外道に憑依した凡人   作:ひーまじん

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戦端の歪み

「本当に行かなくてよかったのですか?」

 

刻限は丑三つ時。

 

自らが用意した一軒家(元の綺礼の貯蓄で購入)の畳の上に座り、テレビを見ながら綺礼は湯呑で茶を啜り、煎餅をバリバリと齧っていた。

 

傍にいるものからすれば、うるさいことこの上ないものの、綺礼は表情一つ変えることなく、ただただ煎餅を齧る。

 

「ちょっと、聞こえているんでしょう。何か言ったらどうです」

 

バリバリバリ。

 

「ねえってば。無視するんじゃないわよ」

 

バリバリバリバリバリバリ。

 

「あああっ!うるっさいわね!燃やすわよ!?」

 

「待て。破壊される可能性を秘めているとはいえ、この拠点は先月私が実費で購入したものだ。燃やされたら、その後お前も私も路頭に迷うことになる」

 

「じゃあ、返事しなさいよ!なんで行かなかったの!」

 

「行く必要がなかったからだ。私は師がいかなるサーヴァントを呼び出すか既に知っている。ならば行く必要はあるまい」

 

「でも、その師匠とやらには来るように言われてたでしょう。なんで嘘ついてまで行かなかったのって、聞いてるのよ」

 

綺礼は虚言を吐いてまで、時臣の召喚の儀に立ち会うことをしなかった。というのも、そもそもあの場に行く理由が皆無であり、あそこにいけば確実にひと悶着あるというのが想像に難くなかったのである。主にアヴェンジャーとアーチャーが。

 

もちろん、行くつもりはあった。あったが、下手をするとその場でアヴェンジャーとアーチャーが殺し合いかねない。同盟を欺くのには最適だが、綱渡りが過ぎる。仮にそれを令呪で収めようものなら、開幕早々不利を強いられる。笑えない冗談だ。

 

もちろん、それをアヴェンジャーには言わない。いえば、天邪鬼精神のアヴェンジャーのことだ。今からでも間に合うと言って、遠坂邸に行くといいだしかねない。

 

「……面倒だからだ。基本的に怠惰に過ごす主義なんだ、私は」

 

「……時々、あなたを聖職者か疑いたくなる時があります」

 

「立派な聖職者だよ。ただ、ほんの少しだけ、他者とは違う価値観で動いているだけのな」

 

大嘘である。

 

綺礼は聖職者であるが、信仰心なんてものは欠片も持ち合わせていないし、神様なんて死ねばいい、とすら思っている。割と本気で。

 

だから精一杯怠ける。起きているのはもう寝ているとバレたら、後々面倒だからで、舞い上がった時臣辺りが連絡してきた時のために備えているからだ。

 

「どうだ、アヴェンジャー。お前も食べるか?」

 

「食べないわよ。サーヴァントに食事は必要ない。そんなことも知らないの?」

 

嫌味たらしく言うアヴェンジャーに、綺礼は顎に手を当てる。

 

「ふむ。私の記憶違いでなければ、アイスクリームを食べて『なにこれ、美味しいんですけど!?誰こんなもの作った人!』と人目も憚らずに叫んで――」

 

「そ、そんなわけないでしょ!?本当に脳みそまで腐ってるんじゃない!?焼いてあげようかしら!」

 

慌てふためきながら詰め寄るアヴェンジャーに、綺礼は内心ほくそ笑む。

 

一見、口調は丁寧に内容は粗暴になっているアヴェンジャーだが、感情が昂ぶると口調まで粗暴になる。

 

それが良いことなのかと問われれば、悩むところではあるものの、そちらのほうが親しみやすいという意味では或いは本来の聖処女よりもずっと親近感が湧くのかもしれない。

 

結局、時計の短針が三を指す頃にも時臣に貸し与えられた宝石通信機は何の反応も示すことなく、綺礼は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、どうやら何の連絡もなかったのは綺礼が既に眠っている可能性を考慮しての、時臣なりの気遣いだったらしい。

 

時刻が午前十時を過ぎたころ、時臣から宝石通信機越しに英雄王ギルガメッシュの召喚に成功し、この聖杯戦争は紛れもなく自分達が勝利したと、努めて冷静にしているものの、若干の高揚を含んだ声音で語った。

 

綺礼は一応の賛辞を送りつつ、今後の戦略について相談する。

 

原作のようにアサシンに斥候をさせるということは出来ない。アヴェンジャーには気配遮断も、それと限りなく同等のものである圏境も持ち得ない。完全に一騎当千のサーヴァントなのである。

 

幸いなことに、やろうと思えば、全サーヴァントと一戦交え、その能力を推し量ることが出来なくはないサーヴァントなのだが、そうなった場合はギルガメッシュとも矛を交えなければならない。でなければ、早々に時臣と袂を分かってはいないということが露見してしまうだろう。

 

かといって、ギルガメッシュが三文芝居に付き合ってくれるはずもない。アヴェンジャーがギルガメッシュの逆鱗に触れれば全力で殺しにかかるであろうし、アヴェンジャーもそも全てのサーヴァントを倒さないようにしろ、なんていうのは令呪でも使わない限り聞き入れないだろう。

 

ともすれば、能力的には可能であれ、それ以外が不可能としているため、その作戦は論外。

 

アヴェンジャーは何処までも斥候には不向きなサーヴァントだった。もっとも、それはアヴェンジャーを召喚した時点で綺礼が一番分かっていたところだが。

 

「では、暫くは?」

 

『様子見、ということになるだろう。英雄王が自ら賊の討伐に出る事は考えられない。刃を向けられれば、その限りではないだろうが……それは極力避けたい事態だ』

 

僅かに歪んだ音質は、さながら時臣の心中を表しているかのようだった。

 

高い単独行動スキルをギルガメッシュが持ったのは、時臣にとって大きな誤算であったのだろう。認め得る限り、最大限に相手の意思を尊重しようとしている時臣だが、あくまでもギルガメッシュの動員は最後の切り札ないし、確実に勝利で決する時以外には戦わせたくないのだ。ましてや、何の情報もない、何の対策も立てられない状態で全力投球は、いかにギルガメッシュといえど足元をすくわれるかもしれない。

 

そうなると、令呪を使うしかないが、それは三度のみ。ましてや、マスターを尊重する心掛けなど微塵も持ちわせていないギルガメッシュを律するとなれば、尚のこと貴重であり、タイミングを間違えれば関係は破綻する。

 

まさしく、天命を待つ、といったところである、

 

「で、あれば、やはり我々が?」

 

『そういう事になる。君のアヴェンジャーは、幸いにしてサーヴァントとしてのステータスはかなり高い。エクストラクラスという事もあるのだろう。それならば三騎士と戦うことがあっても遅れはとることはないはずだ』

 

結果として、どのような手段を取らざるを得なくなったかというと、アヴェンジャーが他のサーヴァントを挑発し、戦闘を行うことで情報を得るといったものだった。

 

挑発と言っても、ただその気配を撒き散らして、誘うだけだ。その腕に自信を持ち、数々の武勲を打ち立てた英霊ならば、十中八九臨んでくるだろう。無論、マスターに止められる可能性もある。

 

『しかし、心配なのは未だ君のサーヴァントが真名を話さない(・・・・)事だな。それでは戦術も立てられまい』

 

「……そうですね。どうにも気難しいサーヴァントのようで」

 

ちらりと横目でアヴェンジャーを見ると、あからさまな顰め面で綺礼を見ていた。

 

気難しいサーヴァントというのは言い得て妙だ。このサーヴァントはやはりというべきか、自分のテリトリーに入られる事を拒んでいる。綺礼自身、さりげなく打ち解けようとは試みているものの、下手に出れば突っぱねられ、馴れ馴れしくすればキレられる。距離を測りかねていた。それが現状だ。

 

だが、真名を話していないというのは、明らさまな嘘であった。

 

綺礼はアヴェンジャーの真名を知っているし、それを本人の口からも聞いた。

 

何故、時臣に話さないのか、というと万が一を考えてのことだ。

 

アヴェンジャーの真名はおおよそ伝承とは似ても似つかない。普通に考えれば、その思考に行き着くはずがない英霊だ。

 

だからこそ、黙っていれば、英雄王はともかく、他のサーヴァントはまず辿り着けるはずがない。

 

これはかなりのアドバンテージと言えた。

 

(……いや、もう一人は一目で看破するかもしれんな)

 

あのキャスターなら、ひょっとすると気づくかもしれない。

 

もっとも、その在り方を、魂を反転させているアヴェンジャーに、気づけばの話であるが。

 

『綺礼?』

 

「……申し訳ありません。少しばかり、思考に耽っていました」

 

『アヴェンジャーの真名の事は気に病む必要はない。私達のように、裏で手を組んでいると分かれば、疑心暗鬼になるのも当然。おいおい、知ることができれば、それで構わないだろう』

 

「気遣い、痛み入ります。我が師よ」

 

時臣は、綺礼がアヴェンジャーの真名を聞き出せずにいることを、引け目に感じていると思ったらしい。

 

勘違いもいいところだが、綺礼はその勘違いに便乗する事にした。自分を真面目で誠実な弟子だと勘違いしてくれているのはありがたい。裏切るつもりは無くとも、裏工作がしやすいというものだ。

 

『それと、だ。昨晩、どうやら私以外のマスター達もサーヴァントを召喚したらしい。残る枠はキャスターのみだそうだ』

 

「いよいよ、という事ですね」

 

『ああ。いよいよ、遠坂の悲願を成就する時が来たようだ。綺礼、君の働きも大いに期待しているよ』

 

「未熟者ではありますが、全力を尽くさせて頂きます」

 

『うむ。では、私はここで失礼させてもらう。当分、君との連絡は控える事になるだろうから、健闘を祈らせてもらう』

 

それきり、宝石通信機からの言葉は切れた。

 

ふう、と一つ息を吐く。

 

相変わらず、時臣との会話には神経を使っている。綺礼の価値観はあくまでも普通の人間と変わりは無く、時臣は何処までも魔術師然としている。ともすれば、当然会話の中に差異は生まれるだろうし、妙に自信に溢れた時臣が、わけのわからない事を言い出さないかと常に気を張っている。

 

遠坂のうっかりは最早呪いの域だ。敵に回すと実にやりやすい事この上ないのだろう。しかし、味方である綺礼はそのうっかりのカバーにも奔走しなければならない。中途半端に優秀なだけに尚タチが悪い。

 

その辺りは考えるだけでも頭が痛くなりそうなだけに、綺礼は思考を切り替え、隣で話を一応耳に入れていたはずのアヴェンジャーに声を掛けようとして、何かを見ている事に気付いた。

 

「アヴェンジャー?何をしている?」

 

「……あなた、妻子がいるのですか?」

 

アヴェンジャーが眺めていたのは、たった一枚しか無かった妻の写真と、時臣に弟子入りする前に撮った娘の写真。

 

もちろん、それは以前の綺礼のとつくが。

 

何故そんなものを持っているのか、と問われれば、回答に困るのが現実だ。

 

綺礼にとってはどちらも赤の他人である。だと言うのに、何故そんなものを持っているのか、綺礼はその答えを持ち合わせてはいない。あるとすれば、それはただの自己満足というやつだろう、

 

「……ああ。だが、妻は既に他界した。生来体が弱く、少しの傷でも致命傷になり兼ねなかった。娘も、どうやら妙な体質を持って生まれたらしい。人並みに生を謳歌するのは難しいそうだ」

 

「そう。では、あなたの望みは妻の蘇生、娘の体質改善、といったところですか」

 

「いいや。いくら聖杯が万能の願望機だとしても、亡くした者を取り戻そうとは思わんよ。それは彼女が短い生を必死に生き抜いてきた事に対する冒涜だ。娘の方は、考えているがね」

 

アヴェンジャーの問いに、努めて冷静に綺礼は答えた。

 

もちろん、嘘だ。今の綺礼にとって、言い方は悪いが、死んだ綺礼の妻は赤の他人。死を悼む事はあれど聖杯に蘇生を願おうとは思わないし、仮に聖杯を勝ち取ってもアヴェンジャーが出てくる時点でこの聖杯は当然のごとく、物語通りに汚染されている。そうでなくても、その聖杯は時臣に取らせる算段だ。万に一つも、綺礼が願いを叶える事はない。

 

そして奇跡的な確率で願いを叶えられる状況にあったとしても、妻の蘇生は絶対に望みはしない。そんなことをすれば、今の綺礼が全くの別人であると気づいてしまうからだ。

 

娘に関しては、元の綺礼のようには育児を放棄するつもりは毛頭無かった。

 

しかし、娘の体質上、ただの孤児院に預ける事もできず、聖杯戦争に参加する以上、父である璃正神父にも頼れなかったために、今はとある修道院に預けている状態だ。上手く生き残る事ができれば、この冬木の地で生活をしようと画策している。何せ、綺礼は日本語以外ほぼ喋る事ができないから。海外で住むとか不自由すぎて考えられないのである。それにこの地なら、遠坂に頼る事ができるわけであるし。

 

「……なんだか、他人事みたいですね。あなたのその言い方」

 

嫌味もなく、皮肉もなく、アヴェンジャーはぽつりと呟いた。

 

このサーヴァントが召喚されてからまださほど経っていないが、そんな事を言うのは初めてだった。

 

唐突に、けれども的を射た発言に、綺礼は息を呑んだが、三年間演じてきた事が功を奏したのか、表情に出る事はなかった。

 

「……仕方あるまい。私も、お前も、初めから聖杯に辿り着けぬ身だ。叶えられない願いを話して何の意味がある」

 

一つ息を吐いて、綺礼はそう答えた。

 

それ自体は何ら間違いではない。

 

綺礼はこの聖杯戦争に何の意義も持ってはいない。ただの事故のようなものだ。もう少し自分が注意を払う余裕を持っていれば、この地に足を踏み入れる事なく、生を謳歌していた事だろう。

 

それ故、聖杯などには欠片も興味を抱いていないし、汚染されたものに興味はない。まして、それを周囲に納得させるだけの能力も、証拠も、綺礼は持っていない上、破壊できる宝具をアヴェンジャーは持っていない。

 

アヴェンジャーはそれで納得したのか、はたまた始めから問いかけたつもりなどなかったのか、つまらなそうに綺礼を一瞥すると、霊体化してその場から消えた。

 

未だアヴェンジャーに信用されていない、というその一点は何の偽りもない。まさしく、その通りだった。

 

召喚されて早々に『私は彼に聖杯を取って貰う為に参加している。故にお前に聖杯は手に入らない』などと言われては、信頼も何もあったものではない。寧ろ、未だ自分のサーヴァントとして現界している事が不思議でならない。

 

そもそも打ち明ける意味などあったのかと聞かれれば、それは大いにあったと言える。仮に途中で綺礼の方針を知り、他のマスターに鞍替えしようなどと画策された場合、綺礼はどのタイミングでそれを知られたかを知らない。必然、寝首をかかれる形となる。

 

だが、その場で打ち明ければ、令呪を使えば御しきる事はできる。高い対魔力を持っている裁定者(ルーラー)の場合なら一角では心許なかったが、アヴェンジャーにはそれがなかった。

 

幸い、一角も令呪を使う事はなかったが、アヴェンジャーは当然のごとく、態度が刺々しい。そもそも、それが普通なような気がしなくもない。

 

だが、アヴェンジャーと必要以上に親密になるつもりはなくとも、一定の信頼関係だけは築いておきたい綺礼としては、やはり話すべきではなかったかと少しばかり後悔していた。ついでにまたアイスを買ってあげたら機嫌直してくれないかなとか。

 

「どちらにせよ、サーヴァントが出揃うまでは静観を決め込む他ないな。アレが、焦れて何かしでかさなければいいが……」

 

遠坂邸のある深山町の方を見て、綺礼は無意識のうちに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、時臣と他のマスター達がサーヴァントを召喚したその翌日に名乗りを上げないものの、キャスターが召喚され、七騎サーヴァントが出揃ったという事で聖杯戦争が開始された。

 

数日経つが、未だどの陣営も動く気配はない。アサシンによる暗殺を警戒している為だ。

 

遠坂邸と間桐邸付近には使い魔と思しきものが飛び回っているようだが、綺礼の方には一体たりともいない。ここでダミーのホテルを用意した事が功を奏した。そうでもしなければ、住居が爆破解体は本気で洒落になっていない。

 

だからこそ、自由に動けた。

 

綺礼の住居周辺には使い魔が飛んでいない。元より、さして警戒されていないという事で優先順位が低いのだろうが、どちらにせよ、それは好都合だった。

 

実に動きやすい。拠点を知られる事なく、堂々とした足取りで、綺礼は夜道を歩く。

 

こんな事ができるのは、父である璃正神父から他のマスターの元にアサシンが現界していないという事を聞き知らされているからに他ならない。やはり、アサシンの枠にアヴェンジャーが召喚された事の裏付けでもある。

 

ある意味、この聖杯戦争で一番警戒しなければならない相手ーー魔術師殺し(メイガス・マーダー)の異名を持つ衛宮切嗣も、今の時点では自分を監視してはいない、と高をくくっていた。

 

同じ軌跡を辿ってきた以上、切嗣は同様に綺礼を畏怖し、最大限の警戒をするだろう。

 

それを綺礼も承知しているが、だからと言って、綺礼にばかり警戒を向けていれば他のマスターに不意をつかれる羽目になる。

 

まだ何も行動を起こしていない今は、意識の隅には置かれていても、その中心を占める事はない。

 

『どこに向かっているのです?』

 

行き先を告げられていないアヴェンジャーは、霊体化したまま、綺礼に問いかける。

 

「人目につかず、かつ戦場に適した場所だ。そろそろ、我が師も焦れてくる頃だろう。ここで一つ、私が戦局を動かそうというわけだ」

 

その言葉で、アヴェンジャーは察した。

 

今から自分は戦場に向かうのだと。

 

もちろん、戦になるとは限らないのだが、それでも何かしら、状況に変化が訪れるであろう事は事実だ。

 

『それは情報集めですか?それともーー獲りに行くのですか?』

 

「可能ならば獲りに行っても構わん。だが、相手は一騎当千のサーヴァントばかりだ。そう易々と首は獲らせてもらえんだろう。特にアヴェンジャー。お前は並外れた剣技を持って武勲を打ち立てた英霊ではない。例え、能力は高くとも、技術の面では遅れをとる事もある。努々、それを忘れない事だ」

 

アヴェンジャーの逸話を鑑みても、戦士として優れていたと記されたものはない。

 

ならば、技術面においては戦乱の世を武勲を持って道を切り拓いてきた英雄達には劣るのは明白と言えた。

 

ましてや、能力に物を言わせた力押しが通じるかと言われれば、それも否。宝具による強引な突破なら或いは可能かもしれないが、それは一度きりだろうし、確実とは言い切れない。

 

『あら。私が負けると、あなたは良いんじゃないの』

 

「まあ、それはあるがな。いくら何でも最初に脱落するのはマズイだろう。初戦ともなると尚更な」

 

『……全く、面倒くさい「それにだ」……なんですか?』

 

「これでも、私は自分の呼び出したサーヴァントが一級のサーヴァントだと自覚している。そう易々と負けるはずがあるものか」

 

綺礼はそう言って不敵に笑う。

 

アヴェンジャーが自分をどう思っているのかはわからないが、綺礼は自分の呼び出したサーヴァントを信頼しているつもりだ。自分のサーヴァントにさえも疑念の目を向けるつもりはない。後ろから刺されるような事があれば、それは完全に自分の非だ。手段は選ばないつもりであるが、外道に堕ちるつもりは毛頭ない。

 

その言葉に、アヴェンジャーは………。

 

『はぁ?キモい顔して何言ってんの、アンタ。言われなくても、負けるつもりなんてないわよ』

 

ガチトーンで綺礼に返した。

 

どストレートな罵倒は綺礼の心に深く突き刺さるが、それがアヴェンジャーに知れると追い打ちを食らう。

 

何でもないように前を向きなおして……民家の塀の上から飛び降りてきた猫が顔面に当たった。

 

……やはり、何でもない事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海浜公園の西側に隣接する形で広がるのは、無味乾燥なプレハブ倉庫が延々と連なる倉庫街。

 

港湾施設も兼ね備えたその区画は、さらに西の工業地帯を新都から隔てる障壁の役割も担っている。

 

夜になれば人通りも絶え、まばらな街灯が無益にアスファルトの路面を照らしている様が、より一層景観を空虚にしている。

 

人目を忍んで行われるサーヴァント同士の対決には、まさにうってつけの場所であった。

 

無人の大通りの真ん中でアヴェンジャーはその気配を惜しげもなく晒しながら、悠然たる態度で佇んでいた。

 

仮にアーチャーが敵であり、ギルガメッシュではないのなら、このような愚かな行為をする事はないだろうが、アーチャーは決して闇夜に紛れて狙撃してくるような者ではないし、現時点においては敵ではない。ならば、このような大胆な策も、アサシンの不在とアーチャーのマスターが同盟相手だとわかっている以上、愚策ではない。

 

とはいえ、それを知っているのはあくまで綺礼と時臣の陣営のみ。

 

アサシンの暗殺を警戒している他の陣営がこれに乗るか否かははっきり言って賭けだ。

 

出てこなければそれはそれで構わない。場所を変え、また同じようにするだけだと綺礼の発言に、アヴェンジャーは辟易していた。

 

確かに一騎当千のサーヴァントではない彼女は、伝承上の『旗の持ち手として兵を鼓舞した』というものとは別に『卓越した戦略家』だったのではないかと言われている。

 

それ故に、この策自体、成功するものと思っていなかった。

 

(こんな見え透いた挑発に乗るとしたら、余程の自信家か、馬鹿のどっちかでしょうね。まぁ、どっちも一緒でしょうけど)

 

まだ暗殺の危険が蔓延る中でサーヴァント同士を闘わせる愚か者がいるとは思えない。

 

そう高を括っていたアヴェンジャー。

 

しかし………いた。

 

アヴェンジャーは予想はしていたものの、信じられないとばかりに眉根を寄せた。

 

前方十メートル。

 

沸々と放つ法外な魔力は人ならざる超常の存在ーーサーヴァントであることの証拠であり、そのサーヴァントは、見え透いた挑発に乗って現れた。

 

癖のある長髪をざっくりと後ろに撫でつけた、端正な男。右手に軽く握られた身の丈を超える二メートル余りの長槍と、左手に握られた三割ほど短い短槍。いずれも柄から刃先まで、びっしりと呪布らしき布が巻き付けられ、その実態を見る事は叶わない。おそらくは宝具としての真名を秘匿するためのものだろう。

 

そしてこの男の得物を見れば、三騎士の一つ、槍兵(ランサー)である事はすぐに察しがついた。

 

「驚いたぞ。まさか、練り歩くでもなく、そちらから誘いをかけてくるとはな」

 

「……こちらも驚きました。まさか、本当に誘いに乗ってくるサーヴァントがいるなんて、思っていませんでしたので」

 

「主からの命令だ。獲物が自ら誘っているのなら、その首級を持ってこいとな」

 

「随分な自信家ですね」

 

かかったのは本当に馬鹿だったが、それよりも気になるのはこの槍兵から感じる鬱陶しい魅了(チャーム)

 

嫌悪感を隠そうとしないアヴェンジャーを見て、ランサーは苦笑した。

 

「悪いな。これは持って生まれた呪いのようなものだ。如何ともしがたい」

 

「生まれながらのハーレム体質ってわけ?はっ、これだから見境のない男は」

 

「その様子だと、どうやら対魔力かそれに追随する物を持ち合わせているらしい。結構。この顔のせいで腰の抜けた女を斬るのでは、俺の面目に関わる。その腰に携えた剣と闘気を見るに、お前がセイバーと見受けるが……どうだ?」

 

「答えてやる義理なんてないわ」

 

この時ばかりは、アヴェンジャーであるにもかかわらず、何故か身についている対魔力に感謝した。それは程度の低いものであるが、ランサーのものもそう強くはないのだろう。僅かばかりの苛立ちも、戦いが始まれば気にならない程度のものだった。

 

腰から剣を抜き放ち、無造作に構えるアヴェンジャー。

 

ランサーもまた、それに合わせて、担いでいた右の長槍を一旋させて持ち直し、左の短槍も、またゆるゆると切っ先を持ち上げる。

 

両者ともに全く流儀の読めないものだった。まさしく『我流』といったところだろう。

 

しかし、同じ『我流』といえど、培ってきたものに圧倒的な差がある。

 

綺礼に言われるでもなく、アヴェンジャーは重々承知の上だ。

 

元よりこの身は戦士でも、純然たる英霊でもない。

 

けれども、アヴェンジャーは陰惨な笑みを浮かべた。

 

例え、戦士でなくとも、純然たる英霊ではなくとも。

 

自らは異端の英霊であるならば、その異端を以って相手を滅するだけだ。

 

今まさに。

 

本当の意味での聖杯戦争開始の火蓋が切られた。

 

 

 

 

 




クラス:アヴェンジャー

真名:???

性別:女性

身長:159cm

体重:49kg

属性:混沌・悪

ステータス:筋力A/耐久D++/敏捷A/魔力A++/幸運D+/宝具A+

保有スキル

自己改造:EX
自身の肉体に別の肉体を付属・融合させる。このスキルのランクが高くなればなるほど、正純の英雄からは遠ざかる。“裁定者”としてしか召喚されないはずの彼女を、魔女に貶めたうえに“復讐者”として召喚せしめたことこそ、ある意味で究極の改造と言える。
竜の魔女:EX
とある時空において、彼女が生み出された際に付与されたもの。竜を支配し、その能力は伝説級のものまで従えるとされている。またカリスマと同様の効果を持ち、竜の特性を持つサーヴァントにはさらなる効果を与える。但し、本人は竜を従える力は持つが、竜の属性は持たないため、強化される事はない。
うたかたの夢:A
詳細不詳。自身の攻撃性を上げ、強固な防御性をもたらす。ただし、己の霊基も代償として削いでしまう。“うたかた”とは泡沫――、儚く消える泡の事。そして人の世と命の喩え。復讐者と成り果てても……否、復讐に駆られるからこそ、魔女は“あの日見た夢”に後悔と憎悪を募らせる。ただ信じたものに信じられたかった。その泡沫の夢が、魔女の炉心に更なる火を焚きつけるのだろう。
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。アヴェンジャーは『何故か付与されている』と感じているが、その実綺礼が現界して間もない頃に渡したもの。これが無ければランサーの魔貌にやられていた可能性も……。

固有スキル
復讐者:B
詳細不詳。
忘却補正:A
詳細不詳。
自己回復(魔力):A+
詳細不詳。

憑依言峰がマスターになっている事で、ステータスに多少の変化あり。

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