください」
「分かった」
「分かりました」
冷静に落ち着いて、それをよく言い聞かせるみほ。何事も落ち着くことは大切だ。
騒がしくなっていた車内は静寂に包まれ戦車のエンジン音だけが鳴り響く、華もレティクル越しに照準を合わせ引き金に指をかける。
「撃てぇ!」
「ひゃ!?」
通信越しに届く大声、その主は桃のものだった。スコープに映っているのは味方のM18、だが突発的に耳に届けられた言葉に華を含む全車の砲手が一斉に砲を撃ってしまった。
「なぁ!?」
目の前で巻き起こる土煙に優依は思わず声を上げる。
「姉貴、当たる!」
「っ!」
偶々か、それとも天性の才か…。華が撃ち放った砲弾がM18の元にまっすぐ飛来する。それを察したイオの言葉に優依は素早く反応、ブレーキで車体を滑らせ避ける。簡単に言えばドリフトだ。
「おぉ、やるねぇ」
「優依を車に乗せたら良い線行きそうだ」
「こんど乗せてみようか」
ぶっつけ本番でドリフトをかました優依の操縦テクニックを映像越しに見て盛り上がる自動車部の面々。
「撃ったのはどこのバカだ!」
「うきゅぅ…」
ドリフトから車体を立ち直らせすぐさま丘の上に上る。
予想を斜め上に行く状況に対し声を荒げる優依、しかし他の3人は急停止に急加速、急制動のせいでもみくちゃになり大変な事になってしまっていた。
「撃てぇ、撃てぇ!見えるものは全て撃てぇ!」
「そんなに闇雲に撃っても当たりません。落ち着いて」
「まったく…」
パニックに陥っている桃とそれを止めようとするみほ、それを見た優依は頭を抑えたくなる。今までやってきた練習が全部、パーだ。
「全車両前進…攻撃」
Ⅳ号とM18以外の車両が砲を撃ちまくる中、ダージリンの指示の元聖グロリアーナが反撃を開始する。
「凄いアタック!」
「あり得ない!?」
「みなさん落ち着いてください!攻撃止めないで」
攻撃に晒されさらに混乱する大洗チーム、今まで受けたことのないほど苛烈な攻撃に混乱し悲鳴を上げる。
「無理です!」
「もう嫌ぁ」
「待って逃げちゃ駄目だってば!」
極度のパニック状態に陥った1年生チームがM3から降り逃げだしてしまう。その直後、砲弾がM3に直撃し白旗を上げる。
「姉貴、1年生たちが走って逃げました!」
「走って?!この砲弾の中を走って逃げたのか!」
逃げ出した事にも驚いたが一番のポイントはこの砲弾が飛来する場所を駆けて逃げだしたことだ。そっちの方が危険だと思うのだがとりあえず無事なので良しとする。
「姉貴、どうしたら?」
「隊長はみほだ。そっちに指示を仰げ」
「おほほほ、やっと着きましたわ!」
オープン回線で流れる甲高い声、その声の主であるローズヒップは大洗チームが布陣していた丘の奥の道からクルセイダーを駆け姿を現す。
「そんな、挟まれた…」
そのルートから撤退をしようとしていたみほはクルセイダーの出現に絶望を覚える。
「おほほ、覚悟してくださいまし!」
紅茶を盛大に零しながら進撃するローズヒップたちは一切減速せずM18に突っ込んでくる。
「イノシシか!」
突進してくるクルセイダはM18を狙い砲を撃ち放った。
「きゃゃゃ!」
砲弾が装甲を擦り耳が痛くなるような音が車内に響き渡る。金属同士が擦り生理的に嫌な音を聞かされた美優は絶叫する。
「頂きましたわ!」
優依の急激な回避行動に体当たりを仕掛けたクルセイダーは対応できずそのまま丘の縁を突っ切り落ちていく。
「あらららら!?」
ティーカップの中身を全て撒き散らしながら落ちていくローズヒップ、それを見届けたみほは叫んだ。
「B、C、Fチーム。私たちに着いてきてください」
「分かりました」
「心得た」
「とっとと逃げよう」
「なに!?許さんぞ!」
「もっとこそこそ作戦を開始します!」
みほの宣言と共にローズヒップのやってきたルートから聖グロリアーナの包囲を脱出する4両。
「逃げ出したの?追撃するわよ、ルクリリ手早くローズヒップを引きあげなさい」
「分かりました」
それに対し追撃に出るダージリン、だが彼女の視線は丘から落ち岩に嵌まっているクルセイダーにそそがれ小さくため息をつくのだった。
ーー
「追撃に来ているのはチャーチル1両にマチルダⅡが3両、マチルダⅡ1両にクルセイダーが見当たりません」
自然が豊かなエリアから市街地に移動してきた大洗チーム、M18を殿としており追撃してくる車両と数をイオが報告する。
「右に3度、修正する」
砲塔を旋回し追撃してくる聖グロリアーナの機先を牽制する香奈恵、M18の砲はチャーチルにとっても脅威だ。そのせいで中々、大洗との距離を詰められないでいた。
「これから市街地に入ります。地形を最大限に活かしてください」
「Bei Gott!」
「大洗は庭です、任せてくさい!」
「ヘルキャットの遊撃戦闘をお見せしましょう!」
聖グロリアーナとの距離を開け交差点を起点に各車がそれぞれの進路を取る。
「さぁ、まずどこに行けばいい車長?」
「そうですね、まずは…」
個々の個性を最大限に生かした大洗の反撃が始まろうとしていた。
随分と遅くなってすいませんでした。