書こう書こうと思っていたのですが、なかなか話がまとまり辛くて……。
次の話は今月中には投稿できるよう頑張ります(まだ月初なのにこんなこと言ってすみません)。
「はっ……はっ……はっ……!」
静寂に包まれた住宅街を走り抜ける一人の男。
言峰綺礼は、焦燥感に満ちた表情で脇目も振らず、遠坂邸に向かっていた。
サーヴァントも連れずにマスターが一人で出歩くなど愚行以外の何者でもない。
だが、人目を憚かる魔術師の儀式である聖杯戦争においては真昼間から戦闘を行うのは、魔術の秘匿を蔑ろにするものであり、特に今のような時間帯は、行動を起こすものなどいない。
であるからこそ、ギルガメッシュの言葉に綺礼は耳を疑った。
何故ならば、それは同盟相手であり、師でもある時臣の死を意味しているからだ。
あり得ない。あり得ない。あり得ない。
そんなことがあるはずがない。
本来、聖杯戦争は夜に行われるはずのものだ。
魔術師ですらない雨龍龍之介はともかく、他の陣営ならば必要最低限のルールを守ってしかるべきである。
だというのに、何故今、遠坂時臣が死ぬような状況に陥るのか。
ギルガメッシュの機嫌を損ね、殺されたのなら理由としては納得できる。
しかし、件のギルガメッシュは今現在も綺礼の家に滞在しているうえ、そもそもギルガメッシュでさえも、時臣の身に起こった異変に
であるならば、それは他の陣営による他殺に他ならない。
そして考えられる可能性は一つしかなかった。
人気のない遠坂邸に着いた綺礼は勢いよく門を開く。
結界は機能していない。時臣が聖杯戦争中であるにも関わらず、結界を解くなどという愚行は犯さない以上、既に結界を機能させられる状態にないということは明白であった。
まず向かったのは、地下にある工房であった。
聖杯戦争が近づくにつれ、時臣はよく工房にこもっていた。全ては盤石を期す為というのもあるのだろうが、魔術師である以上、工房が一番落ち着くのだろう。
しかし、工房に時臣の姿はない。
であるならば、と綺礼は時臣の書斎へと向かう。
あそこでは、時臣が綺礼を師事していた頃に話し合いながら語らいあった場でもある。
時臣の癖は知っている。彼は気が良くなると、部屋にある大きな窓から外を見ながら紅茶を飲む癖がある。夜の時は共にワインを口にしたこともあった。
部屋に近づくにつれ、鼓動が加速する。
僅かに開いた扉の前に来た時、最初に感じたのは臭いだった。
明らかな血の臭い。言峰綺礼となってから、幾度となく嗅いだ血の臭いだ。
それにより、幾分冷静さを取り戻した綺礼は、警戒しつつ、扉を吹き飛ばす。
もしも、まだ実行犯が残っているのなら、何か細工をしている可能性があったからだ。
凄まじい音と共に扉は吹き飛ぶが、別段仕掛けはなく、また部屋の中に人間の姿はなかった。
あったのは……人間だったもの。
「……申し訳ありません、我が師よ」
頭部を吹き飛ばされた亡骸。その服装から、何よりこの邸宅に今現在いるのが彼一人ということから、その亡骸が時臣のものであると理解するのにそう時間はかからなかった。
亡骸付近にはガラスの破片が散ったままである事。自分以外に何者かが侵入した形跡がない事から、綺礼が時臣を殺害した犯人を特定するのに時間はかからなかった。
(衛宮切嗣。やってくれたな……っ!)
拳を強く握りしめる。
あの男が、目的の為にはルール違反すれすれの行為さえも平然と行うことを綺礼はもっと理解しておくべきだった。
ランサーのマスターを葬るために行ったホテルの爆破解体が良い例だ。一歩間違えればペナルティを与えられかねない大胆不敵な策略。
目的の為ならばどんな手段でも用いるのが衛宮切嗣だ。
ギルガメッシュを相手どるにセイバーではリスクが大きいと判断し、マスターを殺す事でその戦力低下ないし、消滅を狙ったのだ。
予想外であるとすれば、それはギルガメッシュの単独行動スキルが高く、マスター探しを急ぎ行う必要がない事だ。
無論、ギルガメッシュが自ら新たなマスターを探す事はないだろうが。
どちらにしても、時臣もよもや日も沈まぬ内に
ゆえに綺礼は己が許せなかった。
もしも、倉庫街の一件で切嗣を葬れていたのなら。
一言、時臣に忠告していたのなら。
こんな結果にはならなかっただろう。
たらればを考えても意味はないと理解していても、綺礼はそう簡単に割り切れはしなかった。
演じていたとしても、時臣とは良い師弟関係を築いていた。
それだけではない。葵とも凛とも、間桐に養子として出されるまでは桜もそこにはいた。
遠坂との付き合いはそれほどまでに深いものだった。家族といっても遜色がないほどに。
「凛……すまない。私は君の父上を『運命』から救うことができなかった」
懺悔する。
元より、この世界で彼は死ぬ運命だった。
この戦争は所詮、十年後の為の始まりでしかないのだ。
けれども、その運命に抗うつもりだった。
綺礼は死なず、そして時臣に聖杯が渡る。
例え汚染されていたとしても、願望機としてではなく、根源へと至るために使用されていたのなら、原作での大火災は起きなかったかもしれない。
仮に起こるような事態になっても、それは必要事項でしかなかった。
殆ど計画通りに進行しているはずだった。
衛宮切嗣さえ排除できていたのなら。
『魔術師殺し』の通り名を改めて実感した。
確かにあれは魔術師の天敵だ。
このような方法で暗殺されたのも、時臣だけではないのだろう。
今まで何人もの魔術師達がこうして思いもよらない方法で葬り去られたのだ。何も時臣に限ったことではない。
相手が悪かった。全てはその一言で片付いてしまうほどに。
だが、それで済ませられてしまうほど、綺礼達の関係は浅くはなかった。
誰かに誓ったわけではない。
ただ、出来ることなら死なせたくはなかった。
救えたはずの者達を見捨て、己が生に執着してもなお、遠坂時臣を死なせたくはなかった。
聖杯戦争を目前に控えた日。凛が口にした言葉。
『綺礼が味方だから、お父様は絶対勝てる』。
それは心の底から向けられていた信頼。或いは好意。
結果としてそれを踏み躙ってしまったという罪悪感が綺礼の胸中を占め、そして新たな決意を宿らせる。
もしも、どのような形であれ『修正力』が作用したとしても。
自分は『衛宮切嗣に勝つ』のだと。
「我が師、遠坂時臣。貴方は最高の師でありました。願わくば安らかなる眠りを。そして、これからの戦。どうか見守っていただければ幸いです」
胸の前で十字を切り、黙祷を捧げる。
「ちょっと!何勝手に飛び出してーー」
霊体から実体へ。
姿を現したアヴェンジャーが言いかけて、言葉を飲んだ。
「……アヴェンジャーか。すまない。少し冷静さを欠いていた」
「……それ、あんたの師匠よね?変に気取ってるいけ好かないやつ」
「ああ。お前から見れば、彼の振る舞いはそう見えたかもしれないな」
確かにアヴェンジャーからしてみれば、時臣の貴族然とした振る舞いは鼻についただろう。正直なところ、どんな振る舞いだろうが、難癖をつけるのは目に見えているが、アヴェンジャーにとってはそんな礼節の正しさはともかくとして、それを当然だと振る舞う時臣の事が好きではなかった。
もちろん、現在もそうだが、それ以上は何も言わなかった。
空気を読んだわけではない。ただ、何が起きたかを悟ったからであり、綺礼の雰囲気が明らかに変化したからだ。
どこか本心をつかませない飄々としたものではない。
冷静に務めている中にも感じる激情。
どのような結果であれ、どのような意志であれ。
綺礼はアヴェンジャーと同じように復讐の炎を宿しているということに。
もっとも、その復讐心が向けられているのは衛宮切嗣だけにではないのだが。
「アヴェンジャー。今までの非礼を詫びる。意図的でないにしても、呼びかけに応じてくれたお前を、俺は蔑ろにしていた」
「ええ、全くその通りね」
「許してくれとは言わない。全ては行動で示す。アヴェンジャー、俺と一緒に戦ってくれるか?」
アヴェンジャーに向き直る綺礼はそう言って、手を差し出した。
予想外の行動にアヴェンジャーは一瞬目を丸くした後、すぐに眉根を寄せて、手を叩こうとする。
「……まぁいいわ。どちらにしろ、あんたも私も行き着く先は同じ場所よ。せいぜい足掻きなさい」
ぷいっとそっぽを向きつつも、アヴェンジャーの手は綺礼の手を取っていた。
この時をもって、ようやく綺礼とアヴェンジャーの意思は一つとなった。
時臣の死を璃正神父に伝えた時、当然というべきか、驚きを隠しきれていなかった。
父の心中は察するに余りあり、聖杯の行方云々よりも親友の息子をこのような形で見送ることになってしまったという哀しみの方が強かっただろうし、聖杯の事についても完全に諦めている様子だった。
綺礼はそんな父に対して、決して『代わりに聖杯を獲る』とは宣言しなかった。
勝敗の問題ではなく、覚悟の問題であり、意思の問題だ。
綺礼にとって聖杯自体はどうでもいい。アヴェンジャーの願いを叶えるために必要なだけであり、勝ち取ったとしても、綺礼が根源に至ることは決してしないからだ。そして仮に時臣の蘇生を願おうとも、それが成就できないことを知っている。
故に綺礼は悲嘆に暮れる父に対して何も伝えることはしなかった。
本人はともかく、綺礼にとっては父とは言い難い存在であるが、この世界に来てから今綺礼がこうしていられるのは、璃正神父のお蔭である事は紛れも無い事実だった。
父ではないが恩人。
そんな人物に対し、綺礼は一体なんと言葉をかければいいのかわからなかったのだ。
速やかにその場を去り、向かったのは郊外から離れた邸宅。
御三家の一つが拠点とする洋館だった。
まだ陽は落ちていないというのに、どこか不気味さを感じさせるのは魔術的な仕掛けがあるからだろう。
『入らないの?』
霊体化したアヴェンジャーが門の前で立ち止まった綺礼に問う。
「用があるとはいえ、今無断で入れば宣戦布告になりかねん」
魔術師の拠点に土足で入るということはつまるところそういうことだ。何をされたとしても文句は言えないどころか、非はこちらにある。
ゆえにーー。
「
何もいないであろう場所に言葉を投げた。
アヴェンジャーもその行動に疑問を感じることはない。
綺礼の言うように誰かの視線を感じ取っていたからだ。
「ーー何用かの。雁夜めでなく、この老いぼれを名指しとは」
声が聞こえたのは背後からだ。
咄嗟に黒鍵を手にしたのは自己防衛によるものだが、そこまでだ。決して投げることはしない。
「趣味が悪いな。間桐の翁。正面から来た相手にそのような場所から声をかけるとは」
視線だけを横に動かすと数メートル先、日影に佇む矮躯が見えた。
「呵々ッ。いやなに。儂も
「惚けたことをいう。そちらを殺しに来たのなら私は真っ先に家に火をつけている」
もちろん、ただの火ではなくアヴェンジャーの炎でだ。
ただの火で焼いていては本当に燃やしたいモノは燃えない。それこそ間桐臓硯がこの地を離れていない限り。
「して、重ねて問うことが何用かの。このような時間に正面から堂々と他のマスターが拠点とする地に訪れたともなると、よほどの理由があるのじゃろう?」
深い皺の奥に落ち窪んだ眼差しが綺礼を射貫く。
この化け物を相手に一切の嘘や建前は通用しない。そんなことをすれば殺される、などということは現在の状況から鑑みてもまずあり得ないことだが、話が拗れるのは確かだ。
もっとも、今の綺礼は嘘も建前も使う必要がないのだが。
一つ息を吐き、綺礼は間桐臓硯を見据えて言い放った。
「単刀直入に言う。ーー間桐と同盟を結びたい」
綺礼からの提案に臓硯は驚きこそしたが、拒否をすることはなかった。
そもそも決定権はバーサーカーのマスターである間桐雁夜にあるのだから、臓硯が返事をするというのもおかしな話だが、綺礼としては臓硯に予め同盟の話を持ちかけることにも意味はある。
応接間に通された綺礼はソファーに腰を下ろして、雁夜の到着を待っていた。
半死半生。まさに
『……ここすごく気持ち悪いんですけど』
「否定はしない。だが間桐の魔術特性を考えれば仕方あるまい」
『……それはさぞ陰気な魔術なんでしょうね』
間桐の魔術を知らないアヴェンジャーであるが的を射ている。
間桐邸の外観と臓硯を見れば、想像に難くないかもしれないが。
その時、扉がゆっくりと開かれる。
二人が視線を向ければ、そこには息を切らした男が扉にもたれかかりながら立っていた。
『……なにあれ』
「あれが間桐の魔術の一部、ということだろう。というか、お前は『視ている』はずだが?」
『言ったでしょ。殆ど全部って』
全てを知っているわけではない。と念を押すアヴェンジャーに綺礼は「そうか」とだけ返したのは部屋に入ってきた男が満身創痍と言っても遜色ない体を引きずって席に着いたからだ。
「こうして見ると随分辛そうだな。間桐雁夜」
直で見れば、その深刻さがよくわかる。
確かにこれを見ればなぜこの男が生きているのかという疑問を持つのが常人というものだろう。
「……あんたが、同盟を持ちかけてきた相手か……」
「言峰綺礼。知っての通り、遠坂時臣の弟子だった者だ」
遠坂時臣の名を出した途端、雁夜の目に激情の炎が灯る。
それは仕方がないことだ。雁夜が聖杯戦争に参加した理由に深く関わっているのだから。
そしてわざわざ出会い頭に爆弾を投下したのは、既に自分の素性を雁夜が知っているであろうこと。それを理由に話が途中で拗れることを防ぐためだ。
話し合いに入る前に問題は排除しておくべきだろう。
「遠坂時臣は我が師であり、また同盟相手だった」
「……その遠坂の弟子がこんな落伍者に何の用だ」
雁夜は隠しきれない怒りを孕んだ物言いをする。
雁夜にとって時臣は誅を下すべき相手。初恋の人から人並みの幸せを奪い、剰え己が娘をこんな薄汚い魔術の家に送り込んだ憎き存在なのだ。
ならば、時臣との同盟相手であると公言した綺礼を快く思うはずなどない。
今にも掴み掛かってきそうな雁夜にも綺礼は顔色を変えることはない。予想できていた反応であり、雁夜には綺礼を殺すことなどできはしない。心構えではなく、単純な実力の問題だ。
「単刀直入に言おう。遠坂時臣は死んだ。ほんの二時間ほど前にな」
「な……っ!?」
綺礼が言い放つと雁夜の表情は驚愕に包まれる。
雁夜自身、どういった経緯で話を持ちかけてきたのかある程度想定はしていたが、これが一番確率の低い可能性だった。
遠坂時臣という人間を心底嫌っている雁夜だが、その実力は確かであると理解している。同じ御三家であり、自分とは違って正しく魔術を研磨してきた人間だ。弱いはずがない。
その時臣が死んだと聞かされたのだ。驚かないはずがなかった。
「ど、どういう……ぐっ」
雁夜の興奮に反応するように刻印蟲が蠢き、雁夜が苦悶の声を上げる。
「落ち着きたまえ」
「っ……はぁ……なんの冗談だ」
一呼吸置いて雁夜は訝しむように綺礼を見る。
時臣が死んだ、と言っているがこれは聖杯戦争で綺礼は時臣の同盟相手。もしかしたら騙し討ちをするために嘘をついているのではないかと疑っているのだ。
しかし、綺礼は首を横に振るだけだ。
「本当……なのか?」
「私の言葉で信じられないなら、監督役に問えばいい。残りのマスターの人数をな」
到底信じられる話ではないが、綺礼が嘘をついているようにも見えず、監督役に問えば嘘か真かわかるのだ。こんなわかりやすい嘘をつく利点が綺礼にはない。
(でも、もしこいつが言ってることが本当なら………)
この怒りは、憎しみは、どこに向かえばいいのか。
臓硯に対する恨みや憎しみとは別のものだ。同一視すべきものではない。
後悔させてやると誓った。あの母娘から幸せな時間を奪った時臣も臓硯も。
しかし、時臣は死んでいると告げられた。
戦うどころか、そもそも邂逅さえ果たしていないというのに。
自分のあずかり知らぬところで死んだと。
途端、言い知れぬ虚無感が雁夜を襲う。
聖杯戦争に参加していた理由の一つが消えたのだから無理もない。
桜を遠坂に帰し、彼女たちの幸せな時間を取り戻すために結果的に時臣殺すという矛盾を抱えていた雁夜。それが他の人間の手で果たされていたのだから。
また一歩聖杯に近づいた。憎き遠坂時臣は死んだ。
喜ばしいことのはずなのに……雁夜の胸にあったのはただの虚無感のみ。
それはあの男に後悔と絶望を与えられなかったからか、それともーー
「脱力しているところ悪いのだが話を戻すぞ」
綺礼の声で雁夜は我に帰った。
「同盟の話だがな。私は師を殺した者に復讐を果たしたい。その為に君の力が必要だ」
「俺の力……?」
「ああ、君のバーサーカー。真名はわからないが理性を失ってあの技量。さぞ名のある英霊と見た。彼ならセイバーとでも互角、或いはそれ以上にーー」
「待ってくれ」
「何かね?」
「今、
ここでセイバーの名前が出てくるということはもしやと雁夜が問うと綺礼は頷いた。
「君の想像通りだ。我が師を殺したのはセイバーのマスター。衛宮切嗣だ」
その名前を聞いて、雁夜は微かに覚えていた臓硯の言葉を思い出す。
アインツベルンに雇われた傭兵。魔術師の絶対の天敵を。
「我が師は確かに一流の魔術師だった。しかし、衛宮切嗣が相手では致し方ない」
「それじゃ、俺やあんたでも、勝ち目は薄いんじゃないか?」
必ず時臣に報いを受けさせると誓った身であったが、雁夜とて時臣が三流魔術師などと思っていたわけではない。力量差など関係なく、しなければならない事だっただけだ。
そして、そんな時臣を有無を言わせず殺害せしめた人間に魔術師としても半端者である自分が相手になるのか。答えは否である。雁夜では例えコンデンターを使わずとも切嗣は勝利を収めるだろう。
ことこの聖杯戦争において、切嗣はほぼ全ての陣営に対して相性が良い。理由は簡単。魔術師であるからだ。
そして魔術師でないキャスターのマスター、雨龍龍之介も所詮はただの殺人鬼であり、傭兵である切嗣に敵う道理はない。
ただ一人の例外を除いては。
「そこは任せてもらって構わない。我が師や君には敵わない敵だとしても、
「それはどういう意味だ?」
「相性の問題だよ。私だけが、あの男に対して優位に立てる」
言峰綺礼であれば。
魔術師ではなく、まして一般人でもない。
代行者として数多の魔術師や人外を狩り続けてきた綺礼であるならば、衛宮切嗣との相性は誰よりも良いと言える。
「それらを踏まえてもう一度是非を問いたい」
「いいの?あれで」
「いい、とは?」
「同盟の話よ」
アヴェンジャーの問いに綺礼は合点がいったように頷く。
「あれで構わんよ。元より、彼と同盟を結べるかは五分と五分。寧ろその場で断られなかっただけで上々。保留にしてもらえただけでも収穫だろう」
結論から言って、間桐との同盟は失敗に終わった。
元々、時臣の弟子である綺礼に対する印象は決して良いものではないのだから、こうなること予想済みである。
返答は保留として間桐邸を後にした綺礼は、一旦自身の拠点に戻り、来たる決戦への準備を行なっていた。
「ライダーのマスターには話を持ちかけないわけ?癪だけどあのバカも強いと思うんだけど」
「ああ。放っておいても、ライダーはセイバーと戦う」
「なんでわかるのよ」
「奴らは共に聖杯を求める者だが、それ以前に『王』だ。であれば、戦いは必定だろう」
さらに突き詰めれば、あの二人の王道は決して相容れることはない。相反するものだ。
綺礼が何もしなくても、彼らは戦う。
だから間桐に同盟を持ちかけた。
時臣亡き今、最も行動の読めなくなった雁夜が不確定要素なのだ。
「間桐雁夜の意思がどちらに転んでも、私たちのするところは変わらない」
「ええ。我が憎悪の炎で焼き尽くす相手が増えるだけのこと。相手が何者であってもそれは変わらない。アンタは自分の敵のことだけ考えてなさい」
「……そうだな。俺のサーヴァントに敗北などあり得ない」
今朝の一件から口調こそ変わらないものの、アヴェンジャーの態度が軟化したように思えるのははたして気のせいなのか。
女子高生のような精神構造をしている彼女の心情など推して測ることなど出来るわけもないのだが、仮に機嫌が良いというのであれば、綺礼は今しかないと思った。
「そういえば、一つだけお前に聞きたいことがある」
「?なによ、急に改まって」
「アヴェンジャー。改めて問いたい。お前は聖杯にかける願いはあるのだな?」
「当たり前よ。私が騎士サマみたいに戦うためとか、仕えるために召喚されたと思う?」
小馬鹿にしたような物言いだが、確かにそうだ。ディルムッドやギルガメッシュのような聖杯を求めていないサーヴァントは決して多くない。大多数のサーヴァントが聖杯に託す願いを持ち、召喚に応じるのだ。
なればこそ、アヴェンジャーも願いを持っているのは至極当然のことであり、それは今朝アヴェンジャーも自ら口にしていたのだから、綺礼も覚えている。
「お前は願いを持っている。……で、あればマスターとして、共に戦場を駆ける者として、俺はお前に聞いておきたい。ーーーーお前の願いを」
アヴェンジャーも聖杯を求めている。それはわかった。
しかし、肝心な部分。彼女が何故聖杯を求めるのか。万能の願望機たる聖杯に縋らなければならないほどの願いとはなんなのか。綺礼は知らない。
故に問う。問わねばならない。
「……」
アヴェンジャーが顔を顰める。
無理もない。それはアヴェンジャーにとって最も訊かれたくないことなのだから。
まして問いを投げてきた相手が最も言いたくない相手だ。
そしてそれを綺礼は知らない。知る由もない。
アヴェンジャーの反応を見た綺礼は瞑目する。
「(聞くべきじゃなかったか)……いや、言いたくないのであればそれでいい。例え、お前の願いがなんであっても共に戦うと決めた。それは変わらない。だから忘れてくれ」
「別にいいわよ。……そのうち、話すから」
「?なにか……」
「なんでもないわよっ!」
アヴェンジャーは怒鳴った後、霊体化する。
僅かに漏れた黒い炎が綺礼の前髪を少し焦がした。
「熱っ……少し無神経すぎたか」
焦げた前髪を人差し指で弄りながら、自身の無神経さに溜息を吐いた。