ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

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第六夜

「ともかく、感謝するよ、ホントに。これでやっと始められそうだよ。」

キバの事を話し終えた後、幾月はそう言って話を切り出す。

「おっ! 早速なんかはじまるんスか!? なんかワクワクするっス!」

無言のまま幾月へと視線を向けている奏夜を他所に順平は幾月の言葉にそう答える。

「これだけ頭数が揃えば『あの場所』に挑める。」

「あの場所って……『タルタロス』ですよね。」

何処か深刻な表情を浮かべながら明彦とゆかりがそう答える。

「タル………? …なんスか、ソレ?」

「『タルタロス』。あそこは言ってみれば、シャドウの巣。影時間の謎を解く鍵がある場所だ。…………恐らくな。」

『シャドウの巣』と言う美鶴の言葉に奏夜は表情を動かす。

「何でそんな危険な場所に? まさか…そこに…。」

「あぁ、そこは影時間の謎を解くカギがある場所だ……。『恐らく』、だがな。」

明彦の言葉に対して、奏夜は彼女を一瞥するだけという反応で返す。本来、彼にとって影時間の謎という点には興味はないとは言えないが、彼の影時間に対する興味の中では十数パーセント程度でしかないだろう。

ならば、彼にとって影時間に対する興味の大半はどこに有るのかと問われれば、半分はシャドウという存在との共存、または根絶の手段にある。

そもそも、今以上のペースで生きた死体である『影人間』をシャドウによって大量生産され続けては、いずれ全人類が影人間と化すだろう。それに対する対抗者がキバである自分や、ほとんど戦い慣れていないであろうペルソナ使い達では被害を食い止めるにも限界がある。

それを食い止めるにはかつての一部のファンガイアの様に人間と共存の為の手段を見つけ出すか、最後の手段として完全に生命の敵としてシャドウと言う怪物の存在を否定し、殲滅するしかない。

正体不明の異常の原因と推測できる影時間。その謎を解く鍵がそこにある──明彦や美鶴が『恐らく』、とだけ言ったのだから、それは確定ではないかもしれない。──のだから、確かめる必要はある。

それは飽くまで希望的な推測でしかない。他にも多数存在している末端の施設の一つなのかもしれない、何もないだけで危険の代償は徒労のみという可能性もある。だが、今の段階でシャドウに対する有力な情報が存在している可能性はそこしかないのだ。

(…やっぱり、影時間のまだ分かっていない点、それを知らない事には話は先に進まないか。それに…影時間を追っていれば…出会えるかもしれない…父さんを…先代のキバを殺した相手に。)

奏夜は美鶴達の言葉を聴きながら、そう思考を続ける。

そして、もう半分の興味は父を殺した相手にある。自分にある両親との最後の思い出。自分が見た最初で最後の金色のキバの姿と絶命の瞬間。ただ一つはっきりしていない父を殺したモノの正体。そこにあるのだ。

「…今日はもう遅い、これまでにしようか。」

美鶴のその一言を持ってその日の会話はこれで打ち切りとなる。それと同時に奏夜の意識も思考の中から戻ってくる。

「近々タルタロスへ行く事になると思うが、明彦は怪我が治っていない、同行はしてもらうが探索は無理だ。」

「分かってるさ。」

美鶴の言葉に対して明彦はそう答える。だが、実は『探索』に行くつもりだったのだろう、明彦はバツの悪そうな顔で目をそらしながら答えた。

「理事長はどうされますか?」

美鶴のその言葉に幾月は面白いほどに『ドキ!!』といでも言う様な擬音でも付きそうな様子で反応する。

「ぼくはここに残るよ。『ペルソナ』出せないしさ。」

幾月のその言葉に場の空気は重くなった。

(ペルソナが出せない…? 覚醒してないだけ? それとも、何事にも例外が有るって事なのかな?)

重くなった空気の中で奏夜はそんな事を考えてしまった。はっきり言って、自分の仲間のキバットを初めとしたモンスター達を除いて、『影時間』の中では意図的に引き込まれた人達以外はほぼ全員がペルソナとして覚醒しているのだから。

その中での例外。そして、『キバが人類の敵』と言う発言をした幾月に対して抱いてしまった不信感。その不信感を拭えずにいた。

「おい、どうしたんだよ、そのノート?」

部屋に戻った瞬間、キバットから掛けられた言葉はそれだった。何も荷物を持っていなかったはずの奏夜が大量のノートを抱えて戻ってきたのだから、当然といえば当然だろう。

「ああ、これ? ぼくが寝込んでいた間の授業のノートだって。」

「ふーん、誰かから借りたのか?」

「うん、実はね。」

遡る事数分前、四階にある作戦室から自室のある二階に戻る途中。

「けどさ、正直言うと驚いたぜ? お前等も『ペルソナ使い』だって聞かされた時はさ。」

奏夜、ゆかり、順平の三人での部屋への帰り道、順平がそう会話を切り出してきた。

「こっちも驚いたわよ。」

「確かにね。」

それはその場にいた全員の持つ、偽らざる感情だろう。何人いるかも分からないペルソナ使いが三人も同じクラスに在籍していたのだから。

転校生である自分とペルソナ使いとしては一応先輩に当たるゆかりの二人が同じクラスだったのには、偶然ではないかも知れないが、同じクラスに新しくもう一人がいたのだから、その偶然には驚くしかないだろう。

「でも…知ってる顔がいて良かったよ。一人じゃ不安だったしな。」

「順平…。」

「ま、お前等もオレっちが仲間になって、ホントんとこうれしいだろう?」

「「え?」」

「ま…まあね。」

「悪いけど、ノーコメント。」

ゆかりに続いて二人に表情を見せない様にそう答える奏夜。実際には最悪の場合、自分はキバに変身した場合、ゆかり達とも戦うことになるかもしれないのだ。そう、彼にとって仲間が増えると言うことはキバに変身しにくくなると言う事なのだ。

(…今はまだいいとしても…最悪、一人か二人にはキバの事を話す必要が出てくるかもな…。)

この特別課外活動部の中にも『自分独自の仲間を作る必要がある。』そう考える。実際、幾月の言葉で自分以外のメンバーはキバに変身している時は敵に回ってしまったのだから。そして、それはなるべく早い方がいいだろう、とも考える。何時またキバの力を必要とする時が繰るか分からないのだ。

「あ、そうだ。紅君、ちょっと待ってて。」

「え?」

嫌な予感がするも、ゆかりに言われた通り待っていると部屋に戻ったゆかりが数冊のノートを持って戻ってくる。

「はい、これ。鳥海先生から預かってきたから。」

「ま、まさか…。」

「先生、あなた用の宿題作ったんだって。あと、授業のノートのコピー。」

「うあ…なんかいきなり現実に戻されたぜ…。」

「…いや、正しくは嫌な現実を思い出されたって言った方がいいと思うよ。」

暗い表情になってそう呟いた順平に奏夜はそう言葉を返す。実際、自分達はゲームやファンタジー小説の主人公になった訳でない、シャドウと戦うと言う『危険』が自分達を取り巻く現実の一つになったに過ぎないのだ。

「これ必ず渡してやらせる様にって頼まれちゃったんだよね。今は授業の出だしの時期だからって、かなり心配してたし。それに…休んだのって私にも原因あるしさ。だから、私にも責任あるって言うか。…だから、とにかく渡します。」

一週間…そのブランクは大きいようだ。その量の多さに一瞬、現実から逃避しそうになってしまった。仲間にも手伝って貰おうとも思ったが、それははっきり言って論外。第一、自分の授業のブランクを埋める為の宿題を他人に手伝わせても意味がない。

そして、あの昏睡の原因である黒い死神のペルソナは絶対に使わない、もしくは制御してみせると心に誓うのだった。

「じゃ、がんばってね。」

「ご愁傷様…。」

「あ、順平にも。」

奏夜の方を叩いて『ご愁傷様』と言った順平には奏夜の倍近いノートが渡される。

「順平、もう少し真面目に授業受けた方がいいってさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうだったのか。がんばれよ、奏夜。」

「うん。ありがとう、キバット。」

キバット自身哀れな相棒の宿題を手伝ってやりたくても、自分はペンは持てないし、基本的に真面目な所のある相棒は納得しないだろう。励ましの言葉を言って暖かい目で見ているしか出来ないのだ。

「明日も学校なんだから、きりのいい所で終わらせろよ。」

「うん。」

そう答えて机に向かう奏夜を眺めつつ、キバットは部屋の窓から見える月を見上げた。

(渡、お前の息子は立派に育ってるぜ。だから、音也達と一緒に安心して天国から見守っててくれよな。)

「さて、早速だが、ちょっと聞いて欲しい。」

昼間の学校で美鶴に呼ばれたとおり作戦室には奏夜を初めとするペルソナ使い達と幾月、『S.E.E.S』に所属するメンバー全員が集まっていた。そして、集まったメンバーの顔を見回して欠席者がいない事を確認すると、幾月が説明を始める。

「我々の擁するペルソナ使いは、長い間、桐条君と真田君の二人だけだった。けど、最近とんとん拍子に仲間が増えて、いまや5人にまで増えてる。……そこでだ。」

幾月はそこで一度言葉を切り、その決意を言葉にする為に表情を引き締める。

「今夜0時から、いよいよ、『タルタロス』の探索を始め様と思う。」

その日、改めて聞かされた言葉、『シャドウ達の巣』、『影時間の謎を解く鍵のある場所』、等々と言われている場所の名を告げられ、奏夜は表情を変えず、幾月へと視線を向ける。今回はポケットの中にはキバットもいる。

ここに来るまでの時間でキバットにはつい先日の幾月の語った言葉を含めて自分が聞いた全てを伝えている。

そして、それにより、幾月に対する不信感を益々強める結果となったのだ。だが、今優先すべき事はタルタロス──影時間の謎を解くカギが眠っていると推測される場所-を探索すること。

そこはどんな場所なのか分からず、自分達しか気づけない何かがあり、一週間前に戦ったファンガイアの姿をしたシャドウの同種も現れるかもしれないのだ。キバに変身できないのは危険と判断し、キバットにも同行を頼んでいる。

ただ、唯一にして最大の問題が一つ。

「あの、昨日も聞いたんスけど、タル……なんとかって、ソレなんスか?」

「タルタロス。でも、それが何処にあるのかも聞かされてないんですけど。」

そう、唯一にして最大の問題点、それはこれから向かう場所が何処に存在しているのか? と言うことにある。まあ、まだ聞かされていないのだからそれも仕方ないと言えば仕方ないことだが。

「……てか二人とも、あれマジに見た事ないの?」

「はて……? 紅、お前なんか見た?」

「全然。」

「あぁ、見て無くても不思議はないさ。何せタルタロスは、影時間の中だけに現れるからね。」

「え?」

『影時間の中だけに現れる。』と言う事は『シャドウと同じ』と言う事だ。それなら、まさかシャドウと同じく影時間の中にのみ現れる建物の存在を知らなかった自分が見ていなくても不思議ではない。

「シャドウと同じって事さ、面白いだろ?」

まさにその心中の問いに答えるように、明彦が続く。

「それに、オレ達のスキルアップにもうってつけの場所だ。なんと言っても、あそこは『シャドウの巣』だからな。」

「…………。」

明彦の言葉を聞き流しつつ、自分の中で情報を整理し始める。

影時間の謎を解く鍵が有ると考えられるタルタロス。そして、その場所は影時間にのみ現れて、その上にシャドウの巣だという。明らかに怪しい。影時間とシャドウ、自分を取り巻く異常が連なって存在している場所なのだ。

「100%何かありますね。影時間の謎は全部そこに。寧ろこう言うべきでしょう…『無いと考える方が不思議だ』って。」

「確かにな。」

奏夜の言葉に明彦が笑ってみせると、明彦の様子を見て隣のゆかりが眉を潜める。

「て言うか、先輩。その身体で行くんですか?」

彼女の言葉通り、明彦の体はまだ完治がなされていない。先日の大型シャドウの何時件で更に重症を負っている。彼がどれほどの実力者であっても、シャドウの巣へと赴くには無理と言うものだろう。

「まぁ、深入りさえしなければ、真田君抜きでも大丈夫だ。シャドウを相手にしていく以上、タルタロスの探索は避けて通れないからね。」

幾月が彼らを励ますように言葉を続ける。

「うっし! 先輩の分は、オレがばっちりカバーしますってッ!」

「……なんか、不安だな」

「…同感。」

一人意気込んでいる順平に呆れた様子で奏夜とゆかりは溜息をついた。

「あのキバとか言うのが出てきてもオレがバシッと遣っ付けてやりますから。」

「っ!?」

順平の言葉に思わず動揺してしまう。やはり、キバの悪口を言われているのは聞いていて気分が悪い。自分だけではなく、父まで悪くいわれている気がするのだから。

明彦と美鶴に先導され、暫くの間夜の街を歩き続けていくと影時間…0時前に目的地へとたどり着く。

「えっと……? ここ……?」

順平が間の抜けた顔で呟いた。それも無理はないだろう、そこははっきり言って自分たちに馴染みのありすぎる場所、奏夜達が通っている月光館学園の正門前だった。

(もしかして…。)

携帯電話を開き、そこに表示される時刻に目を向けると『23:59:30』あと三十秒で、0時…影時間へと至る。思わずこれから起こるであろう事を直感的に感じ取ってしまう。

『自分はタルタロスへ向かっていた』、『タルタロスは影時間にのみ現れる』そして、最後に『学園の前』。自分の前に提示された情報から導き出される一つの答え…それは。

『目的地に行かなくていいのか?』等と疑問をぶつけてくる順平に対して、『見てれば分かる』何処か楽しそうに答える明彦や、緊張した表情を浮かべているゆかりと美鶴を見て自分の予想を核心へと至らせる。

「……まさか……ここが。」

彼がそう呟いた瞬間、影時間が、その訪れを告げる。街灯が消え、辺りを何とも言えない不気味な感覚が包み込む。………そして、

『眼の前に確かにあった学園が、その姿を変えていった。』

 

それははっきり言って異様な光景だった。何かの玩具がアトラクションの様に形を変え、何かの生物の様に空へと、月へと伸びていく。そして、その途中で植物の様に枝分かれする様に伸びていき、新しい物質を構成、またはお互いに取り込みあい、新たに形を構成していく。

既に原型を失った学園…それこそが…

 

「これが……影時間の中だけに現れる迷宮……『タルタロス』だ。」

美鶴が静かに、その物の名を告げる。

かつて学園だった『それ』は既に見る影もない。ただ常識を嘲笑う様にその姿を変え、そこに存在していた。

「な、なんなんだよ、これッ!? 俺らの学校! どこいっちまったんだよッ!?」

その光景に混乱しているのだろう、順平が喚き散らすように声を荒げていた。対して美鶴は、落ち着いて彼に向き直る。

「落ち着け伊織、影時間が明ければまた元の地形に戻る…。」

 

「てか、オカシイっしょッ!?なんだってウチの学校んトコだけ、こんな!!!」

「…順平、だから落ち着いて。」

「落ち着けるかっつのッ!」

「…その謎を解くためにも、ぼく達がこれから上るんでしょう。この『タルタロス』を。」

時間の無駄だとばかりに何処か冷たく長で話す奏夜の言葉に美鶴は『ああ』と一言だけ答える。

「きっと色々有るんでしょ、事情が…。いいじゃん、別に。」

奏夜の言葉を聴いても、なおも食い下がろうとする順平にゆかりが言い切る。だが、奏夜の中には新しい不信感が渦を巻いていた。何故この場所が…こんな風な異常の集合体になっているのか? そう考えれば考える程、一つの答えに行き着いていく。

(…どうして、あの時の記憶が…。)

自分の記憶の中に間違いがなければ、あの日、先代のキバが向かった方向は…。

「ここには絶対、何かがある。影時間の謎を解く為の鍵になるものがな。その為の探索だ。ワクワクするだろう!?」

「明彦。意気込むのは勝手だが、探索はさせないぞ。」

「う!? うるさいなっ! 何度も言うな!」

残念そうに叫びながら明彦はタルタロスの中へと入っていく。それに続いて美鶴、ゆかり、まだ目の前の威容に圧倒されている順平と続いていく。

「今はそれを考える時じゃないか…。行くよ、キバット。」

「おう、奏夜。キバっていくぜ!」

ポケットの中から顔を出したキバットへとそう告げて最後に奏夜達がタルタロスの中へと入っていく。

そう、今すべきことはタルタロス探索のみ。だが、

10年前の奏夜の記憶が正しければ…あの日…先代のキバが向った先には…今のタルタロス…月光館学園がある方角だった。




最初のタルタロス侵入までを一章と位置付けて、一章はこれで完結です。次回は物語が本格的に動き出す第2章、女教皇です。

本作オリジナルキャラも登場するので第2章の最後にキャラクター紹介を書く予定です。

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