あと待望のあの人登場。
次の日の日曜、一夏は頭を抱え悩んでいた。
それは…
「こいつどうしよう…」
一夏の専用機はユリだけ、力を引き出せるのもそれだけである。
訓練機も含め他の機体では、一夏が行使する技の数々に耐えきれず、機体が耐用限界に達するのだ。他の専用機でも同様だ。
通常、機体側はスラスターの耐久力の関係上、精々が
一夏みたいに瞬時加速二式を使ったり、二重瞬時加速を乱用したりなど想定していないのだ。
操縦者の保護機能にも限界があり、いくら耐G性能があるとはいえ、乱用されれば許容限界を優に超えてしまう。
その為、この白式をどうするか悩んでいた。
カタログ上スラスターが2機あったが、それの耐久力等はユリと比べるのも烏滸がましい程低かった。
倉持技研きっての最高傑作である白式。
現行のISを追い抜く加速を実現させ、唯一第一形態時から
それでも、一夏の加速技術を使う上では枷にしかならない。
白式のスペックとしては確かに、現行稼働しうる第三世代機の中では抜きん出て高い。
2つあるスラスターの耐用限界も、他の機体と比べれば確かに高水準に仕上がっている。
装備の方もブレオンではあるものの、それを使った単一仕様能力『
エネルギー消費という問題に目を瞑れば、良い機体ではある。
だがあくまでそれは他人からの評価だ。
一夏から見れば、この機体は単なる欠陥機に過ぎない。
スペック上ユリと比べてしまえば、何とも遅く、脆く、そして弱いのだ。
確かに現行トップの性能なのだろう。
ティアーズ、甲龍、リヴァイヴ、レーゲンを上回る加速性能と攻撃力を持っているのだ。
だからこそ一夏は思うのだ、何せ…
「
咄嗟に一夏は銃を抜き放ち、後ろを振り向いた。だがそこには居るはずの人影すらも見つけることが出来なかった。何故なら…
「いやぁ、流石いっくん。でも惜しい。もうちょっとで束さん撃たれる所だったよ。」
一夏が振り返った方向の後ろ、つまり一夏の真後ろにその人物は居た。
その人物はウサ耳カチューシャを付け、胸元が若干開いたエプロンドレスのような物を着た女性。
「何のようですか?束さん。」
そこに居たのは大天才、天災科学者とも呼ばれる『篠ノ之束』だった。
「のんのん、その紹介はちょっと違うよ。自他共に認める天災科学者だよ。あ、でもでもマッドサイエンティストじゃないからね?」
束はそう言うとこちらを見ながら笑いかけてくる。
違いがあったようだ。
そこに居たのは自他共に認める世紀の天災科学者、『篠ノ之束』だった。
「誰に言ってるんですか…」
「ん?ちょっと
束が指を指すその先、そこには一夏の手に握られた白式があった。
「貰ったは良いが、俺には合わないからな。」
「そりゃあそうだよ、データ取り用の試作機だし。
まあ前回の話で罠に使ったけど、それ以降使い道無くなったのが大きいけどね。」
束の最もな意見に黙り込む一夏。
白式はそもそも、一夏の稼働データを取る為の専用機として支給されたものだ。
「…?まあこいつがユリに追い付けないってのが、そもそもの理由なんだがな。」
「ユリちゃんは束さんの最高傑作だもん、そんなガラクタ程度が追い付ける筈が無いんだよ。追い付けるとしても、精々ブルー・ティアーズじゃないと。」
そう言う通り『タイプ56百合』は、束が一夏の為に手掛けた唯一無二の機体。
白式以上に現行全てのISを凌駕する機動性能、防御性能、そして何より抜群の耐久性と耐G性を誇る。一夏が無茶出来るのもこのおかげだったりする。
そしてブルー・ティアーズも特殊な改装を施されており、ユリに追従出来るほどの性能を誇る。
「じゃあ白式は束さんが回収してあげよう。」
「まあ、手元から離れるのならちょうど良い。お願いしよう。」
そう言うと、一夏は手に持っていた白式を渡した。
それを受け取った束は、白式を無造作にポケットへと突っ込んだ。
そして手を抜く拍子に、思い出したかのように口を開いた。
「あ、そうだいっくん。セシりん元気?もう4年も会ってないから気になっちゃって。」
「元気だが、そこまで気になるのなら会っていくか?呼べばすぐ来るぞ?」
そう言って一夏は携帯を開き、電話を掛けようとするが…束の手により携帯が閉じられた。
「いいや。近々林間学校があるよね?その時に行くからそこで会えるし。」
そう言いながら束は立ち上がり、窓へと手を掛けた。
「じゃあねいっくん。セシりんの事、大切にするんだよ?」
「ああ、言われなくても。」
そのまま束は窓から飛び降り、人参に乗って飛び去っていった。
ーーーー△ーーーー
時は少し遡る。
学年別個人トーナメントについて御触れが出され、各クラスが話題で持ちきりになっているとき。
その日の夜、一夏は部屋で横になっていた。
動けるまでに回復したとはいえ、まだ無人機に受けた傷が治りきっていないのだ。
なのでこのまま寝ようか、と考えていた所で。
コンコン
ノック音が響く。今日までの間、一夏が重症を負ったのは周知の事実。ましてまだ治りきっていない事など誰もが知っていた。
故に一夏が部屋に帰って休息を取るという事も噂に広まっており、部屋に突撃しようと考える者は誰1人居なかった。
ただ1人を除き。
ドンドン!
流石に拳の音が響いては、一夏も無視は決め込めない。ベッドから飛び起きてドアへと向かう。そして…
「誰だ?」
「…私だ。」
一夏がドアを開けると
そこには若干顔を赤くして立っている篠ノ之箒の姿があった。
「何のようだ?」
「…………」
一夏はそう聞くが箒は答えない。その事が一夏を不快にさせるのだが、グッと堪える。
そして用件を答えない為に無言になる。
どちらも黙ったままの為、お互いに沈黙したまま時間が過ぎていく。
「用がないなら俺はもう寝るぞ、これでも怪我人なんでな。」
「よ、用ならある!」
部屋に戻ろうとした一夏を、慌てて引き留める箒。
その切迫した表情から、重要な用事なのだろうと推測するが。
「ら、来月の、学年別個人トーナメントだが……」
「ああ、あるな。それで?」
「わ、私が優勝したら―」
頬を紅潮させ、箒は言葉を続ける。
その時点で一夏はいやな予感を感じ、お引き取り願おうと考えた。そしてそのままドアを閉めた。
「つ、付き合ってもrーーおい!まだ言い終わってないぞ!」
「その話なら却下だ!却下!」
「な、何故だ!私が勇気を振り絞って言っているのだぞ!考慮してくれても良いじゃないか!」
「
うろたえる箒を無視し、一夏はベットへと潜った。
ドンドン!
「おい!一夏!まだ話は終わっていないぞ!」
ドアを拳で叩き、部屋の前で叫ぶ箒。
その騒ぎを聞き付け、千冬がやってくるのも時間の問題だろう。
「もういい!トーナメントで私が優勝したら絶対付き合ってもらうからな!」
そう叫び、去っていった。
この事が、一夏を悩ませる噂になったのだ。
ーーーー△ーーーー
「それ本当!?」
「嘘じゃないでしょうね?」
月曜の朝、教室に向かっている一夏の耳にも届く声。
それに対し、一夏は疑問を浮かべた。
「何だ?何かあったのか?」
「さあ?」
一夏の隣にいるのはシャルル。
正体がバレていない為、未だに同室である。
故に一緒に部屋を出て、そのまま来たのだ。
「本当だってば!この噂、学園中で持ちきりなのよ?月末の学年別トーナメントで優勝できたら織斑君と交際でき――」
「俺がどうしたって?」
「「「きゃああっ!?」」」
一夏は自身の名が出たために会話に割って入ったが、返ってきたのは取り乱した悲鳴だった。
「で、何の話だ?俺の名前が出ていたみたいだが。」
その事を聞こうとしたとき、まるで思い出したかのように話を止めクラスへと戻っていった。
「じゃあ私も自分のクラスに戻るから!」
「そうだね!私達も席につかないとね!」
パタパタとよそよそしい様子で女子達は自分のクラス・席へと戻っていった。
ふと顔を上げた一夏はある一点を見た。
そこには…
「……何の話何だろうね」
「さあ…な。」
セシリアと
ーー△ーー
(な、何故このようなことに……)
教室の窓側列で箒は表面上平静を装いつつも、心の中では頭を抱えていた。近頃なにか月末の学年別トーナメントに関する噂が流れていることは箒自身知っていた。
しかし、問題はその内容でる。
『学年別トーナメントの優勝者は織斑一夏と交際出来る』。
(それは私と一夏だけの話の筈だ!)
一夏が言いふらしたとは考えられない、となればどこからか情報が漏れたと考える。今にして見れば、少々声が大きかったかもしれないと思う。だがふたりだけの秘密、そう思い安心していた為わからないことであった。
「………」
しかし、現実にはもうほとんどの女子が知ることとなっているらしい、先程も教室にやってきた上級生が『学年が違う優勝者はどうするのか』『授賞式での発表は可能か』などとクラスの情報通に訊きに来ていた。
(まずいな、これは非常にまずい……)
自分以外が一夏と付き合うことに激しい抵抗感を覚える、それは言うまでもないだろう。そう言う箒自身、一夏に恋人がいる事はまだ知らない。それ故の花盛りの十代乙女、溢れる情動の暴走を止められる者など居る訳がない。
(と、とにかく、優勝だ。優勝すれば問題ない)
そう決意する箒。だが箒の実力は他のクラス女子と同じくらいであり、優勝には程遠い。
何故ならトーナメントには一夏は勿論、セシリアも出るのだから。
他の代表候補生であるシャルル、鈴、ラウラを3人同時に瞬殺出来るのであれば、僅かに勝機はあるだろうが。
ーーーー△ーーーー
「はぁ!?なんだそれ。」
その日の昼休み、一夏はセシリアと情報漏えい防止のためシャルルを連れて屋上へと来ていた。
そして教室での噂話、その事の顛末を聞き驚愕した。
「その反応、聞いたときの私と同じですわね。」
「反応まで同じなんて、本当にお似合いだねぇ」
シャルルにより弄られた2人だが、彼らは全く動じなかった。むしろ……
「アイン、お似合いですって私達。」
「ああ、ありがたい事だ。だが、話がズレてるんだが。」
シャルルの目なんか無視するようにいちゃつく2人だが当初の予定通り、噂話について話を戻す一夏。
「全く……で、僕が聞いたのと相違無い?」
「ああ、違いはない。」
シャルルの聞いたもの、一夏の聞いたもの。
違いはなく
学年別トーナメントの優勝者は織斑一夏と交際出来る。と言うものだった。
「出所を探る?僕は動けるけど……」
「いや、心当たりはあるからそれはいい。」
「何か知っていますの?」
先日起きた出来事。
篠ノ之箒が一夏の部屋の前で叫んでいた事。
それを報告する一夏。
そうなれば……
「はぁ……またあの人ですの?いい加減、面倒になってきましたわ……」
「あはは……何もフォロー出来ないよ、篠ノ之さん。」
箒のその行動にセシリアは呆れ、シャルルは苦笑いするしかない。
迷惑を考えずに大声で叫ぶなど、ましてそれが噂としてここまで広がっているのだ。
仕方がないものだろう。
「でもそれなら、2人が付き合ってる事言えば何とか出来ない?」
「いや、無理だろうな。あいつは俺に執着している。言ったところで認めないとか言い出して、実力行使に出るだけだ。」
一夏が言ったところで、箒は変な解釈をする。
一夏が小さいときからそうであった為に、既に一夏は諦めていた。だからこそ一夏は、そう言い切れるのだ。
「随分確信的ですわね……そこまで酷いんですの?」
「ああ。あいつの執着は相当なものだ、生まれ持っての才能だと思うぞ。」
そんな才能有ってもどうしようもないのだが、一夏はその部分だけ箒を称賛した。
哀れ箒。
「まあ優勝者だけってのがありがたい事だ、俺かセシリアが優勝すれば問題ないしな。」
「はい!」
そう言ってセシリアは抱き付き、一夏はそれを受け入れる。
2人の桃色空間が展開される、それを見てシャルルは……
「頑張ってねぇ……はぁ暑い暑い。」
ただただ砂糖を吐きたくて仕方がなかった。
設定を少々
篠ノ之束
世界一の大天才、自称天災科学者。
ISを理論、構成、組み上げ。全てを1人で行いISコアを製作した人物。
肉弾戦やマーシャルアーツにも精通しており、一夏やセシリアを抜くことが出来る唯一の人物。
曰く『細胞レベルでオーバースペック』らしい。
一夏の専用機『ユリ』を製作し、セシリアの専用機『ブルー・ティアーズ』を完全にセシリア専用にチューンアップした張本人。
数秒間だけ第四の壁を認識する事が出来るようになった唯一の存在。
ブルー・ティアーズ
篠ノ之束監修の機体。
イギリス製作の機体だが、束によって改修された。
ライフルの強化装甲、
BTの追加。等々、様々手を加えられている。