「はぁ……」
卓球で良い汗を流した後、順平と綾時に誘われるまま奏夜達四人は露天風呂に入っていた。
「よっぽど温泉好きなんだね」
心地良さそうな顔をして脱力のあまり露天風呂に沈みそうになっている奏夜を眺めながらそうコメントする。
「そう言えば。知ってる? ここの露天、男湯と女湯、時間交代制なんだよ」
「へー」
妙に感情の篭っていない綾時の台詞に、迂闊にも脱力している奏夜は気付いていない。
「おおー、マジか。じゃあ途中で変わってしまうかもね。でも、もしそうなってもそれは事故だよね」
「それはそうでしょ」
明らかに棒読みな順平の言葉に流石に脱力している奏夜も変だと思い始める。
「……で、その男女が交代する時間と言うのは何時なんだ?」
「ええと……そりゃ確認して無いっすけど……。ね、リョージくん?」
「うーん……もしかすると、結構ギリギリかもねぇ、順平くん」
そんな二人の言葉を怪訝に思った明彦が肝心の交代する時間について問い掛けると、返って来た答はそれだった。妙に感情の篭っていない態とらしい棒読みな台詞。……どう見ても怪しい。気が抜けていた奏夜も少しずつ近付いてくる危険な空気に気付き、流石に正気に戻る。
「……おまえらバカだろ? どうりでこんな妙な時間に」
「……二人とも、完全に狙ってるね」
「ハハハ。冗談っスよ。確かにギリギリで来たっスけど、もう夜中だし、こんな際どいタイミングで入ってくる女子なんて……」
そんな時『ガラッ』と言う音が聞こえる。順平の言う所の際どいタイミングで誰かが入ってきたのだろう。
(……誰かは知らないけど早く謝って出て行った方が良いな……)
下手に長居すればそれだけ拙い事になる。そう思いつつ順平達に声を掛けようと思った時、
『わぁー!!! やっぱここの露天、ひっろーい!!!』
『わ、ホント……。流れるプールみたい』
「「「「っ!?」」」」
思いっきり聞きなれた声が聞こえた。……と言うよりもゆかりと風花の声だ。拙い事にこの際どいタイミングで身内が入ってくるとは思っておらず、迂闊にも次の行動が遅れてしまう。
『はいろ、はいろ!』
『そうですね!!!』
『たのもー!』
二人が露天風呂に入る音が聞こえると今度は『ガラピシャー!』と言う勢いの良い音と共にアイギスの声が響いてくる。
「……アイギスも入ってきたみたいだね。先輩、多分桐条先輩も一緒だと思います」
「あ、ああ……危険だな。気付かれない様に出たほうが良いだろう」
「そうですね」
「おい、伊織、望月、位置確認は出来るか?」
「ういっす」
明彦の言葉に従って順平と綾時は岩陰に隠れながら入り口の様子を眺める。
「これが、“ロテン”でありますか」
機械なのに温泉に入ってもいいのかと言う疑問も沸くが、流石に防水に対する対策も出来ているのだろう、平気で露天風呂に入っている。
「フムフム。私には聞かない効能ばかりです」
至福の一時終了と言う顔をしている二人を他所に、
「これがいわゆる、『良い湯だな』でありますか!!!」
(風情もへったくれもない……)
ゆかりの言う通り風情もへったくれもない宣言をしてくれている。
「湯煙、そして殺人!」
「どこで覚えたの、アイギス!」
明らかにテレビのサスペンスドラマで覚えた様な偏りすぎた言葉を言ってくれるアイギスと、そんな彼女につっこみを入れる風花。結構楽しそうな会話を続けている女性陣を、
「見えるか……りょーじ?」
「もうちょっとで……湯煙が……」
岩陰からこっそりと順平と綾時が気付かれない様に様子を伺っていた。その姿ははっきり言って覗きの現行犯だ。
「バカヤロウ! 位置確認だけで良いんだよ!!!」
「あ、すんません」
「真田先輩……三人の位置は出入り口の近くです。……向こうの動きに合わせて見付からないように出る事を提案します」
「最悪の場合はそれが良いかもしれん」
反対側から同じく様子を伺っていた奏夜の言葉に同意する。二人の様に下心は無く純粋に脱出の為の位置確認の意識しかない。
「クソッ、なんでこんな事に……」
「言ってても始まりませんよ」
「ああ。とりあえず出口に陣取られてる以上……」
「出てって謝ったほうが良さそうですね」
「そうだね。ぼくも綾時くんに賛成です。下手にコソコソしたら余計に見付かった時が恐ろしい」
「それに、鬼ってワケじゃないんだし。もしかすると……」
そう言って『エヘヘ』と言う顔でにやけている二人の顔から何を考えているかは良く分かる。
「お前等本当にバカだろう」
「君達本当にバカだろ」
声を揃ってそんな彼らに呆れた顔でツッコミを入れる明彦と奏夜。
「って、何で全部オマエだけなんだよ!!!」
どうも順平の妄想が彼のイメージの中で思いっきり納得の出来ない方向に進んでしまった様子だ。思わず立ち上がって叫んでしまったが……この状況では物凄く拙い。
『!?』
「「「バカァー!!!」」」
順平の叫びに女子が気付いた様子だ。
―ガラァ―
『どうした、ゆかり? 何か居たか?』
聞き覚えの有る声……と言うよりも美鶴の声がドアの開く音と共に聞こえてくる。
「……来ちゃいましたね……桐条先輩」
「ああ……。最悪だぞコレは……」
「は、はい……」
「あ、あの……どうしたんっスか、二人とも……」
「最悪って何が……」
「美鶴がいる!!!」
「人影が四人に増えてる……間違いない、桐条先輩もいる」
見事にS.E.E.Sの女性陣が四人揃ってしまった訳である。
「あの……もし見付かったら退学とかですかね」
温泉に浸かっているというのに真っ青になった顔で順帆ペイが明彦に問う。……その程度で済めば良い方だろう……。
「や、けど、入ったのはちゃんと男湯ん時だし。だいたいこんなの冗談半分で……」
「そんな言い訳が通じると思うか?」
「そうだね……冗談で済む人が相手なら良かったね……。いや、岳羽さんと風花さんだけならまだ冗談で済んだかもしれないけどさ……」
いや、アイギスもそうだろうが……ちょっと怪しい。だが、それでもまだ冗談で済む可能性が有った。問題は……
「もし見つかれば」
「「見つかれば?」」
「処刑だな」
明彦の言葉に絶句するし順平と綾時。間違いなく美鶴に見つかれば処刑される。
『あの辺から聞こえたよね』
「拙いっ!」
ゆかりと風花の二人が奏夜達の元へと近付いてくる。
「もう強行突破しか」
恐怖に負けたのか順平が強行突破しようと歩き出す。
「あっ……オイ!」
(この場で一番安全なのは反対側の男湯……。上手く顔を見られない様にして脱衣所から男湯へ行ければ……)
そう瞬時に安全策を計算し、逃走のためのプランを作り出す。
「真田先輩、ここはバラバラに逃げましょう、そうすれば最悪何人かは逃げられる筈です!」
「なるほど、悪くないな」
「ええっ!?」
『やっぱり何か居た!』
『うん!!!』
二人と淳平が接触するまで時間は無い。意を決して奏夜、綾時、明彦の三人は急いで逃げ出す。
「!!! 順平!?」
順平の居る方向へと逃げた明彦は万歳の体制で立ち止っている順平の姿を見て、不審に思いながら近付いていく。
「立ち止ってる場合じゃ……!?」
いや、順平は立ち止っている訳じゃなかった……。凍り付いていただけだった。
「順平っ!!! ICE!」
何故そうなったのかはすぐに理解できた。だが、その一瞬の行動の遅れが命取りだった。
「あーきーひーこー……」
地獄の其処から響いてくるような声……。怒りに震えながら羞恥で顔を真っ赤にして美鶴が近付いてきた。
「ご、誤解だ!!! これは事故だ!!!」
「黙れ!!!」
「ギャッ!!!」
凍結する明彦。寧ろ弱点属性な分だけ余計にきついだろう。
「真田先輩……順平……」
「話が通じるような雰囲気じゃないね」
反対側へと逃げた奏夜と綾時だが、見つかるのも残念ながら時間の問題だろう。
「綾時くん……潜るのは得意……」
「さ、さあ……あんまり経験が無いから分からないかな……」
「……此処からは潜って逃走する……風呂から出た後は服を回収して全力で反対側の男湯に」
「分かったよ。生きて会おうね」
『何処だ出て来い!!! 処刑する!!!』
後ろから近付いてくる美鶴の声に急いでお湯の中に潜る奏夜と綾時。
その後は一心不乱に逃げた為に良く分からない。ダメ元でジャミング能力を持つシルフィーにペルソナを変えつつ、必死になって逃走する。
その結果……
こっそりと男湯の入口から顔を覗かせて外の様子を伺う奏夜。だが、出てきたのは風花達四人だけで順平と明彦は勿論、途中で別れた綾時も出てくる様子は無い。何故か男湯に居た次狼と力の協力の元で誰も入っていない事を確認して女湯の中の様子を伺うと……
「あいつ等はどうだったんだ」
「無、事?」
無言のまま首を横に振る奏夜。女湯に有ったのは氷像となった明彦と順平、そして……タオルも無く氷漬けにされた綾時の姿……。
「……湯煙殺人事件……」
的確過ぎる説明に震え上がる次狼と力だった。
「あー、やっぱ露天風呂はいいよな~……」
「そうですねー」
なお、キバットとタツロットは桶に入ったお湯の中で露天風呂に入っていました。
追伸……
「奏夜様―!!! 覗くくらいでしたら一緒に入っても……」
「違うから、ぼくが知りたかったのは其処の三人だから……」
「これでしたか……邪魔ですね」
四人の後から女湯に入ったシルフィーに順平達の様子を確認していた奏夜が見つかって、それを切欠に暴走し掛けたシルフィーの手によってお湯から退かされた三人でした。
……これが修学旅行最後の夜に起こった惨劇の一部始終である。結局運良く奏夜だけが逃げ切れたと言う訳だ。