外道に憑依した凡人   作:ひーまじん

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まだ二話しか書いてないのに凄いお気に入り件数に目をむいたり、ランキングが凄いことになってたりと、作者はめちゃ驚きました。やっぱりFateって作品は愛されてるなと。

感想欄で結構見かける『プレラーティが参戦するんじゃない?』との事ですが、少し悩み中。アヴェンジャーがいる以上、これはもう参戦してきてもおかしく無い状況ではあるんですが……その時、はたして作者が違和感なく作品を終わらせられるかどうか。Fakeが未完の作品ですので、プレラーティには謎の部分も多いんですよね。なので考え中です。


戦場の歪み

闇夜に紛れ、二人のサーヴァントが演じている白兵戦を見届ける綺礼は、その光景に息を呑むばかりだった。

 

そこで行われているのは、謂わば前時代的な決闘。

 

剣を、槍を交えた。己が肉体を行使した命の駆け引きである。

 

けれどと、迸る魔力が、激突する熱量が違う。

 

ただ鋼と鋼が打ちあうだけで、破壊的な力の奔流が吹き荒れ、そこでテロに見舞われたかのような惨状となっていた。

 

これが聖杯戦争か……。

 

無意識のうちに出た言葉は、その脅威と驚愕を物語っていた。

 

なるほど。確かに彼らは神話、伝説の世界の住人だ。少なくともただの人間同士の戦闘でこうはなるまい。

 

予想はしていたが、それを遥かに上回る領域の世界。

 

瞬きすら許されないその状況で、静かに呼吸を整える。

 

――まだだ。まだあのサーヴァントの名を明かす時ではない。

 

綺礼はランサーの名を知っている。

 

その顔を見て、呪布に包まれている槍を見て、自分の知るサーヴァントとなんら変わりはないとわかった。

 

しかし、今の時点ではそれを自らのサーヴァントに伝えられないでいた。

 

自分のいる位置は二人の戦場から少しばかり離れている。注視すれば、顔が視認できるといったところだろう。声は風に遮られて聞こえることはない。

 

そしてかの槍兵の槍さばき。これに関して言えば、当然見えるはずもなかった。

 

仮にも英霊と呼ばれるものの絶技である。いくら綺礼が己が肉体を極限まで鍛えていようとも、その変幻自在で奇抜な挙動を捉えることは叶わない。

 

現在明らかになっている皆無に等しい情報では、アヴェンジャーにそれを伝えたところで信じさせられるだけの材料がない。

 

(せめて、宝具を晒せば、それを理由に伝えられるのだがな)

 

当分、ランサーが宝具を晒すことはないだろう。あのマスターが焦れるまで、アヴェンジャーが持ちこたえるのを信じるしかない。

 

そして何より。

 

己が目的はそれだけではないのだから。

 

戦場から視線を外すと、綺礼はより深い闇に紛れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦況ははっきり言って、ランサーの優勢だった。

 

それは始めからわかっていた事である。幾多の戦場を駆け抜けた騎士と、主に旗手として、或いは軍略家として戦場を生き抜いてきた者では、潜ってきた修羅場こそ同じであれ、踏んできた場数の質が違う。

 

まして、この槍兵は一本を両手で扱う常道の武器を、二本を駆使して両手で繰られるのに遜色ない速度と重さを誇っていた。それどころか、常道の槍術にはないために対処に困っていた。

 

攻め手に出ようにも、その槍術を超えられない。

 

いかな研鑽を積んだ槍術が。これほどの離れ業を可能とするのか。

 

かろうじて、剣一本で凌いでいるアヴェンジャーだが、それは相手が未だ様子見に徹しているからに過ぎない。獲りに来れば、剣一本で凌ぐことなど到底出来はしないだろう。

 

「どうしたセイバー。よもや、その程度とは言うまい」

 

挑発を含んだ笑みに、アヴェンジャーは思いの外冷静だった。

 

いつもなら怒りの炎が燃え滾るところではあるものの、出し惜しんでいるのは自身も同じである。

 

出来る事ならば、ここはこちらの手を明かさずに乗り切りたい……が、それを相手のマスターが許すはずもない。仮にこれがアヴェンジャーの全力だと勘違いしたのなら、確実に獲りにくるだろう。

 

「いいでしょう。ならば、我が憎悪の一端。見せてあげましょう」

 

アヴェンジャーの持つ剣が黒い魔力を迸らせる。

 

(来るか………いや)

 

一瞬、真名解放による宝具の一撃を警戒したランサーだが、それ程の高まりを感じない事に、アヴェンジャーが宝具を使用しない事を悟った。

 

ようやく二度目の攻めにアヴェンジャーが出た。

 

ランサーはアヴェンジャーがどのような手を打ってくるのか、警戒と期待を抱きつつ、その一撃を長槍を以って受け流すと、内心落胆した。

 

魔力が込められ、先ほどよりも重さも速さも上がったように思える。本気で無かったのは相手も同じである。その一撃は確かにランサーが正面から受け止めるには、いささか分が悪いだろう。

 

しかし、それだけだ。

 

受け止められなければ、流せばいいだけのこと。

 

相手の方が力が上だとわかっているのに、力勝負に出るほどランサーは馬鹿ではない。力が劣っているなら、その技量で以って絡め取るまで。

 

その一撃を難なく流すと、ランサーは左の短槍で、アヴェンジャーの喉笛を一突きに――。

 

「ッ!?」

 

瞬間、ランサーの真上から幾つもの槍が降り注いだ。

 

それに気づくことができたのは、幾多の戦場を生き抜いてきた戦士としての『勘』だろう。一瞬でも気づくのが遅ければ、落胆を秘めた内に、その代償として命を差し出す事になっていた。

 

ここに来て、初めてランサーが後方に退いた。

 

槍を掠めた腕に一筋の傷が生まれる。完全に回避とはいかなかった。

 

それ程までにアヴェンジャーの攻撃は完璧だった。

 

ランサーの瞳が微かに落胆の色を帯び始めていたのをアヴェンジャーは感じ取っていた。だからこそ、わざわざ大ぶりかつ隙が生まれるように剣を振るったのだ。殺すことはかなわなくとも、手傷の一つも負うだろうと思っていたアヴェンジャーにしてみれば、この結果はあまり良いとは言い難い。

 

手の内の一つを晒したというのに、擦り傷一つ。そして槍兵は僅かに持っていた油断というものを捨て去るだろう。差し引きはマイナス、といったところだ。

 

「……どうやら、お前の手の上で転がされていたらしい。甘かったのは俺の方だな」

 

槍兵の中にあった僅かな油断がこの瞬間に消えて無くなる。

 

何の前触れもなく――否、前触れがあったとすれば、それはアヴェンジャーの剣に黒い魔力が迸った時だが、どちらにせよ、ランサーには一体どの場面であの無数の槍が出現したのか、全くわからなかった。真上への警戒が他に比べ薄かったというのも幾分かあるかもしれないが、あれ程の禍々しさを放つものをそこまで悟らせないというのは、何か仕掛けがあるに違いない。

 

(剣技こそ、目を見張るものではないが、これはなかなか……)

 

最初の敵を前にして、予想を裏切られた事で死力を尽くした激闘を予感し、その血の滾りに悽愴な笑みを浮かべた。

 

対してアヴェンジャーは忌々しそうに舌打ちをした。

 

アヴェンジャーは戦士でもなければ、騎士でもない。

 

故に、戦とは忌避すべきものであるし、嫌悪するものだ。クラスは違えど、そのあり方は違えど、決してアヴェンジャーが闘争を好む事はない。今の彼女には忌避する理由も、嫌悪する理由も、『ひどく面倒』の一言に尽きるが。

 

(まだなのかしら。あの似非信徒。早くこいつの真名看破しなさいよ)

 

アヴェンジャーは、綺礼に渡された小型の通信機の役割を持つ魔術礼装が、未だ何の反応も示さないことに苛立ちを感じていた。もっとも、それは元々の通信機をアヴェンジャーにも使いやすく配慮したものであるため、殆ど魔術礼装というよりは科学に近いものがある。

 

小手調べではなく、獲りにいく事が許可されているとはいえ、先陣を切って戦うサーヴァントではないと自負がある。

 

真名さえ分かれば、綺礼を引き連れてさっさと退散をする腹積もりであるのだが、未だその命令は下らず、それどころか――。

 

『戯れ合いはそこまでだ。ランサー』

 

どこからともなく響き渡る冷淡な声。

 

それは綺礼のものではない。

 

そして綺礼のものでない、となるのなら、残るはランサーのマスター以外にありえない。

 

声は不自然な反響を行い、男か女か、それどころか発信源すらもわからないように偽装されている。あくまでもランサーのマスターは敵の前に姿を見せない腹づもりでいるのは明白だった。

 

『これ以上、勝負を長引かせるな。そこのセイバーは、思った以上に難敵。他のサーヴァントと三つ巴になるのも厄介だ。速やかに始末しろ。――宝具の開帳を許す』

 

「了解しました。我が主よ」

 

見えざる魔術師の言葉に、ランサーは粛然と声を落として、武器の構えを改めた。

 

左手に持っていた短槍を何の未練もなく足下に放り捨てる。

 

(って事はあの長いほうが本命ってわけね)

 

アヴェンジャーが凝視する前で、ランサーの右手の長槍から、呪符の緊縛がはがれ落ちていく。

 

それは深紅の槍だった。さっきまでとは桁違いの魔力が、不吉な蜃気楼のように、ゆらり、と槍の穂先から立ち上る。

 

「――そういうわけだ。ここから先は殺りに行かせてもらう」

 

ついに露わになった得物を、今度こそ両手に構え直して、ランサーは低い声で呟いた。

 

こちらの方が本命だというのなら、アヴェンジャーはこれまで以上に苦戦を強いられるだろう。

 

おまけに相手の宝具の効果もわかっていない以上、迂闊に飛び込むわけにはいかない。

 

さて、どうしたものか。

 

より一層警戒の色を濃くしたアヴェンジャー。

 

――と、その時。

 

『アヴェンジャー。聞こえるか。聞こえるのなら、一歩後ろに下がれ』

 

綺礼の声が、すぐ耳元で聞こえる。

 

もちろん、綺礼の姿はそこにはなく、それだけの声量があるわけでもない。ただ、そういう風に改良が施されているだけだ。アヴェンジャーとしては酷く不愉快であるものの、その有用性は確かだ。

 

言われるがまま、アヴェンジャーは一歩後ろに下がる。

 

それに対し、幸いにもランサーは相手が間合いを測っているのだと勘違いしたらしく、ゆっくりと距離を詰めた。ここで仕掛けられれば、綺礼の言葉はもう邪魔でしかなくなってしまう。

 

『そのランサーの真名はディルムッド。フィオナ騎士団、随一の戦士。輝く貌のディルムッドだ』

 

宝具を解放した途端、自分のマスターが告げた朗報にアヴェンジャーは目を丸くした。

 

早く真名を暴けとは思っていたが、今の時点であの赤い長槍の正体はわからないし、ともすれば黄色い柄を持った短槍も呪符に包まれたままだ。真名を暴くにしては情報が少なすぎる。

 

と、抗議したいのは山々であるものの、生憎とこれは一方的に聞く手段しか持ち合わせておらず、なおも綺礼は続ける。

 

『今は古き時代とは違う。科学の発展した現代において、少ない情報でも真名は導き出せる。戦争である以上、使えるものは全て使うのが私の流儀だ。無論、外法に手を染めるつもりはないがな』

 

要約すると『勝つためには手段は選ばない。下衆なことはしないけど』という事である。

 

これは本気で信徒としてどうなのだろうか、外道にさえ染まらなければアリなのか。場違いな事を考えつつも、なるほど、聖杯戦争において科学の使用を禁じられているわけでもなし、それで真名がわかるのならば安いものだとアヴェンジャーは割り切った。

 

そして真名が分かった以上、ランサーの持つ長槍も、足下に落とした短槍も、その効果は露見している。しかも、相手に悟られていない形で、だ。

 

これはかなりのアドバンテージと言える。相手が『真名を知られていない上で立てた戦術』に対し、アヴェンジャーは裏をかかれる事がなくなった。それどころか、その戦術を逆手に取る事すら可能となっている。

 

ニヤリと笑い、アヴェンジャーは先程のように黒い魔力を剣に迸らせる。

 

ランサーは、それを見て一瞬目を細めるが、同じ手を二度は食わないという意思の表れか、仕掛けてきたかと思うと、これまでの曲芸めいた変幻自在な槍の舞いに比べ、いっそ愚直にすら思える一直線の突き込みを放ってきた。

 

それはアヴェンジャーでも何の苦もなく打ち払える代物であったが、ランサーの目論見は既に看破していた。

 

ランサーの持つ赤槍。その名を『破魔の赤薔薇(ゲイ・ジャルグ)』。

 

その穂先に触れた魔の類を無力化する槍である。

 

アヴェンジャーが先程出現させた槍が、黒い魔力を依代にしているのなら、打ち払った瞬間にその魔力を霧散させ、続く二撃でその心臓を穿つ。ランサーの狙いはそれだった。

 

呼び出されたサーヴァントは各々が己が生前着用していた鎧や甲冑、服装に身を包んでいるが、それらは当然現世のものではない。

 

聖杯を通じてサーヴァントが呼び出された以上、その装備も魔力で編まれたものとなる。

 

無論、宝具などは別の代物であるし、アヴェンジャーが今使用している剣もそれらに近いものである。

 

故に魔力で編まれたアヴェンジャーの鎧はランサーの槍を前にしては紙屑同然である。

 

だからこそ、ランサーの宝具は初見において、相手の虚をつく事が可能であるが……。

 

ランサーの槍を阻んだのは、アヴェンジャーの剣ではなかった。

 

その一撃を阻んだのは、アヴェンジャーであるのは当然の事。しかし、アヴェンジャーの剣は槍を阻む事なく、振り上げられ、ランサーに迫っていた。

 

すぐさま槍を引き戻し、剣を捌くランサー。剣を迸る魔力は霧散し、アヴェンジャーの目論見は外れた……かに思えた。

 

ランサーを救ったのは、痛みに対しての反応の速さであった。

 

剣を止める槍をそのままに、ランサーは体を横にずらす。まさしく間一髪といったところだろう。襲ったのは、まごう事なき、槍の一撃だった。

 

コンクリートの下から突き出るように出現した三本の槍。

 

先の剣の一撃に対し、ランサーが回避を選んでいたのなら、そこには串刺しにされた一人のサーヴァントがいた事だろう。

 

咄嗟に跳躍し、距離を置いたものの、しかし、その傷は擦り傷とは言い難い。

 

致命傷でないが、浅い傷でもない。

 

ランサーは、数メートル先にしたり顔で立つアヴェンジャーに問うた。

 

「……それも、お前の宝具か。セイバー」

 

ランサーが指摘したのは、アヴェンジャーの右手に握られた凡そ武器とは呼べない代物だった。その上部を白い布で包まれた先端が鋭利になっている代物。

 

それは槍に見えなくもないが、それにしては装飾であろう布が大きすぎ、自分を貫いた槍の方がまだ実用的である。

 

すぐにランサーの傷はマスターによって治されるが、痛みはそう易々と消えるものではない。

 

違和感に苛まれながらも、ランサーは槍を構え直した。

 

仕切り直し、といったところであるが………アヴェンジャーはそうでなかった。

 

(もう退き時よね。相手の真名もわかったし。これで他の陣営も動くでしょう)

 

臨戦体勢を崩さないものの、後は綺礼からの指示を待つのみだった。

 

――その時、不意に轟いた雷鳴の響きに破られた。

 

「「ッ!?」」

 

ともに、東南方向の空を振り返るアヴェンジャーとランサー。

 

轟音の元は明らかだった。もつれ合う紫電のスパークを夜空に撒き散らしながら、こちらをめがけて一直線に空中をかけてくるそれは、古風な二頭立ての戦車だった。

 

轅に繋がれているのは軍馬ではなく隆々と筋肉をうねらせる逞しくも美しい牡牛。その蹄が虚空を蹴って、壮麗に飾られた戦車を牽いてくる。そしてその度に戦車の車輪が、蹄が、紫電を蜘蛛の巣状に閃かしていた。その都度迸る魔力は、アヴェンジャーやランサーの繰り出す一撃を優に上回るものだろう。

 

これ程の怪異、魔力の放出が、宝具でなくてなんとするのか。

 

雷電に乗った戦車は、居丈高にアヴェンジャーとランサーの上空を旋回すると、それから速度を緩めて地上へ降り立った。対峙していた二人の英霊のちょうど真ん中。両者の矛先を阻む位置である。着地と同時に目映い雷光が収まり、御者台に立ちはだかる威風堂々たる巨漢の姿が露わになった。

 

「双方、武器を収めよ。王の御前である!」

 

やおらそう吼えた大音声は、雷鳴にも匹敵するものだった。

 

炯炯たる眼光は、その気迫だけで対峙する剣と槍の切っ先を押し返さんばかりの圧力である。

 

もちろん、アヴェンジャーやランサーも有象無象の英霊ではない。怒鳴られた程度で威圧される器ではない。ランサーは乱入者の意図を判じかねて躊躇し、アヴェンジャーは一先ず対決を中断してくれた事には感謝しつつもあまりの声のデカさに顔を顰めた。

 

一先ず、両名の気勢を削いだところで、巨漢の御者は厳かに先を続ける。

 

「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」

 

居合す二人と、そして隠れていた者()が今度こそ呆気にとられた。まさか攻略の要たる真名を自ら名乗るサーヴァントがいるなど誰が考えようか。

 

アヴェンジャーだけでなく、ランサーさえも、ライダーの正気を疑った。バーサーカーでもないのに、理性が飛んでるんじゃないかと。

 

しかし、その誰よりも動転したのは、ライダーの隣で御者台に蹲っていたライダーのマスターだった。

 

「何を――考えてやがりますかこの馬ッ鹿はあああ!!」

 

金切り声で喚きながら、征服王のマントに摑みかかるが、非情のデコピンが夜気に鳴り、抗議の声は沈黙に沈んだ。その様子はアヴェンジャーでさえも、憐憫の眼差しを送る程だ。

 

「うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが……矛を交えるより先に、まずは問うておくことがある。うぬら各々が聖杯に何を期するのかは知らぬ。だが今一度考えてみよ。その願望、天地を喰らう大望に比してなお、まだ重いものであるのかどうか」

 

「それを聞いてどうするつもりですか?我々の願いを聞いたところで、あなたには関係ないはずです」

 

「それはそうだがな。……うむ、少々回りくどかったか。端的に言うとだな」

 

ライダーは威厳だけはそのままに、妙に飄々と砕けた口調に切り替わった。

 

「ひとつ我が軍門に降り、聖杯を余に譲る気はないか?さすれば余は貴様らを朋友(とも)として遇し、世界を征する快悦をともに分かち合う所存でおる」

 

「………あんた、底抜けの馬鹿じゃないの?」

 

あまりにも突拍子もない提案に、感情が昂ぶってもいないどころかむしろ冷めきっているにもかかわらず、アヴェンジャーは素でそう返した。ランサーもまた話についていけず途方にくれるばかり。

 

征服王イスカンダル。確かに破格の英霊だが、こんな別方向にもぶっ飛んだ人間なのかと思うばかりである。英断なのか愚挙なのか、それすらも判じ難い。

 

「先に名乗った心意気に、まぁ感服せんでもないが……その提案は承諾しかねる。俺が聖杯を捧げるのは今生にて誓いを交わした新たなる君主ただ一人だけ。断じて貴様ではないぞ、ライダー」

 

「聖杯云々はともかく、あんたみたいな脳筋も良いところの、征服馬鹿の下につくなんて死んでもごめんだわ。それならまだあの似非神父の方がミジンコ分マシよ」

 

「……待遇は応相談だが?」

 

「「くどい(のよ)!」」

 

なおもおもねるように申し出るライダーを、アヴェンジャーとランサーは声を揃えて一蹴した。

 

「こりゃー交渉決裂かぁ。勿体無いなぁ。残念だなぁ」

 

そうぼやきつつ、ライダーの視線はある一点に向けられる。

 

「なぁ、そこにいるやつ。貴様はどうだ?こそこそしとらんで、姿を見せたらどうだ?」

 

ライダーが誰もいない、未だ辛うじて原型を留めている倉庫の一角に言葉を投げかける。

 

それで漸くアヴェンジャーとランサーも気づく。真剣勝負に続いて、あまりにも破天荒すぎるライダーの所為で、周囲への警戒がやや散漫になっていた。そちらに意識を向けると、確かに。そこには秘しているものの、サーヴァントの気配があった。

 

「――これはすまない。私も、出る機会を伺っていましたが、騎士の闘いに横槍をいれるのは憚られる。こうして身を晒す機会を与えてくれた事に感謝する。征服王」

 

姿を見せたのは、黒いスーツに身を包んだ男装の麗人。

 

身長百五十センチ台半ばの少女が着るには、いささか無理があるかと思いきや、その少女が纏うとなるともはや絶世の美少年とも言える。

 

そしてその後ろには明らかに人間とはかけ離れた容貌の女性。おおよそ、日本のものではないということが容貌は疎か服装にさえも現れていた。

 

「そこにいるのがセイバーとランサー、余がライダーであるとすると……その清廉な闘気はアーチャーか?とても暗殺者や魔術師には見えぬが」

 

「いや、私がセイバー(・・・・)だ。征服王」

 

その一言にランサーとライダーが怪訝そうな表情で唸り、アヴェンジャーを見やる。

 

当のアヴェンジャーはと言うと何処吹く風。ただ一言。

 

「私は『答える義理なんてない』としか言ってませんよ」

 

と答えた。

 

確かにアヴェンジャーは一言として自らをセイバーとは称していない。ただ、剣を主な武器として闘っていただけに過ぎない。だからこそ、ランサーや遠くで見物していたライダーはセイバーと勘違いしたわけだが。世の中には剣で戦うアーチャーや最強技が物理なキャスターもいるので、別におかしくない。

 

「貴様が本当のセイバーか? ならば、うぬがアーチャーか?」

 

「私が弓兵に見えますか?」

 

言外に否定するアヴェンジャーに、ライダーもまた頷く。確かにアーチャーには見えない。かといってアサシンやキャスターにも見えないのが一層困らせるが、クラスなど瑣末な問題であるとライダーはセイバーに意識を向ける。

 

「セイバー。うぬはどうだ? 余の臣下となる気はないか?」

 

「名を明かさぬとはいえ、征服王。貴様の誘いには乗れない。いかな大王といえど、臣下に降るわけにはいかぬ」

 

「むぅ……」

 

今度こそ、ライダーは押し黙った。

 

それもそのはず。

 

ライダーは本気で臣下に出来るとは思っていなかった。所謂ものは試し、というやつである。

 

真名をものは試しでバラされたマスターの方、ウェイバーは堪ったものではない。というか、実際に非力極まる両手の拳でポカポカと連打をくれながら泣きじゃくっている。その光景は哀愁すら誘っていた。

 

『そうか。よりにもよって貴様か。ウェイバー・ベルベット』

 

微妙にした空気が、低く地を這うような怨嗟の声によって、再び凍りついた。

 

発信源は、未だ姿を現さぬランサーのマスター。殆ど口を挟んでこなかったかのマスターが、先刻とは打ってかわって、何か曰くがあるとしか思えない憎悪の念を剥き出しにしていた。

 

『いったい何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば――よりにもよって、君自らが聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇ』

 

「あ……う……」

 

『残念だ。実に残念だなぁ。可愛い教え子には幸せになってもらいたかったんだがね。ウェイバー、君のような凡才は、凡才なりに凡庸で平和な人生を手に入れられたはずだったのにねぇ』

 

幻覚で撹乱されて、声の出所はわからないにもかかわらず、ウェイバーはもう幾度味わったか知れない胃の腑の反り返る感覚をランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの酷薄な細面の、侮蔑と憐憫の入り混じった碧眼が、頭の上からじっと自分のことを見下ろしてくる感覚を、まざまざと再体験していた。

 

こんな戦場のど真ん中にサーヴァントに引きずってこられた挙句、意趣返しをした相手に遭遇する。こんな酷い目にあっているマスターもなかなかいないことだろう。全部自業自得とはいえ、本当に哀れとしか言いようがなかった。

 

『致し方ないなぁ、ウェイバー君。君については、私が特別に課外授業を受け持ってあげようではないか。魔術師同士が殺しあうという本当の意味――その恐怖と苦痛とを、余すことなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ』

 

ケイネスの言葉に、事実としてウェイバーは恐怖に身を竦ませ、死を観念するということを事ここに至ってようやく身にしみて味わっていた。それほどまでにどこからとも無く浴びせられるあの男の視線はおぞましく致命的だった。

 

しかし、その独り恐怖に震えていた少年の小さな肩を、その時、優しく力強くライダーの手が包み込んだ。

 

「おう魔術師よ。察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな。だとしたら片腹痛いのぅ。余のマスターたるべき男は、余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ。姿を晒す度胸さえない臆病者なぞ、役者不足も甚だしいぞ」

 

返ってくる言葉はないが、確かに姿なき者の怒りだけが夜気を伝播する。ライダーは呵呵と剛胆に大笑すると、今度は誰にともなく夜空に向けて大音声を張り上げた。

 

「おいこら! 他にもおるだろうが。闇に紛れて覗き見しておる連中は!」

 

地味にその言葉が耳に痛いセイバーは、苦笑して頬をかく。

 

別に盗み見していたわけではない。アヴェンジャーの気配に誘われて来てみたものの、そこでは既にアヴェンジャーとランサーが交戦していたために、姿を見せては騎士の闘いに水を差してしまう。それはセイバーとして、本意ではなかったために機会をうかがう羽目になり、結果ライダーが割り込むまでずっと息をひそめる事になってしまった。

 

「聖杯に招かれし英霊は、今! ここに集うがいい。なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」

 

ライダーが吼えたてた直後、黄金の光が姿を現した。

 

金色の輝きは地上十メートルあまりの高さに佇立する街灯のポールの頂上に、輝く甲冑の立ち姿となって現界した。

 

ここには今、セイバーとランサー、ライダー、クラスが知られていないアヴェンジャーが存在する。

 

全身をくまなく甲冑で覆った重装は、キャスターとは思えず、またライダーの呼びかけに応じた以上、アサシンでもなければ、応えるだけの理性があるためにバーサーカーでもない。そしてアヴェンジャーがアーチャーではないと断じた以上、必然的に残るのは三大騎士クラス最後の一つ、アーチャー。

 

(オレ)を差し置いて『王』を称する不埒者が湧くとはな」

 

開口一番、黄金の英霊はさも不愉快げに口元を歪め、眼下に対峙する四人のサーヴァントを侮蔑の込められた視線で睨みつける。

 

「おまけに、なんだ貴様は。よもや貴様のような贋作までいようとはな」

 

アヴェンジャーに視線を向けたアーチャーはより一層嫌悪感を露わにし、そう吐き捨てる。

 

アヴェンジャーはすぐに気がついた。アレが綺礼の言っていたサーヴァント。同盟を組んでいる時臣が使役しているアーチャーであると。

 

とはいえ、アレがはたして使役されている、という状況を素直に受け入れそうもないのは誰の目にも明らかだった。

 

すぐに綺礼から窘めるような言葉が飛んでくる。

 

『アレは師のサーヴァントだ。多少は苛立つかもしれないが、大目に見てくれ。頼むから』と。

 

アヴェンジャーとて、子どもではない。

 

同盟の相手ともなれば、少しは大目に見るし、アレの正体は英雄王と知っている。迂闊にちょっかいを出せば、問答無用で殺しにくるだろう。その時、自分がアレを相手に真っ向から勝負を挑めるか、と問われればなんとも答えにくい。

 

おまけにマスターから駄目押しときた。ならば――。

 

「はぁ? 初対面の相手に対していきなり贋作とか失礼じゃない。原初の王様は礼儀知らずなのかしら? それとも、それを指摘してくれる友達いなかったの?」

 

明らかに馬鹿にしたような発言に世界が凍った。凍りついた。

 

天邪鬼精神のアヴェンジャーにとって、『敵対するな』なんて念を押されれば、もうこれは敵対してくれと同義である。元より綺礼の言うことなんてこれっぽっちも聞いてやるつもりは無いのだ。お願いされたからには絶対に裏切る。

 

「贋作の分際で……王たる我を愚弄するか――!」

 

瞬間湯沸かし器とはまさにこのことだろう。

 

一瞬で怒髪天を衝き、憤怒の形相を浮かべるアーチャー。少しからかうだけで予想以上のリアクションを見せるアーチャーに、アヴェンジャーは『何こいつ、超面白いんだけど』とほくそ笑んだ。無論、それらは死と隣り合わせであるが。

 

通信機越しに綺礼の悲鳴のようなものが聞こえたものの、アヴェンジャーはそれを気にとめることはなかった。

 

 


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