そして、今回で第三巻分は終了です。
次回より第四巻に入ります。
旅館へと戻ってきた一夏達を出迎えたのは、千冬と束、そして真耶と龍之介だった。
そして報告の為、ブリーフィングを行った作戦会議室へと足を運ぶ。
「ご苦労。色々と疑問が残る結末ではあるが、ひとまず報告して貰う。」
「了解。」
立ち上がった一夏がまず
目立ったミスも無く作戦通りに事が進み、無事に銀の福音を無力化。
操縦者であるアメリカ国家代表、ナターシャ・ファイルスも意識不明ではあるが、目立った外傷も無く気を失っているだけで命に別状は無い旨を伝えた。
そして入れ替わるようにセシリアが立ち上がる。
「サイレント・ゼフィルスについてですが…完成直後に研究室から強奪されております。ティアーズ型2号機、3.5世代とも言えるイギリスの完成形ISです。そしてそれを強奪したのが…」
「
亡国機業
裏世界を暗躍する秘密結社で、第二次世界大戦中に生まれたらしい。
正確な概要や目的も、構成員の人数や組織の本部等…正確な情報が何一つ分かっていない謎の組織。
束ですら、全容が分かっていない程だ。
「まあ良い。ともかくご苦労だった、温泉にでも浸かってゆっくりしてこい。」
「はい!」
分からないことを出掛け先で考える、そんなことをしたくない千冬は早々に解散させる。
本当の理由としては、終わったのだからビールが飲みたいだけなのだが。
「ちーちゃんちーちゃん、こんなのがあるんだけど一緒にどう?」
そう言って束が取り出したのは、恵ーー寿のビール。喉越しが最高なちょい高級品だ。
「つまみは?」
「鮭トバなんかあるけど。」
「パーフェクトだ、束。」
「感謝の極み。」
ひとしきりネタを繰り出した後は、束の謎技術によって出てきたビールと鮭トバを片手に…プチ宴会が始まった。
ーー△ーー
「ねぇねぇ、結局なんだったの?教えてよ〜」
「………ダメだよ、機密事項だからね。」
お膳を挟んで向かい側、夕食を食べるシャルロットに一年女子が数名群がってあれやこれやと訊いている。一番取っ付きやすいと判断されたシャルロットになら訊けると思ったのだろうが、それは判断ミスだ。シャルロットは専用機持ちの中で比較的責任感が強い。それに安々と機密事項を話すほど、軽くは無いのだ。
「デュノアさんに聞いてもムダでしょうに………」
「まあ、好奇心には逆らえないわよね。まあ、聞いたら言った方も聞いた方も大変なことになるけどね。」
鈴とセシリアは、詰め寄られるシャルロットを横目に苦笑いを浮かべていた。
「ところでアイン…本当にあれは使い捨てで良いのでしょうか?領海内に置いてきてしまいましたけど。」
「まあ、束さんが開発した物だし…そこら辺は考えられているとは思うぞ。」
そうは言った一夏だが、実際の所何も考えられてはいない。
VOBは本当に使い捨て、一度きりの装備だ。
故に回収機構も無ければ、回収する為の装置も無い。
束自身もそもそも回収するつもりも無く、海の藻屑と化すのをただ待つだけである。
「そうですわね、気にするだけ無駄な気がしてきましたわ。」
「あたしは元々気にしてないけどね。」
そう言いながら、2人は割と仲良く夕食を取っていた。
ーー△ーー
「ふぅ……」
海の音が響く中、一夏は近くの岩場に腰を下ろした。
食事の後、一夏は軽い休憩を取り、夜風に当たる為に旅館の外…夜の海へと繰り出した。
満月である今日は、真夜中であっても明るい。一夏は穏やかな波の音を聞きながらぼんやりと空の月を見上げた。
「…はぁ。こんなにも月は綺麗だ…だからこそ思いだしてしまう。」
月明かりに照らされながら、一夏は項垂れていた。
今日のような満月の日、一夏にとって分岐点とも言える出来事だった。
隊長である一夏とセシリア以外の隊員全員の死傷である。
Strayed隊は全盛期から最後の時まで、構成員は8人だった。
隊長である一夏とセシリアを除けば、計6人の隊員が居た。
Strayed隊は少数精鋭の、実戦叩き上げをしてきた部隊故に生半可な別部隊とは練度が違う。
少なさ故の精密さがあり、絆があった。
たった8人の、家族同然の特殊部隊。
少数でありながらもイギリス随一の特殊工作部隊であり続けられたのは、一夏とセシリアの指揮能力の高さがある。
そしてもう1つは士気の高揚の他、部隊員の練度の高さだ。
部隊内で2人はほぼ全ての時間で一緒に居た。
恋愛に疎い人間でも分かってしまう程に。
だからこそ隊員達は、2人を全面的に支えていた。それは一夏もセシリアも気付いていた事だが。
だが、それは部隊内での話し。
隊員も半々に分かれ、着いていく。
そして、その少ない人数ながら必ず部隊を勝利に導くのだ。
そして何時しか隊員達にとって隊長以上の存在になった。
2人が居たからこそ、壊滅寸前の部隊がイギリスでトップクラスの部隊になれたのだ。
そんな2人を隊員達は隊長としてでは無く、完全に仲間と認識していった。
そうさせたのは2人の態度もあった。
作戦中以外は隊長として振る舞わず、隊員達全員を自身と同じ目線で見る。
決して見下さず、決して偉ぶらない。同じ食卓を全員で囲み、和気藹々とした雰囲気があった。
それが当たり前かのように。
それは信頼へと変わり、部隊内は家族と言えるものになっていく。
だからこそ、それを失った喪失感が消えず、一夏の心にはぽっかりと穴が空いた気になっていたのだ。
「まあ過ぎたことだ、気にしても仕方が無い。と、割り切れたらどれだけ楽だろうな。」
一夏はその記憶に悩まされ続けているのだ。
満月になる周期は短い。短い故に、何度も思いだしてしまう。
そして思い出すたび気が沈み、月を見上げるのだから…
ーーーー△ーーーー
「VOBの稼働率は、まあこれでもリミッターが掛かってるしこんな物かな。
空中投影される情報をつまみに、束は左手に持ったビールを飲む。
もう既に飲み始めてから3時間は経っており、つまみ用にと出した鮭トバは無くなっていた。
そして隣で飲んでいた千冬も、酔いつぶれて眠っている。
そして別のウィンドウを呼び出す。そこには、今回対G軽減用にと使った疑似プライマルアーマーのデータがあった。
「稼働率82%かぁ。何でかなぁ、こっちはリミッターなんて掛けて無いんだけどなぁ。」
本来であれば、90%以上のGを軽減する仕様であった。だが今回は72%近くに低減していた。
操縦者に出来るだけ負荷を掛けないようにしていたにも関わらず、今回軽減していたのは操縦者に掛かるGの70%近く。
束にとっては、到底満足できる結果ではなかった。
何事も完璧に、十全にこなさなければ気が済まないのだ。
「んー…やっぱり展開出力をもうちょっと上げた方が良いのかな。でもそれだと維持に掛かるエネルギーが、内蔵式で保たなくなるしなぁ。」
3時間以上飲んでいたにも関わらず、束の思考は正常状態であった。
頬は若干紅くなってはいたが、概ね問題なし。
「ま、今は良いか。ラボに行ってから考えよう。今は…」
そう言って束は上を見上げる。
天井に取り付けられた窓…天窓から差し込む月明かり。
そしてその月。
それを見ながら…
「この月見酒を楽しまないとね。」
初めてだわ、5000文字行ってない。
まあ、5000文字がノルマって訳でも無いし良いか。