ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

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第五夜

あれから…この街に帰ってきて初めて『キバ』へと変身した夜、『ペルソナ』と言う力を使った時から既に一週間の時が過ぎていった。

 

「……ん……?」

 

意識を現実へと戻った時、奏夜は目を開ける。時間の経過を知らない奏夜としてはまだ数時間程度としか捉えていないのだろう。

 

そして、彼の視界の中に日の光と共に飛び込んできたのは…心配そうな顔で自分を覗き込んでいる彼女、『岳羽 ゆかり』の心配そうな表情だった。

 

 

「……気付いた!?」

 

「…おはよう…。」

 

全身に妙な違和感を覚えながら、搾り出す様な声で奏夜は彼女の言葉にそう答える。

 

「…あ、気が付いた!? 大丈夫!? 気分はどう!? おかしいとこない!?」

 

「…大丈夫…だと思う。それより、ここ何処?」

 

最初に聞く事は自分の現状だろう。そもそも、こうして無事に居る所か、あの怪物(シャドウ)にはこの手でしっかりとトドメを刺したのだ。あの怪物がどうなったのかは聞くまでもない事だろう。

 

彼女からの奏夜の質問への答えは全部で二つ、『ここが桐条系列の病院である事』と『一週間過労で眼が覚めなかった事』。

 

「…一週間か…?」

 

(イゴールさん…一週間の何処が多少の時間なの? そんな事より、この疲労が初めて使う力の反動か。…まだ慣れてないだけって思いたいけど…。力使う度に一週間寝込んでたら、体が幾つ有っても足りないしさ。)

 

「…ぼくって、そんなに寝てたの?」

『時間経過し過ぎ』と言うイゴールに対する疑問を浮かべながらそんな疑問を漏らす。兄兼相棒(キバット)に心配を掛けたなと考える。

 

「…でも、ホント良かった。本気で心配したんだから。」

 

(あれ?)

 

「…なんで君がここに?」

 

安心した様に息を吐きながら、椅子に座るゆかりに自分の中の疑問を問いかける。

 

「え? だって……助けてもらったってのもあるしさ……放っとけないよ。」

 

ゆかりはそう言って僅かに顔を伏せる。だが、それ以外にもゆうりは奏夜に言いたい事があった。だが、今はそれよりも先に伝えなければならない事が有るのだ。

 

(『放っとけない』か…。…改めて思うけど、やっぱり苦手だよな…こういうのって。)

 

奏夜も奏夜でそんな事を考えながら、天井を眺めていた。本来、自分が関わっていた他者というのはキバットや仲間のモンスター達以外には自分を育ててくれた叔父夫婦だけなのだ。なんと話したら良いのか? と疑問に思ってしまうのも無理も無いだろう。

 

二人の居る病室の中を支配するのは妙に重い沈黙…その沈黙を最初に破ったのはゆかりだった。

 

「あのさ…。」

 

「なに?」

 

イゴールの言葉の中にあった今後の課題を考えつつ、何時もの自分を出しながら、ゆかりの言葉に答える。

 

本来なら、この地が自分にとっての始まりの場所なのだから、月光舘学園への転校への誘いはここに戻るためには好都合だった。…自分にとっては月光舘学園への転校はその為の理由でしかなかったのだ。

 

だが、自体は自分が思っていた方向から大きく離れ始める現状。自分だけで戦うつもりだったあの時間の中に現れる怪物達を『シャドウ』と呼称し、戦う力を持った者達。そして、自分の中に目覚めた恐らくは彼女達の持っている物と同様と思われる『(ペルソナ)』』。

 

そして、極めつけは今まで戦った奴等よりも上級な大型のシャドウ。そして、滅んだはずのモンスター一族『ファンガイア』の姿となったシャドウ。

 

そう、様々な疑問が奏夜の中には存在していたのだ。

 

「ゴメンね。あの時は何も出来なくて……。先輩達には、『お前が守れ』って言われてたんだけど。」

 

そう、そう言われたのにも関わらず結局の所、大型シャドウとその後に現れた二体の小型シャドウは始めて戦った(と思われている)奏夜によって倒され、より強力な姿となって復活したシャドウにも何も出来ず、突然現れた赤い仮面の戦士が倒したのだ。

 

「気にしなくてもいいよ。」

 

軽い口調で言葉を返す。そもそも、彼女は知らなかったとは言え、奏夜には戦う力(キバの力)が有る。護られる非力な側の人間ではないのだ。

 

「でも驚いた。ホント凄いね……紅君のあの力。それに私達を助けてくれたあの赤い人。」

 

「ッ!?」

 

彼女から告げられた二つの言葉に思いっきり動揺してしまう。『自分の力』と言われたのは『ペルソナ』の力…その中でも、オルフェウスの中から現れた『死神』の力の事だろう。

 

それに、彼女の言う『赤い人』は間違いなく自分の変身した『キバ』の事だろう。

 

そもに、自分が四階から吹き飛ばされて無傷な理由をどう説明するべきかと今更ながら思ったが…向こうがそう思ってくれているのなら、全面的にキバが助けてくれた事にしようと決めた。

 

そもそも、屋上にも監視カメラも合っただろうし、キバの存在は彼女(ゆかり)も説明してくれる。ならば、

 

「そうか…また助けられたのか…『キバ』に。」

 

そう言葉を告げておく。第一、これは満更嘘ではない、自分は先代のキバ(自分の父)に幼い日にも助けられているのだ。

 

「キバって、紅君、あの赤い人の事、知ってるの?」

 

「…まあね。前にも一度…助けてもらったから…。」

 

何時でも思い出せる『何か』と対峙する『金色のキバ』の後ろ姿。そう、それが自分が見た『先代のキバ()』の最後の姿だったのだから。

 

妙な感慨に浸ってしまう前に話を進めようと考えて、奏夜はゆかりへと質問をぶつける。

 

「キバの事はともかく…あのシャドウとか呼ばれていた怪物は一体何? 多分、ぼくを突き落とした奴はキバが倒してくれたんだろうけど。」

 

「うん。シャドウは私達が戦ってる敵。それに…紅君が使った力は『ペルソナ』って呼ばれてる。」

 

彼女の言葉は自分も良く知っている。自分の力の名も、あれが戦っている敵だという事も…。

 

(彼女も詳しくは知らないのか? いや、単に、こんな所で話す内容じゃないだけかもしれない。)

 

「でも、詳しい事はここじゃ無理だから、後で理事長や桐条先輩が説明してくれるから。」

 

「うん、ちゃんと説明してもらえるなら、文句は無いよ。」

 

微笑を浮かべながら、彼女の言葉にそう返す。

 

彼女以上に情報を知っている…彼女よりも上の立場の人間からの説明なら、シャドウの事も知ることができるだろう。そもそも、シャドウに付いて自分が知っているのは『あの妙な時間の何だけ存在する』と言う事と、『人の意思を食らい、影人間へと変える』と言う事だけなのだ。

 

(…何でそんな風にしか笑えないんだろう…?)

 

奏夜の浮かべる笑顔は常に何処か影がある。まるで、本当の自分を隠すために『笑顔』と言う『仮面』を付けているだけという様な印象を拭えない。その笑顔は他者との間に作られた他人との間に作られた『壁』の様に見える。

 

それは彼の心に有る自分と同じ、『傷』に関係しているのだろうと考えていた。

 

「……えっと…さ。行き成りでなんだけど…。」

 

「え?」

 

「私もね…。貴方と一緒なんだ。」

 

「……ぼくと…一緒?」

 

「実は私…あなたの身の上、色々聞いちゃっててさ…。…えと…。昔さ…この辺で大きな爆発事故があったの………知ってる。」

 

(っ!?)「うん。」

 

心の中に浮かんだ動揺を押し殺しながら、彼女の言葉に返事を返す。

 

「…私のお父さん小さい頃その事故で死んじゃってさ…。それから、母さんとも距離が開いてて。その…詳しいこと、分かって無いんだ…。」

 

覚えている…自分の父が死んだのも同じ時だったのだ。ゆかりはその表情に影を落としながら、次の言葉を続けていく。

 

「父さんが勤めてたの桐条グループの研究所だったの。だからここに居れば、父さんの事、何か分かるかもって思って……。」

 

同じだ…。彼女も自分と同じ目的でここに居る。…彼女も自分と同じ様に父の死の真相を知る事が目的なのだ。

 

だが、自分は知っている。父の死の真相は『何処からか戻る途中、母を殺した何者かと戦い、自分を庇って死んだ』のだ。あの最強の『金色のキバ』が敗れたのは自分のせいだった。

 

「学園に入ったのも、この前みたいなことやってるのも、そういう訳。」

 

『同じだ。』…奏夜はそう考えてしまっていた。彼女も自分と同じなのだ。自分と同じ様に父の死を調べる為に戦いに身を置いてこの地にいる。

 

唯一つ違うのは奏夜がこの地に身を置く前から、既に戦い始めたと言うこと。その程度の違いしかないのだ。

 

(…同じ日に起こった『研究所の爆発事故』と『キバットと共に何処かに出かけた父』か…。)

 

そして、妙に符合する『ゆかりの父の死』と『自分の父の死』に疑問を感じずには居られなかった。『自分の父も『研究所』に向かったのではないか?』とも考えてしまう。だが、肝心のキバットも、ガルル達もその日の事に関しては何故か『覚えていない』のだ。

 

(どうなってるんだ!? 父さん…貴方を殺したのは…? あの日、貴方は何処に行ったんだ!?)

 

「…もっとも、怖くて、あの有様だったけどね…。私も初めてだったんだ。敵と戦うの…。ゴメンね。私が頼りないせいでこんな…。」

 

言葉が続くたびに彼女の表情に落ちる暗い影と、段々と力が無くなっていくゆかりの言葉。

 

「…君のせいじゃないよ。」

 

「え?」

 

「誰だって戦うのは怖いし、傷つくのはイヤだよ…。だから、あれは君のせいじゃない。」

 

彼女に落ちる影を拭い去る様に笑顔を浮かべながら告げられる言葉…それを聞く度にゆかりは心が軽くなって行くのを感じた。

 

(…そんな風にも笑えるんだ…。)

 

彼の浮かべていた笑顔は今までとは違う自然な笑顔。それは壁を作るための笑顔ではない優しい笑顔。

 

「…うん。でも、ごめん。待ってる間、色々考えちゃってさ。今まで色々隠してたし、まずは自分の事話さなきゃって…。」

 

今までの暗い表情ではなく、憑き物が落ちたような明るい表情でそう告げて立ち上がる。

 

「でも、聞いてくれてありがと。誰かに話したかったんだ、ずっと。」

 

「うん。ぼくの方こそ、ありがとう。」

 

「って、何で紅君の方がお礼なんて言うのよ?」

 

「…だって、今まで看病してくれたのって岳羽さんでしょ?」

 

自然と出た心からの笑顔。久しぶりに浮かべた笑顔、今までこんな笑顔を浮かべていたのは叔父夫婦と『仲間達』だけだろう。

 

「っ!? あ、じゃあ、そろそろ行くね。目を覚ましたって知らせなきゃいけないし。じゃね。」

 

奏夜は病室から出て行くのを見送るとのびをして、そのまま再びベッドへと横になる。

 

「…ふう…。同じなんだね…彼女も…。」

 

自分の中に確かに感じる『もう一つの力(ペルソナ)』…確かに自分の中に有る『第二の仮面(ペルソナ)』。

 

「…父さん…ぼくも父さんの様に…なれるかな?」

 

自覚こそ無いが一週間も眠っていたので眠気はすっかり消滅している為に眠れないし、眠る気もないが。退屈この上無い奏夜くんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日…4月18日

 

さて、目を覚ました当日、奏夜はまったく異常が無かったのでその日の内に退院する事となったのだ。だが、その夜にシャドウに関する説明は受けられなかった。奏夜自身予想していた事だが、向こうには即日退院と言うのははっきり言って予想外だったようだ。

 

そんな訳で昨日は理事長である幾月は寮には来られなかったのだ。当然ながら一週間も眠り続けた人間が何事も無かったかの様にその日の内に退院するとは予想は出来なくても、責める事の出来る人間は誰も居ないだろう。

 

当の奏夜自身、自分の体に何の異常も無い事に本気で驚いていたのだから。

 

説明をする役目の幾月が居ない以上、説明は受けられず、その日は素直に部屋に戻るだけで終わったのだ。『心配したんだぜ』と部屋に戻った瞬間、キバットが飛びついて来た事には申し訳なさを覚えてしまったが。

 

そして…自分が寝込んでいる間に届いたという荷物…部屋に届けられた『二つのヴァイオリン』を用意しておいた棚に収める。

 

もう一つ、これはどうでもいい事かもしれないが…眠っていない割に体は十分すぎるほど休んだと訴えてくれて、丸一日一睡も出来ない日々を送ってしまったが…。

 

そんな訳で転校早々一週間も休む事になってしまった自分の身の上の不幸をある種、呪わずには居られない奏夜だった。…………基本的に根は真面目なのだ。

 

まあ、担任には『しょうがない、任せといて』と(その後に『私の評価に関わることだし』と言われた事にはスルーしたが)言われたり、クラスメイトには『転校早々一週間も休むなんてやるねー、君も』等と言われてしまうし。

 

(…ノート如何し様かな…。)

 

奏夜は奏夜で、今考えるべき事は一週間も遅れてしまった授業内容に追いつく事と、そんな事を考えていた。

 

ふと、クラスメイトの『伊織順平』からノートを借りようと視線を向けかけたが、直に戻す(その間僅か『0.01秒』)。失礼ながら、奏夜が彼は真面目にノートを取っているタイプとも思えないと判断した結果で有る。

 

(…授業の進み具合を見てから考えるか…。)

 

そんな事を考え、自分の中の思考に決着をつける。だが、授業を聞いている奏夜の思考は別の場所にあった。それは『ファンガイアの姿に変わったシャドウと呼ばれている化物の事』。

 

(…キバットが言うには…あの化物は父さんが倒したファンガイアに近い戦闘能力を有していたらしい。それに…あの仮面に書かれていた『Ⅰ』の文字。これから先、もっと強い力を持った敵も出てくるな。)

 

もっと強くなる必要が有る。自分の記憶の中の父の背中に追いつける様に、この場所に戻った意味を得る為に、そう心に誓う奏夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後。奏夜が寮に戻ると一階のロビーには、既に幾月、美鶴、ゆかりの姿があった。

 

「真田先輩、まだですか?」

 

(真田先輩?)

 

ゆかりの言葉に疑問を浮かべるが、恐らくこの寮に居る寮生の中でまだ会った事の無い、自分を除く三人目の住人の事だろうと想像する。

 

「ああ。」

 

「明彦ならもう一人を迎えに行っている。」

 

「もう一人?」

 

(もう一人…ぼくと同じ様に新人なのかな?)

 

「紅とは別の『適性者』だ。」

 

美鶴の言葉に対してそんな考えを浮かべていると、彼女の言葉に疑問を持った二人に対して、直に説明の言葉を続ける。

 

「ホントですか!?」

 

驚きの感情の込められたゆかりの言葉が響いた瞬間、寮の扉が開いて、丁度噂の人物で有る『真田 明彦』が戻って来る。

 

「遅くなってすまない。こいつの荷物が多くて手間取ってな。紹介しよう。」

 

そう言われ、大荷物を抱えながらもう一人、自分達と同じ月光館学園の制服を着た少年が寮へと入ってくる。

 

「……順平?」

 

「なんであんたがここに…!? え!? うそ!? 何かの間違いでしょ!?」

 

明彦に続いて、寮へと入ってきた新しい『適性者』は、奏夜とゆかりと同じ2年F組のクラスメイト、『伊織 順平』だったのだ。

 

「真田先輩…でしたか? 紹介と言う事は、まさか…順平が?」

 

「あぁ、2年F組の伊織順平だ。今日からここに住む。」

 

「テヘヘ…。今日からここに住む『伊織 順平』です。どうもっス。」

 

この寮への入寮者という事は考えられる理由は一つ…『自分達と同じ存在』と言う事に他ならない。

 

「この前の晩、偶然見かけたんだ。目覚めて間もないようだが、彼にも間違いなく適性がある。」

 

明彦の言葉が奏夜に確信を与える。信じられない事ではない、自分やゆかり、明彦と言った人間が既にペルソナ能力を持っているのだ。他にペルソナに目覚める…目覚める可能性の有る人間が居ても何ら不思議は無いだろう。

 

その点を考えるとゆかりの驚き方には疑問が残る。だが、単純に能力(ペルソナ)に目覚める者が数少ないだけと考えればその態度に対する答えは自然と出で来る。

 

明彦の言った『適正』と言う言葉。それは要するに、順平も自分達と同様にペルソナ能力を有しているという事になる。それがここに住むという事態に繋がっているのだろう。

 

「俺、夜中に棺桶だらけのコンビニでマジベソかいてたらしくってさ。いやそれが、正直あんま覚えてないんだけど、見られてたみたいで……ハッズカシーッ!」

 

順平はそんな事を叫んで、照れた様子を見せるように両手で顔を覆ってみせる。そんな様子をただ生暖かい眼で見つめていると、矢継ぎ早に言葉を続ける。

 

「でもまー、なんつーか、最初のうちは仕方ないんだってさ。記憶の混乱とかアリガチらしいんだよね。キミたち、そういうの知ってた?」

 

「そうだっけ?」

 

そう問われたが、奏夜には思い当たる節はなかった。自然とあの時間の中を当たり前の様に過ごし、高校に入学した頃にはキバット達と受け継いだキバの力をシャドウ相手に磨いていたのだ。

 

「まーた強がっちゃって。ま、これペルソナ使いの常識だから。」

 

奏夜の言葉に一瞬だけ驚いた様子を見せるが、何時もと変わらぬおどけた様子でそう告げてくれた。

 

(…『ペルソナ使いの常識』か。ぼくは常識の範疇の外に有る…? いや、そもそも…僕の中には父さんと同じ血が流れてるんだ…。『人間とは違う』所が有っても不思議は無いか。)

 

人間の中の異質が『ペルソナ使い』だとしても、自分はその中でも更に異質に位置しているのだろう。そうだとしても自分は不思議ではないと考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、新しい住人の紹介も済み、奏夜達が案内されたのは寮の四階部分…大型のモニターとロビーと同じ様にテーブルを囲むようにソファーが置かれ、この寮の寮長で有る理事長の室へと繋がる部屋『作戦室』だった。

 

「……さて、いきなりでアレなんだけど、実は『一日は24時間じゃない!』…なんて言ったら、君たちは信じるかい?」

 

行き成り真剣な表情でそんな冗談にしてもつまらなさ過ぎる事を言われてなんとも言えない表情を浮かべている順平と、無言のまま言葉を聞いている奏夜。

 

「フフ…まあ、無理も無い…。しかし、もう君達はそれを実際に体験しているんだ。」

 

幾月の言葉を補足する様に美鶴が言葉を繋げて行く。

 

「消える街明かり、止まってしまう機械、街に立ち並ぶ棺の様なオブジェ…。」

 

美鶴の言葉に直感的に気が付く、自分の知っている『魔性の増すあの時間』の事だろう。

 

「そーなんスよ!!! ちょっとコンビニ行ってたら、いきなり明かりが消えて、まわりのみんなは棺桶になっちまうし。変な影みたいな奴はウロウロしてるし、マジベソかいてたらしくて! つーか正直あんま覚えてないんだけど、真田さんに見られてたみたいで………ハッズカシー!!!」

 

「順平、あんた少し黙ってて。」

 

「…順平、悪いけど少し黙ってて。」

 

妙にハイテンションに叫び、話の腰を折る順平とそれに対して呆れた様に呟くゆかりと奏夜。

 

「薄々は感じたんじゃないか? 自分が『普通とは違う時間』を潜った事……。」

 

気を取り直してと言う様子で繋がれる美鶴の言葉。そこから先の言葉こそが、奏夜の知りたかった事実の一つをようやく手にする事ができるのだ。

 

「ええ。あの時間は明らかに異常でした。あれは何なんですか?」

 

これ以上、順平に話の腰を折られてしまう前にと奏夜は先に言葉を繋ぐ。

 

「あれは『影時間』………一日と一日の狭間にある『隠された時間』だ。」

 

「隠されたと言うより、『知りようの無いもの』ってとこかな。でも影時間は毎晩『深夜0時』になると必ずやってくる。……今夜も。そして、この先もね。」

 

美鶴の言葉を補足するように続けられる幾月の言葉も含め、表情を変えずに一言一句残らず記憶する。やっと知りえたあの時間の正体の断片。今はまだ得られたのは既に知っている事実と『真実の断片』程度だが。

 

「……なるほど、一日は25時間ってと言う事ですか? そして、その一日の最後の一時間は普通の人間には理解できない、感じる事が出来ないと言う事ですか?」

 

「その通りだよ。察しがいいね。…だけど驚いたな。どうしてそう思ったんだい?」

 

「いえ、与えられた情報とここ数日の自分の経験。そこから推測しただけです。」

 

幾月の感嘆の言葉にそうとだけ言ってお茶を濁しておく。第一、自分の推測はキバット達と一緒に情報を纏めあった結果、手に入れた推論なのだ。

 

「そうだ。普通の奴は感じられないってだけだ。みんな、棺桶に入ってお休みだからな。」

 

明彦がそう言葉を告げて立ち上がりそう告げると、両手をぶつけ合って楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「けど、影時間の一番面白い所は見た目なんかじゃない。」

 

明彦は更にその表情に楽しそうな物を浮かべる。いや、正直なところ、楽しいのだろう。影時間の中の最大の『異質』が。

 

「お前等も見たろ、『怪物』を!!! オレ達は『シャドウ』と呼んでいる! シャドウは影時間だけに現れて、そこに生身でいる者を襲う。だから、オレ達でシャドウを倒す! どうだ…面白いと思わないか?」

 

「明彦!」

 

怒りの感情が篭った叫び声を上げて美鶴が立ち上がる。

 

「どうして、お前は何時も!!! 痛い目を見たばかりだろう!!!」

 

「まあいいじゃないか、ちゃんと戦ってくれる訳だし。」

 

怒り心頭といった感じで声を荒げている美鶴を取り成し、明彦を弁護する幾月。

 

「痛い目って大丈夫なんスか?」

 

「なあに、紅に比べればたいした事じゃない。」

 

明彦の返答に疑問を覚える順平だが、比較対照として上げられた奏夜は苦笑を浮かべて納得する。だが、それでも明彦の負傷の様子は奏夜を除けば作戦室に居るメンバーの中の最も重症だろう。

 

「結論を言おう。」

 

重々しく告げられた幾月の言葉に美鶴と明彦の間に緊張が走る。

 

「我々は『特別課外活動部』!! 表向きは部活ってことになってるけど、実際は『シャドウ』を倒すための選ばれた集団なんだ。」

 

 

 

Special

Extracurricular

Exeecute

Sector

『S.E.E.S』

 

それが彼等の所属する対シャドウチームの名前となる。

 

 

 

「シャドウは精神を喰らう。襲われればたちまち、『生きた屍』だ。」

 

「精神を…『喰らう』、『生きた屍』?」

 

美鶴の言葉にそんな疑問の言葉を呟きながらも、奏夜がこの街に帰る前までのシャドウとの戦いを思い起こしてみる。残念ながら、間に合わずにシャドウに襲われて手遅れになった人も何人か居た。その『被害者』達の様子を思い起こしてみると、確かに『生きた屍』と言う表現は最も適切だろう。

 

「このところ騒がれている『無気力症』とか言う事件も、殆どが奴等の仕業だろう。」

 

「………。」(確かに、精神を喰らうか…本当に食べているのか『破壊』しているのか分からないけど、性質の悪さは最悪だね。)

 

完全に命を奪われる訳ではないが、精神を失えば肉体は何れ朽ちていく。それはまだ『生きた屍』で有っても、遅かれ早かれ、結局は本当の『屍』に変わることだろう。

 

「影時間にはいわゆる普通のものは機能しなくなる。電気を初め、動物、人間。……そして、『時間』と言う概念すらもな…。」

 

その言葉には妙に納得できた。『自分』も『キバット達』も普通の人間にとっての『普通のもの』と言うカテゴリーの外に有るのだ。

 

「しかしだ。極稀にだけど影時間に自然に適応できる人間が居てね。そういう人間はシャドウと戦える『力』を覚醒できる可能性がある。それが、『ペルソナ』。あのとき君が使って見せた力さ。」

 

自分の中から現れた『もう一つの力(ペルソナ)』…『オルフェウス』や『黒い死神』の事を思い浮かべる。『キバ』の力と『ペルソナ』の力…シャドウと言う異質なる存在と戦う為の力を自分だけが『二つ』も持っているのだ。『何故キバである自分にそんな力まで覚醒するのか?』と言う疑問は常に浮かんでしまう。

 

「シャドウはあれを使わない限り、人間では『ペルソナ使い』にしか倒せない。つまり、今、奴等と戦えるのは君達だけなんだ。」

 

「…それは、ぼく達も仲間になれ。…そう言う事ですか?」

 

「要するに……。そう言う事だ!」

 

奏夜の言葉を肯定し、テーブルの上に置いたアタッシュケースを開き、奏夜と順平に二丁の『銃』と赤い『S.E.E.S』と書かれたリストバンドを見せる。

 

「君達専用の『召喚器』も用意して有る。力を貸して欲しい…。」

 

「オ…オレはやるっスよ!!! なんか、正義のヒーローみたいでカッコイイじゃないスか!!」

 

「…………。」

 

乗り気で即答する順平とは対照的に奏夜は直に答えるのを躊躇して考え込む。

 

「そんなに深刻に考える事無いだろ、ちょっと付き合えよ。」

 

「私からもぜひお願いしたい。」

 

軽い調子で参加を促す明彦と頭を下げて参加を願う美鶴。

 

「……。」

 

少なくとも、現時点で向こうが出してくれる情報はここまでが限界だろう。そして、情報を知っている人間は全員が何らかの隠し事をしている。ならば、相手の思惑に乗って、自力で真実の欠片を手に入れるだけだ。

 

「ちょ…! 先輩にそんな頼み方されたら、彼だって困るんじゃ! そりゃ、仲間になってくれるなら…その……心強いですけど。」

 

唯一参加を促さなかったゆかりも、本人の意思とは関係の無い範囲で、参加する事を願うように横目で視線を向ける。

 

「分かりました。協力しましょう。」

 

「っ!?」

 

「そうか! 助かるよ。」

 

「分からない事があったら何でも聞いてくれ。」

 

奏夜の返事にそれぞれの反応を見せる。

 

「いや、感謝するよ、本当に。これで……。」

 

「理事長、私からも一つ質問があります。」

 

幾月の言葉を遮り、美鶴の言葉が響く。

 

「……なんだい?」

 

幾月の言葉に美鶴は表情を引き締め、大型モニターを起動させ、一つの映像を浮かび上がらせる。

 

「ッ!?」

 

モニターに移っている本人(本人以外子の場に居る誰も知らないことだが)の反応。

 

「これって…。」

 

「これは…。」

 

先日見た事が有る人達の反応。

 

「何スか、これ? すんげー、特撮ヒーローみたいでカッコイイ!」

 

初見の人の反応。

 

「奴は何者ですか? 理事長は奴を知っているようですが…? この『キバ』とは何者ですか?」

 

「キバって言うんスか? この特撮ヒーロー。この人もオレ達の味方なんスか?」

 

奏夜を除く全員の視線が幾月へと集まる。……そんな中全員の視線を受けながら、幾月は重々しく口を開く。

 

「…あれは…キバはシャドウとは違う………人類の敵だよ。」

 

「ッ!?」

そう、奏夜(キバ本人)は誰にも気付かれること無く幾月の言葉にそんな反応を示していた。


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