あれは嘘だ。
ということで中編始まるよぉ。
「ふぅ、疲れたな。」
「まさか最初のお店に行く前にラウラが先走るとは思ってなかったからね、かなり時間を使った気がするのは気のせいかな?」
ちょうど時間は12時を過ぎ、2人はオープンカフェのテラスで昼食を取っている。
ラウラは日替わりパスタ。
シャルロットはラザニアをそれぞれ注文していた。
「それは…まあ。…しかし良い買い物が出来たな。」
「あ。誤魔化した。」
と言いつつも、シャルロットもラウラも楽しんでいた。
「午後はどうする?」
「生活雑貨を見て回ろうよ、僕は腕時計が欲しいんだ。日本製の腕時計って、ちょっと憧れだったし。」
そう言うシャルロットの目は、純粋に輝いていた。
「腕時計か…」
「ラウラはそういうの無いの?日本製の欲しいものとか。」
そう言われて、ラウラは暫し考え込む。
だが既に答え等決まっている。それは…
「フィギュアだ。」
「フィギュアってアレでしょ?もう少し女の子的な物は無いの?」
「無い。フィギュアは私の人生で3番目に大切な物だ。」
即答。
分かっていた事とは言え、シャルロットはガクッと肩を落とした。
ふと、シャルロットは隣のテーブルに座っている女性を見る。
「はぁ…どうすれば良いのよ。」
外見だけでも20台後半に見え、その堅そうなスーツがさらに大人な雰囲気を出す。
何らかに悩み事があるらしく、テーブルの上に置いてあるペペロンチーノは冷め切ってしまい、それでもなお手を付けて無かった。
そんな光景を、お人好しなシャルロットが見逃す筈が無く…
「ねぇラウラ。」
「お節介は程々にな。」
シャルロットの思考をぶった切るように、ラウラの言葉が先回りする。
その言葉にビクッとなるシャルロットだったが、直ぐにその顔は嬉しそうな顔になる。
「僕のこと分かってくれてるんだね。」
「たまたまだ。で、どうするつもりだ?」
「そうだね、取り敢えず話だけでも聞いてみるよ。」
そう言って、シャルロットは席を立つ。
そして件の女性の元に歩いて行き…
「あの、どうかされましたか?」
「え?ーーーー!?」
ガタンッと、2人を見るなり席を立つその女性は…
「あなたたち!」
「は、はい。」
「バイトしない?」
「Was?」
「Quoi?」
突然の話に思考停止した2人は、日本語を忘れ母国語が出て来てしまった。
ーーーー△ーーーー
「と言うわけでね、いきなり2人辞めちゃったのよ。まあ辞めたというか、駆け落ちしたんだけどね。ハハハ…」
「はぁ。」
「でもね、今日は大事な日なのよ!本社から視察も来るし、だからお願い。今日だけで良いから、あなたたち2人にアルバイトをして欲しいの!」
「ふむ…」
その女性のお店と言うのが、これまた特異な喫茶店だった。女は使用人、男は執事の格好をして接客をすると言う。
所謂メイド喫茶だ。
「それは良いのですが…」
着替え終わったシャルロットがおずおずという風に聞く。
「何故僕は執事の格好なのでしょうか?」
「だって、ほら!似合うもの!そこいらの男なんかより、ずっと綺麗で格好いいもの!」
「…そ、そうですか。」
褒められたのだが、そうじゃないと言わんばかりの顔をするシャルロット。
自分が着ているものが、執事服というのが気に入らないのだ。
そんな彼女を見て、自身もメイド服に着替えた店長はガシッと手を掴み…
「大丈夫!凄く似合ってるから!」
「そ、そうですか…」
シャルロットの心中は複雑であった。
少し離れた場所で、言われたとおりの仕事をこなすラウラの姿。
その姿と自身を見比べる。
細身で有りながらも、強靱さを秘めた肉体。
その体に纏う飾りっ気の多いメイド服に、それを彩るかのような長い銀髪。そして強烈なアクセントになる眼帯。ミステリアスなそれは、クールなメイドといった感じだった。
対してシャルロットは執事服。
自身の中性的な顔立ちによって、それは『可愛い顔立ちの男子』に見えるのだ。
「店長~早くお店手伝ってください~」
フロアリーダーの声に、店長は最後の身だしなみを整えバックヤードの出口に向かう。
「あの、最後に1つだけ。このお店、なんて言う名前なんですか?」
その言葉に店長は笑みを浮かべ、容姿に似合わない可愛らしいお辞儀で返した。
「お客様、@クルーズへようこそ。」
ーー△ーー
「デュノア君、4番テーブルに紅茶とコーヒーお願い。」
「わかりました。」
カウンターから飲み物を受け取り、@クルーズと刻印の入った銀のトレーへと乗せる。
ただそれだけの事なのに、その動作は至極洗練されていた。
それを見た臨時の同僚達は、ホッと息を吐いた。
初めてのバイトだというのにその立ち振る舞いは気品に溢れ、客の…特に女性客から視線を集めていた。
「お待たせ致しました、紅茶のお客様はどちらですか?」
「は、はい。」
自身の方が年上だというのに、その洗練された立ち振る舞いに、女性は緊張して答える。
カップを差し出す前に、シャルロットは『とあるサービス』を不要か否か尋ねた。
「お砂糖とミルクはお入れになりますか?よろしければこちらで入れて差し上げますが。」
「お、お願いします!えっと、砂糖とミルクましましで!」
「あ、私もそれでお願いします!」
砂糖もミルクも入れない客は大勢居たのだが、目の前の美形執事のご奉仕されたいが為何時も飲まないものを頼みだす。
そんなことを思われてる等知らないシャルロットは、柔らかな笑みを浮かべて頷く。
「かしこまりました、それでは失礼致します。」
シャルロットの手が、新たに砂糖とミルクを入れたカップを静かにかき混ぜる。
本来素人がいくら気を付けても鳴ってしまうカチャカチャと言う音でさえ、シャルロットは鳴らさなかった。それは正に、洗練された本職の仕草。
「お待たせ致しました。どうぞ、お召し上がりください。」
「あ、ありがとう。」
スッと、シャルロットがテーブルの上に置いたカップを手に取り、どぎまぎしながらも口を付ける。同じようにコーヒーを混ぜて貰った女性客も、緊張でぎこちない動作で一口飲んだ。
「では。また何かありましたら何なりとお申し付けください、お嬢様方。」
そう言ってトレーを右手で抱え、左手を胸に当てながらお辞儀をするシャルロット。
そのレベルの高すぎる仕草に、女性客はポカンと口を開け頷くしかなかった。
一方のラウラは…
「ねえねえ、君可愛いね。名前教えてよ。」
「申し訳ありませんが、当店ではそのようなサービスは行っておりません。」
「そんなこと言わずにさぁ。あ、お店何時に終わるの?良かったら一緒に遊びに行かない?」
ナンパされていた。
本来であれば、有無を言わさず追い返したりするのだが、今はバイト中である。
店の評判を落とさないよう、猫を被っていたのだが。
物事には何事も限度がある。
ダンッと、テーブルへと叩き付けられたコップが大きな音と共に滴を散らす。面を喰らっている男達へと、ラウラは冷たい声で告げた。
「水だ、飲め。」
「えっと…俺達コーヒーを頼んだ筈なんだけどなぁ。」
ラウラの雰囲気の変わりように、男達は萎縮してしまう。好印象を持たれたいが為に話し掛けていたのだろうが、生憎と逆効果になってしまった。何故なら…
「注文してもなお店員を引き止め、剰え口説き落とそうとする。そんな輩にだすコーヒーなどあると思うか?」
「は、はい。その…すみません。」
ラウラの絶対零度の視線と嘲笑いに折れ、男達は小さくなりながら水を啜った。
「飲んだら帰れ。邪魔だ。」
「はい…」
学校内でのマスコットとは一変、完全に威圧するその態度。だがその態度すらも、美少女の外見が伴えばかなりの魅力になるらしい。
店内に居る男性客の殆どが、自分にも同じように接客して欲しい。そんな熱い視線を送り続けた。
「いい。あの子ちょういい!」
「罵られたい、見下されたい。ああ、踏み付けられたい。」
「ロリ子メイド…」
約1名変態が混じっているそのテーブルは、他の客は勿論のことスタッフまでもがガン無視していた。
「あ、あの!執事さん、追加の注文良いですか?」
「メイドさん!コーヒーをください!」
「美少年執事さん、こっちにも!」
「美少女メイドさん!こっちにも是非!」
一気に店内は騒然とし、全域から注文が殺到する。通常時の2倍以上のオーダー数に、店員はてんやわんや。だがそこは店長の手腕。上手いこと2人を、滞りなく全てのテーブルに回れるようにした。流石本業、あっと言う間に8割近くのオーダーを捌ききってしまった。
その時…
「全員動くんじゃねぇ!!」
一瞬何が起きたか分からなかった全員だが、次に発せられた銃声により事態を把握してしまい悲鳴が上がる。
「きゃぁぁぁ!?」
「騒ぐんじゃねぇ!!ぶち殺されてぇのか!!」
入って来た男達は3人。
その3人共が、ジャンパーにジーンズ。黒い覆面に所々紙幣が飛び出したバックを肩から提げ、手には銃…外見から見るに1人は拳銃を持っていた。
誰がどう見ても強盗である。それも銀行を襲撃した後の逃亡犯。
「あー犯人一味に告ぐ。君達は既に我々が包囲した、大人しく投降しなさい。繰り返すーーーー」
犯人達が入ってきて1分弱。
流石首都圏の警察、仕事が早い。店外にはパトカーによる道路封鎖と、ライオットシールドを構えた対銃撃戦装備の警官が包囲していた。
確かに仕事は早いのだが…
「なんか…警察の対応…」
「古すぎでしょ。何時の時代よ。」
人質、に一応なっている店員達がボソボソと呟いた。
「ど、どうしましょう兄貴!このままじゃ俺達全員ーーーー」
「狼狽えるな!焦ることはねぇ、こっちには人質が居るんだ。強引な真似はしてこねぇさ。」
リーダー格と思われる一際体格が良い男がそう告げると、他の2人は明らかに自信を取り戻す。
「そうですよね。俺達には高い金払って買ったこいつがあるし!」
ジャコンッと、硬い金属音を鳴らし弾丸を薬室に送るためにポンプアクションを行う。
そしてそのまま天井…蛍光灯に向けて撃った。
弾の無駄である。
「きゃぁぁぁ!?」
蛍光灯が割れ、パニックになった女性客が耳をつんざく悲鳴を上げる。
だが今度はリーダー格の男が自身の持つハンドガンを撃って黙らせた。
「大人しくしてな!俺達の言うことを聞いていれば殺しはしねぇよ。わかったか?」
女性は顔面蒼白になりながら何度も頷くと、声が漏れないように口を紡ぐ。
「おい聞こえるか警官共!人質を安全に解放したかったら車を用意しろ!勿論追跡車や発信機なんて付けるんじゃねぇぞ!」
威勢良く割った窓からそう叫ぶと、宣言が本当だと証明するようにパトカーに向け発砲する。
幸いなことに車に当たっただけで済み、死傷者は出なかった。だがそれでも、周囲の野次馬をパニック状態にさせるには十分だった。
「へへ、奴ら大混乱してますね。」
「平和な国程犯罪はしやすい、ホントだったっすね。」
「だな。」
暴力的な笑みを浮かべる犯人達を、冷ややかな目で見つめる影が…
店内で唯一犯人達以外で立っている存在。
それは銀髪のメイド。
ラウラだった。
一方のシャルロットは、騒ぎに乗じて倒れたテーブルに身を潜めている。
「……」
一目見て美少女だと分かるラウラが立っていては、否応なく目立つ。
故に…
「なんだお前、大人しくしていろと言ったのが聞こえなかったのか?」
案の定、ずかずかとリーダーがラウラの眼前で止まる。その手に握った銃をチラつかせるリーダーを尻目に、銃の種別を読み取る。
「(ベレッタM92Fか。安定性と整備の手軽さに重きを置いた銃。ならやりようはいくらでもある。)」
「おい、聞こえないのか!!それとも日本語が通じないのか!!」
「残念なことに聞こえている。それより1つ良いか?」
「な、なんだ。」
見るからに外人のラウラが日本語で話し掛けて来て、しかも今の今まで日本語が喋れないと思っていた為に思考が少し遅れる。
その遅れた思考が、決定的な隙を生んだ。
一瞬の隙を突き、ラウラはリーダーへと疾走。
そして銃身を掴み、スライドを外した。
ハンドガンは、整備性を重きに置いて作られている物が殆どで、手順を最低でも2回踏めば簡単にスライドを外せるのだ。
そしてそれを不自然な程に倒れたテーブルへと投げ…
「接近戦では銃よりナイフの方が早い、覚えておくと良い。」
「なっ…ッぐ!?」
間合いを許したリーダーはそのまま床に組み伏せられ、首筋にナイフが当てられていた。
思考が遅れていた他の2人も、自分達のリーダーが組み伏せられたのを目撃して、銃を構えようとする。が…
「おっと、動かないでね。動かれちゃうと、誤って僕の指が引き金を引いちゃうかもしれないよ?」
そのうちの1人の後ろに回り込んだシャルロットが、米神に銃を突き付けていた。ご丁寧にショットガンを取り上げて。
シャルロットが持っているのは先程リーダーが持っていた『M92F』、ラウラがスライドを外してテーブルへと投げた物。
テーブルの裏にはシャルロットが居て、それを組み立てて瞬時に後ろを取ったのだ。
「くっ!この!」
残された1人は、自身の持つ銃を…サブマシンガンをほぼ無防備なラウラへと向ける。だが…
「セーフティが掛かっているぞ?素人丸出しだな。」
「な、何!?」
ラウラのその台詞により、一瞬だが銃を見てしまう。ブラフだとは気が付かない為に、それが隙となった。
バンッ。
一発、銃声が響く。
それは男が持つサブマシンガンからでも、ラウラからでも無い。
「動かないでって、僕は言ったはずだよ?」
奪い取ったショットガンを代わりに突き付け、右手に持つM92Fから煙が出ていた。
着弾地点はそう、男が持つサブマシンガン。
銃は弾丸を撃ち出す道具だが、受ける物では無い。それはつまり、サブマシンガンは使えなくなる。
「お前達の言うことを借りるのであれば、私達の言うことを聞いていれば殺しはしない。大人しくしろ。」
犯人達は自身が入ってきたときとは完全に逆の立場となった。
銃を突き付けられた2人と、首筋にナイフを突き付けられたリーダー。犯人達は誰1人として抵抗できる者は居なかった。
ラウラはそのままナイフを突き付けながら、自身のメイド服、そのそのスカート内に付けている小さなポーチから3本の細長い物を取り出した。それは細い物同士を繋ぐのに重宝される物…結束バンドだった。
それを片手で器用にリーダーの両手首を拘束すると、用心の為かナイフの柄で頭を殴った。
容赦が無い事この上ない。
「「リーダー!!」」
「安心しろ、気絶させただけだ。さて…次はお前達2人だ。」
じわりじわりと近寄ってくるラウラに対し、もう2度と犯罪はしないと誓った2人だった。
因みに、例のごとく結束バンドで縛られたらナイフの柄で例外なく殴られていた。
シャルロットよ、それは誤ってでは無い。
故意にだよ絶対に。
あとラウラが行ったスライドを外したのは、分解や組み立てを叩き込まれる軍人なら誰しもが出来ること。
基本的に戦闘中にやる人間は居ないけど
ラウラに罵倒された客よりも、ラウラに殴られた犯人が羨ましい人挙手。