ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

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第五十五夜

「うわー、すごいね」

用意された見事な料理の数々を見ながらゆかりがそんな声を上げる。

「これ全部手料理なんでしょ。でも荒垣先輩が料理できるなんてちょっと意外かも」

「でしょ、無理言ってお願いしちゃった。連休も最後だし、奏夜君も元気になったから、皆でわいわい出来たらなって」

カウンターの向こうに有る台所で荒垣は照れているのかそっぽを向いていた。

料理が運ばれるとS.E.E.Sの面々がテーブルを囲んで料理に手をつけると、

「荒垣が料理が出来るとは耳にした事はあったが、大したものじゃないか」

「一人で生きてりゃ、上手くもなるさ」

「ふふ。同じ様に生きててもそうでない奴が其処に居るがな」

「だ…黙れ!!!」

料理を口にした美鶴が褒めると何でもない事のように言う荒垣と話を振られて怒鳴る明彦。

「風花も手伝ったんだよね。どれ作ったの?」

「ポ…ポテトサラダ。材料切って茹でてつぶして」

「ん、おしいじゃん!」

「味付けは荒垣先輩」

風花とゆかりの間で交わされる会話。………幸いにも風花には味付けだけはさせなかった様子だ。…正にそれは英断だった。

「おかわり」

「お前…もう三杯目だぞ。いつもは少食だってのに」

「あはは…何て言うか、さすがに長い間寝込んでたらお腹減っちゃってね」

「まぁ、腹も減るか」

奏夜と順平の間の会話。さすがに眠っている間飲まず食わずだった奏夜は何時も以上に食べている。

なお、基本食事が出来ないアイギスは箸と睨めっこをして、コロマルも美味しそうに食べていた。

「…………」

そんな中食べられるはずの料理と無言のまま一人睨めっこをしている乾。

「………どうだ?」

荒垣の問いかけに乾はどこか面白く無さそうな様子で、料理を一口食べると

「………おいししいです」

そう答えた。

それが、彼らS.E.E.Sが全員揃って迎える事のできた最後の瞬間だとは、神ならざる身のこの場に居た全員が知る由もなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10/4(日)…影時間

満月の夜、巌戸台駅前商店街に集まっている病院にアイギスと順平をチドリの見張り役に残したS.E.E.Sのメンバー達。だが、それは全員ではない。何故か其処には荒垣と乾の姿だけが無かった。

大型シャドウ、『運命(フォーチュン)』と『剛穀(ストレングス)』の二体が居るのは巌戸台駅の近く、商店街からは敵の姿が肉眼でも十分に確認できる。しかも、相手はその巨体ゆえに奏夜達の姿は分からないだろうが、逆に奏夜達は相手の姿を確認する事が出来る。

「うわーいる。しかも二体! この辺何時も学校行くのに使うし、暴れられるとマジ困るんだけど」

「なんだか私達を待ってるみたい」

「…ぼく達を待ち伏せか。向こうも警戒しているのかな、だとしたら…向こうも何らかの方法で情報を共有している…?」

駅の近くの広場に陣取っている事、しかも其処は通学に使う駅。奏夜の場合はマシンキバーを使えば良いのだが、残念ながら月光館学園はバイク通学は認められていない為に断念している。

だが、奏夜達が通学に使う場所に存在している姿は、偶然かもしれないが待ち伏せしている様にも思える。

「シンジの奴、遅いな。確かに連絡は有ったんだな?」

「はい、荒垣先輩、後で合流するって」

明彦の言葉に風花が答える。荒垣からは連絡が有ったので問題は無いが、問題は……

「天田もか?」

「いえ、天田君は聞いてませんけど」

「呼びに行ったが部屋に居なかった」

「こんな時間に?」

美鶴の言葉に思わず声を上げる奏夜。影時間は深夜に起こる現象だ。少なくとも、そんな時間に小学生である乾が部屋に居ないと言うのは考え辛い。何が有ったのかと思う方が普通だ。

「…天田の事は少々気がかりだが、今回はナビであるあの少女を押さえている」

少なくとも、今回の作戦ではストレガによる妨害は考えずに済むだろう。

「…風花さん…何か嫌な予感がする」

「…うん。私も…何だか嫌な事が起こりそうな予感が…。またこっそり検索かけておくね。余裕があればだけど」

「…ぼくも、今日は最初からクライマックスで行く」

「うん、任せて」

何処かの赤鬼な先輩の一人の様な事を呟きつつ、奏夜はポケットの中に居るキバットとタツロットへと意識を向ける。……いつもはファンガイアタイプになってからキバには変身していたが、今回は出し惜しみは無しで行く心算だ。

こんな時に正体を隠しているのは歯痒いが、上手く隙を見て変身できれば短時間で戦いは終わらせられる。奏からの警告と所在不明の荒垣と乾、不安要素は大きい。

「天田の事も心配だが、今は目の前のシャドウが先決だ。残り三体、気を引き締めていく!」

美鶴の号令にその場に居る全員が頷く。

「よし!」

全員がシャドウへと向き直り、

「行くぞ!」

荒垣がよく居た路地裏…其処に自分の身長よりも長い槍を持った乾の姿があった。その表情には何処か暗い…覚悟の様な物が浮かんでいた。

そんな場所に誰がの足音が響く。…影時間の中で動ける者は限られている。

「…………約束通り来てくれましたね。作戦を放ってまで来てるわけだから、分かってるんだよね。荒垣さん」

乾が振り向くと其処に居たのは彼の言葉通り荒垣だった。

「……10月4日。今日が何の日だか分かりますか?」

それは荒垣と乾の二人の間に一つの因縁が生まれた日。

「あの日……。二年前の今日、この場所で、僕の母さんは死んだんだ。僕は見てた…。母さんは、殺されたんだ…」

静かに淡々と、何処か自分に説明する様に言葉を続けていた乾の表情に憎悪の感情が浮かび上がる。

「お前が殺したんだ!!!」

叩きつける憎悪の感情。荒垣はタダ黙って乾から叩きつけられる憎悪を受け止めている。

「…いいことなんて一つも無かった。生きてくなんて辛いだけだった…」

それが乾にとっての母を失ってからの人生の全て、十年近くしか生きていない彼の年齢で其処までの絶望を味わったのか、それは既に想像するしか出来ない。

「死んじゃおうって思った時もあるけど…このまま母さんに会う事なんて出来ない。……だから、決めたんだ」

それは乾が絶望の闇の中で見つけ出す事の出来た、ただ一つの生きる希望、生きて行く為の目標、何が有っても果たすと決めた目的。それこそが、暗く暗い絶望の闇の中で見つける事の出来た、“白い闇”。

その“白い闇”の名は、彼の恭順する“正義”の名は、“復讐”。

ペルソナの名や姿が持ち主を写す鏡だとすれば、乾のそれこそが、復讐の女神『ネメシス』の名の如く復讐とは………悲しすぎる生き方だ。

「お前を見つけるまで生きようって!!!」

そう、その目標は遂に果たされた。……………果たされてしまったのだ。

「あの日のことなんて思い出したくもなかった! だから今日が満月だって分かった時、お前を呼ぼうって決めたんだ!」

それは誰かに邪魔をされる事もなく、復讐を果たせるからなのか…。

「…今日は母さんがついている! 自分のした事を思い出させてやる!」

それを乾の母が本当に望んでいるのか…それは永遠に分からない。だが、たった一つだけ言える事がある。

「僕がお前を、殺してやる!!!」

心の底から吐き出す様に叩きつけられる言葉。そう、今日この時、乾の中の一生を賭してでも果たすべき目的が果たされると言う事だ。

―……心配しなくても、一晩たりとも忘れた事なんてなかったさ―

荒垣は声には出さず心の中で独白する。それは彼に出来る贖罪。

―二年前、まだオレがあいつ等とツルんでた頃のこと―

―ペルソナ能力に目覚め、暫くが過ぎていた。何事も慣れてきた頃が一番危ない―

―街に出たシャドウの反応を突き止め、討ちに言った時の話しだ―

それが荒垣が一度はS.E.E.Sを離れた理由。二年もの間後悔し続けて来た、背負い続けてきた罪。

―目の前の光景に俺達は自らを抑える事が出来なかった―

―動揺し冷静さを失った俺のペルソナは暴走した―

過去の記憶の中に意識が向かう。以前の奏夜の時とは違う暴走。いや、一歩間違えれば、奏夜の時もそうなっても不思議ではなかった事。唯一の違いは奏夜の中にあるモノの存在からだろうか?

―民家を巻き込みつつも“シャドウ”の反応を消す事に成功。同時に巻き込んだ民家に住んでいた母親の命を奪う事になった―

それが荒垣が乾の母の命を奪った事件。だが、それには残酷過ぎる真実がある。

―“ペルソナ不適合者”、飼いならせないペルソナは自らの首を絞める―

それはチドリの時にも有った事、

―“シャドウ”はその母親から生まれたものだった―

それは、残酷過ぎる真実。真実とは、常に残酷なものなのだろうか?

― 一人、その家の子供だけが残された―

そして、皮肉にも荒垣は助けたはずの相手の“仇”となってしまった。

―お前…母さんに殺されてたかもしれないんだぜ?―

―そうなったら、お前の母さんはどうなっただろう―

自らの手で実の子を殺すと言う重荷を本来なら乾の母が背負うはずだった。

だが、幸か不幸か、荒垣がシャドウと共に母を殺した事で乾は救われ、乾に復讐と言う重荷を背負わせる事で母は子殺しの重荷を背負わずに済んだ。

―俺を殺して、お前の母さんはどう思うかね…―

…だが、荒垣にとって乾の母親の命を奪った事に変わりは無い。だからこそ、ある意味では乾の怒りも正当なものと言えるだろう。

「………分かった」

そんな意思を一切見せずに荒垣は言葉を続ける。

「やれよ」

一方、奏夜達は花の詰まった籠に入った様な姿のシャドウ『剛穀(ストレングス)』と作り物の四足の獣の置物をイメージさせるシャドウ『運命(フォーチュン)』と戦っていた。

フォーチュンを守る様にその反応を奏夜達から隠したストレングスを最初に倒す事になった。

(シンジと天田はまだか!? 何をしている!?)

ストレングスと戦いながら明彦はそんな事を考える。

(アイツらはこういう作戦や約束は必ず守る様な奴らだ。何か有ったのか!? 二人して……二人…揃って?)

明彦の思考の中に疑問が浮かんでくる。そして、思い出されるのは二人の言葉

『仲間になったってのは、あいつの意思か?』

『復讐だなんて怖いですよね』

『願掛けって言うんですか?』

『俺にはやるべきことがある。こいつはケジメだ。俺にしか務まらねぇ』

そして、

『守ってやれよ』

自分が荒垣へと告げた言葉が全ての思考を一つに繋ぐ。

「美鶴! 後は頼む!!」

「明彦!?」

そう言って明彦は戦場から離脱して走り出していく。

「今日は天田の母親の命日だ! 何故気付かなかった!」

そう、奏夜と違って彼ら三年生はもっと気付くべきだった。気付くべき材料が全て手元に有ったのだから。…逆に奏から告げられた言葉で奏夜は今日誰かが命を落とす事は知っていたが、推理すべき材料が何一つ手元になかった。

「イヤな予感がする!!!」

そう、奏夜と風花が感じていた予感を感じ取った。だが、背中を見せた相手をシャドウ達が態々逃してくれる訳が無い。

―運命の輪―

突然姿を現したフォーチュンの目の前に上空から巨大なルーレット盤が落下してくる。

「「「え?」」」

思わず振って来た物に対し目が点になってしまう。…………流石に行き成りルーレット盤が現れたら驚くだろう。

そして、回転するルーレットの上に立つフォーチュン。

「…何がしたいの、あれ?」

「さあ。もしかして…止めて欲しいとか?」

思わずフォーチュンを指差しながら呟くゆかりにどう反応して良いのか分からないが取り敢えずそう言ってみる奏夜。

運命の名を持つシャドウがギャンブルを挑んでくると言うのは皮肉すぎるだろう。ある意味では心理かもしれないが…。

様子を見る為に一度距離を取っているが、フォーチュンが延々と回るだけで何もしてこない。

「…ストップ…?」

何気なくそう言ってみると何処か嬉しそうに止まったフォーチュンが、ルーレットの目を指して………止まっていた青から微妙に動いて青から赤の所を指した。

「っ!? 二人とも、緊急退避!!!」

「分かった」

「紅、お前も早く…」

直感的に嫌な予感から慌てて警告する。奏夜の警告に従って慌てて放れるゆかりと美鶴だが、残念ながら奏夜だけが運悪く逃げ損なう。

「しまっ!? うわぁー!」

足元で起こった爆発に吹飛ばされていく奏夜。そんな奏夜を見ながら、

「紅くん」

「紅!」

『奏夜君!? 大丈夫!? ………良かった大丈夫みたいです』

風花からの報告に安堵で胸を撫で下ろす二人。

「あー! あいつ、さっき少しだけ動いてルーレットを」

「言わなくても分かっている。堂々とイカサマをしてくれるとは…やってくれるな。ここは一気に叩くぞ」

「はい!」

奏夜不在でもある程度は戦える様にしていた経験が幸いにも良い意味で働いている。奏夜の事を心配しつつも、指揮権が一時的に美鶴に移動する。

…一気に勝負を着けようとイクサナックルを取り出そうとした時、美鶴は…

「っ!? 明彦…イクサナックルまで持って行ったな!?」

今回のイクサは明彦だったらしく、離脱した時にイクサナックルまで持っていってしまった様子だった。

「…明彦、後で処刑だな…」

一言物騒な呟きが漏れる美鶴だった。

一方吹飛ばされた奏夜は、

『奏夜君、大丈夫みたいで安心しました』

「ありがとう風花さん。…真田先輩が気が付いた事も気になるし…イヤな予感もある。ここは一気に勝負を着ける。…それに、ルーレットのイカサマのお礼もしたいしね。…キバット、タツロット!」

風花からの通信に答えると奏夜はポケットの中に隠れていたキバットとタツロットへと声をかける。

『はい、ゆかりちゃんと桐条先輩は誤魔化しておきます』

「うん、ありがとう」

ある意味、ルーレットのイカサマの結果は奏夜にとって当たり目、敵にとっての外れ目だったのかもしれなかった。奏夜のポケットの中からキバットとタツロットが飛び出し、

「オッシャー、キバって行っくぜぇー!」

「ビュンビュ~ン! 行っきまっしょう、奏夜さん!」

「うん。変身!」

キバットとタツロットを装着し、奏夜は基本フォームであるキバフォームを飛ばして一気に仮面ライダーキバ・エンペラーフォームへと変身し、フォーチュンとストレングスの居る戦場へと向かう。

美鶴の号令と共に駆け出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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