ガールズ&パンツァー 隻腕の操縦士 《本編》 作:砂岩改(やや復活)
「よし、今日はここまでだ。そのままで良いから聞いて欲しい」
実技を始めて3日、ある程度優依の練習に対して耐性が着いてきた履修者たちは立てる者は立って彼女の話に耳を傾ける。
「今週末、他校と練習試合を行うことが決定した。相手は聖グロリアーナ女学院、相手は全国大会で準優勝を飾った事もある強豪校だ」
優依の発言に対し全員がざわめく、それはそうだろういきなりそんな学校と戦うとは思っても見なかっただろうから。
「本来なら見向きもされない我々の相手として快く承諾してくれた。私はお前たちをそれなりに評価している、この試合で何かを掴むことに期待する」
期待する、その言葉に全員が緊張感を持った顔に変わる。それを見た優依は静かに笑い横で立っていた桃に目を合わせる。
「日曜日は学校に朝6時に集合」
「そんなに朝早く」
桃の言葉に対し不満を漏らす声がチラホラと聞こえる。5時なんて普通は起きない時間だし仕方のない事だろう。
「朝だぞ、人間が朝の6時に起きれるか…」
「いえ、6時集合なので起きるのは5時ぐらいじゃないと」
「人には出来ることと出来ないことがある。短い間だったが世話になった」
なんだかみほの居るAチームが騒がしいがチーム内のことに首を突っ込むのも野暮というものだ。
ーーーー
「いいか、相手の聖グロリアーナ女学院は強固な装甲と連携力を生かした浸透強襲戦術を得意としている。とにかく相手の戦車は固い、主力のマチルダⅡ対して我々の方はM18を除いて100メートル以内では通用しないと思え」
大洗で発掘?された戦車は大目に見れば扱いやすい優しい車両たちだが火力も装甲も心もとないのが現状だ。
「そこで1両が囮となりこちらが有利なキルゾーンへと誘い込み高低差を利用しこれを一気に叩く!」
桃の発案した作戦はよく言えば王道、悪く言えばありきたりな作戦だった。
全国大会でもこの作戦は多用されるがあくまで次の作戦の繋ぎに向けて優位に立ち回るためのものだ。切り札としては弱すぎる。
「おぉ」
「よし!」
優依とみほを除く各車の隊長たちは納得の声を上げる中、みほは優依に目をやるが残念ながら彼女は口を出すつもりはないらしい。
「西住ちゃん、どうかした?」
「え、いえ…」
「良いから言ってみ」
「聖グロリアーナは当然、こちらが囮を使ってくることも想定している筈です。裏をかかれて逆包囲される可能性もあるので」
みほの言葉に全員が再び納得の声を上げた。相手は強豪校、そう言った場合は容易に想像できるだろう。
「黙れ、私の作戦に口を挟むなそんな事言うんならお前が隊長を!」
「ゴホンッ!」
「……」
みほに指摘され桃は思わず怒鳴り散らすが優依の咳払い一つで一瞬で沈黙したのだった。
「あはは…」
この光景には思わず優依の横に座っていた柚子も苦笑いをしてしまう。
カエサル、梓、磯辺もこの瞬間、見えない圧倒的な上下関係がハッキリ見えた気がした。
「まぁ、とにかく。指揮は西住ちゃんが執ってくれれば良いんじゃない?」
「え、それなら優依さんの方が…」
「私は操縦手だからな、指揮を執るのは難しい」
「じゃあ、西住ちゃんが隊長で優依ちゃんが副隊長で決まりね」
これ以上の議論は必要ないと言わんばかりに拍手をする杏、それに習って全員が拍手を二人に送るのだった。
「頑張ってよ、勝ったら素晴らしい賞品あげるから」
「え、なんですか?」
「干し芋3日分!!」
「あの、もし負けたら」
「大納涼祭であんこう踊りでも踊って貰おっかなぁ」
「え、あの踊りを!?」
杏の放った言葉を聞いた瞬間、優依とみほを除く全員が青い顔をする。その瞬間、優依は碌でもない物だと判断して嫌そうな顔をするのだった。
ーー
「あ、あんこう踊り…」
「嫌だぁ!!」
「いっそ殺せ」
先程の会議の内容を聞いたイオ、美優、香奈恵の3人はそれぞれ悲鳴を上げた。
「そんなにか」
この世が終わったかのような3人の反応に優依は思わず言葉を漏らすのだった。
ーーーー
聖グロリアーナ女学院練習試合当日、寄港した港には大洗チームの戦車が立ち並んでいた。
「まったくお前たちは!」
全員が練習試合の為の準備を進めている中、優依の怒鳴り声が響いていた。
怒る優依の前に立っていたのはⅣ号戦車を操るAチームだった。
「早朝の街のど真ん中で空砲とはいえ砲を撃つなんて前代未聞だ!」
「「「すいません」」」
咎められている内容は今朝に起きた空砲騒ぎ、街の住民から苦情は来なかったのものの笑って許される事柄でもない。
「みほ、私たちは日々撃っているから慣れているかもしれないが慣れていない人にとってはどんなに迷惑か考えろ」
「はい」
「西住さんには私が提案したんです」
「全員悪い!」
「そうですね」
経験者であるみほが止めなかったのを注意すると華が自分も悪いと名乗り出た。しかし優依の言葉に何も言えなくなってしまった。
「冷泉麻子」
「は、はい…」
朝だというのに麻子はキチッとした姿勢で優依に返事をする。
「戦車道と言う集団に入った以上集団行動は徹底して貰う」
「しかし、人には出来ることと出来ないことが…」
朝の早起きだけは改善できない、そう告げようとした麻子の肩に優依の右手が優しく添えられる。
「今度同じ事をしたらシュツルムティーガーの砲身に詰めて魚のエサにしてやるから覚悟しろ」
「はい!!」
静かに冷徹な声が麻子の耳を凍えさせる。麻子は思わず人生で一番良い返事をする。
この瞬間、麻子の苦手ランキングの上位に怒ったときの優依がランクインしたのは言うまでもないだろう。
ーーーー
「こ、恐かった…」
「こんなに怒られたの久しぶりかも」
「優依さん、そう言うのにとても厳しかったから。お姉ちゃんも1回怒られてたなぁ」
仁王立ちで怒鳴る優依に正座で話を聞くまほ、あんな事が出来るのは彼女ぐらいだろう。
「正直、こちらが悪かった訳ですし仕方ありません」
「甘やかしたりすぎるといい男が寄ってこないって言うしね」
「なんとなく間違っているような」
相変わらずの沙織ズムに違和感を訴える優花里だったが試合に向けての行動を優先するのだった。
ーー
戦車道の試合があると聞きつけた大洗町の住民は各々、観客指定エリアに足を運び、地元チームの復活を喜んでいた。
「あの片腕の子はワシの孫なんじゃよ」
「若いのに苦労しとるね」
「うちの孫もあんなにべっぴんさんやったらええんやったがのぉ」
設置された椅子に座っているのは寿司屋、菓子屋、呉服屋の主人たち。その中の真ん中に座る寿司屋の主人は優依の祖父であった。
ー
立ち並ぶ戦車とその隊長たち、すると前から六両の戦車がゆっくりと前進してきた。
「クルセイダーだと…」
チャーチル、マチルダⅡと1両のクルセイダーを見つけた優依は思わず口にする。
こちら側の戦車と相対するように戦車を停止させ各車の隊長たちが降りる。
「優依さん、あなた…腕が」
「皆まで言うな、1年前にしくじっただけだ」
降りたったダージリンが最初に漏らした声に被せるように言う優依、その言葉で言葉を飲み込んだ彼女は驚愕の表情から普段の表情へと戻っていく。
これ以上は失礼だと彼女なりに判断した結果だろう。
「それは失礼いたしましたわ。それにしても、優依さんにしては随分と個性的な戦車ですわね」
「私の認識外で起きたことだ」
「そうですか…貴方もあの頃に比べたら随分と丸くなったのではなくて」
「お前は相変わらずだな」
「褒め言葉と受け取っておきますわ、お互い騎士道精神で頑張りましょう」
「あぁ…」
優依とダージリンはお互いに手をさしのべ握手を交わすのだった。
ーーーー
二校とも開始指定位置に到達し間もなく始まる試合に対し緊張の面持ちで待機する。
「試合開始」
言い渡される開始の合図、大洗女子学園の車両が20年ぶりに唸りを上げるのだった。
今回は短めで、次回は聖グロリアーナ女学院戦です。