外道に憑依した凡人   作:ひーまじん

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反則の切り札

間桐へ同盟を持ちかけた翌日。

 

綺礼はある人物を探して、市街を奔走していた。

 

もちろん、街中での襲撃の可能性もなくはないが、いくらなんでもホテル爆破という反則すれすれの事をやっているアインツベルン……もとい衛宮切嗣が、人が多く、無関係の市民を巻き込むような行為はできないのも事実だった。

 

もし、そのような事をすれば仮に綺礼を殺害ないし、怪我を負わせたとして、監督役からなんらかの罰が与えられるのは目に見えている。ホテル爆破では被害者が出ていない故に咎められなかっただけで、こんな市街で射殺でも行おうものなら、キャスターの時と同様、残りの陣営に徒党を組んで狙われることになる上、その暗殺もサーヴァントと共に行動しているマスター相手には限りなく成功率が低い。ただデメリットしか生じないような事を、切嗣がするはずもなかった。

 

危険度が限りなく低いことをわかった上で、綺礼はとある人物を探して奔走している。

 

それは聖杯戦争の関係者であり、既に関係者でないものだ。

 

『ったく、なんで呼んでもない時は来るのに、探してもいないのよ』

 

「……仕方あるまい。アレはああ言う生き物だ。お前が常に憎悪の炎を抱いているようにな」

 

さしものアヴェンジャーもそれを否定することはなかった。

 

アヴェンジャーのそれは『性』のようなものだ。アヴェンジャーという存在を成り立たせるモノだ。それを直せと言われても不可能であるし、直す気もない。

 

『……はぁ。ホンットになんであんな目立ちたがりを探さなきゃなんないのかしら。っていうか、もう消えてるんじゃないの?』

 

「残念ながらその可能性はゼロだ。弓兵(アーチャー)には単独行動スキルがついている。あの男が自ら消滅でも望まん限り、必ずこの冬木の街のどこかにいるはずだ」

 

『……それじゃあ何?街の中のどこかにいる人間を探すってこと?』

 

心底呆れたようにアヴェンジャーが呟いた。

 

無理もない話だ。

 

いくら行動範囲が冬木の中だとしても、たった一日で見つけ出すのは困難を極める。とてもではないが、すぐに見つけ出すのは些か無理があるだろう。

 

それは綺礼もわかっている。弓兵(アーチャー)ーー英雄王ギルガメッシュがいくらその辺にいる凡人とは別種の存在だとしても、その辺を金ピカの鎧で歩いているわけがない。私服で歩き回っていることだろう。

 

既に手は打ってある。

 

「父に頼んで聖堂協会の人間を走らせた。流石にあの男クラスのサーヴァントになると野放しにしておくわけにはいかない、或いは私が再契約を果たして聖杯を手に入れると言ったら、承諾してくれたよ」

 

『はっ……聖職者がよくもそんなに嘘を吐けるもんね』

 

「何を今更。聖職者なのは俺じゃない(・・・・・)

 

今更人を騙すことに何の躊躇いがあるのか。

 

そんな悠長に構えていたから、時臣は死んだ。死なせてしまった。

 

もしも、ここで同じように体裁など気にしていたのなら、間違いなく次に死ぬのは自分だろう。二度の死線を潜り抜け、師の死を目撃して、綺礼はそう確信していた。

 

最早手段など選んでいる場合などではない。使えるものは何でも使うべきなのだ。

 

「ここだ」

 

綺礼の視線の先にあるのは一つのビル……その屋上だった。

 

「どういうわけか、英雄王ギルガメッシュはこのビルの屋上に消えたらしい」

 

『あの金ピカが?』

 

解せない、とアヴェンジャーが疑問の声を上げる。

 

それは綺礼とて同じだ。おそらくほんの気まぐれで立ち寄ったか、はたまたどこか目的地に行く際にここを経由した可能性が高い。

 

しかし、情報として一番新しいのはそれである以上、立ち寄らないわけにもいかない。会えればそれでよし。会えなければ新しい情報を待ちつつ、探し回るだけだ。

 

他の陣営にとっては脱落したサーヴァントであっても、綺礼にとっては決して捨て置けるはずのない存在であるが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはりいないか」

 

案の定というか、やはりというべきか、ギルガメッシュの姿はそこになかった。

 

神出鬼没とも言えるあの英雄に自ら会いに行くというのも土台無理な話だが、少ない可能性にかけた綺礼としては落胆の色が隠せないでいた。

 

消滅してはいない。

 

高い単独行動スキルを持つギルガメッシュが戦闘を行なっていない以上、聖杯戦争が終結する前に消滅することはあり得ず、また冬木の地から離れることもできない。

 

冬木にいることは確かなのだ。しかし、それまでだ。

 

情報らしい情報がない。会いたくないと思っている時に限ってふらりとやってくる。それが英雄王ギルガメッシュに対する綺礼の印象だった。

 

実際、自分の過去がバレた時は一番来ないでほしいタイミングで姿を現した。そのせいで時臣は射殺されたとも取れるが、ギルガメッシュに言わせればそれは時臣が間抜けだっただけ、ということになるのだろう。相手が反則すれすれの行為を平然とやってのける相手だとわかっていながら、対策を取っていない時臣は確かに間が抜けているのかもしれないが、それこそギルガメッシュが遠阪邸にいれば何の問題もない。責任の多くは綺礼にあるが、一端はギルガメッシュにもある。

 

……などと打ち明けた日こそ、綺礼の命日となるが。

 

アヴェンジャーを屋上に続く階段で待たせたのは杞憂だったか、と思いつつ、綺礼は踵を返す。

 

(願わくば今日中に見つかる事を祈るばかりだが……この調子ではーー)

 

「ーー我を覗き見る不逞の輩がいると思えば、よもや貴様の差し金だったとはな」

 

「っ!?」

 

誰もいない、と確認したはずの背にかけられた言葉に綺礼は勢いよく振り返る。

 

だが、そこには確かにいた。

 

黄金の甲冑を纏わずとも、溢れんばかりの威圧感を放つ偉大なる王が。

 

「よもやお前のような王の中の王が、私たちの目を欺くために姿を隠すとはな」

 

「言葉は選べよ、綺礼。我は寛大だが、無礼を全て許す訳ではない」

 

「……そうしよう」

 

ギルガメッシュの面持ちこそ愉快気であるが、僅かに滲ませる怒気がそれを口先だけのものではないと認識させる。

 

「我は隠れていたわけではない。我の事を覗き見る輩がいたのは初めから気づいていた。その不敬は万死に値する……が、我もちょうど暇を持て余していてな。少し遊んでやろうと思ったまでのことよ」

 

布で編まれた兜のようなものがギルガメッシュの手の中にあった。

 

それを見て、ギルガメッシュが突然現れたからくりに綺礼は気づいた。

 

「ハデスの隠れ兜……成る程。それを使っていたわけか」

 

「他の雑種であれば素直に褒めるところだが……それは『知識』か?それとも『記憶』か?」

 

「後者だ」

 

即答した。

 

この男相手に下手な嘘は意味を成さない。

 

綺礼が憑依した別人であることをギルガメッシュの慧眼を以ってしても見抜けなかったのは、ギルガメッシュとの接触がほとんど無かったこと、そもそも他世界からの憑依転生という奇蹟が起こりうるなどあり得ない現象であったからだ。

 

それが露呈した今、綺礼がギルガメッシュを欺ける筈もない。

 

「つくづく愉快な存在だな。貴様がマスターであれば、少しは面白みがあったやもしれんな」

 

心底退屈そうにギルガメッシュは溜息を吐いた。

 

想いを馳せる……のとはまた違うのだろう。

 

ギルガメッシュは殆ど聖杯戦争から脱落した身である。マスターである時臣を失い、当のギルガメッシュ本人は新しいマスターを探す気が欠片ほどもない。元より聖杯にかける願いはなく、自身の財を勝手に奪い合う輩を潰すための参加だったのだから、そこまでする意味もない。

 

「いや、違うな。此度の現界。マスターはくだらぬ男だったが、現世はなかなかに愉しめた。多少名残惜しくはあるが、これも一つの結末だろうよ」

 

何より、ギルガメッシュはこのまま聖杯戦争に関わらず、消滅したとしても是とするだろう。それもまたギルガメッシュにとって一つの愉しみ方であるのだから。

 

「名残惜しい……か。アーチャー。いや、英雄王ギルガメッシュ。お前に一つ問いたい」

 

「我に問いを投げるか?よい、申してみよ」

 

「お前は聖杯に興味はない。あくまでも己が財を守るだけ……そうだな?」

 

「無論だ。この世遍く全ての財は我の物。それを奪おうとする輩は誰であれ、罪人であろうよ」

 

「ならばお前が聖杯に拘る理由はない……それでも聖杯戦争に復帰する意思はあるか?」

 

「何……?」

 

ギルガメッシュが眉根を寄せる。

 

何故今更そんなことを気にするのか。

 

やる気の有無でいえば今しがた答えたように無いに等しい。もちろん、喧嘩を売られたのであればその限りで無いにしても、ギルガメッシュが能動的に参加する事は決して無い。

 

そうなれば必然、ギルガメッシュの復帰意思は無いということになる。それに気づかないわけがなく、復帰するつもりがないのであれば、警戒する理由はない。

 

「綺礼……貴様、何を考えている?」

 

「そうだな。私が勝つためのシナリオ……と言ったところか」

 

それを聞いた瞬間、ギルガメッシュが哄笑する。

 

綺礼が勝つためのシナリオ。その為にギルガメッシュを探していた。

 

そうなれば当然聖杯戦争参加者の誰しもが考えることだろう。

 

「ハハハハハハハハハハッ!そうか!よもやそこまでなりふり構わんとはな!」

 

綺礼がギルガメッシュに会いに来た目的はただ一つ。

 

『ギルガメッシュとの契約』なのだ。

 

「元よりこれは戦争だ。体裁など気にしている場合でもない」

 

「然り。雑種である事に変わりはないが、そちらの方が幾分見所もあろうよ」

 

気づかぬ矛盾に苛まれ続けているところにも愉しみはある。

 

そして綺礼を駆り立てるものもまた、ギルガメッシュにとって退屈凌ぎには十分なものだ。

 

「それで?貴様のサーヴァント……あの贋作めはどうする?我の誘いを断り、奴を選んだのは綺礼。貴様のはずだが?」

 

一度綺礼はギルガメッシュの提案であるサーヴァントの鞍替えを断っている。

 

それ自体、ギルガメッシュに不敬を働いたと取られてもおかしくはないのだが、さして気にした様子は見せない。それよりも綺礼が一体どのような心境の変化でもってアヴェンジャーを切り捨てたのか、気になるのはその一点だった。

 

「無論、アヴェンジャーは嫌がったがな。これが最善の手段だと言い聞かせたら、渋々頷いてくれたよ」

 

散々罵倒された挙句、色々なものを買わされた上、それでもなお罵倒されたのは余談である。

 

「貴様の選択は正しいぞ、綺礼。貴様が我の臣下となり、我を愉しませる限りはその生命を保証しよう」

 

慢心していたとしても、ギルガメッシュは間違いなくサーヴァントの中で最強の一角。そしてこの聖杯戦争にあの赤い弓兵は存在しない以上、相性で敗北することもまずない。

 

時臣が勝利を確信したのも、当然の事なのだ。これで少なくともこの聖杯戦争中は死ぬことはないだろう。衛宮切嗣の危険性を正しく認識している綺礼であれば、暗殺される可能性も極めて低いと言える。

 

だがーー。

 

「いいや。私の事は考えなくてもいい」

 

頭を横に振った綺礼にギルガメッシュの顔から笑みが消え、眉根を寄せる。

 

それは怒りによるものではなく、素朴な疑問だった。

 

綺礼と言葉を交わした数こそ少ないものの、その願いは『生きたい』という生物の本能によるものであることをギルガメッシュは見抜いていた。

 

実際、誘いを断った時もアヴェンジャーと共に勝利するという過程こそ変わったものの、やはり生き残るという目的は変わらなかった。

 

そして自身と再契約を果たそうとしているのも、その目的を果たすためであるとギルガメッシュは思っていた。

 

「ギルガメッシュ。お前はお前の認めた相手(・・・・・)とだけ戦ってくれればいい。それ以外の相手はアヴェンジャー(・・・・・・・)がするだろう」

 

「あの贋作めが、だと?」

 

「ああ」

 

そこでギルガメッシュは気づいた。

 

綺礼が自身に会いに来た本当の目的に。

 

通常であれば考えられない手段。

 

サーヴァントの同時使役(・・・・・・・・・・・)をしようとしていることに。

 

ギルガメッシュがアヴェンジャーは切り捨てられたものだと思っていたのは、ギルガメッシュと話し合うのにアヴェンジャーが近くにいてはそれ以前の問題になり兼ねないと離れた場所で霊体化して待機しているからに他ならない。

 

例えどのような手段を使おうとも、綺礼がアヴェンジャーを切り捨てることだけは絶対にあり得ない。

 

ギルガメッシュはその可能性を全く考えていなかった。

 

そして綺礼の真意に気づくと共にギルガメッシュは先程よりも一層深い笑みを浮かべた。

 

「サーヴァントの同時契約。より勝利を確実なものとするにはこれが一番良いと判断した」

 

「確かにサーヴァントと二体契約することが出来れば、他より優位に立てよう。もっとも、あの贋作などいなくとも我一人で十分だがな」

 

ギルガメッシュ一人で複数のサーヴァントと戦うことは可能だ。慢心を捨てれば、アヴェンジャーを含めた今残っているサーヴァント全てと戦い、勝利することさえできるだろう。

 

しかしーー。

 

「だが、それは正しくサーヴァントに魔力を供給することが叶えばの話だろう?でなければ、時臣も貴様からサーヴァントを奪っていたはずだ」

 

ギルガメッシュの言い分は正しかった。

 

サーヴァントを同時使役することがなんのデメリットもなく戦力増強に繋がっていれば、時臣は綺礼にサーヴァントだけ召喚させて、その権利を譲るように要求したはずだ。

 

それをしなかったのはサーヴァントを同時に使役することで必要とされる魔力も二体分になり、サーヴァントが万全の状態で戦えなくなるからだ。

 

そうなれば戦力増強どころか、弱体化したサーヴァントが二体。デメリットの方が大きい。

 

ましてサーヴァントが増えても令呪が増えるわけではない。一体だけでも使い所を見極めなければならないというのに二体に増えれば一角使うことさえ殊更慎重にならなければならない。

 

よほど燃費の良いサーヴァントかつ魂喰いか自己で魔力を補給できる手段を持つサーヴァント以外は戦力が低下するだけだ。

 

更にいうなら、サーヴァントがそれに同意しない。

 

何故ならそれで聖杯を勝ち取っても願いを叶えられるサーヴァントは一組のみ。どちらかが脱落しなければならないのだ。

 

それならば、初めから同時使役になど賛同しない。ランサーのような例外なら話はまた変わるが、やはり勝率を考えればそんな事はしないだろう。

 

そう、普通のマスターとサーヴァントなら。

 

「その通りだ、英雄王。私では一人のサーヴァントに魔力を供給するので精一杯だ。二体目のサーヴァントに魔力供給をしたところで十分な力を発揮する事はできない」

 

「ではどうする?我に供物でも差し出すか?」

 

「そこまで外道に落ちるつもりはない。……まして、それよりも効率的かつ絶対的な手段を私は知っている」

 

或いは最後の手段として、ギルガメッシュに供物を捧げる(魂喰い)をさせることもあるかもしれない。そうなった時は真の外道に落ちることになるだろう。どれだけの言い訳をしても無辜の市民を犠牲にしたのだから。

 

それよりも良い手段があるうちはその選択だけはしない。

 

もっとも、こちらもあまり人に褒められるような手段とは言い難いが、魂喰いをさせるよりは幾らかマシだ。

 

犠牲者は誰も出ない。出るとすればーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このような時間に……一体どのような用ですかな?」

 

夜が訪れ、日付も変わろうかという聖杯戦争に相応しい時間に教会に姿を見せた綺礼に、璃正神父は厳かな雰囲気で相対した。

 

これが聖杯戦争中でないか、或いは時臣が存命中なら快くも受け入れられたが、どちらにも当てはまらない現状……特に約半数が脱落した今、聖杯戦争は佳境に突入したといっても過言ではない。

 

そんな状況で教会に訪れているところを誰かに見られようものなら、聖杯戦争の規定に反し、監督役と内通しているといういちゃもんをつけられてもおかしくない。これも時臣なら言い訳も利いたのだが、一人息子の綺礼が相手であれば、尚更。

 

幸いにも(・・・・)、今日自分に監視の目が向けられないことを知っている綺礼にはその心配も無かったが。

 

「最後の決戦を前に大事な話を、と思いまして」

 

「……よろしいでしょう。では、こちらへ」

 

いつになく真剣な表情に、璃正神父はすぐに追い返す事はせず、監督役として振る舞いながらも、それが父と息子としての、家族としての話であると察して奥の司祭室へ通した。

 

向かい合わせになるようにソファーに腰掛けた二人。

 

先に口を開いたのはやはりというべきか、綺礼だった。

 

「申し訳ありません。我が父よ、このような時間に」

 

「その通りだ。まだ脱落していないマスターが、私事で教会に来るものではない」

 

「返す言葉もありません」

 

監督役として正しい言葉だ。

 

如何なる私事があったとしても、今はマスターと監督役。聖杯戦争に関係すること以外で教会を訪れるべきではない。それ以上に大事なことがあるなら、即刻聖杯戦争から辞退すべきだろう。

 

それが息子であるなら殊更辞退することを勧めるところだ。

 

確かに璃正神父は亡き時臣の遺志を継ぐと言った綺礼に明らかにルール違反となる手助けこそしたが、元より聖杯を勝ち取り、根源へ至らんとしているのは遠坂であり、彼等が至ったところで何の意味も持たない。

 

もちろん、時臣の蘇生を願うなら大いに賛成するところだが、それでも綺礼の命よりも重要視すべきか否かと問われれば否である。綺礼が辞退すると言っても、決して咎める事はない。

 

しかし、綺礼の言葉に聖杯戦争を諦める意思は感じられなかった。

 

「まず、ギルガメッシュとの交渉は無事成功しました。今は選定(王の宴)に参加している次第です」

 

「うむ……万事抜かりなく進んでいるようだな」

 

「はい。これで聖杯戦争を決するための準備が概ね整いました。後は……もしもの時の話(・・・・・・・)です」

 

綺礼の指す『もしも』とは即ち『自身が敗退し、無事生還できなかった場合』つまり『死』という結末に他ならない。

 

現時点において、いずれの陣営もマスターは死亡している。敗北は死を意味するということだ。そう考えてもなんらおかしくない。

 

「とはいえ、私からの遺言は一つです。遠坂の娘……凛の事をお願いします」

 

「時臣くんのご息女か……そういえば、随分気に入られているようだったな」

 

璃正神父が凛と会ったのは数える程だ。

 

その中で印象に残っているのは楽しそうに話す姿。

 

話の内容こそ魔術に関するものだが、その表情は年相応の少女のもので、凛が綺礼に懐いているのはすぐにわかった。

 

正直なところ、人付き合いが得意とは言い難い綺礼が遠坂とあそこまで親交を深めるとは璃正神父も思っていなかったが、遠坂と言峰の付き合いは聖杯戦争が終わった後も続くことを鑑みれば良い事だと思っていた。

 

「時臣師を亡くした以上、私が師に代わり、兄弟子として凛の面倒を見るべきでしょう。凛は強い子ですが、それでもまだ十にもならない少女。魔術師としての、遠坂の人間としての責務を負わせるのはあまりに不憫です」

 

時臣が死んだ以上、遠坂の当主は凛になる。

 

そうなれば今まで時臣がしてきた事を当主である凛がしなくてはならない。

 

いくら凛が聡明であってもまだ七歳の少女。出来ることなど殆どないだろう。

 

それを代わりにする人間がいる。正史でも一応(・・)綺礼が後見人となり、色々やっていた(良い結果とは言っていない)ことを考慮すれば、後見人になる人間は必要だろう。いくら遠坂葵が正常なままだとしても、彼女はあくまで『魔術師の妻』でしかなく、凛を支えるにはあまりに脆い。

 

であるならば、ある程度事情を知り、時臣を知り、善意で遠坂を支援する人間となれば、璃正神父が適任だろうし、そもそも現在の綺礼では頼れる人物が彼しかいない。

 

璃正神父としても、頼まれずとも時臣亡き遠坂を支えるつもりではあったため、すぐに頷く。

 

「話はそれだけか?」

 

「いえ、もう一つお願いしたいことが」

 

そう言って綺礼は懐から一つ宝石を取り出し、璃正神父の後方に投げる

 

「ーーその令呪を貰い受けたいのです」

 

綺礼の言葉に驚く間も無く、璃正神父の頭部に衝撃が走り、視界がぐらりと傾く。

 

油断しきった状態から後頭部を襲った一撃は、璃正神父の意識を奪うには十分すぎる威力だった。

 

力なく床に倒れこみ、薄れゆく意識。

 

足音と共に何者かが綺礼の隣に立つ。それが今しがた自身に不意打ちを見舞った下手人であり、綺礼がその下手人と共に自身を謀ったという結論に至るのは、朦朧とした意識でも容易なことだった。

 

何のつもりだ、とそう問いかける璃正神父に綺礼は答える。

 

『全ての決着をつけるために』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「監督役……それも実の父親を背後から襲わせるなんて……っていっても、中身は別人だったわね。あんた」

 

「ああ」

 

血縁的には父にあたるが、親としての情はない。

 

だが、恩人である人物を背後から襲わせる事に対し、何も感じないわけではない。

 

「責任は取るさ。全てが終わった後にな」

 

「……別にそれはどうでもいいわよ。それよりあんた令呪を奪い取るんじゃなかったの?さっさと終わらせるためにこんな手の込んだ事したんでしょ」

 

アヴェンジャーは手に持った宝石を見て、辟易したように呟く。

 

色々な創作物である、所謂『首トン』だが、実際そんな事をやって気絶する確率はかなり低い。もちろん、サーヴァントの力であれば不可能ではないが、そうなれば今度は気絶させられた璃正神父に何らかの後遺症が残りかねない。

 

だから、綺礼は魔術に頼った。

 

首の根本は神経が集中している。そこに直接魔術を行使すれば効果は十分に望める。どちらかといえばこちらの方が成功率が高く、リスクは低い。そのために、わざわざ遠坂邸にあった宝石を数個くすねてきたのだ。

 

もちろん、しっかりと治癒魔術を施すつもりだ。

 

「そうだな。手早く済ませよう。父がいつまで気を失っているかはわからないからな」

 

綺礼は瞑目し、深く息を吐いた。

 

「ーー神は御霊なり。故に神を崇める者は、魂と真理をもって拝むべしーー」

 

ヨハネ福音書4:24。

 

言峰綺礼となる上でそれを覚えるのは必要なことだった。

 

何年もの間、模範的な聖職者として生きてきた言峰綺礼が、一節すらも暗唱できないわけがない。

 

ごく短期間でほぼ全てを暗記するのは骨が折れたのは言うまでもなかったが。

 

綺礼が突然聖なる文言を口にしたことでアヴェンジャーは眉根を寄せたが、その声に呼応する形で璃正神父の右腕がカソックの右袖の下から淡く光を放つ。

 

そしてそれと同時に綺礼の腕にはひりつくような鋭い痛みが走り、ひとつ、またひとつと令呪が転写されていく。

 

これこそ、監督役がなんらかの原因で続行が不能となった際、新たな監督役に引き継ぐための秘密の聖言。聖言によって保護することで魔術で抜き取る事を不可能とする術だった。

 

本来ならそれを知るものは監督役のみ……となっているが、この聖杯戦争の全てを知る綺礼だけは例外だった。

 

全ての令呪が転写されたのち、綺礼は璃正神父に治癒魔術を施す。

 

とはいえ、外傷と呼べるものは殆どなく、魔術によるダメージも同様であったため、十数秒の治療を施したのち、更に魔術を行使する。

 

これだけ無防備であれば、魔術師でない人間に魔術を掛けるのは綺礼でも容易なことだ。

 

この戦いが終わるまで決して目を覚まさないように。

 

(父よ……いえ、璃正さん。貴方の期待を裏切って申し訳ない。俺にはこんなやり方しかできないし、俺が齎す結果も万人に非難されることだと思う。だから、俺の事はもう『息子』だとは思わないで下さい。言峰綺礼(あの男)言峰綺礼()もーー)

 

どうしようもない外道なのだから。

 

 


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