外道に憑依した凡人   作:ひーまじん

8 / 12
セルフギアススクロールについて、数々の御意見をお聞かせいただきましたが、一先ず今作ではこのまま行こうと思います。何分、そうなると話が割と変わるもので……作者にそんな技量はないんです、すみません。

とはいえ、御意見を下さった方々、本当にありがとうございます。

これからも今作をよろしくお願いします。


交錯する想い

「……ふむ。確かに死んでいるな」

 

頭部を失ったケイネスだったものを見て、生死を確認した後、ふうと息を吐いた。

 

二度目の死線。慣れたつもりでいた綺礼だが、こうして死体を見下ろしているのは初めての体験だった。

 

まじまじともの言わぬ物体と成り果てたケイネス。

 

これで二人目が脱落した。原作のことから鑑みても、ケイネスがここから蘇生することはまずありえない。

 

そう確信した途端、綺礼は酷い眩暈に襲われた。

 

さらにぶち撒けられた脳漿を見て、激しい嘔吐感に苛まれる。

 

死線を越えたのは二度目だ。だが、人の命を奪う手伝いをしたのは、これが初めてだ。

 

ケイネスを直接的に死に至らしめたのは衛宮切嗣である。

 

けれども、そうなるように仕向けたのは、ここで死ぬように仕向けたのは他でもない己自身だった。

 

今すぐ惨めにその場にくずおれ、こみ上げる嘔吐感に抗うことなく、全てを吐き出したいという衝動。

 

殺した相手が雨龍龍之介なら。あのような人でなしなら。これ程罪悪感はなかったのかもしれない。

 

平静を保つことさえも億劫になる。もしも、今切嗣が襲ってくれば、呆気なく綺礼は殺されてしまうことだろう。

 

(違う。これは仕方のないことだ。生きる為には……仕方のないことなんだ)

 

自分に何度も言い聞かせるように心の中で反復させる。

 

「……これで契約履行だな」

 

はたと切嗣の言葉で意識を戻す。

 

そうだ。今はそんなことを考えている場合ではない。

 

ケイネスは死んだが、まだランサーはいる。いくらマスターを失っても、魔力供給を行っているのはその妻であるソラウ。消えるまでには他のマスターと比べて幾分時間はある。それまでに代わりのマスターを見つけられれば終わりだが……。

 

「ランサーは私のサーヴァントが始末するだろう。それで完璧だ。半日後には、また敵同士だ」

 

それこそが正しい形だ。切嗣と綺礼は一時的な利害の一致以外に同盟を結ぶ事などありえない。綺礼自身は、時臣を勝たせる為に、切嗣は己自身のため、真っ先に排除すべき相手なのだから。

 

用がなくなれば、早々に立ち去るのみ。

 

アインツベルン城から立ち去ろうとして、ふと一つの疑問が綺礼の足を止めた。

 

「……一つ。貴様に聞きたい事がある」

 

慣れた手つきで煙草に火をつけた切嗣は相槌こそ打たなかったが、その場を離れない事が話を聞いているという返答と同じだった。

 

切嗣からしてみれば、聞く意味はないが、この得体の知れない男の正体を掴めるかもしれないと考え、おそらく意味もないであろう話を聞く事にした。

 

「貴様も聖杯戦争に参加している身だ。経歴がどうであれ、聖杯にかける願いは自らでは成就する事が叶わない大望なのだろう」

 

もちろん、誰しもがそういうわけではない。ケイネスは経歴に箔をつけるためである以上、聖杯を必ずしも望んでいるわけではない。

 

しかし、綺礼は知っている。

 

切嗣が聖杯にかける願いを。アインツベルンの悲願とはかけ離れた、この男の理想を。

 

そして、知っているからこそ気になった。

 

「しかし、だ。貴様の願いは。全てを投げ打ってでも叶えるべきものか?」

 

「……何?」

 

これには切嗣も反射的に疑問が口から漏れた。

 

「貴様にはアインツベルンに妻が一人と娘一人。そして仕事のパートナーが一人いるな。そのいずれもが貴様を愛しているのだろう。だからこそ、あの二人は貴様の元に行かせまいと立ち塞がったわけだが」

 

そう。全ては愛する男を守らんとするため。

 

その為に、アイリスフィールも、舞弥も、綺礼の前に立ちはだかった。

 

セイバーの本当のマスターだから。そんな理由からではない。確かにそこには、人としての情があり、愛があった。

 

ならばこそ、問わねばならない。

 

「衛宮切嗣。貴様の願いはその者達よりも尊いものなのか?(・・・・・・・・・・・・・・)

 

素朴な疑問だった。

 

切嗣を愛する者がいる。切嗣もまた愛する者がいる。

 

その存在自体が既に尊いものだ。必ずしも全ての人間が得られるものではない。嘗ての、本来の言峰綺礼がそうであったように。

 

切嗣は答えなかった。

 

ーー否、答えられなかった。

 

世界の恒久平和。それこそが衛宮切嗣の願いであり、嘗て正義の味方を志した一人の男の終着点と言えた。

 

今まで多くの命を奪った。大を生かす為に小を切り捨て、手段を選ぶことはしなかった。例え、思い描いていたものでなかったとしても、あの日の惨劇を繰り返さない為にと。

 

自分の力のみでは世界から争いを根絶できないとわかっていても。

 

だから、アインツベルンに誘いを受け、聖杯の存在を知った時、切嗣にとってまさしく天啓にも等しかった。

 

今まで奪った命も、生み出した惨劇も無駄にはならない。

 

万能の願望機を持って、願いを成就させる。

 

その為に妻を殺す決意はした。大聖杯へと繋がる小聖杯であるアイリスフィールは、サーヴァントが脱落し、その魂がくべられていく度に人としての機能を失い、最後には小聖杯へとなる。

 

切嗣が勝ち抜こうが、勝ち抜きまいが、聖杯の完成は文字通り。アイリスフィールの死を意味していた。

 

そんなことはわかっている。そして、アイリスフィールはそれをわかった上で、娘には、イリヤスフィールには幸せであってほしいと願い、何より夫の理想を叶えたい為に死を受け入れている。

 

舞弥もまた同様だ。切嗣の部品(パーツ)であるならば、自らの死を怖れず、命懸けで切嗣の援護をする。聖杯戦争の途中、命を落とすような事があっても、切嗣の為に死ぬのなら、それで本望だ。

 

その全てを切嗣は承諾している。

 

……だが。

 

それが、己が願いが、彼女達よりも尊いのかと、そう言われて、切嗣は言葉を失った。

 

終ぞ己が力のみで叶えられない願いだ。万能の願望機でもって叶えなければ、絶対に不可能な。そんな大望だ。この機を逃せば、切嗣にはもうチャンスがない。

 

けれども、はたしてその願いは妻達よりも『尊い』ものなのか。

 

切嗣の中に答えはなかった。

 

いや、答えはあった。

 

けれども、何の迷いもなく、何の憂いもなく、確固たる信念を持って、それを良しと答えられなかった。

 

その様子に、綺礼は踵を返した。

 

答えられなかった事こそが答えだ。

 

そして、それ故に綺礼はただ一つ。決心をした。

 

ーーこの男にだけは敗北してはならない、と。

 

例え、サーヴァントを失っても、抵抗する力を失い、地べたに這いつくばっても。

 

理解している。衛宮切嗣の願いを。

 

それ自体は今までもこれからも、誰もが願うことだ。実に素晴らしい理想だろう。

 

だが、それはただの『理想』であり、願い努力する程度であるからだ。

 

断じて、『愛しき者を捧げる』という過程を経てまで達成すべきものではない。

 

あの男(言峰綺礼)とは別の理由かもしれない。

 

けれども、確かに。

 

自分(言峰綺礼)にも、確固たる理由で衛宮切嗣と戦う理由ができた。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランサーが主の死を察知したのは、ケイネスが死して間もなくのことだった。

 

通常、サーヴァントとマスターはいずれか一方が甚大な危機に陥れば、もう一方にも気配でそれが伝わる。

 

それは魔力供給と契約者を別個にするという変則的な契約でも、十分に機能している。

 

だというのに、それすら察知できなかったのは、ひとえにケイネスが危機に陥る間もなく、命を落としたことに他ならない。

 

相手の手際の良さに感嘆するほかない。一切の危機感を感じさせず、一撃の元に倒すというのは、並にできることではない。己がマスターよりも、相手のマスターの方が上だったのだろう。

 

そう考えて、それでもランサーは歯噛みし、顔を歪めた。

 

どちらにせよ、またも忠義を果たせなかったのだ。騎士として、仕える者として、終ぞ主の信頼を勝ち得ることも、その命を守ることさえもできなかったのだ。

 

「どうした、ランサー?」

 

そんなランサーの表情を見て、尋常ではないことを察したのだろう。隣にいたセイバーの問いかけに、ランサーは静かに答えた。

 

「……我が主が……命を落とされた」

 

「っ……それは」

 

セイバーもそれで察した。

 

ランサーの表情と言葉。彼のマスターがこの地に足を踏み入れ、そして誰の手によって命を落としたのか。全てを察したのだ。

 

自然と手に力がこもった。

 

どのような手段を取ったのか知らないが、マスターが、切嗣がケイネスを屠ったとセイバーは直感で感じ取っていた。

 

そして主従の契約が切れた以上、サーヴァントを現世に留められるものはない。例え、魔力供給を行っていたのが妻のソラウであっても、その全てを彼女が行っているわけではないのだ。

 

最早、ランサーは早急にマスターを見つけ、再契約を果たさぬ限り、消滅するのが道理である。

 

それがサーヴァントというものだ。

 

しかしーー。

 

「……黒いサーヴァント。クラスはわからぬゆえ、今はそう呼ばせてもらおう」

 

ランサーは、その場から離れるでもなく、アヴェンジャーに声をかける。

 

すぐにこの場を離れようとしていたアヴェンジャーも、その声に一度動きを止める。

 

「俺はこのまま消える。この聖杯戦争で俺が決めた主はただ一人。それは揺るがぬ事実だ。そしてその主を守りきれなかった今、俺が聖杯戦争に参加する意味も、その権利もない」

 

「……回りくどいですね。御託はいいんです。あなたも時間はないでしょう?」

 

「ふっ、そうだったな。率直に言おう。俺はこのまま消えるが、ただでは消えん。せめて敵の首級の一つも捧げずして消えるなど騎士の名折れだ。黒いサーヴァント、貴様の首は獲らせてもらう」

 

二槍を構え、ランサーは静かに闘志を燃やす。

 

ランサーに新たなマスターを得るという選択肢は初めからなかったのだ。

 

今世で新たな主を得た時から、忠義を尽くすべき相手はケイネス一人。聖杯などには何ら興味はなかった。

 

そしてケイネスを失った今、ランサーは最後の力でもって、初戦の相手であったアヴェンジャーを討ち取る事こそが、唯一の忠義であった。

 

その騎士道溢れる精神に、セイバーは感嘆にも似た息を漏らす。

 

このセイバーには、ランサーの想いが痛いほどに伝わっていた。

 

この英霊と武を競い合うことが出来ていたのなら。

 

聖杯を求め、英霊となったセイバーだが、それでも時代を超え、様々な時代で名を馳せた武人たちと死合う事は望むところでもある。自らもまた戦場で武勲を立て、名を馳せた英霊であるからだ。

 

しかし、それは叶わぬ願いだ。

 

ランサーの目的はあくまでアヴェンジャーにあり、その結末がどうであろうとセイバーと闘う余力などありはしない。

 

高潔なまでの騎士道精神。

 

セイバーはランサーから数歩離れ、その闘いを見守る事にした。

 

この気高いサーヴァントの最後の決闘を目に焼き付けるために。

 

しかし、アヴェンジャーはランサーの主張とその騎士道精神に表情を歪めていた。

 

何と美しい(醜い)ことか。何と気高い(哀れな)事か。

 

ランサーはアヴェンジャーが自らと最後の死闘を繰り広げると信じて疑わない。この状況下で、闘うメリットなど何一つないこの状況で。

 

ランサーはたった今。アヴェンジャーの懸念材料を自ら投げ捨てたのだ。マスターを失ったサーヴァントを危惧する理由は、サーヴァントを失ったマスターと新たに契約すること。その条件は満たされている。キャスターのマスター、雨生龍之介がそうだ。

 

それを無くすためにアヴェンジャーはマスターを失ったランサーに逃がす隙を与えず屠ろうと考えていた。

 

けれども、それをランサー自身が否定したのだ。新たな契約は結ばず、このまま消えゆくのみと。

 

そしてそれをランサーは必ず実行するだろう。反吐がでる思いだが、確信していた。

 

ならば、ランサーと相対する事に何の意味もない。それどころか無益に他者に情報を与えるだけだ。ランサーの自己満足のためにアヴェンジャーが何かをしてやる理由など何一つなかった。

 

故にーー。

 

「はっ。獲れるものなら獲ってみなさい。愚かな騎士」

 

剣に這わせた黒い怨嗟の如き魔力がうねりをあげ、炎となってランサーを襲う。

 

「その程度っ!」

 

だが、ランサーの持つ長槍は魔を打ち払う槍。どれほどのものであろうと、魔力であるのなら、穂先に触れれば途端に霧散する。

 

視界を覆い尽くす黒炎を振り払い、アヴェンジャーへと迫る。

 

……はずだった。

 

「っ……!?」

 

ランサーは我が目を疑った。

 

なぜならば。

 

黒炎を払った先、そこには既にアヴェンジャーの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで。そのランサーとセイバーを撒いて、帰ってきたわけか」

 

「ええ。騎士道精神なんて見ていて反吐がでるだけです。それに目の前でそんなものを見せられてはーー」

 

踏み躙りたくなるじゃない。

 

滑稽だと笑うアヴェンジャーに「やれやれ」と頭を振る綺礼だが、責める気は毛頭なかった。

 

正直なところ、アヴェンジャーの判断は正しい。消えることが確定しているランサーと戦う道理などないし、ましてセイバーの前だ。対策を講じられるような機会を与えるなど馬鹿らしすぎる。

 

理由はどうあれ、アヴェンジャーは何も間違ってはいない。目的通り、キャスターを倒した。当初の予定で言えば、アーチャーがキャスターを倒すことだが、それはアーチャーの性格を考えると不可能に近い。時臣には『セイバーの情報を収集に向かったのち、図らずもキャスターと交戦。これを単独で撃破』と伝えた。横取りに近かったとはいえ、セイバーとランサー。どちらとも手を組んでいなかったことで、綺礼の手には報酬の追加令呪が宿ったが、それまでだった。

 

結果的には時臣に利益をもたらしている。サーヴァントは二騎脱落。令呪も綺礼が一画獲得し、他の陣営に報酬の令呪はないのだ。

 

父の璃正神父も、最初こそ驚きはしたが、綺礼の働きを大いに褒めた。

 

何事も予想外の出来事はつきものだ。どちらにせよ、遠坂が聖杯を手に入れられる体制が整いつつある。

 

令呪が四画にもなれば、少しばかり無茶をすることも出来る。綺礼もアヴェンジャーもだ。

 

本来の流れを大きく変化させた今、備えあれば憂いなし。といった具合。これからは誰にも先が見えないのだ。例え見えたとしても、それらは憶測の域を出ない。

 

「残るサーヴァントはセイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカー、そしてお前の五騎。その内真名がわからないのはセイバーとバーサーカーか。狙うのはこの二騎だが……」

 

「バーサーカーはあまり相手にしたくありませんね。残念ながら、技量という一点においては、私はバーサーカーに敵わない。ええ、技量だけですが」

 

技量は、という部分を念押しにいうアヴェンジャー。それ以外は負けていないというアピールなのだが、少なからず事実ではある。スペックで言えば全てにおいてアヴェンジャーが劣っているわけではない。思考力が極度に低下しているバーサーカーでは、いかな英霊といえど謀略には弱い。最も正気を失っていないバーサーカーなら話は別であったのだろうが、あのバーサーカーは、正気を失っており、次いでマスターも正気とは言い難い。正面から相対する必要はないと言えた。

 

とはいえ、アーチャーの宝具とバーサーカーの宝具の相性が極端に悪いのも事実。早々に始末しておくに限るのだが、バーサーカーのマスターは時臣ただ一人を狙っているのが現状で、他陣営に仕掛けにいけるほどの体力もなければ、技術もない。もう一度、すべてのサーヴァントが出揃うような事態にでもならない限り、本拠地に乗り込まなければならないわけだが、あそこには蟲の翁がいる。こちらも相性自体は悪くないが、乗り込むにしては少々リスキーだ。

 

ならば、セイバーはどうか。

 

そう考えて頭を振る。セイバーは最優のクラス。そしてその呼び出された英霊もかなりのものだ。となると、こちらも対策を考えずに挑むのは無謀の極みだ。

 

「……では、一先ず様子見だな。私達が行動を起こさずとも、他の陣営が動きを見せるだろう」

 

「あの金ピカぼっちにでも、闘わせればいいじゃない」

 

金ピカぼっちとは酷い言われようだな、と思いつつも、強ち間違いではないあだ名に綺礼は内心ほくそ笑む。

 

アヴェンジャーがアーチャーを嫌っているのは大いにわかる。傲慢なその性格は、王としての振る舞いなのだろうが、他者からしてみれば、度し難い程に鬱陶しい。なまじあのアーチャーが優れすぎているだけに核心を突きまくる発言は、当事者にしてみれば殺意すら覚える。

 

「アーチャーか。アレは自ら敵を倒しに行くタイプではない。それに、未だセイバーとバーサーカーの詳細がわからない以上、我が師も迂闊には動かないだろう」

 

綺礼自身は、セイバーとバーサーカーの素性も宝具も知っているのだが、現時点においては、それだと信用させるだけのものを両者共に見せていない。

 

(もどかしいな。知っているというのに、知らないふりを通すというのは)

 

とはいえ、生き残るためには仕方のないことだ。

 

ここで大きなイレギュラーを起こした以上、これ以上は自分の死に繋がりかねない。

 

一先ず様子見に回ることを時臣に伝え、束の間の休息を取ることとした。

 

まだ知らない。

 

最早物語は始まり(ゼロ)ではないところに向かっているということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

璃正神父を通じて、綺礼の活躍を耳にした時臣は、聖杯を手に入れるまで確実に一歩ずつ進んでいることを感じ、自然と笑みがこぼれていた。

 

自分が狙っていた令呪の獲得こそ叶わなかったが、キャスターに続き、ランサーの脱落。アーチャーが参加せずしてこの二騎の脱落は、令呪程でないにしろ、十分なものだった。まして、令呪は協力者の綺礼に渡っている。結果から見れば、時臣にとって有利に働いていると言えた。

 

このまま行けば、或いはこのまま他のサーヴァントとは戦わずにアヴェンジャーとアーチャーが残り、最後に互いのサーヴァントを自害させて終わるという呆気ない幕引きになるかもしれない。とはいえ、過程はさしたる問題ではないため、それでも構わない。

 

問題があるとすれば、やはりバーサーカーだろう。

 

マスターである間桐雁夜の素性を知っているため、警戒するに値しないと考えていたが、アヴェンジャーもアーチャーも、バーサーカーとの相性はあまり良くない。バーサーカーを足止めしつつ、マスターを屠るという方法を取らなければいけないわけだが、それも互いのサーヴァントが共に嫌悪する類のものであるために、実行に移しがたい。

 

(まぁ、そこまで焦る必要はない。戦局は大きく動いた。様子見に徹していても、他の者達が動くだろう)

 

理想的なのは、潰し合い、疲弊しているところを叩くことだが、そういう点においてはギルガメッシュは壊滅的に不向きだ。これが他のサーヴァントであったなら、時臣の戦術に賛同していたかもしれないが、ギルガメッシュは己が認めた相手以外には慢心してしまう。彼が王たる所以であるのだが、それで戦う事すらしないともなると、お膳立てるのになかなか骨が折れる。

 

そういう意味では、やはり綺礼に任せる他なかった。

 

そうでなくとも、全幅の信頼を寄せている綺礼からの提案はしっかりと考慮している。つい先刻も、綺礼からの提言でキャスターのマスターがのこのこと工房から出てきたところで『誅を下した』。本人は何をされたのか、気づきもしないうちに灰と化したことだろう。

 

それこそキャスターが先に討伐されていた為に追加令呪は綺礼に宿りはしたが、もう少し早ければ時臣の手には、マスターの権利を得た当初と同じように、三画の令呪が存在していたに違いない。

 

とはいえ、たらればを深く考えてしまう程、時臣は追い詰められていない。

 

予想外の事態はつきものであるにもかかわらず、ここまで殆どが遠坂にとって有利に働いている。何も悲観することはないのだ。

 

「待ち侘びた……此度こそ、聖杯は我が遠坂に」

 

雲一つない夜空に輝く月を見て、時臣は笑みを浮かべるのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。