数分前まで遡る。ぶっちゃけ、順平が奏夜に奢る事となった一件は……
「へへっ。なあ、紅、このゲームやろうぜ」
そう言って順平が指差したのはバイクに似たコントローラーが有る本格的なレースゲーム。
「うん、良いよ。じゃあ、約束通り負けた方が勝った方に奢るって事で」
「おう、それで良いぜ」
コントローラーに座り画面にスタートの文字が映し出される。それと同時にゲーム画面の中で走り出す奏夜と順平のマシン。
「へへっ、オレは何度もこのゲームやってんだ。他の事じゃ負けてもゲームじゃ……」
「順平、一つだけ言っておくよ」
「へ?」
ゲーム画面の中で一瞬奏夜のマシンが並んだ時に隣に居る奏夜の呟きが聞こえる。
「ぼくを相手にバイクレースで勝負するって言うのは大間違いだよ」
「嘘っ!? 早っ!?」
最高速度を出して一気に走り去っていく奏夜のマシンの背中を見送りながら、順平は驚愕100%の叫び声をあげる。ゲームのシステム上での最高時速で走り去っていく奏夜のマシン。
ぶっちゃけ、そんな物を制御できるプレイヤーは今まで一度も無く、上級者はある程度速度を抑えている。つまり、そんな速度を出すのは初心者の証だ。
(へっ、あんなんじゃ直ぐにコースアウトだぜ)「って、マジ!?」
速度を一切殺す事無く余裕且つ正確なコーナーリングで曲がっていく奏夜のマシン。
「お、おい……紅?」
「……ちょっと遅いな……」
「どこがだよ!? 最高速度だぞ、これ!?」
……順平は大事な事を一つ忘れている。
「だって、ブロンブースターやマシンキバーに比べたら全然遅いし」
「コイツが化け物みたいなバイク持ってるの忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
仮面ライダーを相手にバイクレースを挑んだ時点で負けは最初から決まっている物だ。
時には稲妻の如く直角に、時には龍の如く滑らかに曲がりながら失敗したのか大きくコースアウトする。
「へっ、コースアウトか。初心者にしては……ってマジでぇぇぇぇぇえ!?」
「良し、成功!」
コースアウトと思ったそれは大きくジャンプしてからコーナーの先に見えるコースに着地。本来なら届く事は無いのだろうが最高速度を落す事無くマシンを制御した結果、コースの半分以上をショートカットする事に成功した。
「嘘だろ……?」
既に勝敗は決し、唖然としてバイクを走らせている順平。最高速度とショートカットで大幅にタイムを縮めた奏夜に周回遅れにされていく。
「んなの有りかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!?」
なお、ショートカットはゲームの開発者が冗談で入れた裏技だった。
最高速度をスタート直後から一切緩める事無くコースアウトする必要が有るなど、半分を省略できる分色々と条件も厳しいのだが、その分コースを半分も無視できるのでその苦労に見合っただけの価値は有るだろう。
そんな訳で順平が奏夜に奢る事となり、奏夜は二位以下を大きく引き離してゴールしたのだった。
「うん、いつも実車ばっかりだけど、偶にはレースゲームの悪くないね」
『KIVA』と言う名前を打ち込んでいる奏夜の呟きを聞きながら項垂れる順平。これで、最初に奏夜に食事を奢る未来が確定してしまったのだった。
重ねて言おう……順平の敗因はバイクゲームで奏夜に勝負を挑んでしまった事だった。なお、ポロニアンモールに有るゲームの殆どに『KIVA』の名前でゲームランキング上位者に奏夜が居るのを知る事になるのは別の話。
なお、P3本ペンでは、このゲームセンターでは何故か各種ステータスに加えて学力とかも上がったりする。……良く暇潰しに遊びに来ているのですっかり上手くなっても無理は無いだろう。
現在……
「や……やっと……発見したであります!!!」
『ビシッ』っと言う疑問が付きそうな態度で指差しながらアイギスは宣言する。風花から聞いていたので特に驚いては居ないが……。
「これはこれはアイギスさん! こうして学校の外で見るあなたも、いつもと違わず美し……「あなたはダメです!」「ぐはっ!」」
現れたアイギスに嬉々としてナンパに掛かる綾時だが、当のアイギスは何時もの態度で斬り捨てつつ奏夜を綾時から引き離すように抱き寄せるが、完璧にヘッドロックと言う体制になっている。
「アイちゃん、どうしてココに?」
「奏夜さんの姿が見当たらなかったので校内を探していたのですが、ゆかりさんに『バカ二人と遊びに行った』と聞きまして」
まあ男同士で遊びに行くとすればこの辺ではゲームセンターを含めてそう何箇所も無い。ゆかりから男同士で遊びに行ったと聞けば見付けるのも簡単だったと言う事だろう。
「もしやと思って駆けつけてみたら……こんな事だろうと思っていたであります!」
アイギスは奏夜を引き寄せると綾時を『キッ』と睨みつけながらそう告げる。全力で警戒している様子だが、何故アイギスが彼の事を警戒しているのかは良く分からない。よく分からないが……
「あ……アイギス……。う、うで……」
「奏夜さん!?」
はっきり言って限界だった。首を絞められていればいい加減限界も近い。ぐったりと意識が遠のいていく。
ワイルドダックバーガー
「で」
そこにアイギスを含む四人の姿が有った。主に順平のゲームの負け分による奢りの為だ。
「何故私が貴方と食事を摂らなければならないのでありますか!」
「まーまー、アイちゃん」
不機嫌と言った様子で不満を漏らしているアイギスを宥めている順平。
(うーん……何で初対面からこんなにダメ出しされるかなぁ)
理由も分からずアイギスにダメ出しされ続けている綾時も流石に落ち込んでしまっている。
「……あなたに」
アイギスはゆっくりとそう口を開く。
「失礼な事を言っていると言うのは分かっています。でも……兎に角ダメなんです」
「じゃあ……少しでも『ダメ』じゃなくなるように努力するよ」
本人でも分からない『ダメ』と言う理由。そんな彼女に対して気遣うように微笑を浮べながら、
「せっかく知り合ったんだし、アイギスさんともちゃんとした友達になりたい。僕はね」
綾時のその言葉にアイギスも申し訳無さそうな表情を浮べる。
「は……早く食べないと冷めて湿っちまうぜ! 元々湿ってるけど!!」
「あっ、うん、いただきまーす!」
そんな重苦しい空気を気にしてか順平がそう言うと綾時も順平の言葉に乗って食べ始める。なお、この店のハンバーガーは何故か湿っている。
「アイギスさんは食べないの?」
「余計なお世話であります!」
相変らずな二人……と言うよりもアイギスだった。まあ、彼女が食事を摂るのは無理だろうが……。
「ん? あれ、オマエ、飲みモンしか頼んでねえの?」
「え? ぼく」
「まさか、オレっちのオゴリだからって遠慮とかしちゃってる?」
「あー、それなら……」
奏夜の飲んでいるのはバケツサイズのジュース……と言うよりも烏龍茶。
「そんなの全然気にしないで、ドーン食べていいんだぜ」
「あー……その事だけどさ。寧ろ謝るべきなんだろうね……。人のオゴリだからって少しは遠慮するべきだった」
「へ?」
明後日の方向を眺めながらそう呟く奏夜と戸惑う順平。人のオゴリだからと言って好奇心の赴くままに注文するべきではなかったと後悔……と言うよりも現在進行形で反省している。
「……世の中には数人で食べるハンバーガーってのも有るらしくてさ、海外に」
「な、何言ってんだよ……オマエ?」
其処まで言った事で薄々ながら言葉の意味を理解する順平。
「流石に日本にそんなもの有るとは思って無くてさ……どんなハンバーガーなんだろうって注文しちゃった物が……」
「おい、紅……嘘だって言ってくれよ」
「……まさか、ハンバーガーショップのメニューの裏側にそんなものが書かれてるなんて……」
『お待たせいたしました』
店員の言葉と共に目の前に『ドンッ!』と言う音と共に置かれる奏夜の注文したハンバーガー……それは、
「ペタワックセットになります」
「ヒイヤャャャャャャャャャャャャャャャヤー!!!」
「ごめん、本当にゴメン。……代金半分出すよ」
「良いよ……んな同情いらねえよ……。オレも男だ、約束どおり奢ってやるぜ!!!」
どこぞの漫画の如くハンバーグとレタス、パンが高く……それは高く積み重ねられたハンバーガーと物凄く大きいポテト。絶対に量に比例して値段も高いであろう事がよく分かるハンバーガーの搭だった。
夜の寮……
「ハイッ!!!」
順平と乾が明彦の監督の下何かをジョッキ一杯一気飲みしている。まあ、間違いなく牛乳なのだろうが……。なお、先に飲み干したのは乾の方だった。
「何してるんですかね?」
「また何時ものバカ騒ぎじゃない?」
そんな彼等の様子に不思議そうに呟く風花と、呆れながら答えるゆかり。
「強い男になりたいんだってさ」
「また唐突ですね」
「理由は分からないんだけどね……。はい、風花さん、岳羽さん」
そんな彼等の様子に苦笑しながら風花とゆかりの前にミルクセーキの入ったコップを渡す奏夜。奏夜は参加していないのは何気に現在のS.E.E.Sのメンバーで最強なのは彼だからだろう。
「ミルクセーキ? 紅くんが作ったの?」
「うん、なんだか台所の卵黄だけが沢山有ったからね」
「まさか卵白も飲んでたんじゃ……」
「……せめて、食べてるだけにして欲しいね……」
「……そうですね」
何となく今の彼等の行動と状況を判断して呟くゆかりに答える奏夜と風花。確かに高たんぱく低カロリーの卵白は良いのだろうが、熱を通してから食べるべきだろう。……他にも皮を剥いだ鶏肉も良い。
「ん、おいしい」
「あ、ホント!」
「うん、前にレシピを預かってたのを思い出したから、それを見ながらね。……それでもまだ結構余ってるんだよね、卵黄」
「……幾つ買ってきたのかな?」
「……さあ」
「むー……」
思わず台所の状況に苦笑を浮べる奏夜と風花と、不服そうな視線を見せるゆかり。
「やっぱりお料理って偉大ですね! もっと練習しようかな?」
「ぼくも喜んで協力するよ」
……実際、彼女の料理の腕の危険性を正しく理解してるものが居なきゃ被害が大きくなりそうだから恐ろしい。
「うん、ミルクセーキとかただ混ぜるだけだから……」
「レシピを守れば食べられない物は出来ないから……うん、レシピ通りに作ればね。見る?」
レシピ通りに作る事に念を押しつつ風花にレシピを渡す奏夜。どうも食べれない代物を作る人は平均して余計な物を加えた結果が多い。
「カレー、シチュー、ハンバーグにオムライス……。あっ、牛丼もある」
レシピに書いてあるメニューの内容や手書きのメモである事から、それが誰の手によって誰の為に書かれた物であるのかは直ぐに理解できる。
「それって、今まさにあそこでバカやってるの向けのメニューじゃん」
「うん。その為に考えたレシピだと思うからね」
そう言ったゆかりと奏夜の視線の先に居るのは明彦と乾の二人の姿。
「これ、大事にしましょうね」
「うん、そうだね」
それを書いた人が帰ってくる時のためにも。