ペルソナ Blood-Soul   作:龍牙

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第五十一夜

シナリオ発表会の後の話し合いの結果、映画の中での彼らの名前は本名のままで行く事になった。そして、映画撮影一日目…

「で、なんで行き成り中盤のラストのシーン?」

「そりゃ、色々と忙しい紅のシーンを先に撮ろうと思った訳だって」

シーン毎に撮影して後で風花や美鶴の監修の元で編集されるらしい。…その辺は天下の桐条グループの協力で機材とかも借りられるらしいが…。

そんな訳で準備に時間が掛かった結果、夜中…そして、撮影が楽な寮での撮影となる中盤のラストシーンを撮影する事になった。

「まあ、良いんだけどね」

「んじゃ、名演技期待してるぜ」

影時間前の夜、この中盤のラストシーンでの寮の屋上を舞台にした撮影は『奏夜が仲間達へと真実を告げて姿を消す』と言うシーンらしい。衣装も学校の制服なので問題は無い…問題は無いが…。

(武器は模造品なんだね)

手の中に有る小剣に触りながらそんな事を思う。実際の金属や宝石は舞台や撮影では光を反射するのでNGらしい。丁寧に摸造品の小剣の刀身には反射防止の為にアルミが巻かれている。

「それじゃ、3、2、1、アクション!」

順平の掛け声と共にテープが回り、撮影が開始される。

なお、「『』」となっている台詞が撮影の台詞です。

「『紅くん!?』」

「『紅…お前、どうして』」

悲しげな演技で奏夜へと視線を向ける順平、ゆかり、風花の三人を映した後、彼らの視線の先にある奏夜へとカメラが向けられる。

奏夜の足元には血糊の上で倒れる、このシーンでリタイヤする事となる明彦と刀身に血糊を着けた摸造剣を持った奏夜。

「『…ふ…ふっふふふ。まだ気付かないのかな…? 彼等は…君達がタルタロスと呼ぶ異界と其処に住む者達…彼等は僕の配下。ぼくが今の、シャドウ達の支配者だ』」

悪役モードな…キャストが発表になった際に悪役を勝手に割り振られてた事に頭に来た時と同じ、“黒い”感覚で演技する奏夜。

((怖っ!?))

(…何だかノリノリだね、奏夜君)

そんな奏夜に対してカメラが向いていない事で物凄く怖い演技の奏夜にそんな感想を持つ順平とゆかりと、そんな奏夜に苦笑している風花。そんな事をしている間にも奏夜は演技を続けていく。

「『彼には気付かれたんで此処で消えて貰ったけど、まさか君達に見付かってしまうなんてね。でも、その様子だと、残念ながら彼が気付いたタルタロスの秘密までは分かっていないようだ。それだけは安心したよ』」

「『テメェ、紅…お前はオレ達を…風花まで騙してたのかよ?』」

「『そうだね…。ぼくは風花さん…君まで騙していた。だけど、君と居た時間だけは嘘じゃない』」

此処で主役サイドの人達の独白シーンが編修で追加されるらしい。そう言ってゆっくりと振り返り、そのまま寮の中へと消えていく所でシーンは終了するのだが、ゆっくりと立ち止まり一度振り返ると、

「『さようなら、風花』」

それだけ言い残して寮の中に消えていくと、カメラは一度停止される。

「はい、カット!」

「紅くん、演技だよね…あれ?」

「ってか、お前、悪人の演技が似合いすぎじゃね?」

「…失礼な言い草だよ」

「でも、何だかノリノリだったよね、奏夜くん」

風花の言葉に全員が同意する様に頷くと、奏夜は軽くショックを受ける。…流石に演技とは言え悪人と言われてショックを受けない訳が無い。

「そんな事よりOKなら此処の掃除した方が良いんじゃねぇのか?」

「そうですね。流石に殺人事件の現場のままにしておくのは、ちょっと」

荒垣の言葉に従って奏夜も『モップ』を取り出して血糊を落し始める。

「おい、アキ、お前も早めに洗濯しとけよ、染みになるぞ」

「いや、これくらいなら上着を着ていれば…」

『気にしろ(して下さい)!!!』

流石に心臓の位置に血糊が付いた服は早々に洗濯した方が良いと思う。

「それで、順平…どうするのさ…」

「何がだよ?」

「日常パートは良いとして、シャドウとの戦闘シーン?」

「あ;」

完全に考えていなかった様子だった。流石に機械が動かなくなる影時間の中にしか存在しないタルタロスの中は撮影できないし、撮影現場は兎も角戦う相手は…。

「ラスボス戦は…不本意ながら、ぼくが相手だから良いとして…流石にアクションシーンが一度だけってのは無いんじゃ」

「ああ。だが、どうする気だ?」

「考えは有りますけどね」

美鶴に対して奏夜は敵である『シャドウ』の代役の案を出す。主にCGで黒い影に変えた自分達だ。流石に何処かの戦闘員の様に全身タイツと言う訳には行かないし。ある意味戦闘訓練も兼ねての撮影となる訳だが…。

「良い案だな、紅」

「悪くねぇな」

「ああ、同感だ」

上級生組みは何故かやる気満々だ。…順平への恨みからだろう…。美鶴は兎も角、明彦と荒垣の武器は…。

「あ、あの、先輩方…特に真田さんのは洒落にならないんじゃ…」

「安心しろ、手加減はしてやる」

「それじゃ、イクサをシャドウ役にして全員で使い回しにするとか…」

「すんません、それだけは勘弁してください」

どうやら、今回の死亡シーン撮影でシナリオ発表会の恨みが蘇ったらしい。しかも、最後は死刑判決に近い物を突きつけられて本気で土下座する順平だった。

流石に遠距離攻撃が主体のゆかりは別にして、前線組みで映画の中でメインを貼る事となる二年生組みは近接武器を使う順平と奏夜のアクション…それも中盤以降の事を考えると撮影するのは順平のそれが多くなるのも必然だろう。敵が全てイクサ…本気で身の危険を感じるほどだった。

「そっちも次狼さんや力さんにも協力して貰えるとして…」

「あ、あの…オレっち、何気に大ピンチ?」

奏夜も奏夜でかなり頭にきている様子だし、間違いなく順平包囲網が狭くなっている。…鈍器や拳が武器の先輩二人の場合…撮影用の小道具でも大差ない。

戦闘シーンの撮影は寮の訓練室で行われたのだが、順平が相手の撮影が異常にリアルであったと言っておこう。

上級生組みと奏夜は普通に怒っている様子だった。

閑話休題(それはさておき)

今回の撮影では奏夜の演技が一応主人公である順平の演技を完全に食っていた。まあ、魅力的な悪役は物語には重要なのだが………何処からどう見ても立派に悪役だった。本人に聞かれたら間違いなく怒るだろうが。

「ほんじゃ、行って見ようか!」

「「………」」

奏夜は気合の入っている順平を無言のまま横目で睨み、風花は恥ずかしそうにしている。

「あのさ、順平。こんな衆人環視の状況で恋人同士を演じろと…」

「だって、下校のシーンじゃん? 人が居ないと不自然だろ?」

自主制作映画撮影の二日目の最初の撮影は月光館学園高等部の玄関先…。奏夜、風花、順平、アイギスに美鶴と明彦の六人が居る。ゆかりは残念ながら弓道部の方に顔を出す必要が有った為に不在だが…。

授業が終了して直ぐの為に人通りが多い。しかも、撮影用の機材に囲まれた彼らの姿を下校途中の生徒達は好奇の視線で見ている。

「…あのさ、ぼくって悪役なんだからさ…ヒロインとのシーンは主人公の順平がやれば良いんじゃ…」

「…ソッコーで断られた…」

深々と順平の心に何かが突き刺さっている様子だ。奏夜の言葉にorzな体制で項垂れている。

「あ…うん、その……なんか、ごめん」

そんな痛々しい姿の順平を見ていると思わず謝りたくなってしまう奏夜だった。

「あ、あの…風花さんはこんな所で恋人同士の演技するのは…」

「あっ、はい! えっ、えっと…頑張ります…」

恥ずかしさから耳まで真っ赤になっている風花だが一応、演技すること事態は嫌では無いらしい。

「ほらほら、紅と山岸も今日は吹奏楽部に出なきゃならないんだろ、サッサと撮っちまおうぜ」

「ううっ…」

流石にこの状況で恋人同士の演技をするのは恥ずかしいが、急がなければまた明日も恥ずかしい思いをすると自分に言い聞かせる。

「…それじや、始めようか…」

「は、はい」

「おーい、手ぐらい繋げよ、お前等」

順平の台詞に耳まで真っ赤になる二人。一度目を合わせると頷きあって言われたとおり手を繋ぐ。

(…恋人同士、恋人同士…)

深呼吸しつつ奏夜は風花の手に指を絡める。

「く、紅くん?」

「…え? あっ、ほら、そう言う演技だし…」

「そ、そうだよね…」

周囲の色めいた声は気にしない………と言うよりも、気にしている余裕は無い。

「ほらほら、照れるなって」

内心、『無茶言うな』と言う心境の奏夜だった。

「んじゃ、3、2、1、アクション!」

(…えーと、確かこのシーンは…)

一応、それぞれのシーンにはある程度言わなければならない台詞が存在している。主にラストシーンへの複線になり得る部分としてだが…。

「『今日はどうする、何処か寄ってく?』」

「『あ、うん、そうだね』」

先ずはなるべく恋人同士の下校シーンになる様に会話を展開させる。流石に何の脈絡もなく行き成り必要な台詞へと繋げる訳には行かない。

暫しの沈黙…此処からが必要な部分、

「『どうかしたの?』」

「『あ、うん…。なんだか、最近の紅くん…ちょっと様子が可笑しかったから…。最近…』」

「『ダメだよ、その話は。こんな所で話すような話じゃないからね』」

「『うん』」

不安げな表情を浮かべる風花。編集で彼女の独白が入るらしいが…。

「よし、カット!」

「それで、登校の場面は明日の朝に撮るんだっけ?」

「そう言う事、後は先輩方の場面を寮の部屋で撮る予定だからな」

先輩達のシーンを何処の部屋で撮影するのかは、よく分かる。主に教師役の明彦と学園長役の美鶴のシーンは寮の四階の作戦室での撮影になる。

…付け加えるなら、理事長の許可は撮影が決まった時点で撮って有ったりする。何より、今回の撮影に対する拒否権は理事長には一切無かったりする。…撮影しているのも理事長が参加させちゃったのが原因だし。

そんな訳でその日の学校での撮影は終了し、一時解散する事になった。

夕方…部活が終わった帰り道…

「ねえ、奏夜くん。天田くんのことなんだけどね」

「ん?」

部活帰りの帰り道、唐突に風花が話を振ってくる。

「最近、なんだか思いつめた顔してる事多くない? 部屋に篭っちゃう事も多くなってるし」

「…確かに…」

ペルソナ使いとしてS.E.E.Sの一員として戦う事を決めてから、乾は悩んでいる様子を見せる事が多い。時間が解決してくれるかとも思っていたが、寧ろ時間が過ぎれば過ぎるほど、その時間が多くなっている。

「うん、天田君って色々抱え込んじゃうタイプだから、不安だよね」

「そうだね、悩んでるならぼく達にも相談してくれれば良いんだけど」

彼女はそう言う所によく気が付く。奏夜もリーダーとして色々と仲間の様子を気にして入るが、そう言う点では彼女には敵わないな、と改めて思う。

「でも、子ども扱いされる事、嫌がってるし…どうして良いのか分からなくて…」

「もう少し子供らしく…ってぼくが言える立場じゃないかもね…」

自分の子供時代の頃を思い出すとそう思ってしまう。自分も父である渡も両親を早くになくしていた。…形こそ違うが…。

幾月から聞いて乾の家庭事情は大体知っている。

生まれて直ぐの頃に両親が離婚して、母親に引き取られたがその母親も数年前に事故で他界し、存命である父親とは連絡は取っていないそうだ。

「甘えたい年頃で、その対象が居ないって言うのは…気持ちは、少しだけ分かるかな…」

少なくとも、奏夜には次狼達四魔騎士(アームズモンスター)達やキバットに兄である正男が居る自分とは違う。少なくとも、甘える対象は僅かながら居たのだから。

(そう言えば…)

“岳羽さんに似てるな”と思う。父親と母親の違い程度しかないが二人の性別を考えるならば、見事に存命の両親と本人達の性別を入れ替えるだけで殆ど代わらない。少なくとも、女の子と一緒に居る時に別の女の子の事を考えるのは失礼らしいが、これは仕方ないだろう。

「まあ、少しでも気晴らしさせてあげられる様にしてあげる位しか出来ないかな」

「そうだね」

そんな結論へとたどり着く。


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