ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

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第七十夜

ベルベットルーム

「お気づきですかな? 貴方には大きな変化が起こったようです」

 目の前に座するイゴールに言われて思い出していくと、『変化』と呼べる出来事は幾つも起きている。

 一つは荒垣の脱落。これは屋久島の一件で出会った奏と言う平行世界からの来訪者からの警告で何とか一命だけは取り留める事ができた。

 もう一つはタルタロスでの美鶴の父の死と幾月の裏切り。両者共に命を落とす結果となり、黒いイクサに変身したアイギスも黒いキバ……キバ・デスフォームとなった奏夜によって機能停止まで追い込まれた。

「日々の境遇も波立っておられるご様子だが、申し上げているのはそう言う事ではない」

「?」

 イゴールの言葉に疑問に思う。それ以外に変化と呼ぶべき出来事は起こっていない。

「あなた自身の“精神”の変化です」

「僕自身の……“精神”の変化?」

 思わず聞き返す奏夜の目の前に現れるそれが独りでに開いていく。

「……これは、あの時の」

 それは、初めて寮へと足を踏み入れた時に署名したカード。見ればあの時は前にしかなかった署名が、奏夜の名前の後にも薄っすらと何人かの署名が見える。

「貴方が署名されたカードにはこうあります。“我、自ら選び取りし如何なる結末も受容れん”…………と」

 覚えている。何故か忘れてはいけないと心に刻んだ言葉。其処に署名が増えたと言う事は何処かで奏夜と同じ様に署名した者達が何人も居ると言う事だろう。

「お客人が何を選び取ろうとも、私はそれに従ってまいります。しかし、貴方ご自身は自らの行いに対し常に責任を負わなければなりません」

「はい」

 そう、アイギスをあそこまで破壊し掛けてしまった事も、美鶴の父を助けられなかった事も奏夜の行動の結果だ。幾月の事は疑っていた筈だった。己の行動がもっと早ければ助けられたかもしれなかったと言うのに……。それは何度悔やんでも悔やみきれない……。

「例えそれが……如何なる結末に結びついてもね。それだけ、どうかお忘れ無きように」

「今日の議題は今後の方針についてだ」

 まず明彦が口を開く。奏夜が復帰した翌日の放課後、寮のラウンジで改めてミーティングを行なっていた。

「今後って言っても……」

 そう弱々しく呟いたのはゆかりだ。奏夜がデスや滅びについて色々と考えを巡らせていたとは言え、今まで執着点と思っていた場所が否定された今、弱気になっても不思議は無いだろう。

「桐条グループの方から、何か言ってきてないんスか?」

「まったく音沙汰無しだ。……恐らく、向こうもどうして良いか分からないんだろう。幾月がシャドウ研究のトップで、全てを掌握していたんだからな」

 順平の問いに明彦は首を振って答える。

「……人格は狂っていたけど能力だけは(・・・・・)優秀だって自称してたからね……。分かってたなら桐条先輩のお父さんも気付いてだろうし」

 そう言って明彦の言葉に頷きながら最後に『まったく、死んでからも迷惑な奴だ』と奏夜は呟く。

 実際、幾月の事は色々と疑うべき点が多かったと言うのにこうして最終目的を達成させてしまったのは、完全に奏夜のミスと言えるだろう。その為に世界の滅び牙近づいているのだから。

「何だよ……何か言ってくっかと思えば放置かよ。良いのか、大人がそんなんで」

「そう簡単に行動できる大人はそうは居ないって事だね。寧ろ、子供のぼく達の方がこう言う時には行動し易いって言えば、それまでだよ」

 苛立ちながら呟く順平に苦笑しながら奏夜が言う。だが、桐条グループが混乱している内は逆に好都合だ。……タルタロスの探索はその間に最上階まで辿り着いておきたい。だが……

「多分、今までの事から考えるとタルタロスは一定の周期で登れる階層が変わるはずだ。ぼくの予想だけど、恐らく滅びの降臨に近づく度にタルタロスの封印は解かれてるんだと思う」

 実際、大型シャドウを倒してから数日のタイムラグを持って新しい階層は開かれていた。恐らくは大型シャドウの撃破の後、一つに戻るための期間として数日掛かったのだろう。ならば、これからのタイムラグは純粋に滅びが近づくまでの期間となる。

 そうなる以上、恐らく最上階まで行けるのは……滅びの直前、最初で最後のチャンスの登りきるまでのタイムリミットはタルタロスが存在する影時間の僅か一時間しかない。

 一体何階あるか分からない影時間の搭の事を考えると、常に登れる限界まで登っておく必要が有る。

 そう言って一様に表情の暗い仲間達を一瞥し、

「だから、混乱してるなら好都合な点を考えると今の内に少しでも登っておきたい。流石にぼくは兎も角、みんなの場合召喚器が無いと戦えないだろうからね」

 ……正式にはペルソナの召喚に召喚器は必須では無い。安定して召喚するための道具であって、召喚器無しでもペルソナを扱う事は出来る。実際、それを必要としているのは3のメンバーであるS.E.E.Sだけだ。

 だが、そんな楽な方法に熟れている以上、召喚器無しでのペルソナの使い方を一から熟れる必要が有る。

 もし、桐条グループから召喚器の返却を求められたら応じないわけには行かないのだ。そうなったら、タルタロスでシャドウと戦えるのはキバに変身できる奏夜だけだ。だからこそ、どうなるか分からない以上、今の内に少しでも上に上っておきたい。

「タルタロスと“デス”。今のぼく達にはそれが滅びに繋がる、手掛かりだ」

 そう言ってポケットの中から取り出すのは『ⅩⅢ』のタロットカード『死神』。既にⅠの『魔術師』からⅩⅡの『刑死者』の大型シャドウを倒した状態で、一番デスと言う名に相応しいのはこのカードだろう。

 その場に居る全員の視線が奏夜がテーブルの上に置いたタロットカードに集まる。

「…………なんつーかさ」

 沈黙が流れる中順平の呟きが零れる。

「やっぱ、お前が居ると違うよな」

「うん、やっぱりリーダーが居ないとね」

「ああ、これからも頼りにしてるぞ、リーダー」

 順平の言葉を皮切りにゆかりと明彦も続く。先日までは殆ど目的が見えなかった現状で、明確かどうかは別にしても当面の活動の目的を得る事が出来た。

「そんな、これくらいなら時間が掛かっても誰かが気付いたと思うよ」

「いや、今はその時間が惜しいんだ。幾月の言っていた滅びの事が何も分からない今となっては、な」

「そう言えば、桐条先輩は? 多分、お父さんの後を告ぐ事になったとは思うけど」

「うん、紅くんは知らなかったよね。後継者問題とかで先輩が表に立ってるから、暫くは強行軍だって」

「……先輩も大変だね。お父さんが亡くなったばかりで大変なのに」

 美鶴に重く圧し掛かっている桐条グループの後継者としての責任は彼女に父の死を悲しむ時間さえ与えられない。

 アイギスも黒いライジングイクサの装甲の上からとは言えキバ・デスフォームの必殺技によって大ダメージを受けて機能停止し、精神に関する部分も幾月によってダメージを受けていることだろう。修理できる桐条グループが混乱している状況では復帰も遅れるのも無理は無い。

「現状だとやっぱりタルタロスを登る以外道は無いね」

「ああ。紅、明日からまた探索の予定を考えておいてくれ」

「はい。取り合えず、明日はみんな体調と装備を整えておいて貰えるかな? ぼくはその間に薬とかの買い足しに行って来る。……流石にそんな余裕は無かっただろうし」

「あっ、紅くん、私も手伝います」

『う゛』

 奏夜の指摘に戦闘メンバー全員が図星を突かれた様な表情を浮べる。順平はキャッスルドランのトランプ大会の優勝で新しい剣を手に入れたが、消耗品であるゆかりの矢は補給していないし、明彦のグローブもボロボロになっている。他のメンバーの武器もストレガの二人やハングドマンとの闘いで交換を考えるレベルで消耗している。奏夜の剣は何気に順平と同様にキャッスルドランの中で見つけた新しいものに変えているので順平と同じく問題ないが(これもトランプ大会の賞品)。

 それに医薬品も前回のストレガとハングドマンとの連戦で殆ど尽きているのだ。この状況では一日程度は補給と休息に当てるべきだろう。唯一バックアップメンバーで装備の補給の要らない風花が奏夜の手伝いを買って出てくれたのは助かる。

 付け加えると、まだタルタロスの上階へと続く道が開かれたという連絡は来ていない。特に気にしては居ないが、何時も何故か新しい階層が開かれるとベルベットルーム……もっと正確に言えばエリザベスから連絡が来ているのだ。

 今回はまだその連絡は来ていない。なので今の内に準備を整えるために時間は使った方が得策だろう。

 奏夜の指示を確認して、明彦はその場を去る。

「あっ、風花さん、ちょっと良いかな?」

「あっ、うん。なに、奏夜くん」

 全員が立ち去っていく中風花を呼び止める。

「うん、皆に言うまいか迷ってた事が一つだけ有るんだ。……多分、桐条先輩も幾月の遺品から調査をしているんだとは思う。だけど……」

 有る意味では出来る限りの努力をしている美鶴の行動を全否定する事に行き着いていた。

「あいつは多分、滅びを止める方法とかは一切調べてさえ居ないんだと思う。それどころか……亡びって言うのがどんな物なのかさえもね」

 あの狂人も妄想を考えると滅びを呼ぶ事だけが目的だったのだろう。そんな人間が止める方法等調べている訳が無い。滅びを止める方法を妨害する為に調べた可能性もあるが、最後の最後まで不確定要素だったキバまで味方となって計画が上手くいっていたのだから、何もかも上手く行くと自惚れていたのだろう、余計に調べる訳が無い。

 その結果、最大の不確定要素のキバを罠の内側へと迎え入れて最後の儀式……止めようとして邪魔をするであろう奏夜達を始末し損ねてしまった。

「そんな、それじゃあ」

「無駄足で終る可能性が高い。……下手をすれば、デスが現れるまで何も手を打てないかもしれない」

 このまま調査を続けていたとしても何も成果が得られずに終る可能性が高い。

病室……

「よぅ、チドリ」

「……順平」

 久々に見る彼女の無愛想な顔。此処最近大型シャドウとの決戦以来、色々と有って会う事が出来ていなかった。

「悪ィな、ここんとこ来らんなくてさ。色々有ってちっとな」

「…………」

「ん? ……どうした?」

 先ずは此処最近こられなかった事を謝る順平だが、当のチドリの表情は冴えない。元々チドリは感情の変化に乏しい少女だが、今日の彼女は特に憂いを帯びていた。

「ああ……そっか」

 そして、その原因に順平は心当たりが有る。

「タカヤとジンって奴の事、聞いたのか……?」

 桐条グループの監視下に有り、彼女に対する取調べも行われる事も有る。それなら、その過程で二人が命を落とした可能性が高いと言う話が伝わっていても不思議ではない。

「話さなきゃとは思ってた。チドリの仲間だったヤツ等と、オレ等戦ったワケだし……」

 だが、順平の言葉にチドリは無言で首を振る。

「え……その事じゃねぇの? んじや、どうして……?」

「やっぱり……怖い。苦しい……」

 順平から視線を逸らしながら苦しげにそう呟く。

「順平……順平はあと二年経ったらどうしてる?」

「二年……? えと……さあな。進路とかはまだ決めてねーし」

 チドリの言葉にテレながら答える。普通に奏夜は進学と言う方向で決めているらしいが。高校生活はシャドウとの死闘が続いたので平和な学生生活を楽しみたいらしい。

「あ、そういや、チドリ最近あれ、無くなったよな。ペルソナがチドリの事、勝手に傷つけちゃうヤツ」

「え……? ああ……そうね……」

 あまり意識してなかったのだろう、自分でも意外そうな表情を浮べるチドリ。

「良かったぜ。つか、こんなキレイな手してんなのに」

「……ッ!? 触んないでよッ!!!」

 順平がついチドリの手を握ってしまうと、彼女にしては珍しく勘定を露にして振り払われてしまった。

「え……あ……ゴメン。そんなつもりじゃ……」

「痛くて……苦しい」

 特に下心は無かったのだが、少しチドリの顔には赤みが差していた。だが、次に彼女の口から出た言葉はそんな拒絶に近い言葉。

「順平が来ると前は楽しかった。いい気分になる事もあった」

 感情の篭った辛そうな声……

「でも、今は……違う。痛い……苦しい……こんなの……我慢できない!」

 彼女の内に浮かんだ感情……それがなんなのかは本人さえも理解していないのだろう。

「な、なんだよそれ……全然分かんねえよ!? オレ、なんか嫌われるような事した!? ワケを聞かせてくれよ!!!」

 文字通りワケが分からない。今までの時間を楽しいと言ってくれた事には正直驚いたが、それ以上に……今の彼女に浮かんでいる『苦しい』や『怖い』と言う感情に対する疑問が浮かぶ。

「順平……。もう……来ないで」

 明確なる拒絶。

(いったい……どうしたってんだよ……)

 必死に頭を巡らせても答えは出ず、順平にはその場を立ち去る以外選択肢は残されていなかった。


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